平成29年6月21日判決言渡
行政文書一部不開示決定取消等請求控訴事件
(原審・大阪地方裁判所平成28年(行ウ)第86号)

判      決

主      文
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は,控訴人の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1  控訴の趣旨
 原判決を取り消す。

 内閣官房内閣総務官が,平成27年9月24日付で控訴人に対してした決定(閣総人第684号)中,別紙文書目録記載の文書のうち井上一成裁判官の履歴書の旧氏名及び学歴を不開示とした処分を取り消す。

 内閣官房内閣総務官は,控訴人に対し,別紙文書目録記載の文書のうち井上一成裁判官の履歴書の旧氏名及び学歴を開示する旨の決定をせよ。

第2  事案の概要等
 事案の概要
 控訴人は,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「情報公開法」という。)に基づき,内閣官房内閣総務官に対し,井上一成裁判官の履歴書の開示を請求したところ,別紙文書目録記載の文書(以下「本件文書」という。)のうち別紙不開示部分目録記載の部分等を不開示とする旨の部分開示決定(以下「本件決定」という。)を受けたことから,原審において,本件決定中,本件文書のうちの井上一成裁判官の履歴書の出生都道府県,旧氏名及び学歴が記載された部分の不開示処分の取消しを求めるとともに,同部分を開示する旨の決定の義務付けを求めた。
 原審は,訴えの一部を却下し,その余の請求を棄却したことから,原判決の一部を不服とする控訴人が,本件決定中,本件文書のうちの井上一成裁判官の履歴書の旧氏名及び学歴が記載された部分(以下「本件開示請求部分」という。)の不開示処分の取消しを求めるとともに,本件開示請求部分を開示する旨の決定の義務付け(以下,この義務付けを求める訴えを「本件義務付けの訴え」という。)を求めて控訴した。

 原判決の引用等
 法令の定めの概要,前提となる事実,争点及び当事者の主張は,次のとおり補正し,後記3のとおり当審における当事者の補充主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」中の第2の1ないし3(原判決2頁16行目から5頁25行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)  原判決3頁22行目の「本件訴訟を」の次に「大阪地方裁判所(原審)に」を加える。

(2)  原判決4頁6行目の「第2回口頭弁論期日」を「原審第2回口頭弁論期日」と改める。

(3)  原判決4頁7行目から8行目にかけての「(本件開示請求部分)」を削除する。

(4)  原判決4頁16行目から21行目までを以下のとおり改める。
「(1)  59期以上の裁判官の学歴は「全裁判官経歴総覧」(以下「本件書籍」という。)に掲載されており,裁判官の学歴は公表慣行情報に該当するというべきである。」

(5)  原判決5頁3行目の「出身地,」,同4行目の「出生都道府県及び」をそれぞれ削除する。

(6)  原判決5頁11行目から15行目までを以下のとおり改める。
「(1)  本件書籍は,編集者ないし発行者が独自に入手した情報を独自の編集方針に基づいて発行したものにすぎず,本件書籍に掲載された情報は,あくまでも個別的な事情により公にされているにすぎないから,裁判官の学歴が公表慣行情報に該当するということはできない。」

(7)  原判決5頁17行目の「出身地及び」,同18行目の「出生都道府県及び」をそれぞれ削除する。

 当審における当事者の補充主張
(1)  控訴人の補充主張
 本件決定は,井上一成裁判官以外の裁判官に関する文書も開示したものであったが,控訴人は,原審において取消等を求めていたのは井上一成裁判官の履歴書の不開示部分だけであって,それ以外の裁判官の履歴書の不開示部分ではなかった。原判決は,控訴人が申し立てていない事項について判決をした点で民事訴訟法246条に違反する。

