答申本文
諮問庁厚生労働大臣
諮問日平成13年10月1日
答申日平成13年11月27日
事件名薬害エイズ刑事裁判に関して検察庁から厚生省に交付された押収品目録の不開示決定に関する件(平成13年諮問第153号)

答 申 書

第1審査会の結論
 薬害エイズ刑事裁判に関し,検察庁が厚生省に交付した押収品目録交付書(以下「本件対象文書」という。)につき,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「法」又は「情報公開法」という。)による開示請求の対象外であるとして不開示とした本件決定は,妥当である。

第2異議申立人の主張の要旨
 1 異議申立ての趣旨
 本件異議申立ての趣旨は,法3条に基づく本件対象文書の開示請求に対し,平成13年6月1日付け厚生労働省発医薬第582号により厚生労働大臣が行った不開示決定について,その取消しを求めるというものである。

 2 異議申立ての理由
 異議申立人の主張する異議申立ての主たる理由の要旨については,異議申立書及び意見書の記載並びに口頭意見陳述の結果によると,おおむね以下のとおりである。

(1)  開示請求の目的について
 異議申立人は薬害エイズの裁判において,国及び製薬企業を被告にしてその責任の明確化と謝罪を求めて闘ってきたものである。
 しかし,民事裁判,刑事裁判,国会審議を通しても,何ら真相が明らかにされていない。今般,情報公開法により,具体的な事実の解明を求めるものである。

(2)  「訴訟に関する書類」について
 本件対象文書は,刑事訴訟法53条の2に規定された「訴訟に関する書類」に該当しない。「訴訟に関する書類」の解釈については,諮問庁が引用する注釈(ポケット注釈全書「刑事訴訟法」(上))によれば,刑事訴訟法47条に関して,「被告(又は被疑)事件に関し作成された書類をいう。裁判所又は裁判官の保管している書類に限らず,検察官・司法警察員・弁護人等の保管しているものを含む。」と記載されている
 諮問庁は「弁護人等」の「等」の中に訴訟関係人以外の第三者が含まれると解釈しているが,同条の趣旨からすれば無理な解釈である。
 同条は,刑事訴訟に係る関係者,すなわち裁判所・捜査機関(司法警察職員―司法警察員を含む,検察官)・弁護人に対し,事件関係者のプライバシーを保護するとともに,裁判の公正な進行を図ることを目的として定められており,その保管対象者が裁判所・検察官,司法警察員を含む司法警察職員及び弁護人であることは明らかである。前記注釈書には「弁護人等」と記述されているのは,「司法警察員」だけでなく「司法警察職員」を含むことを入念的に記述したものであり,これら以外の第三者がすべて含まれる趣旨でないことは明らかである。
 したがって,本件対象文書は,刑事訴訟法53条の2に規定する「訴訟に関する書類」に該当するものではない。
 また,諮問庁の主張するように,「訴訟に関する書類」に裁判所や捜査機関以外の第三者の保管する書類まで含まれるとすれば,際限なく広がってしまう。

(3)  押収目録の交付の趣旨について
 刑事訴訟法120条の規定が,押収目録の交付を要求しているのは,所有者など被押収者の権利を保護するためである。例えば,被押収者は押収目録を用いて訴訟その他の手段で,公開・非公開いずれの場であっても自らの財産権保護のために権利を行使することは許されており,被押収者等に押収目録を交付するということは,本来公開を禁ずる趣旨でなく,押収目録は刑事訴訟法の開示・不開示に関する制度の枠外にあることは明らかである。この点でも,諮問庁の意見は失当である。

第3諮問庁の説明の要旨
 1 情報公開法の適用除外について
 刑事訴訟法53条の2の規定は,「訴訟に関する書類及び押収物」については,情報公開法の規定は適用しない旨規定している。
 本件対象文書は押収品目録交付書であり,刑事訴訟法120条及び222条の規定により作成,交付されたものであり,刑事訴訟法53条の2に規定する「訴訟に関する書類」に該当し,法の適用を受ける行政文書に該当しないため,不開示決定を行ったものである。

 2 訴訟に関する書類について
 異議申立人は,被押収者に交付される押収品目録は,「訴訟に関する書類」に該当せず,また,被押収者に交付される押収品目録の処分に関しては,所持者の自由であり,法律上何ら制限されていない旨主張しているが,刑事訴訟法に規定する「訴訟に関する書類」は,「被告(又は被疑)事件に関し作成された書類をいう。裁判所又は裁判官の保管している書類に限らず,検察官・司法警察員・弁護士等の保管しているものを含む。」と解されており,この「等」の中に被押収者が含まれていないと解することはできず,諮問庁が保管する当該押収品目録交付書は,「訴訟に関する書類」に該当する。
 「訴訟に関する書類」は刑事司法の一環として,被疑事件・被告事件に関して作成された書類であって,その適正の確保は司法機関である裁判所の判断によりなされるべきものであり,刑事訴訟法は,裁判の適正の確保,訴訟関係人の権利保護等の観点から,公益上の必要その他の事由があって,相当と認められる場合を除いて,「訴訟に関する書類」を公判の開廷前に公開することを原則として禁止し(刑事訴訟法47条),他方で,刑事訴訟法53条及び刑事確定訴訟記録法において,一定の場合を除いて何人にも訴訟記録の閲覧を認めているように,その保有する情報について,開示・不開示の要件及び手続等が完結的に定められており,「訴訟に関する書類」の情報公開については,司法統制の下にある独自の制度に委ねられるべきものとして,法の適用を除外されたものであるところ,「訴訟に関する書類」から裁判所や捜査機関以外の者が保管する書類を除外することは,上記の趣旨を没却することになる。

