答申本文
諮問庁 | : | 文部科学大臣 |
諮問日 | : | 平成14年2月7日 |
答申日 | : | 平成14年9月12日 |
事件名 | : | 東京医科歯科大学歯学部における不正経理に関する顛末報告書の一部開示決定に関する件(平成14年諮問第35号)
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答 申 書
東京医科歯科大学歯学部における不正経理に関する顛末報告書(以下「本件対象文書」という。)につき,その一部を不開示とした本件決定について,本件対象文書中の添付資料のうち資料1,資料10,資料14-3及び資料15を不開示としたことは妥当であるが,資料11から資料13まで,資料14-2及び資料16から資料20までについては,その標題を開示すべきである。
1 |
本件異議申立ての趣旨は, 行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「法」という。)3条の規定に基づく本件対象文書の開示請求に対し,平成13年8月6日付け13諸文科会第118号により文部科学大臣が行った一部開示決定について,その一部を取り消し,異議申立人が作成した文書等の開示を求めるというものである。
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異議申立人の主張する異議申立ての主たる理由は,異議申立書及び意見書の記載によると,おおむね以下のとおりである。
(1) |
資料1,資料10,資料14-3及び資料15の開示について |
ア |
本件対象文書中の添付資料のうち,資料1は,理由説明書の記載から,旅費の不正請求を告発した投書であると思われ,異議申立人による調査依頼文が存在すると思われる。文書の作成名義人が本人である場合には,当該本人が自らの意思により,かつ,公にされることによって害されるおそれがある自己の権利利益を放棄して開示を求めているものであり,自己情報について開示を拒絶する合理的な根拠はなく,国民の知る権利を侵害するものである。
したがって,資料1のうち異議申立人作成の調査依頼文については,法5条1号に該当せず開示されるべきである。
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イ |
資料10は,経理の取扱いに関する事情聴取の結果であるが,異議申立人は,平成12年5月18日及び同月25日の両日,調査委員会による事情聴取を受けており,自己の供述内容が正確に記録されてるかどうかについて確認するという重大な利益を有している。
したがって,資料10のうち,異議申立人に対する事情聴取に関するものは,法5条1号に該当せず開示されるべきである。
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ウ |
資料14-3は,当事者の使途確認書であるが,異議申立人も使途の確認を求められており,異議申立人の使途確認書が存在するはずである。
したがって,資料14-3のうち,異議申立人の使途確認書については法5条1号に該当せず開示されるべきである。
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エ |
資料15は,当事者の確認書であるが,異議申立人も内部調査委員会から確認を受けている。
したがって,資料15のうち,異議申立人に対する確認書が存在する場合には,当該文書は法5条1号に該当せず開示されるべきである。
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(2) |
資料11から13まで,14-2及び16から20までについて |
本件対象文書中の添付資料のうち,資料11から13まで,14-2及び
16から20までについては,開示請求の対象外であって,非該当部分であるとされ,文書の標題すら明らかにされていない。異議申立人は,これらの資料について,別途開示請求を行う予定であり,各資料がいかなる事項に関する文書であるのかを明らかにするため,各資料の標題を開示するよう求める。
東京医科歯科大学において,平成9年度から平成11年度までの3年間に架空の名目により旅費が支出され,研究者とのパーティー開催経費等に充てられていたとの報道がなされ,同大学において調査委員会を設置し,調査を行った結果,一部の旅費の支出において不正があることが判明した。
今回,異議申立てのあった行政文書は,本件旅費の不正請求問題が「会計経理に関係のある不正事実が生じたとき」に該当するため,文部科学省所管会計経理事務取扱規則11条5号の規定に基づき,平成13年4月18日に東京医科歯科大学長から文部科学大臣に報告された「会計経理の亡失等の報告について」に添付されていた同大学歯学部調査委員会における報告書(以下「報告書」という。)の添付資料の一部である。
当該文書は,個人が直接作成したものであって,氏名,職名,銀行口座番号及び印影などの個人を識別し得る情報を除いたとしても,本件のカラ出張については,報道機関によって取り上げられ,発覚の経緯についても報道されており,特に学内では周知の事実であるため,その筆跡から特定の個人を識別できるものである。また,その内容には個人の意思や思想を表す部分があるため,公にすることにより,個人の権利利益を害するおそれのある情報である。このため,法5条1号に該当するので不開示とした。
