諮問庁 | : | 財務大臣 |
諮問日 | : | 令和 4年 4月11日(令和4年(行情)諮問第262号及び同第263号) |
答申日 | : | 令和 6年 3月29日(令和5年度(行情)答申第889号及び同第890号) |
事件名 | : | 特定被疑事件に関し特定地方検察庁等に任意提出した文書の不開示決定(存否応答拒否)に関する件
特定被疑事件に関し特定地方検察庁等に任意提出した文書の不開示決定(存否応答拒否)に関する件 |
第1 | 審査会の結論 |
別紙に掲げる2文書(以下,順に「本件対象文書1」及び「本件対象文書2」といい,併せて「本件対象文書」という。)につき,その存否を明らかにしないで開示請求を拒否した各決定は,取り消すべきである。
第2 | 審査請求人の主張の要旨 |
1 審査請求の趣旨
行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「法」という。)3条の規定に基づく各開示請求に対し,令和3年10月11日付け財理第3473号により財務大臣(以下「処分庁1」又は「諮問庁」という。)が行った不開示決定(以下「原処分1」という。)及び同日付け近財総第212号により近畿財務局長(以下「処分庁2」といい,処分庁1と併せて「処分庁」という。)が行った不開示決定(以下「原処分2」といい,原処分1と併せて「原処分」という。)の取消しを求める。
2 審査請求の理由
審査請求人の主張する審査請求の理由は,各審査請求書の記載によると,おおむね以下のとおりである。なお,添付資料は省略する。
本件において法8条に基づく存否応答拒否は認められない。
また,同条に基づく存否応答拒否を行うためには,「必要にして十分な拒否理由を提示」(東京高判平成20年5月29日(以下略))する必要があるところ,原処分は「必要にして十分な拒否理由を提示」していない。
第3 | 諮問庁の説明の要旨 |
1 経緯
(1)原処分1について
ア 令和3年8月11日付け(同日受付)で,法3条に基づき,審査請求人から処分庁1に対し,本件対象文書1について開示請求が行われた。
イ これに対して,処分庁1は,法9条2項の規定に基づき,令和3年10月11日付け財理第3473号により,原処分1を行った。
ウ この原処分1に対し,令和4年1月7日付け(同月11日受付)で,行政不服審査法2条に基づき,審査請求が行われたものである。
(2)原処分2について
ア 令和3年8月11日付け(同月12日受付)で,法3条に基づき,審査請求人から処分庁2に対し,本件対象文書2について開示請求が行われた。
イ これに対して,処分庁2は,法9条2項の規定に基づき,令和3年10月11日付け近財総第212号により,原処分2を行った。
ウ この原処分2に対し,令和4年1月7日付け(同月11日受付)で,行政不服審査法2条に基づき,審査請求が行われたものである。
2 審査請求人の主張
審査請求人の主張は,各審査請求書の記載によると上記第2の2のとおりである。
3 諮問庁としての考え方
(1)法8条該当性の判断枠組みについて
法8条は,「開示請求に対し,当該開示請求に係る行政文書が存在しているか否かを答えるだけで,不開示情報を開示することとなるときは,行政機関の長は,当該行政文書の存否を明らかにしないで,当該開示請求を拒否することができる。」と規定している。
この「開示請求に係る行政文書が存在しているか否かを答えるだけで,不開示情報を開示することとなるとき」とは,「開示請求に係る行政文書が具体的にあるかないかにかかわらず,開示請求された行政文書の存否について回答すれば,不開示情報を開示することとなる場合」をいい,「開示請求に含まれる情報と不開示情報該当性とが結合することにより,当該行政文書の存否を回答できない場合もある」。例えば,特定の個人の病歴情報が記録された文書の開示請求などがその場合に当たるが,そのような「特定の者又は特定の事項を名指しした探索的請求」は,法5条「各号の不開示情報の類型全てについて生じ得ると考えられる」(以上につき,総務省行政管理局編「詳解情報公開法」94ページ)。
