諮問庁 厚生労働大臣
諮問日 令和 2年 5月15日(令和2年(行情)諮問第226号及び同第227号)
答申日 令和 4年 6月 6日(令和4年度(行情)答申第52号及び同第53号)
事件名 特定部隊留守名簿の一部開示決定に関する件
特定部隊留守名簿の一部開示決定に関する件

答 申 書

第1  審査会の結論

   別紙に掲げる本件対象文書1及び本件対象文書2(以下,併せて「本件対象文書」という。)につき,その一部を不開示とした各決定は,妥当である。


第2  審査請求人の主張の要旨

1 審査請求の趣旨

  行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「法」という。)3条の規定に基づく各開示請求に対し,令和元年12月26日付け厚生労働省発社援1226第2号及び同第3号により厚生労働大臣(以下「厚生労働大臣」,「処分庁」又は「諮問庁」という。)が行った各一部開示決定(以下,順に「原処分1」及び「原処分2」といい,併せて「原処分」という。)について,取消しを求める。


2 審査請求の理由

  審査請求人の主張する審査請求の理由は,各審査請求書及び意見書の記載によると,おおむね以下のとおりである。(原処分1及び原処分2共通)

(1)審査請求書

ア 不開示とした部分とその理由

処分庁は,令和元年12月26日付け各開示決定通知書において,不開示とした部分とその理由について,以下のとおり記載した。

「上記1の行政文書(本件対象文書)の旧陸軍の軍人軍属及びその留守家族等に関する情報を記録した部分で,特定の個人を識別することができる情報であり,法第5条第1号に該当し,かつ,同号ただし書イからハまでのいずれにも該当しないため,この情報が記載されている部分を不開示とした。」


イ 不開示理由に誤りがある

(ア)法5条1号に該当する個人情報はわずかである。

厚生労働省が公開している生命表に基づけば,当該行政文書に記載されている隊員の大部分は既に死亡しており,これらに関する情報は法5条1号に該当する「個人に関する情報」ではない。

したがって,当該行政文書に記載された全隊員を一括して不開示とすることがあってはならない。


(イ)法5条1号ただし書イからハに関して

当該行政文書は,題目が表すとおり「留守名簿」に分類される行政文書である。

「留守名簿」は「戦没者等援護関係の資料の移管等について」(厚生労働省平成22年3月19日(URL略))において規定されているように,「保存期間が満了した歴史資料として重要な公文書等(業務において引き続き保有を要するものを除く。)については,その適切な保存及び利用等を図るため,平成23年度から戦後70周年にあたる平成27年度までの5年間で,国立公文書館へ概ね移管」され,「公にすることが予定されている情報」と定められていた。厚生労働省の「これまでに移管した資科名(令和元年7月現在)」(URL略)によれば,既に少なくとも留守名薄約8,730冊は国立公文書館へ移管済である。当該行政文書は,「2.移管に当たっての作業方針」(前掲「戦没者等援護関係の資料の移管等について」)(2)③によれば「電子化しても原本保管の必要がある資料(引き続き当局保管)」に相当するとして,未だ移管されないまま今日に至っていると考えるのが至当である。

また,移管文書の公開については「2.移管に当たっての作業方針」(3)において「資料の公表については,国立公文書館移管後,公文書館側において,公開審査が行われ公開・非公開が決定される」とされていることから,当該行政文書の公開も公文書館側の公開審査以上に厳しい公開審査基準を厚生労働大臣は適用すべきではない。

審査請求人は,公文書館からこれまで100冊以上の留守名簿の公開決定通知を受け取り,写しが納品されているが,当該行政文書のように全隊員を一括して不開示と決定された留守名薄はない。

