平成30年8月28日判決言渡
行政文書不開示決定取消請求事件

判      決

主      文
 本件訴えのうち,別紙2個入情報目録記載1ないし3の個人情報の開示の義務付けを求める部分をいずれも却下する。
 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1  請求
 法務大臣が原告に対して平成28年10月13日付けでした別紙2個人情報目録記載1の個人情報を開示しないとの処分を取り消す。

 法務大臣が原告に対して平成28年10月21日付けでした別紙2個人情報目録記載2の個人情報を開示しないとの処分を取り消す。

 法務大臣が原告に対して平成28年10月21日付けでした別紙2個人情報目録記載3の個人情報を開示しないとの処分を取り消す。

 法務大臣が原告に対して平成29年6月29日付けでした第3項の処分に係る審査請求を棄却する旨の裁決を取り消す。

 法務大臣は,別紙2個人情報目録記載1ないし3の各個人情報を全部開示するとの決定をせよ。

第2  事案の概要
 本件は,平成27年及び平成28年の司法試験を受験した原告が,行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(平成28年法律第51号による改正前のもの。以下「法」という。)13条1項に基づき,法務大臣に対し,①平成28年司法試験論文式試験の原告の答案(別紙2個人情報目録記載1。以下「本件平成28年答案」という。),②平成27年司法試験論文式試験の原告の答案(同目録記載2。以下「本件平成27年答案」という。)及び③平成27年司法試験論文式試験の原告の得点以外の採点内容を記したもの(同目録記載3。以下「本件平成27年採点内容」といい,本件平成28年答案及び本件平成27年答案と併せて「本件各情報」という。)の開示をそれぞれ請求したところ,いずれも不開示とする決定(以下「本件各処分」という。)を受けたため,本件各処分の取消しを求めるとともに,本件各情報の開示の義務付けを求め,さらに,本件平成27年採点内容の不開示決定に係る審査請求において,反論の機会が与えられなかったことが違法であるなどとして,同審査請求を棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)の取消しを求める事案である。本件平成27年答案及び本件平成28年答案が法14条7号柱書所定の不開示情報(いわゆる事務支障情報)に該当するか否か等が争われている。
 前提事実(争いのない事実,顕著な事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)  原告は,平成27年5月に実施された司法試験につき,特定試験地,特定受験番号で受験し,平成28年5月に実施された司法試験につき,特定試験地,特定受験番号で受験した者である(甲1~3)。

(2)  司法試験制度の概要等
 目的及び実施機関
 司法試験は,裁判官,検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定することを目的とする国家試験である(司法試験法1条1項)。
 司法試験の実施に関する事務は,国家行政組織法8条及び司法試験法12条1項に基づき法務省に置かれた司法試験委員会がつかさどるとされている(同法12条2項)。
 司法試験委員会には,司法試験における問題の作成及び採点並びに合格者の判定を行わせるため司法試験考査委員(以下「考査委員」という。)が置かれ(同法15条1項),司法試験の合格者は,考査委員の合議による判定に基づき,司法試験委員会が決定するとされ(同法8条),具体的には,考査委員会議において行うこととされている(司法試験委員会令2条1項及び3項)。考査委員は,当該試験を行うについて必要な学識経験を有する者から司法試験委員会の推薦に基づき試験ごとに法務大臣が任命するものであり(司法試験法15条2項),考査委員の氏名,所属等は公表されている。なお,司法試験委員会の庶務に関する事務は,法務省大臣官房人事課(以下「事務局」という。)において処理することとされている(司法試験委員会令7条)。

 採点・成績評価・成績通知
 司法試験は,短答式及び論文式による筆記の方法により行い,合格者の判定については,短答式試験で合格に必要な成績を得た者につき,短答式試験及び論文式試験の成績を総合して行うこととされている(司法試験法2条1項及び2項)。そして,司法試験における問題の作成及び採点並びに合格者の判定の基本方針その他これらの統一的な取扱いのために必要な事項は,考査委員会議を開いて定めることができるとされている(司法試験委員会令2条2項)。
 論文式試験は,公法系科目,民事系科目,刑事系科目及び選択科目(倒産法,租税法,経済法,知的財産法,労働法,環境法,国際関係法〔公法系〕又は国際関係法〔私法系〕のうちから1科目を選択する。)について行われる(司法試験法3条2項,同法施行規則1条)。問題数は,公法系科目については2問(憲法分野1問,行政法分野1問),民事系科目については3問(民法分野1問,商法分野1問,民事訴訟法分野1問),刑事系科目については2問(刑法分野1問,刑事訴訟法分野1問),選択科目については2問が出題され,試験時間は,公法系科目及び刑事系科目が4時間(1問につき各2時間),民事系科目が6時間(1問につき各2時間),選択科目が3時間である。配点は,公法系科目及び刑事系科目については,1問につき100点配点の計200点満点,民事系科目については,1問につき100点配点の計300点満点,選択科目については,2問で計100点満点である。
 論文式試験の採点については,考査委員会議の申合せにより,白紙答案は零点とした上で,優秀と認められる答案(100点から75点(抜群に優れた答案については95点以上)。なお,以下,点数については配点を100点とする問題についてのものである。),良好な水準に達していると認められる答案(74点から58点),良好とまでは認められないものの,一応の水準に達していると認められる答案(57点から42点),上記以外の答案(41点から0点(特に不良と認められる答案については5点))の4段階に分けるものとし,これらの段階ごとにおおまかな人数の割合の分布の目安が定められている。そして,問題ごとの難易度や,複数の考査委員が採点を担当すること等の事情を考慮して,考査委員ごとに標準偏差を用いて採点格差の調整をし,こうした調整を経た後の平均点を各問の得点とし,その合計を各科目の得点とする。
 成績通知については,短答式試験で合格に必要な成績を得た受験者に対し,論文式試験の科目ごとの得点及び合計得点,合計得点による順位のほか,平成28年司法試験以降は公法系,民事系及び刑事系科目における各問別の順位ランクを通知している。論文式試験においては,科目ごとの得点別人員分布を公表しており,受験者は,通知された科目ごとの得点と照らし合わせることによって,自らの科目ごとの順位を知ることができる。他方で,各問別の得点については,平成28年司法試験以降は順位ランクが通知されているものの,各問別の得点や人員分布は通知又は公表されていない。
(以上につき,乙26~30,弁論の全趣旨)

(3)  本件各処分の経緯等
 原告は,平成28年9月26日,法務大臣(以下「処分庁」ということがある。)に対し,平成28年司法試験論文式試験に係る自己の全ての回答用紙(本件平成28年答案)及び同年司法試験論文式試験に係る自己の全ての回答に対する採点内容(以下「訴外平成28年採点内容」という。)について,個人情報の開示請求をした(乙1,2)。

 原告は,平成28年10月3日,処分庁に対し,平成27年司法試験論文式試験に係る自己の答案(本件平成27年答案)及び同答案の採点内容(本件平成27年採点内容)について,個人情報の開示請求をした(乙3,4)。

 処分庁は,平成28年10月13日,本件平成28年答案について,法14条7号柱書の不開示情報に該当することを理由として,全部不開示とする旨の決定を行い(以下「本件処分1」という。),訴外平成28年採点内容についても,保有個人情報として作成又は取得しておらず,保有していないことを理由として,全部不開示とする旨の決定を行った(以下「訴外処分」という。)(甲1,乙5,6)。