以上を踏まえると,法8条該当性については,行政文書の存否に関する情報と開示請求に含まれる情報とが結合することにより,当該行政文書の存否を明らかにするだけで不開示情報を開示することとなるか否かという観点に照らして,判断されるべきである。
(2)不開示情報該当性について
ア 本件対象文書1の存否に関する情報と,本件開示請求に含まれる情報との結合(本件存否情報1)
本件対象文書1は,財務省が,特定各被疑事件の捜査について,特定各地方検察庁に対し任意提出した一切の文書ないし準文書(提出した際の控えや還付されたものを含む。)であるから,
(ア)その存在が明らかになれば,
a 特定各被疑事件について,開示請求日までに,財務省から特定各地方検察庁に対し,行政文書が任意提出されたこと
及び
b 当該行政文書について,開示請求日までに,財務省に還付されたこと
(若しくは,c 当該行政文書について,捜査機関に任意提出した際に,その控えとして写しを作成しており,それらが,開示請求日まで財務省の手元に保存されていたこと,又はbとcの両方の事実)
を推知することができる。
(イ)その不存在が明らかになれば,
a 特定各被疑事件について,開示請求日までに,財務省から特定各地方検察庁に対し,行政文書が任意提出されていないこと
又は
b 任意提出は行われたが,開示請求日までに,当該行政文書について還付されておらず,
c 当該行政文書について控え(写し)を作成した事実もないこと
を推知することができる。
(ウ)さらに,本件開示請求は,「任意提出した一切の文書ないし準文書」として,その対象文書を概括的・包括的に特定するものであることから,かかる開示請求を受けた行政機関の長は,仮に,存否応答拒否処分をすることが許されないとした場合,当該文書が存在するのであれば,(一部)開示又は不開示の決定を行う前提として,対象文書に該当する行政文書を特定して,どの部分が開示又は不開示となるかを個別に明らかにしなければならず,また,当該文書が存在しないのであれば,不存在を理由とする不開示決定を行わなければならない。そのため,本件開示請求について,本件対象文書1の存否を明らかにすれば,特定各被疑事件についてどのような内容の行政文書がどの程度の範囲や通数で,捜査機関に対して任意提出されたのかが推知され,反対に,どのような内容の行政文書が任意提出されていないのかも推知される可能性がある(以下,これら推知される可能性のある上記(ア)ないし(ウ)の情報を併せて「本件存否情報1」という。)。
イ 本件対象文書2の存否に関する情報と,本件開示請求に含まれる情報との結合(本件存否情報2)
本件対象文書2は,近畿財務局が,特定各被疑事件の捜査について,特定各地方検察庁に対し任意提出した一切の文書ないし準文書(提出した際の控えや還付されたものを含む。)であるから,
(ア)その存在が明らかになれば,
a 特定各被疑事件について,開示請求日までに,近畿財務局から特定各地方検察庁に対し,行政文書が任意提出されたこと
及び
b 当該行政文書について,開示請求日までに,近畿財務局に還付されたこと
(若しくは,c 当該行政文書について,捜査機関に任意提出した際に,その控えとして写しを作成しており,それらが,開示請求日まで近畿財務局の手元に保存されていたこと,又はbとcの両方の事実)
を推知することができる。
(イ)その不存在が明らかになれば,
a 特定各被疑事件について,開示請求日までに,近畿財務局から特定各地方検察庁に対し,行政文書が任意提出されていないこと
又は
b 任意提出は行われたが,開示請求日までに,当該行政文書について還付されておらず,
c 当該行政文書について控え(写し)を作成した事実もないこと
を推知することができる。
