諮問庁 厚生労働大臣
諮問日 平成23年 3月25日 (平成23年(行情)諮問第126号)
答申日 平成24年 4月25日 (平成24年度(行情)答申第19号)
事件名 特定保険医療機関が不正請求を行ったとの公益通報の後に実施された調査に係る文書等の不開示決定(存否応答拒否)に関する件

答 申 書

第1  審査会の結論
 別紙に掲げる文書1ないし文書7(以下「本件対象文書」という。)のうち,文書1ないし文書4につき,その存否を明らかにしないで開示請求を拒否した決定は妥当であるが,文書5ないし文書7につき,その存否を明らかにしないで開示請求を拒否した決定は,取り消すべきである。

第2  審査請求人の主張の要旨
 審査請求の趣旨
 行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「法」という。)3条の規定に基づく本件対象文書の開示請求に対し,平成22年2月3日付け東海厚発0203第11号により東海北陸厚生局長(以下「処分庁」という。)が行った一部開示決定(以下「原処分」という。)について,その取消しを求める。

 審査請求の理由
 審査請求人の主張する審査請求の理由は,審査請求書並びに意見書1及び意見書2の記載によると,おおむね以下のとおりである。

(1)  審査請求書
 本件一部開示決定は,開示しない理由がないにもかかわらずなしたものであり,違法である。。

(2)  意見書1
 諮問庁は,不開示の理由として,本件開示請求は,法人及び個人を特定した上で,東海北陸厚生局が行った指導及び監査に係る文書の開示を求めるものであるから,法5条1号に該当する,不正請求を行ったことに関し,保険医療機関の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあり,同条2号イに該当する,などと弁明しているが失当である。
 不正請求について通報したのは,審査請求人であり,本件開示請求の目的は,その通報に基づく調査や監査が適正に行われたか否かを国民目線で監視・監督するためである。
 諮問庁の弁明の第1点目は,審査請求人や患者の個人情報は,その部分を秘匿することで個人情報を保護することができるから,法5条1号に該当しないし,「文書の存否不存在」とする正当な理由にはならない。
 諮問庁の弁明の第2点目は,不正請求を行った保険医療機関が不開示の恩恵を受ける正当な理由がないのであって,不正請求による競争上の地位は保護されないし,そもそも不正請求の利益は正当な利益ではないから法5条2号イにも該当しない。
 また,本件開示請求は,保険の不正請求について,東海北陸厚生局三重事務所が法令の適正な執行を行っているか否かの問題であり,特定保険医療機関の問題にとどまることではないにもかかわらず,東海北陸厚生局三重事務所は,あたかも,特定保険医療機関の問題であるかのように「文書存否の不開示理由」をすり替えているもので,失当である。
 情報公開で白日の下にさらされるべきは,東海北陸厚生局三重事務所の業務の適正執行の有無であり,文書の存否を不開示とすることは,東海北陸厚生局三重事務所の業務の不適正執行を隠蔽することである。
 畢竟(ひっきょう),一部開示決定(存否不回答)は,法の適用を誤ったものであるから,取り消されるべきである。  

(3)  意見書2
 諮問庁は,補充理由説明として,情報を開示することにより,「特定保険医療機関等について,大部分の診療報酬明細書について,適正を欠くものが認められた又は診療内容若しくは診療報酬の請求に不正があったことを疑うに足りる理由があるときなどに,地方厚生(支)局長が個別指導及び監査を行った事実を明らかにする結果を生じさせるものと認められる。当該事実を公にした場合,特定保険医療機関等に対する信用を低下させ,その権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあり,法5条2号イの不開示情報を明らかにすることとなる」などと説明している。
 しかしながら,我が国の医療費は年間33兆円程度で,国家予算の約半分に匹敵する大きなものになっているが,2007年度に厚生労働省が指導・監査で保険医療機関等から返還を求めた額は,約55億5千万円に上っている。この中で,不正請求等により保険医療機関の指定取消を受けた保険医療機関等は52件,保険医等の登録取消は61人と報告されているように不正請求は大きな社会問題となっている。
 先日,ある医療法人グループが看護師数を水増しし,多額の診療報酬を不正受給していたことが報じられたが,これは氷山の一角であり,医療費の不正請求は,もはや日常化した病理現象である。不正請求を防止するために,医療費通知書を患者に交付する制度があるが,医療機関の不正請求を見つけて公益通報しても,その結果,監督機関とのなれ合いの検査や指導で終わらせている実態では,医療機関の不正請求が減少することはない。それどころか,公益通報をきっかけに「不正請求」や「架空請求」が過誤請求による過誤調整として処理されて不問に付されている実態では,公益通報は,官民一体の隠蔽工作のためにしか使われていないことになる。
 諮問庁は,「特定保険医療機関等に対する信用を低下させ,その権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれ」を非公開の理由にしているが,国民の信頼を得る医療行政の確立こそが優先する公益であり,公表こそが不正請求の根絶につながる最善の方策である。
 諮問庁が補充理由説明書において縷々(るる)述べる制度は,実効性の少ないほとんどなれ合い化している制度を縷々述べているだけで,不正請求の根絶どころか,不正請求を「過誤請求による過誤調整」にすり替える官民一体のごまかしの制度をもって非公開の理由とするもので,非公開の正当な理由にはならないものである。

