平成22年3月18日判決言渡
行政文書不開示決定取消請求控訴事件(原審 高松地方裁判所平成20年12月1日)
 
           判               決
 
           主               文
   1 本件控訴を棄却する。
   2 訴訟費用は,控訴人の負担とする。
           事 実 及 び 理 由

第1 控訴の趣旨
 1 原判決を取り消す。
 2 国土交通大臣が控訴人に対し平成19年3月7日付け○第○号により通知した行政文書不開示決定のうち,都市再生街区基本調査成果図の東京都23区に関するものの電磁的記録を開示しないこととした部分を取り消す。
 3  訴訟費用は,第1,2審を通じて,被控訴人の負担とする。
第2 事案の概要等
1事案の要旨
 本件は,控訴人が,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「情報公開法」という。)に基づいて,国土交通大臣に対し,国土交通省が平成16,17年度に発注した都市街区確認等調査業務の成果品のうち平成17年度変更特記仕様書第2条2(3)2)公図現況重ね図及び第2条5都市再生街区基本調査成果図の東京都23区に関するものの電磁的記録の開示を請求したところ,国土交通大臣からこれらをいずれも開示しないことと決定した旨の通知を受けたため,上記決定のうち都市再生街区基本調査成果図の東京都23区に関するものの電磁的記録(以下「本件行政文書」という。)を開示しないこととした部分について,その取消しを求める事案である。
2 前提事実
 (1) 前提事実は,次の(2)のとおり原判決を補正するほか,原判決の第2の2(2頁15行目から4頁18行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。
 (2)ア原判決2頁22行目冒頭に「ア」を加え,3頁2行目末尾の次に,改行の上,次のとおり加える。
 「イ街区基準点は,街区の各角の近傍に設置される点であって,街区点の座標の測量その他街区内の土地の測量の基準となるものであり,世界測地系(地球上の位置を緯度と経度で表すための世界共通の基準)の座標値が付与されている。また,街区点についても,街区基準点を基に測量されるため,世界測地系の座標値が付与される。(乙1,2, 9の5)」
 イ同3頁18行目末尾の次に,改行の上,次のとおり加える。
 「このようにして補正された公図においては,街区点に可能な限り近づけられた筆界点に世界測地系の座標値が付与されるとともに,公図上の任意座標から世界測地系の座標値への変換計算方法を求め,同じ変換計算方法を他の筆界点の任意座標にもあてはめることによって,すべての筆界点に世界測地系の座標値が付与される。このため,上記の方法により補正された公図は,法務局に備え付けられている公図と異なり,極めて高度の現地復元性を有している。(乙9, 10 〔いずれも枝番全部を含む。〕)」
3 争点
 本件の主要な争点は,次のとおりである。
 (1) 本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条1号本文の不開示情報(個人に関する情報であって,個人識別性のあるもの又は開示により個人の権利利益を害するもの)に該当するか。
 (2)  本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条1号ただし書イの情報(公領域情報)に該当するか。
 (3) 本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条1号ただし書ロの情報(公益上の義務的開示に係る情報)に該当するか。
 (4) 本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条6号の不開示情報(行政機関の事務又は事業に関する不開示情報)に該当するか。
 (5) 国土交通大臣は,本件行政文書に表示された情報のうち,不開示情報が記録されている部分を除いた部分を開示すべきか。【当審における新たな争点】
 4 争点に関する当事者の主張
 (1) 争点に関する当事者の主張は,次の(2)のとおり当審における当事者の新な主張を付加するほか,原判決の第2の4 (5頁2行目から15頁20行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。
 (2) 争点(5)(国土交通大臣は,本件行政文書に表示された情報のうち,不開示情報が記録されている部分を除いた部分を開示すべきか。)について
【控訴人の主張】
 仮に,本件行政文書に不開示情報が含まれているとすれば,控訴人は,情報公開法6条に基づき,①本件行政文書のうち現況図記録部分を除いた部分,②本件行政文書のうち地番記録部分を除いた部分,③本件行政文書のうち現況図記録部分及び地番記録部分を除いた部分の順で,部分開示を求める。

 情報公開法は,不開示情報の記録された部分を区分して除くことが社会通念上容易と認められる限りで,これをすべき義務を行政機関に課しているのであり,それに必要な限度で電磁的記録たる行政文書に一定の処置を施すことを当然に予定している。
 本件行政文書の本質的内容は,数値化した公図及び街区基準点等の部分の情報であり,現況図記録部分及び地番記録部分は容易に区分して除くことができる。そして,上記①ないし③の部分は,いずれも有意の情報を含み,かつ,不開示情報を含まない。

