諮問庁 内閣総理大臣
諮問日 令和 3年11月18日(令和3年(行情)諮問第503号,同第505号及び同第506号)
答申日 令和 5年 8月 7日(令和5年度(行情)答申第235号,同第237号及び同第238号)
事件名 特定年に日本学術会議が推薦した会員候補者のうち一部の者を任命しなかった根拠等が分かる文書の不開示決定(不存在)に関する件
特定年に日本学術会議が推薦した会員候補者のうち一部の者を任命しなかった根拠等が分かる文書の不開示決定(不存在)に関する件
特定年に日本学術会議が推薦した会員候補者のうち任命しなかった者が分かる文書の不開示決定(不存在)に関する件

答 申 書

第1  審査会の結論

別表の4欄に掲げる各文書(以下,順に「本件対象文書1」ないし「本件対象文書3」といい,併せて「本件対象文書」という。)につき,これを保有していないとして不開示とした各決定については,本件対象文書1及び本件対象文書2を保有していないとして不開示としたことは妥当であるが,本件対象文書3につき,別紙の1及び2に掲げる文書を特定し,更に該当するものがあれば,これを特定し,改めて開示決定等をすべきである。


第2  審査請求人の主張の要旨

1 審査請求の趣旨

行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「法」又は「情報公開法」という。)3条の規定に基づく各開示請求に対し,別表の2欄に掲げる日付及び文書番号により別表の3欄に掲げる内閣府大臣官房長(以下「処分庁1」という。)及び内閣府日本学術会議事務局長(以下「処分庁2」といい,処分庁1と併せて「処分庁」という。)が行った各不開示決定(以下,順に「原処分1」ないし「原処分3」といい,併せて「原処分」という。)を取り消すとの裁決を求める。


2 審査請求の理由

審査請求人の主張する審査請求の理由は,各審査請求書及び各意見書の記載によると,おおむね以下のとおりである。なお,添付資料は省略する。

(1)審査請求書

ア 開示請求の経過

(ア)2020年10月1日,菅義偉内閣総理大臣は,日本学術会議が推薦した会員候補者105名のうち6名の任命を拒否した(以下これを「本件任命拒否」という。)。日本学術会議が正式に推薦した会員候補者が任命されないという事態は初めてのことであり,しかも,この6名が任命されなかったことの具体的理由は,内閣総理大臣及び政府から全く説明されていない。

日本学術会議は,日本学術会議法によって「わが国の科学者の内外に対する代表機関」と位置付けられ,法律上も職務の独立性を保障され,210名の会員は「優れた研究又は業績のある科学者」という評価に基づいて学術会議が選考して推薦し,内閣総理大臣はその推薦に「基づいて」任命するものとされている(同法2条,3条,7条1項及び2項並びに17条)。そしてこの任命は,推薦のとおりに任命する形式的な発令行為にすぎず,内閣総理大臣が任命を拒否することはない旨,政府による国会答弁等で繰り返し確認され,日本学術会議の人事の自律性が確保されてきた。

本件任命拒否はこれを覆し,会員の人事に科学的判断に基づかない政治的判断を持ち込んで,日本学術会議の独立性と自律性を侵害するものであり,法定の会員数に欠員を生じさせていることを含め,明らかに同法に違反する違法なものである。またそれは同時に,真理の探究を目的とする科学の営為に対する政治権力による介入であり抑圧であるという深刻な問題を提起している。

さらに本件任命拒否は,内閣総理大臣から任命拒否の理由が示されないことからも,6名の科学者の政府に批判的な言論等が理由ではないかという懸念が強く指摘されており,そうだとすれば,6名本人をはじめとする科学者の学問の自由,言論・表現の自由を脅かし,同時に学問の自由の保障を前提として存立する日本学術会議をはじめとする科学者集団の政治からの独立と自律をも脅かし,憲法上の基本的人権の保障を侵害するものでもある。


(イ)政府は,その活動や意思決定過程の透明性を確保し,国民に対して説明する責務を負っており,その責務を全うするために,経緯を含めた意思決定過程等を合理的に跡付け,検証できるよう,主権者国民共有の知的資源である公文書を作成し管理しなければならない(法1条,公文書等の管理に関する法律1条・4条)。

したがって,とりわけ上記のような重大な人事については,それが従来の政府解釈を覆して日本学術会議の推薦どおりに任命をしなかったという問題をも含めて,その積極的かつ合理的な理由ないし根拠が,客観的資料に基づいて国民に明らかにされなければならない。ところが,本件について菅内閣総理大臣は,「総合的,俯瞰的観点からの判断」であるとか「多様性が大事」であるとか述べるだけで,まともな理由を示すことがないどころか,6名を除外する前の105名の推薦名簿は見ていないとか,6名のうち5名の氏名は承知していなかったなど,余りにも不誠実な対応に終始しており,行政としての説明責任の放棄であるといわざるを得ない。


(ウ)ところで,本件任命拒否をめぐる国会審議等の過程で,加藤勝信内閣官房長官が,杉田和博内閣官房副長官と内閣府のやりとりを行った記録を内閣府で管理していると答弁し,また,杉田副長官が内閣府に対し任命時に除外する候補者を伝達したこと等を示す文書が部分的に示されている。しかし,これだけでは本件任命拒否に関する説明がなされたとは到底いえず,その意思決定過程や任命拒否の理由・根拠は依然として全く不明である。

そこで本件審査請求人を含む法学者及び弁護士1162名は,本件の上記問題をさらに解明すべく,去る4月26日,内閣官房(内閣総務官,内閣官房副長官補)及び内閣府(大臣官房長,日本学術会議事務局長)に対し,本件任命拒否に関して内閣総理大臣・内閣官房と内閣府との間でやりとりした文書,任命拒否の根拠ないし理由が分かる文書,任命しなかった者が分かる文書等について,法に基づき行政文書の開示請求を行った。

なお,時を同じくして,本件任命拒否をされた科学者6名も,行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(以下「行個法」という。)に基づき,内閣官房及び内閣府に対し,「自己に関して保有している一切の文書」の開示請求を行った。

ところが,これらの文書開示請求に対して,内閣官房は全てについて,文書不存在を理由に不開示決定をした。しかし,とりわけ内閣官房副長官が任命から除外すべき者の検討と指示を行ったことは明らかであり,内閣官房に本件任命拒否に関する公文書が存在しないはずはない。

また,内閣府は,本件任命拒否当事者6名の自己情報開示請求に対して存否応答拒否という不誠実な対応をしてきたほか,1162名の行政文書開示請求に対しても多くの部分を墨塗りにし,結局,任命拒否の根拠ないし理由が分かる文書といえるものを全く開示していない。

本件任命拒否の憲法上,法律上の重大性は前記のとおりであり,ことは日本の国の民主主義と法の支配の根幹に関わるものである。本件各審査請求を通じて,本件任命拒否の真相が明らかにされ,政府の説明責任が全うされることが,切に望まれる。


イ 原処分の不開示とした理由

(ア)原処分1

「開示請求に係る行政文書を作成又は取得しておらず,保有していないため不開示とした。」


(イ)原処分2及び原処分3

「開示請求に係る行政文書を作成,取得しておらず,保有していないため,不開示とする。」


ウ 原処分の違法性

文書の不存在には,開示請求対象とされた文書自体は存在するが,当該文書が対象文書の要件を満たさないために不存在とされる「解釈上の不存在」と,「物埋的不存在」があるところ,文書の不存在を理由とする不開示決定に際しては,そのどちらなのか明確にする形で理由を付記する必要がある。

原処分の理由付記は上記イのとおりとあるが,この文言からは当該文書が「行政文書」として存在しないという「解釈上の不存在」なのか,文書として「物理的な不存在」なのかが判別できない。

したがって,原処分は法9条2項及び行政手続法8条1項に違反する。


エ 結論

以上より,原処分は違法であるから,情報公開・個人情報保護審査会において処分庁における文書の存在を調査した上で,原処分を取り消すことを求める。

(略)


(2)意見書1

(略)

ア 一部開示された行政文書から明らかになった本件任命拒否に至る経緯

2020年10月1日,菅義偉内閣総理大臣は,日本学術会議(以下,下記(8)までにおいて,単に「学術会議」ともいう。)が推薦した会員候補者105名のうち6名の任命を拒否した(以下「本件任命拒否」という。)。

本件任命拒否に至る経緯を,このたび内閣府大臣官房長及び内閣府日本学術会議事務局長より一部開示された行政文書に基づいて辿ると,以下のような実態が明らかになった(以下,(2)において,2020(令和2)年の日付については,原則として「年」の記載を省略する。)。

(ア)4月2日付文書の提出

a 4月2日付文書

日本学術会議事務局長は,府日学第972号-1行政文書開示決定通知書2(2)「令和2年4月2日 令和2年10月の会員改選に係る意思決定過程における資料①」として,2020年4月2日付「最近の学術会議の動き」と題する文書(以下「4月2日付文書」という。)の一部を開示した。


b これは説明のための文書である

4月2日付文書は,作成名義は単に「学術会議事務局」とされており,宛先も記載されていない。また,4月2日付文書は,内閣府大臣官房長や内閣官房から開示されていないが,これは内閣府大臣官房長が,「内閣府大臣官房人事課」の受領スタンプが押された8月31日付の進達書を開示している(府人第727号-1・2)ことと対照的である。正式に提出し,受領された文書であれば,受領した側は開示しているのである。従って,4月2日付文書は,正式な文書ではなく,説明のための文書であると考えられる。


c 提出先(内閣官房副長官か)

4月2日付文書の提出先ないしは説明の相手方はどこだったのか。

学術会議は内閣府が所轄する特別の機関であり,学術会議事務局は通常は内閣府のラインで業務を行う。従って,通常の事務であれば,提出先は内閣府の大臣官房長などのはずである。

しかし,4月2日付文書は正式な文書ではないことから,内閣府のライン以外の部署に直接提出された可能性がある。後述のとおり,2017(平成29)年の会員改選の際,当時の大西隆学術会議会長は会員候補者の名簿を持参して杉田和博内閣官房副長官に事前説明に行っている。また,後述のとおり,後述の9月24日付文書で「外すべき者」を指示した者が杉田副長官であったことは明らかである。従って,4月2日付文書も,学術会議事務局長が杉田副長官に直接提出し,説明した可能性が高い。杉田副長官の手元に4月2日付文書が存在したはずである。

副長官が学術会議の会員任命に関与する権限があるのかが一応問題となるが,内閣府設置法8条2項は,「内閣官房副長官は,内閣法に定める職務を行うほか,内閣官房長官の命を受け,内閣府の事務のうち特定事項に係るものに参画する」と定めているから,法律上の根拠はある。また,仮に上記のような官房長官の命がなかったとしても,政治的措置としての「官邸主導」の下,内閣総理大臣が官房副長官に指示をし,権限を委譲すれば,副長官が任命に関与することは可能であろう。それゆえ,杉田副長官は,組織共用文書として4月2日付文書を取得したはずである。

4月2日付文書の1頁目には「2,4,2 9:50-10:10」との書き込みがあり,これは学術会議事務局長がこの文書に基づいて説明をした時間帯の記録と推察される。こうした書き込みも手掛かりにして,文書の提出先と説明の相手方が明らかにされるべきである。また,「2,4,2 9:50-10:10」の書き込みと「令和2年4月2日」との間にある黒塗り部分は,提出先や説明の相手方が記載されている可能性もあり,開示されるべきである。


d 「ご相談にまいります」との文言

4月2日付文書の2頁目「3.今後」には,会員候補者の選定作業の予定が書かれているところ,「4月~6月」,「選考委員会(執行部推薦分15人を上乗せ,会員候補者111名を選定)」の後,「6月末 幹事会(会員候補者105名を選定)」の前に,「ご相談にまいります」との文言がある。

日本学術会議法は,学問の自由(憲法23条)を保障する観点から,会員は学術会議が「優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し,内閣府令で定めるところにより,内閣総理大臣に推薦」し(17条),「第17条の規定による推薦に基づいて,内閣総理大臣が任命する」(7条2項)と定めており,内閣総理大臣の任命は「形式的任命」に過ぎないことが,国会で繰り返し確認されてきた。このため,「日本学術会議会員候補者の内閣総理大臣への推薦手続を定める内閣府令(平成17年内閣府令第93号)」は,内閣総理大臣への推薦は「当該候補者の氏名」のみを記載した書類を提出するものとし,内閣総理大臣が質的な(原文ママ)判断をする根拠や資料は与えないことが明確にされている。