以上より,法5条1号ただし書イからハを根拠として,当該行政文書の他の部分を不開示とすることは誤りである。


(ウ)公文書館側の公開審査基準

独立行政法人国立公文書館における公文書管理法に基づく利用請求に対する処分に係る審査基準(平成23年4月1日館長決定,改正平成25年4月1日(URL略))の「1.審査の基本方針」によれば,「(公文書管理)法16条に基づく利用の請求(以下「利用請求」という。)に係る特定歴史公文書等に記録されている情報が利用制限情報に該当するかどうかの判断は,利用決定等を行う時点における状況を勘案して行う。個人,法人等の権利利益や公共の利益を保護する必要性は,時の経過やそれに伴う社会情勢の変化に伴い,失われることもあり得ることから,審査において「時の経過を考慮する」(同法16条2項)に当たっては,利用制限は原則として作成又は取得されてから30年を超えないものとする考え方を踏まえるもの(国立公文書館利用等規則12条3項)とし,時の経過を考慮してもなお利用制限すべき情報がある場合に必要最小限の制限を行うこととする。」とされている。

当該行政文書は昭和20年に策定されたものであり,既に75年を経過し,「利用制限は原則として作成又は取得されてから30年を超えないものとする考え方を踏まえる」によれば,同行政文書が仮に法5条1号に該当する「個人に関する情報」が含まれていても,前述したように審査請求人に対し審査の結果に基づき公開の決定が通知されてきた。

このことから当該行政文書の不開示とされた部分の情報は,イに該当する情報と解されるべきであり,他の部分を不開示とする理由にはならない。


(エ)結論

以上のとおり,上記不開示理由には誤りがあるのであり,令和元年12月26日付けで処分庁が行った法人文書の各一部不開示決定(原処分)は取り消されなければならない。


(2)意見書1

ア 本件審査請求の経緯

本件対象文書が本件の対象となっている文書であることについては異論はありません。しかし,同文書が法にいう「行政文書」とすることには,後述するように異論があります。


イ 諮問庁としての考え方

承服できません。

承服できない理由については,理由説明書(下記第3)の「3 理由」(以下「理由」という。)に沿って述べます。


ウ 「理由」に対する意見

(ア)本件対象文書の特定について

本件対象文書が「留守名簿中支防疫給水部」及び「留守名簿南支防疫給水部」であることには異論はありません。しかし,後述するように対象行政文書とすることには異論があります。したがって,以下では,本件対象文書を「留守名簿中支防疫給水部」及び「留守名簿南支防疫給水部」と称します。


(イ)原処分における不開示部分について

「理由」であげられた部分が不開示部分であることには異論はありません。


(ウ)不開示情報該当性について

a (1)において,本件対象文書が「留守業務規程(昭和19年11月30日陸亜普第1435号)に基づき」「調整し」「保管し,逐次補修していた部隊別処決の整理台帳である。」ことが明らかにされた。したがって,「留守名簿中支防疫給水部」及び「留守名簿南支防疫給水部」において不開示とした部分については,当該部隊編入年月日,前所属,本籍,留守担当者(住所,続柄,氏名),徴集年,任官年,役種等,氏名,生年月日,俸給,給料等留守宅渡の有無,補修年月日等の情報が記載されて」いるとしたことについては,異論はありません。

しかし,その情報が直ちに「法5条1号に規定する特定の個人を識別することができる情報である。」とすることには承服できません。

なぜならば,法2条2項では「この法律において「行政文書」とは,行政機関の職員が職務上作成し,又は取得した文書,図画及び電磁的記録(電子的方式,磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られた記録をいう。以下同じ。)であって,当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして,当該行政機関が保有しているものをいう。ただし,次に掲げるものを除く。」と定義されているからです。

① 留守名簿は留守業務規程(昭和19年11月30日陸亜普第1435号)によれば,日本陸軍において作成されたものであること,


② 日本軍は法2条で定義される行政機関ではないこと,


③ 日本軍は日本がかつての戦争で降伏する際に受諾したポツダム宣言にそって武装解除され,解体され,復活はありえないとされたこと,


④ その後に遺された文書は歴史的文書に過ぎず,留守名簿はその一部であること


⑤ 敗戦処理の過程で,留守名簿はたまたま厚生省が保有するに至った文書にすぎないこと


などから,留守名簿が法1条でいう行政文書とすることには無理があるからです。

法1条では「この法律は,国民主権の理念にのっとり,行政文書の開示を請求する権利につき定めること等により,行政機関の保有する情報の一層の公開を図り,もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに,国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的とする」とされていますから,何らかの経過で行政機関が保有することになった文書をみだりに行政文書として扱うことは厳に慎むべきです。

