諮問庁 厚生労働大臣
諮問日 平成28年11月22日(平成28年(行情)諮問第690号)
答申日 平成29年 9月25日(平成29年度(行情)答申第236号)
事件名 特定労働基準監督署が特定事業場の労働者過半数代表者選出に関する指導等に当たって交付等を行った指導票等の控え等の不開示決定に関する件

答 申 書

第1  審査会の結論

「平成28年に特定労働基準監督署が,特定事業場の労働者過半数代表者選出に関する指導等に当たって,特定事業場に提示ないし交付した指導票等の文書の控え及び特定事業場が特定労働基準監督署の指導に関して特定労働基準監督署に提出した回答文書」(以下「本件対象文書」という。)につき,その全部を不開示とした決定は,妥当である。


第2  審査請求人の主張の要旨

1 審査請求の趣旨

本件審査請求の趣旨は,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「法」という。)3条の規定に基づく開示請求に対し,平成28年6月17日付け埼玉労働局開第28-5号により埼玉労働局長(以下「処分庁」という。)が行った不開示決定(以下「原処分」という。)について,その取消しを求めるというものである。


2 審査請求の理由

審査請求人が主張する審査請求の理由は,審査請求書の記載によると,おおむね以下のとおりである。

(1)不開示とした理由(1)「対象となる文書には,個人に関する情報であって,当該情報に含まれる氏名により特定の個人を識別できることができる情報が含まれており,法5条1号に該当し,かつ同号ただし書イからハまでのいずれにも該当しないため,当該情報に係る部分を不開示とした。」は理由がない。

今回開示請求を行った対象は,労働者過半数代表者という労働基準法に関する問題であり,法5条1号イ及びロに該当するものである。

就業規則に関して労働者を代表して使用者と交渉する労働者過半数代表者の選出が適正に行われたか否かは,労働条件の変更等の交渉に大きな影響を与える。すなわち,労働者の生活又は財産を保護するため,公にすることが必要な情報であることは明らかである。

したがって,労基署による労働者過半数代表者の選出や結果の公表に関する指導内容及びそれに対する法人の対応内容は,労働者過半数代表者の選出が適正であるか否かを知るために必要な情報である。


(2)不開示とした理由(2)「対象となる文書には,法人に関する情報であって,公にすることにより,当該法人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある情報が含まれており,法5条2号イに該当するため,当該情報に係る部分を不開示とした。」は理由がない。

本請求内容は,労働者過半数代表者の選出方法や結果の開示についての労基署による指導及び法人の対応に関する情報であり,大学に関わらず,いかなる法人においてもその選出や結果の公表が適切に行われることは当然のことであり,それが法人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害することはありえない。むしろ不開示とすることによって被る労働者の不利益は,法人の受ける不当な利益を上回ると考えられる。

そもそも本法人は学校法人である。私立大学は毎年多額の補助金を,一般国民の税金から受けている。こうした民間団体は稀有であり,労使交渉の対象である役員報酬,賃金等も含めて,その財務は高度の透明性を以て運用されるべきであり,そのためにも労働者過半数代表者が適正に選出されることが重要である。

「学校法人の権利」の保護ばかりが重んじられてはならず,同時にそうした「公共性」を持った民間団体としての義務が果たされなくてはならない。

本請求は,学校法人の行った行為に対し労基署が行った指導の開示を求めたものである。その中身が不開示であるならば,法人が労基署から指導の対象となる行為を繰り返しても,それを労働者側が指摘し,止めることができなくなる。むしろ,不開示と決定することによって,違法もしくは不当な行為の下での競争を容認することになれば,労働者の生活又は財産の保護が十分に果たされなくなる恐れがある。


(3)不開示とした理由(3)「対象となる文書には,開示することにより,犯罪の予防に支障を及ぼすおそれのあるものが記載されており,法5条4号に該当するため,当該情報に係る部分を不開示とした。」は理由がない。

労基署が指導を行えば,それが「情報公開制度」によって開示され,公の知ることになるというのであれば,労基法違反という犯罪の予防につながり,公益に利することが多いと考えられる。むしろ不開示とすることにより,同様の行為を行おうとする意思を持つ者が増えるのではないかと危惧される。


(4)不開示とした理由(4)「対象となる文書には,開示することにより,検査に係る事務という性格を持つ監督指導業務の適正な執行に支障を及ぼすおそれのあるものが記載されており,法5条6号に該当するため,当該情報に係る部分を不開示とした。」は理由がない。

厚生労働省は,例えば,「長時間労働が疑われる事業所」に対する監督指導結果を公表している。さらに,別添として,監督指導事例や監督指導結果も公開しており,今回請求した情報が開示されても,労基署の監督指導事務の適正な執行に重大な支障を及ぼすとは考えられない。さらには,労基署の監督官が,情報公開請求をされるという前提で書いた文書に「監督指導業務の適正な執行に支障を及ぼすおそれのあるもの」を記載することは無いと考えられる。

