諮問庁 文化庁長官
諮問日 平成24年10月29日(平成24年(行情)諮問第423号)
答申日 平成25年 3月18日(平成24年度(行情)答申第509号)
事件名 特定宗教法人等の財産目録等の不開示決定(存否応答拒否)に関する件

答 申 書

第1  審査会の結論
 別紙に掲げる特定宗教法人Aないし特定宗教法人T各団体の財産目録,収支計算書,貸借対照表及び当該書類より作成された各団体の収入や保有資産額の状況が分かる資料(最新年度のもの)(以下「本件対象文書」という。)の開示請求につき,その存否を明らかにしないで開示請求を拒否した決定は,取り消すべきである。

第2  異議申立人の主張の要旨
 異議申立ての趣旨
 行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「法」という。)3条の規定に基づく本件対象文書の開示請求に対し,平成24年7月10日付け24庁文第105号により,文化庁長官(以下「処分庁」又は「諮問庁」という。)が本件対象文書の存否を明らかにせず,本件開示請求を拒否した不開示決定(以下「原処分」という。)について,その取消しを求める。

 異議申立ての理由
(1)  異議申立書
 異議申立人は,処分庁による平成21年8月20日付け21諸庁文第6281号で行った不開示決定を不服として異議申立てをして,情報公開・個人情報保護審査会(以下「審査会」という。)に諮問がなされ(平成21年(行情)諮問第528号),3年近くの年月をかけて出された答申(平成24年度(行情)答申第37号)により,「違法なものであり,取り消すべきものである」との決定を受けた。にもかかわらず,処分庁は,一連の議論とその結論に対して,新たな不開示の理由を示すことなく,全く同じ理由によって当初の文書によって不開示決定を行っている。
 この決定は,行政機関の情報公開の義務を国民に担保した法の精神を踏みにじるものであり,加えて,審査会の存在を無視し,審査会の権威を失墜させる行為であるとしか言いようがない。

 不開示決定の通知書から読み取れる処分庁の判断は,開示請求した文書は,その存在すら明らかにすることが問題となる,いわゆるグローマー拒否の論理を根拠にしている。この文書がグローマー拒否の対象になるものかどうか,その点につき,本案件に対する審査会の答申は明確に違法であることを述べている。当該資料公開に関するグローマー拒否が第三者機関によって否定されているのである。それでもあえてグローマー拒否を行うのであれば,その根拠を示す必要があるが,それに該当する説明は一切行われていない。

 平成24年1月30日付け毎日新聞が宗教法人の名簿等の提出率が低いことを報じているように,行政による宗教活動の把握は国民的な関心事であり,かつ既に国民にはその実態が知られるところになっている。罰則すら設けて各種の書類提出を促す平成8年施行の改正宗教法人法を忠実に執行すべき処分庁が,文書の存在,つまり提出状況すら不開示とする決定を下す判断には,重大な矛盾が存在する。
 文書の存在の情報は,改正宗教法人法が目的とする最低限の国民監視に不可欠な情報であることは論を待たない。

 不開示決定の是非については,既に平成21年の異議申立て及び,その後の意見書の中で十分に意見を述べている。その意見に何の変更点もない。この点についても処分庁は何も反論を行っていない。

