令和元年8月21日判決言渡 |
イラク戦争検証結果報告書不開示処分取消等請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所 平成30年11月20日) |
判 決 |
主 文 |
1 | 本件控訴を棄却する。 |
2 | 控訴費用は第1審原告の負担とする。 |
事 実 及 び 理 由 |
第1 | 控訴の趣旨 |
1 | 原判決を取り消す。 |
2 | 外務大臣が平成27年4月17日付けで第1審原告に対してした行政文書の不開示決定のうち,「報告書」と題する行政文書の一部を不開示とした部分(ただし,平成28年3月30日付け及び平成29年10月31日付け決定により変更された後のもの)を取り消す。 |
3 | 外務大臣は,第1審原告に対し,上記「報告書」と題する行政文書の不開示部分について開示決定をせよ。 |
4 | 訴訟費用は,第1,2審を通じ,第1審被告の負担とする。 |
第2 | 事案の概要 |
1 | 第1審原告は,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「情報公開法」という。)に基づき,外務大臣に対し,平成15年(西暦2003年。以下,年号は西暦で表すことがある。)に実施された米国等による対イラク武力行使に関する我が国の対応を検証するために平成24年前後に作成された「報告書」と題する行政文書(以下「本件報告書」という。)を含む複数の行政文書の開示を平成27年に請求した。これに対する外務大臣の平成27年4月17日付け決定(以下「本件決定」という。)において,本件報告書は全部不開示とされ,その後の平成28年3月30日付け及び平成29年10月31日付けの決定で一部開示・一部不開示に変更された。第1審原告が本件処分(変更後のもの)の取消し及び不開示部分につき開示決定の義務付けを求めたのが,本件である。
原判決は,本件処分の取消し請求を棄却し,不開示部分の開示の義務付けを求める訴えを却下したため,これを不服とする第1審原告が控訴した。 |
2 | 当事者の主張 |
(1) | 請求原因 |
ア | 第1審原告は,平成27年1月12日,情報公開法に基づき,外務大臣に対し,「「対イラク武力行使に関する我が国の対応(検証結果)」報告書全文,検証実施のために用いられた文書,インタビューの記録」の開示を請求した。外務大臣は,請求に対し,平成27年4月17日付け本件決定を行い,その中で,本件報告書は全部不開示とした。外務大臣は,平成28年3月30日付け及び平成29年10月31日付けで,本件報告書の一部を開示するなど,本件決定を変更する旨の決定をした。変更決定後の本件報告書の開示及び不開示の状況は,別紙1「報告書 対イラク武力行使に関する我が国の対応」記載のとおりである(個々の不開示部分を,同別紙1に付した番号により,「本件不開示部分1」などという。)。 |
イ | 外務大臣は本件報告書全部の開示義務を負い,本件決定のうち本件報告書の一部を不開示とした部分は違法であって取り消されるべきである。また,外務大臣が負う開示義務の内容は一義的に明白であるから,本件報告書の不開示部分の全部について開示決定をすべきである。 |
(2) | 請求原因に対する認否 |
ア | 請求原因アは認め,請求原因イは争う。 |
イ | 本件決定は適法であるから,開示決定の義務付けを求める訴えは,不適法却下すべきである。
仮に,本件決定が違法として取り消されるべき場合でも,外交機密が問題となる本件報告書の情報公開については,外務大臣が取消判決の趣旨を踏まえて改めて開示・不開示の処分を行うのが相当であり,不開示部分の開示を義務付ける判決をすべきではない。 |
(3) | 抗弁 |
ア | 本件報告書は,米国等による対イラク武力行使に関する我が国の対応についての外務省が行った検証(以下「本件検証」という。)の結果が記載されたものである。
本件報告書の開示部分の内容及び不開示部分の所在は,別紙1のとおりである。 |
イ | 情報公開法5条3号所定の不開示情報該当性 |
(ア) | 本件不開示部分1及び3から17までに記録された情報の内容は,別紙2の1から18までの各(1)アに記載のとおりである。これらの情報は,公開すると国の安全が害されるおそれ,他国との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国との交渉上不利益を被るおそれがあり,情報公開法5条3号所定の不開示情報に該当する。 |
(イ) | 本件報告書を公開すると,我が国の情報収集,情報分析能力,政策検討の手法等や,対イラク武力行使の問題に係る我が国の関心事項,類似の事案における我が国の今後の対応等を,他国が推察することが可能になる。
さらに,安全保障政策上機微な問題に係る情報提供は,情報内容や情報提供元を公にしないことが国際慣行である。本件報告書を公開すると,情報収集に関わる他国との信頼関係が損なわれる。また,これにより,今後我が国の安全を維持するために必要な情報収集に支障が出る。 |
(ウ) | 本件報告書は,対イラク武力行使という国際政治及び安全保障に関わる機微な問題について,多数の出来事を取捨選択の上で抽出し,評価やその影響等とともに一体として示したものであり,全体として有機的・一体的な情報が記録されている。我が国が重要な考慮要素としていた点が鮮明に現れている。項目分けの仕方及びその記述内容を含め,記載自体が一定の価値判断又は評価を伴っている。
また,本件報告書には,外務省が公開した「報告の主なポイント」その他の報告資料よりも具体的な又は更に踏み込んだ記載がある。政府の見解が記載されているため,私人の著作とは外交交渉に及ぼす影響が異なる。 対イラク武力行使に関する各国の調査報告書は,各国それぞれの立場で作成されたものにすぎない。各国の調査報告書が公表されている事実は,本件報告書の公開の可否に影響しない。 |
ウ | 情報公開法5条5号又は6号所定の不開示情報該当性 |
(ア) | 本件不開示部分に記録されている情報は,これを公にすることにより,政府部内の素直な意見の交換若しくは意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれ(5号),又は外交事務の適正な遂行に支障をおよぼすおそれ(6号)がある。なお,本件不開示部分1は,情報公開法5条6号所定の不開示情報に該当する。また,本件不開示部分2から18までは,情報公開法5条5号及び6号所定の不開示情報に該当する。 |
(イ) | 5号該当性
本件検証は,非公開を前提に外務省内で率直に意見交換を行うことで,対イラク武力行使の実施当時になされた我が国の検討及び意思決定過程を改めて検証し,今後の政策立案及び実施に役立てることを目的としたものである。本件報告書が公開されると,将来,同種の検証をする際に,担当者らが素直な意見交換をちゅうちょすることになる。 |
(ウ) | 6号該当性
本件報告書が公開されると,我が国の情報収集分析能力,政策検討の手法や,対イラク武力行使問題に係る我が国の関心事項が推知され,我が国の今後の外交交渉事務,情報収集事務に支障を及ぼすおそれがある。 |
エ | 本件不開示部分1から18までが,情報公開法5条3号,5号又は6号に該当することに係るその余の個別の主張は,別紙2の1から18までの各(1)に記載のとおりである。 |
(4) | 抗弁に対する認否 |
ア | 抗弁アは認め,抗弁イからエまでは争う。 |
イ | 情報公開法5条3号所定の不開示情報該当性 |
(ア) | 本件報告書の検討対象である政府の対応は,対イラク武力行使の根拠事実(イラクによる大量破壊兵器の保持)が誤りであることが後に判明したという特殊な事案についての政府の対応である。国際情勢は対象国・地域ごとに大きく異なり,イラク,イラク周辺国又は安全保障で日本と緊張関係に立つ国と日本との関係も様々である。本件報告書は,15年以上前に実施された対イラク武力行使に関する対応の誤りを検証したものであり,国際情勢,社会情勢,外交事務の状況は,15年間の経過により大きく変化した。そうすると,本件報告書が公開されても,他国が,日本の将来の対応等を想定できるとはいえない。