 処分庁は,平成28年10月21日,本件平成27年答案について,文書保存期間(事務処理上必要な1年未満の期間)が経過したため,既に廃棄しており,保有していないことを理由として,全部不開示とする旨の決定を行った(以下「本件処分2」という。)(甲2,乙7)。

 処分庁は,平成28年10月21日,本件平成27年採点内容について,保有個人情報として作成又は取得しておらず,保有していないことを理由として,全部不開示とする旨の決定を行った(以下「本件処分3」という。)(甲3,乙8)。

 原告は,本件各処分及び訴外処分を不服として,平成28年11月14日,処分庁に対し,審査請求を行った(乙9~12)。

 処分庁は,平成29年1月5日,法43条1項の規定により,上記カの各審査請求につき,総務省情報公開・個人情報保護審査会(以下「審査会」という。)に諮問した(乙13~16)。

 処分庁は,平成29年2月16日,本件処分2に関し,論文式試験の答案に係る画像データが開示請求の対象個人情報に該当するとして,当該画像データを改めて本件平成27年答案に係る保有個人情報として特定することとした上,これについて法14条7号柱書の不開示情報に該当することから開示できない旨の補充理由説明書を審査会へ提出した(甲10,乙17)。

 審査会は,平成29年3月24日,本件処分1に関し,処分庁が本件平成28年答案につきその全部を法14条7号柱書に該当するとして不開示としたことは妥当であり,本件処分2に関し,上記ク記載のとおり,処分庁が当該画像データに記録された保有個人情報を新たに特定しその全部を法14条7号柱書に該当するとして不開示とすべきとしたことは妥当である旨答申した(乙18)。

 処分庁は,平成29年4月5日,上記ケの答申に基づき,本件処分1及び本件処分2に係る審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をした(甲5,乙19)。

 審査会は,平成29年5月1日,本件処分3に関し,処分庁が本件平成27年採点内容につきこれを保有していないとして不開示としたことは妥当である旨答申した(甲11,乙20)。

 審査会は,平成29年5月1日,訴外処分に関し,処分庁が訴外平成28年採点内容につき保有していないとして不開示としたことについて,平成28年司法試験論文式試験の採点用の答案の写しの一部に採点を行った考査委員による採点関係の書き込みが存在していたところ,これが上記採点内容に係る保有個人情報に該当する旨の指摘をした上,改めて開示決定等をすべきである旨答申した(乙21)。

 処分庁は,平成29年6月29日,前記サの答申に基づき,本件処分3に係る審査請求を棄却する旨の裁決をした(本件裁決。甲4,乙22)。

 処分庁は,平成29年6月29日,前記シの答申に基づき,訴外処分に係る審査請求については,「平成28年司法試験論文式試験の特定受験者氏名(特定試験地,特定受験番号)に係る採点後の答案の写し」を訴外平成28年採点内容として特定し,当該情報について改めて開示決定等する旨の裁決をした(甲14,乙23)。

 原告は,平成29年7月5日,本件訴訟を提起した。

 処分庁は,平成29年7月11日,前記セの裁決に基づき,訴外平成28年採点内容として特定された「平成28年司法試験論文式試験の特定受験者氏名(特定試験地,特定受験番号)に係る採点後の答案の写し」について,改めて法14条7号柱書の不開示情報に該当することを理由として,全部不開示とする旨の決定を行った(乙24)。

 争点及びこれに関する当事者の主張の要旨
 本件の争点は,(1)本件処分1及び2の適法性(具体的には,本件平成27年答案及び本件平成28年答案が法14条7号柱書の規定する不開示情報に該当するか否か),(2)本件処分3の適法性(具体的には,法務省において本件平成27年採点内容に係る情報を保有していたか否か)及び(3)本件裁決の適法性であり,これらに関する当事者の主張は,別紙3記載のとおりである。

第3  当裁判所の判断
 争点(1)(本件処分1及び2の適法性〔具体的には,本件平成27年答案及び本件平成28年答案が法14条7号柱書の規定する不開示情報に該当するか否か〕)について
(1)  認定事実
 前記前提事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
 新司法試験の実施に至る経緯について
(ア)  平成13年6月に司法制度改革審議会が新たな法曹養成制度の導入を提言したことを受けて,司法試験法及び裁判所法の一部を改正する法律(平成14年法律第138号)が成立し,それまでの司法試験(旧司法試験)に代わる司法試験(新司法試験)が平成18年から実施されることとなった(乙18)。

(イ)  旧司法試験においては,司法試験は,第一次試験と第二次試験に分かれ(平成14年法律第138号による改正前の司法試験法(以下「旧司法試験法」という。)2条。なお,第一次試験は,いわゆる一般教養科目の学習を終わった者等については免除される。同法4条),第二次試験は,短答試験,論文試験及び口述試験により行なわれていた(旧司法試験法5条1項)。旧司法試験も,裁判官,検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定することを目的とするものであり(旧司法試験法1条,5条等),こうした能力等を適切に評価するため,出題や採点について改善が試みられてきたものの,答案の画一化が進み,能力の判定そのものが困難になっている旨が強く指摘されるようになっていた(乙31の2及び3)。
 具体的には,例えば,旧司法試験における受験生の学力等について,司法試験管理委員会の担当者が平成11年11月から平成12年1月にかけて考査委員13名から個別に意見聴取をした結果によると,受験生の中で中位以下の層の学力に差がつきにくくなっている等の意見が述べられたほか,特に論文式試験の答案について,同じような表現のマニュアル化した答案や,同じ間違いをしている答案が多い,基礎から積み上げて勉強しておらず,論点についての回答を覚えているという印象である,最近は自分の頭で考える答案が極端に少なくなった等の意見が多数述べられた。口述試験についても,同様に,自分自身で考えて答えるのではなく,予め記憶したマニュアルに沿った回答を出すことに終始している印象である旨の回答が多数述べられた。(乙31の1)
 また,平成12年3月に実施された司法制度改革審議会の議事においても,受験生の受験予備校への依存がかなりの割合に上っており,過去の試験問題や想定問題と,それについての回答例を集めたものを覚えていくという勉強方法が受験者に一般的に認められ,同じような答案が驚くほど多いなどの指摘や,大学で幅広い教養を身につける機会がほとんどなく,司法試験科目ばかりの勉強により得られる法律知識の幅が狭く,しかも原理的,体系的な理解を身に付けるような勉強の仕方ではないため応用力がないなどの指摘がされた。そして,同審議会においては,上記の現状認識を踏まえた上で,本来,法曹には,事実関係を適切に把握,分析し,法的問題点を適切に抽出する能力,法令や判例等に関する専門的な知識や論理的思考能力を前提とした柔軟な思考により当該問題点に対する適切な解決策を検討する能力,当該解決策を文章又はロ頭で他者に的確に表現する能力等が求められるところ,上記のような画一化が進む現状を踏まえると,能力判定そのものが極めて困難になるばかりか,法曹全体の質的な劣化が進む深刻なおそれがあるため,司法試験に先立つ教育課程における教育をまず充実させ,選別の母体となる法曹志望者に適切な教育を施すことが必要不可欠であり,法曹資格者の選別方法も,当該教育課程を前提とし,それと有機的に結び付く形に再編成していくことがあるべき方向である旨の指摘がされた。(乙31の2及び3)

