| | 平成18年11月29日 判決
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| | 行政文書不開示決定取消請求控訴事件
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訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。 |
1 |
控訴人が平成15年5月26日付けで,被控訴人に対してした,行政文書部分開示決定(○第○号)のうち,原判決別紙開示文書目録第1記載の各文書における「納入者住所氏名印」欄の法人印及び代表者印又は支店長印による印影部分を開示しないこととした部分を取り消す。 |
2 |
控訴人が平成16年2月20日付けで,被控訴人に対してした,行政文書部分開示決定(○第○号)のうち,原判決別紙開示文書目録第2記載の各文書における「納入者住所氏名印」欄の法人印及び代表者印又は支店長印による印影部分を開示しないこととした部分を取り消す。 |
3 |
控訴人が平成16年2月20日付けで,被控訴人に対してした,行政文書部分開示決定(○第○号)のうち,原判決別紙開示文書目録第3記載の各文書における「納入者住所氏名印」欄の法人印及び代表者印又は支店長印による印影部分を開示しないこととした部分を取り消す。 |
4 |
控訴人が平成16年12月20日付けで,被控訴人に対してした,行政文書部分開示決定(○第○号)のうち,原判決別紙開示文書目録第4記載の各文書における「納入者住所氏名印」欄の法人印及び代表者印又は支店長印による印影部分を開示しないこととした部分を取り消す。 |
本件は,被控訴人が控訴人に対し,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「情報公開法」という。)に基づいて,宮内庁病院に納入された風邪の治療薬の商品名及び納入実数が判明する文書の開示を求めたところ,控訴人は,原判決別紙開示文書目録第1ないし第4記載の各文書(以下「本件各文書」という。)のうち,「納入者住所氏名印」欄の法人印及び代表者印又は支店長印の印影部分につき不開示とし,その余の部分を開示するとの決定(以下「本件各決定」という。)をしたため,被控訴人が,同決定の各不開示部分(以下,「本件各不開示部分」といい,印影を表すときは,「本件各不開示部分の印影」という。)の取消しを求めるものである。
原判決は,本件各不開示部分は,いずれも情報公開法5条2号イ又は4号の不開示情報に該当しないとして,被控訴人の請求をいずれも認容したので,控訴人が控訴をした。
2 |
前提となる事実は,原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の1項に記載(原判決2頁17行目から同5頁1行目まで。ただし,下記(1),(2)のとおり付加訂正する。)のとおりであるから,これを引用する。 |
(1) 原判決4頁18行目の「平成15年6月6日」を「平成15年6月3日」と改める。
(2) 原判決4頁19行目の「平成16年3月1日」を「平成16年2月29日」と改める。
3 |
争点及びこれについての当事者の主張は,別紙1のとおり控訴審における主張を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の2項に記載(原判決5頁2行目から同頁5行目まで)のとおりであるから,これを引用する。 |
証拠関係は,原審及び当審の各訴訟記録中の証拠関係目録に記載のとおりであるから,これらを引用する。
1 |
当裁判所も本件各不開示部分は,いずれも情報公開法5条2号イ又は4号に該当しないから,本件各決定はいずれも違法であって取り消されるべきであり,被控訴人の請求を認容した原判決は相当であると判断する。そのように判断する理由は,下記2に付加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第3争点に対する判断」に認定・説示(原判決5頁6行目から同9頁6行目まで)のとおりであるから,これを引用する。 |
2 |
情報公開法5条2号イの不開示情報該当性について |
(1) |
情報公開法5条2号イは,事業者情報のうち,公にすることにより,当該事業者の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるものを不開示情報と定めているが,他方では,情報公開法は,行政文書を原則として開示しなければならないと定めていること(5条)に照らすと,利益侵害情報として不開示情報に当たるといえるためには,主観的に他人に知られたくない情報であるというだけでは足りず,情報を開示することにより,当該事業者の権利や,公正な競争関係における地位,ノウハウ,信用等の利益を害するおそれが客観的に認められることが必要であり,かつ,上記のおそれが客観的に認められるというためには,利益を害されることの単なる可能性があるというだけでは足りず,利益を害されることの蓋然性が高いことが要求されるというべきである。
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(2) |
そこで,本件各不開示部分の印影についてこれを開示することにより,法人等の利益を害するおそれがあるか否かを検討する。