対イラク武力行使に関する各国の調査報告書が公開されている。公開された各国作成の報告書には,自国と他国との詳細なやり取りが記載されている。そうすると,情報内容や情報源を公にしないことが国際慣行であるとはいえない。本件報告書を公開しても,他国との信頼関係が損なわれるおそれはない。また,情報源から得た情報の内容を明らかにしても,情報源そのものを明らかにしなければ,他国との信頼関係が損なわれることはない。さらに,対イラク武力行使に関する各国の調査報告書が公開されていることは,本件検証の結果を開示しないことに合理性がないこと,本件検証の結果を開示すべき公益性が高いことを示すものである。 |
(イ) | 本件報告書の分量は僅か(本文17頁)であり,その記載内容は原資料や聞き取り結果をとりまとめたものにすぎないから,本件報告書記載の価値判断や評価は,必然的に相当程度抽象化されている。
また,本件報告書の記載内容は,外務省が公開した「報告の主なポイント」その他の報告資料で公開されているほか,対イラク武力行使に関する各国の調査報告書でも公開されている(なお,本件報告書の記載内容と公開された情報との同一性の立証を第1審原告に求めるのは,不開示部分を見ることができない第1審原告に不可能を強いるものである。)。さらに,私人の書籍等でも本件報告書の記載内容は公開されており,これが外交事務に及ぼす影響は,政府が公表した場合とで,実質的に変わりがない。そもそも,本件報告書が非公開前提で作成されたということはできない。そうすると,本件報告書が公開されても,他国が新たに何らかの事項を推察することが可能になるものではない。 また,公表されている情報と同一の情報については,公にされた事項と文字列で切り分けることが可能であるから,一部開示すべきである。 |
ウ | 情報公開法5条5号又は6号所定の不開示情報該当性
本件報告書は,対イラク武力行使という特殊な事案を検証したものであるところ,将来的に同種事案が発生し,さらにそれを検証するという事態は想定しがたい。また,担当者らが本件報告書と同種の資料を作成することをちゅうちょするという事態も考えがたい。 そもそも,本件報告書が非公開前提で作成されたということはできないし,「報告の主なポイント」その他の報告資料が公開されているほか,対イラク武力行使に関する各国の調査報告書なども公開されていることを考慮すれば,第1審被告が主張する「おそれ」は抽象的なものにすぎない。 |
エ | 本件不開示部分1ないし18が,情報公開法5条3号,5号又は6号に該当しないことに係るその余の個別主張は,別紙2の1から18までの各(2)に記載のとおりである。 |
第3 | 当裁判所の判断
当裁判所も,本件決定のうち本件報告書の一部を不開示とした部分の取消し請求は棄却すべきであり,本件報告書の不開示部分につき開示決定の義務付けを求める訴えは却下すべきであると判断する。その理由は,以下のとおりである。 |
1 | 認定事実 |
(1) | 米国等による対イラク武力行使(いわゆるイラク戦争)について(甲6~9,13,17~19,30,31,34~36)
国際連合安全保障理事会(以下「安保理」という。)は,1990年11月,クウェートへの武力侵攻を行ったイラクに対する武力行使を容認する安保理決議678を採択した。米国等は,安保理決議678に基づき,1991年1月にイラクに対する武力行使を開始した(いわゆる湾岸戦争)。 安保理は,同年4月,湾岸戦争の停戦の条件として,イラクに大量破壊兵器 (核兵器,生物兵器,化学兵器及びこれらの兵器の運搬手段)の廃棄を国際的監視の下で無条件で受け入れることなどを求める安保理決議687を採択した。イラクが安保理決議687を受諾することにより停戦が発効し,湾岸戦争は停戦状態に入った。 湾岸戦争の停戦開始後,特に1990年代後半以降,イラクが大量破壊兵器の廃棄を確認するための国際機関の査察に協力しないという事態が発生し,停戦条件(安保理決議687)の不遵守が,国際的に問題となっていった。 イラクによる査察受入れ拒否や2001年9月11日に発生した米国同時多発テロ事件などを受けて,米国のA大統領は,2002年1月,米国連邦議会において,イラクによる大量破壊兵器等の使用の危険性について言及するとともに,米国が安全を確保するために必要な行動をとる旨述べた。 その後,イラクが大量破壊兵器を隠匿保持しているか否か,イラクに対して武力行使を行うべきか否かなどについて,国際機関による査察結果の報告をふまえながら,安保理や各国で,国際的な検討が続けられた。その中で,安保理は,2002年11月8日,安保理決議1441を採択した。安保理決議1441は,イラクには湾岸戦争の停戦決議である安保理決議687に基づく義務の重大な違反があること,イラクに対して義務の履行を求めること,イラクにとって今回が最後の機会であることを宣言した。これに引き続き,対イラク武力行使を実行すべきかどうか,実行する場合の国際法上の根拠として安保理決議1441だけで十分か,武力行使をより明示的に容認する内容の新たな安保理決議を採択する必要があるかどうかについて,国際的な議論が続けられた。米国,英国等は,2003年2月,イラクは安保理決議1441により与えられた最後の機会を活かすことができなかったことを内容とする新たな決議案の提案,採択を試みたが,採択が困難な情勢になっていった。 A大統領は,新たな安保理決議の採択がないまま,2003年3月18日テレビ演説で,対イラク武力行使を行う旨最後通告を行った。我が国のC内閣総理大臣(以下「C首相」という。)は,同日,いわゆる総理番新聞記者によるぶら下がりインタビューにおいて,対イラク武力行使を行う旨の米国の方針を支持する旨発言した。 米国,英国等は,2003年3月20日,対イラク武力行使を開始した。C首相は,同日,内閣総理大臣記者会見及び内閣総理大臣談話をもって,対イラク武力行使を支持する旨表明した。 対イラク武力行使終了後に,国際機関による調査が行われたが,イラクが大量破壊兵器(核兵器,生物兵器,化学兵器及びこれらの兵器の運搬手段)を隠匿保持していたとの事実は確認されなかった。 |
(2) | 本件報告書について(甲4,乙10,16)
外務省は,外務大臣の指示のもと,2011年8月から2012年12月にかけて,本件検証を行った。本件検証の対象は,2002年初めから2003年3月の武力行使に至るまでの外務省内における検討や意思決定の過程とされた。本件検証は,日本政府が米英等の武力行使を支持したことの是非自体を検討の対象とするものではないとされた。本件検証は,結果的に大量破壊兵器が発見されなかった現実がある中で,上記期間の政策決定過程を検証し,もって教訓を学び,今後の政策立案・実施に役立てるとの観点から実施された。 本件検証は,在米国大使館特命全権公使が全体総括者となり,外務省内に存在する関係書類の収集及び関係者へのインタビューを実施した上で,当時の我が国の対応状況を認定し,それを評価するという手法をもって行われた。 本件報告書は,本件検証の結果が記載されたものであり,標題を「報告書」,副題を「イラク武力行使に関する我が国の対応」とするものである。本件報告書は,本文17頁,参考資料4種20頁からなる(別紙1参照)。 外務省は,本件報告書自体を非公開とし,本件報告書を公表しても差し支えない内容に作り変えたものを「報告の主なポイント」と題して,2012年12月に公表した(以下,この公表に係る記事を「報告の主なポイント」という。)。「報告の主なポイント」の内容は,別紙3に記載のとおりである。 |
2 | 情報公開法5条3号の不開示情報該当性の判断方法について |
(1) | 開示請求に係る文書の全部又は一部に「公にすることにより,国の安全が害されるおそれ,他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると行政機関が認めることにつき相当の理由がある情報」があることについては,開示請求を受けた行政機関の長の側に立証責任があると解するべきである。
なお,裁判所の最終的な判断の対象は,当該情報について「国の安全が害されるおそれ,他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれ」があることそれ自体ではなく,これらのおそれがあると「行政機関が認めるにつき相当の理由」があることである。このことは,裁判所が当事者の主張立証に基づいて行政機関の第1次的判断について審理判断した上,「国の安全が害されるおそれ他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれ」という要件の存在を肯定できる場合又は肯定否定のどちらとも判断できる場合には,不開示情報に該当すると判断することを意味する。情報公開請求の対象が外交,安全保障(軍事)に関する事項であること及び5条3号該当性の審理判断の方法については後記(2)及び(3)のような制約が5条3号自体に内在していることから,このように解することもやむを得ないところである。 |
