令和2年9月11日判決言渡 |
保有個人情報不開示決定処分取消請求事件 |
判 決 |
主 文 |
1 | 原告の請求を棄却する。 |
2 | 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事 実 及 び 理 由 |
第1 | 請求
大阪矯正管区長が原告に対して令和元年5月7日付けでした,平成31年4月4日受付の原告からの開示請求に係る保有個人情報を開示しない旨の決定を取り消す。 |
第2 | 事案の概要
本件,特定矯正施設(以下「本件施設」という。)収容中の原告が,行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(以下「法」という。)13条に基づき,別紙2個人情報目録記載の保有個人情報(以下「本件情報」という。)の開示を請求したところ,大阪矯正管区長から,本件情報は法45条1項により開示請求等の規定の適用が除外されている情報に該当するとして,その全部を開示しない旨の決定(以下「本件決定」という。)を受けたことから,本件決定は同項の解釈を誤ったものである,又は,憲法によって保障されている被収容者が自己の医療情報を知る権利等を侵害するため違憲である等と主張して,本件決定の取消しを求める事案である。 |
1 | 関係法令の定め |
(1) | 法2条2項は,法において「個人情報」とは,生存する個人に関する情報であって,当該情報に含まれる氏名,生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの等をいう旨規定し,同条5項は,法において「保有個人情報」とは,行政機関の職員が職務上作成し,又は取得した個人情報であって,当該行政機関の職員が組織的に利用するものとして,当該行政機関が保有しているものであって,行政機関の保有する情報の公開に関する法律2条2項に規定する行政文書に記録されているものをいう旨規定する。 |
(2) | 法12条1項は,何人も,法の定めるところにより,行政機関の長に対し,当該行政機関の保有する自己を本人とする保有個人情報の開示を請求することができる旨規定する。法45条1項は法第4章の規定(12条ないし44条)は,刑事事件若しくは少年の保護事件に係る裁判,検察官,検察事務官若しくは司法警察職員が行う処分,刑若しくは保護処分の執行,更生緊急保護又は恩赦に係る保有個人情報(当該裁判,処分若しくは執行を受けた者,更生緊急保護の申出をした者又は恩赦の上申があった者に係るものに限る。)については,適用しない旨規定する。 |
2 | 前提事実(争いのない事実,顕著な事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実) |
(1) | 原告は,平成25年6月6日,特定地方裁判所Bにおいて,組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律違反並びに恐喝の各罪により,懲役8年の有罪判決の言渡しを受け,平成27年7月1日,その刑が確定した。
原告については,平成28年2月22日付けで刑の執行停止の決定がされたが,平成29年2月14日,検察官の執行指揮により本件施設に収容され,現在に至るまで,本件施設で受刑中である。(甲1,乙1) |
(2) | 原告は,平成26年7月8日,腎移植手術を受けた。 |
(3) | 原告は,平成31年4月4日,大阪矯正管区長に対し,別紙2個人情報目録記載の保有個人情報(本件情報)の開示を求める開示請求(以下「本件開示請求」という。)をした。(甲8) |
(4) | 大阪矯正管区長は,令和元年5月7日付けで,本件開示請求について,本件情報は,「刑の執行に係る保有個人情報(当該裁判又は執行を受けた者に係るものに限る。)であることから,法第45条第1項の規定に該当し,開示請求等の規定の適用から除外されている」として,法18条2項に基づき,全部を開示しない旨の決定(本件決定)をし,原告にその旨通知した。(甲10) |
(5) | 原告は,令和元年10月26日,本件訴訟を提起した。(顕著な事実) |
3 | 争点 |
(1) | 本件情報が法45条1項所定の保有個人情報に当たるか否か(法45条1項該当性) |