第3  諮問庁の説明の要旨
 理由説明書
(1)  諮問庁としての考え方
 本件審査請求について,処分庁においては,本件対象文書の存否を明らかにすることは,法5条1号及び2号イの不開示情報を開示することとなるため,法8条の規定に基づき,その存否を明らかにせず,不開示としたものであるが,諮問庁としては,原処分を維持することが適当であり,本件審査請求は棄却すべきものと考える。

(2)  理由

 保険医療機関等に対する指導及び監査について
 保険医療機関若しくは保険薬局又は保険医若しくは保険薬剤師に対する指導・監査は,健康保険法(大正11年法律第70号)等の関係法律の規定に基づき,療養の給付又は入院時食事療養費,入院時生活療養費,保険外併用療養費若しくは家族療養費の支給に係る診療(調剤を含む。以下同じ。)の内容又は診療報酬(調剤報酬を含む。以下同じ。)の請求について,保険診療の質的向上及び適正化を図るために行うものであるが,指導については,診療内容又は診療報酬の請求について,適正を欠くものが認められる場合等において,関係法律等に定める保険診療の取扱い,診療報酬の請求等に関する事項について周知徹底させることを主眼とし,監査については,診療内容又は診療報酬の請求について,不正又は著しい不当が疑われる場合等において,的確に事実関係を把握し,公正かつ適切な措置を採ることを主眼としているところである。

 不開示情報該当性について
 本件対象文書は,仮に存在するとすれば,特定年月,特定個人が東海北陸厚生局三重事務所長に対して,特定市内の特定保険医療機関が健康保険診療報酬に関して不正請求をなしたとの通報に基づき,東海北陸厚生局が行った指導及び監査(事前の調査を含む。)に係る文書であるが,本件開示請求は,法人及び個人を特定した上で,当該指導及び監査に係る文書の開示を求めるものである。
 したがって,本件対象文書の存否を明らかにすることは,すなわち特定個人が特定保険医療機関において診療を受けていたという事実の有無及び特定個人が東海北陸厚生局三重事務所長に対して,特定保険医療機関が診療報酬の不正請求を行ったと通報した事実の有無を明らかにする結果を生じさせるものと認められる。これらの事実の有無は,個人に関する情報であって,特定の個人を識別することができる情報であり,法5条1号の不開示情報に該当する。
 また,本件対象文書の存否を明らかにすることは,すなわち特定保険医療機関が診療報酬の不正請求を行ったことに対し,東海北陸厚生局が指導及び監査を行った事実の有無を明らかにする結果を生じさせるものと認められる。当該事実の有無を公にした場合,特定保険医療機関に対する信用を低下させ,当該保険医療機関の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあり,法5条2号イの不開示情報に該当する。

 本人開示について
 法は,何人も等しく目的を問わず行政文書の開示請求ができることとされており,開示請求の理由や利用の目的等個別事情を問うものではなく,開示請求者が誰であるか又は開示請求に係る行政文書に記録されている情報について利害関係を有しているかどうかなどの個別事情によって,当該行政文書の開示決定の結論に影響を及ぼすものではないものである。

 補充理由説明書
 厚生労働大臣若しくは地方厚生(支)局長又は都道府県知事は,健康保険法73条及び78条等の関係規定に基づき,保険医療機関若しくは保険薬局又は保険医若しくは保険薬剤師(以下「保険医療機関等」という。)に対し,療養の給付又は入院時食事療養費,入院時生活療養費,保険外併用療養費若しくは家族療養費の支給に係る診療(調剤を含む。以下同じ。)の内容又は診療報酬(調剤報酬を含む。以下同じ。)の請求に関し指導及び監査を行う権限を有している。具体的には,平成7年12月22日付け保発第117号厚生省保険局長通知の別添1「指導大綱」及び同通知の別添2「監査要綱」においてその取扱いが示されている。