第4調査審議の経過
 当審査会は,本件諮問事件について,以下のとおり,調査審議を行った。
平成13年10月1日 諮問の受理
同日 諮問庁から理由説明書を収受
同月26日 異議申立人から意見書を収受
同年11月1日 審議
同月12日 異議申立人の口頭意見陳述の聴取
同月15日 審議
同月22日 審議

第5審査会の判断の理由
 1 本件対象文書について
 本件対象文書はいわゆる薬害エイズ問題に係る刑事裁判に関し,その捜査の過程で平成8年に検察庁から厚生省に対して交付された押収品目録交付書であり,これに押収品目録が一体として添付されている。
 押収品目録については,刑事訴訟法120条に「押収をした場合には,その目録を作り,所有者,所持者若しくは保管者又はこれらの者に代わるべき者に,これを交付しなければならない。」と規定され,本件の場合は,同法222条が準用され,検察事務官が作成し厚生省に交付されたものである。

 2 本件対象文書に対する情報公開法の規定の適用の可否について
(1)  刑事訴訟法53条の2は,「訴訟に関する書類」については情報公開法の規定は適用しない旨を規定している。
 諮問庁は,本件対象文書は,「訴訟に関する書類」に該当するとして,情報公開法の適用はない旨,異議申立人は「訴訟に関する書類」に該当しない旨それぞれ主張しているので,以下,この点について検討する。

(2)  刑事訴訟法53条の2の「訴訟に関する書類」の一般的な意義
 同条の「訴訟に関する書類」とは,被疑事件・被告事件に関して作成された書類であると解される。
 同条が「訴訟に関する書類」を適用除外とした趣旨は,「訴訟に関する書類」については,①刑事司法手続の一環である捜査・公判の過程において作成・取得されたものであるが,捜査・公判に関する活動の適正さは,司法機関である裁判所により確保されるべきであること,②同法47条により,公判開廷前における訴訟に関する書類の公開を原則として禁止する一方,被告事件終結後においては,同法53条及び刑事確定訴訟記録法により,一定の場合を除いて何人にも訴訟記録の閲覧を認め,その閲覧を拒否された場合の不服申立てにつき準抗告の手続によることとされるなど,これらの書類は,刑事訴訟法40条,47条,53条,299条等及び刑事確定訴訟記録法により,その取扱い,開示・不開示の要件,開示手続等が自己完結的に定められていること,③これらの書類は,類型的に秘密性が高く,その大部分が個人に関する情報であるとともに,開示により犯罪捜査,公訴の維持その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれが大きいものであることによるものである。
 捜査・公判に関する活動の適正さは,司法機関である裁判所により確保されるべきであるという点や,類型的に不開示情報に該当するという点については,刑事訴訟法53条の「訴訟記録」に限らず,広く被疑事件・被告事件に関して作成された書類のすべてがこれに該当する。

(3)  異議申立人は刑事訴訟法53条の2の「訴訟に関する書類」の保管者は,裁判所(裁判官),検察官,司法警察職員及び弁護人に限定され,行政機関である諮問庁はこれに当たらない旨主張する。
 本件対象文書である押収品目録交付書には,押収年月日,作成者の氏名のほか,押収の場所,被疑者氏名,罪名等が記載され,これに添付された押収目録には,被疑者氏名,押収した品名,数量,被差押人等の住居,氏名等が記載されているものである。また,刑事訴訟法規則43条3項により,押収調書には,押収品目録を添付することとされており,同目録の記載事項は,通常,裁判所に提出される押収調書の記載事項と同一のものである。このように,本件対象文書は捜査の過程で行政機関が取得して保管するという性質のものであり,刑事訴訟法53条の2に定める「訴訟に関する書類」を異議申立人が主張するように保管者に限定すべきものとは解されない。加えて,情報公開法は開示請求の目的を問わず,何人でも開示請求できることから,仮に,異議申立人の主張のように,当該保管者を限定すれば,行政機関の保有するすべての「訴訟に関する書類」が開示請求の対象とされることとなり,かかる事態に至れば,前記(2)記載のとおり「訴訟に関する書類」を適用除外とした法の趣旨を没却することとなる。したがって,異議申立人の主張は認められない。

(4)  以上のように,本件対象文書は,刑事訴訟法53条の2の「訴訟に関する書類」に該当し,情報公開法の規定の適用が除外されているものと認められる。
 なお,刑事訴訟関係書類の開示については,公訴提起前の段階においては刑事訴訟法47条,公訴提起後においては刑事訴訟法40条,47条及び犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律3条,裁判終結後は刑事訴訟法53条,刑事確定訴訟記録法4条に規定がある。これらの法条においては,それぞれの文書の性質・内容に応じ,文書を開示したことにより生ずるおそれのある各種の弊害と開示することにより得られる公益との調整を考慮した上で,その開示の要件・方法等について独自に規律されている。
 被押収者の所有する本件押収目録については,上記のように,情報公開法の適用対象外となることはやむを得ないと解するが,薬害エイズ問題の被害の甚大さに思いを致し,今後,同様の被害を繰り返さないためにもその関係資料等を公にすることについては,上記の各規定に基づいて別途開示の可否が判断されるべきであると思料する。

 3 本件不開示決定の妥当性
 以上のことから,本件不開示決定は妥当であると認められ,上記第1記載の審査会の結論のとおり判断した。

第6答申に関与した委員
 吉村德則,住田裕子,戸松秀典