(2)  意見書
 まず,異議申立人は善良なる納税者として審査会の審査姿勢と日本国における情報公開の在り方に絶望を感じていることを表明しておく。これまでの経緯と今後の展開については,異議申立人なりに世に問う準備をしていることを事前にお知らせしておく。
 本件については,数度にわたり審査会に意見書を提出している。異議申立人の主張はいささかもぶれていないので,是非ともそちらを使って欲しい。
 なぜ,前回諮問の資料を使うようここに意見を述べることには説明が必要であるかと思う。
 前回諮問(平成21年(行情)諮問第528号)は平成21年11月26日に行われている。答申はそれから2年半後の平成24年5月21日(平成24年度(行情)答申第37号)に出ている。その間,何度の審議が行われたのか知る由もないが,2度の意見書提出などを経て,出てきた答申は,大意,文書の特定をしないままの不開示決定は違法であるというものであった。
 よく考えていただきたい。処分庁が文書の特定をしていないというのは,形式である。これは経緯を調べれば1週間で出せる結論ではないか。その結論のために2年半の時間をかけ,肝心の情報不開示決定の当否,当該情報の取り扱い方については,答申では何らの結論も示唆もなされていない。形式の不備を指摘するのに2年半をかけていたことになる。当該答申は,納税者の期待を裏切り,国民全体で守り育てていくべき情報公開制度に対して不信を抱かせるのに十分であると言わざるを得ない。
 まずは,国民の負託に応えるだけの答申を出していただきたい。これが意見の第1である。異議申立人は前回諮問(平成21年(行情)諮問第528号)がまだ続いているという前提で,今後,審査会への諮問,質問,要求をしていく。
 第2は,前回答申を受けた上で行った異議申立人の情報公開請求に対する処分庁の判断について,審査会の意見を求める。
 前回の答申では,個人的には不服ながらも一部に違法の指摘がなされている。この答申を元に異議申立人は処分庁に対して情報公開請求を行った。結論は違法の指摘があった部分が修正されることなく前回どおりである。違法との指摘には何も回答していない。
 審議をなさる有識者は,この状況を正しく認識すべきである。国に対して不服を申し立て,一部不服が認められたにもかかわらず,同じ国の組織がその決定を無視している。一人の納税者はこの先,何も太刀打ちする方法がない。このような無法が,しかも国による無法が許されていいのか。審査会はお飾りであり,有識者は無能であり,情報公開を定めた法令は抜け穴だらけのザル法なのか。もしそうなのであれば,公式な文書で納税者に対して認めていただかなければならない。日本における情報公開の制度は単なるお飾りであり,税金の無駄遣いなのだと。もし違うのであれば,それはきちんとした答申を出す形で,ご回答いただきたい。
 第3は,処分庁は,前回答申をいわゆる「グローマー拒否」の論理で押し切っているものであると判断できる。果たして,宗教団体の各種書類が,国民の生命財産を守る軍事機密と同じレベルの重要情報なのか,明解な判断を下していただきたい。グローマー拒否(らしき決定)の正当性について諮問庁は今回諮問の理由説明書で15年以上前の国会答弁や各種判決を根拠として列挙しているが,その後に,世の中を様々に騒がせた一部宗教組織の反社会性,違法性,国民の生命財産に対する脅威が明らかになっている。国民が自らの生命財産を守るためにもこうした組織の監視は必要であると,社会的要請は変化をして当たり前であると考えている。これもまた日本国憲法が様々に定めた生存権,財産権であり,公共の福祉に関わる問題であり,それは信教の自由に優先する事項と判断すべきではないかと考える。
 以上3点について,異議申立人として意見を申し立てる。重ねて公開の正当性に対する異議申立人の意見は前回諮問時(平成21年(行情)諮問第528号)のものをそのままお使いいただくことを前提として,この意見書と共に添付したことにする。審査会は異議申立人の意見についての判断・回答を前回,一切行っていない。

第3  諮問庁の説明の要旨
 本件異議申立てについて
 本件異議申立てに係る行政文書は,「別紙に掲げる特定宗教法人Aないし特定宗教法人T各団体の財産目録,収支計算書,貸借対照表及び当該書類より作成された各団体の収入や保有資産額の状況が分かる資料(最新年度のもの)」(本件対象文書)である。

 本件対象文書が含まれる宗教法人の事務所備付け書類(宗教法人法25条)の取扱いについて
(1)  宗教法人の事務所備付け書類
 宗教法人法25条2項は,宗教法人に対して,常に次に掲げる書類及び帳簿(以下,これらを総称して「事務所備付け書類」という。)を備え付ける義務を課している。
 規則及び認証書
 役員名簿
 財産目録,収支計算書(作成義務を免除され,実際に作成していない場合を除く。),貸借対照表(作成している場合)
 境内建物(財産目録に記載されているものを除く。)に関する書類
 責任役員その他規則で定める機関の議事に関する書類及び事務処理簿
 公益事業又は公益事業以外の事業を行う場合には,その事業に関する書類

 宗教法人は,このうち,②,③,④及び⑥の書類の写しを毎会計年度終了後4月以内に所轄庁に提出しなければならない(宗教法人法25条4項)。本件対象文書に含まれている財産目録,収支計算書及び貸借対照表は,上記③に当たる。同条項の趣旨は,宗教法人がその目的に沿って活動していることを所轄庁が継続的に把握し,宗教法人法を適正に運用することにある。そして,宗教法人は,所轄庁がこれらの書類をかかる行政目的の遂行のためにのみ取り扱うことを信頼して,同条項に基づく書類提出に応じている。
 なお,①ないし⑥の書類は,規則の変更,合併及び解散の認証申請における添付書類として所轄庁へ提出されることもある。