さらに,当該文書には旅費の不正請求の手口が記載されており,公にすることにより,本件報告書の目的の一つである再発防止の事務に関し,不当な行為を助長し若しくは容易にし,又は更に巧妙に行うことによりその発見を困難にするおそれがあるとともに,本件のような投書により,不正経理を発見するケースも多数あるため,その内容を公にすることにより,今後,同様の投書を行おうとする者が,公開されることを警戒し,投書することを避けることが考えられ,その結果,不正経理を発見する機会が減少する可能性もあることから,法5条6号に該当するので不開示とした。
なお,法の定めた開示請求権制度については,何人に対しても請求の目的を問わず開示請求を認める制度であることから,開示,不開示の判断に当たっては,本人からの自己情報についての開示請求である場合も含め,開示請求者がだれであるかは考慮されるべきではないと判断したものである。
(2) |
資料10,資料14-3及び資料15について |
当該文書は,本件旅費の不正請求問題に関し,調査委員会が調査のために,関係者から直接に事情を聴取した際,それぞれの供述を記録した調書であり,当該事情聴取はいずれも特定少人数出席の下に,その供述内容を公表しないことを前提に任意で実施されたものであって,本件調書は調査委員会の調査の過程において作成された関係者の供述録又は本人の申立書としての実質を有するものである。
このことから,本件調書には,個人の意思及び思想が含まれているため,個人識別性のある部分を除いたとしても,その内容を公にすることによって個人の権利利益を害するおそれのある情報であることから,法5条1号に該当するので不開示とした。
また,当該事情聴取が目的を十分に達成するためには,その性質上,聴取を受ける者が,自らの知見を関係者に遠慮することなくありのままに話せる状況が確保される必要があり,関係者の自己の意見などが率直に語られることが期待されているところ,このような事実関係等の調査の過程で作成された文書がそのまま公開されるとすれば,供述者がそのことを意識して忌憚のない意見等を述べることを避けるおそれがある。そもそも多人数から情報を収集するために行われる調査そのものが円滑かつ効果的に実施し得なくなる。その結果,調査委員会として事実関係を的確に把握することが困難となる。
特に,本件のカラ出張のような場合には,当事者でなければ知り得ない事柄も多いため,当事者からの事情聴取が重要な要素となっており,ありのままが語られるのでなければ,事実関係の的確な把握は極めて困難となる。
にもかかわらず,当該文書を公開した場合には,大学において,事実関係の究明のために,今までその内容が公開されないとの共通認識の基に実施されていた調査委員会による調査の内容が個人の意思や思想に関する部分も含めて開示されるとすれば,関係者が開示請求を意識するあまり,必要な発言を控えたり,自由に意見を述べることを控えたりするおそれがある。その結果,事実関係の究明及び再発防止を目的とする調査委員会そのものが形骸化し,事実関係を的確に把握できなくなり,その報告書が型どおりの萎縮したものになる可能性がある。
したがって,その調査資料を事実確認の重要な要素として,大学が自らの責任の下に実施する教官研究旅費,委任経理金及び科学研究費補助金の執行における不正の有無の判断,関係者の弁償責任の有無の判断及び弁償金額の確定,国家公務員法に基づく懲戒処分の要否及び量定の判断並びに不正の再発の防止の事務について,間違った判断を行うおそれがある。その結果,不正行為に対する大学の迅速かつ的確な対応と判断及びそれに伴う事務処理を妨げることとなる。
さらに,文部科学省では,大学から報告書の提出を受けて,予算執行職員等の責任に関する法律に基づく予算執行職員の弁償責任の有無の判断,補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律に基づく科学研究費補助金の交付の決定の取消しの判断,不正の再発防止,その他大学に対し指導,助言の事務を行っており,これらの事務の適正な遂行に支障を及ぼすこととなる。
なお,当該文書を公開することにより,今後,他の機関において調査委員会を設置して調査する事案が生じた場合に,調査委員会の適正な調査が妨げられるおそれもあり,その結果,当該機関における管理運営の事務が適正に行えなくなる。
これらのことから,法5条6号に該当するので不開示とした。
なお,法の定めた開示請求権制度については,何人に対しても請求の目的を問わず開示請求を認める制度であることから,開示,不開示の判断に当たっては,本人からの自己情報についての開示請求である場合も含め,開示請求者が誰であるかは考慮されるべきではないと判断したものである。
(3) |
資料11から13まで,14-2及び16から20までについて |
開示請求者から請求された行政文書は「平成12年1月1日~12月31日及び平成13年1月1日~7月3日に東京医科歯科大学より提出された歯科理工学第一講座の空出張に関する報告書の全て」であったことから,カラ出張に関する関係文書すべてについて特定し,4件の行政文書の一部開示決定を行ったところである。
これらの行政文書の添付資料の中には,請求されたカラ出張に関する記述が全くなく,専ら他の事項について記述がなされているものがあり,当該請求されたものに該当しないことから,非該当とした。
