平成25年11月29日判決言渡
行政文書不開示決定取消請求控訴事件
(原審・大阪地方裁判所 平成25年4月19日)

判      決

主      文
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨
 原判決を取り消す。

 厚生労働大臣が平成22年9月2日付けで控訴人に対してした行政文書不開示決定を取り消す。

第2  事案の概要
 本判決で用いる略称は,原則として原判決の例による。
 本件は,控訴人が,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(情報公開法)の規定により,厚生労働大臣に対し,医薬品である「タミフルカプセル75」 等の輸入承認等の申請に係る行政文書の開示請求をしたところ,厚生労働大臣から,上記開示請求に係る行政文書の全部を開示しない旨の決定(本件不開示決定)を受けたことから,本件不開示決定の取消しを求める事案である。
 原審は,控訴人の請求を棄却する旨の判決をし,控訴人は,これを不服として控訴した。
 法令の定め,前提となる事実,争点及び当事者の主張は,次のとおり補正し,次項に当審における控訴人の主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄中の「第2 事案の概要」の1項ないし3項(原判決2頁12行目から10頁16行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)  原判決4頁23行目ないし 24行目の「医薬品の安全性に関する非臨床試験の基準」を「医薬品の安全性に関する非臨床試験の実施の基準に関する省令」に,同25行目の「医薬品の臨床試験の実施に関する基準」を「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」にそれぞれ改める。

(2)  同6頁6行目の末尾に行を改めて次のとおり加える。
 「オ 本件申請企業が行った本件承認申請1ないし3に係る申請資料の概要及び厚生労働大臣の上記各申請の承認に係る審査報告書又は審査結果通知書は,独立行政法人医薬品医療機器総合機構(医薬品機構)の情報提供ホームページ上で公開されている(乙11の1ないし4,乙20,乙21の1ないし3,弁論の全趣旨)。」

 当審における控訴人の主張
(1)  医薬品の研究開発費用等について
 医薬品の研究開発費用は,平成13年のメーカー側の研究では,新発売薬剤1剤当たり8億0200万ドルの費用がかかったとされるが,平成12年における研究開発費総額を新薬の数で割ると1剤当たり2億6500万ドル(税引後では1億7500万ドル)を超えておらず,我が国で新薬1剤当たりの研究開発費用が約500億円を要するというのは誇張がある。
 また,新薬の候補として研究を始めた化合物が新薬として承認される確率 は2万1667分の1とされるが,これら化合物には類似の物質が多数含まれており,全てにつき薬理試験や毒性試験の過程を経るものではないから,上記の確率には誇張が含まれている。

(2)  タミフルの危険性について
 FDAの集計
 FDA(米国食品医薬品局)が公表したデータによれば,現在においても,タミフルによる異常行動や突然死が報告されている。
 そして,2009/2010年のタミフルによる突然型死亡数は,我が国だけでも38人を下らず,タミフルの服用による異常行動や突然死が,安全対策が講じられたことにより相当程度低下したとはいえない。

 動物実験の結果
 タミフルが呼吸中枢を抑制することは,控訴人の研究以外にも,近時,Aのマウスによる実験(以下「A実験」という。),Bらのラットによる実験(以下「B実験」という。)で確認されており,また,Cらのラットを用いたタミフルの影響を検討した論文(以下「C論文」という。)では,タミフルが呼吸機能の中枢抑制を起こすことをラットで示し,タミフル誘発性の心肺停止とタミフル服用後のインフルエンザ患者の突然死との関連性を示唆すると結論付けられた。

 疫学調査研究
 Dを主任研究者とする研究班(以下「D班」という。)による厚生労働省の研究報告,Eを研究分担者とする研究班(以下「E班」という。)による同省の研究報告では,いずれもタミフル服用と異常行動との間に関連性はないと結論付けるが,その報告内容には解析が不適切であるなど疑問がある。Fらは,E班の調査データの再解析を行い,タミフルの服用と異常行動,意識障害との関連性を認める旨の報告(以下「F報告」という。)をした。