(ウ)さらに,本件開示請求は,「任意提出した一切の文書ないし準文書」として,その対象文書を概括的・包括的に特定するものであることから,かかる開示請求を受けた行政機関の長は,仮に,存否応答拒否処分をすることが許されないとした場合,当該文書が存在するのであれば,(一部)開示又は不開示の決定を行う前提として,対象文書に該当する行政文書を特定して,どの部分が開示又は不開示となるかを個別に明らかにしなければならず,また,当該文書が存在しないのであれば,不存在を理由とする不開示決定を行わなければならない。そのため,本件開示請求について,本件対象文書2の存否を明らかにすれば,特定各被疑事件についてどのような内容の行政文書がどの程度の範囲や通数で,捜査機関に対して任意提出されたのかが推知され,反対に,どのような内容の行政文書が任意提出されていないのかも推知される可能性がある(以下,これら推知される可能性のある上記(ア)ないし(ウ)の情報を併せて「本件存否情報2」といい,本件存否情報1と併せて「本件存否情報」という。)。
ウ 法5条4号の該当性について
上記ア及びイの本件存否情報が明らかになることで,次のとおり,犯罪の捜査等に支障を及ぼすおそれがある。
(ア)仮に文書が存在している場合に,本件存否情報が明らかになると,特定各被疑事件における捜査手法(いかなる資料をいかなる方法で入手したか否か等),捜査対象の範囲(押収した行政文書の内容・範囲・通数等)といった,まさに捜査機関の手の内情報というべき具体的な捜査の内容や捜査機関の関心事項が推知されかねない。これによって,将来発生し得る同種の事件における罪証隠滅行為や,犯罪行為の潜在化・巧妙化を招くほか,参考人等の関係者が,捜査機関から聴取を受けた事実が明らかになり得ることを危惧し,捜査への協力を躊躇するなど,将来の捜査機関による捜査に支障を及ぼすおそれが認められる。さらに,本件以外の刑事事件についても,同様の開示請求を行えば,存否を明らかにする開示決定等を受けられることになるため,同様のおそれは,特定各被疑事件と同種の事件に留まらず,行政機関から証拠収集がされ得る刑事事件一般に波及し得る。
(イ)本件各開示請求と同種の別途の開示請求に対しても,同様に対象文書の存否を明らかにした処分をせざるを得ないと考える場合,
a 開示・不開示決定に伴って,捜査機関に提出した行政文書の内容・範囲・通数等を明らかにせざるを得ないこととなるが,これは実質的に,押収品目録の一部を開示するに等しい
b また,刑事被告事件に関する同種の開示請求である場合,その対象文書には,刑事裁判に証拠として提出されていない不提出記録の中に含まれる行政文書の原本ないし写しも含み得る点で,刑事訴訟法(以下「刑訴法」という。)等が予定する範囲を超えた情報が明らかになり得る
c 不起訴となった事件に関する同種の開示請求である場合,その対象文書には,不起訴事件記録の中に含まれる行政文書の原本ないし写しも含み得る点で,刑訴法が定める保管者たる検察官による判断を介さずに,本来認められる範囲を超えた情報が明らかになり得る
ことに留意する必要がある。刑訴法が,「訴訟に関する書類」について,その類型的な秘密性等に着目し,開示によって捜査等に支障を及ぼすおそれが大きいものと認めて法を適用除外とし,開示すべき場合を別途限定的に定めているところ,上記aないしcのように,その予定する範囲を超えて情報を開示することは,捜査等に支障を及ぼすおそれがある。
(ウ)また,本件各開示請求と同様の請求について存否応答拒否処分をすることが許されないとすれば,かかる開示請求が複数の時期に繰り返し行われた場合,それぞれについて存否を明らかにする回答を得ることで,特定の事件について,捜査機関が,どの時点で,どのような内容・範囲・通数の行政文書の提出を受け,提出者たる行政機関にその控えの作成を許したのか,あるいは,どの時点で,どのような内容・範囲・通数の行政文書の還付を行ったのかを推知できる。特定の事件における任意提出・還付の時期,対象となった行政文書の内容・範囲・通数は,まさに捜査の内容・進捗状況そのものであって,これが明らかになれば捜査の密行性等が害され,当該事件の捜査等に支障を及ぼすおそれがある。
(エ)捜査機関が押収に当たって控えの作成を許すか否かは,まさに捜査機関による証拠の収集活動の中での一場面というべきものであり,このような,押収した証拠物に関する取扱いという捜査活動の細かな部分まで公にすることとなれば,証拠の収集活動を含めた捜査機関の将来の捜査活動に支障を及ぼすおそれがある。
上記(ア)ないし(エ)より,本件存否情報は,公にすることにより,犯罪の予防,鎮圧又は捜査,公訴の維持,刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報であり,法5条4号の不開示情報に該当する。