なお,異議申立人が主張する非該当部分となった資料の標題についても,上記と同様に開示請求の対象外であることから,開示する必要はないと判断したものである。
当審査会は,本件諮問事件について,以下のとおり,調査審議を行った。
⑤ |
同年6月24日
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諮問庁職員(文部科学省大臣官房会計課監査班主査ほか)からの口頭説明の聴取
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⑥ |
同日
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参考人(東京医科歯科大学医学部附属病院事務部長)からの意見聴取
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本件開示請求に係る行政文書は,「平成12年1月1日~12月31日及び平成13年1月1日~7月13日に東京医科歯科大学から提出された歯科理工学第一講座のカラ出張に関する報告書のすべて」であり,文部科学大臣は,次の4件の行政文書を特定し,それぞれ一部開示決定を行った。
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「歯学部における不正経理に関する顛末報告書の提出について」(東医歯人第1333号)
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② |
「会計経理に関する亡失等の報告について」(東医歯経第47号)
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③ |
「平成9,10年度文部省科学研究費補助金について」
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④ |
「平成7年度~11年度文部省科学研究費補助金について」
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異議申立ての対象となった文書は,上記文書のうち,東京医科歯科大学における旅費の不正経理問題について,東京医科歯科大学長から文部科学大臣に提出された②の「会計経理に関する亡失等の報告について」(平成13年4月18日付け東医歯経第47号)である。
②の文書は,ア 学長名の報告書,イ 報告書に添付された東京医科歯科大学歯学部調査委員会報告書(歯科理工学第一講座)(以下「調査委員会報告書」とういう。)及びウ 調査委員会報告書の添付資料である資料1から資料20までからなっている。なお,イとウは通し頁が付された一体の文書である。
異議申立人は,本件対象文書中の調査委員会報告書の添付資料のうち,不開示とされた資料1,資料10,資料14-3及び資料15について,その中に,異議申立人が作成あるいは確認した文書が含まれていれば,その部分についての開示を,諮問庁が開示請求対象外と判断して不開示とした資料11から資料13まで,資料14-2及び資料16から資料20までについては,その標題の開示を求めるという内容の異議申立てを行ったものである。以下,これらの資料の不開示情報該当性について検討する。
資料1は,特定個人が当該講座の教授あてに,出張旅費の不正経理について調査を依頼した文書である。当該文書には,調査依頼を行った者の氏名,印影,当該個人の預金通帳における入出金の状況,通帳口座番号などが記載されており,全体が調査依頼を行った者個人に関する情報であって,特定の個人を識別できるものである。このようないわば内部告発を内容とする情報が慣行として公にされ,又は公にすることが予定されているものとは言えず,法5条1号ただし書イに該当せず,同号の不開示情報に該当すると認められる。
また,氏名等の特定の個人を識別することができることとなる部分を除いたとしても,その記載の内容,筆跡等から,不正経理が問題となった歯学部の講座の関係者等には,調査依頼を行った者が特定される可能性があり,嫌がらせや中傷により圧力を受けるなど,当該個人の権利利益が侵害されるおそれがあることから,法6条2項の規定により,氏名等の特定の個人を識別することができることとなる部分を除いて開示することはできないものと認められる。
資料10は「歯科理工学第一講座における経理の取り扱いに関する事情聴取について」と題された文書であり,出張旅費の不正経理問題に関し,旅費支出の実態,その使途,責任の所在等を調査するため,調査委員会が関係者から直接に事情聴取を行い,その結果を,関係者ごとに記録したものである。
その記載内容は,関係者ごとに,個人の行為,心情,意見,責任に関して供述した内容が詳細かつ克明に再現されているものである。本件のような不正経理に関する問題について強制的な権限のない委員会が事実関係を調査する場合に,事情聴取における当事者の協力が不可欠であるところ,各関係者が供述した内容を詳細かつ克明に再現された供述内容が,そのまま公にされることとなれば,以後関係者が事情聴取を拒んだり,真実を供述することを回避する結果となることが予想される。