それにもかかわらず,4月2日付文書において,学術会議の選考過程で111名の会員候補者が選定された段階で,学術会議事務局から内閣官房副長官と思われる者に「ご相談にまいります」と述べているのは,2017年の会員改選の際,当時の第23期学術会議会長大西隆氏が選考委員会で選定した111名の名簿を持参して内閣官房副長官に事前説明に行ったことを踏まえ,学術会議事務局長が2020年にも会長が同様の事前説明に行くと考えて4月2日付文書に記載したものと推測される。

このような事前説明は,日本学術会議法に違反する疑いが強い。


(イ)6月1日付文書の提出

a 6月1日付文書

日本学術会議事務局長は,府日学第972号-1行政文書開示決定通知書2(3)「令和2年6月1日 令和2年10月の会員改選に係る意思決定過程における資料②」として,2020年6月1日付「日本学術会議25期改選の方向性について」と題する文書(以下「6月1日付文書」という。)の一部を開示した。


b 説明のための文書

6月1日付文書は,作成名義は「日本学術会議事務局長 特定姓A」とされているものの,宛先の記載がなく,内閣府大臣官房長や内閣官房からも開示されていないことから,4月2日付文書と同様,正式な文書ではなく,説明のための文書であると考えられる。


c 提出先(内閣官房副長官か)

提出先ないし説明の相手は,4月2日付文書と同様,杉田和博内閣官房副長官であったと考えられる。

6月1日付文書にも,1頁目に説明をした時間帯と思われる「2.6.1 14:10-30」との書き込みがあるから,これも手掛かりにして,説明の相手方が明らかにされるべきである。6月1日付文書も,説明の相手方(杉田副長官と考えられる)の手元に組織共用文書として交付されたはずである。

また,上記時間帯の下部の黒塗り部分も,提出先ないし説明の相手方が記載されている可能性があるから,開示されるべきである。


d 会員候補者111名の名簿と詳細な経歴が添付

6月1日付文書の1頁には,「5月中旬の学術会議内の会員選考委員会で111人の推薦候補者を内定(非公表)」と記載され,次に「今後の予定日程」として,

・ 6月25日 選考委員会で105人の推薦案を確定(注:「選考委員会」は誤りで「幹事会」が正しいと思われる。)

・ 7月9日 総会に附議(人事案件・非公開)

・ 8月中 正式な推薦書を内閣府に提出

・ 10月1日 任命をいただき,総会を開催

との記載がある。

そして6月1日付文書2頁には,「ボトムアップ分96人(第一希望)」と「トップダウン分15人(第一希望9人,第二希望6人)」の合計111名が推薦候補者となっていることが説明され,4~8頁には第1部会から第3部会までの合計96人の「ボトムアップ分」の名簿,9頁には「選考委員会枠 会員候補者リスト」(注:「トップダウン分」。なお,「選考委員会」は誤りで「幹事会」が正しいのではないかと思われる。)合計15名の名簿が添付されている。これら名簿には,候補者の氏名,性別,年齢,勤務先都道府県,地区会議,現職名,専門分野等が記載されている。

また,6月1日付文書には,上記111名について,学術会議連携会員歴,現職,年齢,研究内容,学歴,職歴,所属学会が詳しく記載された1人1枚の「略歴」111枚も添付されている。

ちなみに,本件任命拒否にかかる6名は,全員,第1部会で選考された「ボトムアップ分」に含まれる。


e 6月1日付文書の重大な意味

以上のところから,6月1日付文書は,学術会議事務局長が,選考委員会が5月に111名を選考した後,幹事会が6月25日にこれを105名に絞る前の6月1日に,会員候補者の詳細な経歴を記載した名簿を,学術会議の外に提出し,その時点でおそらく杉田和博内閣官房副長官がこれら情報を入手したであろうことを意味している。

これは,明らかに前述の内閣府令に反すると共に,杉田和博内閣官房副長官が「外すべき者」を指示した9月24日まで3か月と24日間,「外すべき者」を選び出すための調査期間があったことを意味する。それゆえ,この調査期間において,杉田副長官は,内閣情報調査室を通じて,任命拒否された6名の個人情報を収集調査したはずである。その収集した行政文書も内閣官房に組織共用文書として存在したはずである。


(ウ)6月1日から8月31日まで

前述のとおり,4月2日付文書では,選考委員会が111名の候補者を選定した後,「ご相談にまいります」と記載されていたが,第24期学術会議会長山極壽一氏は,第23期会長大西隆氏の前例を踏襲せず,官邸に「相談」に行くことはしなかった。

学術会議は,6月25日幹事会で105名の推薦案を確定し,7月9日総会で105名の会員候補者の推薦を承認した。

そして8月28日,内閣総理大臣宛てに提出する「日本学術会議会員候補者の推薦について(進達)」の学術会議内部の決裁・供覧文書が起案され,別紙(案)のとおり施行してよいかについて,同日,会長及び事務局長以下の職員により決裁された(府日学第972号-1行政文書開示決定通知書2(1)「日本学術会議会員候補者の推薦について(進達)(府日学第1243号)」)。

この決裁・供覧文書には2種類の会員候補者名簿が添付されている。

その1は,「案」とされた内閣総理大臣あての「日本学術会議会員候補者の推薦について(進達)」に「〈参考〉別添」として添付された「日本学術会議会員候補者推薦書(105名)」である。これには105名の氏名のみが記載されている。これが次に述べる8月31日付推薦書である。

その2は,「第25-26期 会員候補者名簿(案)-105名-」である。これは,105名につき,氏名・ふりがな・性別・年齢・所属・職名・専門分野が記載された一覧表である。これは,後述するとおり,内閣総理大臣が99名の任命を決裁した9月28日付決裁文書に添付されて供覧された可能性がある。


(エ)8月31日付推薦書等の提出

a 8月31日付推薦書等

内閣府大臣官房長は,府人第727号-1及び府人第727号-2に共通する行政文書開示決定通知書2(1)「令和2年10月1日付の任命に係る意思決定過程における説明資料①」として,

(a)令和2年8月31日付「日本学術会議会員候補者の推薦について(進達)」と題する,内閣総理大臣宛ての日本学術会議会長名義の文書(府日学1243号)(以下「8月31日付推薦書」という。)の一部


(b)平成30年11月13日付「日本学術会議法第17条による推薦と内閣総理大臣による会員の任命との関係について」と題する,「内閣府日本学術会議事務局」名義の,宛先の記載のない文書(以下「平成30年文書」という。)


(c)「日本学術会議会員任命関係 国会議事録抜粋」と題する4頁の文書


(d)全面黒塗りの文書1枚(別紙添付「内閣府一部不開示決定処分ヴォーン・インデックス」(以下「本件ヴォーン・インデックス」という。)では,⑦,⑧,⑨(1),ウの中で表記。)


を開示した。


b 8月31日付推薦書―候補者の氏名のみの名簿を添付

上記a(a)の8月31日付推薦書は,学術会議会員候補者105名の正式な推薦書であり,内閣府大臣官房人事課の受領スタンプが押印され,平成17年内閣府令第93号のとおり,候補者の氏名のみの名簿「日本学術会議会員候補者推薦書(105名)」が添付されたものである。

本来は,この推薦書だけが内閣総理大臣に提出され,内閣総理大臣はこの推薦のとおりに会員を任命しなければならないはずである(日本学術会議法7条2項)。しかし,前述のとおり,すでに6月1日の時点で,会員候補者の詳細な略歴付の名簿が内閣官房副長官に渡っていたのであり,逆に言えば,6月1日付文書がなければ,内閣官房副長官が「外すべき者」を選定し,内閣総理大臣が本件任命拒否をすることは不可能であったと言える。


c 平成30年文書―推薦書と共に提出されたのか

上記a(b)の平成30年文書は,マスコミでも大きく報道された文書であり,「内閣総理大臣に日学法第17条による推薦のとおりに任命すべき義務があるとまでは言えないと考えられる」との学術会議事務局の見解が記された文書である。

平成30年文書が「令和2年10月1日付の任命に係る意思決定過程における説明資料①」の一部として開示された体裁に照らすならば,平成30年文書は8月31日付推薦書と一体となって提出されたものとも考えられる。しかし,平成30年文書は,学術会議会長が内閣総理大臣に会員候補者105名を正式に推薦するにあたって必要な文書とは到底言えないのであり,このような文書が正式な推薦書と一体のものとして内閣府に出されることには違和感を禁じ得ない。

従って,平成30年文書が8月31日付推薦書と同時に学術会議から内閣府大臣官房人事課に提出された文書なのかどうかが明らかにされるべきである。また,平成30年文書が府人第727号-1等の行政文書開示決定通知書2(1)「令和2年10月1日付の任命に係る意思決定過程における説明資料①」の一部として開示されたことの意味が明らかにされるべきである。


d 「日本学術会議会員任命関係 国会議事録抜粋」・黒塗りの1枚の文書

上記a(c)の「日本学術会議会員任命関係 国会議事録抜粋」及び上記a(d)の黒塗りの文書は,平成30年文書の一部なのかどうか,明らかにされるべきである。また,黒塗りの文書については,記載内容が全く不明であり,不開示理由を具体的に告知したものとはいえないものであるから,行政手続法8条及び情報公開法9条2項が求める具体的な処分理由の明示を満たしておらず,処分理由が不明なものとして不開示決定処分は取り消され,開示されるべきである。


(オ)菅内閣の発足

9月16日,菅義偉氏が内閣総理大臣に選出され,菅内閣が発足した。杉田和博氏は,菅内閣の下でも引き続き内閣官房副長官(事務担当)に就任した。

菅首相によれば,内閣総理大臣に就任後,学術会議に関し,官房長官時代から持っていた「懸念や任命の考え方」を官房長官や官房副長官を通じて内閣府に伝えたとのことである(11月4日衆議院予算委員会)。


(カ)9月24日付文書による「外すべき者」の指示

a 9月24日付文書

内閣府大臣官房長は,府人第727号-1及び府人第727-2に共通する行政文書開示決定通知書2(4)「令和2年10月1日付の任命に係る意思決定過程における伝達記録」として,「外すべき者(副長官から)R2.9.24」と記載され,その余はマスキングされた1枚の文書(以下「9月24日付文書」という。)を開示した。


b 6名を「外すべき者」として指示

9月24日付文書は,言うまでもなく,学術会議が推薦した会員候補者105名のうち特定の6名を任命から除外することを指示した,本件任命拒否の根拠となった文書である。

「外すべき者」とは任命されなかった6名であり,マスキングされた部分に6名の氏名が記載されていることは疑いない。

「副長官」が杉田和博内閣官房副長官であることは,2020年11月5日,参議院予算委員会において加藤内閣官房長官が,蓮舫議員の質問に対し,「今回の任命に係る経緯について,杉田副長官と内閣府でのやり取りを行った記録について,担当の内閣府において管理をしている」と答弁したこと及び9月24日付文書が「杉田和博内閣官房副長官ないし内閣官房職員と内閣府との間におけるやりとりを記録した文書」等の開示請求に対して開示された文書であることから明白である。

従って,9月24日付文書は,本件任命拒否を実質的に決断した人物が杉田内閣官房副長官であったことを証明する決定的文書である。審査会は,9月24日付文書をインカメラ審理し,記載内容の概要を明らかにしたうえで,情報公開法5条1号ただし書イを適用すべきである。

また,杉田副長官は105名の中から6名を選び出す根拠となった資料ないし情報に必ず接したはずであるが,内閣官房副長官補(内政担当)は行政文書開示請求に対し「作成及び取得をしておらず保有していないため(不存在)」として不開示決定をしている。処分庁(原文ママ。以下,下記(8)までにおいて同じ。)が述べる不存在理由は,理由付記として不十分であり,行政手続法8条及び情報公開法9条2項違反として,当該不開示処分が取り消されるべきである。


c 作成者・伝達先

9月24日付文書作成者は,「副長官から」という記載の仕方に照らすと,杉田和博内閣官房副長官の指示を受けた,内閣官房ないし内閣府大臣官房の幹部職員などではないかと推測される。

