令和3年2月16日判決言渡
行政文書一部不開示決定処分取消請求事件

判      決

主      文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1  請求
 被告は,原告に対し,10万円及びこれに対する令和2年7月20日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要
 原告は,青森労働局長に対し,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「情報公開法」という。)に基づき,むつ労働基準監督署の平成29年度監督復命書整理簿(以下「本件対象文書」という。)の開示請求(以下「本件開示請求」という。)をしたところ,青森労働局長は,平成31年3月8日,本件対象文書のうち「労働保険番号」欄,「事業場名」欄等を不開示とし,その余を開示する旨の一部開示決定(以下「本件決定」という。)をしたが,令和元年10月29日,本件決定を取り消した上で,不開示部分を縮小した一部開示決定(以下「本件新決定」という。)をし,さらに,令和2年3月30日,本件新決定を取り消し,不開示部分を更に縮小した一部開示決定(以下「本件新々決定」という。)をした。
 本件は,原告が,①本件決定及び本件新決定において,本件対象文書のうち「労働保険番号」欄及び「事業場名」欄には情報公開法5条所定の不開示事由がないのにこれを不開示としたこと,②本件新々決定が本件開示請求のあった日から30日以内にされなかったこと,③被告が,本件新決定がされた事実を本件訴訟の答弁書において主張することができたのにこれをしなかったことが違法であるなどと主張して,国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料10万円及びこれに対する年3分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
 関係法令の定め
 本件に関係する法令の定めは,別紙2に記載のとおりである。

 前提事実(証拠等を掲げていない事実は当事者間に争いがない。)
(1)  監督復命書は,労働基準監督官が事業場に対する監督指導を実施する都度,指導結果等を労働基準監督署長に報告することを目的として作成する文書であり,監督対象の事業場で確認された法令違反の内容や,これを踏まえた当該事業場に対する措置方針等が記載される。監督復命書整理簿は,労働基準監督署において,各監督復命書に記載されている情報のうち,監督種別,整理番号,監督年月日,監督重点対象区分,労働保険番号,事業場名,業種,署長判決,完結の有無及び労働基準監督官の氏名を,年度ごとに一覧表として取りまとめた文書であり,1件ごとに「Nо.」が振られている。監督復命書整理簿の「労働保険番号」欄及び「事業場名」欄には,それぞれ労働基準監督官による指導監督が実施された事業場の労働保険番号及び名称等が記載されている。「署長判決」欄には,当該監督指導の結果を受けて,労働基準監督署がその後どのような措置を講じるかが記載され,「完結の有無」欄には当該監督指導が完結しているか否かが記載されている(乙10,16,弁論の全趣旨)。

(2)  原告は,平成31年2月7日,青森労働局長に対し,同月1日付けの行政文書開示請求書により,請求する行政文書の名称等を「平成29年度 むつ労働基準監督署の監督復命書索引簿(あるいは,監督復命書整理簿,監督復命書台帳,監督復命書一覧表に相当する文書)」とする開示請求(本件開示請求)をした(乙1)。

(3)  青森労働局長は,平成31年3月8日,本件開示請求に係る行政文書を,むつ労働基準監督署の平成29年度監督復命書整理簿(本件対象文書)と特定した上で,本件対象文書の記載のうち次のアからエまでの部分を不開示とし,その余の部分を開示する決定(本件決定)をした(甲1,2)。
 「監督種別」欄」

 「監督重点対象区分」欄

 「労働保険番号」欄

 「事業場名」欄

(4)  原告は,令和元年9月12日,本件決定のうち,本件対象文書中の「Nо.48」の「事業場名」欄を不開示とした部分の取消しを求めて,本件訴えを提起した(顕著な事実)。
 なお,本件対象文書中の「Nо.48」及び「Nо.49」の「事業場名」欄には,特定株式会社A(以下「本件法人」という。)の事業場名がそれぞれ記載されていたところ(乙16),原告は,本件訴えの訴状において,本件法人が,平成29年7月28日付けでむつ労働基準監督署から是正勧告・指導を受けた事実を同年9月15日に自ら公表した旨を指摘していた(顕著な事実)。上記訴状は,令和元年9月24日,被告に送達された(顕著な事実)。