(2) | 紛争の性質上,ある情報が情報公開法5条3号に該当すると主張する行政機関の長は,当該情報の内容を直接的かつ具体的に主張することができない。当該情報の内容を直接的かつ具体的に主張すれば,裁判所による5条3号非該当の判断が確定する前に,当該情報を開示することになるからである。また,裁判所は,当該情報の内容を知るために,いわゆるインカメラ審理・(裁判所だけが当該情報を直接見分する方法による非公開の審理)を行うこともできない(最高裁判所平成21年1月15日第1小法廷決定・民集63巻1号46頁参照)。裁判所は,当該情報の内容を直接的かつ具体的に知ることができない状態の下で,5条3号該当性を審理しなければならない。このことは,情報公開法5条3号の規定が当然に予定していることである。 |
(3) | 行政機関の長は,情報公開法5条3号に該当すると主張する情報の内容を,間接的かつ抽象的(類型的)にしか主張することができない。裁判所としては,行政機関の長による間接的かつ抽象的(類型的)な情報の内容についての主張それ自体や,その主張を裏付ける証拠等(本件においては「報告の主なポイント」を含む。),開示部分と不開示部分に分かれている場合には開示部分の内容などから,行政機関の長が情報公開法5条3号に該当すると主張する情報の内容を,定性的に事実認定していくことになる。その結果,認定事実は,ある程度抽象化された事実となる。裁判所は,このような過程を経て事実認定された情報の内容が,情報公開法5条3号に該当するかどうかを判断するほかはない。なお,行政機関の長が抽象的,類型的にすら情報の内容を主張しない場合には,「公にすることにより,国の安全が害されるおそれ,他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると行政機関が認めることにつき相当の理由がある情報」という要件の存在を肯定することは不可能であるから,不開示処分は違法なものとして取り消されることになる。以上のことは,情報公開法5条3号の規定が当然に予定していることでもあると解される。 |
(4) | 第1審被告は,情報公開法5条3号の「おそれがあると行政機関が認めることにつき相当の理由がある」という部分の解釈については,行政機関の広い裁量に委ねられていると解釈すべきであると主張する。具体的には,外国人の本邦在留期間の更新に関する出入国管理及び難民認定法(当時は出入国管理令)21条3項の解釈に関する最高裁判決(昭和53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁参照)が「その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか,又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し,それが認められる場合に限り,右判断が裁量権の範囲をこえ又はその濫用があったものとして違法であるとすることができる」と説示するところと同義に解すべきであると主張する。
在留期間の更新の当否の判断においては,当該判断に必要な対象外国人の過去の具体的な言動を網羅的に事実認定することができる。そして,この具体的かつ網羅的な認定事実に基づいて,行政機関の判断が事実の基礎を欠くか,事実に対する評価が明白に合理性を欠くか等の審理をしていくことができる。これに対して,情報公開法5条3号該当性の判断においては,開示請求の対象となる情報の内容を,直接的に,具体的かつ網羅的に事実認定することができない。当事者の主張,証拠及び間接事実から,対象情報の抽象的かつ定性的な内容を事実認定していくことしかできない。このように具体的かつ網羅的な認定事実がない状態の下においては,行政機関の判断が事実の基礎を欠くか,事実に対する評価が明白に合理性を欠くか,ひいては行政機関の判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理していくことには,大きな困難が伴う。出入国管理及び難民認定法と情報公開法との間のこのような審理判断の環境の相違を考慮すると,第1審被告の主張を採用することは困難である。 また,出入国管理及び難民認定法21条3項の定める在留期間更新の要件は「(当該外国人が提出した文書により)在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り」というものである。すなわち,具体的要件の定めがなく,抽象的要件(更新を適当と認めるに足りる相当の理由)が定められているだけである。情報公開法5条3号は「国の安全が害されるおそれ,他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれ」という具体的要件の定めがある。出入国管理及び難民認定法と情報公開法との間においては,要件の抽象性・具体性の相違の程度がこのように大きいことを考慮すると,第1審被告の主張を採用することは困難である。 なお,情報公開法5条3号の「行政機関が認めることにつき相当の理由がある情報」という文言は,裁判所が直接的に「国の安全が害されるおそれ,他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれ」という要件を満たすかどうかを判断するのではなく,前記(1)のとおり,裁判所の審査の対象が「行政機関の判断」であること(「行政機関の判断」に相当の理由があるかどうかであること)を規定したものにすぎない。 |
(5) | 以下の3から6までにおいては,対象情報の抽象的・定性的な内容を事実認定した上で,当該認定事実をもとに,情報公開法5条3号該当性(本件不開示部分2及び18については,同条5号該当性)を判断することとする。 |
3 | 本件不開示部分15から17までの不開示情報該当性 |
(1) | 本件不開示部分15(教訓と今後の取組:情報収集・分析) |
ア | 証拠(甲4,5,乙4,10,16)及び弁論の全趣旨によれば,本件不開示部分15には,収集を目指していた特定の情報の記載,情報収集・分析の改善すべき点,具体的な改善策,活用すべき具体的な情報収集先,当時の活動に関する評価・教訓,今後の取組が記載されていることが認められる。 |
イ | 外交に関する情報収集及び情報分析は,一般的に,国の安全や外交交渉上機密性の高い事項であることは論をまたない。軍事,ことに大量破壊兵器(核兵器,生物兵器,化学兵器及びこれらの兵器の運搬手段)に関する情報収集及び情報分析についても,同様である。
アによれば,本件不開示部分15には,我が国の情報収集及び情報分析のストロングポイント及びウィークポイントが記載されているものと認められる。これらのポイントを他国に知られること自体が,他国との交渉上不利益となり,本件のような軍事上の問題に直結する情報収集・分析に関しては,国の安全が害されるおそれを生じると認められる。 本件不開示部分15には,改善点,教訓,今後の取組についての記載がある。これは,ウィークポイントの記載であるとともに,将来的にストロングポイントに転じる可能性を秘めた事項の記載でもある。今後の取組が実行できなかった場合は,ウィークポイントがそのまま残ることになる。これらの記載を開示すると,今後の取組による我が国の情報収集及び情報分析の改善を前提とした対応を他国がとることにより,せっかくの改善が無意味になったり,我が国の今後の取組(改善)を他国が妨害したりするおそれがある。本件不開示部分15に,収集を目指していた特定の情報の記載,活用すべき具体的な情報収集先の記載もあるのであれば,交渉上の不利益や国の安全が損なわれるおそれは,なお大きいものと認められる。 以上の点を総合すると,本件不開示部分15を開示することにより,国の安全が害されるおそれ及び他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると外務大臣が認めたことについて,当裁判所は,相当の理由があると判断する。 |
(2) | 本件不開示部分16(教訓と今後の取組:政策決定・実施) |
ア | 証拠(甲4,5,乙4,10,16)及び弁論の全趣旨によれば,本件不開示部分16には,当時検討途上であった政策の具体的内容を含めて,政策決定に至る国内や対外的な様々なレベルでの連絡調整の機会,その具体的内容・果たした役割,さらにその効果・重要性に関する評価・教訓が記載されていることが認められる。 |
