答申本文

諮問庁:総務大臣

諮問日:平成21年9月7日(平成21年(行情)諮問428号)

答申日:平成23年2月28日(平成22年度(行情)答申第559号)

事件名:特定日に提出された特定会社による特定不動産の鑑定評価書の一部開示決定に関する件(第三者不服申立て)                        

答 申 書

 

第1 審査会の結論

「特定日に提出の異議申立人(以下「特定会社1」ともいう。)による21件の特定不動産(以下「本件評価対象不動産」という。)の鑑定評価書(対象不動産の概要,資産価値の調整,鑑定評価額の決定部分に限る。)」(以下「本件対象文書」という。)につき,その一部を開示するとした決定は,結論において妥当である。

第2 異議申立人の主張の要旨

1 異議申立ての趣旨

本件異議申立ての趣旨は,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「法」という。)3条の規定に基づく開示請求に対し,平成21年7月31日付け総情企第100号の1ないし21により総務大臣(以下「処分庁」又は「諮問庁」ともいう。)が行った本件対象文書の一部開示決定(以下「原処分」という。また,同第100号の1ないし21に記載された対象不動産をそれぞれ「特定不動産1」ないし「特定不動産21」といい,それぞれの不動産鑑定評価書を「本件対象文書1」ないし「本件対象文書21」という。)について,法13条1項に規定する第三者である異議申立人が,これを取り消し,当該開示部分を不開示とすることを求めるものである。

 2 異議申立ての理由

異議申立人の主張する異議申立ての理由は,異議申立書及び意見書並びに口頭意見陳述によると,おおむね以下のとおりである。

(1)異議申立書

ア 平成21年4月27日付けで提出済みの「行政文書の開示に関する意見書」中で申し立てた,開示による支障(不利益)について何の検討及び配慮もされていない。

処分庁の担当者による当初の説明では,今回の開示請求は鑑定評価書以外の膨大な資料も一緒に開示請求されているため,それらの整理等に大変な時間がかかるため,当分の間開示をすることはないとのことであったが,突然開示決定の通知が来るとはどういうことであるか。衆議院選挙の直前に開示しようとする行動は,何らかの選挙がらみの行動ではないか。

イ 処分庁との鑑定業務受託契約では,処分庁が内部で使用する文書として依頼されたものであり,開示についての説明は全く受けていない。鑑定業務終了後に開示の要求をされても応じられない。

ウ 開示請求者等についての説明が全くない。開示請求の背景が分からないまま開示に応じることはできない。

開示された鑑定評価書の使用方法によっては,上記アの意見書で述べたとおり,正当な理由なく不動産の鑑定評価に関する法律42条に基づく懲戒処分の申立てをすることが可能であり,また,マスコミに配布されて記事に取り上げられる可能性もある。特定会社1が風評被害を被るおそれがある。これらの懸念事項について,何の検討・配慮もされていない。人権を無視した行動ではないか。

エ 「行政文書の開示決定について(通知)」の別添では,「鑑定評価額を導き出すまでのプロセスを書いている部分は,国土交通省の不動産鑑定評価基準(以下「鑑定評価基準」という。)等に沿って行われるものであり,不動産鑑定士自身が独自のノウハウによって各種補正等を行うものではないとされた情報公開・個人情報保護審査会(以下「審査会」という。)の答申例がある。」と述べているが,本件の個別の事情を全く考慮していない。

答申例と本件を同一のものと述べているが,本件評価対象不動産の鑑定評価額を査定するに当たっては,鑑定評価基準等に沿って業務を行うだけでは足りず,独自のノウハウによって情報を収集し,分析・応用して行う必要がある。これらの実務上の事情も理解せず,単純に答申例を援用して開示決定をするのは自らの行動に正当性を持たせようとする作為的な行為である。

オ 開示をするという通知は受領したが,開示する範囲や方法などは全く知らされておらず,一方的であり,特定会社1の利害に対する配慮が全くなく容認できない。

カ 行政訴訟提起を前提として,専門家に依頼することとしたので,更に理由を追加する予定である。

(2)意見書(諮問庁の閲覧に供することは適当でない旨を述べていることから概要にとどめる。)及び口頭意見陳述

特定会社2は公共性・公益性の高い会社であることと,本件対象文書の開示が公益上特に必要であることは別問題である。

開示請求は特定の人たちの要求であり,一般の国民の公益上必要なこととは言えないと考えている。鑑定評価書の価格査定の経緯を一般の国民が見ても,特定会社2の資産が正当な価格で売買されようとしていたのか等の判断はできないことは明白である。

