諮問庁 法務大臣
諮問日 平成28年 1月 8日(平成28年(行個)諮問第2号)
答申日 平成28年 3月16日(平成27年度(行個)答申第145号)
事件名 本人に係る平成27年司法試験論文式試験の答案の不開示決定に関する件

答 申 書

第1  審査会の結論

平成27年司法試験論文式試験における異議申立人本人の答案用紙に記録された保有個人情報(以下「本件対象保有個人情報」という。)につき,その全部を不開示とした決定は,妥当である。


第2  異議申立人の主張の要旨

1 異議申立ての趣旨

行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(以下「法」という。)12条1項の規定に基づく本件開示請求に対し,平成27年10月5日付け法務省人試第147号により,法務大臣(以下「処分庁」,「諮問庁」又は「法務大臣」という。)が行った不開示決定(以下「原処分」という。)について,その取消しを求める。


2 異議申立ての理由

異議申立人が主張する異議申立ての理由は,異議申立書の記載によると,おおむね以下のとおりである。

(1)法務大臣による本件処分の理由がないこと

ア 本件処分の理由

法務大臣は,「司法試験論文式試験の答案を開示することにより,司法試験事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある(法14条7号柱書き)」として,その具体的な理由を,「司法試験論文式試験・・・の正解が一義的に定まっているものではない。」という前提に立った上で,以下①~③のようにいう。

①「答案を開示すれば,開示された答案と成績通知による各科目別の得点を比較し,答案の採点について,司法試験委員会及び考査委員への質問や照会等が増加し,考査委員及び事務局職員等がそれぞれその有する業務に支障が生じるおそれ」


②「後に生じ得る個々の受験者等からの苦情や非難を回避することを考慮するあまり,採点者が答案に対して適正な評価を与えることが困難になり,さらには,法曹にとって必要な能力評価に適切な良問の作成をも困難にするおそれ」


③答案を「開示することとすれば,受験予備校等を介して,合格者あるいは上位成績者の答案が模範答案との扱いを受けて広く流布し,受験者の解答の方法等に影響を与え,あるいは,受験予備校が『答案の分析結果』等と称して成績上位のパターンなどを示すことにより,受験技術のみに頼った勉強法が蔓延し,司法試験による法曹養成の意義が害されるとともに,論文式試験によって上記のような能力評価をすることが困難になり,論文式試験の意義が失われるおそれ」


イ 本件処分の理由①~③に対する反論

(ア)法14条7号柱書きの解釈

法1条は,同法の目的について,行政機関において個人情報の取り扱いについての基本的事項を定めることにより,行政の適正かつ円滑な運営を図りつつ,個人の権利利益を保護することを目的とすると規定し,同14条は,開示しないことに合理的な理由がある情報を不開示情報として具体的に列挙し,この不開示情報が含まれていない限り,開示請求に係る保有個人情報を開示しなければならないと規定している。

このような法の各規定の趣旨からすれば,法12条に基づく開示請求がなされた場合には,開示が原則である。そして,法14条7号柱書きに定める「支障」の程度は,名目的なものでは足りず,実質的なものが要求され,「おそれ」の程度も単なる確率的な可能性ではなく,法的保護に値する蓋然性が必要である(大阪地判平成20年1月31日判決判タ1267号216頁)。

また,法1条が上記のように,行政の適正かつ円滑な運営と,個人の権利利益保護との調和を所期していることに鑑みれば,法14条7号柱書きの「適正」の要件判断においては,開示のもたらす支障のみならず,開示のもたらす利益も比較衡量すべきである(宇賀克也『新・情報公開法の逐条解説[第6版]』(有斐閣,2014年)108頁)


(イ)理由①~③が立つ前提の誤りないし評価誤認

法務大臣は,理由①~③の前提として,「司法試験論文式試験・・・の正解が一義的に定まっているものではない。」という。しかし,その前提は誤りであるか,少なくとも,現行司法試験の意義を誤って認識しているきらいがある。

司法試験は,「裁判官,検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定することを目的とする国家試験」(司法試験法1条1項)であって,「法科大学院課程における教育及び司法修習生の修習との有機的連携の下に行」われる(同条3項)。また,上記「有機的連携」について,法科大学院においては「将来の法曹としての実務に必要な学識及びその応用能力(弁論の能力を含む。次条第三項において同じ。)並びに法律に関する実務の基礎的素養を涵養するための理論的かつ実践的な教育を体系的に実施し」(法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関する法律2条1号),司法試験においては「法科大学院における教育との有機的連携の下に,裁判官,検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかどうかの判定を行」い(同条2号),司法修習においては「法科大学院における教育との有機的連携の下に,裁判官,検察官又は弁護士としての実務に必要な能力を修得させる」とされている(同条3号)。

同条1号の「将来の法曹としての実務に必要な学識及びその応用能力(弁論の能力を含む。次条第三項において同じ。)並びに法律に関する実務の基礎的素養」や,同条3号の「裁判官,検察官又は弁護士としての実務に必要な能力」を具体的に指し示す規定等は見当たらない。しかし,法律実務がいわゆる判例・通説をベースとして運用されていることに鑑みれば,司法試験論文式試験においても,判例・通説に沿った,少なくともそれらを踏まえた論述が求められており,そのような答案が高得点を獲得することに疑いはない。そうだとすると,確かに,論文式試験において論述の方法・表現等において全くの正解ないし完全解を想定するというのは考え難いが,上記のような意味で判例・通説に則った答案が,いわば《正解筋》の答案になるはずである。

そうすると,法務大臣の言う「司法試験論文式試験・・・の正解が一義的に定まっているものではない。」という意味は,正解が存在しないといった意味ではなく,《高得点を獲得できる複数の正解筋答案》があるという意味と考えるべきである。実際,司法試験論文式出題趣旨でも,判例・通説に則った正解筋を想定している記述が見られる。例えば,公法系第2問設問1における差止め訴訟の「『重大な損害を生ずるおそれ』の要件については,最高裁平成24年2月9日第一小法廷判決(民集66巻2号183頁)を踏まえて判断基準を述べた上で,本件命令後直ちにウェブサイトで公表されて顧客の信用を失うおそれがあることが,同要件に該当するかを検討することが求められる。」(平成27年司法試験論文式試験問題出題趣旨2頁),民事系第1問設問3について「責任能力がある未成年者の不法行為についての監督義務者の責任と被害者側の過失についてはいずれも確立した判例があることから,それを踏まえて検討することが期待されている。」(同6頁)などである。


(ウ)理由①について

理由①は,要するに,多数の司法試験受験生とりわけ不合格者が,自己の答案と成績通知書とを突き合わせたうえ,自己が不合格ないし当該点数となった理由や意見等を司法試験委員会や考査委員に問い合わせることが殺到するというものである。

確かに,法務大臣は,平成22年頃から一貫して「事務局には,個々の受験生からの問い合わせが電話等で多数寄せられているところ,特に成績通知後には,論文式試験の採点結果に関する問い合わせが相次ぎ,しかも増加傾向にある。」(情報公開・個人情報保護審査会平成22年5月24日答申(平成22年度(行個)答申第8号)14頁,情報公開・個人情報保護審査会平成24年8月3日答申(平成24年度(行個)答申第59号)9頁,情報公開・個人情報保護審査会平成25年9月11日答申(平成25年度(行個)答申第41号)12頁,情報公開・個人情報保護審査会平成26年6月11日答申(平成26年度(行個)答申第12号)16頁))という。まず,このような事実が,本当にあるのか統計資料・証拠等を開示して頂きたい。