したがって,今後の同種の調査が行われる場合に,関係者からの正確な事実の把握が困難になるおそれがあると認められることから,法5条6号の「その他当該事務又は事業の性質上,当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの」に該当すると認められる。
資料14-3は「平成7~11年度不適切な経理による科学研究費補助金の使途について」と題された文書であり,カラ出張等の不適切な経理により捻出した経費の使途について,講座における使途の内訳を詳細に記載した一覧表であって,当該講座の責任者が作成し,確認を行った上提出したものである。
本件のような不正経理に関する問題について強制的な権限のない委員会が事実関係を調査する場合に,事情聴取等における当事者の協力が不可欠であるところ,資料14-3のような関係者が直接作成し申告した文書がそのまま公にされることとなると,以後関係者が申告を拒んだり,真実を申告することを回避することが予想される。
したがって,今後の同種の調査が行われる場合に,関係者からの正確な事実の把握が困難になるおそれがあると認められることから,法5条6号の「その他当該事務又は事業の性質上,当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの」に該当すると認められる。
資料15は「歯科理工学第一講座における経理の取り扱いに関する歯学調査委員会調書」と題された文書であり,調査委員会が,カラ出張等が行われた事実及びこれにより捻出した金額等について調査した結果を講座関係者ごとにまとめ,各人に確認させた上,それぞれの署名,押印がなされているものである。ただし,署名,押印がなされなかったものについては,それに代わるべき文書が添付されている。
資料15は,関係者が事実関係を確認した上で提出したものであり,資料10でいう供述や資料14-3でいう申告の性質を持つものであると認められる。したがって,前記(2)及び(3)と同様の理由により,法5条6号の「その他当該事務又は事業の性質上,当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの」に該当すると認められる。
(5) |
資料11から資料13まで,資料14-2及び資料16から資料20までについて |
諮問庁は,本件対象文書中の添付資料のうち資料11から資料13まで,資料14-2及び資料16から資料20までについては,カラ出張に関する記述が含まれておらず,開示請求の対象外であると主張しているが,これらの資料は,開示請求の対象として特定された行政文書である平成13年4月18日付け東医歯経第47号「会計経理に関する亡失等の報告について」の一部をなすものであり,当然に請求対象文書に含まれるものである。
したがって,異議申立てにおいて,これらの資料の標題の開示を求めており,当審査会において,これらの資料を見分した結果,その標題には,法5条1号及び2号並びにその他の不開示情報が含まれているとは認められないので,これらの資料の標題については,開示すべきである。
異議申立人は,本人に関する自己情報の開示請求であるから,当該個人が自らの意思に基づいて,かつ,開示されることによって害されるおそれのある自己の権利利益を放棄して開示を求める旨主張するが,情報公開法の定めた開示請求権制度は,何人に対しても,請求の目的の如何を問わず開示請求を認める制度であることから,開示・不開示の判断に当たっては,開示請求者が誰であるかは考慮されないものである。このことは,特定の個人を識別することができる個人に関する情報については,法5条1号ただし書イからハまでに該当するものを除き,これを不開示情報とするのみで,本人から開示請求のあった場合について特段の規定を設けていないことからも,明らかである。
本人に対する自己情報の開示の問題は,基本的には個人情報の保護に関する制度の中で解決すべき問題であるとともに,本人に開示すべき個人情報の範囲の在り方も,その中で別途検討すべきものであると考えられる。すなわち,情報公開法は,国民主権の理念にのっとり,行政機関の保有する情報の一層の公開を図ることにより,国民に対する政府の説明責任が全うされるようにすること等を目的とするものであり,何人にも等しく情報の開示をすべきものであるとされている。これに対し,本人に対する自己情報の開示は,当該本人の権利利益の保護の観点を基本とし,かつ,本人であることの確認手段の確保,本人による訂正請求等の仕組みと併せて別に措置される必要があるものである。このようなことから,平成14年3月15日,行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律案等が国会に提出されたところである。
このような観点からも,情報公開法の下において本人に対する自己情報の開示を認めることは相当でないと言うべきである。
以上のことから,本件対象文書中の添付資料のうち,法5条1号及び6号に該当することを理由に資料1,資料10,資料14-3及び資料15を不開示とした決定について,資料1は同条1号に該当し,資料10,資料14-3及び資料15は同条6号に該当するため不開示が妥当であるが,開示請求の対象外とした資料11から資料13まで,資料14-2及び資料16から資料20までについては,その標題を開示すべきであると認めた。
藤井龍子,秋山幹男,藤田宙靖