平成30年1月19日言渡 |
不開示決定処分取消等請求事件 |
判 決 |
上記当事者間の大阪高等裁判所不開示決定処分取消請求事件について,同裁判所が平成28年10月6日に言い渡した判決に対し,上告人から上告があった。よって,当裁判所は,次のとおり判決する。 |
主 文 |
1 | 原判決を次のとおり変更する。
第1審判決を次のとおり変更する。 |
(1) | 内閣官房内閣総務官が平成26年3月24日付けで上告人に対してした行政文書の不開示決定のうち,同25年1月1日から同年12月31日までの内閣官房報償費の支出に関する行政文書中,次のアからウまでを不開示とした部分を取り消す。 |
ア | 政策推進費受払簿 |
イ | 出納管理簿のうち,調査情報対策費及び活動関係費の各支払決定に係る記録部分を除いた部分 |
ウ | 報償費支払明細書のうち,調査情報対策費及び活動関係費の各支払決定に係る記録部分を除いた部分 |
(2) | 内閣官房内閣総務官は,上告人に対し,平成25年1月1日から同年12月31日までの内閣官房報償費の支出に関する行政文書のうち,上記(1)アからウまでについての開示決定をせよ。 |
(3) | 本件訴えのうち,平成25年1月1日から同年12月31日までの内閣官房報償費の支出に関する行政文書中,上記(1)アからウまでを除いたものについての開示決定の義務付け請求に係る部分を却下する。 |
(4) | 上告人のその余の請求を棄却する。 |
2 | 訴訟の総費用は,これを2分し,その1を上告人の負担とし,その余を被上告人の負担とする。 |
理 由 |
上告代理人の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 本件は,上告人が,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「情報公開法」という。)に基づき,内閣官房内閣総務官に対し,平成24年12月から同25年12月31日までの内閣官房報償費の支出に関する行政文書の開示を請求したところ,これに該当する行政文書のうち,政策推進費受払簿,支払決定書,出納管理簿,報償費支払明細書,領収書,請求書及び受領書(以下,これらを併せて「本件各文書」という。)に記録された情報が同法5条3号及び6号所定の不開示情報に当たるとして,本件各文書を開示しないなどとする決定(以下「本件決定」という。)を受けたため,本件決定のうち同年1月1日から同年12月31日まで(以下「本件対象期間」という。)の内閣官房報償費の支出に関する本件各文書(以下「本件対象文書」という。)を不開示とした部分(以下「本件不開示決定部分」という。)の取消し及び本件対象文書の開示決定の義務付けを求める事案である。 2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。 (1)内閣官房は,内閣法(平成26年法律第22号による改正前のもの)12条1項に基づいて内閣に置かれており,内閣の重要政策に関する基本的な方針に関する企画及び立案並びに総合調整に関する事務,内閣の重要政策に関する情報の収集調査に関する事務等をつかさどる(同条2項)ほか,国政上の重要事項についての総合調整,情報の収集及び分析,危機管理等に関する機能を担うものとされている(中央省庁等改革基本法8条2項)。内閣官房には内閣官房長官1人が置かれ(内閣法13条1項),内閣官房長官は,内閣官房の事務を統轄し,所部の職員の服務につき,これを統督するものとされている(同条3項)。 (2)内閣官房報償費は,内閣官房の行う事務を円滑かつ効果的に遂行するために,当面の任務と状況に応じて機動的に使用することを目的とした経費として,毎年度予算措置が講じられているものである。 本件対象期間における内閣官房報償費の取扱いについて定めた「内閣官房報償費の取扱いに関する基本方針」(平成14年4月1日内閣官房長官決定),「内閣官房報償費の執行に当たっての基本的な方針」(同24年12月28日取扱責任者内閣官房長官決定,同25年4月1日同決定)及び「内閣官房報償費取扱要領」(同24年12月28日取扱責任者内閣官房長官決定)によれば,内閣官房報償費の執行は,政策推進費,調査情報対策費及び活動関係費の三つの目的類型ごとに,それぞれの目的に照らして行うものとされている。 ア 政策推進費は,施策の円滑かつ効果的な推進のため,内閣官房長官としての高度な政策的判断により,機動的に使用することが必要な経費であり,内閣の重要政策の企画立案及び総合調整等に資するために使用される。具体的には,内閣官房長官が,重要政策の関係者等に対し,非公式に交渉や協力依頼等の活動を行う際に合意や協力を得るために支払う対価等として使用される。 イ 調査情報対策費は,施策の円滑かつ効果的な推進のため,その時々の状況に応じ必要な情報を得るために必要とされる経費であり,情報収集等の対価や会合の経費等として使用される。 ウ 活動関係費は,政策推進,情報収集等の活動が円滑に行われ,所期の目的が達成されるよう,これを支援するために必要な経費であり,具体的には,重要政策の関係者等に対する内閣官房長官の交渉,協力依頼,情報収集等の活動に際して必要となる経費,当該活動の相手方等に交付する謝礼,慶弔費等に使用される。 (3)ア 内閣官房報償費については,取扱責任者である内閣官房長官が内閣官房会計担当内閣参事官に提出する請求書に基づき,国庫からの支出のために必要な手続が行われ,内閣官房長官の手元に移される。 イ 政策推進費は,内閣官房長官が,国庫から支出された内閣官房報償費から政策推進費として使用する額を区分した上で(以下,この行為を「政策推進費の繰入れ」という。),自ら出納管理を行い,直接相手方に支払うこととされている。 内閣官房長官は,政策推進費の繰入れがされる都度並びに会計年度末及び内閣官房長官が交代する際に,政策推進費受払簿を作成し,その支払の管理を行っている。政策推進費受払簿には,第1審判決別紙2のとおり,作成日付及び金額(前回残額,前回から今回までの支払額,今回繰入前の残額,今回繰入額及び現在額計)が記録され,取扱責任者である内閣官房長官の記名押印及び取扱責任者が指名した事務補助者の記名押印がされている。 なお,本件対象期間に係る政策推進費受払簿の記載上,政策推進費の繰入れがほぼ毎月2回又は3回の頻度で行われ,次の繰入れがされるまでに残額が0円となるような運用がされている期間がある。 ウ 調査情報対策費及び活動関係費については,内閣官房長官が事務補助者をその出納管理に当たらせることとされている。 内閣官房長官は,調査情報対策費又は活動関係費の1件又は複数の支払に係る支払決定を行う都度,支払決定書を作成し,その支払の管理を行っている。内閣官房長官が指名した事務補助者は,支払決定書に基づき,調査情報対策費又は活動関係費の支払を行う。 エ 内閣官房長官は,内閣官房報償費全体の出納管理のために,その指名した事務補助者をして出納管理簿に記録させ,自ら又は指名した内閣官房内閣総務官室の職員により,出納管理簿が適正に記録されているかどうかについて確認を行っている。出納管理簿は,月ごとの内閣官房報償費の出納の状況をまとめたもので,更に当該年度に係る累計額を記録して,内閣官房報償費全体を一覧することができるように作成される。出納管理簿は,国庫からの内閣官房報償費の支出(受領)があった際,政策推進費の繰入れの際又は調査情報対策費及び活動関係費の支払決定があった際に,その都度記録される。 出納管理簿には,第1審判決別紙4のとおり,内閣官房報償費の出納に係る年月日,摘要(使用目的等),受領額,支払額,残額及び支払相手方等のほか,月分計(その月の受領額,支払額の各合計額)及び累計(その年度の受領額,支払額の各累計額及び当該年度の残額。ただし,出納管理簿を月ごとに作成する場合には,会計年度の年度当初から当該月の月末までの受領額,支払額の各累計額及び当該月の月末の残額)が記録され,内閣官房長官が月分計及び累計について確認をした趣旨の押印等がされている。 オ 内閣官房報償費については,月ごとにその支出を目的類型別に分類し支出額を記録してまとめた報償費支払明細書が会計検査院に提出される。 報償費支払明細書には,第1審判決別紙5のとおり,同明細書を提出した日付のほか,前月繰越額,本月受入額,本月支払額及び翌月繰越額(以下,これらが記録された部分を「繰越記録部分」という。)並びに取扱責任者である内閣官房長官の氏名が記録されており,さらに,政策推進費の繰入れ並びに調査情報対策費及び活動関係費の各支払に関する一覧表が記録されている。一覧表には,支払年月日,支払金額,使用目的(目的類型別の区分),取扱者名,備考及び支払金額についての合計額の各項目が設けられているが,このうち使用目的欄には具体的な使途等の記録はなく,支払相手方等の氏名又は名称の記録もない。 (4)上告人は,平成26年1月,情報公開法に基づき,内閣官房内閣総務官に対し,同24年12月から同25年12月31日までの内閣官房報償費の支出に関する本件各文書等の開示を求めたところ,内閣官房内閣総務官は,同26年3月24日付けで,上告人に対し,本件対象期間における内閣官房報償費の支出に関する本件各文書(本件対象文書)について,同法5条3号及び6号所定の不開示情報が記録されているとしてこれを開示しないなどとする本件決定をした。 3 原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断して,本件対象文書のうち政策推進費受払簿,出納管理簿(国庫からの内閣官房報償費の支出(受領)に係る記録部分を除く。)及び報償費支払明細書に係る本件不開示決定部分の取消請求を棄却し,これに係る開示決定の義務付けを求める訴えを却下すべきものとした。 (1)報償費支払明細書のうち調査情報対策費及び活動関係費の各支払決定に係る記録部分が開示され,支払決定日や具体的な支払金額が明らかになると,その支払相手方や具体的使途についても相当程度の確からしさをもって特定することが可能になる場合があるものと考えられ,これにより,内閣官房において内閣官房報償費を支出することをためらったり,支払を受ける相手方において協力を取りやめようとしたりすることが予測される。したがって,上記記録部分に記録された情報は,情報公開法5条3号又は6号所定の不開示情報に該当する。 (2)政策推進費受払簿並びに出納管理簿及び報償費支払明細書のうちそれぞれ政策推進費の繰入れに係る記録部分の各開示によって明らかになる情報自体からは,政策推進費の支払相手方や具体的使途まで判明するわけではないが,ある時期に繰り入れられた政策推進費が繰入れに近い時期に全額又は大部分の額が支払われるような場合には,その支払額と支払時期が相当程度特定され,又は推認されることになる。また,出納管理簿のうち月分計部分及び累計部分並びにそれぞれに対する内閣官房長官の確認印部分(以下「月分計等記録部分」という。)や報償費支払明細書のうち繰越記録部分が開示され,内閣官房報償費の各月における支払合計額,年度末における残額等が明らかになると,推進しようとしている政策や施策,内閣官房報償費の支払相手方や具体的使途についても,相当程度の確からしさをもって特定することが可能になる場合があるものと考えられる。したがって,政策推進費受払簿並びに出納管理簿及び報償費支払明細書のうち上記記録部分にそれぞれ記録された情報は,情報公開法5条3号又は6号所定の不開示情報に該当する。 4 しかしながら,原審の上記3(1)の判断は是認することができるが,同(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。 (1)内閣官房は,我が国の国政上の重要事項や内閣の重要政策に関する企画,立案及び総合調整,情報の収集及び分析,危機管理等をつかさどる機関であるところ,これらの事務を的確に行うために,内閣官房は,内閣官房長官によるその時々の政策的判断に基づき,内政上及び外政上の重要政策の関係者に対し非公式に交渉や協力依頼等を行い,あるいは,重要事項につき外部からの情報収集を行うなどの様々な活動に及ぶことがあり,内閣官房報償費は,そのような活動を円滑かつ効果的に遂行するために必要な経費について支出されるものということができる。 そして,一般に,内閣の行う政策や施策は,我が国の内政及び外政の根幹に関わるものとして,絶えず関心が寄せられるものであり,取り分け内閣官房報償費の支出の対象となるような重要政策等に関しては,特に高度の関心が寄せられ,様々な手段により,これに関連する情報の積極的な収集,分析等が試みられる蓋然性があるものというべきである。 重要政策等に関して内閣官房から非公式の協力依頼等を受けた関係者は,上記のような事柄の性質上,自らが関与するなどした事実が公にならないことを前提にこれに応じることが通常であると考えられる。そうすると,上記事実に関する情報又はこれを推知し得る情報が開示された場合には,当該関係者からの信頼が失われ,重要政策等に関する事務の遂行に支障が生ずるおそれがあるとともに,内閣官房への協力や情報提供等が控えられることとなる結果,今後の内閣官房の活動全般に支障が生ずることもあり得る。また,このような関係者等の氏名又は名称が明らかになると,これらの者への不正な働き掛けが可能となり,その安全が脅かされたり,情報が漏えいしたりすることによって,内閣官房の活動の円滑かつ効果的な遂行に支障が生ずるおそれもある。 (2)以上のことを踏まえて検討すると,報償費支払明細書のうち調査情報対策費及び活動関係費の各支払決定に係る記録部分が開示された場合,その支払相手方や具体的使途が直ちに明らかになるものではないが,支払決定日や具体的な支払金額が明らかになることから,上記(1)のような内閣官房報償費に関する情報の性質を考慮すれば,当該時期の国内外の政治情勢や政策課題,内閣官房において対応するものと推測される重要な出来事,内閣官房長官の行動等の内容いかんによっては,これらに関する情報との照合や分析等を行うことにより,その支払相手方や具体的使途についても相当程度の確実さをもって特定することが可能になる場合があるものと考えられる。 そうすると,上記記録部分に記録された情報は,これを公にすることにより,内閣官房において行う我が国の重要政策等に関する事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるものと認められ,さらに,上記情報のうち我が国の外交関係や他国等の利害に関係する事項に関するものについては,これを公にすることにより,国の安全が害され,他国等との信頼関係が損なわれ,又は他国等との交渉上不利益を被るおそれがあるとした内閣官房内閣総務官の判断に相当な理由があるものと認められる。 