諮問庁 内閣総理大臣
諮問日 令和 3年 3月12日(令和3年(行情)諮問第71号)
答申日 令和 4年 2月10日(令和3年度(行情)答申第519号)
事件名 日本学術会議会員の特定日付けの任命に係る意思決定過程における説明資料の一部開示決定に関する件

答 申 書

第1  審査会の結論

別紙に掲げる文書1ないし文書3(以下,併せて「本件対象文書」という。)につき,その一部を不開示とした決定については,審査請求人が開示すべきとする部分を不開示としたことは,妥当である。


第2  審査請求人の主張の要旨

1 審査請求の趣旨

行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「法」という。)3条の規定に基づく開示請求に対し,令和2年12月22日付け府人第1573号-2により内閣府大臣官房長(以下「処分庁」という。)が行った一部開示決定(以下「原処分」という。)を取り消し,不開示とした部分を含む行政文書を開示せよ,との裁決を求める。


2 審査請求の理由

(1)審査請求書

ア 審査請求人は,日本学術会議任命問題に関する公文書の開示請求を行ったものであるが,処分庁は,「2 開示する文書の名称」として,別紙に掲げる5文書を対象公文書として特定した。

その上で処分庁は,「3 不開示とした部分及びその理由」の(1)において,「上記2(1)から(3)までの開示する公文書(当審査会注:本件対象文書を指す。)のうち,人事に係る事務の内容についての記載については,これを公にすることにより,公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれがある」と述べ,法5条6号ニに該当するとして不開示とした。


イ しかしながら,本件開示請求は,日本学術会議の任命問題という,憲法23条に違背する大問題を問うものであることは格別,法の適用の観点からするも,「公正かつ円滑な人事の確保」は,そもそも法律上選別が予定されておらず,理由にならない。かつ,原処分は,「公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれ」を言うが,開示をなした場合にいかなる支障が生じるおそれがあるかについて何一つ記述がなく,この点でも失当である。


ウ 原処分のごとき理由により,公文書を恣意的に不開示とすることが可能となれば,多くの公文書について同様の理由をもって情報公開を拒むことができることとなり,法1条に定められた目的はまったく空疎なものと化し,法そのものが形骸化・死文化することは明らかである。かかる運用は,法の趣旨から言っても,憲法13条から見ても不当である。


エ よって原処分は,違法不当であるから取り消されるべきである。違法事由の詳細は,処分庁からの弁明を待って主張する。


オ 処分庁は,弁明の際,原処分の原因となる事実,その他原処分の理由を認めた根拠,ならびに原処分の決裁に関する記録,を資料として提出されたい。


(2)意見書

ア 意見の趣旨

2020年(令和2年)12月25日付けで提起された処分庁による開示決定処分(原処分)に対する審査請求について,下記の理由により,これを認容すべきである。


イ 意見の理由

(ア)令和3年3月11日付諮問庁の理由説明書(下記第3を指す。以下同じ。)によれば,諮問庁の主張の要点は次項以下のごときものであると思料せらるるところ,いずれの主張も,本件審査請求人が求めた弁明として失当である。


(イ)第1に,諮問庁の理由説明書によれば,「当該資料は,任命の決裁を起案するまでの間の過程において政府内での説明に用いられた資料であるところ,当該不開示部分は,公にしていない日本学術会議の会員任命に係る事務の内容に関する記述であり,これを明らかにすれば,今後の日本学術会議会員及びそれと同種の任命等の手続を行う上で,その公正・円滑な任命行為の遂行に支障を生じるおそれがあるため不開示としたものであり,これは当たらない」というが,この理由説明によっても,当該資料を公開することによって,「その公正・円滑な任命行為の遂行に支障を生じるおそれがある」こととの関連性が,論理的に明確にされておらず,理由説明として失当である。