 上記のように,現時点においても,タミフルの安全性には疑問があり,タミフルを服用した際の患者の生命,健康が害される蓋然性は低下していないのである。

(3)  本件対象文書が開示された場合にタミフルの有効性及び安全性に関する新たな知見が得られる可能性について
 申請資料概要では,治療試験のうち最大規模のM76001/WV15758の試験データなど数多くの試験データが欠落しており,本件対象文書が開示されない限り,タミフルの安全性について検証することは不可能である。
 また,控訴人は,本件対象文書に記録された情報が開示された際に,開示されたデータや所見自体を検討するだけでは足りない場合には,さらに原資料のデータの提示を求めたり,企業に説明を求めるなどして分析,検討を独自に行うことができる。

(4)  医薬品に関する情報公開の必要性及び不開示情報該当性の判断基準について
 医薬品の副作用被害の防止等のため,広く第三者が医薬品の評価を行うためには,医薬品の有効性及び安全性に関する情報が公開される必要がある。情報公開法の制定の背景には,大規模な薬害の続発があり,医薬品の安全性に関する情報を広く公開させることによって,薬害の発生,拡大を紡ぐことが,同法制定の大きな動機付けになっている。
 このように,情報公開法は,国民の健康を守るために必要な情報,その代表的な情報である医薬品の安全性に関する情報を公開させることができる制度として制定されたのであり,同法の上記制定の趣旨に鑑みると,同法5条2号イに該当するためには,情報の開示により法人等の具体的な利益侵害が相当の蓋然性をもって予測されることを要し,抽象的な利益侵害のおそれがあることでは足りず,また,同法5条2号ただし書の適用に当たっては,情報の開示により保護される人の生命,健康等の利益と情報の不開示により保護される法人等の利益とを具体的に比較考量し,前者の利益の保護の方が上回るときは,積極的に情報を開示するものと解すべきである。
 以上のような判断の枠組みを前提とし,タミフルの国民の生命,健康に対する危険性を考慮すると,本件対象文書は開示されるべきである。

第3  当裁判所の判断
当裁判所の判断の理由は,次のとおり補正し,次項に当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄中の「第3当裁判所の判断」の1項ないし3項(原判決10頁18行目から21頁21行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)  原判決11頁17行目の「タミフルの」の前に「新医薬品の承認を取得した医薬品製造業者等は,一定期間,当該医薬品につき市販後の調査を実施して,厚生労働大臣の再審査を受けることとされており,再審査期間(通常6年)経過後の再審査において薬事法14条2項各号に該当しないことが確認されたものについては,医薬品としての有効性や安全性についての評価が定まったものとして,後発の医薬品製造業者は申請書の添付資料の大半を省略することができることとされている(薬事法14条の4,規則18条の3第1項ただし書,医薬品の承認申請について(平成11年医薬発481号通達)。乙3)ところ,」を加える。

(2)  同16頁3行目の「指示をし,」を「指示するとともに,症例の概要として,患者の性別,年齢,使用理由,投与状況,副作用の経過及び処置などを公表した。」に改める。

(3)  同17頁15行目ないし16行目の「ワーキンググループ」の後に「(臨床ワーキンググループ)」を,同17行目の「①」の後に「E班報告(研究分担者E)及びG班報告(研究代表者G)による疫学調査(なお,E班の調査は,平成17年度のD班(主任研究者D)のタミフルの服用と異常言動との関連性についての調査結果(調査結果は,タミフルの服用の有無で有意差はないというもの。)を踏まえて行われたものである。)により異常行動はインフルエンザ自体によって発現する場合があることが明らかとなり,また,タミフルがインフルエンザに伴う異常行動のリスクを高めるかどうかについては,E班報告では,特に重篤な異常行動を起こした10代の患者に限定した解析により,タミフル服用者と非服用者の間に統計的な有意差はないが,非服用者に比べリスクは1.5倍になるとの数値が示されたが,解析方法の妥当性について,疫学及び統計学の専門家から異なる意見があり,データの収集,分析に関わるさまざまな調査の限界を踏まえると,E班報告の解析結果だけで,」を,同末行の「公表している」の後に「。平成24年10月29日になされた安全対策調査会では, 2011/2012年シーズンの調査で,これまでと同様に抗ウイルス薬の種類,使用の有無と異常行動については特定の関係に限られるものではない旨報告され,インフルエンザ罹患時における異常行動による重大な転帰の発生を防止するため,①抗インフルエンザウイルス薬の処方の有無に関わらず,インフルエンザ発症後の異常行動に関して,再度,注意喚起を行うこと,②抗インフルエンザウイルス薬についても,従来同様の注意喚起を徹底するとともに,異常行動の収集,評価を継続して行うことが提案された」をそれぞれ加える。