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ア |
証拠(甲7ないし67,乙19ないし31)及び弁論の全趣旨によると以下の事実が認められる。 |
(ア) |
本件各不開示部分の印影は,納入者住所氏名印欄に押捺されたものであり,法人の住所及び法人名のゴム印等による記載部分にその法人印の印影があり,代表者名又は支店長名の末尾に代表者印又は支店長印の印影があるものである。法人印は,形状が角印(小さいもので18㎜×18㎜,大きいもので24㎜×24㎜)で,印篆の書体が用いられている。代表者印又は支店長印は,形状は丸印(小さいもので12㎜,大きいもので16.5㎜)で,印相体(印篆風),古印体ないし印篆風の書体が用いられている。なお,その具体的な形状は,別紙2「印影の形状及び字体一覧」のとおりである。
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(イ) |
本件各決定に先立って,控訴人が本件各文書の作成者である医薬品販売業者等に対し,意見書提出の機会を付与したところ,株式会社Aα支店,株式会社Bβ支店,C株式会社,D株式会社,E株式会社は,法人印及び代表者印については,不開示を望む意見書を提出している。その理由としては,社内での印章管理規則が設けられ,押印者も限定し,厳重に管理していること,捺印文書も商取引上重要度の高いものに限定していること,印影の偽造による詐欺事件の犯罪が行われるおそれがあること,その場合,多大の損害を被ることになるなどとしている(乙26から29,乙31)。株式会社Fは,控訴人に一任するとしている(乙30)。
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(ウ) | 本件各文書は,本件各不開示部分の印影が不開示とされ,塗りつぶされているため,本件各文書から,C株式会社を除き,上記の医薬品販売業者等の社名を判読できる状態とはなっていない(甲8ないし36)。
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(エ) |
納品書や請求書に押捺された医薬品販売業者等の,本件で控訴人が不開示としている印影と同種の印影について,①労働福祉事業団(甲37),②岐阜大学長(甲40),③群馬大学長(甲41),④東京医科歯科大学長(甲42ないし44,60),⑤徳島大学長(甲65),⑥名古屋大学総長(甲45),⑦高知県知事(甲46),⑧静岡県知事(甲47),⑨厚生労働省大阪検疫所長(甲66,67),⑩京都大学総長(甲38,48),⑪大分大学長(甲49),⑫筑波大学長(甲50),⑬香川大学長(甲51),⑭宮崎大学長(甲52)、⑮愛知教育大学長(甲57),⑯東京大学総長(甲58)は,既に開示している。
本件各文書の作成者である株式会社Bも,労働福祉事業団の意見照会に対し,開示に支障がない旨(甲37)回答しているし,同じくC株式会社及び株式会社Fも,国立大学法人東京医科歯科大学の意見照会に対し,開示に支障がない旨の回答をしたと推認される(甲61,62)。
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イ |
ところで,我が国において事業者である会社が使用する印鑑としては,普通,以下のようなものがある(公知の事実)。
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(ア) |
会社の代表者が管轄の法務局に届け出た印鑑で,代表者の名前が彫られていて,法務局から印鑑証明書の発行を受けることのできるもの。いわゆる会社の実印であり,丸い形のものが一般的であるため普通丸印と呼ばれることが多い。重要な文書や,登記申請などの際に用いられる。印鑑証明書を添付することによって,その会社を代表する権限のある者が法律行為などを行うことを証明する意味を持つ。以下これを「代表者の登録印」という。
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(イ) |
手形や小切手の振出や預貯金の払戻など銀行取引に使用される印鑑で,あらかじめ銀行に届け出られているもの。銀行は,この使用された印鑑の印影と銀行に届けられた印鑑の印影とを照合することで,銀行取引をしようとしている者の同一性を確認する。これを以下「銀行取引印」という。
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(ウ) |
主に会社で作成した文書や請求書,領収書などに押捺される印鑑。会社が作成した真正な文書であることを示す目的で使用される。「…株式会社乃印」などと社名が彫られ,一般に四角い形のものが多いことから,角印などと呼ばれることがある。以下これを「社印」という。
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(エ) |
代表者の名前が彫られているが,代表者の登録印とは異なり,法務局に届け出ていないもの。代表者の登録印は,例えば土地建物の売買契約をして所有権移転登記をするといった重要な場合に限定して用いられるのに対し,その他の取引等に際して,頻度高く使用される。以下「副印」という。