(2) | 法45条1項の「刑の執行に係る保有個人情報」に医療情報を含まないとの合憲限定解釈をすべきか否か(合憲限定解釈の要否) |
(3) | 本件情報について法45条1項により不開示とすることが違憲か(適用違憲の有無) |
4 | 争点に関する当事者の主張の要旨 |
(1) | 争点(1)(本件情報が法45条1項所定の保有個人情報に当たるか否か)について |
(被告の主張の要旨) |
ア | 刑事施設における被収容者の処遇は,勾留状の発付や懲役刑等を言い渡す判決などの刑事事件に係る裁判の内容を実現させるための被収容者の収容に必然的に付随する作用であるから,被収容者の処遇に係る保有個人情報は法45条1項の「刑事事件に係る裁判に係る保有個人情報」に該当する。また,刑事施設における被収容者の処遇のうち受刑者に対するものは,刑の執行としての刑事施設への拘置に必然的に付随する作用であるから,受刑者の処遇に係る保有個人情報は,同項の「刑の執行に係る保有個人情報」にも該当する。
そして,開示請求の対象となる保有個人情報が被収容者の医療に関する情報(以下「医療情報」という。)であっても何ら別異に解する理由はない。被収容者に対する健康診断,診療その他の医療上の措置は,刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下「刑事収容施設法」という。)に基づく被収容者の処遇として行われるものであるから,受刑者の処遇に係るものについては,「刑事事件に係る裁判に係る保有個人情報」及び「刑の執行に係る保有個人情報」に該当する。 (原告の主張の要旨)アのように,医療情報を法45条1項の対象から除外するという解釈について,法律の文言上の根拠はない。 |
イ | 法45条1項の趣旨は,刑の執行に係る個人情報を開示の対象とすると,採用予定者の前科の有無等をチェックする目的で雇用主が採用予定者本人に開示請求させる場合が想定され,これにより本人の社会復帰や更生保護の妨げになるおそれがあるため,この弊害を防止することにある。そして,被収容者の処遇に係る保有個人情報のうち,医療に関するものについても,これを開示請求の対象とすると,刑事施設が特定の被収容者に対する情報を保有しているか否かが明らかになるから,上記弊害が想定され,法45条1項の趣旨が妥当する。 |
ウ | 原告が引用する国連被拘禁者処遇最低基準規則は,平成27年12月17日の国連総会決議で採択されたものであるところ,法源性を有するものではないし,いまだ国際慣習法として確立しているものでもないから,日本国内において法的拘束力はない。 |
(原告の主張の要旨) |
ア | 日本語の用法として,健康診断,診察,治療等の医療行為は「刑の執行」に当たらないから,医療行為に係る情報は法45条1項の「刑の執行に係る保有個人情報」に該当しない。 |
イ | 法45条1項の趣旨は,刑の執行に係る個人情報を開示の対象とすると,本人の社会復帰や更生保護の妨げになるおそれがあるため,この弊害を防止することにある。しかし,医療情報は,刑事施設に収容されたことのない者についても存在する情報であり,開示によって直ちに当該個人が刑事施設に収容されたことがあることが明らかになるものではないから,上記趣旨は該当しない。
したがって,医療情報である本件情報は,法45条1項に該当しない。 |
ウ | 平成27年(2015年)12月に国連総会決議として採択された国連被拘禁者処遇最低基準規則(マンデラ・ルールズ)26条1項は,「ヘルスケア・サービスは,すべての被拘禁者に関して正確で最新かつ秘密の個人医療ファイルを準備し,かつ保持しなければならない。すべての被拘禁者は,請求により自己のファイルへのアクセスを認められなければならない。」と規定している。また,同32条1項は,「医師(中略)と被拘禁者との関係は,地域社会において患者に適用される倫理上および職業上の基準と同じ基準によって支配されるものとする。」と規定し,特に,自己の健康に関する被拘禁者の自律性と,医師との間のインフォームドコンセントの厳守を挙げている。