(5)  青森労働局長は,令和元年10月29日,本件決定を取り消し,本件対象文書のうち次のアからエまでの部分を不開示とし,その余を開示する旨の決定(本件新決定)をした(乙2,5)。
 「監督種別」欄」

 「監督重点対象区分」欄

 「労働保険番号」欄(Nо.48及びNо.49の各欄を除く。)

 「事業場名」欄(Nо.48及びNо.49の各欄のうち「A(株)」とある部分を除く。)

(6)  情報公開・個人情報保護審査会(以下「審査会」という。)は,本件とは別の監督復命書整理簿の開示請求に関し,令和2年1月27日付け答申(今和元年度(行情)答申第485号ないし同第487号。以下「令和2年答申」という。)において,従前の答申(平成28年度(行情)答申第629号。以下,単に「従前の答申」という。)を見直し,監督復命書整理簿について,「署長判決」欄及び「完結の有無」欄が空欄である場合には,「労働保険番号」欄及び「事業場名」欄は情報公開法5条2号イ及び同条6号ホのいずれにも該当しないとの判断を示した(甲17,乙12)。

(7)  青森労働局長は,令和2年3月30日,本件新決定を取り消し,本件対象文書のうち次のアからウまでの部分を不開示とし,その余を開示する旨の決定(本件新々決定)をした(乙13,16)。
 「監督種別」欄」

 「監督重点対象区分」欄

 Nо.62からNо.64までの「事業場名」欄のうち建設工事の発注者の氏名が記載されている部分

(8)  原告は,令和2年7月21日,本件訴えについて,行政事件訴訟法21条1項に基づき,前記第2の冒頭記載のとおりの国家賠償法1条1項に基づく請求をする訴えに変更する旨の申立てをし,当裁判所は,本件第4回口頭弁論期日(同年8月6日)において,上記訴えの変更を許可する旨の決定をした(顕著な事実)。

 争点
(1)  本件決定及び本件新決定が国家賠償法上違法であるか否か(争点1)

(2)  本件開示請求があった日から30日以内に本件新々決定がされなかったことが国家賠償法上違法であるか否か(争点2)

(3)  被告の訴訟活動が国家賠償法上違法であるか否か(争点3)

(4)  原告の被った損害の有無及び額(争点4)

 当事者の主張
(1)  争点1(本件決定及び本件新決定が国家賠償法上違法であるか否か)について
(原告の主張)
 青森労働局長は,本件新決定を取り消し,本件新々決定に基づき,本件対象文書のうち「労働保険番号」欄及び「事業場名」欄を開示しているところ,被告は,本件新々決定をした理由について,同種の事例において厚生労働大臣が「労働保険番号」欄及び「事業場名」欄を開示する旨の裁決をしたからであると説明する。しかし,本件新々決定がされたのは,上記部分が情報公開法上の不開示事由に該当しないからであり,本来であれば,本件決定の時点において,不開示事由に該当しないと判断することができたはずである。
 したがって,青森労働局長が,本件決定及び本件新決定において「労働保険番号」欄及び「事業場名」欄を開示しなかったことは,裁量権の濫用に当たり,違法である。

 本件法人は,むつ労働基準監督署から指導監督を受けたことを自ら公表していたところ,被告である国が,類似事案の訴訟において,事業者自ら公表を行った範囲においては情報公開法所定の不開示情報に該当しない旨主張していたことからみても,本件法人に関する「事業場名」欄は,情報公開法上の不開示情報に該当しないこととなる。ところが,青森労働局長は,本件決定をするに当たって,本件法人が上記指導監督を受けた事実につき自ら公表をしているか否かを確認せずに,本件法人に係る「事業場名」欄を不開示としたのであって,このことは裁量権の濫用に当たり,違法である。