(ウ)  司法制度改革審議会は,上記の検討等を経た上で,法学教育,司法試験,司法修習を有機的に連携させた「プロセス」としての法曹養成制度を新たに整備すべきであることや,その中核を成すものとして,法曹養成に特化した教育を行うプロフェッショナル・スクールである法科大学院を設けるとともに,司法試験を法科大学院の教育内容を踏まえた新たなものに切り替え,新司法試験と法科大学院での教育内容との関連を確保するための具体的な仕組みを設けるべきことなどを提言した(乙32)。

(エ)  これを受けて,平成14年,法科大学院を中核的な教育機関とする新たな法曹養成制度が設けられ,法科大学院においては,入学者の適性の適確な評価及び多様性の確保に配慮した公正な入学者選抜を行い,少人数による密度の高い授業により,将来の法曹としての実務に必要な学識及び弁論能力を含むその応用能力並びに法律に関する実務の基礎的素養を涵養するための理論的かつ実践的な教育を体系的に実施し,その上で厳格な成績評価及び修了の認定を行うこととされ,新司法試験は,法科大学院における教育との有機的連携の下に,裁判官,検察官又は弁護士になろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定する試験と位置付けられることとなった(法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関する法律2条,司法試験法1条)。そして,平成14年の司法試験法の改正により,司法試験における論文式試験は,裁判官,検察官又は弁護士となろうとする者に必要な専門的な学識並びに法的な分析,構成及び論述の能力を有するかどうかを判定することを目的とする旨が明示される(司法試験法3条2項)とともに,論文式試験も含め,司法試験は,受験者が上記の学識等を備えているかどうかを適確に評価するため,知識を有するかどうかの判定に偏することなく,法律に関する理論的かつ実践的な理解力,思考力,判断力等の判定に意を用いなければならない旨の規定が設けられた(同条4項)。

(オ)  新司法試験は平成18年から実施されているところ,このうち,論文式試験は,公法系科目等合計4科目について,1科目について2問ないし3問の事例問題に解答させるものである。これらの問題は,比較的詳細な事実関係(事例)を受験者に与えた上で,当該事例を正確に分析し,事例を解決するために必要となる論点を適切に抽出した上で,当該論点に関連する法令や裁判例等により導かれる法規範を,当該事例の特質を踏まえた上で適用し,適切な結論を導き出すことを求める内容となっており,受験者は,1問当たり2時間(選択科目については2問で3時間)という制限の中で,上記の問題に対し文章で解答することが求められる(甲18,19,乙36の1~3)。

 新司法試験における論文試験の採点の実情,受験対策の現状等について
(ア)  旧司法試験において受験生の受験予備校への依存がかなりの割合に上っていたことは上記アのとおりであるところ,新司法試験においても,複数の大手の受験予備校等によって,様々な受験対策講座等を通じた答案作成技術に関する指導が行われており,答案作成技術に焦点を当てた書籍や雑誌も販売されている。例えば,新司法試験の受験情報誌である特定雑誌は,平成28年8月号において,同年度に実施された新司法試験の論文式問題及び学者による解説を,合格者が書いた「答案例」を付して掲載し(乙34の1),同年12月号においては,「上位合格答案とその思考過程」と題して,科目ごとに,同年度に実施された新司法試験の合格者2名が再現した答案を,その科目で獲得した得点及び順位(科目別のもの)を明示し,当該答案の作成者による論点等に対する感想等を付した上で,掲載した(乙34の2)。また,受験予備校が,金品を対価として再現答案の提出を受験者に広く募り,成績通知の提出も求めた上,成績上位者の再現答案を当該受験者の科目別得点等と併せて書籍に掲載することも行われている(乙35)。

(イ)  論文式試験の採点に当たっては,事例解析能力,論理的思考力,法解釈・適用能力等を十分に見ることを基本としつつ,全体的な理論的構成力,文書表現力等を総合的に評価し,理論的かつ実践的な能力の判定に意を用いるものとされている(乙28)。
 そして,新司法試験においては,毎年,採点の基本方針,採点した際の実感,これらを踏まえ今後の法科大学院教育に期待される事柄等に関する考査委員の意見や感想等を科目ごとに取りまとめた文書が公表されているところ,当該文書には,上記の能力の判定に関連して,「優秀な答案に特定のパターンはなく,良い意味でそれぞれに個性的である。」(平成27年公法系科目第1問。乙36の3),「決して知識の量に重点を置くものではない。」(平成26年公法系科目第2問。乙36の2),「単に知識を確認するにとどまらず,掘り下げた考察をしてそれを明確に表現する能力,論理的に一貫した考察を行う能力,及び具体的事実を注意深く分析し,法的な観点から適切に評価する能力を確かめることとした。」,「複数の論点に表面的に言及する答案よりも,特に深い考察が求められている問題点について緻密な検討をし,それらの問題の相互関係に意を払う答案が,優れた法的思考能力を示していると考えられることが多い。そのため,採点項目ごとの評価に加えて,答案を全体として評価し,論述の緻密さの程度や構成の適切さの程度に応じても点を与えることとした。」,「論理的に矛盾する論述や構成をするなど,法的思考能力に問題があることがうかがわれる答案は,低く評価することとした。」(以上について,平成27年民事系科目第1問。乙10)等の記載がある。
 他方で,当該文書には,「まるで型にはめたような論述例が数多くあったこと,過失犯の共同正犯について,それを論じる実益を考えないまま論述する答案が相当数見られたことは,受験生が典型的論点に関する論述例の暗記に偏重するなどした勉強方法をとった結果,事案の特殊性を考慮して個別具体的な解決を模索するという法律実務家に求められる姿勢を十分に習得していないのではないかと懸念される」(平成22年刑法。乙36の1),「本問で論じる必要がないと考えられるにもかかわらず,これを論じているものが散見された。マニュアル的,パターン的に準備してきたものをそのまま書くのではなく,なぜその点を論じる必要があるのかを事案に即して考え,準備してきたものの中から取捨選択して論じていくべきである。」(平成27年公法系科目第1問。乙36の3)などの指摘がされている。