仮に,上記事実があったとしても,多くの受験生が,司法試験受験直後に,いわゆる「再現答案」を作成するところ,これと成績通知書とを突き合わせることで,上記とほぼ同じ状況が生じている結果に過ぎない。そうすると,答案開示によって更に「論文式試験の採点結果に関する問い合わせが相次」ぐおそれはなく,答案開示と問い合わせ殺到との問の因果関係を欠く。しかも,平成28年司法試験以降は,「科目別得点に加え,各問別の順位ランクも通知する」(平成27年6月10日付け司法試験委員会決定「平成28年以降における司法試験の方式・内容等の在り方について」第4)とされたから,より上記因果関係を肯定することは困難である。したがって,答案を開示したことによって理由①が懸念するようなおそれが生ずるとはいえず,仮に,生じたとしても,従来に比べて問い合わせ数が僅かに増加するという程度でしかない。加えて,受験案内,受験票,合格発表HPないし掲示板等に「採点についての問い合わせ・質問には一切お受けできません」等の注意書きをすることによって,理由①の懸念するおそれを防ぐことは容易にできる。

また,受験者が答案を開示されることによって,出題趣旨・採点実感・基本書・判例等と照らし合わせることで,自らの実力の確認及び復習の機会を得ることとなる。合格者は,後述のとおり司法修習の前提となる能力の確認及び復習の機会となるし,不合格者であっても,当該能力の有無・程度の確認,復習及び再受験を判断する際の重要な材料となるから,受験者にとって答案を開示されることは,その重要な利益の確保になる。

したがって,理由①は,根拠が極めて薄弱か,又は答案開示との因果関係を欠くおそれであるのに対し,答案開示によって得られる受験者にとっての利益の保護が重要であるから,「司法試験事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれ」にはなり得ない。


(エ)理由②について

採点者が「後に生じ得る個々の受験者等からの苦情や非難を回避することを考慮する」と,何故に,「採点者が答案に対して適正な評価を与えることが困難になり,さらには,法曹にとって必要な能力評価に適切な良問の作成をも困難にするおそれ」があるのかが明らかでないが,前記情報公開・個人情報保護審査会平成25年9月11日答申12~13頁で法務大臣は次のように主張する。

「答案又は問別得点が後に開示されることとなれば,後日の問合せ,非難,中傷,嫌がらせ等へのおそれや煩わしさから,過度に硬直的な採点を行い,あるいは,他の考査委員の採点に合わせるなどして,考査委員が答案に対して適正な評価を与えることが困難となる。また,問合せ等に対して画一的に回答できるよう,形式的な採点が可能な問題作成に陥り,司法試験において求められる能力評価に適した良問の作成が困難となるおそれもある。すなわち,答案又は問別得点の開示によって,考査委員がその職責を適正に果たすことが困難になり,適正な試験事務の遂行に支障が生じるおそれは現実的であると考える。

また,考査委員は,任期付きの非常勤職員で,本務の傍ら,問題作成や採点といった多大な時間と労力を要する職務を行っており,その負担は非常に重い。考査委員を更なる物理的・心理的負担にさらすこととなれば,優秀な研究者や実務家から考査委員のなり手を探すことが難しくなる。」

これは結局,《答案開示することによって生ずる考査委員への問合せ,非難,中傷,嫌がらせ等に対応するのが面倒くさいため,考査委員のなり手がいなくなってしまう》ということであろう。しかし,前記(ウ)の通り,答案開示と問い合わせ殺到等との間の因果関係を欠く。また,不合理かつ過剰な非難・中傷・嫌がらせ等には,脅迫罪・名誉毀損罪・威力業務妨害罪等の告訴等で厳に対応すればよい。

そもそも,選抜試験を行って,しかもその内容を公表している以上,ある程度の批判は甘受しなければならないはずであり,《苦情や非難が生ずるから,良問を作成できない》というのは,良問作成の責務を負う司法試験委員会(司法試験法12条2項1号・3条4項)の責務を受験者に転嫁するものであって,不当である。司法試験委員会は,苦情や非難が生じないような良問を作成すべきなのである。

したがって,理由②は,答案開示との因果関係を欠く事態を前提としたうえで,良問作成の責務を受験生に転嫁するものであるに過ぎず,「司法試験事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれ」とは言えない。


(オ)理由③について

理由③にいう「司法試験による法曹養成の意義」「論文式試験の意義」というのは,必ずしも明らかではないが,司法試験法3条2項が「論文式による筆記試験は,裁判官,検察官又は弁護士となろうとする者に必要な専門的な学識並びに法的な分析,構成及び論述の能力を有するかどうかを判定することを目的」とするとし,同条4項が「司法試験においては,その受験者が裁判官,検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力を備えているかどうかを適確に評価するため,知識を有するかどうかの判定に偏することなく,法律に関する理論的かつ実践的な理解力,思考力,判断力等の判定に意を用いなければならない。」としていることから,これらのことを指すのであろう。

上記の条項が所期する能力判定は,相当に高度のものであって,現行の司法試験は事例問題を基礎としたいわゆる長文問題を出題している。そうすると,合格者ないし上位成績者の答案が流布したからといって,それを他の問題にも容易に模倣ないし流用することはできないのであるから,「受験技術のみに頼った勉強法が蔓延」するとは言えない。受験者も,合格者ないし上位成績者の答案を模倣ないし流用したのみで,合格ないし上位合格できると考えているとは到底思えない。また,前記(イ)で述べたように,法務省による出題趣旨の発表により,高得点を獲得できる正解筋の答案が極めて高度に想定できるのであるから,受験生が司法試験対策としてまず第一に過去問と出題趣旨を用いる現状に鑑みれば,法務大臣が懸念するような現行司法試験の趣旨・意義に沿わない「受験技術のみに頼った勉強法が蔓延する」などということはあり得ない。仮に,答案開示により「受験技術のみに頼った勉強方法が蔓延する」おそれを認めると,出題趣旨の内容,ひいては,現行司法試験自体が,法務大臣の言う「受験技術のみに頼った勉強法」だったという結論になるだろう。そして,前記(エ)で述べたところではあるが,司法試験法3条2項・4項の趣旨に沿うように良問を作成し能力評価するのは,司法試験委員会の責務であって,受験生の答案を開示した程度で良問作成ないし能力評価ができなくなるというのは,同会の怠慢に過ぎず,その責務を受験生に転嫁する論理である。

したがって,理由③は,予備校のパターンに当てはまらない良問を作成し適切な能力評価をするという司法試験委員会の責務を棚上げにしたうえ,受験生の答案が流布することで論文式試験の意義が失われるという無理な推論をしているに過ぎないから,「司法試験事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれ」にはなり得ない。