(1)  保険医療機関等に対する指導について

 指導の形態には,集団指導(対象となる保険医療機関等を一定の場所に集めて講習等の方式により実施),集団的個別指導(対象となる保険医療機関等を一定の場所に集めて個別に簡便な面接懇談方式により実施)及び個別指導(対象となる保険医療機関等を一定の場所に集めて又は当該保険医療機関等において個別に面接懇談方式により実施)の3形態がある。
 このうち,集団指導及び集団的個別指導については,新規指定の保険医療機関等について,おおむね1年以内に全てを対象とするなどの基準により実施されるものである。

 個別指導については,診療内容又は診療報酬の請求に関する情報の提供があり必要と認められたもの,監査の結果,戒告又は注意を受けたものなど,指導大綱に定められた選定基準により選定された保険医療機関等に対し実施される。

 個別指導の実施方法は,原則として指導月以前の連続した2か月分の診療報酬明細書に基づき,診療録等の関係書類を閲覧し,面接懇談方式により行う。

 個別指導後の措置については,診療内容及び診療報酬の請求の妥当性により,①おおむね妥当,②経過観察,③再指導及び④要監査の4種類があり,個別指導後は,対象となった保険医療機関又は保険薬局に対し,指導結果及び指導後の措置について文書により通知することとされている。また,改善すべき事項として指摘したもの(指摘事項)について,「改善報告書」の提出を求めるとともに,経済上の措置として,不適正な診療報酬請求について返還を求めているところである。

(2)  保険医療機関等に対する監査について

 監査は,診療内容又は診療報酬の請求に不正又は著しい不当があったことを疑うに足りる理由があるとき等に実施され,監査担当者により,原則として監査を実施する前の事前の調査として,診療報酬明細書(調剤報酬明細書を含む。以下同じ。)による書面調査を行うとともに,必要と認められる場合には,患者等に対する実地調査が行われる場合がある。

 監査後の措置については,①取消処分(保険医療機関又は保険薬局の指定取消及び保険医又は保険薬剤師の登録取消),②戒告,③注意の3種類があり,取消処分予定者に対しては,行政手続法(平成5年法律第88号)の規定に基づき聴聞が行われる。措置を行ったときは,当該保険医療機関等に対し,措置の種類,根拠規定,その原因となる事実等について文書により通知することとされている。また,経済上の措置として,不適正な診療報酬請求について返還を求めているところである。

(3)  不開示情報の該当性について

 本件対象文書のうち,別紙に記載された文書1及び文書5について 通常,地方厚生(支)局(都府県事務所を含む。以下「地方厚生(支)局等」という。)に対し診療内容又は診療報酬の請求に関する情報が提供された場合,上記(1)及び(2)のとおり,個別指導又は監査(事前の調査を含む。)を実施しているが,仮に,文書1及び文書5が存在する場合,通常,個別指導に係る文書として,事前に指導内容を確認するために収集した「診療報酬明細書」,指導大綱に基づき作成する「個別指導実施通知書」,「立会依頼通知書」,指導の対象となった保険医療機関又は保険薬局から提出される当該保険医療機関又は当該保険薬局の「現況」,指導の対象となった保険医療機関又は保険薬局に対し指導実施後に通知する「個別指導実施結果通知書」,当該保険医療機関又は当該保険薬局へ提出を求める「改善報告書」,「返還同意書」及び「返還内訳書」等,また,監査に係る文書として,事前の書面調査のために収集した「診療(調剤)報酬明細書」,監査要綱等に基づき作成する「監査実施通知書」,「立会依頼書」,「聴取調書」,「患者個別調書」,監査の対象となった保険医療機関又は保険薬局から提出される「診療録」,当該保険医療機関又は当該保険薬局の開設者等から提出される「弁明書」,監査後に行政として作成する「監査調書」等,監査後の措置として取消処分を行う場合には,行政手続法に基づき行われる聴聞のための「聴聞通知書」,「聴聞調書」,地方社会保険医療協議会への諮問のための「諮問書」,同協議会からの「答申書」,同協議会からの答申を受け行政として作成する「取消処分等通知書」,当該保険医療機関又は当該保険薬局へ提出を求める「返還同意書」及び「返還内訳書」等が該当するものと考えられる。
 したがって,文書1及び文書5の存否を明らかにすることは,すなわち,特定保険医療機関等について,大部分の診療報酬明細書について,適正を欠くものが認められた又は診療内容若しくは診療報酬の請求に不正があったことを疑うに足りる理由があるときなどに,地方厚生(支)局長が個別指導及び監査を行った事実を明らかにする結果を生じさせるものと認められる。当該事実を公にした場合,特定保険医療機関等に対する信用を低下させ,その権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあり,法5条2号イの不開示情報を明らかにすることとなる。