(2)  検討
 上記認定のとおり,旧司法試験においては,受験生の受験予備校への依存がかなりの割合に上っており,過去の試験問題や想定問題とそれらの回答例に基づき,論点ごとにパターン化された回答例を覚えていくという勉強方法が受験者の間で広く行われており,その結果,似たような答案が多数見受けられるという状況になっていた。そして,そのため,受験者が,法曹に本来求められる能力,すなわち,事実関係を適切に把握,分析し,法的問題点を適切に抽出する能力,法令や判例等に関する専門的な知識や論理的思考能力を前提とした柔軟な思考により当該問題点に対する適切な解決策を検討する能力,当該解決策を他者に的確に表現する能力等を備えているか否かを判定することが困難になるばかりか,ひいては法曹全体の質の低下が深刻となっていることなどの問題が指摘されていたことにかんがみ,法曹養成制度を抜本的に改め,司法試験に先立つ教育課程における教育をまず充実させて選別の母体となる法曹志望者に適切な教育を施すという観点から,中核的な教育機関としての法科大学院を設けるとともに,法科大学院において将来の法曹としての実務に必要な学識等に関する充実した教育が行われることを前提として,新司法試験は,法科大学院における教育との有機的連携の下に,裁判官,検察官又は弁護士になろうとする者に必要な学識等を有するかどうかを判定する試験として位置付けられることとなったものである。
 そして,新司法試験の論文試験は,法律上も,受験者が上記の学識や応用能力を備えているかどうかを適確に評価するため,知識を有するかどうかの判定に偏することなく,法律に関する理論的かつ実践的な理解力,思考力,判断力等の判定に意を用いなければならない旨が明示されるに至ったところ,現実の新司法試験における論文式試験の出題内容を見ても,比較的詳細な事実関係(事例)を前提とした分析力や論理の展開力等を具体的に問う内容となっているばかりか,出題や採点を担当する考査委員からも,知識の多寡は必ずしも重要ではなく,優秀な答案も一様ではないという指摘や,当該事例を解決するために重要と考えられる論点について事実関係を踏まえて深く緻密な検討をする姿勢や,複数の論点相互間の論理関係に注意を払う姿勢等の重要性が指摘されていること等を踏まえると,新たな法曹養成制度における新司法試験の目的は,法曹養成課程の中核と位置付けられた法科大学院における履修を前提として,受験者が上記のような意味での学識や応用能力を有するかどうかを判定することにあるというべきである。
 ところが,新司法試験の論文式試験の採点の実情や受験対策の現状は前記(1)イのとおりであって,新司法試験の実施後においても,受験予備校等が受験者による再現答案や受験者に通知された科目別得点等を収集し,これを手掛かりとして,どのような答案を作成すれば高得点の合格答案となるのかという点に焦点を当てた指導が広く行われており,現に論文式試験の採点に当たった考査委員からも,型にはめたような論述例が数多くあり,受験者が典型的論点に関する論述例の暗記に偏重するなどの学習をとった結果,事案の特殊性を考慮して個別具体的な解決策を模索するという法律実務家に求められる姿勢を十分に習得していないという弊害等が指摘される実情にある。受験予備校等による上記の指導は,受験者が記憶に基づき再現した答案に基づくものであるところ,答案そのものの開示を認めることとなれば,受験者の記憶に基づく答案と異なり,記載内容の正確性に疑義の余地がない答案を受験対策の指導に利用することができることとなる結果,答案に記載された論点の内容や個数,論点等に係る記述の体裁やその分量等の外形的事情と開示された科目別得点とを形式的に対比させ,体裁や書きぶりを模倣するなどして,高得点を求めようとする上記の傾向がより顕著になる蓋然性が認められる。そして,こうした傾向が顕著となれば,法科大学院制度を中核とする新たな法曹養成制度の理念と反するばかりか,司法試験における受験者の能力の判定に困難を来し,法曹の質の低下を招くこととなるおそれがあるといえるから,答案の開示により司法試験に係る事務の適正な遂行に支障が生じる蓋然性があると認められる。

 のみならず,司法試験の問題の作成及び採点を行う考査委員は,必要な学識経験を有する者の中から法務大臣により試験ごとに任命され,その氏名,所属が公表されている。そして,合格者の判定は考査委員の合議(考査委員会議)による判定に基づき司法試験委員会が決定するものとされ,司法試験における問題の作成及び採点についても,基本方針その他の統一的な取扱いに必要な事項は格別として,問題の作成及び採点それ自体については,法務大臣から委任を受けた各考査委員に委ねられており,論文式試験の採点についても,優秀と認められる答案等の類型ごとに点数と人数の分布について幅のある目安が定められている(前提事実(2)イ)のみであり,こうした目安を踏まえてどのような採点をするかは,各考査委員に委ねられている。このように,司法試験の問題の出題及び採点が考査委員の柔軟な判断に委ねられているのは,司法試験が裁判官,検察官又は弁護士になろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定するという性格を有するとともに,当該判定に当たっては,受験者が知識を有するかどうかの判定に偏することなく,法律に関する理論的かつ実践的な理解力,思考力,判断力等を有しているかについての判定に意を用いなければならないとされていることに由来すると解されるのであり,とりわけ論文式試験は,短答式試験と異なり,受験者の学識や応用能力を詳細な事実関係(事例)を踏まえ具体的に問うものであることを踏まえると,その採点は,各考査委員が,それぞれの専門的な知識や学識経験等を踏まえ,答案に表れた受験者の分析力,論理展開力,文章力等を柔軟に判断し,もって受験者の学識及び応用能力を適正に判断することが予定されているというべきである。
 一方で,受験者等からの質問,照会等の実情をみると,司法試験委員会の庶務に関する事務を担当する事務局に対しては,年間を通して,連日,司法試験に関する様々な質問や照会が電話等により寄せられていること,特に,成績に関しては,合格発表後において,事務局に対し,不合格となった受験者から,自己の得点が低い点数となっている理由等に関し多数の照会がされ,その中には,自らが再現した答案を第三者に評価してもらった結果や,他の者が再現した答案との比較において,採点の過誤や不当性を強く主張する者もいること,こうした照会に対しては事務局の担当者が対応を試みているものの,不合格となった受験者の納得を得ることは困難であり,長時間の対応を強いられている実情にあることが認められる(乙37)。そして,受験予備校等が受験指導のため再現答案等を多数収集している実情等を併せ踏まえると,答案が開示されることとなれば,受験予備校等に提供することを目的とした答案の開示請求が更に多数行われる蓋然性があると認められる上,上記アで説示したとおり,受験者の答案そのものの開示を認めることとなれば,その記載内容の正確性に疑義の余地がないことに照らすと,不合格となった受験者の中から,開示に係る自己の答案と科目別点数を対照させることにより,あるいは,他の受験者の開示に係る答案や科目別点数と対比させることによって,自己の答案の点数に疑問を持つ者が現れ,事務局に対し,採点の過誤や不当性等を主張する者が増加する蓋然性が認められる。
 そして,そのような場合,事務局において上記の照会等に対応するとしても,前記のように,司法試験の採点は考査委員の柔軟な判断に委ねられている上,答案自体の開示がされていない現状においてすら,長時間の対応を強いられている例もあることに照らすと,採点結果に係る照会等への対応には相当程度の時間を要するものと考えられ,事務局において,本来の事務の適正な遂行に支障を及ぼす蓋然性が認められる。
 さらに,答案自体を開示することとすれば,受験者はより確実な資料を得ることになるのであるから,考査委員の氏名及び所属が公表されている現状や,過去において不合格者による当時の考査委員等に対する脅迫等の事案も発生していると認められること(乙47の1及び2,48)を踏まえると,上記のような照会等は,考査委員に対して直接なされるおそれもあると認められるところ,答案の採点が考査委員の柔軟な判断に委ねられていることに照らすと,こうした照会等が不相当であることはもとより,照会等がされること自体が考査委員にとって負担を課すものであることも明らかというべきである。そして,その負担を慮って考査委員に任命されることを敬遠する者が増加し,必要な学識経験を有する者から任命されるべき考査委員のなり手を探すことが困難となること等の弊害が生じることも予想され,このような観点からも,答案を開示することにより,司法試験事務の適正な遂行に支障を及ぼす蓋然性が認められる。

 上記ア,イで認定説示したとおり,論文式試験の答案を開示すれば,司法試験事務の適正な遂行に重大な支障を及ぼすおそれがあると認められるから,本件平成27年答案及び本件平成28年答案は,いずれも法14条7号柱書所定の不開示情報に該当するというべきである。よって,本件平成27年答案及び平成28年答案を全部不開示とした本件処分1及び本件処分2はいずれも適法である。