また9月24日付文書は「伝達記録」として開示されているところ,その伝達先は,同日起案された学術会議会員任命についての内閣総理大臣決裁文書(府人第727号-1及び府人第727号-2に共通する行政文書開示決定通知書2(5)により開示)の作成部署であった内閣府大臣官房人事課であったと考えられる。

この点からも,内閣官房において,「伝達記録」等が組織共用文書として存在していたものと解すべきである。


(キ)9月24日,99名を任命する決裁文書を起案,28日決裁

a 9月28日付決裁文書

内閣府大臣官房長は,府人第727号-1及び府人第727号-2に共通する行政文書開示決定通知書2(5)「日本学術会議会員の任命について(文書番号:府人第1181号)」を一部開示した。


b 「外すべき者」が伝達された日に起案された決裁文書

学術会議会員「99名」を任命する決裁文書は,「外すべき者」を指示した杉田副長官からの伝達文書の日付と同じ9月24日に起案され,同月28日に決裁された(以下「9月28日付決裁文書」という。)。

9月28日付決裁文書の記載事項は以下のとおりである。

・ 「(文書処理上の記事)日本学術会議会員(第25-26期)10月1日付発令:候補者99名(うち,女性43名[43.4%])」

・ 「(件名)日本学術会議会員の任命について」

・ 「(伺い)標記について,別添案のとおり発令してよろしいか伺います。」

・ 「起案 令和2年9月24日」

・ 「決裁・供覧 令和2年9月28日」

・ 「起案者 特定姓B」

以上を記載したものに99名の氏名のみの名簿が添付されている。

これに,内閣総理大臣,内閣官房長官,事務次官,官房長,人事課長の決裁印が押印されている。上記の記載によるならば,菅内閣総理大臣は9月28日に本件任命拒否を決断したことになる。なお,特定姓B氏とは,当時,内閣府大臣官房人事課参事官であった特定職員である。


c それ以外の文書

開示された「日本学術会議会員の任命について(文書番号:府人第1181号)」には以上のほか,

(a)決裁書・8月31日付推薦書(105名の氏名のみが記載されたもの)


(b)「第25-26期 会員候補者名簿(案)-105名-」(学術会議内部における8月28日付決裁・供覧文書に添付された,105名の氏名・性別・年齢・所属・職名・専門分野が記載されたもの。)


(c)日本学術会議法の抜粋(3条,7条,17条)及び「日本学術会議会員候補者の内閣総理大臣への推薦手続を定める内閣府令(平成17年内閣府令第93号)」が1枚にまとめられたもの


が,添付されている(本件ヴォーン・インデックスでは,⑦,⑧,⑨(5)で,上記決裁書をア,上記推薦書をイ,上記会員候補者名簿をウと表記している。)。

文書開示の体裁からすると,決裁文書には上記3つの文書が添付されていたように見えるが,疑問が残る。

まず,前述のとおり,内閣府大臣官房が「令和2年10月1日付の任命に係る意思決定過程における説明資料①」として開示した8月31日付推薦書には,105名の氏名のみが記載された候補者名簿しか添付されておらず,上記(b)の性別・年齢・所属・職名・専門分野が記載された名簿は添付されていない。

さらに,広く報道されたとおり,菅首相は「105名のもともとの名簿は見ていない」と国会で繰り返し答弁している(11月2日衆議院予算委員会議事録)。そうだとすると,上記(a)及び(b)の名簿は,決裁・供覧文書には添付されていなかったことになる。

従って,上記(a)及び(b)の文書が9月28日付決裁文書に添付されていたのかどうかは,内閣総理大臣が6名を除外する任命行為をいかなる根拠に基づいて行ったのかを知る上で極めて重要であり,本件不開示決定処分の処分理由を精査する過程において,明確にされるべきである。


(ク)9月29日,学術会議事務局長から6名に電話連絡

決裁の翌日の9月29日午後6時頃,学術会議事務局長は,発令予定の名簿に6名が登載されていないことを,6名全員に電話で知らせた。

同事務局長は,6名が名簿にないことに驚いた様子であり,何かの間違いではないかと内閣府に問い合わせたが,間違いではない,理由は説明できないとの回答を受けたとのことであった。


(ケ)10月1日,本件任命拒否

以上の経過をへて,2020年10月1日,菅内閣総理大臣は,学術会議が推薦した105名のうち6名を除外し,99名を学術会議会員に任命した。

以上の,4月2日付文書,6月1日付文書,8月31日付推薦書等,9月24日付文書,9月28日付決裁文書等について,これを内閣府一部不開示決定処分に即して整理すると,本件ヴォーン・インデックスのとおりとなる。同インデックス中の不開示情報(情報公開法5条各号)についての審査請求人(原文ママ。以下,下記(8)までにおいて同じ。)の主張については,以下述べる審査請求書の「請求の理由」の補充主張とあわせ主張するものである。


イ 情報公開請求に関する理由説明書における「不存在」の理由に対する反論

―内閣官房内閣総務官決定(閣総583号・584号・585号),内閣官房副長官補決定(閣副790号・791号・792号),内閣府大臣官房長決定(府人728号),内閣府日本学術会議事務局長決定(府日学972号-2・972号-3)の違法性

(ア)問題の所在

以上のとおり,内閣官房,とりわけ杉田和博内閣官房副長官が本件任命拒否の実質的判断を行ったことは明らかである。

従って,副長官が任命しない6名を選び出すための資料を一度も持たなかったはずはない。また,6名を選び出すための資料としては,内閣府が開示した105名の会員候補者の経歴付きの名簿だけでは全く役に立たないことは明白であり,「総合的,俯瞰的」観点や「国民に理解される存在」か否かの観点(菅首相の10月28日衆議院所信表明演説に対する総括質疑等)から,6名を任命しないという学術会議史上前例のない判断を導き出すための文書が必ず存在するはずであり,国民はそうした文書の開示こそ求めているのである。

ところが,内閣官房副長官補は,本件任命拒否に関する行政文書の開示請求すべてに対し,「作成及び取得をしておらず保有していないため(不存在)」を理由として不開示決定をし(閣副第790号・閣副第791号・閣副第792号),内閣総務官も,「保有していないため(不存在)」を理由として不開示決定をした(閣総第583号・閣総第584号・閣総第585号)。内閣官房のこのような不開示決定理由は,到底納得できるものではない。

また,内閣官房の2部署は理由説明書において「日本学術会議任命に関する事務については内閣府が担当していることから内閣府において必要な文書が作成,保存されている。」と述べるが,内閣府大臣官房長は府人728号決定において本件任命拒否の根拠ないし理由がわかる文書を保有していないとし,内閣府日本学術会議事務局長は府日学972号-1及び同972号-2決定において本件任命拒否の根拠ないし理由がわかる文書も任命しなかった者がわかる文書も保有していないとし,理由説明書においてもそのことを繰り返している。しかし,任命拒否された6名を選び出す根拠となった文書や,任命拒否された者が誰かがわかる文書を,内閣官房も内閣府も保有していないことはあり得ないのであって,仮に内閣官房の主張するとおり関連文書は内閣府において保管しているのだとすれば,内閣府の2部署の不開示決定理由も納得できない。

情報公開法1条は,同法の目的を,国民主権の理念にのっとり行政文書開示請求を権利として定めることにより,「政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに,国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資すること」としている。また,公文書等の管理に関する法律(以下「公文書管理法」という。)1条は,「公文書等が,健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として,主権者である国民が主体的に利用し得るものであること」を同法の目的とし,その4条は「行政機関における経緯も含めた意思決定に至る過程」も含めて文書の作成を義務付けている。

内閣官房は,こうした情報公開法及び公文書管理法の目的が果たされるよう行政文書を作成,保存,開示する義務があり,安易に「不存在」,「不開示」の決定をすることは許されない。

以上を前提に,内閣官房の不開示決定の違法性について以下補充し,理由説明書における不存在理由に対して反論する。そして同様の理は,内閣府の各機関の不存在決定についても当てはまる。


(イ)不開示の理由を具体的に提示すべきである――解釈上不存在か,物理的不存在か

文書の不存在を理由とする不開示決定に際しては,単に対象文書を保有していないという事実を示すだけでは足りず,なぜ当該文書が存在しないかについても理由として付記することが求められる(情報公開・個人情報保護審査会令和2年度(行情)答申第107号,ほか多数)。

文書の不存在には,開示請求対象とされた文書自体は存在するが当該文書が解釈上「行政文書」に該当しないために不存在とされる「解釈上の不存在」と,行政文書は作成又は取得したが,廃棄したり亡失したり移管したなどによる「物理的不存在」があるところ,文書の不存在を理由とする不開示決定に際しては,そのどちらなのか明確にしたうえで理由を付記する必要がある。

ところが,内閣官房内閣総務官の不開示決定処分(閣総583号・584号・585号)の理由付記は,単に「保有していないため(不存在)」と記載するのみであり,なぜ当該文書が存在しないかについて全く記載してしない。

また,内閣官房副長官補の不開示決定処分(閣副790号・791号・792号)の理由付記は,「作成及び取得をしておらず保有していないため(不存在)」と記載しており,内閣総務官の決定と異なり「作成及び取得をしておらず」の文言があるものの,作成及び取得をしていないことの意味が,「解釈上の不存在」なのか,それとも「物理的不存在」なのかが全くわからない。

そもそも,「解釈上の不存在」についても「物理的不存在」についても,情報公開法の目的に鑑み,厳格に判断される必要がある。

以下,法令上及び実務上論じられている「行政文書」の解釈論及び「不存在」の立証責任論を通じ,本件各決定における不開示理由の提示が不適切であることについて主張を補充する。


(ウ)「行政文書」の解釈

「行政文書」とは,「行政機関の職員が職務上作成し,又は取得した文書,図画及び電磁的記録(電磁的方式,磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られた記録をいう。以下同じ。)であって,当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして,当該行政機関が保有しているものをいう。」(情報公開法2条2項本文及び公文書管理法2条4項)。

a 「組織的に用いる」の意味

「組織的に用いる」とは,作成又は取得に関与した職員個人の段階のものではなく,組織としての共用文書の実質を備えた状態,すなわち,当該行政機関の組織において,業務上必要なものとして,利用又は保存されている状態のものを意味する。したがって,①職員が単独で作成し,又は取得した文書であって,専ら自己の職務の遂行の便宜のためにのみ利用し,組織としての利用を予定していないもの(自己研鑽のための研究資料,備忘録等),②職員が自己の職務の遂行の便宜のために利用する正式文書と重複する当該文書の写し,③職員の個人的な検討段階に留まるもの(決裁文書の起案前の職員の検討段階の文書等。なお,担当職員が原案の過程で作成する文書であっても,組織において業務上必要なものとして保存されているものは除く。)などは,組織的に用いるものには該当しない。

作成又は取得された文書が,どのような状態にあれば組織的に用いるものと言えるかについては,①文書の作成又は取得の状況(職員個人の便宜のためにのみ作成又は取得するものであるかどうか,直接的又は間接的に当該行政機関の長等の管理監督者の指示等の関与があったものであるかどうか)②当該文書の利用の状況(業務上必要として他の職員又は部外に配付されたものであるかどうか,他の職員がその職務上利用しているものであるかどうか),③保存又は廃棄の状況(専ら当該職員の判断で処理できる性質の文書であるかどうか,組織として管理している職員共用の保存場所で保存されているものであるかどうか)などを総合的に考慮して実質的な判断を行うこととなる。

どの段階から組織として共用文書たる実質を備えた状態になるかについては,例えば,①決裁を要するものについては起案文書が作成され,稟議に付された時点,②会議に提出した時点,③申請書等が行政機関の事務所に到達した時,④組織として管理している職員共用の保存場所に保存した時点等が1つの目安となる。


b 「保有しているもの」の解釈

「保有しているもの」とは,所持している文書をいう。

「所持」とは,物を事実上支配している状態をいい,当該文書を書庫等で保管し,又は倉庫業者等をして保管させている場合にも,当該文書を事実上支配(当該文書の作成,保存,閲覧・提供,移管・廃棄等の取扱いを判断する権限を有していること。なお,例えば,法律に基づく調査権限により関係人に対し帳簿書類を提出させこれを留め置く場合に,当該行政文書については返還することとなり,廃棄はできないなど,法令の定めにより取扱いを判断する権限について制限されることはあり得る。)していれば,「所持」に該当し,保有しているということができる。