本件対象文書は,処分庁に対して処分庁が特定会社2の資産の予定売買価格の妥当性を検証するために資料目的を限定して提出したものであり,著作権法18条の公表権に基づき,異議申立人が公表の可否を決定できるはずである。鑑定評価額を公表することにより独自のノウハウの流出につながり,一般に公表されると重大な損害を被ることが懸念される。

本件は法7条に該当せず,著作権法18条により公表権が適用されるものと考える。

第3 諮問庁の説明の要旨

1 理由説明書

(1)異議申立てに係る行政文書について

本件異議申立てに係る行政文書は,平成21年4月1日付け行政文書開示請求書中「1,特定日提出の特定会社1による特定不動産の鑑定評価すべて」である。

(2)部分開示決定について

処分庁は,本件異議申立てに係る行政文書については,平成21年4月27日付けで異議申立人より提出された行政文書の開示に関する意見書を勘案しつつ,過去の審査会の答申例を考慮し,

ア 不動産鑑定士に係る情報のうち,担当の不動産鑑定士の住所・氏名等,個人を特定する情報は法5条1号又は2号イに該当することから不開示,

イ 取引事例については,通常積極的に公表する性質のものではなく,当事者の正当な利益を害するおそれがあることから,法5条1号又は2号イに該当するため不開示,

ウ 法人の保有する経営上のデータのうち,本件評価対象不動産の個別資産の簿価や経営上の損益データなど一般企業が通常公にしない情報については,鑑定評価額の合計値など既に公知の情報となっているものを除き,法5条2号イに該当するため不開示

と整理した上で,鑑定評価額を導くまでの評価方法を含めたプロセスについては,鑑定評価基準に沿って行われるものであり,必ずしも独自のノウハウにより各種補正等を行うものではないと考えられることから,これらを含めた残りの部分について開示することとする原処分を行い,平成21年7月31日付け総情企第100号により,開示請求者及び決定の結果が影響すると認められる第三者(異議申立人及び特定会社2)に通知した。

(3)異議申立てについて

    異議申立人から,平成21年8月11日付けで,原処分で開示とされた部分の取消しを求める異議申立てがなされた。

(4)諮問庁の意見について

    異議申立人は鑑定評価書すべてを一切開示すべきでないとする立場にあるが,開示請求があったときは,法5条の規定に従い,同条各号に該当するものを除いては開示すべきものであるから,前記(2)に記載のとおり,アないしウを不開示とした上で,部分開示決定とすることが妥当である。

なお,鑑定結果の概要については,「総務省による独自鑑定の結果について」として既に公表されているところでもあり,このような実情を勘案しても,異議申立人の主張のとおり,当該鑑定評価書の内容がすべて法5条1号ないし6号のいずれかに該当するものとして不開示とすることは不適当であると言わざるを得ない。

2 補充理由説明書

異議申立人は,本件対象文書において,「評価書の内容に係る説明については,依頼者からの指示のあった者に対して行う。依頼者の承諾がない限り,第三者への説明は守秘義務の観点から応じることはできない」旨を記載していることから,依頼者すなわち処分庁の承諾があれば公にすることを否定していないものと考えられる。ここで,処分庁は,一部不開示情報を除き,広く公にすることを制限する必要はないと考えているところである。

また,異議申立人は,原処分に先立つ平成21年4月27日,法13条1項の規定に基づく意見照会に対する意見書において,「開示による不利益あり」の旨を回答しているが,例えば,「鑑定評価書は,未公表の著作物であり,公にすることにより,競争上の地位その他正当な利益を害される」旨の記述がないこと及び同意見書に記載されている不利益の具体的内容から,本件対象文書が未公表の著作物であることを理由に不開示を主張したものと考えることはできない。

以上のことから,本件対象文書が,著作権法2条1項1号に定める著作物に該当するとした場合であっても,同法18条3項1号の「別段の意思表示をした場合」に該当するとは解されないため,著作者(異議申立人)は,同号に規定する「法の規定により行政機関の長が当該著作物を公衆に提供し,又は提示すること」に「同意したものとみなす」ことができる。

したがって,本件は,法に基づき開示決定を行うことが適当であり,法5条各号に該当するものについては不開示,残りの部分を開示することとする原処分を維持することが適当である。