(3)本件対象文書の存否を明らかにしないで本件各開示請求を拒否したことの妥当性について
上記(2)のとおり,本件対象文書の存否を答えるだけで不開示情報を開示することとなることから,法8条の規定に基づき,その存否を明らかにしないで本件各開示請求を拒否したことは妥当である。
(4)本件各不開示決定における理由提示の妥当性について
行政手続法8条1項本文が定める理由提示の趣旨は,処分庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに,処分の名宛人に対して処分の理由を知らせて不服申立ての便宜を与えることにあると解されている(最高裁昭和38年5月31日第二小法廷判決・民集17巻4号617ページ,最高裁平成4年12月10日第一小法廷判決・集民166号773ページ,最高裁平成23年6月7日第三小法廷判決・民集65巻4号2081ページ等参照)。そして,かかる趣旨に鑑みれば,情報開示請求に対する不開示決定の理由として提示することが要求される理由の程度は,開示請求者において,法所定の不開示事由のどれに該当するのかをその根拠とともに了知し得る程度のものでなければならないが,換言すれば,その程度の記載をもって足りるというべきである(前掲最高裁平成4年12月10日第一小法廷判決参照)。
原処分に係る各通知書においては,不開示とした理由として,「本件開示請求は,特定事件の捜査に関するものであり,その行政文書が存在しているか否かを答えるだけで,特定事件における捜査機関の活動内容を明らかにしあるいは推知させることになるため,公にすることにより,犯罪の予防,鎮圧又は捜査,公訴の維持,刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがある法第5条第4号の不開示情報を開示することになることから,法第8条の規定に基づき,その存否を明らかにしないで開示請求を拒否する不開示決定とする。」と記載しているところ,任意提出・還付の有無や時期等は,特定事件における捜査機関の活動内容そのものであるし,審査請求人は各開示請求書において任意提出・還付という特定の捜査活動と結びつけて行政文書を特定し,その開示を求めているのであるから,審査請求人において,不開示理由が法8条に該当する(本件対象文書の存否を答えるだけで,法5条4号の不開示情報を開示することになる)ものであることについて,その具体的な根拠とともに了知し得る程度の理由が提示されていることは明らかである。
4 結論
以上のことから,処分庁が法9条2項の規定に基づき行った原処分は妥当であり,本件各審査請求は棄却すべきものと考える。
第4 | 調査審議の経過 |
当審査会は,本件各諮問事件について,以下のとおり,併合し,調査審議を行った。
① 令和4年4月11日 諮問の受理(令和4年(行情)諮問第262号及び同第263号)
② 同日 諮問庁から理由説明書を収受(同上)
③ 令和5年10月27日 審議(同上)
④ 同年11月17日 審議(同上)
⑤ 令和6年1月22日 審議(同上)
⑥ 同年2月5日 審議(同上)
⑦ 同年3月8日 審議(同上)
⑧ 同月22日 令和4年(行情)諮問第262号及び同第263号の併合並びに審議
第5 | 審査会の判断の理由 |
1 本件各開示請求について
本件各開示請求は,本件対象文書の開示を求めるものであり,処分庁は,その存否を答えるだけで,法5条4号の不開示情報を開示することとなるとして,法8条に基づき,その存否を明らかにせずに本件各開示請求を拒否する原処分を行った。
これに対し,審査請求人は原処分の取消しを求めているところ,諮問庁は原処分を妥当としていることから,以下,本件対象文書の存否応答拒否の妥当性について検討する。
2 本件対象文書について
(1)本件対象文書は別紙に掲げるとおりであり,その文言等については,以下のとおりである。