(エ)主張立証責任について

a 解釈上不存在の場合の主張立証責任は行政主体が負う

開示請求対象とされた文書が,例えば個人的メモであって組織共用文書とは言えないなど,物理的には存在するが行政文書ではないために存在しないとされる場合,当該文書の作成経緯,保管状況,記載内容等について,開示請求者が主張立証することは困難であるから,物理的には存在するが解釈上不存在であることの主張立証責任は行政主体が負う(さいたま地判平成15年7月9日判例地方自治259号18頁など)。


b 物理的不存在の場合,開示請求者が過去のある時点における保有を主張立証すれば,不開示決定時に保有が失われたことの主張立証責任は行政主体が負う―東京地判平成22年4月9日の先例拘束性

開示請求対象文書が物理的不存在の場合の主張立証責任について,沖縄密約訴訟における東京地判平成22年4月9日判時2076号19頁は,以下のとおり判示する。

「当該行政文書が,当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして一定水準以上の管理体制下に置かれることを考慮すれば,原告である開示請求者において上記①(過去のある時点において,当該行政機関の職員が当該行政文書を職務上作成し,又は取得し,当該行政機関がそれを保有するに至ること-引用者注)を主張立証した場合には,上記②(その状態がその後も継続していること-引用者注)が事実上推認され,被告において,当該行政文書が上記不開示決定の時点までに廃棄,移管等されたことによってその保有が失われたことを主張立証しない限り,当該行政機関は上記不開示決定の時点においても当該行政文書を保有していたと推認されるものというべきである。」

この事例は,沖縄返還密約文書の公開請求に対する不開示決定時(2008年10月2日)の原処分(原文ママ。以下,下記(8)までにおいて同じ。)を争ったものであるが,その後の公文書管理法の制定・施行という憲法政策的展開においては,最判平成26年7月14日判時2242号51頁は事例判断としてのみ位置付けられ,前掲東京地判平成22年4月9日の判示する事実上の推認基準としての上記①及び②が公文書管理法4条以下の文書の作成保存義務に基づく推認として,これを否定する行政機関の合理的理由のない限り,行政文書の存在が事実上の推認として認められるものとして,先例拘束性を具備するものと解せられる。

多くの学説も,このような解釈を支持している(西口元「判批」判タ別冊32号(2011年)360頁は,「本判決の判断手法は,法律要件分類説に従い,民事訴訟における主張立証責任の処理に関する実務の大勢に従ったものであって,けっして目新しいものとはいえない」と評する。宇賀克也「判批」判評623号(2011年)2頁は,「『密約』に関する文書である以上,そもそも文書管理規程の下での管理外に置かれていた可能性があり,また,文書管理規程に基づく正規の手続によらずに,その秘匿状態を絶対的なものとする意図の下,既に廃棄されている可能性もある。しかし,そのような事情については被告が主張立証する必要がある」とする。三宅裕一郎「判批」法セミ672号(2010年)120頁は,裁判所が本件の目的を「民主主義国家における国民の知る権利の実現」と捉えていた点を高く評価する。)。


c 行政文書管理ガイドラインをふまえた内閣官房行政文書管理規則に基づく行政文書の存在の推定

そのような見解をもふまえて,いわゆる特定学校法人に係る財務省の土地売買交渉記録の廃棄問題などを契機として,2017年12月25日に改正された行政文書管理ガイドラインにおいて,「別表第1に掲げる事項に関する業務に係る政策立案や事務及び事業の実施の方針等に影響を及ぼす打合せ等(以下「打合せ等」という。)の記録については,文書を作成するものとする。」という規定が新たに設けられた(行政文書管理ガイドライン第3)。また,保存期間を定めるにあたっては,「歴史公文書等に該当しないものであっても,行政が適正かつ効率的に運営され,国民に説明する責務が全うされるよう,意思決定過程や事務及び事業の合理的な跡付けや検証に必要となる行政文書については,原則として1年以上の保存期間を定めるものとする。」とされ(同ガイドライン第4,3,(5)),さらに,念入りに,「通常は1年未満の保存期間を設定する類型の行政文書であっても,重要又は異例な事項に関する情報を含む場合など,合理的な跡付けや検証に必要となる行政文書については,1年以上の保存期間を設定するものとする。」ことが定められているのである(同第4,3,(7))(内閣府大臣官房公文書管理課職員らによる公文書管理研究会編『実務担当者のための逐条解説公文書管理法・施行令』(ぎょうせい,2019年)34,35,279頁)。加えて,留意事項として,上記「重要又は異例な事項」については,「ある業務については,通常とは異なる取扱いをした場合(例:通常専決処理される事務について,本来の決裁権者まで確認を求めた場合)等が想定されるものであり,そのような案件に係る情報を含む行政文書については,通常は1年未満の保存期間を設定する類型のものであっても,合理的な跡付けや検証に必要となるものについて,1年以上の保存期間を設定するものとする。」と定めているのである(上掲書283頁)。

そして,内閣官房の行政文書管理規則は,この行政文書管理ガイドラインを条項化しているのである。

それゆえ,公文書管理法4条,行政文書管理ガイドライン第3,第4,3,(5),(7),及び留意事項,これを条項化した内閣官房の行政文書管理規則に従えば,当然のことながら,「重要又は異例の取扱いに係る」本件任命拒否に係る行政文書は,内閣官房に存在することが推定されるというべきである。


(オ)本件不開示決定の違法性

a 組織的共用文書―「解釈上の不存在」はあり得ない

本件では,杉田官房副長官が9月24日付文書で「外すべき者」を指示したことが明らかであるから,「外すべき者」の実質的決定に杉田副長官が関与したことは疑いない。

上記の実質的決定が,杉田副長官単独でなされたものか,複数の者が参加する会議でなされたものかは明らかでない。前例のない重大な国家的意思決定であるから,通常であれば副長官単独の決定とは考えにくいが,本件任命拒否の特異性に鑑みるならば,単独で決定した可能性もある。

しかし,会議体で決定した場合はもちろんのこと,副長官単独で決定したとしても,「外すべき者」の指示は内閣府の決裁文書に直ちに反映された重大な意思決定である。従って,「外すべき者」の意思決定に至る過程で作成された文書やその資料とされた文書は,決して杉田副長官が個人の便宜のために作成又は取得したメモの類のものではなく,組織としての共用文書すなわち行政文書である。

そればかりか,杉田副長官には,「外すべき者」の意思決定に至る過程を合理的に跡付け,又は検証することができる文書を作成すべき義務がある(公文書管理法4条)。従って,こうした文書を作成することなく「外すべき者」を選んだのだとすれば,それ自体違法である。

従って,内閣官房においては,本件任命拒否の理由ないし根拠がわかる行政文書が少なくとも一度は作成又は取得されたと言うべきであり,「解釈上の不存在」はあり得ない。副長官補の不開示理由に「作成及び取得をしておらず」と記載されているが,その理由は「行政文書」の解釈に照らして成り立ち得ず,不開示決定は違法の可能性が高い。

仮に不開示決定を維持し,「解釈上の不存在」を理由とするのであれば,前述の主張立証責任論に基づき,どのような文書が存在し,それがなぜ「行政文書」に該当しないのか,国民に理解できるよう,具体的な理由を付記すべきである。


b 「物理的不存在」を理由とする場合

物理的不存在を理由とする場合には,元々何らの文書も作成取得していないのか,それとも解釈上行政文書というべき文書を一度は作成又は取得したことがあるが,廃棄,亡失,移管などにより保有していないのか等について,具体的に理由を付記すべきである。

繰り返し述べてきたとおり,「外すべき者」6名を選び出した杉田副長官が,何らの行政文書を一度も作成,取得,保有したことがないとは,およそ考えられない。前述した「保有するもの」の解釈のとおり,仮に手元に置いていなくても,当該文書の作成,保存,閲覧・提供,移管・廃棄等の取扱いを判断する権限を有することによって当該文書を事実上支配できる状態にあれば,「保有」は認められるのである。

そして,前述の主張立証責任論によれば,行政主体が一度は行政文書を作成又は取得したことを情報公開請求人(審査請求人)が主張立証すれば,行政主体が情報公開請求時にも保有を継続していることが推認され,保有していないことの立証責任は行政主体側に移る。

審査請求人は,杉田副長官が「外すべき者」を指示した9月24日付伝達記録により,副長官が本件任命拒否にかかる6名を選び出す判断をしたこと,従って,その意思決定過程に関わる行政文書を副長官が一度は作成又は取得して保有したことを主張立証したものである。さらなる立証が必要であれば,本意見書では触れなかったが,2020(令和2)年臨時国会(第203回国会)における菅内閣総理大臣及び加藤官房長官の答弁等により,杉田副長官が実質的決定をしたことの立証は容易である。

従って,内閣官房が物理的不存在を理由として不開示決定をするのであれば,その理由として,「保有を失った具体的理由」を提示すべきである。


(カ)小括

以上のとおり,内閣官房内閣総務官決定(閣総583号・584号・585号),内閣官房副長官補決定(閣副790号・791号・792号),内閣府大臣官房長決定(府人728号),内閣府日本学術会議事務局長決定(府日学972号-2・972号-3)は,処分庁の理由説明書における文書不存在の理由については,いずれも不開示理由の提示が著しく不十分であるため行政手続法8条1項及び情報公開法9条2項に反し違法であるから,本件不開示決定処分を取り消すことを求める。

情報公開・個人情報保護審査会は,処分庁における文書の存在を調査した上で,存在する行政文書について,情報公開法5条各号の不開示事由に該当しないこととして,当該行政文書を審査請求人に開示するよう再考を指示することを求めるべきである。

なお,上記各決定に対する各審査請求書の「結論」部分に記載したとおり,裁判所は釈明処分の特則として,「処分の理由を明らかにする資料であって当該行政庁が保有するものの全部又は一部の提出を求めること」等ができるから(行政事件訴訟法23条の2),処分庁における文書の存在の調査は,単なる口頭報告で処理されるのではなく,釈明処分が機能する程度までに調査報告書をもって同審査会に報告されることを求める。

(略)


オ 行個法に基づく保有個人情報開示請求における「不存在」の理由に対する反論

-内閣官房内閣総務官決定(閣総581・592~596号),内閣情報官決定(閣情491~496号),内閣官房副長官補決定(閣副777~782号)の違法性

(ア)処分庁の理由説明

処分庁は,任命を拒否された6名の本件審査請求に対し,理由説明書において,開示請求に係る保有個人情報について,「内閣官房は,文書を保有していないため,保有個人情報の不存在を理由とする不開示決定をした」と主張する。

しかし,以下のとおり,この主張は事実に反し,誤っている。


(イ)本件情報公開請求に対する内閣府の本件一部不開示決定が特定した行政文書に照らし,内閣官房には保有個人情報が不存在ということは考えられないこと

上記アで述べたとおり,本件情報公開請求に対する本件一部開示文書に照らすと内閣府日本学術会議事務局長から,内閣官房副長官に宛てて,4月2日付文書,6月1日付文書,8月31日付推薦書等が情報提供されて,これを前提として,9月24日付文書による「外すべき者」の指示がなされている。内閣府日本学術会議事務局と内閣官房副長官との間で行政文書が組織として共用されたことは明らかである。

この行政文書の組織共用の事実,さらに上記イ(エ)で述べた前掲東京地判平成22年4月9日の判示する行政文書の事実上の推認基準,及び上記イ(オ)で述べた文書の保存義務,とりわけ「重要又は異例な取り扱い」をした学術会識会員候補者の任命拒否の事実に照らして,行政文書ガイドラインとこれを条項化した内閣官房の行政文書管理規則に照らして,およそ,内閣官房に,行個法に基づく本人情報開示請求に係る6名の保有個人情報が不存在ということは,考えられない。

審査請求人は,上記イで主張した行政文書の存在に係る主張を,本件本人情報開示請求に係る保有個人情報が不存在ということは考えられないことの主張として,援用する。

審査会は,上記アの行政文書の組織共用の事実,及び上記ウの求釈明事項をふまえて,十分な,行政文書及びそこに散在するものも含む保有個人情報を調査されたい。

(略)


(3)意見書2

(略)


(4)意見書3

(略)