 本件対象文書のうち,別紙に記載された文書2について
 保険医療機関等の指導及び監査においては,事情聴取という単に「事情を聴く」という行為のみを行う手続は存在しないところ,「事情を聴く」という行為があるとすれば,個別指導や監査の手続の中で発生する可能性があるものである。したがって,仮に,文書2が存在する場合,通常,上記アのうち,監査時の「聴取調書」及び「患者個別調書」が該当するものと考えられるが,上記アと同様に,文書2の存否を明らかにすることは,法5条2号イの不開示情報を明らかにすることとなる。

 本件対象文書のうち,別紙に記載された文書3について
 仮に,文書3が存在する場合,通常,上記アのうち,個別指導時の「改善報告書」及び監査時の「弁明書」が該当するものと考えられるが,上記アと同様に,文書3の存否を明らかにすることは,法5条2号イの不開示情報を明らかにすることとなる。

 本件対象文書のうち,別紙に記載された文書4について
 仮に,文書4が存在する場合,通常,上記アのうち,個別指導時の「改善報告書」が該当するものと考えられるが,上記アと同様に,文書4の存否を明らかにすることは,法5条2号イの不開示情報を明らかにすることとなる。

 本件対象文書のうち,別紙に記載された文書6について
 仮に,文書6が存在する場合,通常,個別指導が行われた日付及び内容が分かる文書としては,上記アのうち,個別指導時の,「個別指導実施通知書」及び「個別指導実施結果通知書」が該当するものと考えられるが,上記アと同様に,文書6の存否を明らかにすることは,法5条2号イの不開示情報を明らかにすることとなる。

 本件対象文書のうち,別紙に記載された文書7について
 監査対象となる保険医療機関等の選定基準については,「監査要綱」において,①診療内容に不正又は著しい不当があったことを疑うに足りる理由があるとき,②診療報酬の請求に不正又は著しい不当があったことを疑うに足りる理由があるとき等とされており,そもそも「保険医療機関等の不正請求を把握した場合」は,監査を行うこととなる。したがって,「再発防止のための措置」が監査に基づき行われた行政処分に係る文書と善解すれば,仮に,文書7が存在する場合,上記アのうち,「取消処分等通知書」が該当するものと考えられるが,上記アと同様に,文書7の存否を明らかにすることは,法5条2号イの不開示情報を明らかにすることとなる。
 取消処分が行われた場合,通常,5年を経過しなければ,取消処分を受けた保険医療機関等の再度の指定又は登録は行われないことから,この間は,当該保険医療機関等は,保険診療及び診療報酬の請求を行うことはできない。
 なお,取消処分が行われた場合,厚生労働省及び地方厚生(支)局においては,これらに係る情報をホームページに掲載等を行い,公表を行っている。したがって,取消処分から5年間は,法8条の規定に基づき開示請求を拒否することはない。

第4  調査審議の経過
 当審査会は,本件諮問事件について,以下のとおり,調査審議を行った。

 平成23年3月25日  諮問の受理
 同日  諮問庁から理由説明書を収受
 同年4月26日 
 審査請求人から意見書1を収受
 平成24年3月12日   諮問庁から補充理由説明書を収受
 同月26日    審査請求人から意見書2を収受
 同月30日   審議
 同年4月23日    審議

第5  審査会の判断の理由
 本件開示請求等について
 本件開示請求は,別紙の「情報公開を求める事項」の文書1ないし文書8の開示を求めるものである。
 処分庁は,そのうち,文書8については,全部開示とし,文書1ないし文書7については,その存否を答えることは,法5条1号及び2号イの不開示情報を開示することとなるとして,法8条に基づき存否応答拒否による不開示とする原処分を行った。
 審査請求人は,原処分において不開示とされた文書1ないし文書7(本件対象文書)の開示を求めている。
 諮問庁も,原処分は妥当であるとしているので,以下,本件対象文書の存否応答拒否(本件不開示決定)の適否について検討する。