したがって,上記情報は,情報公開法5条3号又は6号所定の不開示情報に該当するというべきである。 (3)これに対し,政策推進費受払簿並びに出納管理簿及び報償費支払明細書のうちそれぞれ政策推進費の繰入れに係る記録部分が開示されても,政策推進費の繰入れがされた時期やその金額,政策推進費の前回の繰入時から今回の繰入時までの期間内における政策推進費の支払合計額等が明らかになるにすぎない。また,出納管理簿のうち月分計等記録部分及び報償費支払明細書のうち繰越記録部分が開示されても,内閣官房報償費の各月における支払合計額及び年度当初から特定の月の月末までの間の支払合計額のほか,年度末における残額が明らかになるにすぎない。 政策推進費の繰入れは,内閣官房報償費から政策推進費として使用する額を区分する行為にすぎないから,その時期や金額が明らかになっても,その後関係者等に対してされた個々の支払の日付や金額等が直ちに明らかになるものではなく,また,一定期間における政策推進費又は内閣官房報償費全体の支払合計額が明らかになっても,その支払が1度にまとめて行われたのか複数回に分けて行われたのか,支払相手方が1名か複数名かなどについては明らかになるものではないことからすると,前記(1)のような内閣官房報償費に関する情報の性質を考慮しても,これによって内閣が推進しようとしている政策や施策の具体的内容,その支払相手方や具体的使途等を相当程度の確実さをもって特定することは困難であるというほかない。以上のことは,本件対象期間に係る政策推進費受払簿の記載上,政策推進費の繰入れがほぼ毎月2回又は3回の頻度で行われ,次の繰入れがされるまでに残額が0円となるような運用がされている期間があるという事情によっても,左右されるものではない。 したがって,上記の文書及び各記録部分に記録された情報は,情報公開法5条3号又は6号所定の不開示情報に該当しないというべきである。 5 以上によれば,政策推進費受払簿,出納管理簿のうち政策推進費の繰入れに係る記録部分及び月分計等記録部分並びに報償費支払明細書のうち政策推進費の繰入れに係る記録部分及び繰越記録部分に係る本件不開示決定部分が適法であるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,この点に関する論旨は理由がある。そして,内閣官房内閣総務官が上記の文書及び各記録部分について開示決定をすべきであることは明らかであるから,これに係る上告人の本件不開示決定部分の取消請求及び開示決定の義務付け請求は,いずれも認容すべきである。他方,報償費支払明細書のうち調査情報対策費及び活動関係費の各支払決定に係る記録部分に係る本件不開示決定部分が適法であるとした原審の判断は,是認することができ,これに関する上告人の上告は理由がない。また,上告人のその余の請求に関する上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除された。したがって,原判決を主文第1項のとおり変更することとする。 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官Aの意見がある。 裁判官Aの意見は,次のとおりである。 私は,本件において開示されるべき本件対象文書の範囲について,他の裁判官と結論を同じくするものである。しかしながら,この結論に至る過程において考えたことがあり,それは本来は受理決定又は不受理決定に付すべきものかもしれないが,その内容に鑑み,あえてここで申し述べておきたい。 情報公開法における部分開示に関しては,最高裁平成13年3月27日第三小法廷判決・民集55巻2号530頁(以下「平成13年判決」という。)において説示された「独立一体的情報論」すなわち「『独立した一体的な情報』かどうかを基準として『これを更に細分化してその一部のみを非公開としその余の部分を公開しなければならないものとすることはできない。』とする議論」が引き合いに出されることが多い。原審においても,この検討が行われている。しかし私は,この独立一体的情報論については,第一に,その独立一体と捉える情報の範囲が論者あるいは立場によって異なるばかりか,第二に,情報公開の観点からの個々の情報の牽連性を十分に考慮できないという技術的な問題があることに加えて,第三に,そもそも不開示の範囲が無用に広がり過ぎるおそれがあるという情報公開法の本旨に反する本質的な問題があるように考えている。 例えば,情報公開が求められている文書の中に,支出した①年月日,②相手方,③予算の区分についての情報があり,そのうち②については情報公開法5条各号に該当することが明らかである場合を考えてみたい。当然,②は不開示となるが,①も,③と突き合わせることによって②が合理的に推察できるのであれば,これも同条各号に該当するものと解されることから,やはり不開示にすべきものとなる。その結果,③は,仮に①が開示されていればこれと突き合わせることによりやはり②が合理的に推察できることとなって不開示の対象となったはずのものではあるが,その①が不開示となったことから,③だけでは同条各号に該当しないということであれば,③は開示すべきものとなる。 ところが独立一体的情報論をこのようなケースに適用すれば,個々の情報のどれが情報公開法5条各号に該当するかという本来行われるべき解釈論を離れて,まずどこからどこまでの情報が独立一体的情報かという抽象的な議論が先行してしまいがちである。その結果,①から③までの関係性が個々に検討されることなく,およそその全てが全体として独立一体的情報として取り扱われることが概ね考えられる結末ではないかと思われるが,それでは,ここに掲げたような相互の情報又は事項の関係性を踏まえた分析的な法解釈をする余地がなくなってしまうという大きな問題がある。 最高裁平成19年4月17日第三小法廷判決・裁判集民事224号97頁のB裁判官の補足意見中に,「ある文書上に記載された有意な情報は,本来,最小単位の情報から,これらが集積して形成されるより包括的な情報に至るまで,重層構造を成すのであって・・・行政機関が,そのいずれかの位相をもって開示に値する情報であるか否かを適宜決定するなどということは,およそ我が国の現行情報公開法制の想定するところではない」とあるのは,あるいは,私が上記で述べたようなことを別の表現で指摘したものではないかと推察している。だから私は,ア・プリオリに,独立一体的情報はどこまでかという無用の議論をするのではなく,むしろ「一般的に,文書の場合であれば文,段落等を,図表の場合であれば個々の部分,欄等を単位として,相互の関係性を踏まえながら個々に検討していき,それぞれが情報公開法5条各号に該当するか否かを判断する。」ということで,必要かつ十分であると考えている。 |
最高裁判所第二小法廷 |
第1 | はじめに
本件は,毎年,年間14億6千万円もの巨額の税金が全く使途を公開せず支出されている内閣官房報償費に関する支出関係文書に関する不開示決定処分の取り消しを求める事件である。同種の事件が本件を含め3件係争中であるところ,本件はその3件目の事件である(第3次訴訟)。 原判決があるまで,先行する2件の訴訟の各一審・控訴審判決及び本件の一審判決の5件の下級審の司法判断が下されたところ,そのいずれもが(範囲に一部相違はありこそすれ)行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「情報公開法」という)の趣旨,理念に基づき,内閣官房報償費の支出関係文書について一部の開示を命じた。なお,先行する2件の控訴審判決については,各訴訟の一審原告及び国の双方が上告等の手続をとり,最高裁第二小法廷に係属している(第1次訴訟/第2次訴訟)。 しかしながら,6件目の下級審の司法判断となった原判決は,これまでの5件の判決とは全く異なる,極めて不当な判断を下した。すなわち,不開示決定処分の一部について取り消した(また一部の開示処分の義務づけを認めた)一審判決を変更し,実質的に支出関係文書の全てについて不開示としたのである。かかる原判決の判断は支出に関する情報が完全にブラックボックスとされてきた内閣官房報償費を元に戻すものであり,法的にも,情報公開法5条6号及び3号,並びに,6条1項及び2項の法令解釈に誤りがあるもので,また最高裁判例に相反しており,全面的に破棄されるべきである。 前記のとおり,先行する2件の控訴審判決では一部の開示が認められており,原判決とは判断が分かれている。最高裁は,事実と情報公開法の趣旨に基づいた正当な法令解釈を示し,この特異な原判決を破棄して,一連の内閣官房報償費支出関係文書情報公開請求訴訟に決着を図ることを強く期待する。 以下では,情報公開法5条6号及び3号(不開示事由)の法令解釈の誤り(以下「第2」),並びに,情報公開法6条1項及び2項(部分開示)の法令解釈の誤り及び最高裁判例に相反すること(以下「第3」)について,順に述べる。 |
第2 | 情報公開法5条6号及び5条3号の法令解釈の誤り(上告受理申立理由①,なお報償費支払明細書について一部重大な経験則違背) |
1 | 情報公開法5条6号の法令解釈の誤り(総論) |
(1) | 情報公開法5条6号の法令解釈の一般原則について |
ア | 情報公開法5条は,「個人情報」等を始めとして,開示請求があった場合にも,その開示を拒否しうる不開示事由を1号から6号まで定めている。
そして,この情報公開法5条6号はいわば不開示事由の一般条項的役割を果たしており,開示請求の対象となった文書を「公にすることにより,・・当該事務又は事業の性質上,当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの」と判断できるときには,不開示とすることができることになる。 行政機関の保有する情報は,極めて広範囲にわたり,その情報の性質も複雑多岐にわたることから,不開示事由を厳格に限定列挙することは困難であることから,一定の程度は抽象的な基準の設定とならざるをえない。 しかし,同時に,一定程度の抽象的な基準であるがゆえにこそ,この不開示事由を定める法文の解釈に際しては,次の諸点に注意を要する。 |
イ | まず,情報公開法はその第1条の目的規定にあるように,「国民主権の理念にのっとり」,「行政機関の保有する情報の一層の公開を図り,もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責任を全うさせ」,「国民の適格な理解と批判の下にある公正で国民的な行政の推進に資することを目的」としている。この目的から当然のごとく情報の公開こそが原則であり,不開示は格別の合理的根拠のある場合の例外としてのみ認められるものとされるべきである。
現に,情報公開法5条は,同条1号ないし6号の不開示情報を限定列挙した上で,それ以外の情報については,行政機関の長にその開示を義務付けるという法文の構造をとっている。これは開示を原則とし不開示を例外とすることを示すものである。 以上より,前記のような行政情報の多様性・複雑性・広範性のゆえに情報公開法5条6号のような一般条項的な不開示事由の定めをしているものの,その解釈に際しては,行政機関に広範囲の裁量を与える趣旨の規定であると解することは決して許されず,不開示事由を定める情報公開法5条6号の解釈自身においても開示を原則,不開示を例外とする厳格な解釈をとるべきである。 |
ウ | 上記は,情報公開法の制定経過にも合致した解釈である。
すなわち,情報公開法の制定過程上の要綱案に至る中間報告では,対象文書を「開示することにより,当該事務若しくは事業又は将来の同種の事務若しくは事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの」を不開示事由として規定していた。しかしその後,①「当該事業又は事業の性質上」との文言を付加して,事務又は事業の客観的性質上からして,情報の開示と相容れないものに不開示情報を限定する趣旨の修正がなされ,②さらには,「将来の」との文言により過剰な推測による支障のおそれの拡大解釈を防ぐために,「将来の」との文言をあえて削除した。 かかる経過からしても,不開示事由に関する情報公開法5条6号の解釈については,国民主権の実質化・内実化に不可欠な行政情報の公開の原則に則した厳格な限定解釈が要求されるというべきである。 |
(2) | 情報公開が「国の事務または事業の適正な遂行」を担保するものであるとの観点からも不開示事由の限定解釈が求められる |
ア | 内閣法は,その1条1項において「内閣は,国民主権の理念にのっとり,日本国憲法第73条その他日本国憲法に定める職権を行う。」と定め,憲法73条は,「内閣は,他の一般行政事務の外」,「法律を誠実に執行し,国務を総理すること。」を含め7つの事項を例示した上で「事務を行ふ。」と定めている。したがって,内閣は,「国民主権の理念にのっとり」,一般行政事務および憲法の定める事務を行う必要があり,「法律を誠実に執行」しなければならない。 |
イ | 憲法は,その前文と1条で国民主権主義を採用し,また,前文では「そもそも国政は,国民の厳粛な信託によるものであって,その権威は国民に由来し,その権力は国民の代表者がこれを行使し,その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり,この憲法は,かかる原理に基くものである。われらは,これに反する一切の憲法,法令及び詔勅を排除する。」と宣言し,国政が主権者の意思に基づく民主主義を採用している。そして,前記(1)イで述べたとおり,いわゆる情報公開法は,憲法の国民主権の理念にのっとり情報公開を制度化したものであり,これは主権者国民の意識に基づく民主主義のための制度でもある。