(4)  同18頁23行目の「飛び降り」 の後に「等の異常行動」を加える。

(5)  同19頁2行目の「上記のような」の後に「異常行動による」を加える。

当審における控訴人の主張に対する判断
(1)  医薬品の研究開発費用等について
 控訴人は,我が国で新薬1剤当たりの研究開発費用が約500億円を要するというのは誇張があり,また,新薬の候補として研究を始めた化合物が新薬として承認される確率が2万1667分の1とされることにも誇張が含まれている旨主張する。
 確かに,証拠(甲20)によれば,米国において,研究開発費総額を新薬の数で割ると,平成12年には新薬1剤当たりの関発費が2億6500万ドル(税引後では1億7500万ドル)を超えなかったことなどを記載した文献があることが認められる。しかしながら,上記文献の当該記載部分の信用性は明らかでない上,仮に新薬1剤当たりの開発費が2億6500万ドル(1ドルを100円で換算すると265億円に相当する。)程度であるとしても,新薬の開発に多額の研究開発費用を要するという認定事実を左右するものではない。また,新薬の候補として研究を始めた化合物が新薬として承認される確率について,控訴人が主張するように化合物に類似の物質が含まれているとしても,これが上記の確率にどの程度影響するのかは明らかでなく,新薬の開発を成功させて承認に至る確率が極めて低いとの認定事実を左右するに足りない。
 したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。

(2)  タミフルの危険性について
 控訴人は,まず,FDA(米国食品医薬品局)が公表したデータによれば,現在においても,タミフルによる異常行動や突然死が報告されており,また,2009/2010年のタミフルによる突然型死亡数は,我が国だけでも38人を下らないから,タミフルの服用による異常行動や突然死が,安全対策が講じられたことにより相当程度低下したとはいえない旨主張する。
 しかしながら,証拠(甲20)によれば,FDAのデータによっても,タミフルを服用した際の異常行動及び突然死の報告数は,2006/2007年をピークとして,その後,減少傾向にあることが認められる。また,2009/2010年のタミフルによる突然型死亡数が我が国だけでも38人を下らないとする具体的な根拠は,控訴人の援用する証拠(甲20)によっても明らかではなく,これを認めるに足りない。
 したがって,控訴人の上記主張を採用することはできない。

 控訴人は,タミフルが呼吸中枢を抑制することは,A実験,B実験で確認されており,また,C論文でタミフル誘発性の心肺停止とタミフル服用後のインフルエンザ患者の突然死との関連牲を示唆すると結論付けられた旨主張する。
 そこで検討するに,証拠(甲16ないし18の各1,2,乙21の1,乙36の1,2,乙38)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア)  リン酸オセルタミビル(Ro64-0796)は,A型及びB型インフルエンザに対する経口薬(タミフル)である。Ro64-0802は,インフルエンザウイルスの増殖サイクルに必須の酵素であるノイラミニダーゼ(NA)の阻害剤である。リン酸オセルタミビルは,経口投与後速やかに吸収され,エステラーゼにより活性体Ro64-0802に変換された後,呼吸気道内に移行し,インフルエンザウイルスNAを阻害することにより,ウイルス増殖を阻止し,インフルエンザ症状の軽減と罹病期間の短縮が期待される。

(イ)  A実験(2007年7月20日受付)は,脳からオセルタミビルを排出する特異的排出輸送体(排出トランスポーター)が存在するとの仮説の下に,マウスにオセルタミビルを投与して実験したところ,P-糖たんぱく(P-gp)がこの役割を果たしていること,Ro64-0802ではなくオセルタミビルがP-糖たんぱくの基質であること,したがって,P-糖たんぱくの活性が低レベルであるとオセルタミビルの脳内蓄積が増強される可能性があることとの結論を得て,患者によっては,オセルタミビルの中枢神経系への影響をこれにより説明できるかもしれないと考察した。