 現況図記録部分を容易に区分して除くことができることには争いがなく,地番記録部分についても,次のとおり容易に区分して除くことができる。
 本件行政文書の地番を含む補正後の公図は,「基本調査成果図①」の中にCSVファイル形式で格納されている。CSVファイルにおいては,同じ属性のデータは各レコード(行)の同じフィールド(列)に記録されるのが通常であり,これにより各事物に関する同一属性のデータを一括して編集,処理することが可能となる。本件行政文書においても,地番に相当するデータは数値化公図を含むCSVファイルの各行の同じ箇所(列)に記録されている。したがって,地番に相当する数字を,表計算のための汎用ソフト等を用いて,一括して,数字以外の文字列にするなり,無個性的な数字や記号にするなりすれば,紙の文書の地番部分をマスキングするのと同様の効果を得ることができる。この操作は,情報処理の一般的な知識を有する者であれば容易に可能であるから,被控訴人の職員の大半にとって容易に可能である。このように,本件行政文書から地番記録部分を区分して除くことは容易である。
 エ  上記① ないし③ の部分は,不開示情報を含まない。このうち① の部分からは,公図を通じて把握されている土地の位置及び形状と街区基準点等の位置を限られた精度で知ることができるにすぎず,それ自体からは特定個人との間で意味のある関わりを見出すことができないから,同部分の情報は,これ単独では個人識別情報に該当し得ない。仮に,同部分の情報が個人識別情報に該当するとしても,当該情報は,情報公開法5条1号ただし書イ又はロの情報に該当する。

 以上のとおり,本件行政文書の現況図記録部分及び地番記録部分は容易に区分して除くことが可能であって,上記① ないし③ の部分はいずれも有意の情報を含み,かつ,不開示情報を含まないから,国土交通大臣はこれらのいずれかの部分を開示しなければならない。
【被控訴人の主張】

 開示請求制度は,開示請求の時点において存在する記録をあるがままの状態で開示すれば足り,開示時点において保有していない行政文書を開示請求に応ずるために作成することは必要とされておらず,行政機関の保有する情報を処理・加工して国民に提供することまでは必要とされていないから,情報公開法6条1項の「容易に区分して除くこと」に該当するには,開示情報と不開示情報の分離について,技術的に当該行政機関自らが行うことが可能であり,かつ,当該行政文書に記録された情報の改変を伴うものではない場合でなければならないものと解される。
 電磁的記録をもって行政文書とするものにつき部分開示を求められた場合には,不開示情報の記録された部分を区分して除くために必要な一定の処置を施すことは予定されるものの,当該部分の情報を改変することまでは予定されていないというべきである。すなわち,当該文書に記録された情報を改変することは,同文書と同一ではない情報が記録された新たな行政文書を作成することにはかならず,部分開示によってそのような文書を作成する義務は行政機関に課されない。

 控訴人は,部分開示において地番情報の除去を求めているところ,「基本調査成果図①」で実際に使用される地籍フォーマット2000の情報ファイルのうち,「筆・長狭物図形情報(POL)ファイル」,「筆属性情報(ATR)ファイル」等の相互の情報ファイルを対応付けるリンクデータの一つは地番であるから,地番情報を除去すると,これらの情報ファイルのリンクデータとなるべきレコードが消去されてしまい,基本調査成果図として表示することができなくなる。したがって,基本調査成果図の形式である地籍フォーマット2000のデータから地番情報を区分,除去することは不可能である。
 このため,地籍フォーマット2000中の地番情報を個人識別情報でないものにするためには,各情報ファイル中の「地番」のデータ項目に,これに代わる新たなレコードをそれぞれについて記録し,かつ,リンクデータであるから,各情報ファイルの「地番」のデータ項目に記録するレコードを同一の内容としなければならないことになる。これらの作業を行う既存のプログラムは存在しないため,新たなプログラムを作成する必要があるが,部分開示を求められた国土交通省自らが行うことは困難であり,結局外部の業者に発注することが不可欠である。

 基本調査成果図は,リンクデータそれ自体が失われると,もはや基本調査成果図どころか,地図自体を表示することもできないから,リンクデータ自体が失われた各データファイルは,有意の情報が記録されているとはいえない。

 仮に,基本調査成果図から地番情報等を区分して除いた場合であっても,補正された公図上の筆界等については世界測地系の座標値が与えられているから,当該補正された公図上の地点を現地において復元し,特定することが可能である。したがって,当該座標値に対応する現地の航空写真上に,補正された公図の筆界線を重ね合わせることも容易であり,これを基にした情報を悪用する詐欺事犯が発生するおそれも考えられ,個人の権利利益が害されるおそれが存在する。

