答申本文
諮問庁金融庁長官
諮問日平成18年 9月 8日 (平成18年(行情)諮問第286号)
答申日平成19年 5月28日 (平成19年度(行情)答申第64号)
事件名平成17年公認会計士第2次試験の合否決定に関する文書の一部開示決定に関する件

答 申 書

第1  審査会の結論
 平成17年公認会計士第2次試験の論文式試験出題の趣旨及び解答例(以下「本件対象文書」という。)につき,その一部を不開示とした決定については,第1問及び第2問の解答例の部分を開示すべきである。

第2  審査請求人の主張の要旨

 審査請求の趣旨
 行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「法」という。)3条の規定に基づく本件対象文書の開示請求に対し,平成18年6月13日付け公監審第105号により公認会計士・監査審査会事務局長(以下「処分庁」という。)が行った一部開示決定(以下「本件決定」という。)について,その取消しを求める。

 審査請求の理由
 審査請求人の主張する審査請求の理由は,審査請求書及び意見書の記載によると,おおむね以下のとおりである。

(1)  審査請求書
 平成17年の短答式試験において,正解が存在しない問題が出題されている。短答式試験では答が1つしか存在しないはずなのに,合格発表後の平成17年7月12日付け特定新聞夕刊に「公認会計士試験どっちが正解?」という問題であると報道されている。
 このような状況にかんがみると,論文式試験においても不適切な処理がなされている疑いがあるので,かかる疑念を払拭する上でも,「論文式試験の解答(解答例を含む。)及び配点について相当するもの」の全面開示が不可欠であるのに,開示とされなかった本件決定は違法である。

(2)  意見書
 2,3年で合格レベルへ持っていくためには,暗記による解答作成も致し方ない。むしろゴールの方向を間違えて月日を無駄にしないためにも,論文式試験の解答例も公開すべきである。唯一の「正解」であると誤解させることをおそれるならば,次回からは,少なくとも試験委員の数だけ理想の答案を用意したらいかがか。まず,今回は,解答例が1つであっても,そのまま開示してほしい。
 採点基準が初心者にも分かるよう,全部の問題の解答の公開をお願いする。

(3)  補充理由説明書に対する意見書

 受験者の思考の画一化,パターン化の傾向を強めるおそれ
 別解が生じ得るような問題であれば,少なくとも画一化の傾向は強められるおそれはないと思う。それでも不安であれば,「解答例」自体を多様なものにすればよい。そして,実務で要求される多様ではあるが,基礎的な部分をすべて受験者に知らせる機会を与えてほしい。
 次に,物事を思考する上で,あらかじめ思考のパターン化を図っておくことは,日常生活においても普通に行われていることである。よって,試験準備に当たっても,思考のパターン化を志向することはやむを得ないことである。
 したがって,当局から解答例(配点を含む。)を開示したとしても,受験者の思考の画一化,パターン化の傾向を強めるおそれが生じるわけではない。

 試験問題作成・採点に当たって制約を課すおそれ
 「解答例」を開示することとなれば,解答,配点,採点等についての問い合わせが生じ,事務局から試験委員に対して照会せざるを得ない場合が増加すると考えられる」との理由を諮問庁は挙げている。
 しかし,よくある質問に対する解答という形でホームページに掲載すれば,類型的な質問は減少する。そうすると,質問も切実なものに絞られる。時間的,精神的,心理的負担が生じるのは,試験委員本来の責務と割り切って対処してほしい。試験委員である以上,採点に対する疑義に対して真摯に対応するのが当たり前の姿である。
 問題作成には,本来,非常に手間が掛かるものである。良問は,先輩の苦労の結晶である。今度は,新しい時代に合った新しい問題を作る番が回ってきたと考えて知恵を絞ってほしい。

 試験委員にふさわしい人材の確保を困難にするおそれ
 全国に大学はあり,そこには先生がいる。また,会計基準作成等に携わった会計士,企業会計人等もいる。何をもって,ふさわしい試験委員候補は限られていると言うのか。
 例えば,同じ学校の出身者は,受験科目の半分の3名までとか,体力のある20歳代,30歳代の者も複数,各科目に加えるとかいった「制度的規制」を設ければ,今より人選が偏らず,ふさわしい人材の確保を困難にするというおそれはないと思う。

 短答式試験と論文式試験の目的の相違について
 論文式では,短答式より更に多面的に能力を検証しようとしているのは分かるが,判断基準を解答例,配点という形で具体的に示してほしい。今まで客観的に行われたという採点基準をそのまま明らかにすれば,よいだけである。