(2)  本件対象文書の非公知性及び慎重な取扱いについて
 宗教法人法上の事務所備付け書類の取扱いについて
 宗教法人法25条5項は,所轄庁は宗教法人から提出された書類を取り扱う場合,「宗教法人の宗教上の特性及び慣習を尊重し,信教の自由を妨げることがないように特に留意しなければならない」と規定している。具体的には,本件対象文書である財務会計書類に関してであれば,例えば,所轄庁が,提出された書類の数字を基に,宗教法人に対し,その本来業務の収入の確保の在り方,支出の増大の必要性等について指摘することなどは行ってはならないと解される。このように所轄庁が直接宗教法人の管理運営に介入するような場合のみならず,宗教法人に関する非公知の事項を一般に公開することにより,宗教法人が第三者から干渉され,その信教の自由が脅かされることも危惧される。
 また,宗教法人法25条3項は,事務所備付け書類の扱いについて,閲覧できる者を「信者その他の利害関係人であって前項の規定により当該宗教法人の事務所に備えられた同項各号に掲げる書類又は帳簿を閲覧することについて正当な利益があり,かつ,その閲覧の請求が不当な目的によるものでないと認められる者」に限定していることを考慮することも必要である(下記3(2)参照)。

 国会における諮問庁の説明
 国会においても,所轄庁に提出された書類について,「当然その内容については,公務員の守秘義務のある秘密に該当する場合があるというふうに私ども思うわけでございます。したがって,これを所轄庁として書類をいただくわけでございますけれども,当然その守秘義務をきっちり守って,不当な目的や他の目的に使わないということは考えていかなければいけないことだというふうに思うわけでございます。」「所轄庁が行政上の必要で求めた宗教法人の財務関係書類でございますから,それは当然,宗教法人のサイドからいきますとプライバシーの問題もございましょうし,秘密にしてほしいということもあるわけでございますから,私どもとしては,その宗教法人の信頼を失うことになってもいけないわけでございますので,公務員としての守秘義務はきちっと守っていかなければいけないというふうに思っているところでございます。」と答弁している(平成7年11月2日衆議院宗教法人に関する特別委員会・文化庁次長)。
 また,宗教法人法25条3項に基づいて誰に閲覧請求権を認めるかについては,「各宗教団体の特性や慣習に鑑み宗教法人が判断する」と答弁している(平成7年11月27日参議院宗教法人等に関する特別委員会・文部大臣)。
 さらに平成7年12月7日参議院宗教法人等に関する特別委員会において,宗教法人法の一部を改正する法律案に対する附帯決議として,「宗教に関する制度改正,事務処理に当たっては,宗教団体の実情を十分に勘案し,関係者の意向に留意して適切に対処すること。」が決議されている。
 その後,行政機関の情報の公開に関する法律案が審議された際には,事務所備付け書類について「非公知の情報につきましては,公にすると宗教法人の信教の自由を害するおそれがある情報であると考えております。」と答弁している(平成10年5月15日衆議院内閣委員会・文化庁文化部宗務課長)。

 平成16年文化庁次長通知
 平成16年2月19日付け各都道府県知事宛て文化庁次長通知「宗教法人法に係る都道府県の法定受託事務に係る処理基準について(通知)」(以下「平成16年文化庁次長通知」という。)において,宗教法人法25条4項の規定により宗教法人から提出された書類の開示請求があった場合の取扱いについては,「当該書類が宗教法人の内部情報であり,宗教法人法25条3項に規定する閲覧請求権者が,閲覧することについて正当な利益があり,かつ,不当な目的をもたない信者その他の利害関係人に限定されている趣旨及び同法25条5項の規定を踏まえると,当該情報の開示により当該宗教法人及びその関係者の信教の自由が害されるおそれがあることから,登記事項等の公知の事項を除き,原則として不開示の取扱いとすること」を明示している。

(3)  小括
 以上のとおり,憲法20条に基づく信教の自由に配慮した宗教法人法25条3項及び5項に鑑みれば,所轄庁が同条4項に基づいて提出を受けた書類は,信教の自由を妨げることのないように慎重な取扱いをしなければならず,非公知の事項については不開示とするのが適当であることは明らかである。