(5)意見書4

(略)


(6)意見書5

(略)


(7)意見書6

(略)


(8)意見書7

(略)

ア 杉田和博内閣官房副長官が判断したことは明白な事実

これまでの意見書でも繰り返し述べてきたことであるが,本件任命拒否の対象者6名を選び出し,「外すべき者」を内閣府に指示したのが杉田和博内閣官房副長官(当時。以下,(8)において「杉田副長官」という。)であることは,以下の事情から明白である。

第1に,「外すべき者(副長官から) R2,9,24」と記載された一部開示文書が存在することである(府人727-1・727-2の開示する行政文書(4))。

第2に,菅義偉内閣総理大臣(当時。以下,(8)において「菅内閣総理大臣」という。)が,国会答弁において,2020年9月16日の総理大臣に就任後,加藤勝信官房長官,杉田副長官に,学術会議についての自分の懸念を伝え,その後杉田副長官から99名にするという報告があり,99名を任命する旨を自分が判断し,それを杉田副長官を通じて内閣府に伝えたと,繰り返し説明していることである(同年11月4日衆・予算委30頁,同月5日参・予算委4頁)。

第3に,本件任命拒否以前の2015年頃から,学術会議会員の推薦名簿の作成過程において,「意見交換」,「調整」,「すりあわせ」などと呼ばれる官邸側から学術会議側に対する介入があり,補欠人事において複数名の候補者の提示を求めたり推薦順位を入れ替えるよう求めたりしたのが杉田副長官であったことも国会審議で明らかになっており(上記(4)エ(ア)参照),こうした事実も,本件任命拒否においても,実質的判断者が杉田副長官であったことを有力に裏付けるものである。


イ 「任命拒否根拠文書」がなかったはずはない

そして,杉田副長官が,学術会議から候補者として推薦された105名の中から,除外する6名を選び出すためには,すでに内閣府大臣官房長から開示されている(府人727-1・727-2)会員候補者の名簿や,年齢や所属や研究分野等を記載した簡易な略歴だけでは足りるはずがないことも明らかである。

では,それがいかなる形態・内容の情報・文書が想定されるか,以下,考察する。

(ア)105名の会員候補者1人1人に関する情報

第1に,個々の会員候補者の言動,行動,経歴,思想,信条等に関する多種多様な情報を集約した文書が想定される。

そして,その情報は,任命を拒否された6名だけの情報にとどまらず,105名全員の情報であったはずである。そうでなければ,105名の中から6名を選び出すことなど不可能だからである。

なお,上記(2)ア(イ)で述べたとおり,本来は平成17年内閣府令第93号のとおり,内閣総理大臣の任命の形式性を担保するため,学術会議が内閣府に提出する推薦書には,会員候補者の氏名以外,記載してはならないことになっている。しかし,日本学術会議事務局長は,2020年6月1日付の「日本学術会議25期改選の方向性について」と題する文書及びこれに添付された111名の名簿・略歴等(府日学972号-1で一部開示された行政文書(3))を,おそらくは同日,杉田副長官宛てに提出している。同文書の右肩に手書きで「2.6.1 14:10-30」と日時が書かれているのは,提出・面談の日時と思われる。こうした,氏名以外の候補者の情報を官邸に提出すること自体,それだけでも平成17年内閣府令第93号に表れた法の趣旨に反するものであるが,「任命拒否根拠文書」として想定される情報は,上記略歴の範囲を遥かに超える内容であるはずである。

推測するならば,杉田副長官は,2020年6月1日入手した候補者名簿や略歴を手がかりに,同年9月24日「外すべき者」を決定・伝達するまでの3か月以上,111名ないし105名の候補者各人の言動,行動,経歴,思想,信条等に関する多種多様な情報を徹底的に集約し,任命拒否「すべき」候補者の選別作業を行っていたのではないだろうか。

これら情報の提供元は不明である。内閣情報調査室の可能性もあり,私的な人脈を経て入手した情報の可能性も想定できる。

このように集約された情報は,必ず個々の会員候補者ごとに整理されたはずであり,それは資料も含め情報公開法2条2項の行政文書である。また,紙媒体に限らずメールや動画であっても行政文書である。


(イ)意思決定過程を記録する文書

第2に,「任命拒否根拠文書」として想定されるのは,上記のような情報を根拠として「外すべき者」6名を選び出した意思決定過程を記録する行政文書である。

公文書管理法4条は,「行政機関の職員は,・・・当該行政機関における経緯も含めた意思決定に至る過程並びに当該行政機関の事務及び事業の実績を合理的に跡付け,又は検証することができるよう,・・・文書を作成しなければならない」と定めている。つまり,杉田副長官あるいは内閣官房に所属する職員は,どのような根拠・理由により,日本学術会議から推薦された105名から任命しない6名を選んだのか,その「経緯も含めた意思決定過程」を記録する行政文書の作成義務が課せられている。

従って,こうした行政文書は必ず作成され,どこかに存在しなければならないはずである。


ウ 「任命拒否根拠文書」はどこが作成・取得したか

―不開示理由に「作成及び取得をしていない」の文言がない内閣総務官か

任命しない6名を選び出す作業をしたのが杉田副長官であることが明白である以上,「任命拒否根拠文書」は,少なくとも一度は内閣官房のどこかに保管されたことは間違いないと思われる。

ここで,情報公開請求に対する不開示決定の「不開示とした理由」を見ると,内閣官房副長官補は,「作成及び取得をしておらず保有していないため(不存在)」としている(閣総584号)のに対し,内閣総務官は,単に「保有していないため(不存在)」としている(閣副791号)。

すなわち,内閣総務官の不開示決定理由には,「作成及び取得をしていない」との文言がない。これは何を意味するのであろうか。内閣総務官がうっかり書き漏らしたとは考えにくい。

内閣官房組織令によると,内閣総務官室の事務には,公文書類の接受,発送及び保存に関することが含まれている(内閣官房組織令2条1項5号)。従って,内閣官房に所属する杉田副長官が任命を拒否する6名を選び出すために作成・取得した文書や,その意思形成過程を記録・作成した文書は,内閣総務官室が保管していた可能性が高い。

内閣官房内閣総務官は,これら文書を「作成又は取得」したことを否定できない立場にあったために,不開示決定理由も単に「保有していないため(不存在)」としたのではないだろうか。


エ 内閣官房(内閣総務官)から内閣府(大臣官房長)に移管された可能性

内閣官房内閣総務官及び内閣官房副長官補が,真実,「任命拒否根拠文書」を「保有していない」のかどうかはわからない。

しかし,内閣官房側の言い分として,それでは根拠文書が現在,どこにあるということになるのか,以下,決定書や理由説明書の文言を手がかりに検討する。

(ア)情報公開請求に対する内閣官房の対応

内閣総務官及び内閣官房副長官補は,不開示決定についての理由説明書において,全く同一の文章で,以下のとおり述べている(諮問494号・諮問497号)。

「日本学術会議会員任命に関する事務については,内閣府が担当していることから,内閣府において必要な文書が作成,保存されている。内閣官房は,文書は保有していないため,不存在を理由とする不開示決定をしたものであり,審査請求人の主張はそもそも事実誤認に基づくものである。」

つまり,「任命拒否根拠文書」が「不存在」であることの理由は,文書は担当の内閣府が「保存」するからだと言うのである。要するに,いったん内閣官房が作成・取得した公文書も,最終的には担当の内閣府に移すのだと言っているに等しい。

たしかに,日本学術会議は内閣府の「所轄」であり,内閣総理大臣が会員を任命するのは「内閣府」の長としてであって「内閣」の長としてではない。従って本来,会員の任命に「内閣官房」が関与することはないはずなのである。

加藤勝信官房長官も国会で,「今回の任命に係る経緯について,杉田副長官と内閣府でのやり取りを行った記録について,担当の内閣府において管理をしているというふうに承知をしております。」と答弁している(2020年11月5日参・予算委6頁)。

従って,少なくとも内閣官房の公式見解は,「任命拒否根拠文書」は最終的に担当の内閣府に移管し保管されているということになる。


(イ)自己情報開示請求に対する内閣官房の対応

任命拒否された6名の自己情報開示請求に対する決定及び決定理由も,内閣府への情報の移管を示唆する。

すなわち,内閣官房の3部署は全て一律に「保有していない」として全部不開示の決定をした上(閣総581・592~596号,閣情491~496号,閣副777~782号),理由説明書においても,3部署全て一律に,しかも情報公開請求の理由説明書と全く同一の文章で,以下のとおり述べている(諮問203・206・209・212・215・218号/諮問203・206・209・212・215・218号(原文ママ)/諮問205・208・211・214・217・220号)。

「日本学術会議会員任命に関する事務については,内閣府が担当していることから,内閣府において必要な文書が作成,保存されている。内閣官房は,文書は保有していないため,不存在を理由とする不開示決定をしたものであり,審査請求人の主張はそもそも事実誤認に基づくものである。」

情報公開請求の理由説明書とあわせ読むと,内閣官房の公式見解は,「文書は全て担当の内閣府が保管している」というものであることが,明白である。


オ 「任命拒否根拠文書」は内閣府にあるのか

それでは,「任命拒否根拠文書」は内閣府にあるのだろうか。内閣府において公文書類の接受,発送,編集及び保存に関する事務を扱うのは内閣府大臣官房であることから(内閣府本府組織令2条12号),内閣府大臣官房長の対応について,以下検討する。

(ア)情報公開請求に対する内閣府大臣官房長の対応

―「作成又は取得しておらず保有していない」

内閣府大臣官房長は,「外すべき者(副長官から) R2,9,24」と記載されその余は黒塗りの「伝達文書」などを一部開示したが,「任命拒否根拠文書」の開示請求に対しては,「作成又は取得しておらず保有していないため」との理由で全部不開示とした(府人728号)。

前述のとおり,「任命拒否根拠文書」がどこにも存在しないことは絶対にあり得ない。そして内閣官房の各部署が一律に,日本学術会議会員の任命に関する文書は担当の内閣府が作成保存していると表明していることが仮に真実だとすれば,内閣府大臣官房長の「保有していない」との理由が虚偽であるか,あるいは,「作成又は取得しておらず」が虚偽であって,作成又は取得はしたものの廃棄又は他に移管したか,いずれかということになる。


(イ)自己情報開示請求に対する内閣府の対応―存否応答拒否

これに対し,自己情報開示請求に対する内閣府大臣官房長の対応は,下記理由による存否応答拒否の決定であった(府人718・719-1~5号)。

「開示請求のあった保有個人情報は,その存否を答えること自体が,法第14条第7号ニにより不開示とされる公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれがある情報を開示することとなるため,当該保有個人情報があるともないともいえないが,仮にあるとしても,法第14条第7号ニにより不開示情報に該当する。」

上記理由に対する批判は上記(7)で詳しく論じたので,ここでは繰り返さない。ここでは,「当該保有個人情報があるともないともいえないが,低にあるとしても・・・」との言い回しは,「情報を保有している」と述べているに等しいことに着目したい。

自己情報開示請求において6名が開示を求めた個人情報は,「2020年の日本学術会議の任命にかかる自己に関して保有している一切の文書」であり,「任命拒否根拠文書」に限るものではないが,内閣府大臣官房長は,情報公開請求に対しては,任命拒否された6名の氏名が記載されていることが明らかな名簿類等の文書を開示しているのであるから,6名それぞれに関して保有している個人情報が「ない」はずはない。

それにもかかわらず,「当該保有個人情報があるともないともいえない」との決定をしたのは,本人に対してとても開示できないような個人情報を保有しているからではないのか。

それはまさに,「任命拒否根拠文書」なのではないだろうか。


(ウ)小括

以上により,内閣官房側の説明によるならば,「任命拒否根拠文書」は内閣府大臣官房に保有されている可能性が高いのであるから,内閣府大臣官房において徹底した探索を行うべきである。


カ 内閣官房内閣総務官が現在も保有し続けている可能性

―文書の移管,廃棄等を立証できなければ,保有が推認される

以上のとおり,内閣官房の3部署は,理由説明書において,揃って,「日本学術会議会員任命に関する事務については,内閣府が担当していることから,内閣府において必要な文書が作成,保存されている。」と述べているが,それだけでは,「任命拒否根拠文書」が内閣府に移管されたと考えることはできない。

