平成24年2月7日判決言渡
審査請求棄却決定取消等請求事件
 判         決 

 主         文 

 本件義務付けの訴えを却下する。
 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1  請求
 処分行政庁が,平成23年3月18日付で原告に対してした,原告に係る現住建造物等放火,殺人,殺人未遂についての刑の執行指揮書及びその添付書類すべてを不開示とする決定を取り消す。

 裁決行政庁が,平成23年9月27日付けで原告に対してした,前項の不開示決定に対する審査請求棄却決定を取り消す。

 処分行政庁は,原告に対し,第1項の文書を開示せよ。

第2  事案の概要
 原告は,処分行政庁が平成23年3月18日付けで原告に対してした,原告に係る現住建造物等放火,殺人,殺人未遂についての刑の執行指揮書及びその添付書類すべてを不開示とする決定及び採決行政庁が平成23年9月27日付けで原告に対してした,上記不開示決定に対する審査請求棄却決定が違法であると主張して,行政事件訴訟法に基づき,被告に対し,上記不開示決定及び裁決の取消しを求めるとともに,処分行政庁に対し,上記文書を原告に開示する処分を義務付けることを求めた。
 行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「法」という。)の定め
(1)  3条
 何人も,法の定めるところにより,行政機関の長に対し,当該行政機関の保有する行政文書の開示を請求することができる。

(2)  5条
 行政機関の長は,開示請求があったときは,開示請求に係る行政文書に次の各号に掲げる情報(以下「不開示情報」という。)のいずれかが記録されている場合を除き,開示請求者に対し,当該行政文書を開示しなければならない。
 個人に関する情報(事業を含む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって,当該情報に含まれる氏名,生年月日その他の記述により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することにより,特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)又は特定の個人を識別することはできないが,公にすることにより,なお個人の権利利益を害するおそれがあるもの。ただし,次に掲げる情報を除く。

 法令の規定により又は慣行として公にされ,又は公にすることが予定されている情報

 人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,公にすることが必要であると認められる情報

 当該個人が公務員等(国家公務員法2条1項に規定する国家公務員[独立行政法人通則法2条2項に規定する特定独立行政法人の役員及び職員を除く。],独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律2条1項に規定する独立行政法人等の役員及び職員,地方公務員法2条に規定する地方公務員並びに地方独立行政法人法2条1項に規定する地方独立行政法人の役員及び職員をいう。)である場合において,当該情報がその職務の遂行に係る情報であるときは,当該情報のうち,当該公務員及び当該職務遂行の内容に係る部分
② ないし⑥ 省略

(3)  8条
 開示請求に対し,当該開示請求に係る行政文書が存在しているか否かを答えるだけで,不開示請求を開示することとなるときは,行政機関の長は,当該行政文書の存否を明らかにしないで,当該開示請求を拒否することができる。

 争いのない事実等
(1)  原告は,懲役12年の有罪判決を受け,この判決が平成12年○月○日確定し,同年○月○日から平成22年○月○日まで,A刑務所で刑の執行を受けた(争いがない)。

(2)  原告は,平成23年3月3日,処分行政庁に対し,原告に係る現住建造物等放火,殺人,殺人未遂についての刑の執行指揮書及び添付書類すべて(以下「本件文書」という。)の開示請求をした(乙1ないし3。以下「本件開示請求」という。)。

 処分行政庁は,本件開示請求に対し,同月18日付けで,当該文書の存否を答えるだけで,法5条1号の規定により不開示とすべき個人を識別することができる情報が開示されるのと同様の結果が生じるとの理由により,不開示とする決定をし(以下「本件処分」という。),同日,原告に対し,書面でその旨を通知とした(甲1,乙4)。

(3)  原告は,同年5月9日,採決行政庁に対し,本件処分につき,行政不服審査法に基づく審査請求をした(乙5。以下「本件審査請求」という。)。

 採決行政庁は,同年9月27日付けで,本件審査請求に対し,棄却する裁決をした(甲2,乙6ないし10。以下「本件採決」という。)。

(4)  原告は,平成23年10月7日,本件訴えを提起した。

 主な争点
(1)  本件処分は適法か(本件文書の情報は法5条1号ただし書イないしハに該当するか)

(2)  本件裁決は適法か

 主な争点に対する当事者の主張
(1)  争点(1)(本件処分は適法か[本件文書の情報は法5条1号ただし書イないしハに該当するか])

(原告の主張)

 原告は,A刑務所で,刑務官から,原告は捕まっていない,刑の執行指揮書はない,刑の執行指揮書の日付が誤っている,原告が無罪であるのに刑が執行されている理由は刑の執行指揮書の添付書類を見れば分かる,原告には5億円の損害賠償請求権があるなどと言われたことから,その発言内容が真実であるかどうかを確かめるために本件開示請求をした。
 本件文書の内容は,刑の執行を行う上で,慣行として公にされている情報である。
 また,刑務官の上記発言内容は,原告の損害賠償請求権に関するものであるから,本件文書の内容は,これを公にすることが必要であると認められる情報である。
 さらに,刑務官の上記発言内容は,刑務官が職務を行う上で知り得た情報であるから,本件文書の内容は,公務員に関する情報である。
 したがって,本件文書に記載されている情報は,法5条1号ただし書イないしハに該当し,開示されるべきであるのに,本件開示請求を認めなかった本件処分は違法である。