 仮に本件対象文書が存在するとしても,法5条2号イに該当することについて
(1)  宗教法人の信教の自由を害するおそれがある情報は,不開示情報であること
 法5条2号イは,「公にすることにより,当該法人等又は当該個人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるもの」を不開示としている。この点,情報公開法要綱案第六(2)イにおいては,「競争上の地位,財産権その他正当な利益」とされていた部分が「権利,競争上の地位その他正当な利益」と変更された経緯があるが,これは「財産権」という言葉よりも,「権利」のほうが宗教法人の信教の自由,学校法人の学問の自由等,非財産的権利が対象となることを明確にし得るからである(宇賀克也『新・情報公開法の逐条解説〔第2版〕』(有斐閣,2004年)63頁(ウ))。国会においても,「『法人等』には,株式会社,公益法人,宗教法人その他の法人のほか,法人格のない団体が含まれるが,『権利』には『当該法人等』の有する日本国憲法や法律上の権利は全て含まれる」,「憲法が保障する権利,(略)信教の自由,集会,結社,表現の自由などは権利の中心的なものというべきであり,当然のこととして,御指摘の本法案5条2号イの『当該法人等又は当該個人の権利』として保護される」との答弁がなされている(平成10年5月12日衆議院内閣委員会・総務庁長官)ことから,信教の自由は,同規定に基づき保護されるべき権利に該当する。

(2)  仮に本件対象文書が存在するとしても,これを開示すると,宗教法人の信教の自由を害するおそれがあること
 国会における諮問庁の説明
 本件対象文書が含まれる所轄庁へ提出される宗教法人の事務所備付け書類について,諮問庁は,国会において,「宗教法人法の25条4項によりまして宗教法人から提出される書類のうち非公知の事実に係るものに関しましては,これが一般に知られることになりますと,当該宗教法人の管理運営に何らかかわりを有しない第三者によりまして,例えば,当該宗教法人の宗教活動の態様に対する誹謗中傷など,自由な宗教活動を妨害するための材料,あるいは宗教法人の自律的な運営に干渉するための材料などとして使われまして,そのため当該宗教法人及びその関係者の信教の自由,特に宗教上の結社の自由が害されるおそれがあると考えております。一方,内閣提出の情報公開法案の第5条におきましては,公にすることにより当該法人等の権利を害するおそれがある情報を不開示情報としておりますが,ここに言う権利には憲法上の権利である信教の自由が当然含まれるということでございまして,この点につきましては,この委員会におきましても,総務庁長官から御答弁(平成10年5月12日衆議院内閣委員会における答弁。上記(1)参照)があったところでございます。したがいまして,宗教法人の提出書類のうち非公知の事実に係るものにつきましては,原則として不開示情報として取り扱うことになると考えております。」と答弁している(平成10年6月4日衆議院内閣委員会・文化庁文化部宗務課長)。
 そして,諮問庁は,この考えにより,非公知の事項については,原則として不開示とする取扱いをしているほか,各都道府県においても統一的な取扱いがなされるよう,平成16年文化庁次長通知(上記2(2)ウ)を出している。

 平成18年広島高裁松江支部判決(平成19年最高裁決定により確定)
 また,広島高裁松江支部平成18年10月11日判決(以下「平成18年広島高裁松江支部判決」という。平成19年2月22日最高裁第一小法廷決定により確定)は,次のとおり判示している。
 「宗教法人法25条3項は,『宗教法人は,信者その他の利害関係人であって前項の規定により当該宗教法人の事務所に備えられた同項各号に掲げる書類又は帳簿を閲覧することについて正当な利益があり,かつ,その閲覧の請求が不当な目的によるものでないと認められる者から請求があったときは,これを閲覧させなければならない。』と規定し,同規定は,平成7年法律第134号による宗教法人法の一部改正によって創設されたものである。上記規定の趣旨は,宗教法人として適正な管理運営を行い,その結果を書類として整えて事務所に備え付け,一定の信者その他の利害関係人に閲覧請求権を認めることにより,これらの者の利便を図るとともに,宗教法人の民主性,透明性を高めるというものである(弁論の全趣旨)。そして,上記規定は,宗教法人及びその関係者の信教の自由が害されることがないように配慮して,閲覧請求権者を信者その他の利害関係人に限定するとともに,閲覧の目的に正当な利益があり,閲覧請求が不当な目的によるものではないことを要件としており,閲覧請求を制限している。(略)同条3項は,所轄庁が宗教法人から提出を受けた書類に関する規定ではないものの,宗教法人の有する書類について,その閲覧によって当該宗教法人及びその関係者の信教の自由が害されることがないように配慮すべきであるとの宗教法人法の原則的な立場を示したものであるといえる。
 そして,宗教法人法25条5項が,所轄庁が宗教法人から提出を受けた書類の取扱いについて,宗教法人の宗教上の特性及び慣習を尊重し,信教の自由を妨げることがないように特に留意しなければならないと規定していることを併せ考慮すれば,所轄庁が宗教法人から提出を受けたことにより,提出された書類は行政文書として管理されることになるが,同文書の閲覧や開示についての宗教法人法の(宗教法人及びその関係者の信教の自由を害することのないように配慮すべきであるとの)上記原則的立場には変化がないといえる。」
 その上で,同判決は,平成16年文化庁次長通知(上記2(2)ウ)を根拠として,所轄庁に提出された事務所備付け書類について,いずれも一般に公開されていない非公知の事項であり,例外的に開示すべき特段の事情もないとして,鳥取県知事の行った開示決定を取り消した。