仮に,上記の考え方が認められず,本件対象文書が,著作権法18条3項1号の「別段の意思表示をした場合」に該当し,同号に規定する「情報公開法の規定により行政機関の長が当該著作物を公衆に提供し,又は提示すること」に「同意したものとみな」されず,未公表の著作物であると解する場合であっても,

(1)既に提出した理由提出書において述べているとおり,鑑定評価額を導くまでの評価方法を含めたプロセスについては,鑑定評価基準等に沿って行われるものであり,必ずしも独自のノウハウにより補正等を行うものではないこと及び評価結果の概要については「総務省による独自鑑定の結果について」として既に公表されていることから,異議申立人の主張のとおりに本件対象文書全体を不開示とすることは不適当と考えざるを得ない。

(2)特定会社2は特殊会社であり,極めて公共性・公益性の高い会社であること,また,本件対象文書である不動産鑑定評価書の評価対象不動産が,特定公社から承継した国民共有の財産という性格を持つものであり,当該不動産評価を実施し鑑定結果の概要を公表するに至った一連の経緯等を踏まえると,公益上の要請が強いものと認められることから,法の理念・目的等に照らし,異議申立人の主張のとおりに本件対象文書全体を不開示とすることは不適当と考えざるを得ない。

以上のことから,法5条各号に該当するものについては不開示,残りの部分を開示することとする原処分を維持することが適当である。

第4 調査審議の経過

   当審査会は,本件諮問事件について,以下のとおり,調査審議を行った。

   ① 平成21年9月7日   諮問の受理

   ② 同日          諮問庁から理由説明書を収受

   ③ 同年10月14日    異議申立人から意見書及び資料を収受

   ④ 平成22年5月13日  本件対象文書の見分及び審議

   ⑤ 同年6月3日      審議 

   ⑥ 同月10日       審議

   ⑦ 同月24日       審議

   ⑧ 同年7月26日     諮問庁から補充理由説明書を収受

   ⑨ 同年8月24日     異議申立人から意見書を収受

   ⑩ 同年9月30日     審議

   ⑪ 同年10月14日    審議

   ⑫ 同月19日       異議申立人から意見書を収受

   ⑬ 同年11月18日    異議申立人代理人からの口頭意見陳述の聴取

   ⑭ 平成23年2月24日  審議

第5 審査会の判断の理由

 1 本件対象文書について

本件対象文書は,特定会社1(異議申立人)が処分庁に提出した特定日付け本件評価対象不動産の鑑定評価書(対象不動産の概要,資産価値の調整,鑑定評価額の決定部分に限る。)である。

   特定会社1は,不動産価格に係る鑑定評価の請負を一般競争入札により落札し,処分庁との契約により,特定会社2が保有する本件評価対象不動産の不動産鑑定評価を行ったものである。

2 異議申立人の主張について

異議申立人は,不開示とする根拠条文を明示していないものの,異議申立書の記載及び諮問庁から当審査会に提出された諮問書の添付書類(行政文書の開示に関する意見書)から以下のとおり不開示情報に該当するとして不開示を求めているものと解される。

(1)開示された鑑定評価書の使用方法によっては,不動産の鑑定評価に関する法律42条に基づく懲戒処分の申立てをすることが可能であり,また,マスコミに配布されて記事に取り上げられる可能性もある。特定会社1が風評被害を被るおそれがある。

また,本件評価対象不動産の鑑定評価額を査定するに当たっては,鑑定評価基準に沿って業務を行うだけでは足りず,独自のノウハウによって情報を収集し,分析・応用して行う必要がある。

以上のことから,本件対象文書を公にすることにより特定会社1の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあり,法5条2号イに規定する不開示情報に該当する。

(2)特定会社1は,平成21年4月27日付け行政文書の開示に関する意見書を処分庁あてに提出しており,本件対象文書の開示により特定会社1が不利益を被る旨の意思表示をしている。

特定会社1による上記意思表示は,著作権法18条3項1号に規定する「開示する旨の決定の時までに別段の意思表示をした場合」に当たるものであると解され,本件対象文書を公にすることにより特定会社1の著作権法上の公表権を侵害し,特定会社1の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあり,法5条2号イに規定する不開示情報に該当する。

(3)処分庁との鑑定業務受託契約では,処分庁が内部で使用する文書として依頼されたものであることから,法5条2号ロに規定する不開示情報に該当する。

以下,本件対象文書の開示部分について,異議申立人が不開示の根拠としていると認められる法5条2号イ及びロの該当性について,本件対象文書を見分した結果を踏まえ,検討する。