第3  諮問庁の説明の要旨

 本件審査請求について
 処分庁は,本件開示請求に係る文書について,計8文書を特定した上で,本件対象文書については,その一部を不開示とした。
 審査請求人は,審査請求書中,「審査請求の趣旨」において,「処分のうち,論文式試験問題の解答(解答例を含む。)及び配点について相当するものを不開示とした処分を取り消し,全部を開示する」ことを求めている。
 よって,本件審査請求は,本件決定において,処分庁が本件対象文書の一部を不開示とした処分に対する不服申立てであると考えられる。

 不開示理由について

(1)  本件決定は,本件対象文書について,平成17年公認会計士試験第2次試験論文式試験出題の趣旨を開示し,同論文式試験の解答例(以下「解答例」という。)を不開示としている。
 諮問庁も,以下の理由により,本件決定は維持することが相当と思料する。
 公認会計士試験第2次試験は,会計士補となるのに必要な専門的学識を有するかどうかを判定することをもってその目的とし,短答式及び論文式による筆記の方法により行われるものである。特に,論文式試験については,受験生がその有する知識のみならず,判断力,論理的思考力,文章作成力等を駆使して記述した答案につき,高度な専門的知識を有する試験委員が採点し,会計士補となる者として必要な能力を備えているかを総合的に判断するための試験であるところ,受験生に求められているのは,単なる暗記力による解答ではなく,受験生が自らの理解力や思考力等に基づいて解答することであり,解答が一義的に定まっているものではない。
 そのため,たとえ解答例であっても,それを公開することで,その解答例が唯一の「正解」であると誤解させ,受験生らに混乱を生じさせるおそれがあると考えられる。
 また,論文式試験における審査,判定の適正は,高度な専門的知識と識見,能力を有する試験委員を全面的に信頼することによって成り立っているものであり,この信頼なしに公正な試験を実現することはできないものと考えられる。
 したがって,審査,判定の適正は,第一次的には試験委員の自由な判断にゆだねられているというべきであって,試験委員は自由に,いかなる掣肘(せいちゅう)も受けず,学問上の良心あるいは職業倫理に基づき,その信ずるところに従って公正中立に審査,判定することが要求され,またそれが保障されなければならない。

(2)  本件決定において不開示とした解答例を開示することは,受験者の思考の画一化,パターン化の傾向を強めるおそれがあるものと考えられる。
 仮に,論文式試験の正解として解答例を開示することとなれば,それが正解の一例であったとしても,受験者はそれが,あり得る解答のうちの最良のものであると捉え,解答例のような答案さえ書けば満点が取れるものと考え,解答例に記載されている特定のキーワード,部分的な記述,部分的な計算過程などに着目し,論文式試験で問われている専門的学識,柔軟かつ論理的な思考力・判断力を身につけるよりも,表面的な理解や部分的な知識,また,いわゆる暗記型の勉強方法や受験技術を身につけることに専心することとなりかねない。その結果,受験者の思考の画一化,パターン化の傾向を強め,論文式試験において問われるべき能力の検証が困難となり,論文式試験が果たすべき本来の目的を大きく阻害するおそれがある。

(3)  また,本件決定において不開示とした解答例を開示することは,試験問題作成・採点に当たって制約を課すおそれがあるものと考えられる。
 論文式試験の問題は,必要な専門的学識,思考力・判断力を判定するためにふさわしい問題でなければならない。そのため,試験委員に対し,その専門的知見に基づき,公認会計士を選抜するために最良と考える出題をお願いしているところである。
 仮に,解答例を開示することとなれば,解答,配点,採点等についての問い合わせが生じ,公認会計士・監査審査会事務局から試験委員に対して照会せざるを得ない場合が増加すると考えられる。それにより,試験委員にとっては,このような照会対応による時間的負担に加え,精神的,心理的負担が新たに生じることとなる。その結果,柔軟な思考の余地が生じにくいという意味で,単純かつ安易な試験問題が作成される方向へと萎縮的効果が働き,論文式試験の問題が短答式試験のような基礎的知識や計算力の有無を判定する問題に近似し,本来求められる試験問題が作成されなくなるおそれがある。また,新しい傾向の問題や斬新な問題の作成に対して躊躇が生じかねない。採点基準についても,単純ないわゆる○×方式に基づいて行われるような硬直的なものとなるおそれがある。このように,試験委員による論文式試験の問題作成・採点に制約が課されるおそれがあり,論文式試験が果たすべき本来の目的を大きく阻害するおそれがある。