 これに対し,原告は,前記アに関し,司法試験の問題は,法的な推論の能力が必要であり,毎年改良されて出題範囲も異なるのであるから,合格者の答案を模倣すること等の受験対策により合格することはできず,法曹養成制度の理念に反することはないし,受験予備校等に合格者の答案の収集を止めるよう協力を求めれば,答案の開示による弊害も防止できるなどと主張する。
 しかしながら,論文式試験において出題される事実関係(事例)は毎年異なるものであるとしても,それが法科大学院における教育内容を前提とするものである以上,いわゆる論点の範囲については予想することが可能であるし,こうした予想を踏まえ,当該論点に対する記述例や,これを含めた答案全体の記述方法といった形式面に着眼した指導をすることもまた可能というべきである。そして,前記アで認定説示したとおり,新しい法曹養成制度の下においては,法科大学院を中核的な教育機関とし,法曹に求められる学識及び応用能力,具体的には,事実関係(事例)に即した分析力,論理展開力,文章又は口頭による表現力等を丹念に学修したことを前提として,新司法試験においてその成果を総合的に判定することが求められているのであって,論点等に関する知識の多寡や答案の形式面については,それ自体では受験者の上記学識や応用能力を十分に推し量るものとはいえないのであるから,受験者に対する上記のような指導は,それ自体,法科大学院を中核とする新しい法曹養成制度の趣旨を損なうおそれが大きいというべきである。そして,現実の論文式試験の在り様をみると,型にはめたような論述例が数多く見受けられるほか,与えられた事実関係(事例)において当該論点を議論する法的意義等を十分吟味することのないまま,事前に暗記したと思われる論点等について予め用意した文章をそのまま記述したと思われる回答例が多数に上っている等の弊害が指摘されているところ,その背景として,受験予備校等が再現答案を基にした受験指導を行い,相当数の受験者がその指導を踏まえた受験対策を行っている現状からすると,仮に答案そのものを開示することとすれば,法科大学院における上記のような学修を軽視し,新しい法曹養成制度の趣旨からかけ離れた指導を更に助長する蓋然性があるというべきであり,かかる弊害を防止するための実効的な対応策が存在するとは認められないから,原告の上記主張は採用することができない。
 また,原告は,前記イに関し,①受験者からの質問や照会等への対応は,考査委員又は司法試験委員会の業務に含まれないから,答案を開示することになったとしても,その業務に支障は生じないし,答案の開示を合格判定後にするのであれば,既に司法試験事務は終了しているから,その事務の適正な遂行が求められる場面ではない,②現在において,受験者からの問い合わせが増加すると考えられる合格発表後の9月及び10月においても事務局の職員の残業時間に増加はなく,特段の対応を強いられているとはいえない,③採点内容の透明性を確保することにより受験生の納得を得られることとなるから,事務の適正な遂行が妨げられることはなく,むしろ採点の公平性が担保され,適正な評価が可能となる,④答案の開示が認められている司法書士試験において,試験事務の遂行に支障が生じているとはいえない,⑤考査委員において採点内容に関する苦情等を受け付けないとすれば足りるなどと主張する。
 しかし,①答案を開示することにより,受験者からの個別の質問や照会等への対応を余儀なくされることになれば,本来的な試験事務の遂行に支障が生じるおそれがあるといえること,②事務局において特段の対応を強いられているか否かは残業時間の多寡によって判断されるものではないし,答案が開示されることとなれば,現在よりも採点に関する問い合わせが増加するものと考えるのが合理的である以上,事務局がそれらへの対応に相当な時間を要するため事務に支障が生ずるおそれがあるといえること,③論文式試験の採点については考査委員の柔軟な判断に委ねることが相当である以上,採点者である考査委員の専門的な知識や実務経験に基づく評価と開示を受けた受験者の自己認識との間に食い違いが生じることは十分あり得ることであるから,答案の開示がそれ自体として採点内容の透明性や公平性を確保することに資するか否かは必ずしも明らかでない側面があり,むしろ,個々の答案について,採点内容に主観的な不満を持つ受験生が増加すると考えるのが合理的であって,これによる弊害は無視できないものであること,④司法試験の目的及び論文式試験の方法は前記のとおりであるところ,これを他の試験と同列に論じることは困難であること,⑤過去に脅迫等の事案が発生していることに照らすと,考査委員においては採点内容に関する苦情等を受け付けていないにも関わらず,開示された答案の内容やその得点に基づき一方的に不平不満を述べる者が出てくることが考えられ,それらへの対応を余儀なくされる可能性が高いのであるから,原告の主張はいずれも採用することができない。

 争点(2)(本件処分3の適法性〔具体的には,法務省において本件平成27年採点内容に係る情報を保有していたか否か〕)について
(1)ア  前記前提事実1(2)の事情に加えて前記1(2)アで認定説示した事情に照らすと,論述式試験の採点は,考査委員により行われ,合格者の判定は考査委員の合議により行われること,採点に際しての画一的な基準等はなく,考査委員の専門的知見に基づいた柔軟な判断に委ねられていること,受験者の得点は,複数の考査委員が採点し,事務局が考査委員から提供を受けた素点について,それぞれ偏差値を用いて調整した得点の平均点とされていることが認められる。このような採点方法及び得点の算出方法を採用していることに照らせば,事務局又は法務省において,考査委員が各受験者の答案に付した素点以外に各答案の採点内容を記した文書を作成又は取得していると認めることはできないから,本件処分3は適法である。

 これに対し,原告は,公平に採点をするためにはどのように採点したかに関する内容を記載した文書を残しておく必要があるなどと主張するが,仮に考査委員又は考査委員会において,個々の問題の採点基準に関する一定の方針を有し,それに基づいた採点がされていたとしても,上記アのとおり,事務局は各考査委員から採点後の得点(素点)を取得するにとどまることからすると,個々の採点内容について記載した文書を法務省において作成又は取得していると認めることはできないから,原告の主張は採用できない。

(2)ア  なお,考査委員は答案の写しを用いて採点を行っているところ,事務局は,採点を終えた後の答案の写しを考査委員から取得していることが認められ(乙37),当該答案の写しについて,採点の際に記載された考査委員のメモ等がある場合には,原告が開示を求める採点内容に係る情報に該当する可能性があるものと認められる。
 もっとも,考査委員が採点した後の採点用の答案の写しの保存期間については,公文書等の管理に関する法律5条1項,同法施行令8条2項,法務省行政文書管理規則16条1項の規定を受けて,文書管理者である人事課長により法務省大臣官房人事課標準文書保存期間基準が定められ(乙41),これに基づき,保存期間は「事務処理上必要な1年未満の期間」とされている。そして,採点用の答案の写しの起算日及び満了日については,行政文書を作成し,又は取得した日(以下「文書作成取得日」という。)から1年以内の日であって4月1日以外の日を起算日とすることが行政文書の適切な管理に資するときに当該日を起算日とすることを認める公文書等の管理に関する法律施行令8条4項及び法務省行政文書管理規則16条4項の規定を受けて,上記の「文書作成取得日から1年以内の日であって4月1日以外の日」である「考査委員が採点を終えた後,法務省大臣官房人事課職員において当該写しを回収した日」を起算日とし,この起算日から事務処理上必要な1年未満の期間を経過した後である「当該年の合格発表日」を保存期間の満了日とし,遅くとも次の司法試験の実施時期までには廃棄する旨の取扱いがされていると認められる(乙42)ところ,こうした取扱いは,採点用の答案の写しが極めて多数枚に上ると考えられることや,当該年の合格発表日が経過すれば答案の写しを保存する必要性が乏しいと考えられることに照らすと,その合理性を肯認することができる。
 そうすると,平成27年司法試験の論文式試験についての原告の採点用の答案の写しに考査委員による採点関係のメモがあったとしても,遅くとも平成28年5月ころまでには廃棄されたと推認されるところ,原告がこれについて保有個人情報の開示請求をしたのは同年10月3日であって,本件平成27年採点内容に係る情報は存在しないから,この点からも,本件処分3は適法である。