また,憲法は,表現の自由を保障している第21条等の規定により「知る権利」を保障している,と解するのが学説における通説である。この「知る権利」は,通説によると抽象的な権利にとどまるが,この立場によると,法律によって具体的な権利になると解されている。情報公開法は「知る権利」という文言を使用してはいないものの,「行政文書の開示を請求する権利」(1条,3条)を明記し,憲法の抽象的な権利としての「知る権利」を具体的な権利にしている。 したがって,情報公開法は,「行政文書の開示を請求する権利」を明記することを通じ,実質的には憲法の「知る権利」を具体化しているのである。 さらに,憲法は,91条において「内閣は,国会及び国民に対し,定期に,少なくとも毎年1回,国の財政状況について報告しなければならない。」と規定し,政府に対し国の支出を含め財政状況についての説明責任を課している。そして,情報公開法は,その第1条において「政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに,国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的とする」と規定し,その第5条において「行政文書の開示義務」を規定している。 したがって,情報公開法は,「行政文書の開示義務」を明記することを通じて,憲法の定める内閣の説明責任を具体化している,と解される。 |
ウ | 情報公開法5条6号は「国の事務または事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある」と不開示事由該当性について定めているが,その前提には,「国の事務または事業の適正な遂行」がなされることが予定されており,それは,単なる「国の事務または事業の遂行」ではなく,そこには「適正さ」が要請されている。
そもそも「国の事務または事業の適正な遂行」は,前述したように民主主義を帰結する国民主権の理念,国民の「知る権利」,政府の説明責任を前提に行われなければならないから,政府が情報公開することが不可欠であり,政府の情報公開は「国の事務または事業の適正な遂行」を担保するものであるる。言い換えれば,憲法とそれを具体化した情報公開法に基づいて適正に行われる政府の情報公開を抜きにしては,「国の事務または事業の適正な遂行」はありえない。 したがって,憲法とそれを具体化した情報公開法に基づいて適正に行われる政府の情報公開こそが,「国の事務または事業の遂行」の「適正さ」を担保するものである。 |
エ | 現代国家の民主主義は,以上の憲法と情報公開法に基づく政府情報の公開を前提とした情報民主主義でなければならず,「国の事務または事業の適正な遂行」は情報民主主義を実現するために行われなければならない。言い換えれば,情報民主主義を実現する「国の事務または事業の遂行」こそが「国の事務または事業の適正な遂行」と評しうることになる。
したがって,憲法と情報公開法に基づく政府情報の公開を前提とした情報民主主義を実現することこそが,「国の事務または事業の遂行」の「適正さ」を担保するのである。 |
オ | 以上のような,国の事務または事業の遂行の適正さを担保するため,憲法と情報公開法に基づく政府情報の公開を前提とした民主主義を実現する観点からしても,前記(1)で述べたとおり,情報公開法の行政開示義務の例外である不開示事由については,厳格な限定解釈が要求されるというべきである。 |
(3) | 情報公開法5条6号の不開示事由の解釈に関する原判決の誤り
原判決は,支障のおそれは,「単なる確率的な可能性ではなく(すなわち抽象的おそれではなく),法的保護に値する蓋然性が要求される」のに(原判決19頁,一審判決60~61頁),結局は「支障のおそれ」を単なる可能性の問題とする緩やかな解釈を実際には採用してしまっている。 つまり,「法的保護に値する蓋然性」とは「可能性」よりも支障の原因となる確率が当然のことながら高い場合を意味するものである。すなわち,少なくとも支障の発生が相当程度の確率で予見できるような場合こそが「法的保護に値する蓋然性」ありとして想定されているものである。ところが「可能性」の判断はそのような確率を必ずしも必要とせず,支障の発生の確率が非常に低い場合をも含んでいることになる。 文書に表示された情報Aから,事業遂行の支障の原因となる情報Bを推認することが通常容易にできるような場合こそが,「法的保護に値する蓋然性」があると言える場合であり,表示された情報Aから,事業遂行の支障の原因となる情報Bを実際には容易に推測することなどできず結局は単なる憶測や単なる推測が可能な程度であったり,「第三者の不正行為」を介在させることで初めて推認することができるような場合にまで,内閣の事業遂行の支障について「法的保護に値する蓋然性」があるとは到底いい難い。 原判決は,「支障を及ぼすおそれ」は,まず名目的なものではたりず実質的なものが要求され,「おそれ」の程度も単なる確率的な可能性ではなく,法的保護に値する程度の蓋然性が要求されるとする確定した判例理論に言葉では立脚しつつも,実際の本件での適用に際しては,「相当程度の確からしさをもって特定」などという言葉を用いて結局は単なる「推測」「推測」によって支障のおそれがあるとしたり,不正工作論を介在させることで連鎖的に「支障を及ぼすおそれ」が生じうる事情を拡大したりして判断している。 これらは,法的保護に値する蓋然性が必要としながら結局は単なる確率的可能性(抽象的おそれ)によって情報公開法5条6号該当性を満たすとした解釈をとっているものであり,不開示事由該当性を制限している情報公開法の趣旨を没却する法令解釈の誤りであるといわなければならない。 この点,前記第2次訴訟の控訴審に出廷した元内閣総務官・C証人は,「これは内閣官房報償費の特殊な性格なのかもしれませんけれども,国の内外の重要な政策課題について官房長官が高度に政策的な判断の下で執行される経費だということでありますから,それはやっぱりいろいろなことを心配をする,少なくとも私はそういう気持ちでおりました」(甲25・第1次訴訟の控訴審のC証人尋問調書17頁)と証言している。この証言の特徴は,まさに不開示事由該当性の判断に際して,個別的・具体的に当該情報の開示により「支障を及ぼすおそれ」が発生するか否かを具体的に検討するのではなく,あれやこれやと「いろいろなことを心配する」という抽象的な不安感(単なる確率的可能性)に基づいて,不開示事由該当性を判断していることを如実に示している。このような不開示事由該当性判断をなすことは,情報公開法5条6号の法令解釈を誤ったものである。 |
(4) | 具体的な対象文書に関する情報公開法5条6号の解釈・該当性判断の誤り
なお,後記3以下において,具体的な対象文書ごとに,情報公開法5条6号の法令解釈・該当性判断の誤りを述べる。 |
2 | 情報公開法5条3号の法令解釈の誤り(総論) |
(1) | 原判決は,対象文書に情報公開法5条3号の「国の安全が害される」等の「おそれ」があることについて,行政機関の長において同号の規定する情報を記録した文書にあたる根拠となる事実を主張,立証する責任を負うとしながら,これは一般的,類型的に見て同号所定のおそれがあると判断される事情を主張,立証すれば足りるとした。また,同号該当性の判断には行政機関の長に一定の裁量が認められるとして,請求者側で一般的類型的にみて同号所定のおそれがあるとはいえないことの根拠や事情について主張,立証することにより,行政機関の長に裁量の逸脱や濫用があることの違法をいうことができるとした(原判決20~21頁)。
これらの解釈は,結局のところ同条3号の不開示事由を広く認めることを可能とする解釈をとっていることを意味し,実質的には請求者側に不開示事由に該当しないことの主張,立証責任を課しているのと同じである。 しかし,前述の同条6号の解釈について述べた不開示事由は公開の原則の例外として限定的に解釈すべきということは,同条3号についても妥当すべき大原則である。原判決は結局,安全保障上,外交上の情報の特殊性をことさらに過大視し,行政機関の長の広い裁量にゆだねるという法令解釈の誤りに陥っている。 |
(2) | また,そもそも本件において,相手方国は,外形的にも概括的にも,どの文書が,安全保障上,あるいは外交上の情報であるのかさえ,主張・立証していない。このような事態の下では,「国の安全が害される」等の「おそれ」等の判断に関する行政機関の長の裁量の逸脱や濫用を裏付ける基礎的事実自身を請求者(国民)の側で把握することすらできない。
すなわち,原判決のこの点に関する判断は,相手方国が上記主張・立証をしないがために,請求者(申立人)によって主張・立証の対象すら把握できず不可能を強いるものである。ひいては,同法5条3号の不開示事由該当性判断に関する無制限の裁量権を行政機関の長に与えるものであり,情報公開法の立法趣旨を完全に没却した法令解釈の誤りである。 |
3 | 政策推進費受払簿に関する情報公開法5条6号及び3号の解釈・該当性判断の誤り |
(1) | 原判決が政策推進費受払簿を非開示とした理由 |
ア | 政策推進費受払簿とは
毎月1回(単位としては数としては2回に分けられている),国庫から取扱責任者である内閣官房長官に内閣官房報償費がほぼ1億円支払われている。この支払日時,金額はすでに公表されている。 そして,政策推進費は国庫から入金された官房報償費が官房長官が「施策の円滑かつ効果的な推進の為に官房長官として高度な政策判断により機動的に使用することが必要な経費」として政策推進費として繰り入れする費用であるといわれている。いわば,内閣官房報償費の入った「金庫」から,政策推進費の入った「金庫」に物理的に分ける(区分する,組み入れる。甲30・第2次訴訟一審のD証人尋問調書30頁)ことにより完了する費用である。そして,この組入れ当時に作成する文書が政策推進受払簿である。 同文書から判明するのは,区分当時の政策推進費の「組入れ年月日」,「前回残高」,「前回から今回までの支払額」,「現在残高」,「今回繰入額」,「現在合計額」である。その後,政策推進費の入った「金庫」から,誰を通じて,誰にいくらの金額が交付されたかは一切判明しない(当事者間に争いがない)。 |
イ | 原判決が政策推進費受払簿が開示された場合に情報公開法5条6号及び3号の「業務への支障を及ぼすおそれ」,「国の安全が害される」等の「おそれ」があると解釈した理由 |
(ア) | 原判決は,政策推進費受払簿が開示されることにより,下記(イ)の理由によって,政策推進費の支払相手方と具体的使途が「特定」又は「相当程度の確からしさをもって特定」されるものが含まれるため,内閣による情報収集や協力依頼といった活動全般に支障を来すこととなるとして,情報公開法5条6号及び3号に該当するとした(原判決32頁)。
他方で,同条3号については,仮に「特定」又は「相当程度の確からしさをもって特定」に至らない場合であっても,「様々な推測や憶測がされることによって,外政事案に関係する者が内閣の関係者との接触に萎縮し,あるいは必要以上に警戒するなどして,内閣においてその協力を得にくくなり,今後の重要な外政事案に関する内閣による情報収集や協力依頼といった活動全般に支障を来すこととなる」と判断し,同号に該当するとしたのは内閣総務官の裁量権の範囲内(逸脱濫用はない)と判断している(原判決36頁)。 |
(イ) | 原判決の判断理由 |
a | 内閣が推進しようとしている政策や施策,その支払相手方と具体的使途についても,相当程度の確からしさをもって特定することが可能になる |
① | 「政策推進費受払簿の記載上,繰り入れがほぼ各月ごとに2回又は3回の頻度行われ,いずれの繰入れも次の繰入れがされるまでに残額が0円になるような運用がされている期間があると認められるところ,ある時期に繰り入れられた政策推進費が繰り入れに近い時期に全額あるいは大部分の額が支払われるような場合には,その支払額と支払時期が相当程度特定ないし推認されることになる」(原判決32,34頁)ということから, |
② | 「当該時期の国内外の政治情勢や政策課題,報償費が使用されているものと考えられる出来事,内閣官房長官の行動等の内容いかんによっては,推進しようとしている政策や施策,その支払相手方や具体的使途についても,相当程度の確からしさをもって特定することが可能になる場合があるものと考えられる(原判決32,34頁)。 |
b | 上記aの特定を加重する事情として「多数の情報を有する者」,「過去の情報の集積」により「確からしさの程度は高まる」という判断 |
① | 「その支出について報道機関,内外の関係機関,関係者からの注目度が高いことからすると,開示請求者,報道機関,専門的な情報機関等が関連する情報を多数有していることは十分ありうるところであるから,それらの情報と政策推進費受払簿に記載された上記の情報とを照合,分析することにより,上記の確からしさの程度は一層高まるものと言うべきである」,「政策推進費受払簿にある繰入額の推移や支払額についての情報を一定の長期にわたり集積し,内閣の推進しようとした政策や施策と照合,分析することによっても,確からしさの程度を高めることができるものということができる」(原判決32,35頁) |
② | 「内閣官房報償費への注目度の高さからして,関連する情報を違法又は不当に入手しようとする者が存在することも,無視することができない」(原判決31~32,35頁) |
c | 「国の安全が害される」等の「おそれ」の判断(同条3号に関して)
「様々な推測や憶測がされることによって,外政事案に関係する者が内閣の関係者との接触に萎縮し,あるいは必要以上に警戒するなどして,内閣においてその協力を得にくくなり,今後の重要な外政事案に関する内閣による情報収集や協力依頼といった活動全般に支障を来すこととなると内閣官房内閣総務官が判断することにも一定の合理性があるといえる」(原判決35~36頁) |
(2) | 政策推進費受払簿を開示することにより情報公開法5条6号及び3号の「業務への支障を及ぼすおそれ」,「国の安全が害される」等の「おそれ」があるとの原判決の法令解釈の誤り |
ア | 前記(1)イ(イ)a①の判断の誤り |
(ア) | 原判決は,「ある時期に繰り入れられた政策推進費が繰り入れに近い時期に全額あるいは大部分の額が支払われるような場合には,その支払額と支払時期が相当程度特定ないし推認されることになる」とするが(原判決32頁),この判断が誤りである。 |
(イ) | 第1に,政策推進費は内閣官房報償費が内閣官房に国庫から交付されて,その中から一定の金額を内閣官房長官のいわば「金庫」に繰り入れ(区分)をするだけである。したがって,仮にある時期の政策推進費受入簿が開示され,それ以前に区分した金額が「ゼロ」になっていたとしても,この期間に,以前に区分した金額が,「上記時期」に最終的に誰かに支出したことを意味しない。