したがって,諮問庁が「5条1号に規定する特定の個人を識別することができる情報である。」とすることは,歴史的経過を無視した機械的,短絡的主張であり,到底承服できません。

審査請求人は上述したように「留守名簿中支防疫給水部」及び「留守名簿南支防疫給水部」を行政文書ではないと主張しますが,以下では,仮に行政文書であると仮定しても,法の適用に誤りがあることを述べます。


b 「法5条1号に規定する個人情報は,行政機関個人情報保護法2条2項の規定とは異なり,生存する者に関する情報に限られていない。」とする行政解釈のあることは承知しています。しかし,仮に留守名簿が諮問庁が主張するように「5条1号に規定する特定の個人を識別することができる情報である。」としても,このことから自動的に生存しない者の情報が法がいう個人情報であるとする機械的短絡的運用は厳に慎むべきです。

法制定過程において,生存しない者の期限の定めがなされなかったなどの問題が残り,行政解釈の余地があるにしても,法1条の趣旨に沿って,記載された情報が不開示とするのが妥当かどうかは個別に厳密に検討されなければなりません。

戦後75年たった今,前述した留守名簿の歴史的経緯を勘案すれば,本体部分を一括不開示とすべき理由はないと考えるべきです。


c 「留守名簿については,既に国立公文書館に移管され同館の公開基準に基づき公開されているものもあるが,現在,処分庁において保管している本件対象文書を含む旧陸海軍から引き継いだ軍人軍属等に関する情報及びそれに類する情報等に記録されている個人情報については,行政機関個人情報保護法に基づき,本人及びその遺族以外の者に対しては原則として閲覧等を認めていない」運用がなされてきたことが事実であったとしても,それが直ちに非公開に相当するという法の運用は法1条に反すると考えます。開示が問題となった際には,少なくとも慣行そのものが検証されるべきです。


d 「「公にすることが予定されている情報」には該当しない。」という主張は誤っています。

「留守名簿」は「戦没者等援護関係の資料の移管等について」(厚生労働省平成22年3月19日,以下,厚労省移管方針(URL略))において「保存期間が満了した歴史資料として重要な公文書等(業務において引き続き保有を要するものを除く。)については,その適切な保存及び利用等を図るため,平成23年度から戦後70周年にあたる平成27年度までの5年間で,国立公文書館へ概ね移管」されると明示され,「公にすることが予定されている情報」と定められています。厚生労働省の「これまでに移管した資料名」を適時に公開(直近では,令和元年7月現在(URL略))しています。その際には,公開が厚労省移管方針に拠ることが示されています。厚生労働省の公開情報によれば,既に少なくとも留守名簿8,730冊は国立公文書館へ移管済とのことです。なお国立公文書館の公開目録によれば,留守名簿の冊数は,2017年1月25日8,339件,2020年6月20日現在9,092件でした。このような厚生労働省の方針と移管実績から留守名簿は「概ね移管」されたと考えるべきです。

この経緯からすれば,「留守名簿中支防疫給水部」及び「留守名簿南支防疫給水部」が厚生労働省にまだ保管されていたということは特例的であり,「保存期間が満了した歴史資料」であり「公にすることが予定されている情報」とするのが当然,自然です。