(カ)司法書士試験との均衡について

前記情報公開・個人情報保護審査会平成25年9月11日答申(平成25年度(行個)答申第41号)の異議申立人は「同じ法務省が主催する国家試験であり,またほぼ同じ司法試験の受験予備校が講座を開いて指導を行っている司法書士試験においては受験者に記述式試験の答案が開示されるのに,司法試験においては受験者が試験会場において自ら作成した論文式試験の答案が一切開示されないというのは著しく不合理である」(同答申13頁)と主張しており,私も,全くその通りであると考えるから,これを引用する。そして,前記(ア)の通り,法14条7号柱書該当性は,開示のもたらす支障と開示のもたらす利益との比較衡量の問題であるから,他類似制度との平等性・均衡性も考慮要素となるはずである。

しかるに,法務大臣は「司法書士と司法試験は,異なった目的の試験で,形式も異なる別個のものであり,司法試験では,旧司法試験で生じた問題点を解消するために新たな法曹養成制度が導入されたという現行制度の趣旨もあるので,司法書士の保有個人情報の開示状況によって,司法試験の保有個人情報の開示の可否が左右されるものではな」いなどと反論する(同答申14頁)。しかし,①「異なった目的の試験」及び「旧司法試験で生じた問題点を解消するために新たな法曹養成制度が導入されたという現行制度の趣旨」によって,なぜ司法試験のみ答案開示が否定されるのか,②司法試験も司法書士試験も,筆記がある点で同じ形式なのではないのかという2点につき更なる説明・反論を求める。


(キ)結論

以上,反論・検討してきたように,法務大臣の示す理由①~③は,いずれも「司法試験論文式試験の答案を開示することにより,司法試験事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある」とは言えないのであって,法14条7号柱書きに該当しない。よって,法12条1項・14条柱書きに基づき,本件処分に係る保有個人情報は開示されるべきである。


ウ 論文式試験の答案開示についての異議申立人の意見

このたび,平成27年司法試験公法系第1問の問題内容が,考査委員のX氏によって特定学生へ漏えいされる,という前代未聞の事件が起こった。これは,直接には,X氏の規範意識や人間性等に原因があるかもしれない。しかし,司法試験委員会が10年以上もの長きに渡ってX氏を考査委員へ任命するなど閉鎖的な体制が生じさせた事件とも評価しうる。

現在,司法試験委員会ではWTが設置され,改革の動きが生じているが,答案開示もこの改革の一つとして取り入れて欲しい。受験生にとって,自分の何がどのように評価されたかは,一番気になるところである。その評価の唯一の対象となる答案が返却されないというのは,受験生を極めて不安に駆らせる。また,受験時の実力を計る答案がないというのは,不合格だった場合に再チャレンジするか否かの重要な判断材料がないのであって,場合によっては実力のない者に無為な挑戦をさせてしまうおそれもある。そして,今般の上記事件との関係で言えば,答案が確実に返却されるということによって,受験生が出題趣旨,採点実感,基本書,判例等と照らし合わせる機会を確保できるので,考査委員が不正を働いていない,答案の取り違い等の事務上の過誤が行われていないという担保にもなる。

実際に,多くの法科大学院でも試験の答案は返却されているのであって,理由①~③の懸念するデメリットが仮にあるとしても,それよりも受験生のメリットは大きく,答案返却による問題は生じていない。

このような意見があることを鑑み,処分庁での先例(情報公開・個人情報保護審査会平成22年5月24日答申(平成22年度(行個)答申第8号)14頁,情報公開・個人情報保護審査会平成24年8月3日答申(平成24年度(行個)答申第59号)9頁,情報公開・個人情報保護審査会平成25年9月11日答申(平成25年度(行個)答申第41号)12頁,情報公開・個人情報保護審査会平成26年6月11日答申(平成26年度(行個)答申第12号)16頁)を今一度見直し,異議申立人の答案を開示するよう願う。


(2)法16条に基づき裁量的開示を行うべきこと

ア 仮に,本件処分が法14条7号に照らして正当なものとしても,司法修習生である異議申立人の権利利益を保護するため特に必要があるから,裁量的開示(法16条)を行うべきである。以下,その理由を示す。


イ 司法試験法・裁判所法の定め

司法試験法1条は「司法試験は,・・・司法修習生の修習との有機的連携の下に行うものとする。」と規定し,裁判所法66条は「司法修習生は,司法試験に合格した者の中から,最高裁判所がこれを命ずる。」と規定する。そうすると,司法試験は,当然のことながら,司法修習生にふさわしい法的能力を持つ者を選抜するための試験であって,司法修習の前提となる法的知識及び法的分析力・構成力・論述カを図っている(司法試験法3条2項)。


ウ 論文式試験の答案の開示が受験生の権利利益にとって重要なものであること

そうとすれば,たとえ司法試験合格者であっても,自らが上記のような試験において,いかなる能力を発揮できたか確認し復習ができるような機会をできる限り設けるべきである。そして,自らが現場で書いた答案を返却することによって,受験者が司法試験の問題,基本書,判例,出題趣旨,採点実感等と実際に照らして上記能力を確認・復習する機会を確保できるというべきである。仮に,受験者が再現答案を作成していたとしても,時間制限があって極限の緊張の中書いた答案を,一字一句再現することなど到底不可能であって,所詮再現答案は,いくらか《盛った》答案になってしまうから,自らの能力を確認し復習する機会の点からはあまり役立たない。実際の答案が重要なのである。なお,異議申立人は,再現答案を作成していない。


エ 結論

したがって,司法試験論文式試験の答案は,司法修習生である異議申立人にとって重要な復習等の材料であって,これを開示することが司法修習を司法試験法・裁判所法の企図する有意義なものとするから,開示することを特に必要とする。


第3  諮問庁の説明の要旨

1 司法試験制度について

(1)司法試験の目的及び実施機関

司法試験は,裁判官,検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定することを目的とする国家試験である(司法試験法(昭和24年法律第140号)1条1項)。

司法試験の実施に関する事務は,国家行政組織法(昭和23年法律第120号)8条及び司法試験法12条1項に基づき法務省に置かれた司法試験委員会がつかさどる。

司法試験委員会には,司法試験における問題の作成及び採点並びに合格者の判定を行わせるため司法試験考査委員(以下「考査委員」という。)が置かれ(同法15条1項),司法試験の合格者は,考査委員の合議による判定に基づき,司法試験委員会が決定する(同法8条)。

司法試験委員会の庶務に関する事務は,法務省大臣官房人事課(以下「事務局」という。)において処理する(司法試験委員会令(平成15年政令第513号)7条,法務省組織令(平成12年政令第248号)16条)。


(2)司法試験における成績評価の概要

司法試験は,短答式及び論文式による筆記の方法により行い,合格者の判定は,短答式による筆記試験で合格に必要な成績を得た者につき,短答式による筆記試験及び論文式による筆記試験の成績を総合して行う(司法試験法2条1項及び2項)。

論文式による筆記試験(以下「論文式試験」という。)は,公法系科目,民事系科目,刑事系科目及び選択科目(倒産法,租税法,経済法,知的財産法,労働法,環境法,国際関係法(公法系)又は国際関係法(私法系)から一科目を選択)について行われる。問題数は,公法系科目,刑事系科目及び選択科目については2問,民事系科目については3問が出題され,試験時間は,公法系科目及び刑事系科目が4時間(問題1問につき各2時間),民事系科目が6時間(問題1問につき各2時間),選択科目が3時間である。配点は,公法系科目及び刑事系科目については,問題1問につき100点配点の計200点満点,民事系科目については,問題1問につき100点配点の計300点満点,選択科目については,2問で計100点満点である。