ア 当審査会において,各諮問書の添付資料,財務省組織令等の規定,独立行政法人国立印刷局編「職員録」及び下記(2)イの調査報告書を確認したところ,「以下の被疑事件」とは,当時の財務省本省及び近畿財務局の職員等を被疑者とした,特定学校法人を相手方とする国有地の処分及び決裁文書の改ざん等に関する複数の被疑事件(以下,併せて「本件各被疑事件」という。)であり,大阪地方検察庁(以下「大阪地検」という。)が捜査及び不起訴処分を行ったものであると認められる。
イ 「任意提出」とは,「領置」に係る刑訴法221条の「任意に提出」を指すものと解される。
ウ 「準文書」とは,「文書に準ずる物件」に係る民事訴訟法231条の「図面,写真,録音テープ,ビデオテープその他の情報を表すために作成された物件で文書でないもの」を指すものと解される。
(2)当審査会事務局職員をして,諮問庁に対し,本件各開示請求及び本件各被疑事件の経緯について確認させたところ,以下のとおり説明する。
ア 本件各開示請求から原処分までの間において,各諮問書に添付した各開示請求書(添付資料を含む。),法10条2項の規定に基づく各通知及び各不開示決定通知書の外には,本件各開示請求について,開示請求者と処分庁との間で特段やり取りはされていない。
イ 財務省は,本件各被疑事件の前提である,特定学校法人を相手方とする国有地の処分案件(以下「特定学校法人案件」という。)に関する決裁文書の改ざん等の事実について,「特定学校法人案件に係る決裁文書の改ざん等に関する調査報告書」(平成30年6月4日)等を財務省ウェブサイトで公表している。
ウ 本件各被疑事件については,いずれも,大阪第一検察審査会により,不起訴相当と議決された被疑者以外の一部の被疑者に対して不起訴不当の議決(特定文書番号Aないし特定文書番号C)がされた後,令和元年8月9日に,当該不起訴不当の議決がされた者に対して大阪地検の検察官による再度の不起訴処分がされている。
(3)当審査会において,各諮問書の添付資料等を確認したところ,上記(2)の諮問庁の説明に不自然,不合理な点は認められない。
また,各開示請求書及び各審査請求書(上記第2)の内容並びに上記(2)アの経緯から,開示請求者が,各開示請求書の記載内容の外に,文書の特定について特段の意思を示していることはうかがわれない。
(4)そうすると,本件対象文書について,開示請求者は,本件各被疑事件のうちいずれの被疑事件の捜査において任意提出したものであるかや,東京地方検察庁(以下「東京地検」という。)又は大阪地検のいずれに対して任意提出したものであるか,還付されたものであるか控えであるか等について,ことさら区別して特定することを求めているものとは解されず,そのように解すべき事情も認められない。
3 本件対象文書の存否応答拒否の妥当性について
(1)存否応答拒否の基本的な考え方について
法は,開示しないことに合理的な理由がある情報を不開示情報としてできる限り明確に定め,この不開示情報が記録されていない限り,開示請求に係る行政文書を開示しなければならないこととしており,不開示情報の範囲はできる限り限定したものとするとの基本的な考え方に立っている。また,行政機関の長は,開示請求に係る行政文書が存在していれば,開示決定又は不開示決定を行い,存在していなければ不開示決定を行うことになり,開示請求に係る行政文書の存否を明らかにすることが原則である。
しかし,法8条は,開示請求に係る行政文書の存否を明らかにするだけで,法5条各号の不開示情報を開示することとなる場合には,例外的に,行政文書の存否を明らかにしないで開示請求を拒否できることを定めている。そして,法8条に基づき,存否を明らかにしないで拒否することが必要な類型の情報については,常に存否を明らかにしないで拒否することが必要であると解される。
したがって,法8条に基づく存否応答拒否の適用については,このような法の趣旨にのっとって行うべきである。
(2)本件各開示請求についての判断について
本件各開示請求は,本件各被疑事件,すなわち,当時の財務省本省及び近畿財務局の複数の職員等を被疑者とし,その所掌事務の遂行に関して行われた決裁文書の改ざん等を被疑事実とし,その罪名を背任,証拠隠滅,証拠隠滅教唆,有印公文書変造・同行使及び公用文書毀棄とする事案についてのものであって,しかも,本件各開示請求時点において,既に不起訴処分(検察審査会による不起訴不当の議決を経て再度された不起訴処分を含む。以下同じ。)がされた事案についてされたものである。