「留守名簿中支防疫給水部」及び「留守名簿南支防疫給水部」には上述の事情が当てはまらない文書であるのであれば,その理由を諮問庁は説明すべきです。


e 審査請求人は2015年に「留守名簿関東軍防疫給水部」「留守名簿北支防疫給水部」「留守名簿南方軍防疫給水部」が国立公文書館に存在することを突き止めて以来,「留守名簿中支防疫給水部」「留守名簿南支防疫給水部」も国立公文書館に存在するものとして,国立公文書館とのやり取りを続けてきました。昨年になって漸く職員の言葉から示唆を得て,2019年7月31日付けで厚生労働省社会・援護局業務課調査資料室に対し,「留守名簿中支防疫給水部」及び「留守名簿南支防疫給水部」の存在について照会しました。


f 2019年8月28日に厚生労働省社会・援護局援護・業務課調査資料室の特定職員と面談しました際の返事は,「「留守名簿中支防疫給水部」及び「留守名簿南支防疫給水部」(あるいはそれらに相当する留守名簿)は存在を確認できなかった。「留守名簿中支防疫給水部」及び「留守名簿南支防疫給水部」が存在しなかったとするのは不自然」「これから調べなければならない。残っている中にあるかもしれない」というものでした。その後11月22日になって,厚生労働省社会・援護局業務課調査資料室から存在確認の連絡が届きました。

この経緯からすれば,「留守名簿中支防疫給水部」及び「留守名簿南支防疫給水部」は,少なくとも最近は現行政において利用されることなく紛失状態にあったといえます。予定の留守名簿8,730冊の大部分が平成23年度から27年度の間に移管されたという事実から,「留守名簿中支防疫給水部」及び「留守名簿南支防疫給水部」は厚労省移管方針に沿って移管されるべき文書であったが何らかの理由で紛れて当時移管されなかったと解するのが妥当です。もしそうでないとするのなら,「留守名簿中支防疫給水部」及び「留守名簿南支防疫給水部」を開示できない特段の理由が説明されるべきです。


g 「本件対象文書に記載されている事項は,旧陸軍の軍人軍属及びその留守家族等に関する情報であり,法5条1号ロに規定する「人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,公にすることが必要であると認められる情報」にも該当しない」というのは誤りです。

  上記aで述べましたように,日本軍はアジア諸国民公称約2000万人を死亡させ,ポツダム宣言に沿って,「日本国民を欺いて世界征服に乗り出す過ちを犯させた勢力を永久に除去する」ために武装解除され,解体され,復活の道を閉ざされた組織です。中支防疫給水部及び南支防疫給水部は「世界征服」を目指す日本軍細菌戦ネットワークの固定機関の一つとして非人道的な細菌兵器の開発と実戦使用に関わり,危害を及ぼしたとされています。

以下にその根拠を述べます。

「支那事変ニ新設セラレタル陸軍防疫機関運用ノ効果卜将来戦ニ対スル方針並ニ予防接種ノ効果ニ就テ(昭和15年3月30日於陸軍軍医学校陸軍軍陣医薬学会講演).陸軍軍医学校防疫研究報告第2部第99号,1941年3月28日受付,「陸軍軍医学校防疫研究報告」第1冊,特定出版社,2004年」のp40には防疫機関の一覧表があり,固定機関として,関東軍防疫給水部,中支防疫給水部及び南支防疫給水部などが記されています。

最高裁判所判決で確定した(2007年5月9日)原判決(平成14年8月27日判決言渡第一事件・平成九年(ワ)第一六六八四号損害賠償請求事件第二事件・平成一一年(ワ)第二七五七九号損害賠償等請求事件)で認定された戦争医学犯罪の事実に関する判決文では以下の事実認定がなされています。

(中略)

中支防疫給水部及び南支防疫給水部が行ったとされる「人の生命,健康,生活又は財産」などの加害の実態についてはまだ解明すべき事項が多数あります。

また,ポツダム宣言が言うように「無責任な軍国主義」によって欺かれた「日本国民」の「生命,健康,生活又は財産」が如何に損なわれたかも解明が必要です。「留守名簿中支防疫給水部」及び「留守名簿南支防疫給水部」はその解明に資することによって,「人の生命,健康,生活又は財産を保護するため」に有用この上ないと考えられます。