 本件新決定は,本件法人に係る「労働保険番号」欄を開示したが,「事業場名」欄については本件法人の企業名のみを開示し,個別事業場名を開示しなかった。しかしながら,労働保険番号は個別事業場ごとの固有の番号であるから,「労働保険番号」欄を開示している以上,個人事業場名を開示していることと同じであって,青森労働局長が本件新決定において本件法人の企業名のみを開示して個別事業場名を開示しなかったことは,裁量権の濫用に当たり,違法である。

(被告の主張)
 情報公開請求に係る行政処分についての国家賠償法上の違法性の有無は,当該行政庁が処分を行うに際して職務上尽くすべき注意義務を尽くしたか否かによりその違法性を判断すべきであって,行政庁において開示対象文書の一部を不開示とした決定を行ったとしても,そのことから直ちに国家賠償法上の違法の評価を受けるものではない。

 青森労働局長は,本件法人が自社のホームページにおいて,むつ労働基準監督署から是正勧告を受けた旨を公表していた事実を確認したことから,本件決定を取り消し,本件対象文書中本件法人の企業名及び労働保険番号を新たに開示する本件新決定を行ったものである。本件対象文書に記載された各事業場がインターネット上にホームページを設けているか,ホームページ上にどのような内容を掲載しているかについて,開示請求を受けた行政庁が逐一確認することは事実上不可能であるし,そもそも当該行政庁がそのような職務上の注意義務を負っているとは解されないから,たまたま本件法人が自社のホームページにおいて労働基準監督署から是正勧告を受けた旨を公表していたことを青森労働局長が把握することなく本件決定をしたことをもって,直ちに職務上尽くすべき注意義務に違反したとはいえない。

 青森労働局長が本件新決定を取り消して本件新々決定をした理由は,監督復命書整理簿の開示請求に関して,審査会が,令和2年答申において,従前の答申を見直し,監督復命書整理簿について,「署長判決」欄及び「完結の有無」欄が空欄である場合には,「労働保険番号」欄及び「事業場名」欄は情報公開法5条2号イ及び6号ホのいずれにも該当しないとする判断を示したことを受け,厚生労働大臣が監督復命書整理簿の「労働保険番号」欄及び「事業場名」欄を開示する旨の裁決をしたことから,本件対象文書についても,同条2号イ及び6号ホのいずれにも該当しないこととなると判断したためである。
 情報公開法に基づく開示請求に対する決定は原則として,30日以内にしなければならないため,請求を受けた行政庁は過去の答申例を参考にしているところ,本件新決定時においては,本件新決定において不開示とした部分に相当する情報を不開示とする過去の答申例が存在したのであるから,上記部分を不開示としたことには相応の理由がある。青森労働局長は,上記裁決の後,速やかに本件新決定を取り消して本件新々決定をしたのであるから,青森労働局長が職務上尽くすべき注意義務に違反したといえないことは明らかである。
 なお,監督復命書整理簿の「事業場名」欄は,監督指導の対象となった特定の事業場の名称(企業名及び個別の事業場名)についての記載であるところ,本件法人が自ら公表した企業名については,情報公開法5条所定の不開示情報に該当するとまではいえない一方,個別の事業場名を含む本件新決定における不開示部分は,本件法人の公表によっても明らかにされていないのであるから,青森労働局長が本件新決定をするに当たり,当該部分が同条2号イの不開示事由に該当する旨判断したことについても,何ら職務上の注意義務違反はない。