(4)  さらに,本件決定において不開示とした解答例を開示することは,試験委員にふさわしい人材の確保を困難にするおそれがあるものと考えられる。
 公認会計士試験を実施するためには,専門的知見を有する試験委員を相当数確保する必要があるが,ふさわしい試験委員候補は限られており,また,試験委員は数多くの答案を一定期間のうちに集中的に採点するという重い負担を負っており,その候補も多忙な者が多いため,その確保は容易ではない状況にある。
 仮に,解答例を開示することとなれば,上記(3)のとおり,問い合わせが生じ,試験委員にとっては,答案の採点等の本来の負担に加えて,照会対応による時間的負担,さらには精神的,心理的負担が新たに生じることとなり,試験委員の受忍できる限度を超え,ふさわしい人材の確保が一層困難となる。そうなると,論文式試験の厳正かつ円滑な実施が困難となり,将来,公認会計士となるのにふさわしい者の能力を検証するという論文式試験が果たすべき本来の目的を大きく阻害するおそれがある。

(5)  公認会計士試験第2次試験の短答式試験(会計学及び商法に関する五肢択一式)の目的は,多数の基本的な問題について比較的短時間で解答を求めることにより,基礎的な知識や計算力の有無をいわば機械的に判定することである。そのため,採点についても機械処理により行われている。
 これに対して,論文式試験(会計学,商法及び選択科目(経営学,経済学,民法のうちの2科目)に関する筆記式)の目的は,短答式試験とは異なり,必要とされる専門的学識,柔軟かつ論理的な思考力・判断力等の有無を判定することである。そのため,採点についても,試験担当委員が機械的ではなく,受験者が必要とされる能力を有しているか否かを判定すべく慎重に行っている。
 このように,論文式試験の問題については,短答式試験の問題とは,おのずからその性質,内容を異にしており,問題の中で複雑な条件設定がなされているもの,相当量の情報を与えて思考力や判断力を試すもの,試験問題全体を通して思考過程を見ようとするもの,解答を導くに当たって複数の解釈が可能なもの,相当量の文章を書かせて論理構成力を見ようとするものなどから構成される。
 試験問題の正解についても,短答式試験の正解は1つに定まるが,論文式試験ではこれと異なり,その目的,性質からして,唯一絶対の「正解」が定まるものではない。
 例えば,簿記についても,論文式試験では,短答式試験のように単に当期純利益,経常利益の金額といった1つの金額を算出するような基礎的知識や計算力の有無を判定することをねらいとした問題ではなく,複雑な条件設定の下,損益計算書や貸借対照表,連結財務諸表の作成に関する全体の流れを理解しているかどうかを判定するための問題となっている。また,解答についても,できる限り現実の企業の決算に近づけようとして複雑な条件設定がされた問題となっているため,解釈の余地が生じる。
 このように,論文式試験で問われているのは,専門的学識と論理的かつ柔軟な思考力・判断力を組み合わせた総合的な能力であり,各大問における試験問題全体のねらいに沿って,各分野についての深みのある識見を有しているか,試験問題全体の流れの中で相互に関連している個別の論点や計算問題の位置付けを理解した上で解答しているか,抽象的な理論や基準を具体的な事例へ当てはめて思考して判断する能力があるか,答案全体において論理の流れが構築されているかということなどである。

(6)  したがって,公認会計士試験第2次試験の趣旨に照らし,解答例は,これを公にすることにより,会計士補になろうとする者が専門的学識を有するかどうかを総合的に判定することが困難となり,公認会計士試験実施に関する公認会計士・監査審査会の事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあることから,法5条6号の不開示情報に該当する。

第4  調査審議の経過
 当審査会は,本件諮問事件について,以下のとおり,調査審議を行った。

 平成18年9月8日  諮問の受理
 同日  諮問庁から理由説明書を収受
 同年10月2日  審査請求人から意見書を収受
 同月5日  審議
 同月17日  審査請求人から意見書を収受
 同年11月2日  本件対象文書の見分及び審議
 平成19年1月18日  諮問庁の職員(金融庁総務企画局政策課課長補佐ほか)からの口頭説明の聴取
 同年3月2日  諮問庁から補充理由説明書を収受
 同月20日  審査請求人から意見書を収受
 同年4月19日  審議
 同年5月24日  審議

第5  審査会の判断の理由

 本件対象文書について
 当審査会において,本件対象文書を見分したところ,当該文書は,平成17年公認会計士第2次試験論文式試験に係る出題の趣旨(6枚)及び解答例(44枚)であることが認められる。
 解答例の部分には,平成17年公認会計士第2次試験論文式試験の全科目の解答例が記載されており,一部科目の解答例には,配点,採点の方針,採点基準等の記載が認められる。
 処分庁は,本件対象文書について,出題の趣旨の部分は全部開示し,解答例に当たる部分は法5条6号に該当するとして,その全部を不開示とする本件決定を行っており,諮問庁も本件決定は維持することが相当であるとしていることから,以下,本件対象文書のうち,不開示とされた解答例の部分の不開示情報該当性について検討する。