 審査会答申(平成13年(行情)答申第137号)
 これらに加えて,諮問庁が平成13年11月16日に審査会に諮問した平成13年諮問第194号に対し,「宗教法人法においては,宗教法人の事務所備付け書類に対する閲覧請求権者を『信者その他の利害関係人』に限定しており(同法25条3項),さらに,国が宗教法人から提出された書類を取り扱う場合及び宗教法人に対する国の行為全般について『宗教法人の宗教上の特性及び慣習を尊重し,信教の自由を妨げることがないように特に留意しなければならない(同法25条5項及び84条)』と規定している。これらの規定は,宗教法人の書類を一般に公開すると憲法20条で保障する『信教の自由』を害するおそれがあることから,これらの書類が保護に値する秘密であること,すなわち秘匿の必要性があることを示すものであると解される。
 宗教法人の秘匿の必要性がある事項が一般に公開されれば,宗教法人の管理運営に関わりを有しない第三者により,当該宗教法人の宗教活動の態様に対する誹謗中傷など,自由な宗教活動を妨害するための材料や宗教法人の自律的な運営に干渉するための材料として使われ,様々な宗教上の活動に不利益を与えるおそれがあるものと認められる。
 『信教の自由』の内容には,信仰の自由,宗教行為の自由及び宗教上の結社の自由などが含まれており,宗教上の結社の自由とは,信仰を同じくする者が宗教団体を結成し活動することの自由,宗教団体に加入することの自由などをいい,この中には,宗教団体としての意思形成の自由も含まれていると解される」との答申(平成13年(行情)答申第137号)をいただいている。

(3)  本件対象文書として挙げられている財産目録,収支計算書,貸借対照表の性格
 本件対象文書として挙げられている財産目録,収支計算書,貸借対照表等は,宗教活動に深く関わるものである。すなわち,それらは,一般に公表されていない宗教法人の活動状況,宗教法人の保有する全ての資産(土地,建物,動産,現金等)と全ての負債(借入金等),会計年度の全ての収入,支出の明細などの宗教法人の財務状況を明らかにする内部情報であり,これらは単に財務状況等を明らかにするだけでなく,宗教法人の宗教活動の状況を財務面から客観的に明らかにするものである。
 また,事務所備付け書類の様式自体について,宗教法人法上何ら定めはなく,各宗教法人は自主的に判断・作成しており,非公知のものである。

(4)  小括
 上記(1)及び(2)で述べたように,憲法20条に保障する信教の自由を害するおそれのある情報は,法5条2号イに該当する情報として保護される対象である。そして,事務所備付け書類については,宗教法人法25条3項及び5項に基づき慎重な対応が求められており,国会審議,平成16年文化庁次長通知,平成18年広島高裁松江支部判決及び審査会答申(平成13年(行情)答申第137号)に鑑みても,公知のものを除き,当該文書を原則として不開示とすることが適切とされていることは明らかである。
 そして,所轄庁への提出が求められる事務所備付け書類の一部である本件対象文書は,上記(3)で述べたように,宗教法人の財務状況を明らかにする内部情報であるだけでなく,宗教活動の状況を財務面から客観的に明らかにするものであり,仮に本件対象文書が存在するとしても,それが開示されることとなれば,当該宗教法人の宗教活動の態様に対する誹謗(ひぼう)・中傷など,自由な宗教活動を妨害するための材料や宗教法人の自律的な運営に干渉するための材料として使われ,その結果,憲法20条の保障する,当該宗教法人及びその関係者の信教の自由が害されるおそれがあることから,法5条2号イの不開示情報として保護されることが適当である。

