答申本文
諮問庁 | : | 法務大臣 |
諮問日 | : | 平成14年11月29日 (平成14年(行情)諮問第506号) |
答申日 | : | 平成15年 4月21日 (平成15年度(行情)答申第41号) |
事件名 | : | 特定訴訟に係る国側訴訟代理人弁護士と国との間の訴訟代理等に関する文書の不開示決定に関する件 |
答 申 書
東京高等裁判所平成13年(行ケ)第378号裁決取消請求事件について訴訟代理人に選任された弁護士と訟務総括審議官との間で同事件につき作成された確認書(以下「本件対象文書」という。)につき,全部を不開示とした決定については,全部を開示すべきである。
本件異議申立ての趣旨は,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「法」という。)3条に基づく本件対象文書の開示請求に対し,平成14年7月19日付け法務省訟企第559号により法務大臣が行った不開示決定について,取消しを求めるものである。
異議申立人の主張する異議申立ての理由は,異議申立書の記載によると,おおむね以下のとおりである。
諮問庁は,本件対象文書を公にすると,事務の性質上,契約又は争訟に係る事務に関し,国の財産上の利益又は当事者としての地位を不当に害するおそれがあるとしている。しかし,次の理由により,この不開示理由は不合理である。
ア |
諮問庁の見解は,「公金を支出する」という姿勢が欠けている。「公金の支出」に当たって,できる限り情報を公開するのは当然である。情報が公開されてこそ,国が弁護士を選任する必要性や理由等も国民の理解が得られるのである。また,弁護士選任に当たり,国側の担当者の個人的な恣意を排することもできる。
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イ |
いやしくも国又は行政庁から依頼を受けた弁護士が公金から支出される自己の報酬についてこれを公開されたからといって,不満や不審を抱くはずもなく,また,自己の報酬を他の弁護士の報酬と比較し,不平や不満などを述べるなど信じられないことである。諮問庁の主張は弁護士の選任を恣意的に行うことを堅持することにつながるもので,法の精神に全くそぐわない。
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諮問庁は,本件対象文書を公にすると,当該選任弁護士の競争上の地位,その他の正当な利益を害するおそれがあるともしている。しかし,次の理由により,この不開示理由も不合理である。
ア |
税金を使って委任する以上,公募するのが筋である。
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イ |
諮問庁は,国以外の依頼者が国の代理人となった弁護士に事件を依頼した場合,当該弁護士に不満,不信感を抱くおそれがあるなどと主張する。しかし,国が委任する事件と国以外の民間企業や個人が依頼する事件とは,おのずと性格が異なる。国が選任弁護士に支払う報酬は,税金から支払われるものであることは,公知の事実である。この場合,その額が公開されたからといって,民間の依頼者がそれと自己が支払う報酬額と比較するなどあろうはずがない。
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ウ |
委任契約の内容が明らかになったとしても,当該弁護士の他の依頼者との関係が明らかになる訳ではなく,弁護士が税金で支払われるような職に就く場合(破産管財人,更生管財人及び国選弁護人等)の報酬の額は,公開されている。大阪地裁(平成9年10月22日判決)は,「弁護士の報酬額及び算定方法に関する情報が開示されても,当該弁護士と依頼者との信頼関係が損なわれるとは考えられない。」と判示し, 大阪高裁(平成10年9月18日判決)も支持し,最高裁(平成14年6月13日第一小法廷決定)も大阪市の上告受理申立を却下している。また,諮問庁が援用する京都地裁判決(平成7年10月13日)は,開示を求められていた文書の中に,選任された弁護士の個人情報が含まれていたため,不開示とされたものである。本件文書においては,選任された弁護士の個人情報が含まれているわけではない。
したがって,本件開示請求につき,不開示とした決定は,速やかに取り消されるべきである。
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本件対象文書については,報酬額等につき合意がなされたことを含むものであるから,これを公にすると, 事務の性質上,契約又は争訟に係る事務に関し,国の財産上の利益又は当事者としての地位を不当に害するおそれがある。