 不開示情報該当性について

(1)  第3問から第16問までの解答例
 当審査会において,本件対象文書のうち第3問から第16問までの解答例を見分したところ,当該部分には,公認会計士第2次試験論文式試験の各科目の記述問題等に対する解答例が,一部には配点等を含めて記載されていることが認められる。
 諮問庁は,当該部分の不開示情報該当性について以下のとおり説明する。
 これらの解答例を開示すれば,それが正解の一例にすぎないものであっても,一部の受験者は,これがあり得る解答のうちの最良のものであると考え,解答例に記載されている特定のキーワード,部分的な記述等に着目し,論文式試験で問われている専門的知識,柔軟かつ論理的な思考力・判断力を身につけるよりも,表面的な理解や部分的な知識,また,いわゆる暗記型の勉強方法や受験技術を身につけることに専心することになりかねない。その結果,受験者の思考の画一化,パターン化の傾向を強め,論文式試験において検証しようとしている必要な専門的知識と論理的かつ柔軟な思考の連携に関する能力の検証が困難となる。また,実際に,当該試験の答案を採点した試験委員からも,既に画一的,丸暗記的な解答が増えつつあると聞いており,そのような受験者の増加を危惧する指摘も多い。
 論文式試験における第3問から第16問までの問題,本件対象文書中の当該問題に対応する出題の趣旨及び解答例並びに諮問庁の説明を総合的に勘案すると,上記不開示部分を公にした場合,答案のパターン化,画一化に一層拍車がかかり,その結果として,論文式試験を通して各受験者の理解力,判断力,論理的思考力等を総合的に評価して採点することがより困難となり,当該受験者の能力に関する的確な事実の把握が困難となって,論文式試験の選抜機能が損なわるおそれがあると認められる。
 したがって,当該部分を開示すると,公認会計士試験に係る事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるという諮問庁の説明は,首肯できる。
 よって,第3問から第16問までの解答例の記載内容は,法5条6号柱書きに該当すると認められるので,不開示とすることが相当である。

(2)  第1問及び第2問の解答例
 当審査会において,本件対象文書のうち第1問及び第2問の解答例を見分したところ,当該部分には,簿記の計算や仕訳に関する問題に対する解答例が,計算式等を含まない数値のみによって記載されていることが認められる。また,解答例の一部には,別解も記載されていることが認められる。
 このような問題においては,通常,問題の数値が変われば,解答となる数値も変わる性格のものであり,別解が存在している場合でも,これを暗記することによって,今後の類似の試験問題の参考とすることは,不可能であると考えられる。
 したがって,当該部分を公にしたとしても,受験者の思考の画一化を進め,答案のパターン化,画一化に拍車がかかるとは考え難い。
 また,諮問庁は,解答例を公にすれば,受験者等からの問い合わせが殺到して,試験委員の負担が増大し,試験問題の作成に制約が課されることとなったり,ふさわしい人材の確保が困難となったりするおそれがあると主張する。
 しかしながら,同じ公認会計士第2次試験において,択一方式により記号で解答する短答式試験については,既に解答が公表されていることを考慮すれば,記述問題等のように多様な解答例が存在しない本件における簿記の問題のような場合には,諮問庁の説明するような事態は想定し難い上,そもそも試験委員の職責にかんがみると,試験問題の適否に関する批判や受験生等からの問い合わせが公認会計士・監査審査会事務局を通して多少あったとしても,その程度の負担は,受忍限度の範囲内であると言うべきであり,試験事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるとまでは言えない。
 よって,第1問及び第2問の解答例については,法5条6号柱書きの不開示情報に該当するとは認められないので,開示すべきである。

 審査請求人のその他の主張について
 審査請求人は,その他種々主張するが,当審査会の上記判断を左右するものではない。

 本件決定の妥当性について
 以上のことから,本件対象文書につき,その一部を法5条6号に該当するとして不開示とした決定については,第1問及び第2問の解答例の部分は同号柱書きに該当せず,開示すべきであるが,その余の不開示とされた部分は同号柱書きに該当すると認められるので,不開示としたことは妥当であると判断した。

 (第4部会)

 委員 鬼頭季郎,委員 園 マリ,委員 藤原静雄