答申本文
諮問庁 | : | 国税庁長官 |
諮問日 | : | 平成15年3月24日 (平成15年(行情)諮問第132号) |
答申日 | : | 平成15年7月24日 (平成15年度(行情)答申第208号) |
事件名 | : | 第51回税理士試験財務諸表論の模範解答及び採点基準の分かる文書の不開示決定(不存在)に関する件 |
答 申 書
第51回税理士試験財務諸表論の模範解答及び採点基準の分かる文書(以下「本件対象文書」という。)について,不存在を理由に不開示とした決定は妥当である。
本件異議申立ての趣旨は,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「法」という。)3条の規定に基づく,本件対象文書の開示請求に対し,平成14年1月8日付け官人6-1により国税庁長官が行った不開示決定について,これを取り消し,本件対象文書の開示を求めるというものである。
異議申立人の主張する異議申立ての主たる理由は,異議申立書及び意見書の記載によると,おおむね以下のとおりである。
官報によると2001年度の試験委員は21名であるが,そのうち財務諸表論を担当しているのは数名だと思われる。
本件第51回税理士試験財務諸表論には17,621人の受験生があり,合格者は3,267人だった。試験問題は論述試験が2題,計算問題が2題であり,試験問題は持ち帰りができた。また,予備校が模範解答と配点の資料を作成している。なお,国税庁HPでは「税理士試験出題のポイント」なるものが公開されている。したがって,諮問庁の説明は全く理解不能であり,極めて不自然な説明である。そもそも試験委員が試験問題作成と採点を行うということから,「模範解答や採点基準といったものを作成している上で採点を行っているものではない」という結論に何故つながるのか。逆に模範解答や採点基準と試験問題を同時に作成するのが普通である。本件試験は17,000人以上の受験生がおり,それをほんの数人の試験委員で採点するのだから,何らかの模範解答や採点基準がなければ適正適切な採点ができないことは明らかである。また上記のように出題のポイントが公開されていることも,模範解答等の存在を前提にしている。
「試験委員間において,採点の公平性及び妥当性を確保し,独断的な採点になることを防止するため,採点の過程において密接に連絡を取り合いながら,行っているところである。」というが,これがなぜ,模範解答を作成していない根拠となるのか理解不能である。明確な基準はないが,試験委員間の暗黙の合意に基づいて採点しているとでもいうのであろうか。
試験問題を具体的に検討すると,用語数を決められた問題の字数制限や計算問題の数値など試験委員が模範解答等を作成していると考えるのが自然であり,諮問庁の説明は不自然きわまるものである。
試験問題と同時に模範解答をも作成しなければ問題自体が作成できないことは明らかであり,作成していないと言う諮問庁の説明は全く矛盾している。また模範解答作成も試験委員であれば容易にできる。
各設問の配点が決まっているはずであり,答案ごとに配点を変えるようなことがあれば公正な試験とは言えなくなることは明らかである。
本件行政文書が作成されていなければ,国税庁の行政文書の取扱に関する訓令に違反するものであり,取り消すことが適当である。
本件開示請求は,「第51回税理士試験財務諸表論の模範解答及び採点基準の分かる行政文書」の開示を求めるものである。
税理士試験は,税理士となるのに必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定することを目的として,会計学(簿記論及び財務諸表論)と税法(所得税法,法人税法,相続税法,消費税法又は酒税法,国税徴収法,地方税のうち住民税又は事業税に係る部分,地方税法のうち固定資産税に係る部分)に属する11科目について行われており,第51回税理士試験は,平成13年8月1日~8月3日に実施されている。
税理士試験は国税審議会が行うこととなっており(税理士法12条),このため国税審議会には,税理士試験の問題(以下「試験問題」という。)の作成及び採点を行う試験委員が置かれている(国税審議会令2条3項)。