具体的には,①特定の弁護士に対する特定の事件の委任に係る報酬額は,当該訴訟及び当該弁護士に対する委任者の見方,評価と切り離しては考えられないものである,②本件対象文書を公にした場合,他の選任弁護士が,自己の報酬額と比較し自己に対する評価が低いとみて,法務大臣ないしは訴訟を担当する法務局等に不満,不信感を抱くおそれがあるとともに,他の事件について当該弁護士を選任しようとしても協力を得られなくなり,国又は行政庁の当事者としての地位が不当に害されることになる。また,ひいては報酬額を上昇させる要因となり,国の財産上の利益を不当に害することになる。
本件対象文書を公にした場合,当該弁護士の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある。
具体的には,①弁護士の報酬の決定は機械的に定めることができないという特質に照らすと,決定された報酬は,顧客としての依頼者に対する当該弁護士の見方,評価を示すものとならざるを得ず,さらには,当該弁護士の事業活動の方針をも推知させるものである,②本件対象文書を公にした場合,国以外の依頼者が自己の約定した報酬額と比較し,当該弁護士の事業活動上の方針等における自己の位置付けが相対的に低く,そのため相対的に高額の報酬の支払を求められているとみて,当該弁護士に不満,不信感を抱くおそれがあり,このような結果は当該弁護士の競争上の地位その他正当な利益を害するものである。
また,異議申立人は弁護士の報酬が国や地方公共団体の税金で支払われる場合の報酬の額はおおむね公開されていると主張するが,特定の事件及び特定の弁護士に係る具体的な報酬の額が公にされている事実はない。また,本件対象文書を公にした場合に生ずる弁護士業に対する支障の有無及び程度を,弁護士が管財事務等に関与する場合との対比で推し量れるものではない。
なお,異議申立人が,本件の弁護士報酬額に関しては,大阪地裁判決(平成9年10月22日判決)等を援用するが,弁護士の報酬額等に関する情報が条例の非開示事由に当たるとした京都地裁の裁判例(平成7年10月13日判決)が存在しており,裁判例の立場は明確ではない。
したがって,法5条6号ロ及び2号イ該当を理由に不開示とした原処分は,維持が相当である。
当審査会は,本件諮問事件について,以下のとおり,調査審議を行った。
④ |
平成15年2月20日
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本件対象文書の見分及び審議
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⑤ |
同年3月12日
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諮問庁の職員(法務省大臣官房訟務企画課長ほか)からの口頭説明の聴取
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本件対象文書は,東京高等裁判所平成13年(行ケ)第378号裁決取消請求事件について,行政庁の訴訟代理人に選任された弁護士と諮問庁の大臣官房訟務総括審議官との間で同事件につき作成された確認書である。
当審査会が本件対象文書を見分したところ,当該文書は,①当該弁護士が,特定の訴訟について訴訟代理人に選任されたことを明らかにする記載,②当該訴訟につき当該弁護士に支払う謝金(以下「報酬」という。)の額及びこれを支払うための措置を訟務総括審議官がとるべき時期並びに当該弁護士が当該訴訟を追行するに当たり負う義務等を確認する記載から成っている。
(2) |
行政庁を当事者とする訴訟における選任弁護士
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国又は行政庁を当事者又は参加人とする訴訟については,「国の利害に関係のある訴訟についての法務大臣の権限等に関する法律」により,国を代表する法務大臣又は行政庁は,その指定する所部の職員(指定代理人)に訴訟を行わせることができるほか,弁護士を訴訟代理人に選任し当該訴訟を行わせることも妨げないとされているが,行政庁を当事者とする訴訟については,法務大臣も,必要があると認めるときは,所部の職員を指定し又は弁護士を選任して訴訟を行わせることができるとされている。
国又は行政庁を当事者とする訴訟において,法務大臣が弁護士を訴訟代理人に選任する場合の基準について定めはなく,当該訴訟内容についての専門知識を有すること,経験があること,品格(品位)を有することなどを考慮して,具体的な候補者が選定される状況となっている。