科目ごとの得点は,その科目内における各問の得点の合計点である。各問の得点は,各問において複数の考査委員により採点された得点の平均点であり,考査委員により採点された得点とは,考査委員により付された素点を標準偏差を用いて採点格差調整した後のものである。なお,いずれかの科目において,各問における各考査委員が付した素点の平均点を合計したものが満点の25%点未満である場合には,それだけで不合格となる。

短答式による筆記試験で合格に必要な成績を得た受験者に対しては,論文式試験の科目別得点,合計得点,合計得点による順位等を通知している。また,論文式試験については,科目ごとに得点別の分布表を公表しているため,受験者は,これを通知された科目別得点と照らし合わせれば,自らの科目別の順位についても知ることができる。


2 本件開示請求及び開示しないこととした理由について

(1)本件開示請求に係る保有個人情報について

異議申立人は,平成27年司法試験論文式試験の本人の答案(以下「本件情報」という。)の開示を求めている。

本件情報は,公法系科目及び選択科目については平成27年5月13日,民事系科目については同月14日,刑事系科目については同月16日に実施された司法試験論文式試験の終了後にそれぞれ取得し,司法試験の合否判定等のために保有している情報である。


(2)開示しないこととした理由

司法試験の論文式試験は,法曹になろうとする者に必要な専門的な学識並びに法的な分析,構成及び論述の能力を有するかどうかを判定することを目的とするものであるが(司法試験法3条2項),本来,論文式試験に関しては,その正解が一義的に定まっているものではない。

現在,成績通知によって,各科目の得点を受験者に通知しているところ,答案を開示すれば,答案の採点について,司法試験委員会及び考査委員への質問や照会等が増加し,考査委員及び事務局職員等の業務に支障が生じるおそれがある。また,後に生じ得る個々の受験者等からの苦情や非難を回避することを考慮するあまり,採点を担当する考査委員が答案に対して適正な評価を与えることが困難になり,さらには,法曹にとって必要な能力評価に適切な良問の作成をも困難にするおそれがある。

加えて,本件情報を開示することとすれば,受験予備校等を介して,合格者あるいは上位成績者の答案が模範答案との扱いを受けて広く流布し,受験者の解答の方法等に影響を与え,あるいは,受験予備校が「答案の分析結果」等と称して成績上位の論述パターンなどを示すことにより,受験技術のみに頼った勉強法が蔓延し,司法試験による法曹養成の意義が害されるとともに,論文式試験によって上記のような能力評価をすることが困難になり,論文式試験の意義が失われるおそれがある。

したがって,本件情報を開示することにより,司法試験事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある(法14条7号柱書き)ことから,保有個人情報の開示をしない旨の決定を行った。


3 本件異議申立てに理由がないこと

(1)新たな法曹養成制度の意義が損なわれること

ア 新たな法曹養成制度における司法試験の役割

平成13年6月に司法制度改革審議会が新たな法曹養成制度の導入を提言したことを受けて,司法試験法及び裁判所法の一部を改正する法律(平成14年法律第138号)が成立し,平成17年12月1日に同法の一部の施行によって司法試験法が改正され,それまでの司法試験(以下「旧司法試験」という。)に代わる司法試験が平成18年から実施されることとなった。

旧司法試験においては,厳しい受験競争の下,受験者が受験技術の習得を優先し,受験予備校に大幅に依存する傾向が著しくなり,法曹となるべき者の資質の確保に重大な影響を及ぼすに至っていることが問題視されていた。旧司法試験の論文式試験の答案については,「表面的,画一的,金太郎飴的答案」,「同じような表現のマニュアル化した答案」,「パターン化しており,それも同じ間違いをしている答案」,「落ちない答案」等が多く,その結果,「受験者の能力判定が年々困難になってきている」,「これ以上答案の画一化が進むと,能力判定そのものが大変困難になる」と指摘されるとともに,仮に,能力判定が可能であっても,「その結果生み出される法曹全体の質的な劣化というものは,極めて深刻なもの」であるとの指摘がされていたところである(司法制度改革審議会議事録等)。このような実情については,多くの受験者が受験予備校を利用するなどして,論点ごとに整理された教材,あるいは過去の試験問題や想定問題についての解答例を集めた教材等を使用してその内容を覚えていくという勉強の仕方をしていることが主たる原因であると指摘されていた。さらに,科目別得点の順位ランクが「A」である論文式試験合格者の再現答案について詳細な分析を加えた書籍が,受験予備校等から発行されていたことからも明らかなとおり,受験予備校等は,受験者から論文式試験の再現答案を集め,成績通知により上位にランクされた者の再現答案をもっともらしく分析し,高い評価を得る答案の共通点等を多数受験者に示すなどの受験指導を行っており,このことが上記のような問題状況に拍車をかけていた。

他方で,21世紀の社会経済情勢の変化に伴い,より自由かつ公正な社会の形成を図る上で法及び司法の果たすべき役割がより重要なものとなり,多様かつ広範な国民の要請にこたえることができる高度の専門的な法律知識,幅広い教養,国際的な素養,豊かな人間性及び職業倫理を備えた多数の法曹が求められることとなった。

司法制度改革においては,これらを踏まえて,21世紀の司法を担うにふさわしい,質・量ともに豊かな法曹を確保するため,司法試験という「点」のみによる選抜ではなく,法学教育,司法試験,司法修習を有機的に連携させた「プロセス」としての法曹養成制度へと大きな転換が図られ,その中核を担うものとして,法曹養成に特化した実践的な教育を行う法科大学院が新たに導入された。

法科大学院では,法曹となるべき資質・意欲を持つ者が入学し,厳格な成績評価及び修了認定が行われることを不可欠の前提とした上で,その課程を修了した者のうち相当程度の者が司法試験に合格できるよう,充実した教育を行うこととされた(司法制度改革審議会意見書)。すなわち,法科大学院においては,法曹の養成のための中核的な教育機関として,各法科大学院の創意をもって,入学者の適性の適確な評価及び多様性の確保に配慮した公平な入学者選抜を行い,少人数による密度の高い授業により,将来の法曹としての実務に必要な学識及び弁論能力を含むその応用能力並びに法律に関する実務の基礎的素養を涵養するための理論的かつ実践的な教育を体系的に実施し,その上で厳格な成績評価及び修了の認定を行うこととされ(法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関する法律(平成14年法律第139号)2条1号),設置基準等において,開設すべき授業科目や教員の配置数などが定められている上,定期的に第三者評価機関による評価を受けなければならないこととされている(専門職大学院設置基準(平成15年文部科学省令第16号),専門職大学院に関し必要な事項について定める件(平成15年文部科学省告示第53号)等)。

司法試験は,このような法科大学院の在り方を前提として,受験資格が原則として法科大学院修了者に限定されることとなり(司法試験法4条1項),制度の枠組みが大幅に変えられた。司法試験は,裁判官,検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかを判定することを目的とし,法曹にふさわしい者を選抜する役割を有するとともに,法科大学院を中核とする法曹養成制度の一環として位置付けられ,法科大学院教育との有機的連携の下に行われることとなった(法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関する法律2条,司法試験法1条参照。)。