第3 当裁判所の判断
 1 原判決の引用,判断の大要
 当裁判所も,控訴人の請求は棄却すべきものと判断する。その理由は,次の2のとおり原判決を補正し,次の3のとおり当審における当事者の新たな主張に対する判断を付加するほか,原判決の第3(15頁21行目から20頁13行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。
 2 原判決の補正
 原判決20頁3行目から11行目までを次のとおり改める。
 「情報公開法5条1号ただし書ロの規定は,人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,公にすることがより必要であると認められる情報について,その開示を義務付けるものであり,「人の生命,健康,生活又は財産を保護するため」とは,「人の生命,健康,生活又は財産」に現実に被害が発生している場合に限られず,これらの法益が侵害されるおそれがある場合も含むと解される。
 控訴人は,本件行政文書の開示により保護される利益として,基本調査成果図の公開が現在及び将来の国民が安心して豊かな生活を営むことができる経済社会の実現につながり,積極消極両面において公共の福祉が増大することを主張するが,控訴人が主張する上記利益は極めてあいまいで漠然としたものであって,本件全証拠によっても,本件行政文書が不開示とされることによって,これらの利益に関して現実に被害が発生し,又はこれらの利益に係る法益につき侵害のおそれがあると認めるには足りないから,人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,本件行政文書を公にすることがより必要であると認めることはできない。」
 3 当審における当事者の新たな主張に対する判断
 (1) 控訴人は,本件行政文書に不開示情報が含まれていたとしても,本件行政文書の現況図記録部分及び地番記録部分は容易に区分して除くことが可能であって,これらを除いた部分はいずれも有意の情報を含み,かつ,不開示情報を含まないと主張して,①本件行政文書のうち現況図記録部分を除いた部分,②本件行政文書のうち地番記録部分を除いた部分,③本件行政文書のうち現況図記録部分及び地番記録部分を除いた部分の順で,部分開示を求めている。
 (2)ア しかし,仮に,本件行政文書から現況図記録部分及び地番記録部分を容易に区分して除くことが可能であったとしても,これらを区分して除いた後の情報も,なお不開示情報を含むものというべきである。
 すなわち,本件行政文書から現況図記録部分及び地番記録部分を除いた部分とは,要するに,補正された公図の情報から地番記録部分を除いたもの(以下「地番表示のない補正後の公図情報」という。)であるところ,補正された公図中の筆界等には世界測地系の座標値が与えられており,これにより補正された公図中の筆界等を現地において復元することが可能である。そして,現在,座標値を有する航空写真等がインターネット等から簡単に入手し得る状況にあることにかんがみれば,当該座標値に対応する現地の航空写真上に補正された公図の筆界等を重ね合わせることも容易であると認められる(乙23,24により認められる。)。
 このような方法により,補正された公図上の街区と現況の街区との整合状況や街区内部の土地の占有状況を示す境界と補正された公図上の境界との整合状況を知ることが可能であり,これらが整合しない部分があれば,その部分について現況(占有状況)が公法上の境界(筆界)と一致していないことが推測されることになる。かかる事情は,当該土地の資産評価に影響を与え得るものであるから,地番表示のない補正後の公図情報から読み取ることができる情報も,個人の所有地の状況に関する情報として,個人の財産に関する情報に当たるというべきである。
 なお,地番表示のない補正後の公図情報から更に筆界等の座標値を区分して除いたものを出力して用紙に印刷することが技術的に可能か否かは判然としないが,仮にこれが可能であったとしても,弁論の全趣旨によれば,当該用紙に表示された土地の位置と形状に基づいて,筆界等の世界測地系の座標値の近似値を容易に算出し得るものと認められるから,当該用紙に表示された土地に関する情報も,個人の財産に関する情報に当たる。

 また,公図の補正方法が相似形変形又は回転に限定されていることからすれば,法務局に備え付けられている公図(何人もその全部又は一部の写しの交付を請求することができる。不動産登記法120条1項)と地番表示のない補正後の公図情報とを照合することにより,除去された地番を推測することも十分に可能であると認められる。
 したがって,地番表示のない補正後の公図情報と公図及び登記事項証明書に記載された情報と照合することにより,地番表示のない補正後の公図情報に表示された土地の権利者の氏名等を識別することができることになるから,地番表示のない補正後の公図情報に表示された情報も,やはり個人識別情報に該当する。
 (3) さらに,控訴人は,仮に,本件行政文書のうち現況図記録部分を除いた部分の情報が個人識別情報に該当するとしても,当該情報は情報公開法5条1号ただし書イ又はロの情報に該当すると主張する。
 しかしながら,上記2において補正の上引用した原判決が判示するとおり,①基本調査成果図の公図部分は,公図上の特定の筆界点を街区点に近づけるという補正が施されたものであって,法令の規定により公にされている公図と同一の情報ということはできないこと,②基本調査成果図上の筆界点には世界測地系による座標値という新たな情報が付加されており,公図と基本調査成果図の公図部分とでは情報の内容が異なること,③人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,本件行政文書を公にすることがより必要であるということはできないことに照らすと,本件行政文書のうち現況図記録部分を除いた部分の情報が同条1号ただし書イ又はロのいずれかに該当すると認めることはできない。なお,本件行政文書のうち現況図記録部分及び地番記録部分を除いた部分も,同様に同条1号ただし書イ又はロのいずれにも該当しない。
 (4) 以上によれば,地番表示のない補正後の公図情報,すなわち,本件行政文書から現況図記録部分及び地番記録部分を区分して除いた部分も,情報公開法5条1号の不開示情報に当たるから,本件行政文書の部分開示を求める控訴人の主張は理由がない。

第4  結論
 よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

 高松高等裁判所第2部