答申本文
諮問庁文部科学大臣
諮問日平成17年 7月 5日 (平成17年(行情)諮問第297号)
答申日平成17年11月 4日 (平成17年度(行情)答申第388号)
事件名学校基本調査学校調査票等の不開示決定に関する件

答 申 書

第1  審査会の結論
 学校基本調査学校調査票(大学・短期大学)学生教職員等状況票及び学校基本調査学校調査票(大学)学部学生内訳票のうち,いずれも学部(4年制大学)に係る調査票(平成16年度)(以下併せて「本件対象文書」という。)につき,その全部を不開示とした決定は,妥当である。

第2  異議申立人の主張の要旨

 異議申立ての趣旨
 本件異議申立ての趣旨は,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「法」という。)3条の規定に基づく本件対象文書の開示請求に対し,平成17年5月30日付け17諸文科生第26号により文部科学大臣(以下「処分庁」又は「諮問庁」という。)が行った不開示決定(以下「原処分」という。)について,これを取り消し,本件対象文書の開示を求めるというものである。

 異議申立ての理由
 異議申立人の主張する異議申立ての理由は,異議申立書及び意見書の記載によると,おおむね以下のとおりである。

(1)  異議申立書
 処分庁は,不開示とした理由として,統計法の条文を取り上げているが,異議申立人は,法に基づく公開を求めているので,不開示の理由になっていない。
 ちなみに,「行政機関の保有する統計調査関係文書の公開に関するガイドラインについて」(平成13年3月16日,各府省統計主管課長等会議申合せ)を根拠としているようであるが,同文書によると「一般的な取扱いの指針を示すもの」としており,各府省の状況を踏まえた個別の判断を妨げるものではないと解釈すべきである。
 よって,争点は法5条6号に該当するかどうかであり,同号が規定する「当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある」状況はない。
 なぜなら,一般的には文部科学省は大学の独自性や独立性を盾に,信頼関係に基づく調査の必要性を主張するが,他の省庁や事例とは違い,各大学に対しては,法律(私立学校法6条又は国立学校設置法7条の9)に定められているとおり,状況の報告を求めることができる。この規定を使えば,事務の適正な遂行は問題なく可能である。

(2)  意見書

 諮問庁の理由説明書による真実性の確保に対する反論
 異議申立人は,法に基づく開示請求をしている。文部科学省は何をどう心得違いをしたのか理解に苦しむが,統計法での議論を展開している。国民の知る権利を保障する崇高なる審査会の場において,かくなる脇道に入り込んだ議論は馴染まないと考えており,法に読み替えて反論する。
 それでも,統計法による統計の真実性の確保については,指摘をしておかねばならない。理由説明書では「統計法の規定の趣旨を尊重した事務の積み重ねによって被調査者の信頼を得たことにより」とあるが,こうした政策が真実性の確保のために本当に有効であったのかは甚だ疑問である。特に,自由度の高い私立大学に対してすら,私立学校法6条で「所轄庁は,私立学校に対して,教育の調査,統計その他に関し必要な報告書の提出を求めることができる。」と規定されている。
 さらに,私立大学に対しては,毎年三千億円以上の補助金,行政指導として,例えば学部学科の新設についての許認可権など様々な権限を文部科学省は有している。こうした法律や権限を無視して,大学が自ら真実性を毀損する行動に出るとは到底考えられない。「半世紀を越える期間築き上げてきた被調査者との信頼関係」などというものは最初から存在せず,よって真実性の確保は法律や権限によって担保されていると考える。
 その前提からすれば,やはり開示義務の除外規定である法5条の判断こそが論点とされるべきであり,不開示にできる可能性があるのは,同条2号ロの「行政機関の要請を受けて,公にしないとの条件で任意に提供されたものであって,法人等又は個人における通例として公にしないこととされているものその他の当該条件を付することが当該情報の性質,当時の状況等に照らして合理的であると認められるもの」及び同条6号ハの「調査研究に係る事務に関し,その公正かつ能率的な遂行を不当に阻害するおそれ」の二か所であると考えられる。
 法5条2号ロに関しては,本件対象文書は「通例として公にしないこと」とは程遠いと考えるべきである。大多数の国民は,大学の在籍者数が政府によって非公開になっているなどということは想像だにしないからである。また,下記イで述べる憲法によって保障されている教育を受ける権利を行使するために不可欠な情報である本件対象文書の性質からして,公にしないことが合理的であるという判断は,甚だ不当であると断ぜざるを得ない。
 法5条6号ハについては,私立学校法,他の法律及び前に述べた様々な権限によって情報提供が十二分に担保されている以上,情報を開示することが調査活動を不当に阻害するおそれがあるとは考えられない。