一般に,公正な任用は,そのプロセスを含めて公開し,常に民意による監視を受けることが,民主主義のもとでの公権力のあるべき姿であり,このことは,法1条(目的)に,「この法律は,国民主権の理念にのっとり,(中略)行政機関の保有する情報の一層の公開を図り,もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに,国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的とする。」と定められていることからも明確である。

しかるに,諮問庁は,とくに弁明をなすことなく,ひたすらに「支障を生じるおそれがある」と繰り返すだけであり,何ら論理的な理由説明を行っていないことは,国民主権と民主主義の理念から不当であることは当然,法の要請にも何ら応えていないものであって,諮問庁の主張に理由のないことを示すものにほかならない。

本件審査請求人は,令和2年12月25日付審査請求において,「開示をなした場合にいかなる支障が生じるおそれがあるかについて何一つ記述がなく,この点でも失当である。」と主張したところであるが,諮問庁は理由説明書においても,上記のごとき繰り返しに終始し,理由説明の体をなしていない。この1点を以てしても,諮問庁の主張は認められるべきではない。


(ウ)第2に,諮問庁は,理由説明書において,「なお,審査請求人は,『日本学術会議の任命においては,そもそも法律上選別が予定されていない』などとも主張しているが,政府としては,日本学術会議会員の任命にあたり,任命権者である内閣総理大臣は,日本学術会議による推薦のとおりに任命しなければならないわけではないと考えている。」と記述している。

しかしながら,本件開示請求は,「日本学術会議に関する菅義偉内閣総理大臣と杉田和博内閣官房副長官のやりとり(内容に加えて日時・場所・手段)がわかる一切の文書。」の開示を求めたものであって,上記の「政府としては・・・考えている」ことには,本件審査請求人は国民として異論がある。日本学術会議法を素直に読めば,かつて内閣法制局が示したように,内閣総理大臣は日本学術会議の推薦通りに任命すべきであることは明らかであり,政府の裁量がないところであるから,諮問庁が政府の裁量があることを前提に展開した主張はすべて不当である。

かつ,仮に,諮問庁が主張するごとく「日本学術会議の推薦のとおりに任命しなければならないわけではない」としても,そのプロセスに対する国民の監視を免れる行為が許されないことは明らかである。諮問庁の主張は,あたかも,内閣総理大臣が推薦のとおりに任命しなくてもよいのだから国民の知る権利からすべてのプロセスを隠匿せしめることができると言わんばかりであり,かかる主張は,法および憲法の理念に反し,不当・不法であるといわなければならない。


(エ)なお,諮問庁は,理由説明書において,「法5条6号ニに該当する」ことについて一切の弁明を行っていないから,少なくとも,法5条6号ニを理由とすることについては,争いの余地なく撤回されたものと考えるのが妥当である。


ウ 結論

よって,諮問庁の主張には理由がないから,本件審査請求は,これを認容することが妥当であると思料する。


第3  諮問庁の説明の要旨

2020年(令和2年)12月25日付けで提起された処分庁による開示決定処分(原処分)に対する審査請求について,下記の理由により,これを棄却すべきであると考える。

1 本件審査請求の趣旨及び理由について

(1)審査請求の趣旨

本件は,審査請求人が行った開示請求に対して,法5条1号及び6号に該当するとしてその一部を不開示とする原処分を行ったところ,審査請求人から,不開示とする部分を含む行政文書を開示せよとして,原処分の取消しを求める審査請求が提起されたものである。


(2)審査請求の理由

審査請求書に記載された本件審査請求の理由は,上記第2の2(1)アないしエのとおりである。


2 本件開示請求及び原処分について

処分庁においては,処分庁宛請求された「日本学術会議任命問題について,5日の参議院予算委員会において,加藤内閣官房長官が「杉田副長官と内閣府とのやりとりを行った記録について担当の内閣府において管理をしている」「それ以外もあるかもしれません」と答弁したが,この答弁に該当する一切の文書,すなわち,日本学術会議に関する菅義偉内閣総理大臣と杉田和博内閣官房副長官のやりとり(内容に加えて日時・場所・手段)がわかる一切の文書。ただし,両氏について当然に前内閣当時の役職を含む。」を請求する行政文書開示請求に対し,別紙に掲げる5文書を特定し,その一部を不開示とする開示決定処分を行った。