 本件対象文書の存否応答拒否について
(1)  法5条1号該当性について
 法5条1号は,個人に関する情報であって,当該情報に含まれる氏名,生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるものについては,同号ただし書に該当する情報を除き,不開示情報として規定している。
 諮問庁は,理由説明書において,本件対象文書の存否を明らかにすることは,すなわち特定個人Aが特定保険医療機関において診療を受けていたという事実の有無及び特定個人Bが東海北陸厚生局三重事務所長に対して,特定保険医療機関が診療報酬の不正請求を行ったと通報した事実の有無を明らかにする結果を生じさせるものと認められ,これらの事実の有無は,個人に関する情報であって,特定の個人を識別することができる情報であり,法5条1号の不開示情報に該当する旨説明する。
 そこで検討すると,本件対象文書のうち,文書1ないし文書4は,直接,特定個人Aの診療に関して行われた措置に関する文書であり,その存否を答えることは,特定の個人が特定医療機関において診療を受けたという事実の有無を明らかにすることになるものと認められる。
 これらの事実の有無は,法5条1号本文前段の個人に関する情報であって,特定の個人を識別することができる情報であると認められる。また,こうした事実の有無は,慣行として公にされ,又は公にすることが予定されている情報とは認められないことから,同号ただし書イに該当しないものと認められ,かつ,同号ただし書ロ及びハに該当する事情も認められない。 したがって,文書1ないし文書4の存否を答えることは,法5条1号に掲げる不開示情報を開示することとなると認められる。
 しかしながら,その余の文書5ないし文書7は,本件通報案件とは直接的な関わりはなく,その存否を答えること自体で,必ずしも特定の個人が特定医療機関において診療を受けたという事実の有無を明らかにするものとは認められず,法5条1号に該当する事実は認められない。また,諮問庁は,特定個人Bが通報した事実の有無も個人に関する情報であって,法5条1号の不開示情報に該当すると主張するが,開示請求書の記載内容から,当該通報は,事業を営む個人が事業として行ったものと認められるので,当該通報者に関する情報は,法5条1号に該当するとは認められない。
 したがって,文書5ないし文書7の存否を明らかにすることによって,法5条1号に掲げる不開示情報を開示することとなるとは認められない。

(2)  法5条2号イ該当性について
 次に,文書5ないし文書7に関し,法5条2号イについて検討する。同号イは,法人その他の団体に関する情報であって,公にすることにより,当該法人等の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるものを不開示情報として規定している。
 本件開示請求は,特定の保険医療機関を名指しして,当該特定保険医療機関が健康保険診療報酬に関して不正請求をなしたとの通報に基づく指導及び監査に係る文書の開示を求めるものである。
 諮問庁は,理由説明書において,本件対象文書の存否を明らかにすることは,すなわち特定保険医療機関が診療報酬の不正請求を行ったことに対し,東海北陸厚生局が指導及び監査を行った事実の有無を明らかにする結果を生じさせるものと認められ,当該事実の有無を公にした場合,特定保険医療機関に対する信用を低下させ,当該保険医療機関の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあり,法5条2号イの不開示情報に該当する旨説明する。

 文書5は,特定保険医療機関が同様の不正請求をしていたか否かを東海北陸厚生局が調査,指導等をしたか否かが分かる文書であり,不正請求や調査,指導等をしたか否かが分かる文書の存否を明らかにしたとしても,東海北陸厚生局において特定保険医療機関の同様の不正請求について調査,指導等したという事実の有無までを示すことにはならない。
 したがって,不正請求や調査,指導等をしたか否かが分かる文書の存否を明らかにすることのみでは,直ちに,当該保険医療機関の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるものとまでは認められず,当該存否情報は,法5条2号イの不開示情報には該当しない。

 文書6及び文書7は,特定保険医療機関に対する行政指導の内容や東海北陸厚生局の再発防止措置の内容が分かる文書であり,その存否を答えることで明らかとなるのは,特定保険医療機関に対して東海北陸厚生局が調査及び指導等を行ったという事実の有無である。
 補充理由説明書によると,調査,指導及び監査等のうち,調査は,指導及び監査の前の関係資料の収集等にすぎず,また,指導は,診療報酬の請求等に関する情報があり,必要と認められたものなどを対象に行われるものとのことであるが,その事実の有無を答えるだけでは,その内容まで明らかとなるものではなく,また,厚生労働省の公表資料によれば,平成22年度に個別指導は全国で4,061件行われており,まれであるとも言えない。
 したがって,東海北陸厚生局の調査及び指導等が行われたという事実の有無を明らかにすることのみでは,直ちに,当該保険医療機関の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるものとまでは認められず,当該事実は,法5条2号イの不開示情報には該当しない。