イ | アによれば,本件不開示部分16の記載事項のうち検討途上の政策内容には,最終的な政策決定の内容とは一致しないものも含まれると推認される。評価には,肯定的・否定的その他様々なニュアンスの評価が含まれると推認される。教訓には,我が国の政策決定上のウィークポイントを推測させる事項が含まれると推認される。これらの情報を他国が利用すれば,日本の政策検討過程やその実施過程の特徴,ウィークポイントが明らかとなり,他国がこれらの情報を利用することにより,他国との交渉上不利益となる。
また,対外的な折衝の効果・評価の記載には,肯定的・否定的その他様々なニュアンスの評価が含まれると推認される。これらが公表されると,折衝の対象となった他国との信頼関係に影響する。 以上の点を総合すると,本件不開示部分16を開示することにより,他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ及び他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると外務大臣が認めたことについて,当裁判所は,相当の理由があると判断する。 |
(3) | 本件不開示部分17(教訓と今後の取組:国民への説明責任) |
ア | 証拠(甲4,5,乙4,10,16)及び弁論の全趣旨によれば,本件不開示部分17には,対イラク武力行使支持に関して広く国民の理解を得るために,外務省が実施した広報活動及び国会議員等への説明,その効果も含めた検証結果,今後あるべき広報活動の具体的手法や時期などの改善点等が記載されていることが認められる。 |
イ | 国民や国会議員に対する広報や説明それ自体は,オープンなものであるべきである。しかしながら,その手法や時期についてのノウハウの全部が公開すべきものとはいえない。国際社会の現実において,他国に対する世論工作活動や諜報活動が,幅広く行われているという事実を,無視することができないからである。
アによれば,本件不開示部分17を開示すると,広報活動の手法や時期についての効果等の検証結果や改善策が明らかになる。このことは,我が国の広報や説明についてのストロングポイント,ウィークポイントを他国に推知させて,現在又は将来,対日世論工作を行おうとする国を,国際交渉上,利することになる。このことは,国の安全を害することにもなる。 以上の点を総合すると,本件不開示部分17を開示することにより,国の安全が害されるおそれ及び他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると外務大臣が認めたことについて,当裁判所は,相当の理由があると判断する。 |
4 | 本件不開示部分6から14までの不開示情報該当性 |
(1) | 本件不開示部分6(情報収集についての検証) |
ア | 証拠(甲4,5,乙4,10,16)及び弁論の全趣旨によれば,本件不開示部分6には,当時の対イラク武力行使をめぐるイラク情勢に関する我が国の情報収集について,内外の情報収集先,収集方法,収集を試みた情報の種類・内容等,収集に関する指示やその経緯,情報収集活動の結果の出来不出来及びその評価が記載されていることが認められる。 |
イ | 軍事・外交の分野における情報収集は,国の安全や外交交渉上,一般的に機密性の高い事項である。当時のイラク問題のように我が国が直接的な危機にさらされていない場合であっても,安全保障の分野で国際的に重要とみられる問題に関する情報収集は,国の安全や外交交渉上,機密性が高いものというべきである。これに伴い,国外の情報源の秘匿による他国との信頼関係の維持にも,重要性がある。本件不開示部分6の開示に伴い推測が容易になる事項には,軍事・外交の分野に関する当時のわが国の情報収集能力(ストロングポイント,ウィークポイント),情報収集における我が国の関心事項,情報収集先(情報源)や情報収集活動の出来不出来,情報収集に関する評価や改善点などが挙げられる。これらの事項は,国の安全,他国との信頼関係及び外交交渉上の利益に直結する。
以上の点を総合すると,本件不開示部分6を開示することにより,国の安全が害されるおそれ,他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ及び他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると外務大臣が認めたことについて,当裁判所は,相当の理由があると判断する。 |
(2) | 本件不開示部分7(情報分析についての検証) |
ア | 証拠(甲4,5,乙4,10,16)及び弁論の全趣旨によれば,本件不開示部分7には,当時のイラク情勢に関して収集された情報の分析手法や分析過程,資料の作成過程,作成された資料の内容・用途及び資料共有の在り方等についての検討結果及びその評価が記載されていることが認められる。 |
イ | 軍事・外交の分野における情報分析は,国の安全や外交交渉上,一般的に機密性の高い事項である。当時のイラク問題のように我が国が直接的な危機にさらされていない場合であっても,安全保障の分野で国際的に重要とみられる問題に関する情報分析は,国の安全や外交交渉上,機密性が高いものというべきである。本件不開示部分7の開示に伴い推測が容易になる事項には,外交・軍事の分野に関する当時のわが国の情報分析能力(ストロングポイント,ウィークポイント),情報分析における我が国の関心事項,分析された情報の政策決定過程における具体的な活用方法,情報分析に関する評価や改善点などが挙げられる。これらの事項は,国の安全及び外交交渉上の利益に直結する。
以上の点を総合すると,本件不開示部分7を開示することにより,国の安全が害されるおそれ及び他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると外務大臣が認めたことについて,当裁判所は,相当の理由があると判断する。 |
(3) | 本件不開示部分8(検討・意思決定プロセスに関する検証) |
ア | 証拠(甲4,5,乙4,10,16)及び弁論の全趣旨によれば,本件不開示部分8には,外務省内や官邸その他政府部内での政策検討や意思決定の過程(プロセス)の検討結果が,検討事項及び決定事項の具体的内容と併せて記載され,これらの過程(プロセス)に対する評価が記載されていることが認められる。 |
イ | 本件不開示部分8の開示に伴い推測が容易になる事項には,当時の政府部内で検討途上の政策案の選択肢(最終決定に至らないものを含む。)の具体的内容,政府高官や政府部内の各部局の検討への関与の態様,我が国の関心事項又はその傾向などが挙げられる。これらの事項は,軍事的緊張の高まりを伴う外交や安全保障上の深刻な問題が生じた場合において,我が国と協調関係に立たない国による我が国に対する各種の工作の材料となり得るものである。また,協調関係に立つ国も含めて,関係国が自国に有利な外交交渉を行う材料となり得るものである。そうすると,これらの事項は,我が国の外交交渉上の利益に直結する。
以上の点を総合すると,本件不開示部分8を開示することにより,他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると外務大臣が認めたことについて,当裁判所は,相当の理由があると判断する。 |
(4) | 本件不開示部分9(武力行使の支持に至るプロセスに関する検証) |
ア | 証拠(甲4,5,乙4,10,16)及び弁論の全趣旨によれば,本件不開示部分9は,対イラク武力行使支持表明に至る政策決定プロセスの記述であり,複数の選択肢それぞれについての様々な具体的考慮要素とその比較衡量,政府部内や関係諸国とのやりとり(非公式のやりとりを含む。),これらの過程(プロセス)に対する評価が記載されていることが認められる。 |