 本件対象文書について存否応答拒否とした理由について
 本件対象文書は,上記3に述べたとおり,法5条2号イに該当するだけでなく,同条6号柱書きにも該当する。 
(1)  同条6号柱書きに該当し,かつ存否を明らかにすることが適当でないこと。
 存否を明らかにすると,宗教法人法25条4項に基づく事務所備付け書類提出制度の運用に支障を及ぼすおそれがあること
 上記2(1)イで述べたように,本件対象文書を含めて宗教法人法25条4項に基づき所轄庁に提出された書類は,所轄庁として,憲法に保障された信教の自由に鑑み,同条項の趣旨,すなわち宗教法人がその目的に沿って活動していることを所轄庁が継続的に把握し,宗教法人法を適正に運用するという行政目的のためにのみ取り扱うことを宗教法人は信頼して,同条項に基づく書類提出に応じているものである。
 この点については,諮問庁は,国会において答弁しているように(上記2(2)イ参照),同条項に基づいて宗教法人から提出された書類について,宗教法人のプライバシーを守り,宗教法人の信頼を失わないように公務員としての守秘義務を守って慎重に取り扱っている。
 加えて,これらの書類について所轄庁へ提出されるものは宗教法人ごとに異なっている場合があることにも留意する必要がある。
 例えば,収支計算書については,一会計年度の収入の額が8000万円以内で,かつ,公益事業その他の事業を行わない場合にはその作成義務が免除されていることから,宗教法人が収支計算書を提出しているか否かを公にすることで当該宗教法人の年間の収入規模が推測可能となってしまう。また,宗教法人法上作成が義務付けられていない貸借対照表については,その提出の有無により,当該宗教法人の事務処理能力の程度が推測可能となってしまう。
 よって,上記のような宗教法人法25条4項の趣旨・目的等にもかかわらず,仮に,存否応答拒否をすることなく各法人につき保有している文書と保有していない文書を明らかにして不開示決定した場合,宗教法人の信頼を失い,以後,宗教法人から所轄庁への書類の提出が行われなくなり,その結果,上記行政目的の遂行・達成に支障を及ぼすおそれがある。

 存否を明らかにすると,不活動宗教法人対策に支障を及ぼすおそれがあること
 代表役員の不存在,礼拝施設等の滅失などの理由により,実態として宗教活動は行っておらず,法人格のみ存在している状況に陥っている不活動宗教法人は,適正な管理活動が行われないだけでなく,第三者によって不正に法人格が取得され,脱税などの行為に悪用されるなど様々な問題を生じさせる危険性がある。このような事態が重なると宗教法人制度に対する国民の信頼を損ねることにもなりかねない。このため,文化庁では,不活動宗教法人について,活動再開や法人格の整理などの対策を進めている。
 仮に,本件対象文書に係る20法人が不活動宗教法人でなかったとしても,今回,宗教法人の事務所備付け書類に係る開示請求に対し,存否を明らかにすれば,将来,不活動宗教法人の事務所備付け書類に係る開示請求がなされた場合,当該不活動宗教法人からは,宗教法人法25条4項に基づく書類は提出されていないため,文書不存在による不開示とせざるを得ない。それにより,どの宗教法人が現在不活動状態にあるか推測できる情報を開示する結果となり,不活動宗教法人の法人格を悪用する契機を与えることにもなりかねず,不活動宗教法人対策に支障を及ぼすおそれがある。

(2)  小括
 本件対象文書として挙げられている財産目録,収支計算書及び貸借対照表は,非公知のものであり,その内容も,上記3で述べたとおり,憲法で保障された信教の自由に含まれる個々の宗教法人の自由な宗教活動の実態に係るものであり,そもそも法5条2号イに該当する文書である。そして,このような性格を有する資料に関して存否を明らかにすることは,宗教法人の信頼を失い,宗教法人法25条4項に基づく事務所備付け書類提出制度の運用に支障を及ぼすおそれがある。それだけではなく,どの宗教法人が現在不活動状態にあるかを知り得るとの情報を開示することにもなりかねず,不活動宗教法人対策に支障を及ぼすおそれもある。
 すなわち,本件対象文書の存在の有無を含めてこれに関連する情報を明らかにすることは,宗務行政の適正な遂行を損なうことになり,法5条6号柱書きに該当する情報を開示することになることから,法8条に基づき,存否を明らかにすることなく,不開示とすることが適当である。
 なお,本件対象文書の中には,財産目録,収支計算書及び貸借対照表より作成された各団体の収入や保有資産額の分かる資料(最新年度のもの)が含まれるが,これまで述べてきたように,そもそも財産目録,収支計算書及び貸借対照表の存否を明らかにすることが不適当であることから,これらの資料についても同様に,存否を明らかにすることなく不開示とすることが適当である。