この点,原判決は内閣官房長官が自ら直接,最終受取人に渡すことを想定している。すなわち,「ある時期に繰り入れられた政策推進費が繰り入れに近い時期に全額あるいは大部分の額が支払われるような場合には,その支払額と支払時期が相当程度特定ないし推認されることになる」という判示は,上記を前提にしている。 しかし,内閣官房長官が政策推進費を自ら最終受取人に交付しているとはおよそ考えられない。内閣官房長官が特定の相手にカネ(内閣官房報償費)を交付するほど,日本の政治文化が劣化していない。このようないわゆる「裏ガネ」になるような政策推進費を,直接手渡す文化が我が国に存在しないのは公知の事実である。内閣官房長官が直接カネ(内閣官房報償費)を第三者に交付するとなると,まさにそれは政策をカネ(内閣官房報償費)で買収することが双方に明らかになるのみならず,もし万一それが公表されれば,政権が吹き飛ぶほどの大スキャンダルになるからである。 ちなみに内閣官房長官室の幹部職員は多数存在する。官房副長官(3名),官房副長官補(3名),その下で多数の「各室,チーム,対策室,事務局」などが組織され(添付資料1参照),多数の職員が在職している。 このうち内閣官房報償費を,政策課題別に,そのうちの「各室,チーム,対策室,事務局」の職員を通じて最終受取人に交付するのか,又は,さらに「匿名」の誰かから最終受取人に交付するのかは,一切明らかではない。 そうすると,内閣官房長官の金庫から,官房長官の判断で「一定の金額を○○に支払うように」と内閣官房の職員達に支払を指示し,その金額をその職員らに交付して,最終受取人に交付されるまで相当期間が介在することは明らかである。原判決が判断したように,前回区分された政策推進費が仮にゼロになっていたとしても,その前回区分された政策推進費が,その期間に「最終受取人」に支出したことにならない。又「ある時期に繰り入れられた政策推進費が繰り入れに近い時期に全額あるいは大部分の額が支払われる」ことにもならない。 |
(ウ) | 第2に,官房長官は「上記期間内」に政策推進費を誰かに支出するという判断をしたとしても,当時の「政策推進費の区分の時期の内閣の課題,施策」について支出するとは限らない。すなわち,過去の内閣の課題,施策への情報入手の対価かもしれないし,将来の課題,施策への対価の場合もあるのである。
平成21年9月4日(国の支出決定日)から9月16日までの間に当時のE官房長官が2億5千万円を内閣官房報償費として支出したが,この件の情報公開請求裁判(第2次訴訟)において,元内閣総務官・D証人は次のように述べている。 「ある案件に関する情報収集の活動の途中で,将来の活動費用等を支払う場合もあり得ますし既に生じている活動費用についていわゆる後払いで清算する場合もありえます。必ず対象期間に発生した重要案件や出来事に関するものとは限りません。又その期間における活動の対価等に限られるわけでもありません」(甲29・6頁以下)。 すなわち,ある時期に政策推進費が区分されていたとしても,その支払いの対象が過去の政策課題か,現在の将来課題か,また将来の政策課題か,いずれかの特定はできない。原判決は,それが可能という前提で論理を展開しているが,その前提がない以上,原判決の判断は明らかに誤りである。 |
イ | 前記(1)イ(イ)a②の判断の誤り |
(ア) | 原判決は,「当該時期の国内外の政治情勢や政策課題,報償費が使用されているものと考えられる出来事,内閣官房長官の行動等の内容いかんによっては,推進しようとしている政策や施策,その支払相手方や具体的使途についても,相当程度の確からしさをもって特定することが可能になる場合がある」と判示するが(原判決32頁),これもまた誤りである。 |
(イ) | まず第1に,「当該時期の国内外の政治情勢や政策課題」から推測しても,その課題は多種多様であり,政策推進費を交付するであろう「政策課題」,「出来事」の特定がそもそも困難である。内閣官房が推進する「政策課題」や「出来事」によって推定するとしても,それもまた極めて多様で多種であり,特定はもちろん,相当程度の確からしさをもって特定することも不可能である。 |
a | 所管法令について
内閣官房のホームページ(http://www.cas.go.jp/)から内閣官房が推進する政策課題を見ると,所管法令だけでも「安全保障,事態対処・危機管理に関する法令」,「IT社会化推進に関する法令」,「サイバーセキュリティに関する法令」,「地域活性化に関する法令」,「知的財産戦略の推進に関する法令」,「北朝鮮拉致被害対策に関する法令」,「行政改革・特殊法人改革に関する法令」,「道州制に関する法令」,「総合海洋政策に関する法令」,「宇宙開発利用に関する法令」,「新型インフルエンザ等対策に関する法令」,「特定秘密の保護に関する法令」,「国家公務員の人事管理に関する法令」等,多数の法令を所管していることは公知の事実である(http://www.cas.go.jp/jp/hourei/index.html)。 |
b | 政府が重要とする「政策課題」が多数ありかつ多様であること
また,政府が重要とする「政策課題」に関してその遂行に必要な現実の為の活動は実に多種多様である。 ちなみに,内閣官房が政策課題の遂行に必要な「主な本部・会議体」を見ただけでも多数ある(添付資料2)。この中から政策推進費が交付されるであろう政策課題を特定することはそもそも極めて困難である。 その中の,例えば本件で一審原告が情報公開請求をしている平成25年1月1日から平成25年12月末までの間のおける政策推進費受払簿の政府の重要政策になっているTPPの問題をみても,「TPPに関する主要閣僚会議」は平成25年3月22日から同年12月までの間に9回の会議が行われている(http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/index.html,添付資料3)。 これらの会議でその都度外国における「マレーシア,ブルネイ,ワシントン,バリ島,シンガポール閣僚会議など国外での交渉会議」に向けて対策を検討している。この外国と交渉などに際して,もし内閣官房長官が必要と考えれば支給対象の交渉になるかもしれないし,そうでもないかもししれない(いくら政府の政策推進に重要であっても,外国の要人に政策推進費を配って我が国に有利な交渉条件を引き出すなどカネで買収することなどはありえないと思われる)。 そして,「交渉会合関連情報」は多数回にわたり,多くの国の関係者と交渉している(添付資料4の14頁以下参照)。政策推進費が外国との交渉に際して,その交渉の相手国の情報を入手しようとして政策推進費を支払うかもしれないし,支払わないかもしれない。 仮に支給対象になる交渉でも,多数の相手国があり,その中の「どの国」の「誰に」政策推進費を交付するかの特定などおよそ不可能である。 さらに,「TPP政府対策本部」においては多数の諸活動が行われている(http://www.cas.go.jp/jp/tpp/index_archive.html,添付資料4)。 この「TPP政府対策本部」の活動の中に,「TPP関係団体等への情報提供」があり,平成25年6月~12月まで6回の説明会が行われている(添付資料4の1頁参照)。 単なる説明会ならば政策推進費の支給は不要かもしれないが,もし「意見募集」や「質疑応答」などが行われれば,政府に都合の良い団体,人物に「サクラ」の為の質問,意見募集などを要請して,政策推進費を支払うかもしれないし,支払わないかもしれない。どのような団体,個人が説明会に参加するかの「情報収集」が必要かもしれないので参加者以外の者への情報収集の対価が必要かもしれないし,必要がないかもしれない。 「各団体からの意見募集,提出」(添付資料4の1頁参照)も同じようにTPP推進の為の団体,個人からの意見募集をする為に政策推進費が支払うかもしれないし支払わないかもしれない。 このように,TPP関連会議,対策などが毎月の中でもかなりの頻度で行われている以上,ある月の「各団体からの意見提出」の集会の前の政策推進費が○○万円が官房長官の「金庫」に繰入されたとしても,その政策課題の為に支出されたのか,又は別の官房が推進している別の「政策課題」に支出されたのか,全くわからない。仮にTPPの「各団体からの意見提出」の集会に支払うという「憶測」はできても,同時に「別の政策課題」と憶測することも可能なのである。 したがって,どのような政策課題で,どの時期に,どのような場面で,誰に交付するかなどは原判決が言うように「推進しようとしている政策や施策,その支払相手方や具体的使途についても,相当程度の確からしさをもって特定することが可能になる場合がある」という判断はおよそ不可能である。 |
(ウ) | 第2に,「内閣官房長官の行動等の内容」から最終受取人を特定,相当程度の確からしさをもって特定される」ことも不可能である。
前記ア記載のとおり,政策推進費は内閣官房長官が自ら最終受取人に交付するならその行動を特定することは意味があるが,前記のとおり,内閣官房長官自らが政策推進費を交付していることはおよそ考えられない。そのため,内閣官房長官の行動等からおよそ政策推進費の最終受取人を特定又は推測することなど不可能なのである。 また,内閣官房長官が政策推進費が区分(繰り入れ)された「金庫」から内閣官房長官の判断で「一定の金額を○○に支払うように」と内閣官房の職員達に支払を指示し,その金額をその職員に交付して同「金庫」がゼロになったとしても,最終受取人に交付されるまで相当期間介在することになるのであるから,その意味でも内閣官房長官等の行動から政策推進費を特定することはもちろん,相当程度の確からしさをもって特定することなども不可能である。 |
ウ | 前記(1),(イ)b①②の判断についての誤り |
(ア) | 前提事実においても特定はもちろん,相当程度の確からしさをもって特定することもできない以上,これを加重する事情(多数の情報を有する者の存在や過去の情報の集積など)が加味されたところで,その前提事実が欠ける以上,「特定」「相当程度の確からしさをもって特定する」ことも不可能であることは論理必然である。 |
(イ) | 原判決は「過去の情報の集積」などというが,すでに今まで内閣官房報償費が支出されたとしてマスコミに報道された出来事がある(詳細は甲19・申立人F陳述書参照,例えば,内閣総理大臣や元総理への支払,自民党の幹事長への支出,国会対策委員長などへの支出,国会議員のパーティー券の購入,与野党対決法案における与党議員や野党議員への交付,マスコミ記者への交付など)。しかしながら,これらの過去の「出来事」を前提にしても,開示された政策推進費の期間の「政策課題」「出来事」があったとしても,実際に支出された内閣官房報償費の支出の相手方や具体的使途を「相当程度の確からしさ」をもって特定することなどおよそ不可能である。たしかに,過去の内閣官房長官が当時内閣官房報償費を交付したことを認める旨の報道もあるが,仮に過去に内閣官房報償費が特定の使途で交付されていたとしても,同様に本件のG官房長官の時代にこれを交付しているかなど到底不明であり「憶測」以外にはありえない。
例えば与野党対決法案について,過去に与党議員や野党議員に政策推進費を交付した事実があったとしても,与党が絶対多数を占めているG官房長官時代に政策推進費を同様に交付する必要性などないので,交付していない可能性も高い。結局,内閣官房報償費という性質上,交付されて受け取った者が「もらった」旨自白し,同時に内閣官房長官もそれを認めない限り(認めなければ単なる憶測に終わる),およそ支出の相手方や具体的使途の特定,相当程度の確からしさをもって特定など不可能なのである。 |
(ウ) | また,いくら「内外の専門機関」,「過去の情報の収集」などが継続,蓄積されたとしても,政策推進費がどのような「政策課題」について,どのような「出来事」に対して交付するのかに関し大凡の「基準」すら一切開示されていないことからすれば,政策推進費を支出した政策課題,出来事,最終受取人の特定はもちろん,相当程度の確からしさをもって特定すら不可能である。原判決は無理にこじつけをして,「特定」,「相当程度の確からしさの特定」等という言葉を用いて,上記事情を無視して「憶測」で判断していると言える。 |
(エ) | 「内閣官房報償費への注目度の高さからして,関連する情報を違法又は不当に入手しようとする者が存在することも,無視することができない」という理由は理解不能である。本件対象文書の開示と相当因果関係がない事情を理由にした「考慮すべきでない事情を考量した」違法な判断と言える。
対象文書が開示されようとされまいと,違法,不当に入手する者はどこにでもいる。そのような違法行為を行う者が存在することを非開示の理由にすれば,どんな文書でも,非開示にできることになる。例えば個人情報など記載のある対象文書からその部分だけをマスキングして一部の文書を部分開示することはよくある。このマスキングされる以前の文書を管理する機関に「違法,不当に入手する者」がいるから,一切マスキング対象文書を開示しない扱いにするのが許されないのと同じ論理である。原判決の判断はこれだけでも誤りである |
エ | 原判決は内閣官房報償費(政策推進費も含む)の事務の本質を見ていない内閣官房報償費(政策推進費も含む)は,内閣官房長官が「内閣官房の事務を円滑かつ効果的に遂行するため,その都度の判断で,最も適当と認められる方法により,機動的に使用する経費」と定義するように,政策推進費の事務の性質から内閣官房長官の「時々の高度な判断」で交付するものであるから,ある時期の「政策課題」,「出来事」に関してこれを交付しても,時期が違えば,同じ「政策課題」,「出来事」であっても政策推進費を交付しない可能性もある。内閣官房長官の「高度な判断」という以上,時々の「判断」が異なることは当然にありうる。まして内閣官房長官が交代すれば同じ政策課題,出来事でも政策推進費を交付しない可能性もある。政策推進費の支出は事務の性質上,政府の政策課題などから,論理的,体系的,継続的な支出でない上に「官房長官の高度な判断」で支出する本質がある以上,言わば官房長官の「胸の中」を推し量る支出,言葉が悪いが政策推進費の支出は官房長官の気分次第の可能性もある支出であるので,その最終受取人などの特定,相当程度の確からしさをもって特定することなどは,その事務の性質上およそ不可能である。 |
オ | まとめ