(3)  したがって,本件対象文書のうち,文書1ないし文書4については,その存否を答えることは,法5条1号に掲げる不開示情報を開示することとなるため,同条2号イについて判断するまでもなく,法8条の規定により,その存否を明らかにしないで,本件開示請求を拒否すべきものと認められるが,文書5ないし文書7については,その存否を答えることは,同条1号及び2号イに掲げる不開示情報を開示することとなるものとは認められず,その存否を明らかにしないで,本件開示請求を拒否した決定は,取り消すべきである。

 審査請求人の主張について
(1)  審査請求人は,開示請求の目的は,自身が行った不正請求に係る通報に基づき,調査や監査が適正に行われたか否かを監視・監督するためであり,開示すべきである旨主張するが,法に定める開示請求制度は,何人に対しても請求の目的のいかんを問わず請求を認めるものであることから,開示・不開示の判断に当たっては,開示請求者が誰であるかは考慮されないものであるため,審査請求人の主張は認められない。

(2)  審査請求人は,意見書において,「諮問庁は,「特定保険医療機関等に対する信用を低下させ,その権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれ」を非公開の理由にしているが,国民の信頼を得る医療行政の確立こそが優先する公益であり,公表こそが不正請求の根絶につながる最善の方策である。」と主張しており,法7条に基づく裁量的開示を求めていると解されるが,上記2のとおり,文書1ないし文書4の存否に係る情報は,法5条1号の不開示情報に該当するものであり,これを開示することに,これを開示しないことにより保護される利益を上回る公益上の必要性があるとは認められないことから,法7条の趣旨に鑑み裁量的開示を行わなかった処分庁の判断に,裁量権の逸脱又は濫用があるとは認められない。

(3)  審査請求人は,その他種々主張するが,当審査会の上記判断を左右するものではない。

 その他
(1)  本件開示請求においては,処分庁は開示請求の趣旨をくみ取り,存否応答拒否とならないよう,可能な限り特定の個人名の記載を避けた開示請求をすべきことなど,開示請求者に十分な教示を行う必要があったと考えられ,今後,開示請求に係る事務手続において,適切に対応することが望まれる。

(2)  本件においては,審査請求から諮問までに約1年1か月が経過しており,簡易迅速な手続による処理とは言い難い。諮問庁においては,今後,開示決定等に対する不服申立事件における諮問に当たって,迅速かつ的確な対応が望まれる。

 本件不開示決定の妥当性について
 以上のことから,本件対象文書につき,その存否を答えるだけで開示することとなる情報は法5条1号及び2号イに該当するとして,その存否を明らかにしないで開示請求を拒否した決定について,文書1ないし文書4については,当該情報は同条1号に該当すると認められるので,同条2号イについて判断するまでもなく,妥当であるが,文書5ないし文書7については,当該情報は同条1号及び2号イのいずれにも該当せず,文書5ないし文書7の存否を明らかにして改めて開示決定等をすべきであることから,取り消すべきであると判断した。

(第3部会)
  委員 名取はにわ,委員 大久保規子,委員 近藤卓史





別紙
情報公開を求める事項

  特定年月,特定個人A代理人特定個人Bが東海北陸厚生局三重事務所長に対し,特定保険医療機関が健康保険診療報酬に関して不正請求をなしたとの公益通報をなした件で,

 同通報の後に実施された特定保険医療機関に対する調査,指導,査察,立入調査などに関する一切の情報(文書1)
 特定保険医療機関からの事情聴取に関する一切の情報(文書2)
 特定保険医療機関の謝罪,是正報告書など,特定保険医療機関がどのような措置をとったのかが分かる一切の情報(文書3)
 特定個人Aに関する保険金請求が是正されたか否かが分かる一切の情報(文書4)
 他の患者(中絶手術)に対して,特定保険医療機関が同様の不正請求をしていたか否かを調査,指導,査察,立入調査したか否かが分かる一切の情報(文書5)
 特定保険医療機関に対する行政指導の日付と内容が分かる一切の情報(文書6)
 再発防止のために東海北陸厚生局がいかなる措置をとったのかが分かる一切の情報(文書7)
 厚生労働省が同種事案の発生防止のためにいかなる指針などを有しているかが分かる一切の情報(文書8)