上記いずれの場合も,法務大臣が弁護士を選任する際の法律関係は,権利義務の主体となる国と弁護士との間の私法上の委任契約であると解される。この弁護士との委任契約における報酬額は,私法上の有償双務契約一般における対価の額と法的性質を同じくするものである。そして後者については,契約の性質上公表に適さないものあるいは特段の事情のない限り公表しないとの明示又は黙示の合意があるものと認められる場合が多く,その場合には契約当事者において公表を望まないのが普通である。弁護士の委任契約についてこの点を別異に解すべき根拠もないから,その報酬額についても同様というべきである。特に,報酬額をいくらとするかについては,日本弁護士連合会の報酬等基準規程及び各弁護士会の報酬会規が,主として事件等の対象の経済的利益及び委任事務処理により確保した経済的利益の額を基準として標準となるべき報酬額を一定の割合で示しているが,個別具体的案件における報酬額は,紛争の実態,複雑性,解決の難易,解決に当たっての弁護士の貢献度,これに対する依頼者の評価,依頼者の資力等諸々の事情を勘案して決せられるものであり,
そこには個々の弁護士の当該事案及び依頼者に対する見方,評価,活動方針等のほか弁護士業務運営上の経営方針が反映されることにもなる。これらは当該争訟案件に固有の事情や弁護士業務の機微にわたるもので,公にするに適さないもののように考えられる。
さらに,弁護士の個別の委任契約における報酬額が公表された場合の具体的な問題について検討すると,一方において委任者の側からすると,複数の争訟案件を抱えていて他の弁護士にも委任しているような場合は,報酬額が比較されその多寡をめぐって紛糾を生じ,不満を言う弁護士との対応に苦慮し,事情によっては向後弁護士に委任するのに困難をきたすことも考えられ,他方において弁護士の側からすると,複数の争訟案件について委任を受けているのが普通であるから,同様に報酬額が比較されその多寡をめぐって紛糾を生じ,不満を言う依頼者との対応に苦慮し,事情によっては委任関係を維持するのに困難をきたすことも考えられる。
このような事情は選任弁護士の委任契約における報酬額についても一般的には想定できないことではない。選任弁護士に支払われる報酬額も,契約当事者の合意に基づいて決められ,当該紛争の実態や解決の難易その他諸々の事情を勘案して具体的な額が決せられるものであることは,一般の場合と異ならない。
しかし,選任弁護士の報酬は国庫から支出され,予算の範囲内という重大な制約の下で決せられるという点で基本的に様相を異にしており,民間で支払われる報酬額とかけ離れた額にならないよう配慮するにしても,内容に応じた一定の幅を超えない範囲で決めているのが実情であり,
勢い一般の場合より低額にならざるを得ない。諮問庁も,国又は行政庁を当事者とする訴訟の場合,それによって確保される経済的利益の評価が困難であり,日本弁護士連合会の報酬等基準規程及び各弁護士会の報酬会規のように確保される経済的利益の額に連動して報酬額を決定することになじまないこと,また,国又は行政庁を当事者とする訴訟の場合,地方公共団体の訴訟とは異なり,争いの幅や訴訟の難易度の幅が広い上多様であり画一的な基準を設けることは困難であることから,個別に報酬を決めていかざるを得ないとしている。このことはほぼ社会一般の共通の認識であるということができ,そうでなくても常識に沿うものであって容易に一般の理解を得ることができるものと言える。そうすると,上記公表された場合の問題について検討するに当たっても,必ずしも一般の場合と同列に論じ得ない事情があるというべきである。
諮問庁は,本件対象文書を公にした場合,当該弁護士の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるとして,法5条2号イ該当性を主張している。
本件対象文書の①国が特定の弁護士に対して特定の訴訟についての訴訟代理人に選任することを明らかにする記載部分は,当該訴訟が開始されていることから,当該部分を公にしても,当該弁護士の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるとは認められない。
また,本件対象文書の②選任弁護士に支払う予定の報酬額及び国が支払い措置を行う時期並びに選任弁護士が負うべき義務等の選任内容を記載した部分には,復代理人の選任禁止及び訴訟記録の引き渡し等,依頼者が国であることによる特別の事項がみられるものの,通常の委任契約書の内容と大きく相違するものとは認められない。