なぜなら,杉田副長官が「外すべき者」6名を選び出した事実は絶対に動かすことができないので,ある時期,内閣官房に「任命拒否根拠文書」が存在した事実は既に証明されているが,それが「存在していない」事実は何ら具体的に明らかになっていないからである。

このような場合,内閣官房側(特に内閣総務官)が,理由説明書のとおり「任命拒否根拠文書」を内閣府に移管したり,あるいは他の部署に移管したり廃棄するなどして保有を失ったことを具体的に立証しない限り,内閣官房が「任命拒否根拠文書」を保有している状態が現在も継続していることが事実上推認される。これは沖縄密約に関する東京地判平成22年4月9日において判示された考え方であるが,上記判決後の2011(平成23)年1月1日施行された公文書管理法では,同法5条1項により内閣総務官は取得した文書について名称・保存期間・保存期間満了日を設定しなければならず,また廃棄する場合は同法8条2項に基づいて廃棄の手続をとらなければならないと定められているから,これらの規定に基づいて文書管理の移管や廃棄が明らかになっていない限り,いったん取得した文書は存在していることになる。

従って,内閣官房内閣総務官(内閣官房副長官補,内閣情報官も同様)は,どのような文書を,いつ,内閣府のどの部署に移したのかを,明確に主張立証しなければならず,それができない以上,「保有していない」,「不存在」との理由は虚偽と言わざるを得ないから,全部開示決定は違法であり,取り消されなければならない。

思うに,情報公開請求に対して内閣府大臣官房長から一部開示された候補者名簿などの行政文書(府人727-1・727-2)も,やはり杉田副長官の手元に一度は行ったはずである。しかし,それはどこかの時点で内閣府に戻って保管されているからこそ,内閣府大臣官房長から一部開示されている。そして,これらの行政文書については,いつ内閣府に戻したのか,おそらく容易に立証できるはずである。

だとすれば,「任命拒否根拠文書」を真実,内閣府に移したのであれば,その立証も容易であろう。

上記立証あるいは廃棄したとの立証ができない限り,「任命拒否根拠文書」は現在も内閣官房内閣総務官が保有しているというべきである。

実際,内閣府大臣官房長は,「任命拒否根拠文書」の情報公開請求に対し,文書不存在を理由に全部不開示決定を出している(府人728号)。前述のとおり,これは虚偽である可能性もあるが,虚偽と決めつけることもできない。内閣官房の,「内閣府において必要な文書が作成,保存されている。」との理由説明の方が虚偽である可能性も十分にある。

これは単なる立証責任の問題ではなく,取得・作成したことが明白な杉田副長官の属していた内閣官房が,いまだに「任命拒否根拠文書」をどこかに隠し持っている可能性が事実として否定できないという問題である。

従って,内閣官房についても,徹底した探索がなされるべきである。

なお,仮に杉田副長官が,内閣総務官・内閣官房副長官補・内閣情報官のいずれも経由しない情報・文書に基づいて本件任命拒否の6名を選び出す判断をしたというのであれば,そのことが明確に説明されるべきである。


キ 解釈上の不存在

これまで,「任命拒否根拠文書」がどこにあるかという問題について,各処分庁が不開示決定の理由として挙げる「不存在」につき,物理的な不存在を念頭に置いて論じてきたが,各処分庁が理由とする「不存在」の中には,誤った解釈による「不存在」が混入している可能性があることにも留意されるべきである。

上記(2)において詳しく述べたところであるが,仮に「外すべき者」6名の選出が杉田副長官の単独の作業・判断であったとしても,国家機関である日本学術会議会員の任命において,これまで歴史的に一度もなされたことのなかった内閣総理大臣による任命拒否という政治的に重大な判断を行った以上,仮に杉田副長官が単独で作った手書きのメモのようなものであっても,それは「組織的共用文書」であり,情報公開の対象となる行政文書である。

また,法文上当然のことであるが,「紙」ベースのものでなくても,パソコン内のファイルやメール等に記載されたものも行政文書である。

こうした点にも留意して,探索を徹底すべきである。


ク 結論―各処分の違法性

本意見書で取り上げた,保有していないことを理由とする全部不開示決定(情報公開請求に対するもの9件,自己情報開示請求に対するもの18件)は,いずれも不開示理由の提示が著しく不十分である。

とりわけ,情報公開請求に対する内閣官房内閣総務官および自己情報開示請求に対する内閣官房の3部署は,「保有していないため(不存在)」としか理由を示していないが,杉田副長官が所属する内閣官房が「任命拒否根拠文書」を一度は保有したことは明白な事実なのであるから,保有していないのだとすれば,なぜ保有していないのか,どんな文書を,いつ,どこに移管したのか,あるいは廃棄したのか,具体的に説明すべきであり,それができない以上,不開示決定は行政手続法8条違反により違法であり,また「保有していない」・「不存在」との理由は虚偽であるため違法であるとして,取り消されるべきである。


ケ 最後に

1162名の情報公開請求人及び任命拒否をされた6名の個人情報開示請求人,そして本件任命拒否に抗議する多数の国民・市民が共通して抱くのは,理由を一切明らかにしないまま断行された本件任命拒否に対する憤りである。

従って,情報公開請求及び自己情報開示請求の最大の目的は,「任命拒否根拠文書」を開示させることであり,そのことによって本件任命拒否に果たして「正当性」があったのかどうかを,国民的に検証する機会を持つことである。

しかるに,「任命拒否根拠文書」については,開示請求をした全ての行政機関が,保有していないことを理由に全部不開示の決定をした。繰り返し述べてきたとおり,杉田副長官が本件任命拒否の判断をしたことは国会で政府側答弁によっても明らかにされた明白な事実であり,「任命拒否根拠文書」がこれまでに一度も,どこにも存在しなかったことは絶対にあり得ない。

従って,情報公開・個人情報保護審査会は,本件答申を出す前提として,各処分庁を徹底して探索していただきたい。また,文書不存在の具体的理由が不明なままの全部不開示決定は,違法なものとして取消すべきであるとの答申を出していただきたい。

その結果,それでも「任命拒否根拠文書」が開示されなかった場合,重要な行政文書が違法に隠匿又は廃棄されたか,あるいは,何らの行政文書も作成せず,杉田副長官の頭の中だけで独断で本件任命拒否の方針が決められたか,いずれかということになる。

そのいずれであっても,それは本件任命拒否の重大な違法性を決定づけることとなる。その場合,国家賠償請求訴訟も視野に入ってくることとなろう。


第3  諮問庁の説明の要旨

1 本件各審査請求の趣旨及び理由について

(1)審査請求の趣旨

本件は,審査請求人が行った各開示請求に対して,処分庁において原処分を行ったところ,審査請求人から,原処分の取消しを求める審査請求が提起されたものである。


(2)審査請求の理由

ア 原処分1

審査請求書に記載された本件審査請求の理由は,おおむね上記第2の2(1)ウ及びエのとおりである。


イ 原処分2及び原処分3

各審査請求書に記載された本件各審査請求の理由は,おおむね上記第2の2(1)ウのとおりである。


2 本件対象文書及び原処分について

処分庁においては,本件対象文書の本件各開示請求に対し,該当する行政文書を保有していないため,不開示とする原処分を行った。


3 原処分の妥当性について

(1)原処分1

審査請求人は,当該文書が「行政文書」として存在しないという「解釈上の不存在」なのか,文書として「物理的な不存在」なのかが判別できないため,原処分1は,法9条2項及び行政手続法8条1項に違反すると主張する。

しかし,審査請求人に対しては,「行政文書不開示決定通知書」で上記第2の2(1)イ(ア)のとおり明確に回答しており,法に基づき開示請求を行うことができるのは,行政機関が保有する行政文書であることから,当該理由は,十分かつ適法なものと考えている。また,処分庁1においては,原処分1を行うに当たり,対象文書に相当すると考えられる文書の探索を行っており,さらに本審査請求を受けて改めて執務室内を探索したが,本件対象文書1に相当すると考えられる行政文書を保有しているとは認められなかった。


(2)原処分2及び原処分3

審査請求人は,当該各文書が「行政文書」として存在しないという「解釈上の不存在」なのか,文書として「物理的な不存在」なのかが判別できないため,原処分2及び原処分3は,法9条2項及び行政手続法8条1項に違反すると主張するが,法に基づき開示請求を行うことができるのは,行政機関が保有する行政文書であることから,原処分2及び原処分3においては,「開示請求に係る行政文書」について,処分庁2においては,作成も取得もしておらず,保有していないことを理由として記載したものであって,当該理由の記載は,十分かつ適法なものと考えている。

なお,日本学術会議会員の任命に関する事務については,内閣府本府組織令(平成12年政令第245号)2条7号の規定に基づき大臣官房が所掌しており,処分庁2においては,会員任命事務に係る文書を作成,取得することはなく,請求に係る行政文書である本件対象文書2及び本件対象文書3についても保有していない。処分庁2においては,原処分2及び原処分3を行うに当たり,念のため対象文書に相当すると考えられる文書の探索を行っており,さらに本審査請求を受けて改めて事務局の執務室内を探索したが,本件対象文書2及び本件対象文書3に相当すると考えられる行政文書を保有しているとは認められなかった。


4 結論

以上のとおり,原処分は妥当であり,審査請求人の主張には理由がないことから,本件各審査請求は,これを棄却することが適当であると考える。


第4  調査審議の経過

当審査会は,本件各諮問事件について,以下のとおり,併合し,調査審議を行った。

① 令和3年11月18日   諮問の受理(令和3年(行情)諮問第503号,同第505号及び同第506号)

② 同日           諮問庁から理由説明書を収受(同上)

③ 同年12月23日     審査請求人から意見書1及び資料を収受(同上)

④ 令和4年4月28日    審査請求人から意見書2及び資料を収受(同上)

⑤ 同年8月25日      審査請求人から意見書3及び資料並びに意見書4を収受(同上)

⑥ 同年9月8日       審査請求人から意見書5及び資料を収受(同上)

⑦ 同年11月21日     審査請求人から意見書6を収受(同上)

⑧ 同年12月8日      審査請求人から意見書7を収受(同上)

⑨ 令和5年4月17日    審議(同上)

⑩ 同年5月31日      審議(同上)

⑪ 同年6月19日      審議(同上)

⑫ 同月28日        審議(同上)

⑬ 同年7月13日      審議(同上)

⑭ 同年8月2日       令和3年(行情)諮問第503号,同第505号及び同第506号の併合並びに審議


第5  審査会の判断の理由

1 本件対象文書について

本件各開示請求は,本件対象文書の開示を求めるものであり,処分庁は,これを保有していないとして不開示とする原処分を行った。

これに対し,審査請求人は,任命拒否された者が分かる文書や選び出す根拠となった文書を保有していないことはあり得ない等と主張し,原処分の取消しを求めているところ,諮問庁は,原処分を妥当としていることから,以下,本件対象文書の保有の有無について検討する。


2 本件対象文書の保有の有無について

(1)当審査会において,諮問庁から内閣府本府行政文書管理規則(以下「文書管理規則」という。)の提示を受けて確認したところ,以下のとおりであると認められる。

ア 文書管理規則11条は,「職員は,文書管理者の指示に従い,法(当審査会注:公文書等の管理に関する法律を指す。)第4条の規定に基づき,法第1条の目的の達成に資するため,本府における経緯も含めた意思決定に至る過程並びに本府の事務及び事業の実績を合理的に跡付け,又は検証することができるよう,処理に係る事案が軽微なものである場合を除き,文書を作成しなければならない。」と規定している。


イ 文書管理規則12条2項は,「前条の文書主義の原則に基づき,本府内部の打合せや本府外部の者との折衝等を含め,別表第1に掲げる事項に関する業務に係る政策立案や事務及び事業の実施の方針等に影響を及ぼす打合せ等(以下「打合せ等」という。)の記録については,文書を作成するものとする。」と規定している。


ウ 文書管理規則16条5項は,「第1項の保存期間表及び第3項の保存期間の設定においては,歴史公文書等に該当しないものであっても,行政が適正かつ効率的に運営され,国民に説明する責務が全うされるよう,意思決定過程や事務及び事業の実績の合理的な跡付けや検証に必要となる行政文書については,原則として1年以上の保存期間を定めるものとする。」と規定している。