このように,新たな法曹養成制度の趣旨は,法曹にふさわしい知識・能力等の涵養を法科大学院課程を通じて行うことにあり,法科大学院生が法科大学院課程の履修に専念せず,これを軽視しおろそかにするような事態となれば,新たな法曹養成制度の意義が損なわれることとなるのみならず,法科大学院を中核とするプロセスとしての法曹養成制度そのものが成り立たなくなる。司法試験は,法科大学院課程を履修した成果を測るものであり,司法試験の受験対策のみを目的とした指導や受験技術の習得は,およそ本末転倒と言うべきものであって,新たな法曹養成制度の理念に真っ向から反するものである。


イ 司法試験における現状

しかしながら,現在も,複数の大手の受験予備校や受験雑誌等による司法試験の受験指導が大々的に行われているところ,論文式試験については,様々な受験対策講座の開設や書籍の販売が行われ,そこでは「合格答案」を作成するための答案作成技術の指導が売り物にされ,受験者の再現答案がそのような受験指導の材料として利用されるなどしており,司法試験の現状においても,旧司法試験の弊害とされていた,新たな法曹養成制度の理念に反する受験対策に傾斜しかねない情報が受験者の間に広く出回っている状況にある。

そして,受験予備校は,受験者に対し,司法試験の試験会場の出口でビラを配ったり,ホームページで広告したりするなどして,金品を対価に再現答案の提出を広く募り,成績通知の提出も求めた上,成績上位者に高額の謝礼を上積みするなどしている。その「再現答案」は当該受験者の科目別得点等と併せて書籍に掲載されるなどして利用されており,受験者本人のために拡充したはずの成績通知制度が,司法制度改革の理念に反するような学習姿勢を広めかねない受験情報として利用されている実態がある。

このような再現答案やその分析結果の利用は,どのような答案を書けば手っ取り早く高得点が取れるかという受験対策としての意味しかなく,法曹としての本質的な能力の涵養には無意味かつ有害であって,新たな法曹養成制度の理念に反する。

実際,採点を担当した考査委員による採点実感においても,このような現状に対する懸念が表明されており,「受験生が典型的論点に関する論述例の暗記に偏重するなどした勉強方法をとった結果,事案の特殊性を考慮して個別具体的な解決を模索するという法律実務家に求められる姿勢を十分に習得していないのではないかと懸念される」(平成22年刑事系科目第1問),「行政処分の違法性に関する法律論を組み立てる基本的な能力を試すために,大きく配点したが,行政法規にいう行政処分の「条件」の意味を誤解してつまずき,的外れな方向に論述を進めてしまう答案や,処分要件を十分検討しないまま行政裁量を援用し,論述が粗雑になる答案が目立った。また,設問2では,授益的行政処分の撤回という基本的な概念について,事案及び関係規定に即して論述できていない答案が予想外に多かった。いずれの設問に関しても,論点単位で論述の型を覚える学習の弊害が現われた結果のように感じられ,残念であった。」(平成26年公法系科目第2問),「論じる必要がないと考えられるにもかかわらず,これを論じているものが散見された。マニュアル的,パターン的に準備してきたものをそのまま書くのではなく,なぜその点を論じる必要があるのかを事案に即して考えて論じていくべきである。」(平成27年公法系科目第1問)などと述べられている。


ウ 答案を開示することによって生じる支障

このような司法試験における受験対策の現状に照らせば,答案そのものが開示されることとなれば,上記のような新たな法曹養成制度の理念に反する受験対策が蔓延する傾向に一層拍車がかかることになることは明白である。

上記のとおり,現在でも,受験予備校等が再現答案を収集し,これを利用した受験指導を行われている。しかしながら,再現答案は,実物の答案ではなく,あくまで受験者が記憶に基づいて再現したらしいという前提の下に,流布され,分析等に利用されているものであり,再現答案は,実物の答案と一言一句違わず正確に再現されたものであるとは常識的に考えられない上,再現に当たって記述の訂正や追加・変更を行うなど手を加えられたものであることを前提として流布・利用されている。

これに対し,現物の答案においては,再現の正確性を疑う余地がなく,得点との関連性も確実なものとして受け止められることとなる。そのため,答案を比較して分析を行うに当たっても,得点の差異と記載内容の差異に照らして,よりもっともらしい分析を行うことが可能となる。したがって,現物の答案を開示することとなれば,当該答案やその分析結果は,格段に高い信ぴょう性をもって受け止められることとなる。

再現答案しか入手できない現状においても,受験予備校等によるこれを利用した受験指導が蔓延しつつあることに照らせば,答案の開示によってその傾向に一層拍車をかけることとなることは疑いがない。

となれば,受験期間が制限される司法試験においては,司法試験の合格に直結するような答案作成技術を求めて,合格者の実際の答案の体裁や書き振りを模倣するなど,実際の答案を利用したもっともらしい分析に基づく受験指導を安易に受け入れる受験者が多くなり,受験技術に強く影響された画一的な答案が増加する蓋然性が高い。

司法試験の論文式試験は,出題された事例について法的に解析した上で,論理的な思考に基づき,法令の解釈や適用を行い,それを論理的・説得的に構成・論述して表現することを求め,それを総合的に評価することにより,受験者の単なる知識の有無のみならず,法曹となるべき理論的かつ実践的な理解力,思考力,判断力等を判定するものである。しかし,上記のような受験指導によって,受験者が過去の成績上位者の答案の体裁や書き振りを模倣して,いかにも自己の表現であるかのように記載し,法曹に必要な学識及び応用能力を有することを見せ掛けた答案を作成することとなると,その受験者の能力を適切に判定することが困難となり,司法試験事務の適正な遂行に重大な支障を及ぼす。

そうなれば,法科大学院が受験指導を排し,理念に沿った教育を目指しているにもかかわらず,新たな法曹養成制度の一環としての司法試験の意義が没却され,その理念が著しく損なわれるとともに,旧司法試験と同様,受験者が各法分野について原理的,体系的に知識を習得する努力を怠り,法曹となるべき者の資質の確保に重大な影響を及ぼし,柔軟な応用力を備えない者が合格点を得るなどといった問題を招くおそれもある。


(2)考査委員等が適正に職責を果たすことが困難になること

ア 司法試験における採点の在り方等

司法試験における問題の作成及び採点並びに合格者の判定は,考査委員が行うこととされている(司法試験法15条1項)。考査委員は,当該試験を行うについて必要な学識経験を有する者から司法試験委員会の推薦に基づき任命されるものであり(同条2項),考査委員の氏名,所属等は公表されている。

考査委員がこれらの権限を行使するに当たって,合格者の判定については考査委員の合議によることとされ(同法8条),具体的には,考査委員会議において行うこととされている(司法試験委員会令2条1項及び3項)。また,司法試験における問題の作成及び採点並びに合格者の判定の基本方針その他これらの統一的な取扱いのために必要な事項は,考査委員会議を開いて定めることができるとされている(同条2項)。このように,考査委員が考査委員会議という合議体によって権限を行使することを求められているのは,合格者の判定のみであり,また,合議体によって決することができるとされているのは,考査委員の権限事項に係る基本方針その他統一的な取扱いのために必要な事項のみである。すなわち,考査委員の権限のうち,問題の作成及び採点については,法務大臣が各考査委員に対し個別に委任しているものであって,考査委員の合議によって決することはそもそも予定されていない。