結局,原判決は「特定」,「相当程度の確からしさ」等の言葉を用いているが,実質は「憶測」(確率的可能性)でしかないことを言葉だけをもてあそび,判断しているだけである。そして,上記意味での単なる「憶測」(確率的可能性)をもって内閣官房の事務の遂行や国の安全が害される等の具体的なおそれは存在しない。よって,政策推進費受払簿について,情報公開法5条6号,3号に該当するとした原判決の判断は,同各号の法令解釈を誤ったものである。 その点では,本件の一審判決や,第1次訴訟及び第2次訴訟の各大阪高裁判決他の法令解釈が正しい。 |
カ | 原判決の情報公開法5条3号の法令解釈・該当性判断の誤り(前記(1)イ(イ)cへの批判)
原判決は,情報公開法5条3号の法令解釈については,政策推進費受払簿の開示によって支出の相手方や具体的使途について仮に憶測しか生じないとしても,「様々な推測や憶測がされることによって,外政事案に関係する者が内閣の関係者との接触に萎縮し,あるいは必要以上に警戒するなどして,内閣においてその協力を得にくくなり,今後の重要な外政事案に関する内閣による情報収集や協力依頼といった活動全般に支障を来すこととなる」と判断している(原判決35~36頁)。しかし,この判断は完全に誤りである。 結局,前記のとおり,本件対象文書等が開示されようと,されまいと,内閣官房報償費や政策推進費について,我が国が民主主義国家である以上,マスメディア等で「様々な憶測」,「推測」がなされている(甲19・申立人F陳述書参照)。内閣官房報償費(政策推進費含む)の支出関係文書の情報公開により,「様々な憶測」,「推測」がなされることを理由に,外政事案に関する内閣官房の業務に「支障のおそれ」があると解釈してこれを非公開とすることができるならば,それは民主主義国家において,「様々な憶測,推測」を行う社会での情報公開を全否定することになる。すなわち,「様々な憶測」,「推測」があることで「国の安全が害される」等の「おそれ」があると判断することは,結局,情報公開法5条3号の「国の安全が害される」等の「おそれ」を抽象的なおそれでよい,としていることとなり,これは情報公開法5条3号の解釈を明らかに誤っている。 なお,そもそも相手方国は,外形的にも概括的にも,どの文書が,安全保障上,あるいは外交上の情報であるのかさえ,主張・立証していない。このような事態の下では,行政機関の長の裁量の逸脱や濫用を裏付ける基礎的事実自身を請求者(国民,申立人)の側で把握することすらできず,本件においても申立人に不可能を強いるものである。よって,本件において,上記相手方国の主張・立証がないことからしても,少なくとも「国の安全が害される」等の「おそれ」があるとして不開示決定処分をした内閣総務官の裁量判断に逸脱濫用があるといえるので,これに逸脱濫用がないとした原判決は情報公開法5条3号の法令解釈を誤ったものである。 この点でも,本件の一審判決や,第1次訴訟及び第2次訴訟の各大阪高裁判決他の法令解釈が正しい。 |
4 | 報償費支払明細書に関する情報公開法5条6号及び3号の解釈・該当性判断の誤り,重大な経験則違背 |
(1) | はじめに
原判決は,一審判決が開示を命じていた報償費支払明細書についても,一審判決を取り消し,情報公開法5条6号,3号の不開示事由があるものと判断した(原判決42~44頁)。 しかし,この判断は以下に詳論するように,明らかに情報公開法5条6号,3号の「支障を及ぼすおそれ」,「国の安全が害される」等の「おそれ」の法令解釈を誤ったものであり,破棄されるべきである。 |
(2) | 報償費支払明細書の性格,記載事項及び特徴
まず,前提として改めて報償費支払明細書の文書としての性格,記載事項,その特徴を整理すると,以下のとおりである。 |
ア | 報償費支払明細書は,月ごとに,内閣官房報償費の支出を目的類型別(政策推進費・調査情報対策費・活動関係費の抽象的な目的による三類型)に分類して支出額を記録してまとめたものである。内閣官房報償費については,会計検査院の検査を受けるものの,計算証明に関し計算証明規則11条に基づき特別の事情があるとして,同規則の規定とは異なる取扱いとして,報償費支払明細書を会計検査院に提出すれば,内閣官房報償費に係る支払相手方から提出された領収書等の証拠書類については,会計検査院から要求があった場合に提出が可能となるように証明責任者において保管することとする,計算証明が認められている。 |
イ | そして報償費支払明細書の様式によれば,報償費支払明細書には,上段部分に文書名((報償費)支払明細書),支払明細書を提出した日付に加え,前月繰越額,本月受入額,本月支払額,翌月繰越額の各記録(以下「支払明細書繰越記録部分」という。),取扱責任者である内閣官房長官の氏名が記録されているほか,下段部分に政策推進費,調査情報対策費及び活動関係費の各支出に関する一覧表が記録されている。この一覧表には,「支払年月日」,「支払金額」,「使用目的」(前記の目的類型別の区分,三類型),「取扱者名」,「備考」及び支払金額については「合計額」の項目が設けられている。これらの各項目については,基本的には政策推進費受払簿と支払決定書に記録された情報が転記されており,具体的には下段の,一覧表における「支払年月日」欄には,政策推進費受払簿及び支払決定書に記録された年月日が,「使用目的」欄には政策推進費,調査情報対策費及び活動関係費の別が記録されている。しかし,支払決定書とは異なり,調査情報対策費及び活動関係費の場合,「使用目的」欄には具体的な使途等の記録はなく,前記の抽象的な目的による三類型のみの記載で,また支払相手方等の氏名ないし名称の記録もないという大きな特徴がある。 |
ウ | 上記のことより明らかなように,報償費支払明細書に記載された情報には,使用目的について具体的な記載は一切なく,抽象的な三類型の目的の一つのみが記載されること,また支払金額も支払決定書ごとの合計金額が記載されるにすぎず,個々の支出の支払金額の特定ができないこと,さらには支払の相手方の氏名や名称の記載もないという大きな特徴があることとなる。 |
(3) | 適切な法令解釈をした一審判決
上記のような報償費支払明細書に記載されている情報の特徴を踏まえて,一審判決は,下段の一覧表の記載部分についても,上段の支払明細書繰越部分についても,それらが開示されても,個々の具体的支出の使途・目的や相手方を特定することができず,内閣の事業の遂行に「支障を及ぼすおそれ」はない,また「国の安全が害される」等の「おそれ」もない,と判断した(一審判決105~108頁)。 なお念のために,一審判決の判示の骨子は以下のとおりである。 |
ア | 一覧表の記録部分について |
(ア) | 政策推進費の繰入れの場合について
一覧表のうち政策推進費の繰入れの場合には,政策推進費受払簿に記録された情報が転記されており,政策推進費繰入れの日付,当該繰入れに係る金額が記録されるのみであるから,報償費支払明細書の政策推進費の繰入れに係る各項目についても政策推進費受払簿と同様に,不開示情報該当性は認められない(一審判決106頁)。 |
(イ) | 調査情報対策費及び活動関係費の支払決定の場合について
一覧表のうち,使用目的が調査情報対策費及び活動関係費の場合には,基本的に支払決定書に記録された情報が転記されており,支払決定書に記録された情報のうち,支払決定の日付,支払決定に係る金額,調査情報対策費及び活動関係費の別等が記録されているが,支払決定書とは異なり,支払相手方の記載や具体的な使途の記録はない。 したがって,報償費支払明細書中,一覧表のうち使用目的が調査情報対策費及び活動関係費の場合に記録された情報が開示されたとしても,支払相手方や具体的な使途が明らかになることはないから,これにより内閣官房の事務に何らの「支障を及ぼすおそれ」,「国の安全が害される」等の「おそれ」があるとは認められない(一審判決106~107頁)。 |
イ | 支払明細書繰越記載記録部分について
支払明細書繰越記録部分には,内閣官房報償費全体の前月繰越額,本月受入額(国庫から支出を受けた内閣官房報償費全額),本月支払額の合計,翌月繰越額が記録されているのみであるから,当該情報が開示された場合,特定の月において,支出された内閣官房報償費の合計額が明らかとなるのみであり,これにより内閣官房の行う事務の遂行に「支障を及ぼすおそれ」,「国の安全が害される」等の「おそれ」があるとは認められない(一審判決107~108頁)。 |
(4) | 原判決の情報公開法5条6号,3号の法令解釈の誤り,重大な経験則違背 |
ア | 以上のことから判明するように,一審判決は,不開示事由とされる事務の遂行についての「支障を及ぼすおそれ」,「国の安全が害される」等の「おそれ」の有無について,法的保護に値する具体的,実質的なものである必要があるとの判断の枠組とその基準として,開示によって,①支払の具体的使途や金額及び相手方が特定されるか否かという点を重視した上で,②単に憶測や推測が飛びかうことと,事務の遂行について「支障を及ぼすおそれ」,「国の安全が害される」等の「おそれ」があることとの区別を明確にしていること,③さらに開示された文書より明らかになる情報を基本として「支障を及ぼすおそれ」,「国の安全が害される」等の「おそれ」の有無を判断しており,みだりに第三者の不正行為の介在等の文書外の外在的諸事情を排除して判断していることである。
このように「支障を及ぼすおそれ」,「国の安全が害される」等の「おそれ」の有無を相手方国の主張するように国内外の情勢や内閣官房長官の行動等を踏まえると「特定」,「推測」が可能であるとか,不正工作者の介入を前提とした無限の連鎖によって拡大する解釈ではなく,限定的,制限的に解することこそが,情報公開法の趣旨に則した法令解釈であり,不開示事由の正当な解釈である。 ところが,以下に述べるように,原判決はこのような「支障を及ぼすおそれ」,「国の安全が害される」等の「おそれ」に関する判断枠組と基準を放棄して,情報公開法の不開示事由の誤った拡大解釈に陥っており,明らかに法令解釈の誤っており破棄は免れない。 以下さらに,具体的に原判決の誤りを述べる。 |
イ | まず原判決も,一審判決同様に,報償費支払明細書の開示によって,支払の具体的使途や金額及び相手方が判明する訳ではないとして,対象文書自身に記載された情報のみによっては,具体的な事務の遂行についての「支障を及ぼすおそれ」,「国の安全が害される」等の「おそれ」がないこと自身は認めているものと思われる(原判決42頁参照)。
しかし,支払決定日等が明らかになることによって,当該時期の国内外の政治情勢や政策課題,内閣官房長官の行動との照合や,第三者の違法・不正な手段による情報収集活動の存在を前提とすることによって,結局「個別の支払額,支払時期,支払の相手方,具体的使途が相当程度の確からしさをもって特定することが可能になるとして,「支障を及ぼすおそれ」,「国の安全が害される」等の「おそれ」を認めてしまっている。 これは,「支障を及ぼすおそれ」,「国の安全が害される」等の「おそれ」について,法的保護に値する程度の具体的な支障のおそれが必要との一般的な解釈論には立脚しつつも,その判断枠組と基準において,対象文書に記載された情報以外の外部の一般的な情報との照合や,第三者の不正行為の介在等によって,「支障を及ぼすおそれ」,「国の安全が害される」等の「おそれ」を結局は無制限・連鎖的に拡大する解釈であり,結局は抽象的おそれによって不開示事由該当性を認める法令の解釈をとったものであり,明らかに誤りである。 また,仮に外部の一般的な情報と照合したり,第三者の不正行為の介在等を考慮に入れたとしても,政策推進費(前記3)において述べたのと同様に,原判決が述べるような支払相手方や具体的使途を「特定」,「相当程度の確からしさでの特定」など不可能であって,原判決はこれらの言葉を用いていながら,実質は「憶測」(確率的可能性)でしかないことを言葉だけをもてあそび,判断しているだけである。そして,上記意味での単なる「憶測」(確率的可能性)をもって内閣官房の事務の遂行や国の安全が害される等の具体的なおそれは存在しない。 よって,いずれにしても,報償費支払明細書について,情報公開法5条6号,3号の「支障を及ぼすおそれ」,「国の安全が害される」等の「おそれ」に該当するとした原判決の判断は,法令解釈を誤ったものである。そして,情報公開法の趣旨・立法理由に則した「支障を及ぼすおそれ」,「国の安全が害される」等の「おそれ」の解釈をとしては,明らかに一審判決の判断が相当である。 |
ウ | また原判決は,特に関係活動費(活動関係費の誤り)のうちの慶弔費をとりあげて,この支出は単体単独での支払決定であることが想定されるとして,そのため支払決定書の報償費支払明細書への転記が,支払相手方の具体的特定や具体的金額の特定を容易にするとして,不開示を合理化・正当化する根拠としている。
これが原判決の最大の特徴かつ,根本的な誤りである。 報償費支払明細書には,大前提として,その使途目的欄には,三類型のうちのいずれかすなわち政策推進費,活動関係費,調査情報対策費との三つの類型のいずれかの記載しかされないのである(甲17・第1次訴訟一審のD証人尋問調書63頁,一審における相手方国の第1準備書面別紙6・サンプル参照)。支払決定書自身については,三類型の使用目的以上の具体的使途(慶弔費等)の記載がなされるが(ただし複数の支払について支払決定がなされる場合は代表的なものしか記載されない),それを報償費支払明細書に転記する際には,そのような具体的使途は記載されない。 したがって,原判決が,報償費支払明細書自身の使用目的欄の記載に具体的使途の記載がなされることを前提としているとすれば,それは根本的な事実誤認(重大な経験則違背)であり,判断の前提事実を全く誤っていることになる。 すなわち,例えば,慶弔費の例である香典を支出した際,支払決定書自身は一通で,使用目的についても慶弔費と記載されたとしても,報償費支払明細書にこれを転記する際には,これを目的類型の一つである活動関係費として記載しているもので,この記載からは香典の支出であることは判明しない。報償費支払明細書の使用目的欄について具体的使途の記載があるとの証拠はどこにもない。 このように原判決は,報償費支払明細書における使用目的欄の記載に関する前提事実を誤っており(重大な経験則違背),その結果,不開示事由該当性の解釈適用を誤ってしまっている。 |