(2)  争点2(本件開示請求があった日から30日以内に本件新々決定がされなかったことが国家賠償法上違法であるか否か)について
(原告の主張)
 情報公開法10条1項は,開示決定等は開示請求があった日から30日以内にしなければならないと定めている。しかるに,青森労働局長は,本来であれば平成31年3月8日の本件決定の時点で開示すべきであった情報を,1年以上経過した令和2年3月30日の本件新々決定で開示している。このことは,同項に違反するとともに,信用失墜行為の禁止を定めた国家公務員法99条に違反した違法な行為である。

(被告の主張)
 原告は,本件新々決定が情報公開法10条1項にいう「前条各項の決定」であることを前提として,青森労働局長の行為が同項に違反すると主張するが,同法9条は「開示請求に係る行政文書の全部又は一部を開示するときは,その旨の決定をし」と定めるのみであって,当初の決定が後に取り消された場合については何ら言及していない。本件決定は,本件開示請求のあった日から29日目にされているから,何ら同法10条1項に違反するものではない。したがって,青森労働局長の行為は,国家公務員法99条にいう「その官職の信用を傷つけ,又は官職全体の不名誉となるような行為」には当たらない。

(3)  争点3(被告の訴訟活動が国家賠償法上違法であるか否か)について
(原告の主張)
 被告は,本件訴えに係る請求の趣旨に対する答弁として,「原告の請求を棄却する」と記載した令和元年11月5日付け答弁書を,同年10月29日に原告及び裁判所に送付した。しかしながら,同日,青森労働局長が本件新処分をしていたのであるから,被告は,本件新処分を踏まえた内容で答弁書を作成することができたはずである。にもかかわらず,被告はこれを怠り,本件新処分が行われた事実は,令和2年1月21日付け被告第1準備書面によって初めて裁判所に伝えられた。このことは,職務専念義務を定めた国家公務員法101条1項に違反した違法な行為である。

(被告の主張)
 本件新決定は,答弁書の裁判所提出期限である令和元年10月29日に行われたものであるから,本件新決定を前提とした内容を答弁書において主張することは時間的に不可能であった。そもそも被告は答弁書において,請求の原因に対する認否及び被告の主張を「追って準備書面により明らかにする。」として提出したにすぎず,被告第1準備書面と異なる内容の主張はしていないから,原告の主張は前提を欠く。また,国家公務員法101条1項は,国家公務員に対して,個別具体的な成果の達成を義務付けているものでないことは条文上明らかであるから,この点においても原告の主張は失当である。

(4)  争点4(原告の被った損害の有無及び額)について
(原告の主張)
 原告は,前記(1)から(3)までの各(原告の主張)記載の青森労働局長又は被告の行為により精神的苦痛を被った。これに対する慰謝料の額は,10万円を下らない。

(被告の主張)
 争う。

第3  当裁判所の判断
 争点1(本件決定及び本件新決定が国家賠償法上違法であるか否か)について
(1)  前記前提事実(3)から(7)まで,証拠(甲3)及び弁論の全趣旨によれば,青森労働局長は,①本件対象文書のうち「労働保険番号」欄及び「事業場名」欄の記載について,当該事業場が労働基準監督署から是正勧告を受けた事実等を自ら公表している等の事情がない限り,情報公開法5条所定の不開示事由に該当するものと判断して,本件決定を行ったこと,②その後,本件法人がむつ労働基準監督署の是正勧告を受けたことを既に自ら公表していることが判明したことから,「労働保険番号」欄のうち本件法人に係る部分及び「事業場名」欄のうち本件法人に係る企業名については同条所定の不開示事由に該当しないものと判断して本件新決定を行ったこと,③さらに,審査会が令和2年答申をしたこと等を踏まえ,本件対象文書のうち「労働保険番号」欄及び「事業場名」欄全体が同条所定の不開示事由に該当しないものと判断して本件新々決定を行ったことが認められる。
 そうしたところ,原告は,青森労働局長が本件決定及び本件新決定を行ったことにつき違法があるとして,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求をするが,情報公開法に基づく行政文書の開示請求については,これを不開示とする処分に取り消し得べき瑕疵があるとしても,そのことから直ちに同項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく,公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該処分をしたと認め得るような事情がある場合に限り,当該職員等の行為は,上記評価を受けるものと解するのが相当である(最高裁平成元年(オ)第930号,第1093号同5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁,最高裁平成17年(受)第530号同18年4月20日第一小法廷判決・裁判集民事220号165頁参照)。したがって,青森労働局長が本件決定及び本件新決定を行ったことについては,それぞれ職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさなかったものと認め得るような事情があるといえるか否かを検討すべきこととなる。