 原処分は,憲法で保障された教育を受ける権利,教育基本法及び政府の規制緩和政策を著しく歪めた判断であり,国民に責任だけを押しつけていること。本件対象文書は,高等教育を受けようとする国民にとって安心して教育を受けるために極めて重要な情報であること。
 既に大学設置の規制緩和は,1991年の大学設置基準大綱化を嚆矢として大幅に進んでいる。今は株式会社であっても大学の開設が許されており,その反面で,7年に一度の第三者評価が義務付けられている。それはとりもなおさず,文部科学行政自体が,国の規制緩和方針と違うことなく事前規制から事後チェックへと移行したことを意味する。それは,大学を監督することに対して国が100%の義務を負っていた従来の政策方針から,国民に判断責任の一部を移管したことに他ならない。
 事前規制から事後チェックへの改革方針と情報公開の重要性は,内閣府総合規制改革会議の平成14年度中間とりまとめ第4章に明示されている。

 大学が自由度を増すことは,国民の利益に合致している。一方で,自由とセットになった責任を果たせるだけの環境が用意されていると言えるのか。
 国民が自己責任として大学選びをする上で必要不可欠なものは情報である。なかんずく,大学の収入の8割を依存する学費,定められた学費を支払う在学生の数は,国民が自己責任で大学を選択するためには不可欠の情報である。
 しかも,文部科学省は平成17年5月16日には「経営困難な学校法人への対応方針について」と題した文書を発表し,戦後初めて,大学倒産があり得るというスタンスを明確にしており,政策目標の大転換といってよいであろう。これをもって,国民の教育を受ける権利及び国民の財産を守るための情報公開は必要不可欠となったと認識されるべきである。また,教育基本法10条では「教育の目的を遂行するのに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない」とある。今や在学者数などの基本的な情報を速やかに提供することこそが「必要な諸条件」であることは,明らかである。
 この点については,異議申立人の意見だけではなく,広まりつつある世論であることは,2005年の6月24日付け朝日新聞及び6月30日付け日本経済新聞において,両新聞とも結論は全く同じであり,公開された情報からしか安心して学べる大学は選べないという実態が示されている。
 諮問庁の言い分からは,従前の慣例や行政と大学の信頼関係重視の姿勢しか読み取れない。国がまず最初に守るべきことは,高等教育を受ける国民の利益,本件においては,安心して教育を受ける権利なのではないか。そして,国民の利益を起点とした教育をとりまく必要な諸条件の整備ではないか。企業社会においても,末端の受益者をないがしろにして業界内利益,社内の事情を優先した結果,様々なトラブルやスキャンダルが起きていることは敢えて指摘する必要はないであろう。文部科学省の判断が,これまで指弾されてきた社会悪とは違うと言い切れるであろうか。
 特定日に経営破たんを発表した特定大学に学ぶ学生や保護者は,今,大変な苦労に直面している。事前に正しい情報さえ公開されていれば,こうした苦労はせずに済んだはずである。この点に立脚すると,理由説明書で諮問庁自らが述べているように,平成13年度以降,一貫して情報公開を拒んできた文部科学省は特定大学関係者及びこれから発生する経営破たん大学で学ぶ学生に対する加害者である。

第3  諮問庁の説明の要旨

 不服申立てに係る行政文書等について
 本件不服申立てに係る行政文書は,本件対象文書である。

 学校基本調査票を不開示とした理由について

(1)  学校基本調査票について
 学校基本調査票は,教育行政に必要な最も包括的かつ基礎的な統計として,明治以来行われてきた学校に関する基本的統計を引き継ぎ,統計法の施行に伴い,昭和23年に指定統計第13号に指定されて以来,今日まで継続して実施されている調査である。
 指定統計調査とは,国の政策決定の基礎資料を得るために統計法2条の規定に基づき総務大臣が指定した統計を作成するための調査であり,これまで指定された142統計のうち,現在行われている調査は56調査である。
 学校基本調査は,毎年,学校教育法に規定する全国の小学校,中学校,高等学校,中等教育学校,大学,高等専門学校,盲学校,聾学校,養護学校,幼稚園,専修学校及び各種学校の全学校種のすべての学校約6万2千校を対象とするしっ皆調査であり,学校数,学級数,在学者数,卒業後の状況,教職員数,施設,経費等の学校に関する基本的事項を網羅的に把握するものである。膨大なデータを入念に審査した上で集計し作成された統計は,教育行政上,必要な法規の作成のための国会・議会等の参考資料,当面の教育諸問題の検討,将来的な教育計画の立案等,教育施策の検討・策定のための基礎資料として欠くことのできない重要な統計である。それのみならず,広く一般にも活用されているなど,その正確性・真実性が強く求められている統計調査である。