国会答弁(平成30年3月22日の参議院法務委員会)において,被告は,マンデラ・ルールズについて,法的拘束力はないものの努力すべき国際的な基準として意味を持つこと,刑事施設を所管する者としてもその趣旨をできるだけ尊重して運用していきたい旨を述べているのであるから,当然遵守すべきである。仮に,マンデラ・ルールズに法的拘束力がないとしても,国内法を,その趣旨を反映させる方向で,又はその趣旨に反しない方向で解釈すべきである。 また,被告は,平成29年に,「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」(甲11)を公表し,事例集(甲12)を公表することで,国の設置する施設においても同ガイダンスに十分配慮することが望ましいことを明言した。 これらの社会情勢の変化に照らすと,現時点では,医療情報は法45条1項による適用除外の対象とならないと解するべきである。 |
エ | 以上のとおり,医療情報である本件情報は法45条1項に該当しない。したがって,本件情報が法45条1項に該当するとしてされた本件決定は違法である。 |
(2) | 争点(2)(法45条1項の「刑の執行に係る保有個人情報」に医療情報を含まないとの合憲限定解釈をすべきか否か)について |
(原告の主張の要旨) |
ア | 「被収容者が自己の医療情報を知る権利」は,憲法13条及び25条によって保障されている。法45条1項の「刑の執行に係る保有個人情報」に「医療情報」を含むと解釈するのであれば,同項はこの憲法上保障された権利を制約するものであるから,同項の立法目的が正当であること及び立法目的と手段との間に合理的関連性があることを要する。
また,法45条1項を前記のように解釈するのであれば,同項は国の保有する自己の医療情報の開示について,被収容者という「社会的身分」を理由に被収容者を不平等に扱うものであるから,憲法14条1項との関係でも,同項の立法目的が正当であること及び立法目的と手段との間に合理的関連性があることを要する。 |
イ | しかしながら,法45条1項の立法目的は正当であるが,以下の(ア)及び(イ)のとおり,その手段が立法目的との関係で合理的関連性を欠く。 |
(ア) | 雇用主が採用予定者の被収容歴をチェックしようと考えた場合,雇用主は採用予定者に在監証明書の発行を請求させることにより,採用予定者の被収容歴を確認することが可能である。また,インターネット上の検索により,本人の逮捕歴を確認することも可能である。
さらに,雇用主が採用時に履歴書,面接での質問等の手段によって,採用予定者の被収容歴を確認することも事実上可能である。 したがって,法45条1項の立法目的と,「刑の執行に係る保有個人情報」を開示請求の対象から除外するという手段との間には,およそ合理的関連性が認められない。 |
(イ) | 医療情報の開示を受けることができない不利益は生命と健康に関わる重大な不利益で,現在の具体的な不利益である。他方,被収容歴が秘匿される利益は社会復帰後の採用での不利益を回避し得る利益にとどまり,将来における抽象的な利益である。後者の利益の実現のために,前者の重要な利益を危険にさらすという手段には合理性がない。 |
ウ | したがって,法45条1項の「刑の執行に係る保有個人情報」には,医療情報は含まないとの合憲限定解釈を行わなければならない。しかしながら,本件処分は,法45条1項を合憲的に解釈せずに行われた。したがって,本件処分には適用違憲があり,無効である。 |
(被告の主張の要旨) |
ア | 原告は,法45条1項を合憲的に解釈すると,医療情報は「刑の執行に係る保有個人情報」に該当しないものと解すべきである旨主張するが,そもそも,そのような文言に反する解釈ができないことは前記(1)(被告の主張の要旨)アのとおりである。 |
イ | そもそも,原告が憲法上保障される旨主張する「医療情報開示請求権」は,その法的根拠も具体的内容も不明である。行政機関が保有する個人情報の開示請求権は,飽くまでも,法により具体化されたものであって,それが医療に関する保有個人情報であっても,法の規定を離れて論じることはできない。また,憲法14条1項違反の主張についても,個別の法令の規定を離れた一般的な権利として「医療情報開示請求権」が認められることを前提とする主張であり,同様に理由がない。 |