イ | 本件不開示部分9の開示に伴い推測が容易になる事項には,武力行使支持に至る過程において考慮された具体的な選択肢及び考慮要素と,その得失があげられる。開示に伴い推測が容易になる考慮要素には,イラクや中東地域に関するもの限られず,グローバルな視野からの世界各地(東アジアを含む。)の安全保障問題,世界各国との外交関係,国際社会における我が国の基本的な立ち位置,国連や安保理との関係に関するものが含まれると認められる。これらの具体的考慮要素を経た武力行使支持過程の検討結果とこれに対する評価には,安全保障や外交の分野における我が国の重要政策決定上の関心事項及び政策決定手法を推知させる情報があると推認するのが合理的である。これらの事項の開示は,軍事的緊張の高まりを伴う外交や安全保障上の深刻な問題が生じた場合において,我が国と協調関係に立たない国による我が国に対する各種の工作の材料となり得るものである。また,協調関係に立つ国も含めて,関係国が自国に有利な外交交渉を行う材料となり得るものである。そうすると,これらの事項は,我が国の外交交渉上の利益に直結する。
また,非公表を前提に行われた関係諸国とのやりとりが推知されると,関係諸国との信頼関係が損なわれる。 以上の点を総合すると,本件不開示部分9を開示することにより,他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ及び他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると外務大臣が認めたことについて,当裁判所は,相当の理由があると判断する。 |
(5) | 本件不開示部分10(米側への働きかけに関する検証) |
ア | 証拠(甲4,5,乙4,10,16)及び弁論の全趣旨によれば,本件不開示部分10には,非公表を前提に行われた米国との個別具体的やりとりの内容,米国への働きかけに当たって我が国が特に重視した考慮事由,米国との関係で我が国が重要と考える要素,米国自身の情勢認識や意図を推察し得る情報,これらの過程(プロセス)に対する評価が記載されていることが認められる。 |
イ | 本件不開示部分10の開示に伴い推測が容易になる事項には,我が国の安全保障や外交上の重要問題について,対米関係の観点から,我が国が重視する事項があげられる。開示に伴い推測が容易になる重視事項は,日米の二国間関係に関するもの限られず,グローバルな視野からの世界各地(東アジアを含む。)の安全保障問題,国連(安保理)や世界各国との関係,国際社会における我が国の基本的な立ち位置に関するものが含まれると認められる。これらの具体的考慮要素を経た米側への働きかけの検討結果とこれに対する評価には,安全保障や外交の分野における重要政策決定上の我が国の関心事項及び政策決定手法を推知させる情報があると推認される。これらの事項の開示は,軍事的緊張の高まりを伴う外交や安全保障上の深刻な問題が生じた場合において,我が国と協調関係に立たない国による我が国に対する各種の工作の材料となり得るものである。また,協調関係に立つ国も含めて,関係国が自国に有利な外交交渉を行う材料となり得るものである。そうすると,これらの事項は,我が国の外交交渉上の利益に直結する。
また,非公表を前提に行われた米国とのやりとり及び米国自身の情勢認識や意図が推知されると,米国との信頼関係が損なわれる。 以上の点を総合すると,本件不開示部分10を開示することにより,他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ及び他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると外務大臣が認めたことについて,当裁判所は,相当の理由があると判断する。 |
(6) | 本件不開示部分11(米国以外の各国への働きかけに関する検証) |
ア | 証拠(甲4,5,乙4,10,16)及び弁論の全趣旨によれば,本件不開示部分11には,我が国の関係各国への外交方針,働きかけの具体的内容,その狙い及び結果の評価,相手国又は関係国の反応やそれに対する評価が記載されていることが認められる。また,記載事項のうちには,他国との関係で未公表のものもあることが認められる。 |
イ | 本件不開示部分11の開示に伴い推測が容易になる事項は,各国への働きかけの具体的内容やその狙い及び結果の評価であると認められる。これらの事項は,外交や安全保障の分野における我が国の重要政策決定上の関心事項及び政策決定手法を推知させるものである。これらの事項の開示は,軍事的緊張の高まりを伴う外交や安全保障上の深刻な問題が生じた場合において,我が国と協調関係に立たない国による我が国に対する各種の工作の材料となり得るものである。また,協調関係に立つ国も含めて,関係国が自国に有利な外交交渉を行う材料となり得るものである。そうすると,これらの事項は,我が国の外交交渉上の利益に直結する。
また,他国の反応やそれに対する我が国の評価のうち未公表の事項が公表されると,他国との信頼関係が損なわれる。 以上の点を総合すると,本件不開示部分11を開示することにより,他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ及び他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると外務大臣が認めたことについて,当裁判所は,相当の理由があると判断する。 |
(7) | 本件不開示部分12(武力行使の法的側面(国際法上の合法性)に関する検証) |
ア | 証拠(甲4,5,乙4,10,16)及び弁論の全趣旨によれば,本件不開示部分12には,武力行使の法的根拠についての我が国の政府部内での検討内容,関係各国との調整や外交努力の具体的内容,連携を重視していた特定の国に対する我が国の評価が記載されていることが認められる。 |
イ | 本件不開示部分12の開示に伴い推測が容易になる事項は,武力行使の法的根拠という軍事・外交上の重要事項についての我が国の解釈の視点,方向性,外交努力の具体的内容,連携を重視していた特定の国及び連携重視の理由であると認められる。
国内の民事刑事の司法とは異なり,軍事・安全保障に関する国際法の分野には,関係国を拘束する有権的判断を下す裁判所のような常設の機関や,軍事的行動以外の手段で国際法を強制的に執行する常設の機関は存在しない。安保理は,2003年5月,対イラク武力行使が国際法上合法か違法かについて判断することなく,武力行使後のイラクに駐留する米軍について,占領国としての権限及び義務等を認める決議を採択している。国内法であれば,違法行為には原状回復や損害賠償が命じられるが,対イラク武力行使が合法か違法かの検討すら行われない。このように,国内の民事法,行政法及び刑事法の分野におけるような比較的純粋な法解釈の世界は,国際法には存在しない。したがって,国際法上の法的根拠の検討が,政治的,外交交渉的な色彩を強く帯びることは,避けられない。このような点を考慮すると,武力行使の法的根拠に関する関係国との外交努力の具体的内容の開示並びに連携を重視していた特定の国及び連携重視の理由の開示は,重要政策決定上の我が国の関心事項や考慮要素を推知させるものである。そうすると,これらの事項の開示は,軍事的緊張の高まりを伴う外交や安全保障上の深刻な問題が生じた場合において,我が国と協調関係に立たない国による我が国に対する各種の工作の材料となり得るものである。また,協調関係に立つ国も含めて,関係国が自国に有利な外交交渉を行う材料となり得るものである。そうすると,これらの事項の開示は,我が国の外交交渉上の利益に直結する。 また,武力行使の法的根拠について連携を重視していた特定の国に対する我が国の評価が開示されると,当該国との信頼関係が損なわれる。 以上の点を総合すると,本件不開示部分12を開示することにより,他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ及び他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると外務大臣が認めたことについて,当裁判所は,相当の理由があると判断する。なお,公表された公務員による論稿(甲14)は,既に公開されている議論学説等を紹介して,安保理の立場からの法的枠組みについて検討したものにすぎず,当裁判所の結論を左右するものではない。 |
(8) | 本件不開示部分13(武力行使支持の理由に関する検証) |
ア | 証拠(甲4,5,乙4,10,16)及び弁論の全趣旨によれば,本件不開示部分13には,対イラク武力行使支持の具体的理由,当時の我が国を取り巻く安全保障環境に関する具体的考慮事項,我が国の安全保障に深く関わる特定の国に係る我が国の評価が記載されていることが認められる。 |