(2)ア  前記前提事実(6)及び後掲の各証拠によれば,①従前の答申は,監督復命書整理簿のうち「労働保険番号」欄及び「事業場名」欄を公にすると,当該事業場に対する信用を低下させ,取引関係や人材確保等の面において同業他社との間で競争上の地位や企業経営上の正当な利益を害するおそれがあることから,情報公開法5条所定の不開示事由(同条2号に規定する法人等の事業場については同号イ,その余の法人等の事業場については同条6号ホ)に該当するとしていたこと(乙10),②令和2年答申は,従前の答申を変更して,「署長判決」欄及び「完結の有無」欄が空欄である場合には,事業場名を公にしても,特定監督署による監督を受けたという事実が分かるのみであり,当該事業場における労働基準関係法令違反や指導等の有無を含め,監督の結果が明らかになるとは認められないとの理由で,情報公開法5条所定の不開示事由には当たらないとしたこと(甲17,乙12)が認められる。

 そこで検討すると,情報公開法に基づく開示決定等に対する審査請求があったときは,裁決行政庁は原則として審査会に諮問しなければならず(情報公開法19条1項),審査会は答申の内容を公表するものとされていること(情報公開・個人情報保護審査会設置法16条)等からすれば,開示請求を受けた行政機関の長においても,同種事案における過去の答申の内容を参照して開示又は不開示の決定をすること自体は相当であるといえる。そして,従前の答申の内容についてみると,「労働保険番号」欄及び「事業場名」欄のように当該事業場を特定し得る情報が公になった場合には,当該事業場において労働基準関係法令違反が発生していることが推測される結果,当該事業場の社会的信用が低下し,当該事業場の取引関係・人材確保等の面での競争上の地位を害するおそれが全くないとはいえないから,これが情報公開法5条所定の不開示事由(同条2号に規定する法人等の事業場については同号イ,その余の法人等の事業場については同条6号ホ)に該当するとした従前の答申の内容にも,相応の合理性があったというベきである。
 このように,本件決定及び本件新決定がされた当時,これらと結論を同じくし,かつ,内容にも相応の合理性がある従前の答申が存在していた一方,令和2年答申はまだ行われていなかったことに加えて,「労働保険番号」欄や「事業場名」欄の記載が情報公開法5条所定の不開示事由に該当しないとする裁判例が一定程度存在したといった事情を認めるに足りる証拠もないことを考慮すると,青森労働局長が本件決定及び本件新決定をしたことについて,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさなかったと認め得るような事情があるということはできない。

(3)  原告は,本件法人が本件決定に先立って,むつ労働基準監督署から是正勧告を受けた事実を自社のウェブサイトにおいて公表していたことから,青森労働局長が上記公表の事実の有無を確認することなく本件決定をしたことは違法である旨主張する。
 しかしながら,情報公開法に基づき監督復命書整理簿の開示請求を受けた行政機関の長が,同整理簿に記載されている全ての事業場について自主公表の有無を逐一確認することは事実上困難であり,また,そのような確認をしなければならない法的根拠が存在するともいえない。したがって,青森労働局長が,本件決定をするに先立って,本件法人がむつ労働基準監督署から指導等を受けた事実を自主公表しているか否かを確認しなかったことについて,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさなかったと評価することはできない。