 これに対し,①原告は,行政文書の保存期間の起算日は原則翌年度の4月1日であり,平成27年司法試験に係る答案原本及びその写しは,上記の開示請求の時点で保存されているはずである,②司法試験の答案等の数は法務省の書庫に十分収まるはずのものであり,採点後の答案は,採点者等の参考資料として,保管期間の満了後も保管されていると考えられる,③廃棄に関する内閣総理大臣の同意と廃棄協議がされていないことから,平成27年司法試験の採点後の答案写しを廃棄したと考えることはできない,④平成27年度の司法試験においては,問題の漏洩が発生し,警察による捜査も行われているのであるから,証拠となる答案等を廃棄したとも考えられないなどと主張する。
 しかしながら,①及び②については上記アで説示したとおりである。また,③については,公文書等の管理に関する法律8条2項前段は,行政機関の長は,保存期間が満了した行政文書ファイル等を廃棄しようとするときは,あらかじめ,内閣総理大臣に協議し,その同意を得なければならない旨を定めるところ,この協議については,平成23年4月1日付けの内閣総理大臣決定によって,1年未満の保存期間の行政文書ファイル等については廃棄に関する内閣総理大臣の同意と廃棄協議を要しないとされていたことが認められ(乙49),論文式試験の答案の写しの保存期間が1年未満と定められていたことは上記アのとおりであるから,廃棄協議を要するとする上記③の主張はその前提を誤るものであり,採用することができない(なお,原告は,廃棄協議を要し,かつ,保存期間を経過している文書について廃棄しないという運用がされていることに照らすと,平成27年答案の写しについても廃棄しないという運用がされていたとも主張するが,現実の取扱いは上記アで認定説示したとおりと認められるから,採用することができない。)。
 そして,平成27年度の司法試験においては,問題の漏洩が発生したことから,その事後的検証のため答案に係る画像データを別途保存していることが認められるところ(甲10,乙15),採点後の答案の写しについては,問題漏洩の有無等を検証するに当たり必要不可欠な文書に当たるということはできないのであるから,これを保存していないとしても不合理であるとはいえず,原告の上記④の主張も採用することができない。

 争点(3)(本件裁決の適法性)について
 原告は,本件平成27年採点内容について「作成又は取得しておらず,保有していない」との理由で不開示とした本件処分3に係る審査請求において,平成27年採点内容に含まれる採点後の答案写しが取得されていたにもかかわらず,その旨の適切な主張がされていなかったため,必要な反論をする機会を奪われたことが重大な違法に当たる旨を主張する。
 しかしながら,平成27年司法試験の答案写しについては,開示請求の時点において事務局又は法務省が保有していたと認めることができないことは前記2のとおりであり,原告の答案写しに採点内容に該当するような情報が記載されていたものと認めることはできない。そうすると,本件裁決において,処分庁が,本件平成27年採点内容を作成又は取得していないと主張することは当然であり,原告の答案写しに採点内容の書き込み等がされていたとした場合の仮定の主張を明示していなかったとしても,何ら適切な主張をしなかったものということはできない。
 したがって,この点を論難する原告の主張は採用することができず,本件裁決の手続に違法があったと認めることはできない。

 以上のとおり,本件各処分及び本件裁決はいずれも適法であるから,これらの取消しを求める原告の請求には理由がない。
 また,本件各情報の開示の義務付けを求める訴えは,行政事件訴訟法3条6項2号に規定するいわゆる申請型の義務付けの訴えであると解されるところ,上記のとおり,本件各処分はいずれも適法であり,「当該処分又は裁決が取り消されるべきものであり,又は無効若しくは不存在である」(同法37条の3第1項2号)場合に該当しないから,本件各情報の開示の義務付けに係る訴えは不適法である。

第4  結論
 以上によれば,本件訴えのうち,本件各情報の開示の義務付けを求める部分は不適法であるからこれを却下し,原告のその余の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとして,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第51部




(別紙3)
争点に関する当事者の主張の要旨
 争点(1)(本件処分1及び2の適法性〔具体的には,本件平成27年答案及び本件平成28年答案が法14条7号柱書の規定する不開示情報に該当するか否か〕)について
(被告の主張の要旨)
(1)  新たな法曹養成制度の理念の下で,受験者の能力を適切に判定することが困難となり,司法試験事務の適正な遂行に重大な支障を及ぼすこと
 21世紀の社会経済情勢の変化に伴い,多様かつ広範な国民の要請に応えることができる高度の専門的な法律知識,幅広い教養,国際的な素養,豊かな人間性及び職業倫理を備えた多数の法曹が求められることとなったことなどから,法曹養成に特化した実践的な教育を行う法科大学院制度が新たに導入された。これに伴い,平成17年12月1日に司法試験法が改正され,それまでの司法試験(以下「旧司法試験」という。)に代わる司法試験(以下「新司法試験」ということがある。)が平成18年から実施され,司法試験は,裁判官,検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかを判定することを目的とし,法曹にふさわしい者を選抜する役割を有するとともに,法科大学院を中核とする法曹養成制度の一環として位置付けられ,法科大学院教育との有機的連携の下に行われることとなった(法科大学院法2条,司法試験法1条)。
 旧司法試験においては,厳しい受験競争の下,受験者が受験技術の習得を優先し,受験予備校に大幅に依存する傾向が著しくなり,法曹となるべき者の資質の確保に重大な影響を及ぼすに至っていることが問題視されていたところ,新たな法曹養成制度の下では,法科大学院課程を通じて法曹にふさわしい知識・能力等の涵養を行うこととされ,司法試験は,法科大学院課程を履修した成果を測るものであるから,司法試験の受験対策のみを目的とした指導や受験技術の習得は,新たな法曹養成制度の理念に真っ向から反するものである。

 しかしながら,司法制度改革の後においても,複数の受験予備校や受験雑誌等による司法試験の受験指導が大々的に行われているところ,論文式試験については,「合格答案」を作成するための答案作成技術の指導が売り物にされ,受験者の再現答案がそのような受験指導の材料として利用されるなどしており,現状においても,旧司法試験の弊害とされていた,新たな法曹養成制度の理念に反する受験対策に傾斜しかねない情報が受験者の間に広く出回っている状況にある。
 このような現状において,論文式試験の答案そのものが開示されることとなれば,合格者の実際の答案の体裁や書き振りを模倣するなど,実際の答案を利用したもっともらしい分析に基づく受験指導を安易に受け入れる受験者が多くなり,受験技術に強く影響された画一的な答案が増加する蓋然性が高い。その結果,その受験者の能力を適切に判定することが困難となり,司法試験事務の適正な遂行に重大な支障を及ぼすこととなり,ひいては,新たな法曹養成制度の一環としての司法試験の意義が没却され,その理念が著しく損なわれるとともに,法曹となるべき者の資質の確保に重大な影響を及ぼすおそれもある。