(2)  指定統計調査の真実性の確保について
 指定統計調査の真実性を確保するため,統計法は,人又は法人に対して申告義務を課すことができるとし(5条1項),この規定の実効性を確保するための手段として,申告拒否,虚偽申告等に対する罰則規定を設けている(19条)。一方,被調査者の信頼と協力の下にありのままの報告を得るために,こうした法的強制のみならず,被調査者の秘密の保護(14条),調査票の目的外使用の禁止(15条1項)を定めており,統計制度の基盤は,これらの秘密保護及び目的外使用禁止によって裏付けられる信頼関係にある。
 このため,文部科学省においては,学校基本調査の実施に当たって,被調査者からありのままの正確な申告が得られるよう,毎年被調査者に配布する手引きには「調査票は原則として「統計の作成」以外には使用しません。文部科学省の関係職員が調査票を一般に閲覧させることはありません。」と明記し,全国各地で開催する説明会においても,調査票は統計の目的以外に使用しない旨,繰り返し説明するなど,上記のような統計法の規定の趣旨を尊重した事務の積み重ねによって被調査者の信頼を得たことにより,調査を円滑に実施してきている。集められた調査票は,担当の職員のみが取り扱い,厳重に管理するとともに,統計上の目的以外に使用するのは統計法15条2項の規定に基づき総務大臣の承認を得た場合に限られる。
 以上のように学校基本調査は,統計法上,調査実施者に課せられた様々な義務を前提に,被調査者と調査実施者の相互の信頼協力関係を基盤として成立し発展してきたものであり,これによって統計の真実性が保たれているのである。

(3)  不開示情報該当性について
 法においては,何人も理由を問われることなく,行政機関の保有する行政文書の開示を請求することができるとされている。学校基本調査の調査票も法に定められた行政文書であり,開示請求への対応としては,法を適用してその可否が判断されることになる。
 一方,統計調査は,調査の結果を分類集計して統計を作成すること,すなわち当該統計集団についてその集団性を真実の数字によって全体的に明らかにすることを目的とするものであり,調査結果を個々の被調査者に対する個別の処分等に利用することを目的とするものではない。統計調査は被調査者からありのままの報告を得て初めてその真実性が確保されるものであり,それゆえに統計法は,国の政策決定の基礎資料として不可欠な指定統計について,上記(2)のような規定を設けてその真実性の確保を図っているのである。換言すれば,個々の調査票が開示されないことが指定統計という事務の性質上要請されているものともいうことができる。
 また,指定統計調査の実施に際しては,調査事項,範囲,期日,集計方法及び結果の公表の方法等について,総務大臣の承認を得なければならないとされており,被調査者に対しては,これら承認された事項を調査要綱等として示しているところである。
 したがって,調査実施者自らが,統計法の規定により裏付けられた制度によって提出された学校基本調査の調査票を,法に基づき何人に対しても開示することになれば,半世紀を越える期間築き上げてきた被調査者との信頼関係は損なわれ,その後の調査への協力を得ることが困難となるのみならず,申告の遅延,申告拒否,虚偽申告が起こる可能性を完全に否定することはできない。その結果,調査の形骸化,公表の遅延等統計事務の遂行に支障を生じ,ひいては学校教育の全体像が本調査によって明らかにできなくなり,統計としての意義が失われることになる。
 以上のことから,開示請求者からの請求に対して,指定統計である学校基本調査の調査票は,法5条6号の「公にすることにより,当該事務又は事業の性質上,当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの」として不開示情報に該当すると判断し,原処分を行ったものである。
 なお,指定統計調査は,結果の公表が義務付けられており,学校基本調査は,毎年5月1日現在で実施し,8月に速報,12月には詳細な調査項目を網羅した学校基本調査報告書として公表することにより,学校基本調査という事務についての国民に対する説明責任は果たしている。

 これまでの学校基本調査調査票に関する情報公開・個人情報保護審査会答申の状況
 学校基本調査における集められた調査票の不開示決定については,これまで3回異議申立てを受けており,その際の情報公開審査会への諮問(平成13年諮問第52号「私立大学の在籍者数に関する文書の不開示決定に関する件」,平成14年諮問第156号「学校基本調査調査票の不開示決定に関する件」及び平成15年諮問第181号「学校基本調査学校調査票(大学・大学院・短期大学)大学通信教育調査票の不開示決定に関する件」)に対する答申において,当該調査票は,法5条6号の不開示情報に該当すると判断されている。