(4)  原告は,労働保険番号は個別事業場ごとに付与される番号であるから,本件新決定において労働保険番号を開示することとした以上,個別事業場名を開示していることと変わらないのであって,そうであるにもかかわらず,本件新決定が「事業場名」欄のうち本件法人の企業名のみを開示し,個別の事業場名を不開示としたことは違法であると主張する。
 しかしながら,本件法人は,むつ労働基準監督署から是正勧告等を受けた事実を自社のウェブサイトにおいて公表した際,個別の事業場名までは公表していなかったところ(甲3),従前の答申にいう社会的信用の低下,競争上の地位等を害するおそれ(前記(2)ア①)は,個別の事業場ごとに生じ得るものといえることからすれば,青森労働局長が本件新決定において,本件法人が公表した範囲に従い,「事業場名」欄のうち本件法人の企業名については開示することとする一方,個別の事業場名については情報公開法5条所定の不開示事由に該当する旨判断して不開示としたことは,その当時においては相応の理由があったものということができる。そして,労働保険番号が個別事業場ごとに付与される番号であるとしても,一般に,労働保険番号の開示を受けたからといって必ずしも容易に個別事業場名が判明するとはいえず,当該企業のウェブサイト等の情報と労働保険番号とを照らし合わせることによって不開示とされた個別事業場名を推測することができたとしても,そのことによって当該不開示部分が公知となったものと同視することはできない。
 したがって,令和2年答申の前にされた本件新決定において,青森労働局長が「事業場名」欄のうち本件法人の企業名のみを開示し,個別事業場名を不開示としたことについて,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさなかったと認め得るような事情があるということはできない。

(5)  以上によれば,青森労働局長が,本件決定及び本件新決定を行ったことについて,職務上尽くすべき注意義務に違反したとは認められず,国家賠償法上違法であるとはいえない。

 争点2(本件開示請求があった日から30日以内に本件新々決定がされなかったことが国家賠償法上違法であるか否か)について
 情報公開法10条1項は,開示請求があった日から30日以内に開示決定等をしなければならない旨規定するにすぎず,当該開示決定等を行った行政機関の長が,上記期間を経過した後にこれを職権で取り消し,新たな開示決定等を行うことが,直ちに同項に反するものということはできない。
 前記前提事実(2)から(6)までによれば,青森労働局長は,本件開示請求から30日以内に本件決定を行っており,その後,本件法人がむつ労働基準監督署から監督指導を受けたことを自主公表していた事実が判明したことから,本件決定を取り消して不開示部分を縮小する本件新決定を行い,さらに,令和2年答申の内容を踏まえて,本件新決定を取り消して不開示部分を更に縮小する本件新々決定を行ったものである。そうすると,本件開示請求があった日から30日以内に本件新々決定がされなかったことが,情報公開法10条1項に違反するということはできない。また,このことが,信用失墜行為の禁止を定めた国家公務員法99条に違反するものでないことは明らかである。
 したがって,青森労働局長の行為が,国家賠償法上違法であるということはできない。

 争点3(被告の訴訟活動が国家賠償法上違法であるか否か)について
 原告は,被告が本件訴訟において提出した答弁書について,本件新処分を踏まえた内容を記載すべきであったのにこれを怠ったことが,公務員の職務専念義務を定めた国家公務員法101条1項に反し,違法であるなどと主張する。
 しかしながら,上記答弁書が裁判所に提出されたのは令和元年10月29日なのであるところ(顕著な事実),青森労働局長が本件新決定を行ったのも同日であって,被告がこれを踏まえた主張をすることは困難であったといえる。また,そもそも上記答弁書の内容も,被告の具体的な主張は追って準備書面において明らかにするというものにすぎず,殊更事実と異なる内容を主張したものでもない。そうすると,上記答弁書を作成した被告職員の行為は,国家公務員法101条1項に違反するものではなく,国家賠償法上違法であるともいえない。

 結論
 以上によれば,その余の点について検討するまでもなく,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第2部