文書管理規則16条7項は,「第3項の保存期間の設定においては,通常は1年未満の保存期間を設定する類型の行政文書であっても,重要又は異例な事項に関する情報を含む場合など,合理的な跡付けや検証に必要となる行政文書については,1年以上の保存期間を設定するものとする。」と規定している。


(2)令和2年10月1日付けの日本学術会議会員の任命(以下「令和2年任命」という。)について,当審査会において国会会議録を確認したところ,以下の答弁の存在が認められる。

ア 内閣総理大臣(以下「総理」という。)が,内閣官房長官(以下「官房長官」という。)及び内閣官房副長官(以下「副長官」といい,官房長官と併せて「官房長官等」という。)に対して懸念を伝え,副長官が総理に相談を行い,総理が任命権者として判断し,その判断を副長官が内閣府に伝達した旨の答弁。


イ 令和2年任命は,総合的,俯瞰的な活動や多様性の観点を念頭に,また,日本学術会議の設置目的等を踏まえて,総理が判断した旨の答弁。


ウ 日本学術会議による会員候補者の推薦前に,事務局を介して,日本学術会議会長と任命権者との間で意見交換が行われた旨の答弁。


エ 日本学術会議事務局において,令和2年任命の結果に関する連絡を内閣府から受け,また,当該結果に関する連絡を日本学術会議会長等に対して行ったとみられる内容の答弁。


オ 日本学術会議から総理に推薦された会員候補者が任命されないという例は,令和2年任命までなかった旨の答弁。


カ 日本学術会議から推薦された会員候補者がそのまま任命されてきた前例を踏襲していいのかどうか悩みに悩んだ旨の総理答弁。


(3)上記(2)の各答弁も踏まえ,令和2年任命に関する事務の位置付け及び経緯等について,当審査会事務局職員をして諮問庁に確認させたところ,以下のとおり説明する。

ア 日本学術会議会員(以下「会員」という。)は,その候補者を日本学術会議が推薦し,当該推薦に基づいて総理が任命するものである(日本学術会議法7条2項及び17条)。

日本学術会議は,内閣府に置かれた特別の機関(内閣府設置法40条3項)であって,その構成員である会員の任命は,内閣府の長たる総理が行うものであり,当該任命に関する事務は,「内閣府の職員の任免」に関することとして内閣府大臣官房人事課(以下「内閣府人事課」という。)が所掌している(内閣府本府組織令2条7号及び12条1号)。

日本学術会議事務局は,日本学術会議法16条1項に基づき,日本学術会議に関する事務を処理させるために日本学術会議に設置された事務局であり,その所掌事務には,日本学術会議が行う会員の選考に関する事務及び人事に関する事務が含まれる(日本学術会議事務局組織規則4条12号及び5条4号)が,これらは,具体的には,会員等に対する会員候補者の推薦依頼及び推薦の取りまとめ,会員候補者の選考から総理への推薦決定までの手続,会員候補者の総理への推薦並びに会員任命後の委員会委員の会長による委嘱に関する手続等の事務であり,総理が行う会員の任命に関する事務(以下「会員任命事務」という。)は所掌していない。


イ 令和2年任命に係る事務の経緯としては,日本学術会議が,会員候補者について,現会員・現連携会員からの推薦及び協力学術研究団体からの情報提供を踏まえ,日本学術会議選考委員会(選考分科会を含む。)において選考を行い,日本学術会議総会の議を経て,会長が総理に会員の任命を求め,また,日本学術会議事務局から,推薦前に,上記(2)ウの意見交換において,任命権者側に,会員改選に向けた状況等を説明している。そして,菅総理が,官房長官であった当時から,杉田副長官に日本学術会議に関する懸念点を伝えて,また,令和2年9月16日に総理に就任した後も,杉田副長官に当該懸念点を改めて伝え,その後,杉田副長官が菅総理に相談をし,同月24日に内閣府において決裁文書が起案されるまでの間に,杉田副長官から,会員の任命に係る菅総理の判断が内閣府に伝えられている。


ウ 処分庁1は,本件各開示請求と同一の開示請求者が行った別件諮問事件(令和3年(行情)諮問第501号(以下「諮問第501号」という。)及び同第502号(以下「諮問第502号」という。))に係る各開示請求に対して,令和2年任命に係る意思決定過程において政府内での説明に用いられた資料や杉田副長官から伝達された内容を記録した文書等を特定したが,それらの特定した文書以外には,令和2年任命に関する文書を作成又は取得しておらず,本件対象文書1に相当する文書は保有していない。


エ 処分庁2は,本件各開示請求と同一の開示請求者が行った別件諮問事件(令和3年(行情)諮問第504号(以下「諮問第504号」という。))に係る開示請求に対して,上記(2)ウの意見交換において説明に用いられた資料や任命権者側から伝達された内容を記録した文書等を特定したが,それらは,令和2年任命に向けた会員候補者の推薦に係るものであり,本件対象文書2及び本件対象文書3に相当する文書を作成又は取得しておらず,保有していない。


オ 本件各開示請求及び本件各審査請求を受けて,処分庁1において,内閣府人事課の執務室内及び書棚並びに共有フォルダ全体及びメールの探索を行い,処分庁2において,日本学術会議事務局企画課及び管理課の執務室内及び書棚,書庫並びに共有フォルダ全体及びメールの探索を行ったが,本件対象文書に相当する文書の存在は確認されなかった。


(4)当審査会において,上記(3)アの各法令の規定を確認したところ,その内容は諮問庁の説明に符合するものであり,内閣府大臣官房は会員任命事務を所掌している旨及び日本学術会議事務局は当該事務を所掌していない旨の諮問庁の説明は,是認できる。


(5)当審査会において,諮問第501号及び諮問第502号に係る諮問書の添付資料を確認したところ,当該各諮問事件に係る開示請求に対して処分庁1が特定した上記(3)ウの伝達記録等の文書には,任命されなかった会員候補者の氏名等が記載されていることが認められる。また,当該各諮問事件に係る諮問庁の説明によれば,当該伝達記録は,令和2年任命に係る意思決定過程において,任命権者である総理の判断が副長官により内閣府に伝達された時にその内容を記録したものである。

これに加え,会員任命事務の所掌の観点からは,一部の会員候補者を任命しないこと及びその根拠・理由について,内閣府の職員が検討や打合せ等を行ったものと考えられるから,その経緯における文書や打合せ等の記録の文書が,作成・取得され得るものと考えられる。

そこで,令和2年任命において一部の会員候補者を任命しなかった根拠・理由,並びに内閣府大臣官房における本件対象文書1の作成・取得及び保有の有無等について,当審査会事務局職員をして諮問庁に確認させたところ,以下のとおり説明する。

ア 日本学術会議による推薦のとおりに任命しないことが許容される場合については,憲法15条1項において公務員の選定が国民固有の権利であるとされていることからすれば,任命権者である総理において,当該推薦を十分に尊重しつつも,当該任命が国民に対して責任を負えるものでなければならないという観点から,日本学術会議の設置目的や職務等に照らして判断されるべきものと考えている。具体的にどのような場合に許容されるかについては,任命権者たる総理が国民に対する責任において個別に判断すべき人事に関する事項であって,事柄の性質上,明確に説明することは困難である。

また,令和2年任命における個々人の任命の理由については,人事に関することであるため,説明できないが,日本学術会議に総合的,俯瞰的観点からの活動を進めていただけるようにするという観点から,適切に判断したものである。


イ 令和2年任命において,一部の会員候補者を任命しなかった根拠・理由は上記アのとおりであるが,一部の会員候補者を任命しないこととした判断は,任命権者たる総理が行ったものである。

内閣府大臣官房は,上記(3)ウの伝達記録のとおり総理の判断の伝達を受けた立場であって,任命しないこととする会員候補者を自ら選出したものではなく,一部の会員候補者を任命しないこと及びその根拠・理由について検討や打合せ等を行っていないため,その経緯における文書や打合せ等の記録の文書は作成又は取得しておらず,保有していない。


ウ なお,内閣府が,上記(3)ウの伝達記録に係る伝達を受けた際,当該記録の内容以外に説明があったか否かが分かる記録はない。また,内閣府大臣官房は,日本学術会議事務局が保有する上記(3)エの伝達記録に相当する文書は保有しておらず,取得した記録もない。

また,令和2年任命以降,本件開示請求までの間に,一部の会員候補者を任命しなかった根拠・理由について,内閣官房(副長官等を含む。)から説明を受けたか否かが分かる記録はない。


エ したがって,内閣府大臣官房において,本件対象文書1を作成・取得しておらず,保有していない。


(6)当審査会において諮問第504号に係る諮問書の添付資料を確認したところ,当該諮問事件に係る開示請求に対して,処分庁2が,上記(3)エのとおり,上記(2)ウの意見交換に係る文書を特定していると認められる。

これに加え,上記(2)エの国会答弁を踏まえると,日本学術会議事務局は,会員任命事務を所掌していないとしても,意見交換等の機会を通じて,一部の会員候補者を任命しない(しなかった)根拠・理由について,内閣府又は内閣官房から説明を受け,その記録について文書を作成又は取得する可能性もあり得るところ,処分庁2において,当該文書を保有している場合は,本件対象文書2に該当するものとして特定し得たとも考えられる。

また,諮問第502号及び諮問第504号に係る諮問書の添付資料及び諮問庁の説明によれば,本件対象文書3と同一文言の開示請求に対して処分庁1が特定した文書には,令和2年8月31日に日本学術会議事務局から内閣府人事課に提出された,同日付けの「日本学術会議会員候補者推薦書(105名)」(以下「本件推薦書」という。)及びこれに添付されて提出された,「第25-26期 会員候補者名簿(案)-105名-」と題する資料(以下「本件名簿案」という。)が含まれていること,原処分3に係る開示請求と同日に受付がなされた諮問第504号に係る開示請求に対して処分庁2が特定した文書には,本件推薦書の写し及び本件名簿案が含まれていることが認められるから,処分庁2において,これらを本件対象文書3に該当するものとして特定し得たとも考えられる。

さらに,諮問第501号に係る諮問書の添付資料によれば,当該諮問事件に係る開示請求に対して処分庁1が特定した文書には,第25-26期会員への就任を承諾する旨の99枚の承諾書が含まれているところ,任命されなかった会員候補者に係る承諾書を日本学術会議事務局が保有している場合,処分庁2において,本件対象文書3に該当するものとして特定し得たとも考えられる。

以上の観点から,日本学術会議事務局における本件対象文書2及び本件対象文書3の作成・取得及び保有の有無等について,当審査会事務局職員をして諮問庁に更に確認させたところ,以下のとおり説明する。

ア 日本学術会議事務局は,会員任命事務を所掌しておらず,また,一部の会員候補者を任命しない(しなかった)根拠・理由について,本件各開示請求までの間に,内閣官房(副長官等を含む。)又は内閣府大臣官房から説明を受けていない。


イ 上記(2)ウの意見交換については,上記(3)エのとおり,会員候補者の推薦に係る文書は保有しており,諮問第504号に係る開示請求に対して特定したものの,本件対象文書2及び本件対象文書3に相当する文書を作成又は取得しておらず,保有していない。

なお,日本学術会議事務局が,上記(3)エの伝達を受けた際,当該伝達された内容を記録した文書の内容以外に説明があったか否かが分かる記録はない。


ウ 上記(2)エの連絡については,いずれも,任命権者たる総理が決定した,会員の任命に係る事実関係を伝達するものであり,会員候補者の推薦に関する日本学術会議事務局の意思決定過程又は事務・事業の実績の合理的な跡付け・検証に必要とはいえず,文書管理規則11条及び12条2項により文書を作成する義務の対象とはならないものと考え,また,他に文書を作成すべき事情もなかったことから,当該連絡について記録した文書を作成・取得しておらず,保有していない。


エ 日本学術会議が保有する推薦書等の文書は,結果的に任命された者と任命されなかった者が一体として記載されているだけであり,本件対象文書3には該当しないものと考える。


オ 承諾書は,当初,日本学術会議事務局が会員候補者から取得したものであり,諮問第501号に係る開示請求に対して処分庁1が特定した99枚(原本)は,会員の任命に際し,日本学術会議事務局から内閣府大臣官房が取得し,保有している。