ウ | また,本人以外の第三者が,本人の犯罪歴をインターネット等の他の手段により知り得る事実上の可能性があるとしても,そのことは,法による開示請求が犯歴のチェックに用いられる弊害を防止するという法45条1項の立法目的を何ら損なうものではなく,目的と手段との間に合理性がない旨の原告の主張は理由がない。
なお,在所証明書(在監証明書)は,収容歴のある者が,自動車運転免許証の更新や児童扶養手当の申請等をする場合において,法令の規定により身体の自由を拘束されていたことを証明する必要があるときに,刑事施設の長の裁量により,個別の申請に応じて作成交付するものであり,雇用主が採用予定者の被収容歴をチェックするためという目的で作成交付されることはない。 |
エ | また,法は,開示請求が濫用的であるか否かを審査することを予定していないから,法45条1項に掲げられた情報の一部について例外的に開示請求の対象とするような解釈は,法の予定しないところである。 |
オ | したがって,合憲限定解釈に関する原告の主張は理由がない。 |
(3) | 争点(3)(本件情報について法45条1項により不開示とすることが違憲か)について |
(原告の主張の要旨) |
仮に,「刑の執行に係る保有個人情報」に「医療情報」を含めて解釈することが違憲ではないとしても,以下のア及びイの事情を有する原告に対して,個別具体的な検討をせずに行われた本件処分は,原告の「被収容者が自己の医療情報を知る権利」を侵害し,個人の尊重をうたう憲法13条にも反するもので,違憲であり,無効である。 |
ア | 原告は,腎臓移植を受けた身であり,移植腎を健康な状態に維持するために,血液検査等の結果,服薬状況その他の医療情報の開示を受ける必要がある。 |
イ | 原告が逮捕されたこと,有罪判決を受けたこと,刑務所に収監されたことは,いずれも広く報道された上,原告自身,被収容歴を秘匿するつもりもない。したがって,原告には,「被収容歴」を秘匿することに何の利益もない。 |
(被告の主張の要旨) |
法による開示請求権を行使する主体は原則として本人であるところ,法45条1項は,本人からの開示請求であるにもかかわらず,その開示請求を認めない場合について定めるものであるから,本人の意思や自己決定を考慮すべき旨の主張は,同項の位置付けや立法趣旨を正解しないものである。
そして,法45条1項の適用の可否を個別具体的に審査することは,法の予定しないところであるから,原告の主張は,法の予定しないところに新たな立法をするに等しく,立法によって初めて具体化されるという権利の性格と相いれないものである。 したがって,適用違憲に関する原告の主張は理由がない。 |
第3 | 当裁判所の判断 |
1 | 争点(1)(本件情報が法45条1項所定の保有個人情報に当たるか否か)について |
(1) | 法45条1項は,刑事事件若しくは少年の保護事件に係る裁判,検察官,検察事務官若しくは司法警察職員が行う処分,刑若しくは保護処分の執行,更生緊急保護又は恩赦に係る保有個人情報について開示等に係る規定の適用除外としている。そして,刑事施設における被収容者の処遇は,勾留状の発付や懲役等に処する旨の判決等の刑事事件に係る裁判の内容を実現させるために必然的に付随する作用であることからすれば,刑事施設における被収容者の処遇に係る個人情報は,同項の「刑事事件に係る裁判に係る保有個人情報」に当たるものと解される。また,刑事施設における受刑者の処遇は,刑の執行としての刑事施設への拘置に必然的に付随する作用であるから,受刑者の処遇に係る個人情報は,同項の「刑の執行に係る保有個人情報」に当たるものと解される。
そして,受刑者に対する健康診断,診療その他の医療上の措置は,刑事収容施設法に基づく被収容者の処遇として行われるものであるから(刑事収容施設法第2編第2章第6節),法45条1項が,開示請求の除外対象から受刑者に対して講じられた医療上の措置に係る個人情報を更に除外する旨の規定を設けていない以上,受刑者に対して講じられた医療上の措置に係る個人情報は,同項の「刑事事件に係る裁判に係る保有個人情報」及び「刑の執行に係る保有個人情報」に当たると解するのが相当である(原告は,日本語の用法として,医療行為は「刑の執行」に当たらない旨主張するが,以上説示したところに照らして採用することができない。)。 |