以上より,「本件対象文書において不開示とした部分については,法5条1号に該当し,かつ,同号イからハまでのいずれにも該当しないことから引き続き不開示とする」諮問庁の理由は妥当ではありません。


(エ)審査請求人の主張について

a 審査請求人が原処分の取消しを求める主張は上記(ウ)のとおりであり,首肯されるべきです。


b 審査請求人が国立公文書館の審査基準

国立公文書館側の公開審査基準に準じて「留守名簿中支防疫給水部」及び「留守名簿南支防疫給水部」が開示されるべきであるとする審査請求人の主張を,同文書を「処分庁が保有しているものである」という理由でもって,国立公文書館の審査基準は適用されないという諮問庁の主張は認められません。

2019年8月28日に厚生労働省社会・援護局援護・業務課調査資料室の特定職員と面談しました際には「国立公文書館への文書移管に当たって,同館に対して公開審査基準を示したことは無く,」「開示部分は国立公文書館の公開審査基準に沿って行われており,」「これまでの開示について国立公文書館に異見をだしたことはない」という旨の説明を受けています。

いくら組織が異なろうとも,国の行政機関の公開審査基準の差異には適正な限度があるべきです。その点を反省せず,国立公文書館の審査基準は適用されないという諮問庁の主張は法1条に反します。


エ 結論

以上のとおりですから,処分庁が原処分を維持した部分開示は妥当ではありません。


(3)意見書2

意見書1を提出後,同意見書の「ウ(ウ)d「「公にすることが予定されている情報」には該当しない。」という主張は誤っています。」という項に関わる新たな事実が判明したので,以下に追加意見を記します。

ア 判明した新たな事実

本件各審査請求に関わる電話照会を行った厚生労働省社会・援護局業務課調査資料室担当者は「留守名簿中支防疫給水部」及び「留守名簿南支防疫給水部」について以下の説明(要旨)を行った。

(ア)本件各審査請求が取り下げられれば,「留守名簿中支防疫給水部」及び「留守名簿南支防疫給水部」の国立公文書館への移管手続に直ぐに入れる現状に,厚生労働省社会・援護局業務課調査資料室はある。


(イ)本件各審査請求の取り下げの方が本件各審査請求の継続(訴訟の提起を含む)より早く,「留守名簿中支防疫給水部」及び「留守名簿南支防疫給水部」の公開が実現しうると考えられる。


(ウ)本件各審査請求を取り下げた場合でも,厚生労働省内の移管手続の進捗は年度を超えてからとなる。厚生労働省内で移管が決定された場合(通常年度末),国立公文書館が受領するのは早くとも次々年度となる。国立公文書館が受領した後,公開(国立公文書館デジタルアーカイブの一覧への掲載)の準備に少なくとも1年度を要する(一覧には利用制限の区分等が「要審査」で掲載されることになっている。審査請求人の経験によれば,「特定歴史公文書等利用請求書」提出後利用決定通知まで更に少なくとも数か月を要する)。


イ 以上の新たな事実は,「留守名簿中支防疫給水部」及び「留守名簿南支防疫給水部」が,法5条1号イ「法令の規定により又は慣行として公にされ,又は公にすることが予定されている情報」に該当する実情を示すものである。今やこの実情に,「「公にすることが予定されている情報」には該当しない。」という諮問庁の主張は対応していない。


ウ 厚生労働省が示した「本件各審査請求の取り下げ」を今行っても,公開は数年先のことと想定され,それよりも早く「留守名簿中支防疫給水部」及び「留守名簿南支防疫給水部」の公開が実現しうると考えられる。


エ 以上より,審査請求人の主張をすみやかに認められることを審査会にあらためて要請する。


第3  諮問庁の説明の要旨

1 本件審査請求の経緯

(1)審査請求人は,令和元年12月6日付け(同月9日受付)で,処分庁に対して,法3条の規定に基づき,本件対象文書に係る開示請求を行った。


(2)これに対して,処分庁が令和元年12月26日付け厚生労働省発社援1226第2号及び同第3号により本件対象文書の部分開示決定(原処分)を行ったところ,審査請求人はこれを不服として,令和2年2月14日付け(同月17日受付)で本件各審査請求を提起したものである。