(2)  考査委員がその職責を適正に果たすことが困難になり,司法試験事務の適正な遂行に重大な支障を及ぼすこと
 司法試験における問題の作成及び採点並びに合格者の判定を行う考査委員は,当該試験を行うについて必要な学識経験を有する者から司法試験委員会の推薦に基づき,法務大臣が任命するものであり(司法試験法15条2項),考査委員の氏名,所属等は公表されている。

 司法試験は,「受験者が裁判官,検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力を備えているかどうかを適確に評価するため,知識を有するかどうかの判定に偏することなく,法律に関する理論的かつ実践的な理解力,思考力,判断力等の判定に意を用いなければならない。」とされており(司法試験法3条4項)こうした観点からの能力の判定は,専ら論文式試験によって行うこととなる。
 そのため,論文式試験は,正解が一義的に与えられ得るものではなく,法曹となるべき理論的かつ実践的な理解力,思考力,判断力等を判定するものとして,いわゆる論点主義による画一的・硬直的な採点ではなく,個々の考査委員の専門的知識,学識経験等に基づいた,独立した判断で柔軟な評価がなされなければならない。論文式試験の採点において個々の考査委員に求められているのは,自己の高度な専門知識と識見に基づき,良心に従い,自由かつ公正中立に,個々の答案を審査して評価を与えることであって,このことは,論文式試験の判定機能を適切に機能させ,司法試験がその役割を果たすために必要不可欠である。

 ところで,事務局には,多くは不合格者から,論文式試験の採点結果に関し,成績通知に記載された科目別得点が自らの認識と比べて低すぎるなどとして,採点の過誤や不当性を主張する内容の問合せが相次いでおり,このような問合せに対しては,適正に事務処理を行っている旨説明しても納得を得にくく,これに応対した職員が長時間を割いて特段の対応を強いられている状況にある。
 論文式試験の答案を開示することとなれば,不合格者などが,開示された情報から何らかの理由を作出して採点の過誤を主張しようとすることが容易に予測され,開示請求の著しい増大とこれに伴う事務局への問合せ等の増加が見込まれ,司法試験事務の運営に支障が生じるおそれが極めて大きい。このような場合,事務局では対処できなくなり,考査委員に対し,個別に答案や素点の再確認を求め,あるいは,採点方針について説明を求める事態も生じ得る。また,考査委員に対して直接問合せ等がなされるおそれも高くなり,考査委員が採点に不満を抱く者からの苦情・嫌がらせ等にさらされるおそれも生じる。

 論文式試験の個々の答案の具体的な採点は,前記イの観点から,考査委員の裁量に委ねられているところ,事後的に,その全てを形式的,客観的に説明することは容易ではなく,答案が後に開示されることとなれば,後日の問合せ,非難,中傷,嫌がらせ等へのおそれや煩わしさから,過度に硬直的な採点を行い,あるいは,他の考査委員の採点に合わせるなどして,考査委員が答案に対して適正な評価を与えることが困難となる。また,問合せ等に対して画一的に回答できるよう,形式的な採点が可能な問題作成に陥り,司法試験において求められる能力評価に適した良問の作成が困難となるおそれもある。すなわち,答案の開示によって,考査委員がその職貴を適正に果たすことが困難になり,司法試験事務の適正な遂行に支障が生じるおそれは現実的かつ差し迫ったものである。
 また,考査委員を上記のような物理的・心理的負担にさらすこととなれば,優秀な研究者や実務家から考査委員のなり手を探すことが困難となり,この点でも,司法試験事務の適正な遂行に重大な支障を及ぼすこととなる。

(3)  以上のとおり,司法試験論文式試験の答案を開示することとなれば,司法試験事務の適正な遂行に重大な支障を及ぼすことは明らかであって,本件平成28年答案及び本件平成27年答案は法14条7号柱書の不開示情報に該当することから,これらを全部不開示とした本件処分1及び本件処分2は適法である。

(原告の主張の要旨)
(1)  法14条7号柱書にいう「当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれ」は,当該事務又は業務の目的,その目的達成のための手法等に照らして,その適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるか否かにより判断されるものであり,その事務又は事業の根拠となる規定・趣旨に照らし,個人の権利利益を保護する観点からの開示の必要性等の種々の利益を衡量した上で「適正な遂行」といえるものであることが求められる。
 そして,「支障」の程度は,名目的なものではなく実質的なものであることが求められ,その「おそれ」は単なる確率的な可能性ではなく,法的保護に,値する蓋然性がなければならない。

(2)  「受験者の能力を適切に判定することが困難となり,司法試験事務の適正な遂行に重大な支障を及ぼすこと」について
 司法試験の問題は,法的な推論の能力が必要であり,毎年改良され,出題範囲も異なるのであるから,合格者の答案を真似たり,暗記した論証パターンを記載したりすることで司法試験に合格できるものではない。司法試験においては,論理的・説得的に論述することが求められるのであり,表現ぶりや用字用語等の細部に至るまで模倣しでも高得点が取れる試験ではないことは,処分庁も認めるところである。
 被告は,受験予備校等による受験対策の一環で合格者の再現答案が出回っており,法曹養成制度の理念に反する現状があるとするが,そもそも,このような受験対策により高得点を取ることはできないものであるから,制度の理念に反する状況は存在しない。このことは,被告が,司法試験が個々の考査委員の専門的知識,学識経験等に基づいた独立した判断で柔軟な評価ができるような採点方法をとっていると主張していることからも明らかである。
 そして,現状においても,受験予備校等において合格者の再現の答案が出回っており,答案の開示を認めてもその状況に変化はない。
 したがって,答案を開示したとしても,受験者が受験技術のみに頼った勉強法を行う実質的なおそれは認められない。

 個人情報保護の観点から,原則として個人情報の開示を認めるべきものであるところ,受験対策のために答案が流出することを防ぐという目的を実現するための手段としては,受験予備校等に協力を求め,答案の買い取り等を止めさせる等の措置を講じることが考えられるのであり,個人情報の開示を制限することで上記目的を達成しようとすることは,法務大臣の恣意的判断を許すものにほかならない。

(3)  「考査委員がその職責を適正に果たすことが困難になり,司法試験事務の適正な遂行に重大な支障を及ぼすこと」について
 司法試験委員会の業務は,司法試験及び予備試験を行うことのほか,法務大臣の諮問に応じ,司法試験及び予備試験の実施に関する重要事項について調査審議を行い,法務大臣に意見を述べることなどである。また,考査委員の業務は,司法試験における問題の作成,採点,合格者の判定である。これらの業務の中には,受験者からの質問や照会等への対応は含まれないから,答案を開示した際に質問や紹介等が増加したとしても,上記の業務には支障は生じないし,答案の開示を合格判定の後にするのであれば,既に司法試験事務は終了しているのであるから,その事務の適正な遂行が求められる場面ではない。
 また,被告は,司法試験の採点に関する問い合わせに特段の対応を強いられていると主張するが,問い合わせが増加すると考えられる合格発表後の9月及び10月の事務局職員の残業時間に増加はみられない。