このうち,選任弁護士に支払う報酬額について,諮問庁は,顧客としての依頼者に対する当該弁護士の見方,評価を示すものとならざるを得ず,当該弁護士の事業活動の方針をも推知させるものであるとするが,選任弁護士に支払う報酬額は,上記諸種の事情を勘案して国と当該弁護士との協議の上で決定するものであっても,国において過去の同種実例,訴訟内容の難易度,選任者の訴訟追行能力(国又は行政庁を代理するにふさわしい品格等を含む。)等を考慮し,最終的には予算の範囲内で決定されるという性格のものであることにかんがみ,本件の報酬額が公になったとしても,当該弁護士の事業活動の方針が明らかになるというようなことは考えられず,また,その全貌を推知させることにもならないと認められる。
また,当該報酬額について,諮問庁は,本件対象文書を公にした場合,当該弁護士の国以外の依頼者が自己の約定した報酬額と比較し,同弁護士の事業活動上の方針等における自己の位置付けが相対的に低く,そのため相対的に高額の報酬の支払を求められているとみて,同弁護士に不満,不信感を抱くおそれがあると主張している。しかし,選任弁護士の報酬額は上記のとおり決定されるものであり,予算上の制約から一般の場合より低額にならざるを得ないこと,そのことについて社会的に共通の認識があり,あるいは容易に一般の理解を得られるとみられること,選任弁護士が担当する事件の特殊性から民間の事件と比較することが事実上困難であること,本件対象文書には選任弁護士への報酬額算定に当たって考慮された事項等などは一切含まれていないものであることにかんがみれば,諮問庁の主張するおそれはないものと言える。
したがって,本件対象文書のうち②の部分についても,これらを公にしても,当該弁護士の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるとは認められず,本件対象文書は法5条2号イの不開示情報には該当しない。
諮問庁は,本件対象文書を公にした場合,事務の性質上,契約又は争訟に係る事務に関し,国の財産上の利益又は当事者としての地位を不当に害するおそれがあるとして,法5条6号ロ該当を主張している。しかし,本件対象文書の①及び②の選任弁護士に対する報酬額を除いた部分については,その記載内容が上記2のとおりであることから,当該主張は妥当性を欠いているものである。したがって,以下,選任弁護士に対する報酬額の同号ロ該当性を検討する。
諮問庁は,本件対象文書を公にした場合,他の選任弁護士が,自己の報酬額と比較し自己に対する評価が低いとみて,法務大臣ないしは訴訟を担当する法務局等に不満,不信感を抱くおそれがあるとともに,他の事件について当該弁護士を選任しようとしても協力を得られなくなり,国又は行政庁の当事者としての地位が不当に害されることになるなどとしている。
しかし,選任弁護士の報酬額は上記のように,様々な要素を考慮し予算上の制約の下に決定されるものであって,個々の案件について,受任した選任弁護士が当該訴訟の内容等に見合った正当な報酬額でないことについて不平不満を言うことは考えられるものの,本件対象文書を公にすることにより,他の選任弁護士が自己の報酬額と比較し自己に対する評価が低いとみて,当該訴訟の内容等に基づく考慮要素の違いに理解を示さず,以降選任弁護士としての協力に消極的になる等,国と当該弁護士との信頼関係が損なわれる事態が起こり得るものとは認められない。
現に,諮問庁が複数の法務局を抽出して把握したところによると,選任弁護士がその報酬額が担当訴訟の内容に比べ低額であることについて法務局等に不満あるいは意見を述べる例はあるものの,その報酬額を原因として辞任した例はみられないところである。
選任弁護士に対する報酬額については,当該訴訟の難易度,行政に及ぼす影響,当該弁護士の実績,専門性等に対する委任者としての国の認識,評価が反映されている側面は否定できないところであるものの,本件対象文書の場合,算定に当たって考慮された事項等は一切含まれておらず,これが公にされたとしても,直ちに,国と当該弁護士の信頼関係が損なわれるという蓋然性はないものと認められるものである。
したがって,選任弁護士に対する報酬額を公にした場合,諮問庁の事務の性質上, 契約又は争訟に係る事務に関し,国の財産上の利益又は当事者としての地位を不当に害するおそれがあるとは認められず,本件対象文書は法5条6号ロの不開示情報には該当しない。
以上のことから,本件対象文書につき,法5条2号イ及び6号ロに該当することを理由にその全部を不開示とした決定については,同条2号イ及び6号ロに該当するものは認められないので,上記第1記載の審査会の結論のとおり判断した。
新村正人,園 マリ,藤原静雄