企業が,自ら労基署の是正勧告等の内容を公表しているケースも少なくない。また,是正勧告等とその対策を扱う組織も多く存在し,開示の問題は是正勧告の手法等に特有の問題ではなく,本来,監督指導事務の在り方の問題である。国民が的確に監視及び評価し批判することができる民主的な行政が推進されるよう,原則公開の情報開示を行うべきである。

今回の請求を不開示にすることによって,法人により,法5条6号イにある「・・・違法若しくは不当な行為を容易にし,若しくはその発見を困難にするおそれ」が助長されるのではないかと思われる。


第3  諮問庁の説明の要旨

1 本件審査請求の経緯

(1)本件審査請求人である開示請求者(以下,第3において「請求者」という。)は,平成28年5月19日付けで,処分庁に対して,法3条の規定に基づき,「平成28年に特定労働基準監督署が特定事業場の労働者過半数代表者選出に関する指導等にあたって交付等を行った指導票等の文書の控え及び特定事業場からの回答文書」との開示請求を行った。


(2)これに対し,処分庁が平成28年6月17日付け埼玉労働局開第28-5号により不開示決定(原処分)を行ったところ,請求者はこれを不服として,同年8月24日付け(同月25日受付)で審査請求を提起したものである。


2 諮問庁としての考え方

本件審査請求について,処分庁においては,法5条1号,2号イ,4号及び6号に該当するため,法9条2項の規定に基づく不開示決定を行ったものであるが,諮問庁としては,本件対象文書は,本来であれば,その存否を答えるだけで,法5条2号イ,4号及び6号イに掲げる不開示情報を開示することとなるため,法8条の規定に基づき,当該行政文書の存否を明らかにしないで,開示請求を拒否することが適当であると判断した。

しかしながら,本件の場合,既に対象行政文書を保有していることを明らかにした上で不開示決定を行っており,改めて原処分を取り消して法8条の規定を適用する意味はなく,原処分は結論において妥当であり,本件審査請求は棄却すべきものと考える。


3 理由

(1)本件対象文書の特定について

本件開示請求対象行政文書は,仮に存在するとすれば,平成28年に特定労働基準監督署(以下,第3において「特定署」という。)が特定事業場に対して交付した指導票又は是正勧告書の控え及び指導事項に対して特定事業場から提出された是正報告書である。

指導票とは,労働基準監督官が,管内に所在する事業場に臨検監督を実施し,法違反ではないものの文書により改善を求める事項がある場合に作成する行政文書である。是正勧告書とは,労働基準監督官が,管内に所在する事業場に臨検監督を実施し,労働基準関係法令に係る違反を認めた際に,その違反事項について是正すべき旨を記して,当該事業場に対して交付する行政文書である。これらの正本は事業場に交付するものであるため,労働基準監督署ではこれらの控えを保有することになる。

また,是正報告書とは,指導した事項について,事業場が労働基準監督署に対して改善の状況を報告するために提出する文書である。


(2)本件対象文書の不開示情報該当性について

特定事業場に対して交付した労働者過半数代表者選出に係る指導をした指導票等の存否を明らかにすることは,すなわち特定事業場において改善すべき労務管理状況であることの有無が明らかになることとなる。

このような場合,当該特定事業場に対する信用を低下させ,取引関係や人材確保等の面において,同業他社との間で競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある。

このため,本件対象文書の存否を明らかにすることは,法5条2号イの「公にすることにより,当該法人等の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるもの」という不開示情報を開示することとなるものである。

また,当該不開示情報は,当該特定事業場が特定署との信頼関係を前提として誠実に明らかにした事業場の実態であり,これが公にされた場合には,このような信頼関係が失われ,事業場が関係資料の提出等,特定署に対する情報提供に協力的でなくなり,また,指導に対する自主的改善意欲を低下させ,特定署に対する関係資料の提出等情報提供にも一切協力的でなくなるとともに,労働関係法令違反の隠ぺいを行うなど,労働基準行政機関が行う事務に関する情報であって,検査事務という性格を持つ臨検監督指導業務に係る事務に関し,正確な事実の把握を困難にするおそれ又は違法な行為の発見を困難にするおそれがあることから,これらの行政文書全体が法5条6号イに該当する。また,ひいては犯罪の予防に支障を及ぼすおそれがあることから,法5条4号の不開示情報にも該当するため,原処分を維持して不開示とすることが妥当である。

以上により,法8条の規定により本件開示請求を拒否すべきものである。


(3)請求者の主張について

請求者は,審査請求書の中で,法5条1号,2号イ,4号及び6号には理由がない旨主張しているが,本件不開示情報該当性については,上記(2)で示したとおりであることから,請求者の主張は失当である。


4 結論

以上のとおり,原処分は結論において妥当であるため,これを維持し,本件審査請求は棄却すべきと考える。


第4  調査審議の経過

当審査会は,本件諮問事件について,以下のとおり,調査審議を行った。

① 平成28年11月22日  諮問の受理

② 同日           諮問庁から理由説明書を収受

③ 同年12月7日      審議

④ 平成29年4月20日   本件対象文書の見分及び審議

⑤ 同年9月21日      審議


第5  審査会の判断の理由

1 本件対象文書について

本件対象文書は,「平成28年に特定労働基準監督署が,特定事業場の労働者過半数代表者選出に関する指導等に当たって,特定事業場に提示ないし交付した指導票等の文書の控え及び特定事業場が特定労働基準監督署の指導に関して特定労働基準監督署に提出した回答文書」である。