 平成28年6月16日付け最高裁人任第773号により全ての裁判官の生年月日を開示すべきとする判断に至った経緯が分かる文書が最高裁判所に存在しないことからすると,全ての裁判官の生年月日を開示することは最高裁判所にとって軽微な事案であり,生年月日は最終学歴よりもプライバシーとして保護されるべき情報であることからすれば,判事以上の全裁判官の最終学歴を開示することもまた,最高裁判所にとって軽微な事案である。また,地家裁所長を経験した高裁部総括判事の最終学歴が開示されている。さらに,最高裁判所の庁舎の図面等については最高裁裁判官等が裁判所の重大な職務を担う要人であり,襲撃の対象となるおそれが高く極めて高度なセキュリティが要請されるため不開示とされている一方で,最高裁裁判官の最終学歴が裁判所のホームページで公表されている。
 したがって,これらの点からも,判事以上の全裁判官の最終学歴が開示されたとしても弊害が発生することはなく,井上一成裁判官の履歴書の学歴は公表慣行情報に該当する。

 官報情報検索サービスを利用して裁判官の人事異動の情報を検索すれば当該裁判官の氏名の変更について容易に確認できるから,井上一成裁判官の履歴書の旧氏名は公表慣行情報に該当する。

(2)  被控訴人の補充主張
 最高裁判所において,裁判官の生年月日を開示するものとされたのは,同情報について,裁判官の職責に鑑み,国民に対し説明するのが適当であるとの新たな整理がされたためであり,プライバシーとして保護される必要性がない,あるいは低い「軽微な事案」であることを理由とするものではない。地家裁所長の官職に就く裁判官については,裁判所の運営という司法行政事務に従事し,裁判事務への影響はごく小さなものということができるから,幹部公務員と同様,国民に対する説明責任の観点から学歴等を公表している。そして,これらの官職を経験した裁判官の学歴がいったん公表され,現に公衆が知り得る状態に置かれた以上,地家裁所長を経験した高裁判事の学歴についても,公表慣行情報に該当することになる。また,裁判所ホームページで最高裁裁判官の学歴が公表されているのも下級審裁判官と異なり国民審査に付されるなど,その地位の特殊性に鑑みてのことである。
 したがって,職権行使の独立性を憲法上保障され,その名において裁判事務を遂行する裁判官の個人情報である学歴に関し,幹部公務員と異なる扱いをすることについて合理性が否定されるわけではなく,公表慣行情報に該当するものということはできない。

 仮に,官報情報検索サービスを利用して裁判官の人事異動の情報を検索し,それらの情報を対比することにより当該裁判官の氏名の変更の有無が事実上判明し得るとしても,それは,過去の官報で公表されている情報を遡って比較対照した結果初めて知り得るものであって,当該裁判官の旧氏名が,現に一般人が知り得る状態に置かれているということはできず,公表慣行情報に該当するものということはできない。

第3  当裁判所の判断
 当裁判所も,控訴人の訴えのうち,本件文書のうちの井上一成裁判官の履歴書の旧氏名及び学歴が記載された部分を開示する旨の決定の義務付けを求める部分(本件義務付けの訴え)は不適法であるからこれを却下すべきものであり,控訴人のその余の請求は,理由がないからこれを棄却すべきものと判断する。その理由は,原判決を次のとおり補正し,後記2において当審における当事者の補充主張に対する判断を加えるほかは,原判決「事実及び理由」中の第3の1,2(1)(原判決6頁1行目から9頁14行目まで)に認定説示したとおりであるから,これを引用する。
(1)  原判決6頁22行目の「出身地及び学歴が本件書籍①に」を「学歴が本件書籍に」と改め,同23行目の「出生都道府県及び」を削除し,同25行目,同7頁1行目及び同3行目の各「本件書籍①」をそれぞれ「本件書籍」と改め,同3行目の「出身地及び」及び同4行目の「出生都道府県及び」をそれぞれ削除する。

(2)  原判決7頁6行目から17行目までを削除する。

(3)  原判決7頁18行目の「ウ」を「イ」と改め,同18行目の「出身地,」,同19行目の「出生都道府県及び」,同8頁6行目の「出身地及び」及び同7行目の「出生都道府県及び」をそれぞれ削除する。