 3 本件対象文書の開示部分について

   当審査会において見分したところ,本件対象文書の開示部分の記載事項は,表紙,「はじめに」で始まる頁及び目次,並びにⅠ鑑定評価額,Ⅱ対象不動産の表示,Ⅲ鑑定評価の基本的事項及びⅣ鑑定評価額決定理由の要旨の項目に係る部分である(本件対象文書1ないし本件対象文書21ごとの記載事項の一覧は別紙のとおり。)。

4 法5条2号ロの該当性について

特定会社1は,本件対象文書は,処分庁との鑑定業務受託契約では,処分庁が内部で使用する文書として依頼されたものであり,開示についての説明は全く受けていない,鑑定業務終了後に開示の要求をされても応じられないと主張する。

当審査会において,諮問庁から提示を受けた本件評価対象不動産の鑑定評価に係る請負契約書を確認したところ,特定会社1が本件対象文書を処分庁に提出した際に,処分庁が本件対象文書を「内部で使用するとしている」ことや,「公にしないという条件が付されている」とは認められない。

また,後記5(1)ア及びエのとおり,特定会社1が本件評価対象不動産の鑑定評価書を作成したという情報及び本件評価対象不動産に対する特定会社1の鑑定評価額は,原処分時において公にされている情報であって,この点からも,法5条2号ロの不開示情報に該当するとは言えない。

5 法5条2号イの該当性等について

(1)本件対象文書の開示部分の記載内容についての検討

ア 表紙(原処分で不開示とされた特定会社1の代表者の印影及び不動産鑑定士の氏名並びに印影部分を除く。)

当該部分には,①正本又は副本の表示,②日付,③本件対象文書の提出先名,④文書名,⑤施設名,⑥不動産の鑑定評価について本件対象文書で報告することの記載,⑦本件対象文書を作成した特定会社1の住所,社名,役職名及び代表者名が記載されている。

これらのうち,①ないし④及び⑥については,通常,鑑定評価書に記載される外形的事項が記載されているにすぎないと認められる。

⑤について,当審査会事務局職員をして諮問庁に確認させたところ,本件対象文書に記載された本件評価対象不動産は,一般競争入札で特定会社1が落札した「不動産価格に係る鑑定評価の請負」の仕様書で公表されていたとのことであり, また,特定会社1が「不動産価格に係る鑑定評価の請負」を一般競争入札で落札したことは総務省のホームページで公開していたことから,施設名(特定不動産1ないし特定不動産21)及び特定会社1が本件評価対象不動産の鑑定評価書を作成したという情報は,既に公にされているものと認められる。

また,⑦については,特定会社1が会社の住所,社名,役職名及び代表者名をホームページで公開していることが認められる。

イ 「はじめに」で始まる頁

当該部分には,本件対象文書についての注意事項等が記載されている。

当該部分は,鑑定評価書の作成・発行に当たっての一般的な注意事項が記載されているにすぎないと認められる。

ウ 目次

当該部分には,本件対象文書の目次が記載されている。

当該部分は,鑑定評価書の一般的な記載項目が記載されているにすぎないと認められる。

エ Ⅰ鑑定評価額の項目に係る部分

当該部分には,本件評価対象不動産の鑑定評価額が記載されている。

鑑定評価額は,諮問庁が記者に提供した資料「総務省による独自鑑定の結果について」で既に公表している情報であることが認められる。

上記資料で公表している鑑定評価額が特定会社1の評価によるものであることについて,当審査会事務局職員をして諮問庁に確認させたところ,本件評価対象不動産の鑑定評価の請負に関して,特定会社1以外が請け負っていないことから,特定会社1が行った評価が上記資料で公表している鑑定評価額であることは知り得ることである旨,説明する。

したがって,当該部分に記載された鑑定評価額は,既に公にされている情報であると認められる。

オ Ⅱ対象不動産の表示の項目に係る部分

当該部分には,本件評価対象不動産に係る土地の地番,地目,面積及び所有者,並びに建物及び附属建物の所在,家屋番号,構造,種類,床面積,建築年月日及び所有者の情報が記載されている。

これらは,不動産登記簿に記載された情報であると認められる。

カ Ⅲ鑑定評価の基本的事項の項目に係る部分

当該部分には,本件評価対象不動産の鑑定評価に係る,価格時点,依頼目的,条件,類型,評価対象権利,所有者,価格の種類,鑑定評価を行った日,縁故及び利害関係の有無並びに備考が記載されている。