イ | 本件不開示部分13の開示に伴い推測が容易になる事項は,武力行使支持の具体的理由のほか,我が国の安全保障環境について我が国が重視する具体的な事項,我が国の安全保障に深く関わる特定の国についての我が国の評価などであると認められる。(7)のイにおいて説示したのと同様の理由により,武力行使支持の理由の検討が政治的,外交交渉的な色彩を強く帯びることは,避けられない。これらの点を考慮すると,安全保障環境についての具体的な重視事項や,我が国の安全保障に深く関わる特定の国に関する評価の開示は,軍事的緊張の高まりを伴う外交や安全保障上の深刻な問題が生じた場合において,我が国と協調関係に立たない国による我が国に対する各種の工作の材料となり得るものである。また,協調関係に立つ国も含めて,関係国が自国に有利な外交交渉を行う材料となり得るものである。そうすると,これらの事項の開示は,我が国の外交交渉上の利益に直結する。
以上の点を総合すると,本件不開示部分13を開示することにより,他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると外務大臣が認めたことについて,当裁判所は,相当の理由があると判断する。 |
(9) | 本件不開示部分14(国民への説明責任についての検証) |
ア | 証拠(甲4,5,乙4,10,16)及び弁論の全趣旨によれば,本件不開示部分14には,対イラク武力行使支持に対する国民の理解を得るとの観点から,政府がいかなる考え方の下,どのような方法で,国内の世論形成に努めていたかに関する検討状況及びこれを踏まえて他国に行った働きかけが記載されていることが認められる。 |
イ | 本件不開示部分14の開示に伴い推測が容易になる事項は,政府が国民の理解を得るために重視していた事項や理解を得るためのノウハウであると認められる。他国に対する世論工作活動や諜報活動が国際的に幅広く行われているという現実を無視することができないことをも考慮に入れると,国民への説明のノウハウの全部が公開すべきものとはいえない。国民の理解獲得のための重視事項やノウハウの開示は,軍事的緊張の高まりを伴う外交や安全保障上の深刻な問題が生じた場合において,我が国と協調関係に立たない国による我が国に対する各種の工作の材料となり得るものであって,国の安全及び我が国の外交交渉上の利益に直結する。
以上の点を総合すると,本件不開示部分14を開示することにより,国の安全が害されるおそれ及び他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると外務大臣が認めたことについて,当裁判所は,相当の理由があると判断する。 |
5 | 本件不開示部分3から5までの不開示情報該当性 |
(1) | 本件不開示部分3(対イラク武力行使に至る経緯・背景:国際社会の情勢) |
ア | 証拠(甲4,5,乙4,10,16)及び弁論の全趣旨によれば,本件不開示部分3には,対イラク武力行使への我が国の対応を検討する上で重要な背景となった関係国・地域の政治情勢,安全保障関連情勢に関連して,関係国の対外政策に関する我が国の率直な分析及び評価並びに我が国の政策検討をする上で重要であった考慮要素,我が国が行った比較衡量及び判断等が記載されていることが認められる。 |
イ | 本件不開示部分3の開示に伴い推測が容易になる事項は,対イラク武力行使への対応を検討する上で我が国政府が重要視した国際情勢及び安全保障関連情勢上の考慮要素,我が国が行った比較衡量,判断,我が国の情報分析能力並びに関係国の対外政策に関する我が国の率直な分析及び評価であると認められる。
これらの事項は,それだけでも,我が国が重視した考慮要素,我が国の情報分析能力,当時の国際情勢が我が国の政策決定に与えた影響などを推察させるものであって,軍事的緊張の高まりを伴う外交や安全保障上の深刻な問題が生じた場合において,我が国と協調関係に立たない国による我が国に対する各種の工作の材料となり得るものである。また,協調関係に立つ国も含めて,関係国が自国に有利な外交交渉を行う材料となり得るものである。そうすると,これらの事項の開示は,国の安全及び外交交渉上の利益に直結する。なお,本件不開示部分6から17までの記載と併せて本件不開示部分3が開示された場合には,国の安全及び外交交渉上の利益に与えるリスクが,より大きなものとなることは,いうまでもない。 また,関係国の対外政策に関する我が国の率直な分析及び評価のうち未公表の事項が公表されると,他国との信頼関係が損なわれる。 以上の点を総合すると,本件不開示部分3を開示することにより,国の安全が害されるおそれ,他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ及び他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると外務大臣が認めたことについて,当裁判所は,相当の理由があると判断する。 |
(2) | 本件不開示部分4(対イラク武力行使に至る経緯・背景:日本の状況) |
ア | 証拠(甲4,5,乙4,10,16)及び弁論の全趣旨によれば,本件不開示部分4には,対イラク武力行使前後に我が国政府が行った外交及び安全保障上の取組等,具体的には我が国の外交的努力を中心とした我が国を取り巻く情勢,当時我が国が安全保障上の懸念として認識していたイラク以外の特定の地域に係る情勢が記載されていることが認められる。 |
イ | 本件不開示部分4の開示に伴い推測が容易になる事項は,イラク以外の特定の地域に係る情勢であって我が国の安全保障上の懸念材料であったもの及びイラクを巡る政策を検討する際の我が国の関心事項や政策決定における考慮事項であると認められる。
中東地域など各地域ごとの安全保障問題を地域ごとに検討する場合であっても,各地域ごとの問題に影響力や利害関係を有する国は当該地域から遠く離れた世界各地に及ぶのが通常である。そのため,対イラク武力行使を巡る政策を我が国が検討する場合においても,イラクに対して影響力や利害関係を有する他国(中東諸国に限られない。)と我が国との関係を考慮すべきこと,当該他国が中東以外の地域の安全保障問題にも影響力や利害関係を有する場合には,当該地域(中東以外)の安全保障問題も考慮に入れて政策を検討していくべきこととなる。結局のところ,世界のある地域の安全保障問題を検討するに当たっては,当該問題の影響が世界的に連動していくことを考慮に入れることになる。このようなグローバルな視野からの世界各地(東アジアを含む。)の安全保障問題に関する情勢認識の開示は,安全保障に関する我が国の関心の対象及び当該関心事項に対する我が国の評価を,我が国の安全保障に影響を及ぼす他国が推察することを可能とするものであり,外交交渉上の不利益,さらには国の安全の確保に直結する。なお,本件不開示部分6から17までの記載と併せて本件不開示部分4が開示された場合には,国の安全及び外交交渉上の利益に与えるリスクが,より大きなものとなることは,いうまでもない。 以上の点を総合すると,本件不開示部分4を開示することにより,国の安全が害されるおそれ及び他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると外務大臣が認めたことについて,当裁判所は,相当の理由があると判断する。 |
(3) | 本件不開示部分5(対イラク武力行使に至る検討過程・外交努力の概観) |
ア | 証拠(甲4,5,乙4,10,16)及び弁論の全趣旨によれば,本件不開示部分5には,2002年初めから2003年3月に至るまで時系列で,相互の因果関係や内外の政府高官の氏名及びその認識を明らかにしつつ,外務省内外の検討・調整過程,その視点や方針,政府高官等への報告及び受けた指示,関係国に対する具体的な働きかけの内容が,評価や検証分析と共に記載されていることが認められる。 |
イ | 本件不開示部分5の開示に伴い推測が容易になる事項は,我が国の情報収集分析能力,政府部内の検討・調整における着眼点・方針・経過,他国への具体的な働きかけの内容,これらの過程の相互の影響・因果関係,評価及び本件検証における分析である。これらの事項が明らかになると,我が国の安全保障及び外交における関心事項,重視事項を他国が推察し,自国を利する形での効果的な外交活動を実施することが容易となり,我が国にとっての外交交渉上の不利益,さらには国の安全の確保に直結する。なお,本件不開示部分6から17までの記載と併せて本件不開示部分5が開示された場合には,国の安全及び外交交渉上の利益に与えるリスクが,より大きなものとなることは,いうまでもない。