そして,論文式試験の採点については,考査委員会議において,「司法試験における採点及び成績評価等の実施方法・基準について」と題する書面記載の内容が申合せ事項とされ,公表されているが(平成26年11月19日司法試験考査委員会議申合せ事項),これは各年共通の一般的なものであり,個別の出題に即したものではない。この申合せ事項以上の内容は考査委員会議において合意されておらず,個々の答案の具体的な採点は,各考査委員の裁量に委ねられている。それは,次のような論文式試験の意義や性格等によるものである。

すなわち,司法試験は,「裁判官,検察官又は弁護士になろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定することを目的」とし(司法試験法1条1項),「受験者が裁判官,検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力を備えているかどうかを適格に評価するため,知識を有するかどうかの判定に偏ることなく,法律に関する理論的かつ実践的な理解力,思考力,判断力等の判定に意を用いなければならない。」とされている(同法3条4項)。正解が一義的に定められる必要のある短答式試験によっては,このような能力を試すことには自ずから限界があり,こうした観点からの能力の判定は,もっぱら論文式試験によって行うこととなる。

そのため,論文式試験は,正解が一義的に与えられ得るものではなく,前述のとおり,出題された事例について法的に解析した上で,論理的な思考に基づき,法令の解釈や適用を行い,それを論理的・説得的に構成・論述して表現することを求め,それを総合的に評価することにより,受験者の単なる知識の有無のみならず,法曹となるべき理論的かつ実践的な理解力,思考力,判断力等を判定するものである必要があり,このような論文式試験の意義に沿った判定を可能とするためには,いわゆる論点主義による画一的・硬直的な採点ではなく,個々の考査委員の専門的知識,学識経験等に基づいた,独立した判断で柔軟な評価がなされなければならない。

他方で,個々の考査委員が独立して採点する結果,得点にばらつきが出ることがあり得ることを前提とし,受験者間に不公平が生じることを避けるため,上記申合せ事項においては,一通の答案を複数の考査委員によって採点し,かつ,偏差値による得点調整を行うことなどが定められている。

このように,論文式試験の採点において個々の考査委員に求められていることは,他の考査委員から独立して,自己の高度な専門知識と識見に基づき,良心に従い,自由かつ公正中立に,個々の答案を審査して評価を与えることであって,このことは,論文式試験の判定機能を適切に機能させ,司法試験がその役割を果たすために必要不可欠である。


イ 採点に関する問合せ等の現状

他方,事務局には,個々の受験者からの問合せが電話等で多数寄せられているところ,特に成績通知後には,論文式試験の採点結果に関する問合せが相次ぎ,しかも増加傾向にある。そのほとんどは不合格者であって,成績通知に記載された科目別得点が自らの認識と比べて低すぎるというものであり,中には,自己の再現答案に対する第三者の評価や他の者の再現答案との比較を根拠として,採点の過誤や不当性を主張するものもある。このような問合せに対しては,適正に事務処理を行っている旨説明しても納得を得られないため,これに応対した職員が長時間を割いて特段の対応を強いられている状況にある。


ウ 答案を開示することによって生じる支障

論文式試験の答案を開示することとなれば,受験予備校等の後押しによって,多数の受験者から大規模に答案の開示請求が行われることとなるのは明らかであり,また,とりわけ不合格者にあっては,開示された情報から何らかの理由を作出して採点の過誤を主張しようとすることが容易に予測され,開示請求の著しい増大とこれに伴う事務局への問合せ等の増加が見込まれる。

現物の答案は,その内容と得点との結びつきが確実であり,更に他の答案との比較によって,より具体的な根拠をもって,採点の不当性を主張することが可能となるため(例えば,「なぜAの答案がBの答案よりも点数が高いのか。採点がおかしいのではないか。」などといった問合せを多数招来すると見込まれる。),問合せ等の増加と深刻化がより進むことが見込まれる。採点に不満を持つ者に対して,応対した職員が説明に十分な時間を割いたとしても,その納得を得られるような説明を行うことは極めて困難であって,司法試験事務の運営に支障が生じるおそれが極めて大きい。

このような場合,事務局における説明では対処できなくなり,考査委員に対し,個別に答案や素点の再確認を求め,あるいは,採点方針について説明を求める事態も生じ得る。また,事務局において説明を尽くすことが困難であるため,考査委員に対して直接問合せ等がなされるおそれも高くなり,考査委員が採点に不満を抱く者からの苦情・嫌がらせ等にさらされるおそれも生じる。

過去には,司法試験に落ちた腹いせに,複数の法務・検察幹部が脅迫されるなどした事件もある。考査委員は,氏名・所属を公表されている上,特に研究者の委員については人数が限られており,個人攻撃の対象となるおそれが極めて大きい。

前述のとおり,司法試験において,法律に関する理論的かつ実践的な理解力,思考力等の判定を可能とするには,論点主義による画一的・硬直的な採点ではなく,個々の考査委員の学識経験等に基づいた独立した判断による柔軟な評価がなされる必要がある。そのため,論文式試験の個々の答案の具体的な採点は,考査委員の裁量に委ねられており,個々の考査委員に求められることは,他の考査委員から独立して,自己の高度な専門知識と識見に基づき,良心に従い,自由かつ公正中立に,個々の答案を審査することである。このような観点から答案の審査が行われているため,個々の答案の具体的な採点について,事後的に,その全てを形式的,客観的に説明することは容易ではない。

答案が後に開示されることとなれば,後日の問合せ,非難,中傷,嫌がらせ等へのおそれや煩わしさから,過度に硬直的な採点を行い,あるいは,他の考査委員の採点に合わせるなどして,考査委員が答案に対して適正な評価を与えることが困難となる。また,問合せ等に対して画一的に回答できるよう,形式的な採点が可能な問題作成に陥り,司法試験において求められる能力評価に適した良問の作成が困難となるおそれもある。すなわち,答案の開示によって,考査委員がその職責を適正に果たすことが困難になり,適正な司法試験事務の遂行に支障が生じるおそれは現実的かつ差し迫ったものである。

また,考査委員は,任期付きの非常勤職員で,本務の傍らで,問題作成や採点といった多大な時間と労力を要する職務を行っているところ,ただでさえその負担は非常に重い。考査委員を更なる物理的・心理的負担にさらすこととなれば,優秀な研究者や実務家から考査委員のなり手を探すことが困難となることは必至である。

したがって,答案を開示することによって,司法試験事務の適正な遂行に種々の支障が生じることは明らかである。


(3)小括

以上のように,上記(1)及び(2)で詳述したとおり,本件情報を開示することによって,司法試験事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある(法14条7号柱書き)ことは明らかである。