これらは上記イと同様に鑑定評価の一般的な記載事項であると認められる。

キ Ⅳ鑑定評価額決定理由の要旨(原処分で不開示とされた部分を除く。)の項目に係る部分

本件対象文書の当該部分には,「鑑定評価方式の適用」の項目についての記載がされている。これに加えて,本件対象文書2ないし本件対象文書6,本件対象文書8,本件対象文書9,本件対象文書11ないし本件対象文書17及び本件対象文書20には,特定不動産の形態別(観光ホテル,ホテル,スポーツクラブ,共同住宅)市況分析の項目に係る記載の部分が含まれ,本件対象文書2ないし本件対象文書6,本件対象文書8,本件対象文書9及び本件対象文書11ないし本件対象文書21には,対象不動産の市場性・市場競争力の分析及び将来の見通しの項目に係る記載の部分が含まれている。また,本件対象文書12には,「対象不動産の確認」,「一般的要因の分析」,「地域要因の分析」,「対象不動産の個別的要因」,「近隣地域の標準的使用」及び「最有効使用」の項目についての記載も含まれている。

諮問庁は,鑑定評価額を導き出すまでのプロセスを書いている部分は,鑑定評価基準に沿って行われるものであり,鑑定評価額を導くまでの評価方法を含めたプロセスを不開示とすることは適当ではない,と説明する。

特定会社1は,異議申立書で,①本件対象文書の使用方法によっては,正当な理由なく懲戒処分の申立てをすることが可能であり,また,マスコミに配布されて記事に取り上げられる可能性もあり,その結果,特定会社1が風評被害を被るおそれがある,②評価対象不動産の鑑定評価額を査定するに当たっては,鑑定評価基準に沿って業務を行うだけでは足りず,独自のノウハウによって情報を収集し,分析・応用して行う必要がある,と主張していることから,以下,項目ごとに検討する。

(ア)「鑑定評価方式の適用」

鑑定評価基準では,不動産の鑑定評価の方式が示されており,鑑定評価方式の適用に当たっては,鑑定評価方式を当該案件に即して適切に適用すべきであることが記載されている。また,鑑定評価の複数の手法により求められた各試算価格の再吟味及び各試算価格が有する説得力に係る判断を行い,鑑定評価額の決定に導くことが記載されている。

本件対象文書の当該部分(原処分で不開示とされた,具体的な事例及び査定に関するデータ並びに算出した特定不動産の収益費用等の部分を除く。)には,特定会社1が評価対象不動産の鑑定評価額の決定に当たり採用した評価手法,当該評価手法を採用した理由及び評価額を求める過程が記載されており,当該部分は鑑定評価基準に沿って行われたものと認められ,不動産鑑定士が独自のノウハウにより当該評価手法を採用したという特殊性も認められない。

(イ)特定不動産の形態別(観光ホテル,ホテル,スポーツクラブ,共同住宅)市況分析の項目,対象不動産の市場性・市場競争力の分析及び将来の見通しの項目

鑑定評価基準では,対象不動産の地域分析及び個別分析を行うに当たっては,まず,それらの基礎となる一般的要因がどのような具体的な影響力を持っているかを的確に把握しておく必要があることが記載されている。

上記の項目を含む本件対象文書の当該部分には,主として官公庁等の作成,公表した統計や特定不動産の所在地の位置の一般的環境に基づいて,当該特定不動産の形態別の市況分析,市場の特性及び将来の見通しが記載されており,当該部分は鑑定評価基準に沿って行われたものと認められ,不動産鑑定士が独自のノウハウにより当該特定不動産の形態別の市況分析,市場の特性及び将来の見通しを導き出したという特殊性も認められない。

(ウ)「対象不動産の確認」,「一般的要因の分析」,「地域要因の分析」,「対象不動産の個別的要因」,「近隣地域の標準的使用」及び「最有効使用」

鑑定評価基準では,不動産の鑑定評価を行うに当たっては,価格形成要因を市場参加者の観点から明確に把握し,かつ,その推移及び動向並びに諸要因間の相互関係を十分に分析して,不動産の効用及び相対的希少性並びに不動産に対する有効需要に及ぼす影響を判定することが必要であることが記載されている。

ⅰ)「対象不動産の確認」

本件対象文書12の当該部分には,特定不動産12の確認の①実施日,②照合事項,③確認資料,④照合の結果,⑤採用数量が記載されている。

鑑定評価基準では,不動産の鑑定評価を行うに当たっては,まず,鑑定評価の対象となる土地又は建物等を物的に確定することのみならず,鑑定評価の対象となる所有権及び所有権以外の権利を確定する必要があることが記載されており,本件対象文書12の当該部分は鑑定評価基準に沿って行われたものと認められる。