その他の承諾書(原本)については,その保有の有無を答えること自体によって,令和2年任命に係る事務の具体的な過程の一部が明らかとなり,法5条6号ニにより不開示とされる公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれがある情報を開示することとなるため,当該承諾書を保有しているともいないともいえないが,仮に保有しているとしても,当該承諾書を見ただけでは,総理が任命しなかった者は分からないため,本件対象文書3には該当しないものと考える。


カ 以上のとおり,日本学術会議事務局において,本件対象文書2及び本件対象文書3は作成・取得しておらず,保有していない。


(7)以下,検討する。

ア 内閣府大臣官房における本件対象文書1の保有の有無について

(ア)諮問庁は,上記(5)イのとおり,令和2年任命において,一部の会員候補者を任命しないこととした判断は総理が行ったものであり,内閣府大臣官房は,任命しないこととする会員候補者を自ら選出したものではなく,一部の会員候補者を任命しないこと及びその根拠・理由について検討や打合せ等を行っていない旨説明する。

当該説明は,事務の所掌の観点からは,一般的には想定し難いものの,日本学術会議から総理に推薦された会員候補者が任命されなかった前例はなく,総理自身が悩みに悩んだとする上記(2)オ及びカの答弁,並びに,上記(2)アの答弁及び上記(3)イの諮問庁の説明で示された経緯等に照らせば,一部の会員候補者を任命しないこと及びその根拠・理由について,事務方である内閣府大臣官房において検討や打合せ等が行われなかったとしても,それが令和2年任命における特段の事情としてあり得ないこととまではいえない上,諮問庁の説明を覆すに足る事情も認められない中で,これを否定することまではできず,是認せざるを得ない。また,上記(5)ウの諮問庁の説明を覆すに足る事情も認められず,これを否定することまではできない。


(イ)そうすると,任命しない会員候補者を自ら選出していない内閣府大臣官房において,当該会員候補者を任命しない根拠・理由を記載した文書を作成したとは想定し難く,また,任命しない会員候補者の伝達について,伝達を受けた内閣府において氏名等の記録が作成されていることに鑑みれば,当該会員候補者を任命しない根拠・理由については別途文書が提供されて内閣府大臣官房が取得したとも想定し難く,以上のように文書を作成・取得したと認めるべき事情も認められない。

さらに,処分庁1における探索の範囲等(上記(3)オ)も不十分とはいえず,内閣府大臣官房において,本件対象文書1に該当する文書を保有していないとする諮問庁の説明を覆すに足る事情も認められない。


(ウ)したがって,内閣府大臣官房において,本件対象文書1を保有しているとは認められない。


イ 日本学術会議事務局における本件対象文書2の保有の有無について

(ア)当審査会において,上記(2)ア及びウの各答弁と併せて,日本学術会議会則の規定及び日本学術会議ウェブサイトに掲載された会員候補者の推薦に関する資料等を確認したところ,上記(3)イの諮問庁の説明に不自然,不合理な点は認められない。

したがって,日本学術会議事務局は,会員任命事務を所掌しておらず,令和2年任命に係る事務の経緯においても,会員候補者を選考し総理に推薦するまでの事務を担っていたと認められる一方,会員任命事務を担っていたとは認められない。


(イ)当審査会において日本学術会議のウェブサイトに掲載された会長談話(令和3年9月30日付け)を確認したところ,日本学術会議が,総理宛ての要望書等において,推薦した会員候補者を任命しなかった理由について説明を求めてきたものの,説明されない状況が続いている旨の記載が認められる。

この点及び上記(ア)を踏まえると,日本学術会議事務局は,一部の会員候補者を任命しない(しなかった)根拠・理由について,本件各開示請求までの間に,内閣官房(副長官等を含む。)又は内閣府大臣官房から説明を受けていない旨の上記(6)アの諮問庁の説明に不自然,不合理な点は認められず,これを覆すに足る事情も認められない。


(ウ)当審査会において,諮問第504号に係る開示請求に対して処分庁2が特定した文書等を確認したところ,それらは令和2年任命に向けた会員候補者の推薦に係るものであるとする上記(3)エ及び(6)イの諮問庁の説明に不自然,不合理な点は認められない。また,日本学術会議事務局が,上記(3)エの伝達を受けた際,当該伝達された内容を記録した文書の内容以外に説明があったか否かが分かる記録はない旨の上記(6)イの諮問庁の説明も,これを覆すに足る事情は認められず,当該説明を否定することまではできない。


(エ)以上を踏まえると,日本学術会議事務局は,一部の会員候補者を任命しなかった根拠・理由が分かる文書である本件対象文書2に相当する文書を作成・取得しておらず,保有していないとする上記第3の3(2)及び上記(3)エの諮問庁の説明は,これを否定することまではできない。


(オ)さらに,処分庁2における探索の範囲等(上記(3)オ)も不十分とはいえず,日本学術会議事務局において,本件対象文書2に該当する文書を保有していないとする諮問庁の説明を覆すに足る事情も認められない。


(カ)したがって,日本学術会議事務局において,本件対象文書2を保有しているとは認められない。


ウ 日本学術会議事務局における本件対象文書3の保有の有無について

(ア)上記(6)のとおり,原処分3に係る開示請求と同日に受付がなされた諮問第504号に係る開示請求に対して処分庁2が特定した文書には,本件推薦書の写し及び本件名簿案が含まれている。

これに対し,諮問庁は,上記(6)エのとおり,日本学術会議事務局が保有する推薦書等の文書は,結果的に任命された者と任命されなかった者が一体として記載されているだけであり,本件対象文書3には該当しない旨説明する。


(イ)当審査会において,日本学術会議ウェブサイトを確認したところ,会員の氏名や任期満了年等が記載された,令和2年10月1日現在の会員名簿が公表されていることが認められる。

確かに,本件推薦書の写し及び本件名簿案自体には,じ後に総理に任命された会員候補者か否かを明示した記載はないものの,日本学術会議が別途自ら公表している会員名簿と照合することが容易な状態にあり,かつ,それにより,令和2年任命において総理に任命されなかった会員候補者が分かるから,このような事情の下にあっては,日本学術会議事務局が保有する本件推薦書の写し及び本件名簿案は,令和2年に日本学術会議が推薦した会員候補者のうち,総理が任命しなかった者が分かる文書であるといえ,本件対象文書3に該当するものであると認められる。


(ウ)したがって,日本学術会議事務局において,本件対象文書3に該当する文書として,少なくとも,本件推薦書の写し(別紙の1)及び本件名簿案(別紙の2)に掲げる文書を保有していると認められるので,これを特定し,調査の上,更に本件対象文書3に該当するものがあれば,これを特定し,改めて開示決定等をすべきである。


3 審査請求人のその他の主張について

(1)審査請求人は,文書の不存在を理由とする不開示決定に際しては,「解釈上の不存在」と「物埋的不存在」のいずれかを明確にする形で理由を付記する必要がある旨主張するが,原処分に係る各不開示決定通知書の「2 不開示とした理由」欄には,上記第2の2(1)イのとおり記載されており,理由付記に不備があるとは認められず,審査請求人の主張は採用できない。


(2)審査請求人のその他の主張は,当審査会の上記判断を左右するものではない。


4 付言

公文書管理法は,その目的に「行政が適正かつ効率的に運営されるようにするとともに,国及び独立行政法人等の有するその諸活動を現在及び将来の国民に説明する責務が全うされるようにすること」を定め(1条),「第1条の目的の達成に資するため,当該行政機関における経緯も含めた意思決定に至る過程並びに当該行政機関の事務及び事業の実績を合理的に跡付け,又は検証することができるよう」文書を作成しなければならない旨の文書主義の原則(4条本文)を定めるとともに,文書を作成すべき事項として,「職員の人事に関する事項」(同条5号)を例示している。

また,公文書管理法の規定に基づき,内閣府本府における行政文書の管理について必要な事項を定めた文書管理規則も,文書主義の原則(11条)を定めるとともに,公文書管理法4条の趣旨を徹底する観点から,「政策立案や事務及び事業の実施の方針等に影響を及ぼす打合せ等」の記録について,文書を作成するものと定めている(12条2項)。

審査請求人は,日本学術会議の推薦どおりに会員候補者を任命しない理由・根拠が明らかにされなければならない旨主張するところ,内閣府大臣官房は,本件対象文書1を保有していないとしている。

会員は,優れた研究又は業績がある科学者のうちからその候補者を日本学術会議が選考して総理に推薦し,当該推薦に基づいて総理が任命することとされており(日本学術会議法7条2項及び17条),当該選考の手続においては,会員候補者の名簿に基づき,最高議決機関である総会の承認を得ることとされている(日本学術会議会則8条3項)。

このように,会員の任命行為の前提として,法律上,日本学術会議による会員候補者の選考・推薦行為が定められており,総理に推薦された会員候補者は,その時点で行政機関による一次的な意思決定を経ていることとなる。そして,そのような会員候補者を任命しないという判断は,任命の対象者を,法律上の要件に基づき行政機関である日本学術会議の意思決定を経て行われた推薦とは異なるものとする内容及び性質のものである上,過去に例はなく,総理自身が悩みに悩んだということも踏まえれば,このような判断に至る過程で,その判断の具体的な根拠等について,長たる総理を含めた内閣府の職員による何らかの説明・伝達等(以下「本件打合せ等」という。)が行われたものと想定される。

そして,諮問庁の説明のとおり,内閣府大臣官房において,一部の会員候補者を任命しないこと及びその根拠等について検討や打合せ等を行っていなかったのであれば,本件打合せ等は,内閣府のより上位の過程で行われ,それにより会員任命事務の実施の方針等について修正が生じたものといえるから,その内容及び性質に鑑みれば,会員任命事務の「実施の方針等に影響を及ぼす打合せ等」(文書管理規則12条2項)に該当するものと評価することが相当であり,かつ,一部の会員候補者を選出し任命しないこととした判断の具体的な根拠等の情報なくして,当該判断に至る経緯も含めた意思決定過程及び事務の実績の合理的な跡付け・検証が可能であるとはいい難いから,内閣府大臣官房においては,本来,公文書管理法の目的の達成に資するため,公文書管理法4条及び文書管理規則12条2項に基づいて,本件打合せ等の記録について当該情報を記載した文書を作成し,保存することが求められていたといえるところ,そのような文書が作成・保存されなかったことについては,妥当性を問われるものといわざるを得ず,今後は,関係機関から十分な情報提供その他必要な協力を得つつ,公文書管理法及び文書管理規則に基づき適切に対応されたい。


5 本件各不開示決定の妥当性について

以上のことから,本件対象文書につき,これを保有していないとして不開示とした各決定については,内閣府大臣官房において本件対象文書1を,内閣府日本学術会議事務局において本件対象文書2を,それぞれ保有しているとは認められないので,不開示としたことは妥当であるが,内閣府日本学術会議事務局において,本件対象文書3に該当する文書として別紙の1及び2に掲げる文書を保有していると認められるので,これを特定し,調査の上,更に本件対象文書3に該当するものがあれば,これを特定し,改めて開示決定等をすべきであると判断した。


(第4部会)

委員 小林昭彦,委員 常岡孝好,委員 野田 崇





別紙


1 令和2年8月31日付けの「日本学術会議会員候補者推薦書(105名)」の写し

2 「第25-26期 会員候補者名簿(案)-105名-」と題する資料



別表

1 諮問番号

2 原処分の年月日等

3 処分庁

4 本件対象文書

令和3年(行情)諮問第503号

令和3年6月21日付け府人第728号(原処分1)

内閣府大臣官房長(以下(処分庁1)

2020年に日本学術会議が推薦した会員候補者のうち一部の者を任命しなかった根拠ないし理由がわかる一切の文書(本件対象文書1)

令和3年(行情)諮問第505号

令和3年6月21日付け府日学第972号-2(原処分2)

内閣府日本学術会議事務局長(処分庁2)

2020年に日本学術会議が推薦した会員候補者のうち一部の者を任命しなかった根拠ないし理由がわかる一切の文書(本件対象文書2)

令和3年(行情)諮問第506号

令和3年6月21日付け府日学第972号-3(原処分3)

内閣府日本学術会議事務局長(処分庁2)

2020年に日本学術会議が推薦した会員候補者のうち,内閣総理大臣が任命しなかった者がわかる一切の文書(本件対象文書3)