エ | なお,相手方国は,一審において,第1準備書面別紙7・「対象期間中における内閣官房報償費一覧(1)」を裁判所に提出しており,例えばこの一覧表の「平成○○年F月」の「b」の欄に慶弔費の支払決定があり,これはこの支出のみの単体の支払決定であること,また同じく「平成○○年G月」の「b」の欄にも慶弔費の支払決定があるがこれは2回の支出が同じ月に重なっていること等を理由として,同慶弔費の支払相手方や金額が特定されるおそれが高いとする。そして原判決は,この主張を容れたのか,慶弔費の支払日や支払額の特定のおそれとともに,ある特定の人物についての慶弔時期と慶弔費の支払時期の偶然とは考え難い一致が判明して,支払相手方の特定がされるおそれが高いとしているものである。
しかし,前記のとおり,報償費支払明細書では,慶弔費の支出という具体的な使用目的自身が判明しない。本件訴訟において初めて国が提出した上記の一覧表の記載(しかもそれが正しいかどうかの検証もなされていない)を援用し,「支障を及ぼすおそれ」,「国の安全が害される」等の「おそれ」の有無を判断すること自体が全くの誤った判断である。 すなわち,訴訟外においては,一覧表の内容など全く不明なのであり,それらを前提として「支障を及ぼすおそれ」の有無を判断しなければ,不開示処分の適法・違法の判断を不開示決定処分後に明らかになった事実をも加えることになる。これは処分時以降に発生した事情を処分の適法違法の判断に取り込むもので,明らかな誤りに陥っている。不開示決定処分時に存在しない事情をも考慮して同処分の適法を判断することの誤り,そして同処分を適法とした原判決の法令解釈の誤りは明白である。 その点では,本件の一審判決や,第1次訴訟及び第2次訴訟の各大阪高裁判決他の法令解釈が正しい。 |
(5) | 「憶測」でも「国の安全が害される」等の「おそれ」があるとした情報公開法6条3号の法令解釈の誤り
原判決は,原判決の情報公開法5条3号の法令解釈・該当性判断の誤り(前記(1)イ(イ)cへの批判) 原判決は,政策推進費における判断と同様に,情報公開法5条3号の法令解釈については,報償費支払明細書の開示によって支出の相手方や具体的使途について仮に憶測しか生じないとしても,「様々な推測や憶測がされることによって,外政事案に関係する者が内閣の関係者との接触に萎縮し,あるいは必要以上に警戒するなどして,内閣においてその協力を得にくくなり,今後の重要な外政事案に関する内閣による情報収集や協力依頼といった活動全般に支障を来すこととなる」と判断している(原判決44頁,35~36頁)。しかし,前記3(政策推進費)で述べたとおり,この判断は完全に誤りである。 結局,前記のとおり,本件対象文書等が開示されようと,されまいと,内閣官房報償費については,我が国が民主主義国家である以上,マスメディア等で「様々な憶測」,「推測」がなされている(甲19・申立人F陳述書参照)。内閣官房報償費(政策推進費含む)の支出関係文書の情報公開により,「様々な憶測」,「推測」がなされることを理由に,外政事案に関する内閣官房の業務に「支障のおそれ」があると解釈してこれを非公開とすることができるならば,それは民主主義国家において,「様々な憶測,推測」を行う社会での情報公開を全否定することになる。すなわち,「様々な憶測」,「推測」があることで「国の安全が害される」等の「おそれ」があると判断することは,結局,情報公開法5条3号の「国の安全が害される」等の「おそれ」を抽象的なおそれでよい,としていることとなり,これは情報公開法5条3号の解釈を明らかに誤っている。 なお,そもそも相手方国は,外形的にも概括的にも,どの文書が,安全保障上,あるいは外交上の情報であるのかさえ,主張・立証していない。このような事態の下では,行政機関の長の裁量の逸脱や濫用を裏付ける基礎的事実自身を請求者(国民,申立人)の側で把握することすらできず,本件においても申立人に不可能を強いるものである。よって,本件において,上記相手方国の主張・立証がないことからしても,少なくとも「国の安全が害される」等の「おそれ」があるとして不開示決定処分をした内閣総務官の裁量判断に逸脱濫用があるといえるので,これに逸脱濫用がないとした原判決は情報公開法5条3号の法令解釈を誤ったものである。 この点でも,本件の一審判決や,第1次訴訟及び第2次訴訟の各大阪高裁判決他の法令解釈が正しい。 |
5 | 間接支払類型の領収書等に関する情報公開法5条6号及び3号の解釈・該当性判断の誤り |
(1) | 間接支払類型についての情報公開法5条6号,3号該当性判断について
原判決は,間接支払類型(交通費,支払関係経費,会合費等,報償費支払の相手方が情報提供者や協力依頼者ではなく,会合業者や交通事業者等の役務提供者である場合)の領収書等について,不正手段を用いてでも,我が国の政府の情報収集等を行おうとする者が推認でき,間接支払類型の領収書等であってもこれを契機に不正行為等が行われるおそれは具体的なものというべきであると判断した(原判決30頁)。 しかしながら,直接情報提供者に支払った場合とは異なり,領収書等の文書に情報提供者や協力依頼者自体の情報が記載されることはない間接支払類型の領収書等について,内閣の事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼす「おそれ」や「国の安全が害される」等の「おそれ」は存在しないか,あっても極めて低く抽象的な「おそれ」に留まることは明らかであり,上記判断は誤りである。 以下,各費目毎に同法5条6号及び3号の解釈適用の誤りを述べる。 |
(2) | 交通費の領収書等についての情報公開法5条6号及び3号の解釈・該当性判断の誤り |
ア | 公共交通機関以外(タクシー・ハイヤー等)について |
(ア) | 原判決の判示
原判決は,タクシー・ハイヤー等の交通費の領収書等は,これを開示することによって当該交通事業者の名称等が明らかとなるから,これを端緒として当該交通事業者の不正な働きかけが行われ,当該交通事業者が作成を法令上義務づけられている記録等から,利用者が特定ないし推知される具体的なおそれがあると判示する(原判決26~27頁,一審判決90~91頁)。 |
(イ) | 情報公開法5条6号及び3号の解釈・該当性判断の誤り |
a | しかし,そもそも内閣の事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼす「おそれ」や「国の安全が害される」等の「おそれ」の判断について,第三者の不正工作を介在してこれを認める解釈手法自体が誤りである。
また,タクシー・ハイヤー等の営業を行う交通事業者からすれば,交通事業者に支払われる費用が内閣官房報償費として支払われているのか,その他の内閣の一般の予算から支払われているのか全く不明であるところ,第三者が開示された領収書等をみて交通事業者に不正工作をかけたとしても,交通事業者の方がその際どのような人物が乗車していたのかや内部でどのような話がされていたのかについて,特定しようがない。よって,内閣の事務の遂行等に具体的な支障など発生しようがない。この場合に,原判決がいうように,不正工作を行う第三者が乗務日報等の詳細な情報を入手して,運転手や利用区間,目的地を割り出し,さらに運転手にさらに接触することにより,利用者の氏名や車内の会話を割り出すおそれなど,現実的に想定できない。このような想定しがたい不正工作を無限定に想定すると,非開示情報が無限に拡がることとなり,明らかに情報公開法の精神・趣旨から乖離する結果となる。 よって,タクシー・ハイヤー等の交通費の領収書等について,情報公開法5条6号及び3号に該当するとした原判決は,各号の解釈適用を誤ったものである。 |
b | また特に,タクシーの領収書の場合,領収書の宛名の記載のない,印字されたレシートが添付されている場合も存在する(甲39・第2次訴訟の控訴審におけるH証人尋問調書34頁)。仮にこれが開示されたところで,領収書の宛名がなく誰が支出したかすら不明であるものであって,内閣の事務の遂行等に具体的な支障など発生しようがない。
よって,少なくともかかる宛名の記載のないタクシーの領収書については,情報公開法5条6号及び3号には該当しないというべきであり,これについても不開示とした原判決は,各号の解釈適用を誤っている。 |
イ | 公共交通機関について |
(ア) | 原判決の判示
原判決は,公共交通機関の交通費に関する領収書等について,これに利用者名が記載されていない場合であっても,料金体系と対比して利用区間(目的地)が明らかとなれば,内閣が特定地域において協力依頼や情報収集活動をしたことを推知させるし,営業地域が限られている公共交通機関にあっては,利用区間(目的地)が明らかにならない場合であっても,公共交通機関の名称自体から当該地域における活動等を推知させることができ,これと当時の内政・外交の状況等とを照合分析することにより,内閣が特定の地域において関心を有する特定の政策課題に対し協力依頼や情報収集を行ったことを推知させることにつながる,また内閣の上記活動は継続して粘り強く行われるものであるから,第三者が交通事業者に事前に働きかけたり,交通事業者の施設や利用者を監視するなどして不正に情報を得ようとすることも考えられ,これにより公共交通機関の利用者の氏名が明らかになる可能性も否定できないとし,さらに当該交通事業者に対するサイバー攻撃が激化・巧妙化していることも踏まえれば,不正工作の結果当該公共交通機関の利用者の氏名等が明らかになる可能性があるとし,情報公開法5条6号及び3号に該当すると判示した(原判決27~29頁)。 |
(イ) | 情報公開法5条6号該当性判断の誤り
しかし,そもそも内閣の事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼす「おそれ」や「国の安全が害される」等の「おそれ」の判断について,第三者の不正工作を介在してこれを認める解釈手法自体が誤りである。 また,公共交通機関に関する領収書等については,これが開示され当該交通事業者に対する不正な工作がなされたとしても,当該領収書等に係る利用者の現実的な特定方法は想定しがたい。原判決がいうような料金体系と照らし合わせて利用区間が割り出されたり,鉄道の路線の規模が小さく地域性が高い場合に利用区間や利用地域が判明したとしても,タクシー・ハイヤー等乗車人数が限定される個別性の高い交通機関と比較すれば,第三者が交通事業者に不正工作をかけることで本件公共交通機関の利用者を特定することは不可能(少なくとも著しく困難)であることに変わりはない。これと内政・外交に関する情報と総合的に考量したとしても,いかなる内政上,外交上の重要政策等について内閣官房報償費が用いられたことを推知できるものとはいえない。仮に利用区間や利用地域が判明したことにより,内閣官房報償費が何に使用されたかについて何らかの憶測が生じたとしても,かかる憶測の類は現時点でも様々生じているのであって(甲19・申立人F陳述書の3~16頁参照),かかる憶測のみによって,関係者の協力が得にくくなる等という内閣官房の行う事務の遂行等に具体的な支障が生じる具体的おそれはない。このようなことが具体的なおそれに該当するとなれば,非開示情報が無限に拡がることとなり,明らかに情報公開法の精神・趣旨から乖離する結果となる。 よって,公共交通機関の領収書等(そのうち利用者の記載のないもの)について,情報公開法5条6号及び3号に該当するとした原判決は,各号の解釈適用を誤ったものである。 |
(3) | 支払関係経費(金融機関での振込手数料)の領収書等についての情報公開,法5条6号及び3号の解釈・該当性判断の誤り |
ア | 原判決の判示
原判決は,支払関係経費(金融機関での振込手数料)の領収書等が開示されることにより,内閣官房報償費の振込先である情報収集・協力依頼の相手方,会合場所の業者等に関する情報が明らかになるおそれがあり,その結果,内閣における情報収集,協力依頼の活動全般に支障を及ぼす可能性があると判示している(原判決26~27頁,一審判決91頁) |
イ | 情報公開法5条6号及び3号の解釈・該当性判断の誤り
しかし,そもそも内閣の事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼす「おそれ」や「国の安全が害される」等の「おそれ」の判断について,第三者の不正工作を介在してこれを認める解釈手法自体が誤りである。 また,金融機関については情報セキュリティ等の対応策に多少の差異はあれど,不正工作により情報が流出する可能性は極めて低く,現実的には想定しがたい。 さらに,内閣官房報償費を使用するにあたり,金融機関での振り込みという手段を取ることは,誰にでも容易に想定でき(甲25・第1次訴訟控訴審のC証人尋問調書44頁),金融機関に対する不正工作をしようと考える者であれば,振込手数料にかかる領収書等などがなくても,金融機関に対する不正工作を実行できる。よって,振込手数料にかかる領収書等に振込先の氏名等まで記載されているならばともかく,単なる振込手数料の領収書等が開示されたところで,これによって内閣の事務又は事業の適正な遂行に具体的な支障が生じるおそれは考えがたい。結局,原判決は,単に支障が出る抽象的な「可能性」があるというだけで判断しているにすぎない。 よって,支払関係経費(金融機関の振込手数料)に関する領収書等について,情報公開法5条6号及び3号に該当するとした原判決は,同号の解釈適用を誤ったものである。 |
(4) | 会合費にかかる領収書等についての情報公開法5条6号該当性判断の誤り |
ア | 原判決の判示
会合費に関する領収書等が開示されることにより,会合場所を所有・管理・設営する業者の名称等が明らかとなり,これを端緒に第三者がかかる業者に不正な働きかけを行い,同業者の従業員が情報を漏洩する可能性が優に認められるとして,これも情報公開法5条6号及び3号に該当すると判示する(原判決26~27頁頁,一審判決91頁)。 |
イ | 情報公開法5条6号該当性判断の誤り |
(ア) | しかし,そもそも内閣の事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼす「おそれ」や「国の安全が害される」等の「おそれ」の判断について,第三者の不正工作を介在してこれを認める解釈手法自体が誤りである。
また,会合費の具体的な支払先は様々であると考えられるところ,不特定多数の者が日々出入りする旅館やホテルの場合,当該会合に誰が参加したのかや,どのような内容の会合が開かれたかなどについて,旅館・ホテルが把握しているとは考えがたい。この場合に,旅館やホテルに対して不正工作を行ったとしても,その会合の内容や会合に参加した者を特定することなど現実的に考えがたい。よって,少なくとも支払の相手方が旅館やホテルである場合の会合費に関する領収書等については,情報公開法5条6号該当性を否定すべきであり,これについても不開示とした原判決は情報公開法5条6号及び3号の解釈適用を誤ったものである。 |