(ウ)  B実験(2007年8月27日受付)は,オセルタミビルとその活性体であるRo64-0802が血液脳関門を通過するトランスポーターの役割を調べるため,マウスで実験したところ,P-糖たんぱくがオセルタミビルの脳内取り込みを制限していること,Ro64-0802自体の血液脳関門の通過は困難であることが示唆された。

(エ)  C論文(2012年1月5日受付)は,リン酸オセルタミビルによるインフルエンザ患者の心肺停止による突然死の原因を検討するために,迷走神経を切断した麻酔ラットにこれを投与して実験したところ,静脈内(30-200mg/kg)投与では,自発呼吸動物で,用量依存的に血圧を低下させ,徐脈を引き起こし,200mg/kgで呼吸停止するなどしたので,リン酸オセルタミビルが呼吸機能の中枢抑制を起こすことをラットで示したと結論し,リン酸オセルタミビル誘発性の心肺停止とリン酸オセルタミビル服用後のインフルエンザ患者にみられる突然死との関連を示唆すると考察した。

(オ)  平成24年10月29日開催の安全対策調査会で,上記(エ)のC論文について検討され,専門家の見解として,呼吸停止が現れた用量は,ヒトの臨床用量(2mg/kg)と比較し高用量であり,また投与経路も異なるので,実臨床の場で呼吸停止が発現するとは言い難く,迷走神経切断及び麻酔下という特殊な条件下での呼吸への影響を検討したものであって,同論文で,リン酸オセルタミビル投与後に発生する突然死の原因が明らかになったとは言い難いと考察された。
 以上の認定事実によれば,A実験及びB実験ではオセルタミビルの脳内蓄積にP-糖たんぱくが一定の役割を果たしていることが示されたものの,オセルタミビル(タミフル)が呼吸中枢を抑制することまでをも示したとは認めるに足りない。また,C論文では,リン酸オセルタミビル誘発性の心肺停止とリン酸オセルタミビル服用後のインフルエンザ患者にみられる突然死との関連を示唆すると考察されたが,一方,平成24年10月29日開催の安全対策調査会で,C論文について検討され,専門家の見解として,同論文で,リン酸オセルタミビル投与後に発生する突然死の原因が明らかになったとは言い難いと考察されており,C論文による実験の諸条件が実臨床とは相当に異なるものであることをも踏まえると,C論文の実験結果をもって,直ちにタミフルとインフルエンザ患者の突然死との関連が明らかになったと認めるのは困難である。
 したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。

 控訴人は,D班による報告及びE班による報告内容にはいずれも疑問があり,Fらは,E班の調査データの再解析を行い,タミフルの服用と異常行動,意識障害との関連性を認めた旨主張する。
 そこで検討するに,平成17年に行われたD班のタミフルの服用と異常言動との関連性についての調査結果では,タミフルの服用の有無で有意差はないというものであったこと,このD班の調査を踏まえて行われたE班の疫学調査の結果が,平成21年6月16日の安全対策調査会に報告され,同調査会で検討されたが,E班の特に重篤な異常行動を起こした10代の患者に限定した解析で,タミフル服用者と非服用者の間に統計的な有意差はないが,非服用者に比べリスクは1. 5倍になるとの報告に対し,解析方法の妥当性について,疫学及び統計学の専門家から異なる意見があり,データの収集,分析に関わるさまざまな調査の限界を踏まえると,E班報告の解析結果だけで,タミフルと異常行動の因果関係に明確な結論を出すことは困難であるとの結論が取りまとめられたことは,原判決を補正の上引用して認定したとおりである。これによれば,E班の上記解析結果をもって,タミフルと異常行動の因果関係を認めるに足りないものというべきである。
 これに対し,控訴人の援用するFらによる疫学研究報告(F報告。初稿受付2010年10月20日(甲12) )によれば,E班の基礎データを用いて再解析したところ,オセルタミビル未使用状態に対する使用状態のせん妄の発生確率は1. 51倍であり,有意ではないがリスク増大と関連する傾向がみられ,また,意識障害の発生確率は1. 79倍と有意な関連がみられたとして,得られた暫定成績は,オセルタミビルとせん妄及び意識障害の関連を疑わせるものであったと結論付けたことが認められる。しかしながら,同報告書(甲12)には,研究体制が整わなかったことなどから,研究の質が低下し,仮説強化のレベルの暫定的研究にならざるを得ず,今後の検証を期待する旨記載されていることが認められる。そうすると,F報告の信頼性には疑問があると言わざるを得ず,基礎データを共通にするE班の上記解析に対する評価をも考え合わせると,F報告をもって,タミフルとせん妄及び意識障害との関連性を認めるに足りないものというべきである。
 したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。