また,関係国の政府高官の氏名及びその認識のうち未公表の事項が公表されると,他国との信頼関係が損なわれる。 以上の点を総合すると,本件不開示部分5を開示することにより,国の安全が害されるおそれ,他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ及び他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると外務大臣が認めたことについて,当裁判所は,相当の理由があると判断する。 |
6 | 本件不開示部分1,2及び18の不開示情報該当性 |
(1) | 本件不開示部分1(資料の標目等) |
ア | 証拠(甲4,5,乙4,10,16)及び弁論の全趣旨によれば,本件不開示部分1には,本件検証を行うに当たって外務省が参考にした各種資料の数,作成時期及び資料の内容を示す標目が記載されていること,文書の標目には情報収集先(関係国又は関係機関の高官の氏名を記したものを含む。),収集した情報内容を示すものがあることが認められる。 |
イ | 本件不開示部分1の開示に伴い推測が容易になる事項は,本件検証に関連する事項についての我が国の情報収集源及び情報収集能力がある。そして,外交に関する情報収集及び情報分析は一般的に国の安全や外交交渉上機密性の高い事項であること及び前記3から5までにおける説示からも分かるように本件検証の結果を記載した本件報告書には情報公開法5条3号に規定する不開示情報が多数記載されていることを考慮すると,本件不開示部分1の開示により,我が国の情報収集能力,安全保障や外交の分野における検討又は意思決定過程における関心事項,特に重視する考慮要素などを推察することが可能となる。このことは,我が国の外交交渉上の利益や国の安全の確保に直結する。
また,本件不開示部分1には,情報収集先の記載中に関係国又は関係機関の高官の氏名を含むものがあるが,未公開の情報収集に関する他国高官氏名等の記載が公表されると,他国との信頼関係が損なわれる。 以上の点を総合すると,本件不開示部分1を開示することにより,国の安全が害されるおそれ,他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ及び他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると外務大臣が認めたことについて,当裁判所は,相当の理由があると判断する。 |
(2) | 本件不開示部分2(インタビュー対象者) |
ア | 証拠(甲4,5,乙4,10,16)及び弁論の全趣旨によれば,本件不開示部分2には,本件報告書を作成するに当たり外務省が実施したインタビューの対象者の氏名及び肩書が記載されていることが認められる。 |
イ | 本件不開示部分2の開示に伴い,本件報告書を作成するに当たり外務省が実施したインタビューの対象者の氏名及び肩書が明らかになる。
本件検証は,その結果を記載した報告書を非公開扱いとすることを前提に実施されたものと認められる。非公開を前提として実施されたインタビューの対象者に関する個人情報が公開されるという前例があると,安全保障や外交交渉に関する率直かつ忌憚のない意見交換の実施や,情報公開法5条3号に該当する可能性のある事項の事情聴取の実施が困難となる。また,前記3から5までにおける説示のとおり本件検証の結果を記載した本件報告書には情報公開法5条3号に規定する不開示情報が多数記載されていることを考慮すると,本件不開示情報2を開示した場合には,インタビューの対象者に対する不当な工作活動が行われて,意思決定の中立性が阻害されるおそれがある。 そうすると,本件不開示部分2は,国の機関の内部における検討又は協議に関する情報であって,公にすることにより率直な意見の交換又は意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれがあるものに該当する。本件不開示部分2は,情報公開法5条5号所定の不開示情報に当たる。 |
(3) | 本件不開示部分18(検証チームの構成員) |
ア | 証拠(甲4,5,乙4,10,16,弁論の全趣旨)によれば,本件不開示部分18には,本件検証を実施した検証チームの構成員の一部(本件報告書作成時点において,外務省ウェブサイトに氏名肩書が登載される幹部の地位に達していなかった者)の氏名及び肩書が記載されていることが認められる。なお,本件報告書の記載のうち,そのほかの検証チームの構成員(本件報告書作成時点において,外務省ウェブサイトに氏名肩書が登載される幹部の地位に達していた者)の氏名及び肩書は,開示されている。 |
イ | 本件不開示部分18の開示に伴い,本件検証を実施した検証チームの構成員の一部(本件報告書作成時点において,外務省ウェブサイトに氏名肩書が登載される幹部の地位に達していなかった者)の氏名及び肩書が明らかになる。
本件検証は,その結果を記載した報告書を非公開扱いとすることを前提に実施されたものである。また,本件検証の結果を記載した本件報告書は,部開示されたものの,未開示の部分には,前記3から5までにおける説示のとおり,情報公開法5条3号に規定する不開示情報が多数記載されている。検証チームの構成員は,本件検証の過程を知っており,これに伴い情報公開法5条3号に規定する不開示情報を知っている。そうすると,本件不開示部分18を公開すると,これらの者に対して,内外から不当な働きかけが行われて,意思決定の中立性が阻害されるおそれがある。また,非公開を前提として実施された検証チームの構成員に関する個人情報が公開されるという前例があると,安全保障や外交交渉に関する検証・分析作業において,率直かつ忌憚のない意見交換が困難となる。 そうすると,本件不開示部分18は,国の機関の内部における検討又は協議に関する情報であって,公にすることにより率直な意見の交換又は意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれがあるものに該当する。本件不開示部分18は,情報公開法5条5号所定の不開示情報に当たる。 |
7 | 本件報告書の本件不開示部分を開示することの義務付けの可否に係る判断
本件決定について取り消すべき部分はないから,本件報告書の不開示部分につき開示決定の義務付けを求める訴えは,不適法なものとして却下すべきである(行政事件訴訟法37条の3第1項2号)。 |
8 | 第1審原告の主張に対する判断 |
(1) | 他の公開情報について |
ア | 「報告の主なポイント」(別紙3)
1の(2)において認定したとおり,「報告の主なポイント」は,本件報告書の内容を公表しても差し支えない内容に作り変えたものにすぎない。外務省は,本件検討に当たり本件検討の結果(本件報告書)は非公開とするが,本件検討の結果の中には公表しても差し支えない部分もあることから,これらの部分を編集し直して「報告の主なポイント」を作成公表したものである。そうすると,「報告の主なポイント」が公表されているからといって,本件報告書の内容が実質的に公表されているということはできない。 |
イ | 政府や外務省のウェブサイト等における公表情報
第1審原告は,首相官邸や外務省のウェブサイト等(甲6~9,13,14,19,31,32,34,35,乙10)において,対イラク武力行使前後の時期におけるC首相や外務大臣による外国高官との折衝の過程が,時期や外国高官の氏名も明示して公表されているから,本件報告書は不開示情報に該当しないと主張する。 しかしながら,第1審原告主張の公表情報は,外形的事実(外国高官との接触等)の羅列か,公表しても差し支えない内容により構成された発表文にすぎない。第1審原告主張の公表情報は,本件報告書の作成目的(当時の外務省内の検討・意思決定過程を検証し,今後の政策立案・実施に役立てる)の水準におよそ達しないレベルの外形的な情報にすぎず,これらが公表されているからといって,本件報告書の内容が実質的に公表されているということはできない。 |
ウ | 内外の民間の著作