(イ) | そのほか,料亭・レストランでの会合の場合,確かに旅館やホテルほど不特定多数の者が出入りするとまではいえないので,料亭・レストランの事業者が当該会合に誰が参加したかについて把握している場合もあると考えられる。しかしながら,会合の内容についてまで把握しているとは考えがたく,不正工作を行ったとしても,会合の内容を特定することなどまず不可能である。
さらに,会合場所として選択された事業者についても,情報管理が徹底されているからこそ選択されたのであり,顧客からの信頼が最も重要な財産なのであるから,不正工作に対して会合に関する情報を漏洩させることなど非現実的である。原判決がいうような監視や盗聴といった違法手段による可能性などもとより非現実的である。 このような,非現実的な「不正工作」を想定して内閣の事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれが存在するとすることは,非開示情報が無限に拡がることとなり,明らかに情報公開法の精神・趣旨から乖離する。 よって,会合に関する領収書等について,情報公開法5条6号及び3号に該当するとした原判決は,各号の解釈適用を誤ったものである。 |
(ウ) | さらに,会合費と言っても,マスコミによって会合場所や参加者,内容が報道されている場合もある(甲37の2参照)。このような場合,不正工作を行おうとする者は,領収書等の開示の有無にかかわらず,当該マスコミ報道を手がかりに不正工作(不正な働きかけ)を実行しているのであるから,領収書等が開示されたとしても,支障が生じるおそれについて高まることはない。原判決がいうようにマスコミの情報の確度がさまざまであったとしても,不正工作を行う者からすれば,そのさまざまな確度の情報から不正工作を行うことは十分可能であって,領収書等が開示されたことでその危険が高まるといったことは想定できない。
よって,少なくとも会合がマスコミに報道された場合の会合に関する領収書等については,情報公開法5条6号及び3号該当性を否定すべきであり,これについても不開示とした原判決は情報公開法5条6号及び3号の解釈適用を誤ったものである。 |
6 | 支払決定書に関する情報公開法5条6号,3号の解釈・該当性判断の誤り
原判決は,複数件まとめて支払決定がなされた場合であっても,少なくとも複数件を代表する1件の支払について,支払相手方等及び個別具体的な使途が記載されているのであるから,内閣の事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれや国の安全が害されたり外交上の不利益を被るおそれが存在するとして,情報公開法5条6号や3号に該当すると判示した(原判決36~37頁)。 しかし,前記5で述べたように,複数件をまとめた1件の支払決定書の場合に,記載されている支払相手方等が前記5で述べた間接支払類型(交通費,支払関係経費,会合費)の場合の支払相手方が記載されている場合には,内閣の事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼす具体的なおそれや国の安全が害されたり外交上の不利益を被る具体的なおそれは発生しえない。 よって,かかる場合も含めて情報公開法5条6号や3号に該当するとしてなした不開示処分を適法とした原判決は,情報公開法5条6号及び3号の解釈適用を誤ったものである。 |
7 | 出納管理簿に関する情報公開法5条6号,3号の解釈・該当性判断の誤り |
(1) | 原判決は,出納管理簿について,支払相手方等について「省略することができる」との注記が記載されているからといって省略されているとは限らないこと,実際の運用では出納管理簿の全てについて支払相手方等が記載されていることから,出納管理簿が開示されることにより,内閣の事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれや国の安全が害されたり外交上の不利益を被るおそれが存在するとして,情報公開法5条6号や3号に該当すると判示した(原判決38頁,一審判決100~101頁)。 |
(2) | しかし,その運用上,「支払相手方等」について「記載した場合,支障があると思われる場合は省略することができる」との注記がある以上,開示されても特に支障がないからこそ記載されているものであることは明らかである。よって,「支払相手方等」を省略していない場合に,これが開示されることによって,内閣の事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれや国の安全が害されたり外交上の不利益を被るおそれが存在しえないことは明らかである。
よって,出納管理簿に関する不開示処分を適法とした原判決は,情報公開法5条6号及び3号の解釈を誤ったものである。 |
(3) | また,前記6で述べたように,少なくとも複数件をまとめた1件の支払決定がなされた場合に,出納管理簿に記載されている支払相手方等が前記3で述べた間接支払類型(交通費,支払関係経費,会合費)の場合の支払相手方が記載されている場合には,内閣の事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼす具体的なおそれや国の安全が害されたり外交上の不利益を被る具体的なおそれは発生しえない。
よって,かかる場合も含めて情報公開法5条6号や3号に該当するとしてなした不開示処分を適法とした原判決は,情報公開法5条6号及び3号の解釈適用を誤ったものである。 |
第3 | 情報公開法6条1項及び2項(部分開示)の法令解釈の誤り及び最高裁判例に相反すること(上告受理申立理由②) |
1 | 情報公開法6条1項及び2項(部分開示)の法令解釈について |
(1) | はじめに
原判決は,情報公開法6条1項及び2項の法令解釈について,最三小判平成13年3月27日民集55巻2号530頁(以下,「平成13年最判」という)を参照した上で,同法6条2項を(明示はしないものの)創設規定であると解釈しているようであり,開示義務のある「情報」について,いわゆる「情報単位論(独立一体説)」を採用している。これらを前提とした上で,「独立した一体的な情報」の範囲を拡大して解釈している。 しかしながら,原判決が採用する情報公開法6条の解釈は,「情報単位論(独立一体説)」はそもそも情報公開法制定当時前提とされていないこと,また最三小判平成19年4月17日判時1971号109頁(以下,「平成19年最判」という)により実質的に変更された解釈であり,誤っていることは明白である。 そして,そのような情報公開法に対する原判決の解釈の誤りが,原判決が「独立した一体的な情報」の範囲を拡大してしまった解釈の誤りを導いたものである。 |
(2) | 情報公開法6条2項を創設規定とした解釈の誤り |
ア | 原判決は,「情報」とは,「記述等」の複合した一定のまとまりをもった単位の意味において用いられているものと解されるとし,情報公開法6条1項は,1個の行政文書に複数の情報が記録されている場合において,それらの情報のうちに不開示事由に該当する情報があるときは,当該情報を除いたその余の情報を開示することを義務付けたものと解され,不開示事由に該当する独立した一体的な情報をさらに細分化し,その一部を開示することまで義務付けたものと解することはできないとする。
そして,同法6条2項に定める場合を除いては,行政機関の長において,1個の情報を細分化することなく一体として不開示決定をしたときに,開示請求者が,同条1項を根拠として,開示することに問題のある部分のみを除外してその余の部分を開示するよう請求する権利はなく,裁判所も,当該不開示決定の取消訴訟において,行政機関の長がこのような態様の部分開示をすべきであることを理由として当該不開示決定を取り消すことはできないと解すべきであるとする(原判決25頁)。 |
イ | 「情報単位論」は情報公開法制定当時前提とされていなかったこと
原判決の述べる「『情報』とは,『記述等』の複合した一定のまとまりをもった単位の意味において用いられている」(原判決25頁の引用する第一審判決65頁)との解釈は,情報公開法制定当時前提とはされていなかった(甲45・(2013(平成25)年)「情報公開・個人情報保護一最新重要裁判例・審査会答申の紹介と分析」有斐閣,32頁)。 すなわち,原判決は,立法者が前提としていない解釈を前提として,原則として公開すべき「情報」を,公開しない方向で解釈しているのである。このような解釈が立法者意思に反し,情報公開法の趣旨にも反していることは明らかである。 |
ウ | 平成19年最判等が情報公開法6条2項を確認規定と明確に判断している。
原判決は,情報公開法6条2項が創設規定であるか確認規定であるか明示していないが,平成13年最判していることとその内容からすると,創設規定であると解釈しているものと解される。原判決が採用する解釈は,平成13年最判を引用していることからも明らかなように同最判に依拠したものであるが,同最判は平成19年最判により実質的に変更されている。 すなわち,平成19年最判は,情報公開法6条1項と同内容の条例の規定の解釈について,「各文書中に,非公開情報に該当しない公務員の懇談会出席に関する情報とこれに該当する公務員以外の者の懇談会出席に関する情報とに共通する記載部分がある場合,それ自体非公開情報に該当すると認められる記載部分を除く記載部分は,公開すべき公務員の本件各懇談会出席に関する情報としてこれを公開すべきであり,本件条例6条2項の規定も,このような解釈を前提とするものと解される」としている。 その解釈の具体的な内容は,同判決のB裁判官の補足意見(以下,「B補足意見」という)の中で,次のように述べられている。 すなわち,「我が国の情報公開法制は,...請求の対象とされた文書の全体を開示することを原則として構築されている。この目的を可能な限り実現するために,請求の対象とされた文書の中に開示されるべき情報を記載した部分と不開示とされるべき情報を記載した部分とが混在している場合に,後者が容易に区分しうる限りにおいて,これを除いた他の部分を全面的に開示しなければならないこととしたのが,本件条例6条2項にもその例をみるような,いわゆる部分開示規定である。このような立法趣旨に照らすとき,これらの規定が,記載された情報それ自体は不開示情報には当らないことが明確であるにもかかわらず,『一体としての(より包括的な)情報の部分』を構成するに過ぎないことを理由に,それが記載された文書の部分が開示義務の対象から外れることを想定しているなどという解釈は,およそ理論的根拠の無いものであると言わざるを得ない」,「情報公開法が6条1項に加え更に同条2項の規定を置いたのは,5条1号において非公開事由の一つとされる『個人に関する情報』が,同条2号以下の各非公開情報がその範囲につき『おそれがあるもの』等の限定を付しているのに比して,その語意上甚だ包括的・一般的な範囲にわたるものであるため,そのような性質を持つ『個人に関する情報』を記載した文書についても同条1項の部分開示の趣旨が確実に実現されるように,特に配慮をしたためであるからにほかならない。この意味において,それは,いわば念のために置かれた,確認規定としての性質を持つものであるに過ぎないのである」(傍点引用者),「…原審が引用する平成14年第一小法廷判決及び同判決が引用する最高裁平成13年3月27日第三小法廷判決の説示するところは,少なくとも法令の解釈を誤るものであり,その限りにおいて,これらの判例は,本来変更されて然るべきものである…」。このように,平成19年最判は,明らかに情報公開法6条2項を確認規定と位置づけているのである。 〔総務省注〕傍点を下線に置き換えた。 さらに,内閣府情報公開審査会答申平成14年7月17日(平成14年度第123号,甲47)においても,情報公開法6条2項について「特定の個人を識別することができる情報については,その全体を一律に不開示とすると個人の権利利益の保護の必要性を超えて不開示の範囲が広くなりすぎるおそれがあるから」設けられた旨述べられており(甲46・平成26年「新・情報公開法の逐条解説・第6版」有斐閣,115頁),当該規定が確認規定である旨述べられている。 以上のとおり,最高裁判例(平成19年最判のB補足意見)も,内閣府情報公開審査会答申においても,情報公開法6条2項の規定は,明確に「確認規定」であるとされている。 これに対し,原判決は,情報公開法6条2項の規定を「創設規定」と解釈しているものであり,平成19年最判に相反し,情報公開法6条の法令解釈を誤っていることは明らかである。 |
(3) | 「独立した一体的な情報」を不当に拡大した誤り