3 原処分の妥当性について

(1)不開示情報該当性について

審査請求人は,「公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれ」とあるが,開示した場合にいかなる支障が生じるおそれがあるかについて記述がないため失当であると主張するが,当該資料は,任命の決裁を起案するまでの間の過程において政府内での説明に用いられた資料であるところ,当該不開示部分は,公にしていない日本学術会議の会員任命に係る事務の内容に関する記述であり,これを明らかにすれば,今後の日本学術会議会員及びそれと同種の任命等の手続を行う上で,その公正・円滑な任命行為の遂行に支障を生じるおそれがあるため不開示としたものであり,これは当たらない。


(2)審査請求人のその他の主張について

審査請求人は原処分のごとき理由により,公文書を恣意的に不開示とすることが可能となれば,多くの公文書について同様の理由をもって情報公開を拒むことができることとなり,法の趣旨からしても,憲法13条から見ても不当であると主張するが,上記(1)で述べたとおり,原処分は公文書を恣意的に不開示としたものではないため,これは当たらない。

なお,審査請求人は,「日本学術会議の任命においては,そもそも法律上選別が予定されていない」などとも主張しているが,政府としては,日本学術会議会員の任命にあたり,任命権者である内閣総理大臣は,日本学術会議による推薦のとおりに任命しなければならないわけではないと考えている。


4 結論

以上のとおり,原処分は妥当であり,審査請求人の主張には理由がないことから,本件審査請求は,これを棄却することが妥当であると考える。


第4  調査審議の経過

当審査会は,本件諮問事件について,以下のとおり,調査審議を行った。

   ① 令和3年3月12日  諮問の受理

   ② 同日         諮問庁から理由説明書を収受

   ③ 同月26日      審議

   ④ 同年4月8日     審査請求人から意見書を収受

   ⑤ 同年12月23日   委員の交代に伴う所要の手続の実施,本件対象文書の見分及び審議

   ⑥ 令和4年2月3日   審議


第5  審査会の判断の理由

1 本件対象文書について

本件対象文書は,別紙に掲げる文書1ないし文書3であるところ,処分庁は,その一部を法5条1号及び6号ニに該当するとして不開示とする原処分を行った。

これに対し,審査請求人は,審査請求書及び意見書(上記第2)の記載によれば,本件対象文書のうち,法5条6号ニに該当するとして不開示とされた人事に係る事務の内容についての記載(以下「本件不開示部分」という。)の開示を求めているものと解されるところ,諮問庁は,原処分は妥当であるとしていることから,以下,本件対象文書の見分結果を踏まえ,本件不開示部分の不開示情報該当性について検討する。


2 本件不開示部分の不開示情報該当性について

(1)当審査会において本件対象文書を見分したところ,本件不開示部分は,別表の通番1,通番6及び通番8の各部分であり,日本学術会議会員の任命に係る事務の内容に関する情報が記載されていると認められる。


(2)諮問庁は,本件不開示部分について,上記第3の3(1)のとおり説明するところ,当審査会事務局職員をして諮問庁に更に確認させたところ,諮問庁は,おおむね次のとおり補足して説明する。

別表の通番1,通番6及び通番8の各部分については,公にしていない日本学術会議の会員任命に係る事務の内容に関する記述であり,これを明らかにすれば,例えば,任命に際して,誰に対して,どのような資料を用いて説明を行ったかという人事の一連のプロセスが明らかになり,今後の日本学術会議会員及びそれと同種の任命等の手続を行う上で,特定の官職にある者に対して同様の説明を行うことが推測され,当該特定の官職にある者に対する様々な働き掛けを試みる者が,より効果的にこれらを行うことを可能とすることから,その公正・円滑な任命行為の遂行に支障を生じるおそれがある。