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(オ) |
会社の本店,商号,代表者名,電話番号などが記されたもの。契約書などに記名する際に使用される。以下「社判」という。
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ウ |
請求書や見積書等においては,社印と副印を組み合わせ,あるいは社印と担当者を示すために担当者の名前が彫られた認め印とを組み合わせて使用することが多い。
このうち代表者の登録印は,代表権限の有無がそれにより確認されるという重要な機能を有するものであるし,銀行取引印についても,それにより,届け出た本人が銀行取引をしていることを証明する働きをするもので,この印章が他人に悪用されると,会社は大きな不利益を被るおそれが高いものであるから,管理も非常に厳重になされ,この印影が開示される対象も,重要な取引をする相手方,銀行等に限定されるものである。これらの印影により,銀行取引が可能になったり,重要な契約が成立したとの外観を与えるから,印影が公になると,印鑑が偽造される可能性も高いものである。近時,コンピューター,スキャナー等による複写技術の高度化により,預貯金通帳の印影の偽造がされて金融機関から預貯金の払戻がされる被害が生じたことなどが,社会問題となったところであるが,それは,このような銀行取引印等の機能に由来するものである。
これに対し,社印や副印は,当該文書が会社の作成した真正のものであることを示すという意味があるが,取引相手にとっては,普通,それが本物かどうか照合する手段を持たないのであるから,その認証機能は弱いものであり(基本的にはいわゆる三文判と同じである。ただ,会社の社印は,いわゆる三文判などと比較すると,凝った意匠にして,簡単にはまねられたりしないようなものになっていることが多い。),広く請求書や見積書,領収書等の重要性の比較的低い文書に使用される。その印影が開示される対象も,取引の相手方なら,だれにでも開示するのが普通である。したがって,管理についても,代表者の登録印などと比較すると,事務処理の便宜なども考慮して,緩やかにされているものである。
このように,社印や副印については,確かにそれが押されていることで正規の文書らしい外観を与えるものの,取引相手方は,通常,押されている印影が本物かどうか確認する手段を持たないのが普通であるから,銀行取引印や代表者の登録印の場合と異なり,印影の形状を細かく見て,真正文書かどうかを確認するということはせず,書面の真正さを判断するに当たっては,社印や副印らしき印影があることのほか,それまでの担当者とのやりとり等のこれまでの経過等も併せて(場合によっては,担当者に確認の電話を入れるなどもして),みていくのが普通であると考えられる。
したがって,そのような印影を手に入れて,それを基に印鑑を偽造して使用するといったことが行われる危険性は,それほど高くないもの(確かに本物らしく見せるという機能があるから,偽造の可能性がないとはいえないが,蓋然性が高いとまではいえない)と認めるのが相当である。
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エ |
本件で問題になっている印影(本件各不開示部分の印影)は,代表者の登録印による印影ではなく,社印と副印による印影である(弁論の全趣旨)。 そうすると,上記ウのように,本件で問題となっている印影は,請求書,見積書,領収書といった文書に広く用いられ,会社の取引相手ならばだれにでも開示されているものである(本件の社印と副印が,取引相手のうち,特に宮内庁のような特定の取引先にしか用いないように限定して管理されていることをうかがわせる証拠はない。)。確かに小売業者や飲食店の場合は,一般の消費者が相手で,取引の相手は非常に多数になることがあり得るのに対し,卸しの医薬品販売業者等の場合は,卸しという取引の性格上,医療法人等取引相手が比較的限定され,固定化するという傾向があるということはいえるが,それにしても,取引相手ならだれにでも使用されるものであるという性質は変わらないものである。 このように,本件で問題とされる社印,副印の管理の実態(取引先なら広く開示し,特に限定した相手にしか開示しないといった管理はしていない。)や,印影が取引相手以外の第三者の手に入ることによって印鑑が偽造されるおそれはそれほど高くない(可能性はあるにしても,蓋然性が高いとまではいえない)こと等を考えると,これを開示しても,事業者の正当な利益が損なわれるおそれが客観的に認められるということはできないといわなければならない。なお,この点は,前記ア(エ)のとおり,この種の印影は既に多数情報公開により開示されているが,その結果として印鑑が偽造されるなどして,当該会社の利益が損なわれるという事態が生じているというようなことが証拠上うかがえないことによっても,裏付けられるものである。