対象不動産について各種資料と照合を行うに当たり,一般的に採用する資料に選択の余地は限られており,不動産鑑定士の独自のノウハウにより対象不動産の確認を行ったという特殊性も認められない。

ⅱ)「一般的要因の分析」,「地域要因の分析」,「対象不動産の個別的要因」,「近隣地域の標準的使用」及び「最有効使用」

鑑定評価基準では,対象不動産の地域分析及び個別分析を行うに当たっては,まず,それらの基礎となる一般的要因がどのような具体的な影響力を持っているかを的確に把握しておく必要があることが記載されている。

本件対象文書12の当該部分には,特定不動産12について官公庁等の作成,公表した統計等,特定不動産の所在地及びその周辺の地域性等一般的な各種情報に基づき価格形成要因を分析したことが記載されており,当該部分は鑑定評価基準に沿って行われたものと認められる。

対象不動産についての一般的な情報に基づく価格形成要因の分析には,不動産鑑定士の独自のノウハウにより分析を行ったという特殊性も認められない。

ク 上記アないしキの判断のまとめ

上記のとおり,本件対象文書の開示部分の記載内容に限り検討すると,当該部分が公にされたとしても,特定会社1の権利・競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるとは認められない。

(2)著作権法所定の公表権について

上記(1)では,本件対象文書の開示部分の記載内容に限り検討したところであるが,本件対象文書が,著作権法上の未公表の著作物に該当し,本件対象文書が公表されることにつき特定会社1の同意がない場合,これを公にすることにより,特定会社1の著作権法上の公表権を侵害し,特定会社1の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあることから,法5条2号イに該当することとなる。

以下,本件対象文書を公にすることにより,著作権法上の公表権を侵害することになるか否かについて検討する。

ア 本件対象文書は,不動産鑑定評価を業務とする特定会社1の発意に基づきその職務に従事する不動産鑑定士がその職務上,本件評価対象不動産の価格形成要因を分析し鑑定意見として鑑定評価額とその結論に至る経緯を表したもので,特定会社1の名義で鑑定委託者である総務省に納品したものであることが認められ,本件対象文書の見分の結果に照らしても文書全体として著作者の思想を創作的に表現したものと言え,著作権法2条1項1号の著作物に該当すると認められる。

また,著作権法15条1項によりその著作者は特定会社1であると認められる。

さらに,本件対象文書のうち,鑑定評価額,対象不動産の所在地,面積及び構造など,一部の情報は既に公表されていることが認められるものの,本件対象文書全体が特定会社1により既に公表されていることをうかがわせるような事実は認められない。

したがって,本件対象文書は著作権法上の未公表の著作物に該当すると認められる。

イ 本件対象文書は,処分庁と特定会社1との鑑定業務受託契約により,特定会社1が作成し,処分庁に提出したものである。

当審査会において,諮問庁より本件鑑定評価に係る処分庁と特定会社1との不動産価格に係る鑑定評価の請負契約書の提示を受けて確認したところ,当該請負契約書には著作者人格権の行使に関する規定は認められないが,本件対象文書に「提出した評価書は,広報出版あるいは公表の権利を与えたものではない。」ことが明記されており,特定会社1が,著作権法18条3項1号に規定する公表されることにつき同意したものとの推定はできないものと解される。

また,特定会社1は,原処分前の処分庁からの意見照会に対して,平成21年4月27日付け行政文書の開示に関する意見書を処分庁あてに提出しており,本件対象文書の開示により特定会社1が不利益を被る旨の意思表示をしている。

処分庁は,平成21年7月31日付けで本件開示請求についての開示決定を行っていることから,特定会社1による上記意思表示は,著作権法18条3項1号に規定する「開示する旨の決定の時までに別段の意思表示をした場合」に当たるものである。特定会社1が前記意思表示の際に著作権法の条文あるいは公表権について言及していないからといって,同号所定の別段の意思表示に該当しないと言うことはできない。

ウ したがって,未公表の著作物である本件対象文書を公にすることにより,特定会社1の著作権法上の公表権を侵害し,その意味において,特定会社1の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあることから,本件対象文書記載の情報は,原処分において開示するとされた部分を含めて,全体として,法5条2号イに該当することとなる。