(被告の主張〉

 本件文書は,原告が特定の刑事施設に収容されていること又は収容されていたことという事実を前提として存在し得るものであるところ,原告が特定の刑事施設に収容されているか否か,収容されていたか否かという情報は,法5条1号が規定する個人に関する情報であり,特定の個人を識別できるものであるため,同号本文前段の不開示情報に該当する。
 また,原告が特定の刑事施設に収容されていること又は収容されていたことという事実の有無は,法令の規定により又は慣行として公にされ,又は公にされることが予定されている情報であるとはいえず,公務員に関する情報でもないから,法5条1号ただし書イ及びハには該当しないし,同条同号ロに該当する事情もない。
 したがって,本件開示請求を認めなかった本件処分は適法である。
 なお,本件文書は,その開示を求めた原告本人の個人情報であるが,法は,何人の請求であっても請求目的のいかんを問わず同様の回答を行うことを前提としており,本人に関わる開示請求であっても,個人が識別される以上,不開示とされるべきである。

(2)  争点(2)(本件裁決は適法か)

(原告の主張)

 本件開示請求は認められるべきであるから,これを認めなかった本件処分を適法とした本件裁決は違法である。

(被告の主張〉

 原処分を正当として審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えにおいては,原処分の違法を理由とすることはできず(行政事件訴訟法10条2項),いわゆる裁決固有の瑕疵を主張する必要があるところ,原告は,原処分である本件処分の違法を主張するのみで,本件採決固有の違法について主張しない。
 また,本件採決については採決の主体,手続,形式等に何ら違法な点はなく,本件裁決は適法である。

第3  当裁判所の判断
 争点(1)(本件処分は適法か[本件文書の情報は法5条1号ただし書イないしハに該当するか])について
(1)  本件文書は原告に係る現住建造物等放火,殺人,殺人未遂についての「刑の執行指揮所及び添付書類のすべて」であるところ,仮に処分行政庁がこの種の文書が存在しているか否かを回答すると,そのことだけで当該個人が特定の刑事施設に収容されているか否か又は収容されていたか否かという事実が明らかになるから,当該情報は,法5条1号本文前段の個人に関する情報をであって,特定の個人を識別することができるものに該当すると認められている。

(2)  次に,法は,何人に対しても,請求の目的いかんを問わず,開示請求を認めており(上記第2の1(1)),法5条1号本文に規定される情報については原則として不開示であるが,同号ただし書のイロハに該当する場合に限り絶対的に開示されるものとしているから(上記第2の1(2)),開示請求の対象文書を開示するか否かの判断に当たっては,開示請求者が誰であるかは考慮されないというべきである。したがって,原告が本件文書に係る情報の対象者本人であることを理由に,開示を認めることはできない。
 そして,本件文書に記載されている情報が,刑の執行を行う上で,慣行として,現に公衆が知り得る状態に置かれ,又は公衆が知り得る状態に置かれることが予定されている情報でないことは,明らかであるから,法5条1号ただし書イに該当するとは認められない。
 また,本件文書に記載されている情報を公にすることが,公衆の生命,健康,生活又は財産を保護するために必要であるとは認められず,個人の訴訟資料として入手する必要がある等の個別事情は考慮すべきではないから,法5条1号ただし書ロに該当するとは認められない。
 さらに,法5条1号ただし書ハの「当該個人」が公務員等である場合とは,識別されうる個人が公務員等である場合をいうところ,本件文書の開示により識別されうる原告本人が公務員等に該当するとは認められないから,本件文書に記載されている情報は,法5条1号ただし書ハに該当するとは認められない。
 そのほか,原告は,縷々主張するが,いずれも上記判断を左右するものではない。
 したがって,本件開示請求を認めなかった本件処分は適法であると認められる。

 争点(2)(本件裁決は適法か)について
 行政事件訴訟法第10条2項は,処分の取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えを提起することができる場合には,原処分の取消しの訴えにおいてのみ主張することができるとして,原処分を正当として審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えにおいては,裁決に固有の瑕疵のみを主張することができると定めている。
 そして,法は,情報不開示決定等を不服とする訴訟に関し,いわゆる裁決主義を採用していないから,本件は,本件処分の取消しと本件裁決の取消しのいずれの訴えも提起できる場合である。
 しかし,原告は,本件裁決の取消しの訴えにおいて,本件裁決の手続上の違法等の裁決固有の違法について何ら主張せず,原処分である本件処分の違法を主張するだけである。
 したがって,本件裁決の取消しの訴えにおける原告の主張は,それ自体失当である。

 本件義務付けの訴えについて
 上記1及び2のとおり,本件処分及び本件裁決が取り消されるべきものであるとはいえないから,本件義務付けの訴えは,行政事件訴訟37条の3第1項2号の「当該処分又は裁決が取り消されるべきものであり,又は無効若しくは不存在であること」という訴訟要件を欠き,不適法である。

第4  結論
 以上によれば,原告の本件義務付けの訴えは不適法であるからこれを却下し,原告の本件処分及び本件裁決の取消しの訴えは理由がないからこれらをいずれも却下することとし,主文のとおり判決する。

和歌山地方裁判所第2民事部