この点,司法試験論文式試験の答案の不開示決定に対する異議申立に係る過去の答申(平成21年度(行個)答申第96号,平成22年度(行個)答申第8号,平成25年度(行個)答申第41号)においても,概要,「受験予備校による再現答案の収集,利用の状況を踏まえると,情報を開示すれば,受験予備校が他の相当数の受験者に働き掛けて,同様の開示請求を行わせる蓋然性は極めて大きく,これに応じた答案に基づく分析の方が現実に即したものであることは否定できないから,当該答案作成者の成績と併せて,高成績を得やすい答案作成の技法等を今までより一層それらしく説明することが可能となる。そして,受験回数が制限される新司法試験においては,このような受験予備校が提示する技法等を安易に受け入れる受験者が多くなり,上記のような法曹養成制度改革の一環としての新司法試験の意義が没却されるおそれや,受験予備校での受験技術に強く影響された画一的な答案が増加し,法曹となるべき資格の有無を適切に評価することが困難になるおそれが生ずる蓋然性が高まり,その結果,新司法試験事務の適正な遂行に支障を及ぼす具体的なおそれがあると言わざるを得ない。」,「現物の答案はその内容と得点の結びつきが確実であることから,より具体的に採点の不当性を主張することが可能となるため,司法試験委員会及び考査委員への質問,照会,あるいは考査委員に対する中傷が増加し,考査委員及び事務局職員等がそれぞれ有する業務に支障が生じるおそれがあることが認められる。」,「司法試験においては,個人の権利利益の保護という法の目的を離れて,受験予備校等が働きかけることにより,多数の受験者による開示請求が行われ,その弊害が予測される状況を踏まえれば,たとえ本人に対する開示であっても,司法試験事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあると言わざるを得ない。」旨指摘がなされ司法試験事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあることから,いずれの異議申立ても棄却されてきたところである。


4 異議申立人の主張に対する反論

(1)論文式試験の意義について

以上に対し,異議申立人は,「法律実務がいわゆる判例・通説をベースとして運用されていることに鑑みれば,司法試験論文式試験においても,判例・通説に沿った,少なくともそれらを踏まえた論述が求められており,そのような答案が高得点を獲得することに疑いはない。そうだとすると,『もとより論文式試験に関しては,その正解が一義的に定まっているものではない。』という意味は,正解が存在しないといった意味ではなく,≪高得点を獲得できる複数の正解筋答案≫があるという意味と考えるべきである。」と主張している。

この点,司法試験の論文式試験においては,問題に関連する条文や判例の理解が十分であるかを判定する側面はあるものの,その本来の目的は,法律実務家に必要な「具体的な事案について妥当な解決を導き出す能力」,「習得した知識や能力を事例演習等によって確認し,それらの応用力や総合的判断力」,「法令,判例及び学説に関する正確な理解に基づき,事例を的確に分析し,必要な論点を抽出して,自己の法的見解を展開し,これを事実に当てはめることによって,妥当な結論を導く能力」等を判定することにあり,異議申立人の想像する,特定の「高得点を獲得できる複数の正解筋答案」なるものが存在しているわけではない。

これは,過去の採点実感においても,「問われていることに正面から答えるためには,論点ごとにあらかじめ丸暗記した画一的な表現をそのまま答案用紙に書き出すのではなく,設問の検討の結果をきちんと順序立てて自分の言葉で表現する姿勢が極めて大切である。採点に当たっては,そのような意識を持っているかどうかにも留意している。」(平成24年民事系科目第3問),「問題となる点をきちんと把握して構成できているか,当該問題に関連する条文や判例に対する理解が十分であるか,実務家としての法的な思考や論述といった観点から見てどうか,などの視点から採点を行っている。優秀な答案に特定のパターンはなく,良い意味でそれぞれに個性的である。」(平成27年公法系科目第1問),「実務法曹にとって最も大切な資質の一つが,個別具体的な事案において特定の結論を採用してよいかどうかを,突き詰めて考える姿勢である。司法試験の答案の作成においても,事案を全体的に見た場合に,結論の座りの良さは何かを悩みつつ法の解釈適用をするという姿勢を見せることも大切」(平成25年租税法)などとあることからも示されており,「≪高得点を獲得できる複数の正解筋答案≫がある」などという考えに基づき学習がなされることは求められていない。


(2)考査委員等が適正に職責を果たすことが困難になることに対する反論

また,異議申立人は,「多くの受験生が,司法試験受験直後に,いわゆる『再現答案』を作成するところ,これと成績通知書を突き合わせることで,上記とほぼ同じ状況が生じている結果に過ぎない。そうすると,答案開示によって更に「論文式試験の採点結果に関する問合せが相次」ぐおそれはなく,問合せ殺到との間の因果関係を欠く」などと主張している。

しかし,いわゆる「再現答案」については,異議申立人においても「仮に,受験者が再現答案を作成していたとしても,時間制限があって極限の緊張の中書いた答案を,一字一句再現することなど到底不可能であって,所詮再現答案は,いくらか盛った答案になってしまうから,自らの能力を確認し復習する機会の点からはあまり役立たない。」などと述べているように,現物の答案とは遙かに位置付けが異なり,現物の答案の場合,前述のとおり,再現答案に比してその内容と得点との結びつきが確実であり,更に他の答案との比較によって,仮に正当でなくとも,より具体的な根拠をもって,採点の不当性を主張することが可能となることから,事務局や考査委員に対して,受験者から採点に関する詳細な根拠や説明を求める問合せ等が増加することは疑い得ない。

そして,異議申立人は,その他,「不合理かつ過剰な非難・中傷・嫌がらせ等には,脅迫罪・名誉毀損罪・威力業務妨害罪等の告訴等で厳に対応すればよい。」などと述べるが,およそ主張自体合理性を欠いており,現に生じている支障を回避できるような提案とは言いがたい。


(3)受験対策に係る主張に対する反論

異議申立人は,「現行の司法試験は事例問題を基礎としたいわゆる長文問題を出題している。そうすると,合格者ないし上位成績者の答案が流布したからといって,それを他の問題にも容易に模倣ないし流用することはできないのであるから,『受験技術のみに頼った勉強法が蔓延』するとは言えない。受験者も,合格者ないし上位成績者の答案を模倣ないし流用したのみで,合格ないし上位合格できると考えているとは到底思えない。」,「受験生が司法試験対策としてまず第一に過去問と出題趣旨を用いる現状に鑑みれば,法務大臣が懸念するような現行司法試験の趣旨・意義に沿わない『受験技術のみに頼った勉強法が蔓延する』おそれを認めると,出題趣旨の内容,ひいては,現行司法試験全体が,法務大臣の言う『受験技術のみに頼った勉強法』だったという結論になるだろう。」,「予備校のパターンに当てはまらない良問を作成し適切な能力評価をするという司法試験委員会の責務を棚上げにしたうえ,受験生の答案が流布することで論文式試験の意義が失われるという無理な推論をしているに過ぎない」などと主張する。

しかしながら,出題趣旨のように論述に際して求められる視点や考え方を指摘することにとどまらず,高得点の答案の例として特定の答案が流布するような状況になれば,論点単位で論述の型を覚えたり,その論述を模倣する等の勉強法の傾向に拍車がかかることは自然なことであり,異議申立人の主張は理由を欠く。


(4)司法書士試験に係る主張に対する反論

また,異議申立人は,「同じ法務省が主催する国家試験であり,またほぼ同じ司法試験の受験予備校が講座を開いて指導を行っている司法書士試験においては受験者に記述式試験の答案が開示されるのに,司法試験においては受験者が試験会場において自ら作成した論文式試験の答案が一切開示されないというのは著しく不合理である」などと主張する。