第4  調査審議の経過
 当審査会は,本件諮問事件について,以下のとおり,調査審議を行った。

 平成17年7月5日  諮問の受理
 同日  諮問庁から理由説明書を収受
 同月21日  異議申立人から意見書を収受
 同年9月20日  本件対象文書の見分及び審議
 同年11月1日  審議

第5  審査会の判断の理由

 本件対象文書について
 本件対象文書は,当審査会が見分したところによれば,統計法に基づく指定統計である学校基本調査における28様式47種類の調査票のうちの学生教職員等状況票(大学・短期大学)及び学部学生内訳票(大学)の2種類の調査票であって,学部(4年制大学)に係るものであり,平成16年度の調査において各大学から文部科学省に提出された調査票である。
 処分庁は,法5条6号の不開示情報に該当するとして,本件対象文書の全部を不開示とする原処分を行ったところ,異議申立人は,原処分の取消しを求めているため,以下,本件対象文書の不開示情報該当性について検討する。

 不開示情報該性について
(1)  当審査会は,学校基本調査の調査票について,平成14年度(行情)答申第346号「学校基本調査調査票の不開示決定に関する件」(平成14年諮問第156号)及び平成15年度(行情)答申第95号「学校基本調査学校調査票(大学・大学院・短期大学)大学通信教育調査票の不開示決定に関する件」(平成15年諮問第181号)等において,法5条6号に該当するものとして不開示が妥当と判断している。

(2)  学校基本調査を含む指定統計は,その目的を達するために,統計制度の枠組みの下において,被調査者の秘密の保護(統計法14条),目的外使用の禁止(同法15条)等によって,提出された調査票の秘密を守ることを担保した上で,被調査者と調査実施者の信頼関係の下に,調査における真実性や正確性を確保している。また,特に被調査者に課された申告義務(同法5条1項)及び申告拒否や虚偽申告等に対する罰則規定(同法19条)並びに指定統計調査に関する事務に従事する者の秘密漏窃に対する罰則規定(同法19条の2)などによって,更に真実性や正確性を確保することとしているものである。
 このように,統計法の規定により裏付けられた制度によって,提出された個々の調査票が,同法16条に規定された集計結果の公表という指定統計調査の目的の範囲を超えて,法における開示請求権制度に基づき何人に対しても開示されることになれば,被調査者にとって,秘匿されるべき事項が保護されなくなることとなる。このため,今後の学校基本調査において,被調査者が調査票の個票の開示を危惧することが想定され,単に調査実施者と被調査者との信頼関係が損なわれるだけでなく,申告拒否や虚偽申告が起こり得る可能性を否定することはできず,ひいては統計調査により得られた結果の真実性・正確性に疑義が生ずることとなり,統計としての意義を失わせることとなりかねないものと認められる。
 したがって,指定統計調査である学校基本調査における個々の調査票である本件対象文書についても,これを公にすることにより国が行う学校基本調査という統計調査事務の性質上,統計調査事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるものと言うべきであり,法5条6号柱書きの「その他当該事務又は事業の性質上,当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの」に該当するものとして不開示が妥当と認められる。

 異議申立人の主張について
 異議申立人は,私立学校法6条等により,文部科学省は各大学等に対して必要な報告を求めることができるため,本件対象文書を開示しても情報を得ることが十分担保されており,調査活動を不当に阻害するおそれがあるとは考えられないとの趣旨の主張をするが,上記2のとおり,本件対象文書は,統計法の規定に基づく統計調査により提出された個々の調査票であり,提出の根拠が私立学校法6条等と異なるばかりでなく,私立学校法6条等に基づく報告書の提出によって,学校基本調査に代替することができるものではないことは明らかであるから,異議申立人の主張は採用できない。
 なお,上記のとおり,統計法上も申告義務の規定や申告拒否等についての罰則規定があるが,そのことをもって,本件対象文書の開示が統計調査事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがないとは言えない。
 異議申立人は,その他種々主張するが,当審査会の上記判断を左右するものではない。

 本件不開示決定の妥当性
 以上のことから,本件対象文書につき,その全部を法5条6号に該当するとして不開示とした決定については,同条同号柱書きに該当すると認められるので,妥当であると判断した。

 (第1部会)

 委員 矢崎秀一,委員 宇賀克也,委員 吉岡睦子