第4  調査審議の経過
 当審査会は,本件諮問事件について,以下のとおり,調査審議を行った。
平成24年10月29日 諮問の受理
同日 諮問庁から理由説明書を収受
同年11月20日 異議申立人から意見書を収受
平成25年2月14日 審議
同年3月14日 審議

第5  審査会の判断の理由
 本件対象文書について
 本件開示請求は「別紙に掲げる特定宗教法人Aないし特定宗教法人T各団体の財産目録,収支計算書,貸借対照表及び当該書類より作成された各団体の収入や保有資産額の状況が分かる資料(最新年度のもの)」(本件対象文書)の開示を求めるものである。
 本件開示請求に対し,処分庁は,本件対象文書の存否を答えることは,各団体からそれぞれいかなる書類が提出されているかという事実,すなわち,それぞれの書類の提出の有無(以下「本件存否情報」という。)を明らかにすることになり,その存否を答えるだけで,法5条6号柱書きに該当する情報を開示することになるとして不開示とした。異議申立人は,原処分の取消しを求め,諮問庁は原処分を維持するとしていることから,以下,原処分の妥当性について検討する。

 本件対象文書の存否応答拒否について 
(1)  諮問庁の説明
 宗教法人ごとに提出される文書が異なり,提出されていない文書から宗教法人の年間の収入規模や事務処理能力の程度等が推測可能となることから,本件対象文書の存否を明らかにすれば,①宗教法人の信頼を失い,宗教法人から所轄庁への書類の提出が行われなくなり,宗教法人法25条4項に基づく事務所備付け書類提出制度の運用に支障を及ぼすおそれがあること,また,②本件対象文書に係る20法人が不活動宗教法人でなかったとしても,不活動宗教法人に対し,同様の請求がなされた場合,同法25条4項に基づく書類は提出されていないため,文書不存在による不開示とせざるをえず,どの宗教法人が現在不活動状態にあるかを推測できる情報を開示する結果となり,不活動宗教法人対策に支障を及ぼすおそれがあることから,法5条6号柱書きに該当する情報を開示することとなり,法8条に基づき,存否を明らかにすることなく不開示とする。

(2)  検討
 宗教法人法25条4項に基づく事務所備付け書類提出制度の運用に係る支障の有無
(ア)  この点の諮問庁の説明は,本件対象文書に当たる備付け書類について,宗教法人法25条4項がその提出義務を定めているにもかかわらず,これを履行せずに提出に応じない宗教法人がありうることを前提とするものである。
 しかし,同法25条3項が備付けを義務付け,同条4項が提出を義務付けている書類につき,その存否が明らかにされたとしても,それによって判明するのは,当該宗教法人の書類提出義務の履行状況だけであり,当該宗教法人の財産状況や活動内容等が明らかになるものではないから,これによって,宗教法人が書類提出義務の履行を怠るようになって,提出制度の運用に支障を及ぼすおそれがあるとの諮問庁の上記説明には,多大な疑問がある。

(イ)  この点につき,諮問庁は,収支計算書については,一会計年度の収入の額が8000万円以内で,かつ,公益事業その他の事業を行わない場合にはその作成義務が免除されていることから,宗教法人が収支計算書を提出しているか否かを公にすることで当該宗教法人の年間の収入規模が推測可能となってしまい,また,宗教法人法上作成が義務付けられていない貸借対照表については,その提出の有無により,当該宗教法人の事務処理能力の程度が推測可能となってしまうと説明し,こうした点が,宗教法人側の書類提出制度への非協力(提出義務懈怠)に繋がると説明する。
 しかし,各宗教法人が,本件対象文書の全部又は一部を提出していないことが分かったとしても,当該書類を作成しながら提出しないこともあり得るのであるから,当該書類を作成していないことが直ちに判明するものではなく,諮問庁の上記説明は,この点で,既に前提を欠くものである。
 しかも,収支計算書について言えば,それを作成していないことが分かったとしても,当該宗教法人の一会計年度の収入額が8000万円以内で,かつ,公益事業その他の事業を行っていないことが分かるだけで,具体的な収入規模が推測できるものではない。
 また,貸借対照表については,仮に作成されていないことが分かったとしても,その作成,備付けが義務付けられているわけではないから,作成していないことにより,直ちに事務処理能力の程度が判明するとは言えない。
 なお,財産目録については,作成義務があり,その免除する規定はないから,それが作成していないことから判明するのは,当該宗教法人が作成義務を怠っているという事実だけである。