(2) | 原告は,法45条1項の趣旨は,刑の執行に係る個人情報を開示の対象とすると,本人の社会復帰等の妨げになるおそれがあるため,この弊害を防止することにあるところ,医療情報は,刑事施設に収容されたことのない者についても存在する情報であるから,開示によって直ちに当該個人が刑事施設に収容された事実が明らかになるものではない旨主張する。
そこで検討すると,法45条1項の趣旨は,同項の規定する保有個人情報には,個人の前科,収容歴等の高度のプライバシー情報を含んでおり,これらの情報を開示請求等の対象とすると,例えば,雇用主が,採用予定者の前科の有無,収容歴等を確認する目的で,採用予定者本人に開示請求をさせるなどすることで前科や収容歴等が明らかになり,本人の社会復帰の妨げになるなどの弊害が生じることから,そのような弊害を防止することにあるものと解される。そして,受刑者に対して講じられた医療上の措置に係る個人情報を開示の対象とすると,刑事施設にその開示請求者に関する個人情報が存在することを示すことになり,それにより本人の収容歴が明らかになり本人の社会復帰を妨げる等の弊害を生じ得るのであるから,受刑者に対して講じられた医療上の措置に係る個人情報についても法45条1項の趣旨は妥当するというべきである。 したがって,原告の上記主張は採用することができない。 |
(3) | また,原告は,国連総会決議として採択された国連被拘禁者処遇最低基準規則(マンデラ・ルールズ)を遵守すべきであり,又はマンデラ・ルールズに沿って法45条1項は解釈されるべきであると主張する。
しかしながら,マンデラ・ルールズは,国連総会決議であって条約ではないため,我が国に法的義務を課すものではなく,その充足のために努力をすべき国際的な基準として意味を持つとはいい得るものの,法的効力を伴う国際慣習法として機能しているとも認められないから,マンデラ・ルールズを裁判規範として直接適用することはできない。 また,マンデラ・ルールズは,そのプレリミナリーオブザベーション(序則)2条1項において,世界における法律,社会,経済,地理的条件は多様であるから,この規則全体が,あらゆる場所であらゆる時に適用され得るものではないことは明らかであるとしているから(弁論の全趣旨),合理的な理由に基づき例外規定を立法により設けることを許容する趣旨であると解される。前記(2)のとおり,法45条1項は,同項所定の個人情報については,その開示請求権を認めることにより刑事施設の収容歴が明らかになり,受刑者の社会復帰の妨げとなり得るという弊害を回避するため,これを開示請求の対象外とする目的で定められたものであり,その趣旨は合理的である。そうすると,仮にマンデラ・ルールズが法的効力を有するものであったとしても,法45条1項はその例外規定として許容される関係にあるというべきであるし,前記(1)の法45条1項の解釈をマンデラ・ルールズに適合するように改めるべきものともいえない。 したがって,原告の上記主張は採用することができない。 |
(4) | 以上によれば,受刑者に対して講じられた医療上の措置に係る個人情報で刑事施設が保有するものについては,法45条1項の「刑事事件に係る裁判に係る保有個人情報」及び「刑の執行に係る保有個人情報」に該当すると解するのが相当である。そして,原告が開示を請求した本件情報は別紙2個人情報目録記載のとおりであり,いずれも受刑者に対して講じられた医療上の措置に係る個人情報で刑事施設が保有するものであるから,法45条1項の「刑事事件に係る裁判に係る保有個人情報」及び「刑の執行に係る保有個人情報」に該当し,法45条1項所定の保有個人情報に当たるというべきである。 |
2 | 争点(2)(法45条1項の「刑の執行に係る保有個人情報」に医療情報を含まないとの合憲限定解釈をすべきか否か)について |
(1) | 原告は,「被収容者が自己の医療情報を知る権利」が憲法13条及び憲法25条によって保障されていることを前提に,法45条1項の「刑の執行に係る保有個人情報」に医療情報が含まれると解すると当該権利を侵害することになるから,法45条1項の合憲限定解釈がされるべきであると主張する。