(3)  本件対象文書が開示された場合にタミフルの有効性及び安全性に関する新たな知見が得られる可能性について
 控訴人は,申請資料概要では数多くの試験データが欠落しており,本件対象文書が開示されない限り,タミフルの安全性について検証することは不可能である旨主張する。しかしながら,控訴人が欠落していると主張する試験のデータも「タミフルドライシロップ3%」の申請資料概要や論文において既に相当程度公表されていると認められることは原判決を補正の上引用して認定したとおりである。
 また,控訴人は,本件対象文書に記録された情報が開示された際に,さらに原資料のデータの提示を求めたり,企業に説明を求めるなどして分析,検討を独自に行うことができる旨主張する。しかしながら,本件対象文書に記載された情報が公にされると,本件申請企業及び本件導入元企業の競争上の地位その他正当な利益が害される蓋然性が客観的に認められることは原判決を補正の上引用して認定したとおりであり,かかる情報を国あるいは本件申請企業等が一個人の要求に応じて任意に開示する蓋然性は低いものというべきである。
 したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。

(4)  医薬品に関する情報公開の必要性及び不開示情報該当性の判断基準について
 控訴人は,情報公開法の制定の背景には,大規模な薬害の続発があり,医薬品の安全性に関する情報を広く公開させることによって,薬害の発生,拡大を防ぐことが同法制定の大きな動機付けになっており,情報公開法は,国民の健康を守るために必要な情報,その代表的な情報である医薬品の安全性に関する情報を公開させることができる制度として制定されたのであるから,同法5条2号イに該当するためには,情報の開示により法人等の具体的な利益侵害が相当の蓋然性をもって予測されることを要し,抽象的な利益侵害のおそれがあることでは足りず,また,同法5条2号ただし書の適用に当たっては,情報の開示により保護される人の生命,健康等の利益と情報の不開示により保護される法人等の利益とを具体的に比較考量し,前者の利益の保護の方が上回るときは,積極的に情報を開示するものと解すべきである旨主張する。
 しかしながら,情報公開法は,国民主権の理念にのっとり,行政文書の開示を請求する権利を定めること等により,行政機関の保有する情報の一層の公開を図り,もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにすることを目的とするものであり(同法1条),医薬品の安全性に関する情報であることをもって直ちに情報を公開する方向で同法の規定を解釈,運用すべきであるとまではいうことができない。また,情報公開法は,公開請求の主体を「何人も」と定めていること(同法3条)からすれば,同法5条2号イの該当性の判断に当たっては,当該情報の一般的な性質に基づき,これが公にされた場合に,「当該法人等又は当該個人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれ」があるかを客観的に判断することで足り,情報の開示による具体的な利益侵害が相当の蓋然性をもって予測されることの判断までをも要しないものというべきである。さらに,情報公開法5条2号が,同号本文に該当する情報は原則不開示とし,ただし書に該当する情報を例外的に開示すべきものと定めている趣旨に照らせば,同号本文に該当する情報を開示するためには,当該法益の内容及び性質,当該法益が害される蓋然性,当該情報が当該法益の保護に資する見込み等を踏まえた開示の必要性が,法人等の権利利益の保護のために当該情報を不開示とする必要性を上回ると認められることを要し,その立証責任は,当該情報の公開を求める控訴人が負うと解すべきであること,本件対象文書に記録された情報の開示の必要性が本件申請企業及び本件導入元企業の権利利益の保護のために当該情報を不開示とする必要性を上回るとは認められないことは原判決を補正の上引用して説示したとおりである。
 したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。

 以上の次第で,控訴人の請求は理由がないから,これを棄却すべきである。
 よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第9民事部