2 諮問庁としての考え方

本件各審査請求に関し,原処分を維持することが妥当であると考える。

なお,原処分1の開示決定文書は,原処分において「開示する行政文書の名称」(2)は「中支那防疫給水部栄第1644部隊留守名簿(昭和20年4月1日調製)」としたが,正しくは本件対象文書のとおり「中支那防疫給水部登第1644部隊留守名簿(昭和20年4月1日調製)である。


3 理由

(1)本件対象文書の特定について

   本件対象文書は,留守業務規程(昭和19年11月30日陸亜普第1435号)に基づき,外征部隊所属者の現況及びその留守宅関係事項を明らかにし,人事,恩賞,留守宅家族の援護等を処理するにあたり,旧陸軍部隊が調製し,その一部を陸軍留守業務部において保管し,逐次補修していた部隊別処決の整理台帳である。

   審査請求人から開示請求のあった中支那防疫給水部栄第1644部隊については,兵団文字符が「栄」ではなく「登」であって,昭和20年1月1日及び同年4月1日に調製されたものが認められたため,これらを本件対象文書1として特定し,南支那防疫給水部特定部隊については,昭和20年2月1日に調製されたものが認められたため,これを本件対象文書2として特定した。


(2)原処分における不開示部分について

   本件対象文書において不開示とした部分は,旧陸軍の軍人軍属及びその留守家族等に関する情報を記録した部分であり,特定の個人を識別することができる情報であることから,法5条1号に該当し,かつ,同号イからハまでのいずれにも該当しないため,不開示としたものである。


(3)不開示情報該当性について

   本件対象文書において不開示とした部分については,当該部隊編入年月日,前所属,本籍,留守担当者(住所,続柄,氏名),徴集年,任官年,役種等,氏名,生年月日,俸給,給料等留守宅渡の有無,補修年月日等の情報が記載されており,法5条1号に規定する特定の個人を識別することができる情報である。なお,同号に規定する個人情報は,行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第58号。以下「行政機関個人情報保護法」という。)2条2項の規定とは異なり,生存する者に関する情報に限られていない。

また,留守名簿については,既に国立公文書館に移管され同館の公開基準に基づき公開されているものもあるが,現在,処分庁において保管している本件対象文書を含む旧陸海軍から引き継いだ軍人軍属等に関する情報及びそれに類する情報等に記録されている個人情報については,行政機関個人情報保護法に基づき,本人及びその遺族以外の者に対しては原則として閲覧等を認めていない。そのため,本件対象文書において不開示とした部分は,法5条1号イに規定する「法令の規定により又は慣行として公にされ,又は公にすることが予定されている情報」には該当しない。

なお,本件対象文書に記載されている事項は,旧陸軍の軍人軍属及びその留守家族等に関する情報であり,法5条1号ロに規定する「人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,公にすることが必要であると認められる情報」又は同号ハに規定する公務員等に関する情報にも該当しない。

以上より,本件対象文書において不開示とした部分については,法5条1号に該当し,かつ,同号イからハまでのいずれにも該当しないことから引き続き不開示とすることが妥当である。


(4)審査請求人の主張について

審査請求人は,各審査請求書の中で,本件対象文書に記載されている隊員の大部分は既に死亡しており,死者に関する情報は法5条1号に該当する「個人に関する情報」ではないため,本件対象文書に記載された全隊員を一括して不開示とすることは不適切であるとして,原処分の取消しを求める主張を行っているが,上記(3)のとおり,同号に規定する個人に関する情報は生存する者に関する情報には限られないことから審査請求人の主張は認められない。