しかるに,具体的事例における存否応答拒否の可否は,基本的には当該事例の具体的情報に基づいて判断されるべきであるところ,本件各開示請求についての判断を他の同種の被疑事件と対比して行う場合には,少なくとも,行政機関の複数の職員等を被疑者とし,その所掌事務の遂行に関する上記の各罪名に相当するような犯罪の被疑事件に関して,当該行政機関から任意提出された文書・準文書に関する事案であって,しかも,開示請求時点において既に不起訴処分がされた事案との対比を念頭に置いて判断すべきである。
(3)以下,検討する。
ア 法8条は,存否応答拒否の要件について,「開示請求に対し,当該開示請求に係る行政文書が存在しているか否かを答えるだけで,不開示情報を開示することとなるとき」と規定している。
イ 本件対象文書が存在している旨答えるだけで明らかになる情報
当該情報は,①財務省(原処分1)又は近畿財務局(原処分2)が,本件各被疑事件の捜査について,東京地検又は大阪地検に対して何らかの文書・準文書を任意提出した事実,及び②任意提出した何らかの文書・準文書(任意提出した際の控えないしは東京地検又は大阪地検から還付されたものを含む。以下同じ。)を,開示請求時点において保有していたという事実であると解される。
ウ 本件対象文書が存在しない旨答えるだけで明らかになる情報
当該情報は,上記①の事実及び③任意提出した何らかの文書・準文書を,開示請求時点において保有していないという事実,又は④財務省(原処分1)又は近畿財務局(原処分2)が,本件各被疑事件の捜査について,東京地検又は大阪地検に対して,何らの文書・準文書も任意提出しなかったという事実であると解される。
エ そうすると,仮に本件対象文書の存否を答えたとしても,判明するのは,財務省(原処分1)又は近畿財務局(原処分2)が,本件各被疑事件の捜査において,東京地検又は大阪地検に対して,何らかの文書・準文書を任意提出した事実の有無にとどまるものである。そして,任意提出した文書・準文書があり,財務省(原処分1)又は近畿財務局(原処分2)がこれら又はその写しを保有していることが明らかになる場合にも,本件各被疑事件の被疑者や被疑事実等に鑑みれば,そのこと自体は一般に想定される事柄である。また,「何らかの」文書・準文書とは,その文書・準文書を特定し得る事柄をいうと解されるから,当該文書・準文書の通数や分量こそ明らかになることは考えられるものの,その名称,作成者や内容は必ずしも明らかにならないと考えられる。
したがって,仮に本件対象文書の存否を答えたとしても,明らかになり得る情報は,本件各被疑事件の捜査に支障を来すような当該捜査に関する捜査内容や捜査機関の関心事項についての情報,すなわち,本件各被疑事件におけるいわゆる捜査機関の手の内情報には該当しないということができる。
オ 上記のとおり,本件対象文書の存否を答えるだけで明らかになり得る情報は,本件各被疑事件における捜査機関の手の内情報であるとは認められないのであるから,仮に,上記(2)にいう本件各被疑事件と同種の被疑事件が将来発生した場合において,被疑者となる行政機関の職員等による罪証隠滅行為や犯罪行為の潜在化・巧妙化等がされることがあるとしても,これが当該情報を原因として生起するとみることは,およそ合理的でないと考えられる。
カ 以上によれば,本件対象文書の存否を答えたとしても,本件各被疑事件における捜査機関の手の内情報というべき具体的な捜査の内容や捜査機関の関心事項が推知される情報を開示するものとはいえず,これによって将来の同種の被疑事件における罪証隠滅行為や犯罪行為の潜在化・巧妙化を招くなどの捜査機関による捜査に支障を及ぼすおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由があるとは認められないから,不開示情報を開示することにはならないというべきである。