試験委員は,豊富な実務経験と学識経験を有した者が任命されており,採点に当たっては,その公平性及び妥当性が確保されるよう十分留意しながら行っているものであるが,各試験委員は,試験問題を作成するとともに採点まで行うことから,模範解答や採点基準といったものを作成した上で行っているわけではない。また,試験委員間において,採点の公平性及び妥当性を確保し,独断的な採点になることを防止するため,採点の過程において密接に連絡を取り合いながら,行っているところである。
国税審議会においては,試験委員が作成した試験問題案が試験問題として適切かどうかを審議・決定しており,採点については正解は一義的ではなく,また,試験委員に委ねられているものであることから,国税審議会として,試験委員に対して模範解答及び採点基準の作成は求めていない。
なお,税理士試験は上記のように実施されているところであるので,国税庁においても,模範解答及び採点基準といったものは作成していない。
税理士試験は,毎年,8月頃行われており,財務諸表論の試験委員は,例年,2月上旬から4月上旬にかけて数回程度,国税庁に集まり,試験問題を作成している。
試験委員が試験問題を作成する過程においては,各試験委員が持参した資料を基に他の試験委員とともに検討を行っている。
例えば,計算問題についてのチェックに際しては,試験問題が解答不能ではないか又は複数の解答が出ないかなどを検討するための解答例が担当の試験委員から提示される場合もあり,これら検討過程における資料は,検討のたびに修正され変更されていくものであり,秘密漏洩を防止する観点から,試験問題の審議終了後は,各問の担当試験委員限りの備忘的なものとしており,他の試験委員に配布した資料はその都度回収し,直ちに廃棄している。
このように作成された試験問題の案について,例年6月頃,国税審議会が試験問題として適切かどうかを審議・決定している。
なお,国税庁長官官房人事課は,国税審議会の庶務を担当していることから,試験問題を審議する場においては試験委員の要請に従い,試験委員が持参した資料をコピーして他の試験委員に配布することはあるが,国税庁人事課としては秘密漏洩を防止する観点から,当該資料は一切保有しない。
財務諸表論については,第1問から第3問まであるが,それぞれの問いごとに1人又は複数の試験委員が試験問題を作成するとともに,採点まで行っている。
採点に当たっては,8月頃から10月頃まで約3カ月かけて,試験問題を作成した試験委員自らが,自己の専門的知見に基づき,個々の答案について,単に結果のみではなく,解答を導き出す思考過程や計算過程なども十分に考慮し,その公平性及び妥当性が確保されるよう十分留意しながら行っている。
財務諸表論の各問によっては,複数の試験委員で試験問題の作成及び採点を行うことから,試験委員の間において,採点の公平性及び妥当性を確保し,独断的な採点になることを防止するため,必要に応じて,採点の過程において相互に密接に連絡を取り合うなど,細心の注意を払ってきている。
なお,試験問題の採点は,あくまでも試験委員の専門的知見に基づいて行われるものであり,国税庁人事課が試験委員の行った採点内容をチェックする必要はなく,現に行っておらず,国税審議会の庶務を担当している国税庁人事課において,試験問題に対する解答や採点基準が存在しなくとも,全く支障はない。
当審査会は,本件諮問事件について,以下のとおり,調査審議を行った。
③ |
平成15年5月6日
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異議申立人から意見書を収受
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⑤ |
同年6月19日
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諮問庁職員(国税庁長官官房総務課情報公開室長ほか)から口頭説明の聴取
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⑥ |
同年7月16日
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諮問庁から補充理由説明書を収受
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本件対象文書は,第51回税理士試験財務諸表論の模範解答及び採点基準の分かる行政文書である。諮問庁は,文書不存在を理由に不開示決定を行っていることから,本件対象文書の存否について検討する。