諮問庁は,本件対象文書は,存在するとすれば,平成28年に特定労働基準監督署が特定事業場に対して交付した指導票又は是正勧告書の控え及び指導事項に対して特定事業場から提出された是正報告書であると説明する。

処分庁は,本件対象文書を法5条1号,2号イ,4号及び6号に該当するとして不開示とする原処分を行った。

これに対し,審査請求人は,原処分の取消しを求めているが,諮問庁は,本件対象文書については,本来であれば,その存否を答えるだけで,法5条2号イ,4号及び6号イの不開示情報を開示することとなるため,法8条の規定に基づき,当該行政文書の存否を明らかにしないで,開示請求を拒否することが適当であると判断したが,原処分において本件対象文書を保有していることを明らかにした上で不開示決定を行っていることから,改めて原処分を取り消して同条の規定を適用する意味はなく,原処分は結論において妥当であるとしている。

このため,本件対象文書を見分した結果を踏まえ,本件対象文書の存否応答拒否の妥当性及び不開示情報該当性について,以下,検討する。


2 本件対象文書の存否応答拒否の妥当性について

(1)本件対象文書は,上記1のとおりであるところ,その存否を明らかにすると,特定事業場に対して労働基準監督機関から労働基準関係法令に関する行政指導が行われたという事実の有無(以下「本件存否情報」という。)を明らかにすることになると認められる。上記行政指導には,労働基準関係法令違反が認められた場合にされる是正勧告(是正勧告書の交付)のみならず,そのような法令違反が認められない場合にされる改善指導(指導票の交付)も含まれるため,本件存否情報は,必ずしも法令違反の有無を示すものではない。


(2)諮問庁は,本件存否情報が公にされた場合には,法5条2号イ,4号及び6号イの不開示情報を開示することとなると説明するが,労働基準監督機関は,労働基準関係法令の適正な運営及びその確保の観点から,幅広く臨検監督等を行っており,およそ事業者として事業活動を行い労働者を使用していれば,当該監督を受ける頻度等に差はあるものの,当該監督の結果何らかの指摘を受けあるいは当該指摘に基づき報告を行うことは,必ずしもまれなものではない。このような状況を踏まえれば,労働基準監督機関から,違法であるとの指摘か否かを問わず,およそ何らかの行政指導が行われたという事実や当該指導に基づき報告をしたという事実のみでは,直ちに,社会的イメージの低下を招き,求人活動等に影響を及ぼすおそれや取引先会社との間で信用を失うおそれがあるなど,当該事業場の正当な利益を害するおそれがあるものとまでは認められない。また,同様の理由により,犯罪の予防に支障を及ぼすおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由があるとは認められず,検査に係る事務に関し,正確な事実の把握を困難にするおそれ又は違法若しくは不当な行為を容易にし,若しくはその発見を困難にするおそれがあるとも認められない。

したがって,本件存否情報は,法5条2号イ,4号及び6号イのいずれにも該当するとは認められず,法8条の規定により存否応答拒否すべきであったとは認められない。


3 不開示情報該当性について

本件対象文書は,平成28年に特定労働基準監督署が特定事業場に対して交付した指導票等の文書の控え及び特定事業場が特定労働基準監督署の指導に関して特定労働基準監督署に提出した回答文書である。

これらの文書は,特定事業場が特定労働基準監督署から指摘を受けた,改善すべき労務管理に関する内容が個別具体的に記述されているものであり,これらを公にした場合,特定事業場に対する信用を低下させ,取引関係や人材確保の面等において,同業他社との間で競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるものと認められる。

本件対象文書は,事業場名を特定した上で開示請求が行われていることから,仮に事業場名を除いたとしても,特定事業場に関する情報であることは明らかであり,当該事業場の正当な利益を害するおそれがあるものと認められることから,これらの情報全体が法5条2号イに該当し,同条4号及び6号イについて判断するまでもなく,不開示としたことは妥当である。


4 審査請求人のその他の主張について

審査請求人は,その他種々主張するが,いずれも当審査会の上記判断を左右するものではない。


5 本件不開示決定の妥当性について

以上のことから,本件対象文書につき,その全部を法5条1号,2号イ,4号及び6号に該当するとして不開示とした決定について,諮問庁がその存否を答えるだけで開示することとなる情報は同条2号イ,4号及び6号イに該当するとして,その存否を明らかにしないで開示請求を拒否すべきであったとしていることについては,当該情報は同条2号イ,4号及び6号イのいずれにも該当するとは認められないので,諮問庁が本件対象文書の存否を明らかにしないで開示請求を拒否すべきであったとしていることは妥当ではないが,本件対象文書の全部は,同条2号イに該当すると認められるので,同条4号及び6号イについて判断するまでもなく,その全部を不開示とした決定は,妥当であると判断した。


(第3部会)

委員 岡島敦子,委員 葭葉裕子,委員 渡井理佳子