(ウ)  以上のとおり,各書類類型ごとに個別に検討しても,それらが提出されているかどうかにより判明するのは,当該宗教法人の書類提出義務の履行状況だけであることを確認し得たのである。そして,これら備付け書類の提出が義務付けられているのは,宗教法人がその目的に沿った活動をしていることを所轄庁が継続的に把握し,宗教法人法を適正に運用するためであると言うのであり,さらに,同法88条5号は,その提出を怠ったとき,当該宗教法人の代表役員等を過料に処する旨を規定しているところであるから,そのような制度の下にある書類の提出の有無を明らかにしたとしても,宗教法人の信頼を失い,以後,宗教法人から処分庁への書類の提出が行われなくなり,その結果,事務所備付け書類提出制度の運用に支障を及ぼすおそれがあるとは認められない。したがって,当該書類の存否情報は,法5条6号柱書きの不開示情報に該当しない。

 不活動宗教法人対策に対する支障の有無
 諮問庁は,不活動宗教法人に対して事務所備付け書類に係る開示請求があれば,文書不存在による不開示とせざるを得ず,それによりどの宗教法人が現在不活動状態にあるか推測できる情報を開示する結果となると説明する。
 しかしながら,本件開示請求に係る宗教法人Aないし宗教法人Tは,いずれも著名な法人であって,このような説明が妥当する場合であるとすることには重大な疑問がある。しかも,宗教法人が財産目録等の備付け書類を提出しない事情には,さまざまなものがあるのであるから(諮問庁の上記アに関する説明は,これを前提とする。),その提出がないことにより,当該宗教法人が現在不活動状態にあることが直ちに推測されるものではない。したがって,備付け書類の有無を答えることにより,当該宗教法人がその提出義務を履行していないことが分かったとしても,それにより,不活動宗教法人の法人格が悪用されるなどして所轄庁の不活動宗教法人対策に支障を及ぼすおそれがあるとは認められず,書類の存否情報は,法5条6号柱書きに該当しない。

(3)  したがって,本件対象文書の存否情報は,それが明らかになることによって,事務所備付け書類提出制度の運用にも,不活動宗教法人対策にも,支障を及ぼすおそれがあるとは言えないから,法5条6号柱書きに該当するとは認められない。

 法5条2号イ該当性について
 諮問庁は,仮に本件対象文書が存在するとしても,一般に公開されていない非公知の事項を開示すれば,宗教法人の信教の自由を害し,当該法人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあり,法5条2号イの不開示情報に該当すると説明するが,原処分は,本件対象文書の存否応答拒否の処分であるから,本件対象文書の存在を仮定した上での同号イ該当性についての説明は,何ら原処分維持の理由になるものではない。

 本件不開示決定の妥当性について
 以上のことから,本件対象文書につき,その存否を答えるだけで開示することとなる情報は法5条6号柱書きに該当するとして,法8条の規定により,その存否を明らかにしないで開示請求を拒否した決定については,当該情報は法5条6号柱書きに該当せず,本件対象文書の存否を明らかにして改めて開示決定等をすべきであることから,取り消すべきであると判断した。















(第1部会)
委員 小林克已,委員 中村晶子,委員 村上裕章





(別紙)

 特定宗教法人A,特定宗教法人B,特定宗教法人C,特定宗教法人D,特定宗教法人E,特定宗教法人F,特定宗教法人G,特定宗教法人H,特定宗教法人I,特定宗教法人J,特定宗教法人K,特定宗教法人L,特定宗教法人M,特定宗教法人N,特定宗教法人O,特定宗教法人P,特定宗教法人Q,特定宗教法人R,特定宗教法人S及び特定宗教法人T