税理士試験は国税審議会が行うこととなっており(税理士法12条),このため国税審議会には,税理士試験の問題(以下「試験問題」という。)の作成及び採点を行う試験委員が置かれている(国税審議会令2条3項)。
試験委員は,豊富な実務経験と学識経験を有する者を財務大臣が任命することとなっている。任命された試験委員がそれぞれの専門的知見に基づき専門分野の試験科目を担当することとなるものである。
また,試験委員は,例年1月末に任命され,12月に税理士試験の合否発表が行われた後,解任される。
諮問庁の説明によれば,財務諸表論の試験問題は3問あるが,その作成については,1問ごとに一人又は複数の試験委員が担当し,各試験委員が2月から4月にかけて約2カ月の間に数回,国税庁に集まり,試験問題の出題の趣旨や解き方などについて検討を重ねるとしている。
この検討過程において,財務諸表論を担当する試験委員の間において,出題,設問の趣旨や解き方及び採点についての共通認識が形成され,最終的に試験問題案として作成されるが,その際,模範解答や採点基準を定めた文書が作成されているものとは認められない。
試験委員によってこのようにして作成された試験問題案について,国税審議会税理士分科会が試験問題としての適否について審議し決定することとなるが,同分科会においては試験委員自らが担当した問題について説明しており,同審議会が模範解答や採点基準を定めた文書の提出を試験委員に求めているものとは認められない。
異議申立人は,本件試験は,17,000人以上の受験生がおり,それを数人の試験委員で採点するのであるから,何らかの模範解答や採点基準がなければ適正適切な採点ができないことは明らかであると主張する。
試験問題の採点は,それぞれの問題の作成を担当した試験委員が行うが,財務諸表論の問題数や約3カ月の期間をかけて採点を行うことからすると,当該科目を専門分野とする試験委員にとって,採点が不可能な期間であるとは認められず,また,採点は,答案を模範解答や採点基準の定めに形式的に照合して行うようなものではなく,その高度な知見に基づき試験委員が解答を導き出す思考過程を分析し,判断する知的作業であると考えられることから,問題作成者であり,同時に採点に当たる試験委員にとって各問に付与された配点のほかに模範解答や採点基準を定めた文書が常に必要であるとは認められない。更に一つの問題を複数の試験委員が作成し,採点についても分担して行っている場合においても,採点の公平性を確保するため必要に応じて試験委員が密接に連絡を取り合っているものと認められ,模範解答及び採点基準を定めた文書がないとしても,これを不自然と言うことはできない。
以上によれば,試験委員によって作成された模範解答及び採点基準を定めた文書は存在しないとする諮問庁の説明が不自然不合理であると言うことはできない。
諮問庁は,国税審議会の庶務を担当する国税庁長官官房人事課において,問題作成の打合せ会等についての必要な手配や準備はするが,試験問題の検討内容について記録を作成することはなく,検討過程の資料についても検討が終わり次第その都度廃棄することとしており,また事務当局として本件対象文書を作成し保有することもないと説明している。
国家試験である税理士試験の性質上,試験問題作成及び採点が試験委員の高い専門性と知見に全面的に委ねられていること及び試験問題作成過程の秘匿の重要性や秘密漏洩防止の観点からすると,このような説明は是認することができる。
以上のことからすると,試験問題の原案作成から採点に至るまで,全面的に試験委員に委ねられており,模範解答及び採点基準を定めた文書が作成され,これを諮問庁が保有していると言うことはできない。
したがって,本件対象文書が不存在であるとする諮問庁の説明は,是認することができる。
異議申立人は出題のポイントが公表されていることは本件対象文書の存在を前提にしていると主張するが,諮問庁の説明によれば,出題のポイントは試験問題とともに試験委員によって作成されたものが公表されているものと認められ,本件対象文書の存在を前提とするものとは認められない。
その他異議申立人は,本件試験に関し種々の主張をしているが,いずれも当審査会の上記判断を左右するものではない。
以上のことから,本件対象文書につき,不存在を理由に不開示とした本件決定は妥当であると認めた。
清水湛,饗庭孝典,小早川光郎