第1審原告は,内外の民間の著作等(甲11,40~42)において,本件報告書の不開示部分の記載内容と同様の事項が既に公表されており,本件報告書を公表しても安全保障や外交に及ぼす影響は変化しないから,本件報告書は不開示情報に該当しないと主張する。 しかしながら,内外の民間の著作等は,その著者陣からみて,実質的に秘密にすべき事項の記載はないとみるのが常識的である。特に,我が国の退職公務員(元大使)の著述(甲42)は,退職後も守秘義務を負うこと(外務公務員法4条,27条,国家公務員法100条1項)に照らし,実質的に秘密にすべき事項の記載があるとは,通常は考えられない。他方,内外の民間の著作等に本件報告書の不開示部分と同様の事項が記載されていることを認めるに足りる証拠はない。 また,仮に実質的に同様の事項の記載があったとしても,民間の著作に記載があるのと,政府の報告書に記載がある(政府が公式に認めたことになる。)のでは,意味合いが全く異なる。内外の民間の著作等で公表されている事項であっても,不開示情報に該当するものについては,不開示にすることが許されるものと解すべきである。 |
エ | 外国の報告書
第1審原告は,対イラク武力行使に関する各国(米国,英国,オランダ,オーストラリア)の報告書等(甲20~27,30参照)において,本件報告書の記載内容と同様の事項が既に公表されていることから,本件報告書は不開示情報に該当しないと主張する。 しかしながら,諸外国の報告書等の作成に当たっては,各国の事情に応じて,あえて報告書等に記載しなかった非公表情報があるとみるのが,常識的である。情報収集分析能力に秀でた国と情報収集分析能力に劣る国とでは,劣る国の方が外国の情報源等に配慮して非公表の範囲が広がることも考えられる。どのような情報を非公表とするのかについては,その国の置かれた地政学的環境,外交分野における歴史的実績,情報収集分析能力,軍事力その他の国力等に応じて,各国各様である。諸外国が報告書の全部を公表しているからといって,そのことが本件報告書の不開示情報該当性の判断に影響するとはいえない。 |
(2) | 不開示部分の量等について |
ア | 不開示部分の量
第1審原告は,不開示部分の多くは分量がわずかである(数行,1頁など)から,情報公開法5条3号の不開示情報は含まれていないと主張する。 しかしながら,修飾節,条件節又は仮定節の一部であっても,主語,述語又は修飾語の一部であっても,文字数にしてわずかの部分であっても,不開示情報は存在することが可能である。分量がわずかであるから不開示情報が含まれないという第1審原告の主張を採用することには,無理がある。 |
イ | 抽象化された表現
第1審原告は,不開示部分の多くは分量がわずかである(数行,1頁など)から,表現が抽象化されているはずであって,情報公開法5条3号の不開示情報には当たらないと主張する。 しかしながら,表現が抽象化されていても,不開示情報は存在するそれが可能である。表現が抽象化されているから不開示情報が含まれていないという第1審原告の主張を採用することには,無理がある。 |
(3) | 5条3号の「おそれ」がないとの主張について |
ア | 類似事案発生や我が国の対応の他国による推察の蓋然性不存在
第1審原告は,対イラク武力行使と類似する事案が今後発生する蓋然性はないし,本件報告書公開により我が国の対応を他国が推察できるようになる可能性もないと主張する。 世界各地で軍事的緊張の高まりを伴う事象が頻繁に生じていることは公知の事実であり,どの事象が武力衝突,武力行使という事態に発展していくかを正確に予測することは,困難である。しかしながら,対イラク武力行使のような事態が将来発生する蓋然性については,これがないともいえない。イラクのクウェート侵攻も,いわゆる9.11テロも,対イラク武力行使も,軍事的危機管理の専門家であればともかく,我が国の一般人には容易に予想できるものではなかったことが,想起される。我が国として,世界各地の危機的事態に備えることは,必要である。類似事案が発生すること,又は発生するリスクの高い状態に陥ることがあり得ることを前提に,情報公開法5条3号を解釈していくことは,やむを得ないことである。 本件報告書を公開しても,我が国の対応を他国が正確に予測することは容易ではない。しかしながら,本件報告書の公開により,他国が我が国の対応をその一部だけでも正確に予測できたり,我が国の対応として選択される可能性のない選択肢が判明して(当該選択肢が予測の対象から除外されて),予測の精度が高まったりすることは十分考えられるところである。本件報告書の公開によりこのような事態(予測の精度の高まり)が生じるのであれば,そのことは,情報公開法5条3号にいう「おそれ」に該当するものと解される。 第1審原告の主張を採用するには,無理があるところである。 |
イ | 時の経過
第1審原告は,対イラク武力行使から15年経過した現時点においては,国際情勢が変化しているから,本件報告書を開示しても,我が国の将来の対応を他国が予測することは困難であると主張する。その結果,当時の政府対応の検証結果である本件報告書を開示しても,情報公開法5条3号にいう「おそれ」は発生しないと主張する。 15年の経過により国際情勢は変化する。しかしながら,15年前の出来事の検証結果が,時の経過を理由として,情報公開法5条3号にいう「おそれ」を現在の我が国に与えることがなくなると断言できる根拠は,見当たらない。地域的(中東,アフリカの紛争地域,東アジア等)にも,軍事能力的(核兵器,生物化学兵器,これらの運搬手段等)にも,貿易的(経済制裁,物流確保等)にも,安全保障や外交上の問題には連続性がある。本件報告書を開示すれば,我が国の将来の対応を他国が予測する材料を提供することになる。15年も昔の出来事の検証結果であるというだけで,情報公開法5条3号にいう「おそれ」(国の安全が害されるおそれ,他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ及び他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれ)が消滅したということは困難である。 |
ウ | 大量破壊兵器不発見という特殊性
第1審原告は,対イラク武力行使は,その前提とされたイラクによる大量破壊兵器の保持という事実が,後に事実の根拠を欠くことが明らかになったという特殊な事案であって,将来同種事案が発生することは考えられないから,本件報告書を開示しても,我が国の将来の対応を他国が予測することは困難であると主張する。その結果,本件報告書を開示しても,情報公開法5条3号にいう「おそれ」は発生しないと主張する。 対イラク武力行使後に,武力行使の前提とされたイラクによる大量破壊兵器の保持の事実が確認されなかったことは,事実である。しかしながら,この事実に基づいて,本件検証の対象が,他の安全保障や外交にかかわる問題とは全く異質の問題であったということはできない。本件検証の対象には,武力行使の前提の正誤にかかわらず,他の安全保障や外交にかかわる問題と共通する問題が多数含まれているとみるのが,常識的である。本件報告書を開示すれば,我が国の将来の対応を他国が予測する材料を提供することになる。また,本件検証は,対イラク武力行使支持という政策決定の当否は,検討対象としないことを前提に行われたものでもある。大量破壊兵器の保持の事実が確認されなかったことから,本件報告書を開示しても情報公開法5条3号にいう「おそれ」は発生しないというには,無理があるというほかはない。 |
(4) | 公表情報と同一の情報は切り分けて開示すべきかどうか
第1審原告は,公表情報と同一の内容の情報については,極力細かく文字列を切り分けた上で,可能な限り開示すべきであると主張する。 しかしながら,公表情報と同一の内容の情報であるからといって,非常に細かく切り分けて開示すると,開示部分と不開示部分の文字数や文章の繋がり具合などから不開示部分の記載事項の推定が可能となることも考えられる。不開示部分の記載内容が一義的に推定できなくても,推定される内容がいくつかの有力な選択肢に限定されるような事態になれば,不開示にした意味はなくなる。第1審原告の主張を採用するには,無理があるところである。 |
(5) | 非公表を前提としていたかどうか
第1審原告は,本件検証や本件報告書の作成が,非公表を前提として実施されたとはいえないと主張する。 しかしながら,証拠(乙10)によれば,本件検証の実施や本件報告書の作成は,非公表を前提として行われたことを認めることができる。第1審原告の主張を採用するには,無理があるというほかはないところである。 |
第4 | 結論
以上によれば,本件決定のうち本件報告書の一部を不開示とした部分の取消し請求を棄却し,本件報告書の不開示部分につき開示決定の義務付けを求める訴えを却下した原判決は,その結論においては,正当である。よって,本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
東京高等裁判所第11民事部 |