(3)諮問庁の上記第3の3(1)の説明及び本件対象文書の名称によれば,本件対象文書は,日本学術会議の会員任命に係る意思決定過程において政府内での説明に用いられた資料と認められるところ,本件不開示部分の記載内容に照らせば,これを公にした場合,日本学術会議の会員任命に係る意思決定過程における事務の内容が明らかになり,今後の日本学術会議会員の任命行為の遂行に支障を生じるおそれがある旨の諮問庁の上記(2)の説明は,これを否定することまではできないから,本件不開示部分は,法5条6号ニに該当すると認められ,不開示としたことは妥当である。


3 審査請求人のその他の主張について

審査請求人は,その他種々主張するが,いずれも当審査会の上記判断を左右するものではない。


4 付言

開示決定等における不開示部分とその示し方については,本来,開示実施文書と照合せずとも,原処分の開示決定通知書において提示された理由の記載から,不開示部分とその不開示の理由が明確であることが望ましい。

本件について見ると,本件開示決定通知書の「3 不開示とした部分及びその理由」欄の記載のうち,本件不開示部分に係るものは,法5条6号ニの規定をそのまま引用したに等しい内容にとどまっており,本件開示決定通知書の記載のみでは,本件不開示部分に記載されている情報や当該部分を不開示とした具体的な理由が,明確に示されているとはいえない。

上記のような記載の方法は,開示請求者が開示実施文書を入手し,行政文書名,開示された部分及び不開示部分の体裁等を検討することによって,ようやく不開示の理由を推測できる程度のものであって,理由提示を必要とする行政手続法8条1項の趣旨に照らし,適切さを欠くものである。

処分庁においては,今後の開示請求への対応に当たり,上記の点について留意すべきである。


5 本件一部開示決定の妥当性について

以上のことから,本件対象文書につき,その一部を法5条1号及び6号ニに該当するとして不開示とした決定については,審査請求人が開示すべきとする部分は,同号ニに該当すると認められるので,不開示としたことは妥当であると判断した。


(第4部会)

委員 小林昭彦,委員 塩入みほも,委員 常岡孝好





別紙 本件対象文書(文書1ないし文書3)

文書1 特定年月日付の任命に係る意思決定過程における説明資料①

文書2 特定年月日付の任命に係る意思決定過程における説明資料②

文書3 特定年月日付の任命に係る意思決定過程における説明資料③

文書4 特定年月日付の任命に係る意思決定過程における伝達記録

文書5 日本学術会議会員の任命について(文書番号:府人第○号)



別表 本件対象文書の不開示部分及び不開示理由

文書番号

文書名

通し頁

通番

不開示部分

不開示理由

法5条の適用号

文書1

特定年月日付の任命に係る意思決定過程における説明資料①

1-1

右上の記載部分

人事に係る事務の内容についての記載であり,これを公にすることにより,公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれがある。(以下「不開示理由①」という。)

6号ニ

1-3

1行目,10行目及び17行目

任命されなかった候補者の氏名,専門分野及び所属・職名に関する記載であり,特定の個人を識別することができる情報であるとともに,こうした情報を公にすることにより,公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれがある。(以下「不開示理由②」という。)

1号及び6号ニ

1-4

5行目及び7行目

不開示理由②

同上

1-7

11行目

不開示理由②

同上

1-18

全て

不開示理由②

同上

文書2

特定年月日付の任命に係る意思決定過程における説明資料②

2-1

右上の記載部分

不開示理由①

6号ニ

本文の全て

不開示理由②

1号及び6号ニ

文書3

特定年月日付の任命に係る意思決定過程における説明資料③

3-1

右上の記載部分

不開示理由①

6号ニ

3-10

全て

不開示理由②

1号及び6号ニ