キ なお,本件において本件対象文書の存否応答拒否の可否を判断するに当たっては,本件対象文書の存否に関する情報(これを通知する法9条1項又は2項の書面の記載)を本件各開示請求に含まれる情報と結合すれば,法5条4号に該当するとの諮問庁の説明(上記第3の3(2)アないしウ)については,次のとおり理由がない。すなわち,上記のとおり,本件対象文書の存否を開示しても,それによって捜査機関の手の内情報が明らかになるとはいえないのであり,これを通知する法9条1項又は2項の書面については,処分庁がその責任において,不開示情報を記載することのないように,開示請求の文言に対応して工夫すべきであって,これができないとは考え難い。
また,上記(2)を踏まえれば,捜査に支障を及ぼすおそれが行政機関から証拠収集がされ得る刑事事件一般に波及し得る旨の諮問庁の説明や,刑事被告事件に関する同種の開示請求を想定した諮問庁の説明は,前提を欠き,採用できない。
さらに,本件対象文書が還付されたものであるか控えであるか等をことさら区別する必要はないことから,還付の有無や控えの作成の許否を具体的に明らかにすることになる旨の諮問庁の説明は前提を欠き,採用できない。
ク したがって,本件対象文書の存否を公にすることにより,犯罪の予防,鎮圧又は捜査,公訴の維持,刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由があるとはいえず,法5条4号に該当するとは認められない。
4 審査請求人のその他の主張について
審査請求人のその他の主張は,当審査会の上記判断を左右するものではない。
5 本件各不開示決定の妥当性について
以上のことから,本件対象文書につき,その存否を答えるだけで開示することとなる情報は法5条4号に該当するとして,その存否を明らかにしないで開示請求を拒否した各決定については,当該情報は同号に該当せず,本件対象文書の存否を明らかにして改めて開示決定等をすべきであることから,取り消すべきであると判断した。
(第4部会) |
委員 白井幸夫,委員 田村達久,委員 野田 崇
別紙(本件対象文書)
1 本件対象文書1(原処分1)
財務省が,特定学校法人に対する国有地売却問題に関連した以下の被疑事件の捜査について,東京地方検察庁または大阪地方検察庁に対して任意提出した一切の文書ないし準文書(任意提出した際の控えないしは各検察庁から還付されたものを含む。)。
(1)大阪第一検察審査会が,添付資料1(略)のとおり,特定年月日付けで議決(特定文書番号A)を行った被疑者特定個人A外6名に対する背任,証拠隠滅教唆被疑事件及び被疑者氏名不詳者に対する証拠隠滅被疑事件(大阪地検特定年A特定事件番号AないしB)。
(2)大阪第一検察審査会が,添付資料2(略)のとおり,特定年月日付けで議決(特定文書番号B)を行った被疑者氏名不詳者外特定個人Bを含む9名に対する有印公文書変造・同行使,公用文書毀棄被疑事件(大阪地検特定年B特定事件番号CないしD)。
(3)大阪第一検察審査会が,添付資料3(略)のとおり,特定年月日付けで議決(特定文書番号C)を行った被疑者氏名不詳者外特定個人Bを含む9名に対する公用文書毀棄被疑事件(大阪地検特定年B特定事件番号EないしF)。
2 本件対象文書2(原処分2)
近畿財務局が,特定学校法人に対する国有地売却問題に関連した以下の被疑事件の捜査について,東京地方検察庁または大阪地方検察庁に対して任意提出した一切の文書ないし準文書(任意提出した際の控えないしは各検察庁から還付されたものを含む。)。
(1)大阪第一検察審査会が,添付資料1(略)のとおり,特定年月日付けで議決(特定文書番号A)を行った被疑者特定個人A外6名に対する背任,証拠隠滅教唆被疑事件及び被疑者氏名不詳者に対する証拠隠滅被疑事件(大阪地検特定年A特定事件番号AないしB)。
(2)大阪第一検察審査会が,添付資料2(略)のとおり,特定年月日付けで議決(特定文書番号B)を行った被疑者氏名不詳者外特定個人Bを含む9名に対する有印公文書変造・同行使,公用文書毀棄被疑事件(大阪地検特定年B特定事件番号CないしD)。
(3)大阪第一検察審査会が,添付資料3(略)のとおり,特定年月日付けで議決(特定文書番号C)を行った被疑者氏名不詳者外特定個人Bを含む9名に対する公用文書毀棄被疑事件(大阪地検特定年B特定事件番号EないしF)。