6 法7条による開示について

諮問庁は,特定会社2は特殊会社であり,極めて公共性・公益性の高い会社であること,また,本件対象文書である不動産鑑定評価書の評価対象不動産が,特定公社から承継した国民共有の財産という性格を持つものであり,当該不動産評価を実施し鑑定結果の概要を公表するに至った一連の経緯等を踏まえると,公益上の要請が強いものと認められると説明しており,本件対象文書については国民共有の財産という性格を有する財産の評価が適正に行われているか否かの判断の材料として,法7条による公益上の理由による裁量的開示を行うべき場合であるとの主張を含むものであると解される。

以下,本件対象文書の性格を踏まえて,本件対象文書の公益上の理由による裁量的開示の当否について検討する。

(1)本件対象文書の性格

ア 著作権法上,公表権は対象が未公表の著作物でありさえすれば生じることから,著作者から行政庁に提出された文書は,別段の意思表示があれば不開示となるのが通常となり,広く行政機関の保有する情報を対象とする情報公開制度の趣旨は損なわれることとなる。

そこで,法に基づく一定の場合の開示については,著作者の意思のいかんを問わず,公表権の規定を適用しないこととされており(著作権法18条4項),具体的には,①法5条1号ただし書ロ及び2号ただし書の場合,②同条1号ただし書ハの場合及び③法7条の開示の場合には公表権の規定は適用されない。

したがって,本件対象文書の著作権法上の公表権によって確保されるべき利益は,情報公開制度の趣旨・目的に照らし,事柄の実質に沿って判断する必要がある。

イ 本件対象文書は,特定会社1が本件評価対象不動産の価格形成要因を分析し鑑定評価額を示したものであり文書全体として特定会社1の思想を創作的に表現したものと認められる。

しかしながら,「不動産鑑定士は,良心に従い,誠実に鑑定評価等業務を行うとともに,不動産鑑定士の信用を傷つけるような行為をしてはならない」(不動産の鑑定評価に関する法律5条)のであって,「不動産鑑定業者は,不動産の鑑定評価の依頼者に,鑑定評価額その他国土交通省令で定める事項を記載した鑑定評価書を交付しなければならない」(同法39条)こととされており,鑑定評価額を導くまでのプロセスについては,鑑定評価基準に沿って行われるものである。なお,鑑定評価基準に従わず故意に不当な鑑定評価を行うことは,不動産鑑定士の懲戒事由にも当たるものであるとされている。

不動産価格の鑑定は,資格を有する不動産鑑定士が,その専門知識及び経験に基づき,必要な情報を収集,分析して行うものであるが,対象不動産自体やその上の権利の価格等を客観的に評価するという機能が重視される実用性の高いもので,少なくとも鑑定委託者等一定範囲の者には伝達されることは当然の前提とされており,鑑定評価書に記載する事項は鑑定評価基準で定められている。このような不動産鑑定や鑑定評価書の性格を踏まえるととともに本件対象文書の開示部分の内容が前記5(1)のとおりであることを考慮すると,当該部分の創作性に関する独自性において,絵画や小説などの著作物と本件対象文書の開示部分とでは差が認められ,同部分は絵画や小説などに比べて著作者の人格との結合性の程度が弱いものと認められる。

また,本件対象文書については,特定会社1が本件評価対象不動産の鑑定評価書を作成したという情報及び本件鑑定評価書の結論である本件評価対象不動産に対する特定会社1の鑑定評価額は,既に公にされている。

以上のことを踏まえれば,著作者人格権である公表権を保護する必要性はさほど強いとは言えない。

ウ 本件評価対象不動産はいずれも,元国有財産であったものが特定公社の設立に伴い同公社が承継し,更に民営化によって民間会社である特定会社2が所有するに至った財産であるが,特定会社2は,現在,政府が全株式を所有する会社であることからすると,本件評価対象不動産は,社会的観点から見ると国民の財産としての性格をも有していると認められる。

そして,当初,特定会社2が決定した本件評価対象不動産を含む多数の不動産の特定会社3への一括売却に関して,認可庁である総務省が個別施設には黒字施設があるにもかかわらず一括売却を行ったことや売却金額が低いことなどの問題点を指摘したことから,本件評価対象不動産を含む多数の不動産の売却の在り方について社会的,政治的な論議が生じ,その結果,特定会社2は本件評価対象不動産を含む多数の不動産の一括売却を断念した経緯がある。