 受験生が合格判定後に答案の開示を受けたとしても,その時点では次の受験まで半年程度の期間しかなく,5回の受験制限の中では,開示した答案に基づいて成績判定に不服を申し立てることよりも,次の試験に向けた勉強方法の確立のために活用することが想定される。そして,採点内容の透明性を確保することにより,客観的に試験の公正性・公平性を示すことができ,受験者の納得を得ることが可能になるのであるから,答案を開示することによって司法試験事務の適正な遂行が妨げられるということはない。被告は受験者からの質問や照会等が増加するとするが,その内容も判然とせず,それらが増加することは,単なる抽象的なおそれにすぎない。
 また,一般に答案の開示が認められている司法書士試験の実施に当たり,答案の開示請求により試験を実施できないほどの事務処理が必要であるということはなく,司法試験に限って試験の実施が困難になるほどの質問や照会がされることは考えられない。
 なお,考査委員への嫌がらせは犯罪行為に該当し得るのであるから,そのようなことは考え難い。

 被告は,苦情等を回避することを考慮する余り,考査委員が適正な評価を与えることが困難になることなどを主張するところ,採点内容等への苦情等が生じ得ることは,どの試験においても起こりうることであるが,採点者は,苦情等がないように慎重にかつ公正に採点することとなるのであり,むしろ,適正な評価を可能とするものである。
 仮に受験者からの苦情等により考査委員が適正な評価を与えることができないのだとすれば,そもそもそのような苦情等は受け付けないこととすれば足り,現在においてもこれらの苦情は受け付けていないはずである。
 また,適切な良問の作成ができるか否かは,苦情等の有無によって左右されるものではないから,良問の作成を困難にすることは単なる名目的な支障をいうものにすぎない。

 争点(2)(本件処分3の適法性〔具体的には,法務省において本件平成27年採点内容に係る情報を保有していたか否か〕)について
(原告の主張の要旨)
(1)  司法試験は法曹となろうとする者に必要な学識・能力を判定するための国家試験であり,公正かつ公平に採点される必要があるところ,そのためには,採点基準に沿った採点がされる必要がある。そして,採点基準として公表されている「出題趣旨」によれば,その採点内容は詳細かつ多岐にわたり,採点表もなく個々の考査委員が数千通の答案を公平に採点することは現実的に不可能である。公平に採点するためには,どのように採点したかを残しておくことが必要であるから,そのような採点内容を記載した文書等が存在しないということは考えられない。

(2)  司法試験の答案は,保存期間1年未満の文書とされているところ,行政文書の保存期間の起算日は,原則として翌年度の4月1日である。そうすると,平成27年司法試験に係る答案の原本は,原則として平成28年4月1日から起算して1年以内に廃棄されるところ,当該文書に対して不服申立てがあった場合には,公文書等の管理に関する法律施行令9条1項3号により,保存期間が1年間延長される。そうすると,本件平成27年答案に係る審査請求は,同日から1年以内に提起され,その保存期間は延長されているから,答案原本は保存されているはずである。
 そして,答申において採点内容が記載されていると指摘された考査委員による採点後の答案の写しは,被告によれば,原本と同時に廃棄されることとなっているところ,平成27年司法試験に係る採点後の答案写し(本件平成27年採点内容に該当する。)は,開示請求の時点では,答案原本と同様に保有されていたものといえる。
 加えて,司法試験の答案等の数は法務省の書庫に十分収まるはずのものであり,採点後の答案は,採点者等の参考資料として保管期限の満了後も保管されていると考えられ,行政文書の廃棄に当たって必要とされる内閣総理大臣の同意と廃棄協議がされていないことからも,本件平成27年採点内容を廃棄したということはできない。また,平成27年度の司法試験においては,問題の漏洩が発生し,警察による捜査も行われているのであるから,証拠となる答案を廃棄したとも考えられない。

(被告の主張の要旨)
(1)  司法試験論文式試験においては,個々の考査委員の専門的知識,学識経験等に基づいた独立した判断で柔軟な評価がなされなければならないことから,個々の具体的な採点については全て各考査委員の裁量に委ねられている。そして,論文式試験の採点は,複数の考査委員が,受験者氏名の記載されている答案1枚目を省いて作成した採点用の答案の写しを用いて行っているが,事務局が採点を担当した考査委員から提出を受けるのは,回収する答案の写しを除けば,各問の素点のみである。
 このように,処分庁においては,受験者の答案について個々の採点内容を記したものを作成又は取得しておらず,本件平成27年採点内容も保有していないことから,これを不開示としたものであり,本件処分3は適法である。

(2)  なお,平成27年司法試験論文式試験について,考査委員が採点した後の答案の写しに,考査委員による採点関係の書き込みがあったとすれば,本件平成27年採点内容に含まれる可能性があるところ,考査委員による採点に使用された採点用の答案の写しについては,原告の開示請求が受け付けられた平成28年10月3日の時点で既に全て廃棄済みであり,一切保有していなかったものである。
 すなわち,考査委員が採点した後の採点用の答案の写しについては,考査委員からこれらを回収した当日を起算日とし(公文書等の管理に関する法律施行令8条4項ただし書),保存期間が1年未満の文書として,起算日から1年を超えないうちの適宜の時期において,速やかに廃棄しているものである。
 具体的には,毎年実施される司法試験においては,受験者の答案の原本に加え,採点を行う複数の考査委員ごとに採点のために使用する答案の写しを含めると膨大な量の答案が生じることとなるため,毎年試験実施前の適宜の時期に全て廃棄する扱いとしている。
 したがって,原告から本件平成27年採点内容に係る開示請求がされた平成28年10月3日時点において,平成27年司法試験論文式試験の採点用の答案の写しは全て廃棄されていたものである。

 争点(3)(本件裁決の適法性)について
(原告の主張の要旨)
 処分庁は,本件平成27年採点内容について「作成又は取得しておらず,保有していない」との理由で不開示とした(本件処分3)ところ,審査会は,採点用の答案写しは既に廃棄済みであるとしており,審査会の調査の結果,採点後の答案の写しが本件平成27年採点内容に含まれるものとして存在していたことが明らかとなった。
 仮に,処分庁が,当初から採点後の答案写しについては廃棄済みであることを理由として述べていれば,原告は,答案の写しを廃棄していない旨の反論をすることができたにもかかわらず,処分庁は,そもそも採点内容を作成又は取得していないと述べていたのであり,審査手続においても,適切な主張を行わなかった。これにより,原告は必要な主張・反論をする機会を奪われたから,同審査手続は,憲法31条が定める適正手続の趣旨を没却するものであり,その結果に影響を及ぼすほどの重大な違法がある。

(被告の主張の要旨)
(1)  そもそも処分庁の主張内容いかんによって反論の機会が奪われることなど想定し難いのであって,原告の主張は失当である。

(2)  また,前記2(被告の主張の要旨)(2)で述べたとおり,原告から本件平成27年採点内容の開示請求がされた平成28年10月3日時点においては,平成27年司法試験論文式試験の採点後の答案の写しは既に廃棄されていたから,当該答案の写しに考査委員による採点関係の書き込みが実際に存在したかどうかについて確認することができず,これが本件平成27年採点内容に該当するかについて識別することは不可能である。
 したがって,本件平成27年採点内容が「採点後の答案の写しという形で存在していたことが明らかとなった」とする原告の上記主張は前提を欠くものであって,失当である。

(3)  処分庁としては,本件平成27年採点内容については,保有個人情報として作成又は取得しておらず,保有していないことから,これを不開示としたものである(本件処分3)ところ,「処分庁において,本件情報につき,保有個人情報として作成又は取得しておらず,保有していないとして不開示とした決定は妥当である」ことを理由として原告からの審査請求を棄却するに至ったものであり,本件裁決の手続の適法性に問題はない。

以上