(4)  原判決8頁9行目の「エ」を「ウ」に改める。

(5)  原判決8頁24行目の「出生都道府県」を削除する。

 当審における当事者の補充主張に対する判断
(1)  控訴人は,原判決は,控訴人が申し立てていない事項について判決をした点で民事訴訟法246条に違反する旨主張する(控訴人の補充主張ア)。
 しかし,控訴人は,原審において,本件決定中,本件文書のうちの井上一成裁判官の履歴書の出生都道府県,旧氏名及び学歴が記載された部分の不開示処分の取消しを求めるとともに,同部分を開示する旨の決定の義務付けを求め(原判決「事実及び理由」中の第2の2(4),(7)),これに対し,原判決は,控訴人の訴えのうち,本件文書のうちの井上一成裁判官の履歴書の出生都道府県,旧氏名及び学歴が記載された部分を開示する旨の決定の義務付けを求める部分を却下し,その余の本件決定中のこれらの情報を不開示とする部分の取消請求を棄却したものである(顕著な事実)。
 以上によれば,原審は控訴人の申し立てた事項に対し判決しており,控訴人が申し立てていない事項について判決をした違法はない。
 したがって,控訴人の補充主張アは,採用できない。

(2)  控訴人は,最高裁判所事務総局が裁判官の生年月日を開示することにしたこと,地家裁所長を経験した高裁部総括判事の最終学歴が開示されていること,最高裁裁判官の最終学歴が裁判所ホームページで公表されていること等を挙げ,井上一成裁判官の履歴書の学歴が公表慣行情報に該当する旨主張する(控訴人の補充主張イ)。
 しかし,最高裁判所が全ての裁判官の生年月日を開示することにしたのは,裁判官の職責に鑑み,裁判官の生年月日について,国民に対し説明するのが適当であるとの新たな整理がされたためであり(乙3),他方,裁判官の学歴一般については現在も開示するものとはされておらず(甲24の2),裁判官の学歴を生年月日と同一に扱うべきであるということはできない。また,地家裁所長の官職に就く裁判官については,主として裁判所の運営という司法行政事務に従事するため,国民に対する説明責任の観点から学歴等を公表され,地家裁所長を経験した高裁判事についても,その学歴がいったん公表され現に公衆が知り得る状態に置かれたことから開示されているのであって,裁判官一般の学歴について同一に扱うべきであるということはできない。さらに,最高裁裁判官は下級審裁判官と異なり国民審査に付されるなど,その地位の特殊性に鑑み最終学歴が公表されているのであって,下級審裁判官の学歴について同一に扱うべきであるということはできない。
 以上によれば,控訴人の主張を踏まえても,裁判官の学歴が慣行として公にされているということはできない。
 したがって,控訴人の補充主張イは,採用できない。

(3)  控訴人は,官報情報検索サービスを利用して裁判官の人事異動の情報を検索すれば当該裁判官の氏名の変更について容易に確認できるから,井上一成裁判官の履歴書の旧氏名は公表慣行情報に該当する旨主張する(控訴人の補充主張ウ)。
 しかし,官報情報検索サービスを利用するとしても,結局,過去の官報で公表されている情報を遡って比較対照した結果初めて知り得るものにすぎず,当該裁判官の旧氏名が,現に一般人が知り得る状態に置かれているということはできないから,裁判官の旧氏名が公表慣行情報に該当するということはできない。
 したがって,控訴人の補充主張ウは,採用できない。

 以上によれば,控訴人の訴えのうち,本件義務付けの訴えは不適法であるからこれを却下すべきであり,その余の本件決定中の本件開示請求部分を不開示とする部分の取消請求は,理由がないからこれを棄却すべきである。
 よって,原判決は,相当であり,本件控訴は,理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第5民事部




別紙
文書目録

 閣議書(平成15年3月20日付け内閣人第40号)


別紙
文書目録

 井上一成裁判官の判事任命資格調の年齢,任命資格及び根拠法規が記載された部分

 井上一成裁判官に係る履歴書の本籍,現住所,出生地,出生の年月日,旧氏名,学歴及び経歴の一部が記載された部分