しかし,司法書士試験は,司法書士法(昭和25年法律第197号)6条2項において,「憲法,民法,商法及び刑法に関する知識」,「登記,供託及び訴訟に関する知識」及び「その他第3条第1項第1号から第5号までに規定する業務を行うのに必要な知識及び能力」について筆記及び口述の方法により行うものと定められており,同法第3条第1項第1号から第5号までに規定されている業務とは,「登記又は供託に関する手続について代理すること」,「法務局又は地方法務局に提出し,又は提供する書類又は電磁的記録を作成すること」,「法務局又は地方法務局の長に対する登記又は供託に関する審査請求の手続について代理すること」,「裁判所若しくは検察庁に提出する書類又は筆界特定の手続において法務局若しくは地方法務局に提出し若しくは提供する書類若しくは電磁的記録を作成すること」及び「これらの事務について相談に応ずること」である。

司法書士試験の筆記問題は,多肢択一式問題と記述式問題とがあるが,このうち記述式問題の内容は,事例に基づき,登記手続などを問うもので,答案用紙の各回答欄(「登記の目的」,「登記原因及びその日付」,「登記すべき事項」,「登記の事由」など(平成27年司法書士試験記述式問題答案用紙参照))の記載に従って回答を記述する形式であって,長文の論述を求めるものではない。

これに対し,司法試験は,上記1のとおり,裁判官,検察官又は弁護士になろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定することを目的とする試験であり,短答式及び論文式による筆記の方法により行うものとされている。また,司法試験は,上記3(2)アのとおり,「受験者が裁判官,検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力を備えているかどうかを適確に評価するため,知識を有するかどうかの判定に偏することなく,法律に関する理論的かつ実践的な理解力,思考力,判断力等の判定に意を用いなければならない。」とされており(司法試験法3条4項),短答式の筆記試験とは別に設けられている論文式の筆記試験については,「裁判官,検察官又は弁護士となろうとする者に必要な専門的な学識並びに法的な分析,構成及び論述の能力を有するかどうかを判定することを目的」としており(同条2項),基本的知識のみならず,法律に関する理論的かつ実践的な理解力,思考力,判断力等の判定がなされるよう,答案の具体的な採点が考査委員の裁量に委ねられている。そして,司法試験の論文式試験については,上記3の(1)から(3)までのとおり,答案を開示することによる多大な支障がある。なお,正解が一義的に定められる短答式試験については,司法試験においても答案を開示しているところである。

このように,司法書士試験と司法試験は,異なった目的の試験で,形式も異なる別個のものであり,司法試験では,旧司法試験で生じた問題点を解消するために新たな法曹養成制度が導入されたという現行制度の趣旨もあるので,司法書士試験の保有個人情報の開示状況によって,司法試験の保有個人情報の開示の可否が左右されるものではなく,異議申立人の主張には理由がない。


(5)したがって,異議申立人の上記主張は,本件各情報の法14条7号柱書き該当性を左右するものではない。


5 結論

以上のとおり,異議申立人の主張は,いずれも本件決定を取り消す理由とはなり得ないため,本件決定は維持されるべきである。


第4  調査審議の経過

当審査会は,本件諮問事件について,以下のとおり,調査審議を行った。

① 平成28年1月8日  諮問の受理

② 同日         諮問庁から理由説明書を収受

③ 同月25日      審議

④ 同年2月29日    本件対象保有個人情報の見分及び審議

⑤ 同年3月14日    審議


第5  審査会の判断の理由

1 本件対象保有個人情報について

本件開示請求は,異議申立人本人に係る平成27年司法試験論文式試験の答案に記録された保有個人情報(本件対象保有個人情報)の開示を求めるものであり,処分庁は,本件対象保有個人情報について,これを開示すると,ⅰ)司法試験委員会及び考査委員への質問等が増加し,考査委員及び事務局職員等の業務に支障が生ずるおそれ,ⅱ)受験者等からの苦情や非難を回避することを考慮する余り,採点者が答案に対して適正な評価を与えることが困難になり,法曹にとって必要な能力の評価に適切な良問の作成を困難にするおそれ,ⅲ)合格者又は上位成績者の答案が模範答案として流布するなどにより,受験技術のみに偏った勉強法がまん延し,新たな法曹養成制度の意義が害されるとともに,論文式試験の意義が失われるおそれがある等として,法14条7号柱書きによりその全部を不開示とする原処分を行った。

異議申立人は原処分の取消しを求めているが,諮問庁は原処分を維持するとしていることから,以下,本件対象保有個人情報の見分結果を踏まえ,本件対象保有個人情報の不開示情報該当性について検討する。


2 不開示情報該当性について

(1)当審査会において本件対象保有個人情報を見分すると,異議申立人本人が受験した論文式試験の答案用紙に本人が記載した解答であって,当該解答に対する配点・減点などの採点情報や採点を行った考査委員によるコメントなどの書き込み等は記載されていないことが認められる。


(2)諮問庁の主張については,平成25年度(行個)答申第41号において,平成24年の司法試験論文式試験の答案に記載された保有個人情報の不開示情報該当性について,平成26年度(行個)答申第12号において,平成25年の司法試験予備試験論文式試験の答案に記載された保有個人情報の不開示情報該当性について判断した際の判断と同様,受験予備校による再現答案の収集及び利用の状況を踏まえると,本件対象保有個人情報を開示すれば,受験予備校が他の相当数の受験者に働き掛けて,同様の開示請求を行わせる蓋然性は極めて大きく,これに応じて開示することとなれば,再現答案に基づく分析よりも実際に試験に提出した答案に基づく分析の方が現実に即したものであることは否定できないから,当該答案作成者の成績と併せて,高成績を得やすい答案作成の技法等を今までより一層それらしく説明することが可能となり,そうすると,受験回数が制限される司法試験においては,このような受験予備校が提示する技法等を安易に受け入れる受験者が多くなり,法曹養成制度の一環としての司法試験の意義が没却されるおそれや,受験予備校での受験技術に強く影響された画一的な答案が増加し,法曹となるべき資格の有無を適切に評価することが困難になるおそれが生ずる蓋然性が高まり,その結果,司法試験事務の適正な遂行に支障を及ぼす具体的なおそれがあるといわざるを得ない。

本件対象保有個人情報は,評価,コメント等が何も記載されていない自らが作成した答案そのものであるが,司法試験においては,個人の権利利益の保護という法の目的を離れて,受験予備校等が働き掛けることにより,多数の受験者による開示請求が行われ,その弊害が上記のように予測される状況を踏まえれば,たとえ本人に対する開示であっても,司法試験事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるといわざるを得ない点も同様である。


(3)したがって,本件対象保有個人情報については,これを開示することにより,司法試験事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあると認められ,法14条7号柱書きの不開示情報に該当するので,不開示としたことは妥当である。


3 異議申立人のその他の主張について

異議申立人は,法16条に基づき裁量的開示をすべきであると主張しているが,本件対象保有個人情報を開示することについて,個人の権利利益を保護するため特に必要性があるとすべき事情は認められず,同条による裁量的開示をしなかった処分庁の判断に裁量権の逸脱又は濫用があるとは認められない。

また,異議申立人はその他種々主張するが,いずれも当審査会の上記判断を左右するものではない。


4 本件不開示決定の妥当性について

以上のことから,本件対象保有個人情報につき,その全部を法14条7号柱書きに該当するとして不開示とした決定については,同号柱書きに該当すると認められるので,妥当であると判断した。


(第5部会)

委員 南野 聡,委員 椿 愼美,委員 山田 洋