なお,控訴人は,開示を求められた情報はすべて開示されているから,本件での開示の利益は乏しいこともしんしゃくすべきであるという趣旨の主張もするが,情報公開法1条の開示の対象は,行政文書に記載された「情報」ではなく,「行政文書」そのものであるところ,被控訴人は,開示対象の行政文書を特定するため,文書名を「宮内庁病院に納入された風邪(インフルエンザを含む。)の治療薬(予防薬を含む。)の商品名及び納入実数が判明する文書」としたにすぎないものであるから,開示部分により,納入された風邪の治療薬の商品名及び納入実数が判明したからといって,それで十分であるとはいえないのであり,控訴人の主張は失当である(しかも,本件では,不開示部分があるため,前記ア(ウ)のように,一部の文書を除くと,文書の作成名義人がだれか判読できないものとなっているのである。)。
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(3) |
以上のとおりであるから,本件各不開示部分はいずれも情報公開法5条2号イの不開示情報に該当しない。
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以上のとおり,本件各不開示部分は,いずれも情報公開法5条2号イ又は4号の不開示情報に該当しないから,本件各決定はいずれも違法であって取り消されるべきであり,被控訴人の請求を認容した原判決は相当である。よって,本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第9民事部
(1) |
控訴人
本件各不開示部分の印影は,以下のとおり,情報公開法5条2号イに該当するものであり,本件各不開示処分は適法である。
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ア |
本件各不開示部分の印影は,薬事法の適用を受ける医薬品等の卸売り業者の印影であって,信用関係に基づく継続的取引関係にある特定の相手に対する見積書等等において使用されるものであり,業務上広く日常的に使用されるものではない。
その形状は,別紙2「印影の形状及び字体一覧」のとおりであり,外形的な形状には独自性があり,一般的に重要な契約書類等に記される契約者記名押印と同様の形態のものとなっている。
このため,本件各不開示部分の印影による社会的な本人認証機能は高い。
かかる本件各不開示部分の印影の外形的な形状やその用途に照らすと,本件各不開示部分の印影は広く一般に公開されるべきでないとの当該法人の意思が客観的に明らかである。このような法人の意思は,情報公開法5条2号イ該当性の判断に当たって尊重されるべきものである。
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イ |
そして,このような印影が公開されると,いかなる者も容易にその情報を入手できるようになるのであるから,コンピューター,スキャナー等による複写技術の高度化により精密な偽造コピーが容易になった社会状況にかんがみれば,本件各不開示部分の印影の持つ高い本人認証機能が悪用されるおそれがある。すなわち,本件各不開示部分の印影が偽造され,提示された場合,本人認証機能が高いため,提示を受けた者として,法人の正式な代表機関が真正に作成したものと誤信させる蓋然性が高く,結果として,冒用された法人が不当な債務を負担させられたり,いわれのない請求を受けるなど業務を妨害されるおそれがある。また,取引成立に至らないとしても,虚偽の契約書,手形等が乱発されることにより,当該法人の社会的信用が著しく毀損され,競争上の地位が損なわれるおそれが高い。
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ウ |
したがって,本件各不開示部分の印影を公にすることにより,法人の正当な利益を害するおそれがあるということができる。
なお,本件各開示請求に対しては,納入業者の名称,代表者又は支店長の各記載部分が開示されたうえ,開示を求められた「風邪の治療薬の商品名及び納入実数」に係る情報はすべて開示されているのであるから,それに加えて更に,納入業者が取引において用いる社印や代表者印等を開示することにより,政府の諸活動についての国民に対する説明責任が多少なりとも全うされたり,公正で民主的な行政の推進に資するような国民の理解や批判が深まるとは考えられないこともしんしゃくする必要がある。
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情報公開法5条2号イに規定する「おそれ」とは,一般的抽象的なものでは足りず,具体的な不利益が生ずる蓋然性がなければならないというべきである。
本件各不開示部分の印影は,既に広く多数情報公開により開示されている。本件で控訴人が不開示としている印影について,株式会社Bは,法人印及び支店長印について,労働福祉事業団の意見照会に対し,開示に支障がない旨(甲37),C株式会社及び株式会社Fは,法人印及び代表者印について,国立大学法人東京医科歯科大学の意見照会に対し,開示に支障がない旨(甲61,62)の回答をしており,D株式会社及び株式会社Aについては,開示に支障がないと回答している証拠はないが,他の薬品納入業者と同様に法人の代表者の届出印や銀行印などを用いているとは考えられず,法人が広くその業務上日常的に使用しているものと考えられるから,法人等の正当な利益を害するとは認められない。
他の行政庁等の開示状況に照らしても,特段当該法人等に具体的な不利益はなく,控訴人の主張は,抽象的なおそれに過ぎない。