その中で,処分庁は,特定会社2が行った本件評価対象不動産の評価に対して,独自の評価に基づきその売却額についての問題点を指摘しており,本件対象文書は,処分庁が行った独自の評価の根拠となったものである。

 (2)本件対象文書の公表権の制約

特定会社1の公表権は本来保護されるべきものではあるものの,その必要性は必ずしも強くないものであり,本件対象文書の内容の一部は既に公にされていることを踏まえて,上記のような本件評価対象不動産を含む多数の不動産の一括売却をめぐる社会的,政治的論議の中で,総務省の行った独自の評価の根拠となった本件対象文書中の本件開示部分の性質に着目した場合,少なくとも原処分において処分庁が開示するとしている部分については,上記のような特定会社2の行おうとした不動産の一括売却をめぐる社会的,政治的論議における総務省の独自の評価の根拠を明らかにする説明責任の充足といった公益目的のため,本件対象文書について特定会社1の公表権が制約を受けることは,情報公開制度の趣旨に照らしてやむを得ないものと認められる。

したがって,諮問庁の本件対象文書の開示部分については法7条に定める公益上の理由による裁量的開示を行うべき場合であるとの主張は妥当であり,著作権法18条4項1号の規定に基づき,同条1項を適用しないこととすべきである。

7 異議申立人の主張について

(1)異議申立人は,開示をするという通知は受領したが,開示する範囲や方法などは知らされていない旨を主張していることについて,処分庁が法13条3項に基づき異議申立人へ通知した「行政文書の開示決定について(通知)」では,開示する範囲が具体的に記載されているとは認められないことから,当審査会事務局職員をして諮問庁に異議申立人の主張に関する状況を確認させたところ,諮問庁は異議申立人に対して原処分後に本件対象文書を被覆した開示する文書の例を示していると説明があった。処分庁が異議申立人の求めに応じて開示する文書の例を示していることは適切であるが,本件対象文書が21件の特定不動産の鑑定評価書であり,それぞれその一部を開示するものとされていることからすれば,今後は,開示する範囲が文書ごとに理解されるよう異議申立人に対して説明等することが望ましい。

(2)異議申立人は,本件対象文書は,処分庁との鑑定業務受託契約では,処分庁が内部で使用する文書として依頼されたものである旨を主張している。一方,諮問庁は,異議申立人が鑑定評価書において,評価書の内容に係る第三者への説明は,依頼者の承諾がない限り守秘義務の観点から応じることはできない旨の記載をもって,処分庁の承諾があれば公にすることを否定していないものと考えられると説明している。

諮問庁においては,法人等から文書の提出を受ける場合,当該文書は法に定める開示請求の対象となることを説明する必要があり,また,法人等から著作物の提出を求める際は,著作権法上の公表権を念頭に置くことが求められよう。

(3)異議申立人は,その他種々主張するが,いずれも当審査会の上記の結論を左右するものではない。

8 本件決定の妥当性について

 以上のことから,本件対象文書の一部について,法5条各号に該当するとしないで開示するとした原処分については,開示することとされた部分の記載内容は,当該部分が公にされたとしても,特定会社1の権利・競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるとは認められないが,特定会社1が本件対象文書について公表権を有することを考慮すると同条2号イに該当するものであるところ,本件については,法7条により開示することができる場合に該当すると認められるので,結論において妥当であると判断した。

(第4部会)

  委員 西田美昭,委員 園 マリ,委員 藤原静雄

 

 

別紙

鑑定評価書の項目

左記の項目を含む本件対象文書

表紙

本件対象文書1ないし本件対象文書21

「はじめに」で始まる頁

目次

Ⅰ鑑定評価額

Ⅱ対象不動産の表示

Ⅲ鑑定評価の基本的事項

Ⅳ鑑定評価額決定理由の要旨

対象不動産の確認

本件対象文書12

一般要因の分析

地域要因の分析

対象不動産の個別的要因

近隣地域の標準的使用

最有効活用

観光ホテル市況の分析,ホテル市況の分析,共同住宅市況分析

本件対象文書3ないし本件対象文書6,本件対象文書8,本件対象文書9,本件対象文書11ないし本件対象文書17及び本件対象文書20

スポーツクラブ市況の分析

本件対象文書12

対象不動産の市場性及び将来の見通し,対象不動産の市場競争力の分析及び将来の見通し

本件対象文書2ないし本件対象文書6,本件対象文書8,本件対象文書9,本件対象文書11ないし本件対象文書21

鑑定評価方式の適用

本件対象文書1ないし本件対象文書21