また,審査請求人は,処分庁は留守名簿を含む保存期間が満了した歴史資料として重要な公文書等について,適切な保存及び利用を図るため国立公文書館への移管を進めており,当該文書について公開を予定していたこと,移管した文書については国立公文書館において公開又は非公開が決定されることから,本件対象文書についても国立公文書館側の公開審査以上に厳しい公開審査基準を適用すべきではないことを主張する。さらに,国立公文書館における情報の利用制限に関する基準として,時の経過を考慮して最小限の制限を行うこととされていることから,個人情報に該当するとしても,すでに文書作成から約75年が経過する本件対象文書については,法5条1号イに規定する「法令の規定により又は慣行として公にされ,又は公にすることが予定されている情報」に該当する旨主張する。しかしながら,本件対象文書は,現在,国立公文書館に移管されているものではなく処分庁が保有しているものであり,国立公文書館の審査基準は適用されないことから,国立公文書館の審査基準を前提に主張する審査請求人の主張は認められない。


4 結論

以上のとおり,本件各開示請求については,法5条1号に基づき,原処分を維持して部分開示とすることが妥当である。


第4  調査審議の経過

   当審査会は,本件各諮問事件について,以下のとおり,併合し,調査審議を行った。

① 令和2年5月15日  諮問の受理(令和2年(行情)諮問第226号及び同第227号)

② 同日         諮問庁から理由説明書を収受(同上)

③ 同年6月4日     審議(同上)

④ 同月29日      審査請求人から意見書1を収受(同上)

⑤ 令和3年12月17日 審査請求人から意見書2を収受(同上)

⑥ 令和4年5月19日  委員の交代に伴う所要の手続の実施,本件対象文書の見分及び審議(同上)

⑦ 同月31日      令和2年(行情)諮問第226号及び同第227号の併合並びに審議


第5  審査会の判断の理由

1 本件対象文書について

本件対象文書は,旧陸軍の特定部隊の留守名簿であり,処分庁は,その一部を法5条1号に該当するとして不開示とする原処分を行った。

審査請求人は,原処分の取消しを求めているが,諮問庁は,原処分を維持すべきとしていることから,本件対象文書の見分結果を踏まえ,以下,不開示部分の不開示情報該当性について検討する。

なお,審査請求人は,本件対象文書は行政文書に該当しない旨主張するが,本件対象文書は,現に処分庁が保有し,諮問庁によると援護関係業務に使用しているとのことであり,法2条2項に規定する行政文書の定義である「行政機関の職員が(略),又は取得した文書(略)であって,当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして,当該行政機関が保有しているもの」に該当することは明らかである。


2 不開示部分の不開示情報該当性について

(1)本件対象文書は,旧陸軍の特定部隊の留守名簿であるところ,諮問庁の説明によれば,留守名簿とは,外征部隊所属者の現況及びその留守宅関係事項を明らかにし,人事,恩賞,留守宅家族の援護等を処理するにあたり,旧陸軍部隊が調製し,その一部を陸軍留守業務部において保管し,逐次補修していた部隊別処決の整理台帳であるとのことである。


(2)当審査会において本件対象文書を見分したところ,本件対象文書は,特定の部隊名と共に「留守名簿」との表題が付された表紙がある複数の文書であり,いずれの文書も表紙等の外,旧陸軍の軍人軍属ごとに,本籍地(在留地),留守家族の住所,留守家族の続柄,留守家族の氏名,軍人軍属の階級,氏名,生年月日等が各列に記載されている表形式の部分(以下「様式部分」という。)で構成されており,不開示部分は,様式部分のうち,1頁目の表題及び項目名が記載された表側の部分を除いた部分であると認められる。


(3)法5条1号該当性について

ア 不開示部分には,様式の表の列ごとに,旧陸軍の軍人軍属及びその留守家族等に関する情報がその氏名と共に記載されていることから,当該部分は,列ごとに一体として,法5条1号本文前段に規定する個人に関する情報であって,特定の個人を識別することができるものに該当すると認められる。