原判決は,「独立した一体的な情報」をどのように把握すべきかについて,「当該行政文書の作成名義,趣旨・目的,作成時期,取得原因,当該記載等の形状,内容等を総合考慮の上,情報公開法の不開示事由に関する既定の趣旨に照らして,社会通念に従って判断すべき」(原判決25~26頁)としている。 この原判決の判断は,前記(2)で述べた情報公開法6条2項を創設規定とした誤った解釈を前提にして,同条1項について無批判に情報単位論(独立一体説)を採用したがために,「独立した一体的な情報」の範囲について,誤った解釈をとってしまっている。 すなわち,原判決は,同法6条2項を創設規定と解釈したがために,当該規定に記載されている「氏名」,「生年月日」等は「一体的な情報」ではないと解釈してしまった。 しかし,平成19年最判のB補足意見は,「…現実の問題は,結局,これらの判例がいう『一体的な情報』とは何かに掛かるとみることもできないではない。上記にも触れたとおり(原告注・「例えば本件における『出席した公務員の氏名』が,それ自体,単なる罫線の一部であるとか意味不明の記号の断片などとは異なり,全く有意でないなどとは言えないことは,余りにも明白であろう。」),ある情報の一部分について,それ自体がおよそ有意な情報を成さないということであれば,そのようなものを記載した文書の部分が開示義務の対象とはならないことは,例えば情報公開法もまた明文で定めるところである(同法6条1項ただし書)。そうであるとすれば,上記判例がいう『一体的な情報』の範囲を,情報公開法制の上記にみたような本来の趣旨・目的に照らし,最小限の有意な情報という意味に限定して取り扱う限り,本件で問題とされる出席公務員の氏名をすべて公開することと,平成14年第一小法廷判決(及び平成13年第三小法廷判決)との間に,少なくともその結論において,矛盾は生じないこととなる」と述べている。つまり,「一体的な情報」とは「最小限の有意な情報」という意味に限定して取り扱うべき旨述べている(また,その限りで最高裁平成13年判決を変更する必要はない旨述べている)のである。そして,「公務員の氏名」は「有意な情報」であるというのであるから,情報公開法6条2項の「氏名」,「生年月日」は「最小限の有意な情報」,すなわち「一体的な情報」であるというのである。 したがって,仮に「情報単位論(独立一体説)」を採用するとしても,「一体的な情報」とは無限定に拡大して解釈すべきではなく,「最小限の有意な情報」という意味に限定して判断すべきなのである。 そして,そのような「最小限の有意な情報」(及びそのひとまとまり)が不開示情報に当たるか否かは,情報の重層的な捉え方が可能な場合,不開示とする合理的な理由のない情報は開示するという情報公開法の定める開示請求制度の趣旨に照らし,開示することが適当でないひとかたまりをもって,その範囲を画することが適当である。すなわち,情報公開法5条6号及び3号の不開示事由とされている「おそれ」等を生じさせる原因となる情報の範囲で画すべきである(甲47・内閣府情報公開審査会答申平成14年7月17日(平成14年度第123号)参照,甲46・前掲「新・情報公開法の逐条解説・第6版」115頁)。 すなわち,情報公開法5条6号及び3号等の「おそれ」等を生じさせる原因とならない「最小限の有意な情報」は全て公開すべきである,とすることが,法の制度趣旨に適う解釈となるのである。 以上の解釈,平成19年最判の正確な理解からすれば,原判決が,「独立した一体的な情報」の範囲を無限定に拡大し,相手方の部分開示義務を狭く解釈している点は,明らかに情報公開法6条1項及び2項の法令解釈を誤り,平成19年最判に相反したものである。 |
(3) | 小括
以上述べたとおり,原判決は情報公開法6条1項及び2項の解釈について,その解釈を誤り,また平成19年最判に相反しているものであって,破棄を免れない。 さらに,仮に原判決のとる「情報単位論(独立一体説)」を採用するとしても,原判決は「独立した一体的な情報」の範囲を不当に拡大して,本件各対象分書の部分開示義務を否定しているものであり,この点においても,情報公開法6条1項及び2項の解釈適用を誤っており,また平成19年最判に相反しているものであって,破棄を免れない。この点については,以下,本件対象文書ごとに具体的に検討する。 |
2 | 本件対象文書ごとの「独立した一体的な情報」に関する具体的な検討 |
(1) | 支払決定書について
原判決は,支払決定書の情報の一体性に関して,「支払決定書は,調査情報対策費又は活動関係費の支払いにつき,いつ,何について,誰に対する,いくらの支払決定を行ったかという事項を明らかにするものであり,1通の支払決定書に記録された情報は,支払決定という社会的に有意な一つの事実に関連する情報であって,社会通念上独立した一体的な情報をなすものということができる」(原判決37頁)として,「支払相手方等」欄の記載も含めて,一体的な情報であると判示する。 しかし,原判決も認定するとおり,支払決定書においては,支払目的及び支払相手方等については,複数件の支払のうち代表的なものが記載されるにとどまるものであって,代表的ではないとされたものについては記載されないこととなっている。仮に,支払決定書という文書において,「いつ,誰に対する,何について,いくらの支払決定を行ったか」が一体の情報であるとすれば,当該支払決定書で支払決定がなされた支払については,支払相手方を全て記載されて然るべきである。しかし,実際には,「支払相手方等」欄に記載されるのは,代表的なものとされた一部のみである。このことは,内閣官房長官でさえ,支払決定書という文書においては,支払相手方の記載は本質的な部分であると考えていないということを示している。支払決定書とは,「内閣官房長官が,いつ,調査情報対策費もしくは支払関係費のどちらの目的で,いくらの金額の支払を決定したか」という情報を記載するための文書なのであるから,誰に対する支払かは重要ではないのである。 にもかかわらず,原判決は,「支払相手方等」欄の記載の持つ意味について何ら検討することもなく,「支払相手方等」欄の記載を含めて一体の情報であると捉えている。このような見解は,一体としての情報の捉え方を誤っているものである。 したがって,「支払相手方等」欄の記載以外の記載のみで構成されている情報を開示することはできないとした原判決は,情報公開法6条1項及び2項の解釈適用を誤り,平成19年最判に相反するものといわざるをえない。 なお,「支払相手方等」欄の記載が開示されなければ,第三者における不正工作等が行われる可能性もない以上,内閣の事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼす具体的なおそれや国の安全が害されたり外交上の不利益を被ったりする具体的なおそれは発生しえない。したがって,「支払相手方等」欄の記載以外の記載のみで構成されている情報に,情報公開法5条6号及び3号の不開示事由はいずれも存在しない。 |
(2) | 出納管理簿について
原判決は,出納管理簿の情報の一体性に関して「出納管理簿は,国庫からの入金に係る情報(入金回数,年月日,受領額,残額),政策推進費からの繰り入れに係る情報(年月日,支払額,残額),調査情報対策費及び活動鑑日の支払に係る情報(使用目的の類型,年月日,支払額,残額,支払相手等),月分計に係る情報並びに累計に係る情報が,それぞれ独立した一体的な情報であり,『支払いに係る情報』が全体として独立した一体的な情報をなすものということができる」(原判決40頁)として,支払相手方等の記載も含めて一体の情報であると判示する。 しかし,出納管理簿の書式では「支払相手方等」については「(注)本欄は記載した場合,支障があると思われる場合は省略することができる」と注意書きが付されており,記載を省略されることが想定されている。そもそも出納管理簿は,内閣官房報償費の出納管理のため,月ごとにまとめた上で,さらに当該事業年度に係る累計額で,当該年度等における内閣官房報償費全体の出納状況を一覧できるようにするための文書である。その記載内容は,政策推進費受払簿及び支払決定書の記載内容から引用したものである。つまり,出納管理簿は,政策推進費受払簿及び支払決定書の記載内容を転記するための,いわば二次文書にすぎないのである。 このように,出納状況を一覧できるようにするための文書である出納管理簿の性質上,支払相手方については必ずしも記載する必要が無いのである。出納管理簿では,出納の目的,出納の金額,出納後の残額が分かれば足りるからこそ,上記のような注意書きが付されているのである。 にもかかわらず,原判決は,「支払相手方等」欄の記載の持つ意味について何ら検討することなく,「支払相手方等」欄の記載を含めて一体の情報であると捉えている。このような見解は,一体としての情報の捉え方を誤っているものである。したがって,「支払相手方等」欄の記載以外の記載のみで構成されている情報を開示することはできないとした原判決は,情報公開法6条1項及び2項の解釈適用を誤り,平成19年最判に相反するものといわざるをえない。 なお,「支払相手方等」欄の記載が開示されなければ,第三者における不正工作等が行われる可能性もない以上,内閣の事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼす具体的なおそれや国の安全が害されたり外交上の不利益を被ったりする具体的なおそれは発生しえない。したがって,「支払相手方等」欄の記載以外の記載のみで構成されている情報に,情報公開法5条6号及び3号の不開示事由はいずれも存在しない。 |
(3) | 領収書等について
領収書等についても,支出の相手方や具体的な費目(支出目的)がなくとも,いつ(支出の日時),いくら(支出金額)支出したことだけでも「最小限の有意な情報」といえる。 よって,支出日時,支出金額に関する記載をもって独立した一体的情報として部分開示義務を認めるべきであり(そして,支出の相手方等が開示されない以上,第三者の不正工作等もありえず,情報公開法5条6号及び3号の不開示事由には該当しない),これを否定した原判決は情報公開法6条1項及び2項の解釈適用を誤り,平成19年最判に相反するものである。 |
第4 | 結語
以上より,原判決は,情報公開法5条6号及び3号(不開示事由),並びに,同法6条1項及び2項(部分開示)の法令解釈に誤り(一部重大な経験則違反)があり,また最高裁判例(平成19年最判)に相反しているところ,かかる誤りや相反が判決に影響を及ぼすことは明らかである。 よって,最高裁判所におかれては,原判決のうち申立人敗訴部分を破棄すべきである。 |
1 | 情報公開法5条6項及び3項(不開示事由)の法令解釈の誤り(上告受理申立理由①,本理由書「第2」参照。なお報償費支払明細書について一部重大な経験則違背) |
(1) | 情報公開法5条6号について,国民主権の実質化等の情報公開法の立法目的,不開示を例外とした法文の構造や立法過程での修正等の諸事情,情報公開が「国の事務または事業の適正な遂行」を担保するものであるとの観点とうからすれば,行政機関に広範囲の裁量を与える趣旨の規定と解することは許されず,不開示事由については厳格な限定解釈が要求される。
情報公開法5条6号の「支障」は名目的なものではなく実質的なものが必要であり,「おそれ」も抽象的な可能性では足りず法的保護に値する程度の蓋然性が要求される。そして,不開示事由の存否の判断については,開示される文書に表示されている情報とそれ自身から合理的に推認される情報に限定すべきであり,結局は単なる憶測や単なる推測が可能な程度であったり,「第三者の不正行為」を介在させることで初めて推認することができるような場合にまで,内閣の事業遂行の支障について「法的保護に値する蓋然性」があるとはいえない。 |
(2) | また,原判決は,情報公開法5条3号の「害される」,「損なわれる」,「おそれ」等の解釈について,安全保障上,外交上の情報の特殊性をことさらに過大視して行政機関の長の裁量権を広く認め,開示請求者側に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があったことを基礎付ける事実の主張立証責任を課しているが,これは情報公開法の趣旨目的から情報公開法6条3号についても,不開示事由が公開の原則の例外として限定的に解釈すべきことを看過したものであり,法令解釈を誤っている。
また本件においては,相手方国は,外形的にも概括的にも,どの文書が,安全保障上,あるいは外交上の情報であるのかさえ,主張・立証しておらず,請求者(申立人)には主張・立証の対象すら把握できず不可能を強いるものである。このような場合にも同法5条3号該当性を認めるとすれば,不開示事由該当性判断に関する無制限の裁量権を行政機関の長に与えるものであって,情報公開法の立法趣旨に反し,同号の法令解釈適用を誤ったものである。 |
(3) | 以上を前提に,原判決が政策推進費受払簿,報償費支払明細書,間接支払類型(交通費,支払関係経費,会合費)に関する領収書,支払決定書,出納管理簿について情報公開法5条6号,3号に該当するとした判断は情報公開法5条6号及び3号の法令解釈・該当性判断を誤ったものである。
特に,対象文書自体から支払相手方や具体的使途が明らかとならない政策推進費受払簿及び報償費支払明細書について,支払相手方や具体的使途が特定または相当程度の確からしさをもって特定できるして同条6号及び3号のおそれがあるとした判断,仮に憶測しかできないとしても同条3号該当性が認められるとした判断は,結局は抽象的おそれをもって各該当性を判断したものであって,情報公開法5条6号,3号の法令解釈・該当性判断に誤りがある。 さらに,報償費支払明細書に関しては,これが開示されても慶弔費の支払いなど明らかにならないにもかかわらず,これを前提として判断している点で重大な経験則違背も存する。 |
2 | 情報公開法6条1項及び2項(部分開示)の法令解釈の誤り及び最高裁判例に相反すること(上告受理申立理由②,本理由書「第3」参照) |
(1) | 原判決は,情報公開法6条1項及び2項(部分開示)の法令解釈について,最三小判平成13年3月27日民集55巻2号530頁(平成13年最判)を参照した上で,同法6条2項を創設規定と解釈し,開示義務のある「情報」についていわゆる「情報単位論(独立一体説)」を採用し,これらを前提として「独立した一体的な情報」の範囲を無限定に拡大して解釈している。
しかし,そもそも上記「情報単位論」は情報公開法制定当時前提とされておらず立法者意思に反する解釈であり,また情報公開法6条2項については,最三小判平成19年4月17日判時1971号109頁(平成19年最判)及び同判決B補足意見や,内閣府情報公開審査会答申平成14年7月17日において明確に確認規定である旨判示されている。よって,情報公開法6条2項を創設規定と解釈した原判決は明らかに法令解釈を誤り,平成19年最判にも相反している。 また,仮に「情報単位論(独立一体説)」をとるとしても,「独立した一体的情報」無限定に拡大して解してはならず,「最小限の有意な情報」という意味に限定して判断すべきである。この点においても,原判決は情報公開法6条1項及び2項の解釈を誤っており,また平成19年最判にも相反する。 |
(2) | そして,支払決定書や出納管理簿については,「支払相手方等」欄の記載以外の記載をもって,最小限の有意な情報として(そしてこれは情報公開法5条6号及び3号の不開示事由には該当しない),「独立した一体的情報」として開示義務が認められるべきである。
また,領収書等についても,支出日時,支出金額に関する記載をもって,最小限の有意な情報として(そしてこれは情報公開法5条6号及び3号の不開示事由には該当しない),「独立した一体的情報」として開示義務が認められるべきである。 これらの部分開示を否定した原判決は,情報公開法6条1項及び2項の解釈適用を誤ったものであり,平成19年最判にも相反している。 |