しかしながら,憲法13条及び憲法25条によって行政機関が保有する個人情報の開示請求権が具体的権利として保障されているものと解することはできないのであり,行政機関に対し自己に関する個人情報の開示を請求する権利は,法が開示請求権を認める範囲の限度において具体的権利として認められているにとどまる。 したがって,「被収容者が自己の医療情報を知る権利」が憲法13条又は憲法25条によって具体的権利として保障されているということはできず,これを前提とする原告の上記主張は採用することができない。 |
(2) | また,原告は,被収容者の医療情報が法45条1項の「刑の執行に係る保有個人情報」に含まれると解するのであれば,同項は国の保有する自己の医療情報の開示請求について,被収容者という「社会的身分」を理由に,被収容者を不平等に扱うものであり,憲法14条1項に反すると主張する。
原告の上記主張は,受刑者を含む被収容者が刑事収容施設に対して自己の医療情報の開示を求める場合と,被収容者ではない者が行政機関に対して自己の医療情報の開示を求める場合とを比較し,法45条1項所定の保有個人情報に医療情報を含むと解するのであれば,被収容者であることを理由に自己の医療情報の開示請求権について不平等な扱いがされることになる旨主張するものと思われる。そこで検討すると,同項によっても,被収容者が同項所定の保有個人情報以外の保有個人情報について開示請求をすることは妨げられない一方,被収容者でない者であっても,同項所定の保有個人情報(例えば,自らの受刑中に受けた医療上の措置に関する個人情報等)について開示請求をすることはできないのであり,同項は,飽くまで保有個人情報の内容・性質に着目してこれを開示請求の対象から除外するものであって,開示請求者が被収容者であることを理由として開示請求の対象を限定するものではないというべきである。 したがって,法45条1項は,被収容者という社会的身分を理由に保有個人情報の開示請求権につき異なる扱いをするものではないから,原告の上記主張は前提を欠いており採用することができない。 |
(3) | また,原告は,雇用主は,採用予定者に法に基づく開示請求をさせなくても,在所証明書(在監証明書),インターネット上の検索,採用時の面接における質問等により,採用予定者の被収容歴を確認することができるから,法45条1項はその目的との関係で合理性を欠くと主張する。
しかしながら,本人以外の者が法に基づく開示請求以外の手段によって採用予定者の被収容歴を知ることができる可能性があるとしても,法による開示請求の対象から法45条1項所定の保有個人情報を除外しない限り,前記1(2)のとおり,雇用主が採用予定者本人に開示請求をさせる方法によってその被収容歴を知る可能性は否定されないから,原告の上記主張は採用することができない。 |
3 | 争点(3)(本件情報について法45条1項により不開示とすることが違憲か)について |
(1) | 原告は,原告に特有の事情を考慮せずになされた本件処分は「被収容者が自己の医療情報を知る権利」を侵害し,個人の尊重をうたう憲法13条に違反すると主張する。
しかしながら,憲法13条が行政機関の保有する個人情報の開示請求権を具体的権利として保障したものではないことは前記2(1)のとおりであり,原告の主張は採用することができない。 |
(2) | なお,原告は,腎臓移植を受けたものであるから医療情報の開示を受ける必要がある一方,被収容歴を秘匿するつもりがなく,被収容歴を秘匿する利益を有しないなどと主張するので念のため付言すると,確かに,開示請求の対象となる保有個人情報の本人が適切な医療措置を受けるために,自らの受刑中に受けた医療上の措置に関する個人情報の開示を強く希望することがあることは理解できるところである。しかしながら,法45条1項が同項所定の保有個人情報を一律に開示請求の対象から除外していることは明らかであり,開示請求者が当該保有個人情報の開示を受ける必要性や開示請求者の被収容歴を秘匿する意思の有無といった個別の事情によっては開示請求をすることができる場合があるものと解する余地はない。
したがって,原告が主張する上記の点は前記(1)の判断を左右するものではない。 |
第4 | 結論
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
大阪地方裁判所第2民事部 |