  イ 次に法5条1号ただし書について検討する。

(ア)法5条1号ただし書イについて

     審査請求人は,本件対象文書は国立公文書館へ移管される予定の文書であることから「公にすることが予定されている情報」であり,国立公文書館の審査基準に応じて開示されるべき旨主張していると解される。これに対し諮問庁は,本件対象文書は,現在,国立公文書館に移管されているものではなく処分庁が保有しているものであり,国立公文書館の審査基準は適用されない旨説明する。

     これについて検討すると,国立公文書館の審査基準(独立行政法人国立公文書館における公文書管理法に基づく利用請求に対する処分に係る審査基準)は,その名称のとおり,公文書等の管理に関する法律に基づく国立公文書館に対する利用の請求に係る審査基準であることを踏まえると,国立公文書館への移管が予定されている文書であったとしても,その移管される前の,国立公文書館とは別の機関である処分庁が保有している行政文書に対する法に基づく開示請求について,国立公文書館の審査基準は適用されないとする諮問庁の説明は首肯できる。

また,国立公文書館の審査基準によると,「個々の案件に係る具体的な判断は,個別の審査の結果に基づき行うものとする。」(前文)とされ,更に「利用請求に係る特定歴史公文書等に記録されている情報が利用制限情報に該当するかどうかの判断は,利用決定等を行う時点における状況を勘案して行う。」(審査の基本方針)とされている。審査請求人は,留守名簿の多くが国立公文書館に移管され,公開されている旨主張するが,当審査会事務局職員をして,同館のデジタルアーカイブを検索させたところ,同館に保管されている留守名簿については,部分公開とされているものも相当数に上ることが認められる。そうすると,同館に移管された留守名簿の多くが公開されていたとしてもそのことをもって,直ちに本件対象文書が「公にすることが予定されている情報」であるということはできない。

     その外,不開示部分が,法令の規定により又は慣行として公にされ,又は公にすることが予定されているとする特段の事情は認められないことから,当該部分が,法5条1号ただし書イに該当すると認めることはできない。


  (イ)法5条1号ただし書ロについて

審査請求人は,本件対象文書に係る旧陸軍の部隊が行ったとされる「人の生命,健康,生活又は財産」などの加害の実態についてはまだ解明すべき事項が多数あり,その解明することによって,「人の生命,健康,生活又は財産を保護するため」に有用である旨主張するが,そのことにより,不開示部分の個々の軍人軍属とその留守家族に関する情報を公にすることが必要であるとまではいえず,法5条1号ただし書ロに該当するとは認められない。


(ウ)法5条1号ただし書ハについて

法5条1号ただし書ハにおいて,「公務員」とは,「国家公務員法(昭和22年法律第120号)第2条第1項に規定する国家公務員及び地方公務員法(昭和25年法律第261号)第2条に規定する地方公務員」と明確に定義されており,兵役法等の戦前の法令の規定に基づく旧軍人軍属は,法に規定する「公務員」には該当しないものであることから,不開示部分の軍人軍属及びその家族に関する情報が同号ただし書ハに該当しないのは明らかである。


ウ したがって,不開示部分は,法5条1号ただし書イないしハのいずれにも該当せず,また,特定の個人を識別することができることとなる記述部分であると認められることから,法6条2項の部分開示の余地もなく,同号に該当すると認められるので,不開示としたことは妥当である。


3 審査請求人のその他の主張について

審査請求人は,その他種々主張するが,いずれも当審査会の上記判断を左右するものではない。


4 本件各一部開示決定の妥当性について

以上のことから,本件対象文書につき,その一部を法5条1号に該当するとして不開示とした各決定については,不開示とされた部分は,同号に該当すると認められるので,妥当であると判断した。


(第3部会)

  委員 長屋 聡,委員 久末弥生,委員 葭葉裕子





別紙(本件対象文書)


1 本件対象文書1

(1)中支那防疫給水部登第1644部隊留守名簿(昭和20年1月1日調製)

(2)中支那防疫給水部登第1644部隊留守名簿(昭和20年4月1日調製)


2 本件対象文書2

南支那防疫給水部波第8604部隊留守名簿(昭和20年2月1日調製)