答申本文
諮問庁検事総長
諮問日平成13年12月27日
答申日平成14年5月24日
事件名札幌医科大学附属病院の心臓移植手術に関連する医学鑑定書及び添付意見書の不開示決定に関する件(平成13年諮問第246~263号)

答 申 書

第1審査会の結論
 下記の18件の開示請求に係る対象文書(以下「本件対象文書」という。)につき,それぞれ,札幌地方検察庁検事正,札幌高等検察庁検事長及び検事総長が,刑事訴訟法53条の2に規定する訴訟に関する書類に当たり,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「情報公開法」という。)の適用を受ける行政文書に該当しないことを理由に不開示とした本件各決定は,いずれも妥当である。

 札幌地方検察庁検事正に対する開示請求に係る対象文書
 「1968年8月8日に行われた札幌医科大学附属病院の心臓移植手術に関連する医学鑑定書及び添付意見書」外11件

 札幌高等検察庁検事長に対する開示請求に係る対象文書
 「上記移植手術に関する刑事事件(以下「本件刑事事件」という。)について検察首脳会議に向けて札幌地方検察庁から札幌高等検察庁に提出された不起訴裁定書原案」外2件

 検事総長に対する開示請求に係る対象文書
 「上記検察首脳会議に向けて札幌地方検察庁から最高検察庁に提出された不起訴裁定書原案」外2件

第2不服申立人の主張の要旨
 1 審査請求及び異議申立ての趣旨
 本件審査請求及び異議申立ての趣旨は,情報公開法3条に基づく本件対象文書の各開示請求に対し,平成13年5月2日付け札地検情公第1号から同第12号までにより札幌地方検察庁検事正が行った不開示決定及び平成13年8月21日付け札高監第38号から同第40号までにより札幌高等検察庁検事長が行った不開示決定並びに平成13年8月15日付け最高検企第297号から同第299号までにより検事総長が行った不開示決定について,いずれも,その取消しを求めるというものである。

 2 審査請求及び異議申立ての理由
 不服申立人の主張する審査請求及び異議申立ての理由は,審査請求書及び異議申立書並びに意見書の各記載並びに口頭意見陳述の聴取の結果によると,おおむね以下のとおりである。

(1)  刑事訴訟法53条の2の趣旨
 刑事訴訟法53条の2は,「訴訟に関する書類及び押収物」については情報公開法の規定は適用しないとしているが,その趣旨について,国会における法案審議において政府委員が以下のとおり答弁している。すなわち,「刑事訴訟法は,裁判の公正の確保,訴訟関係人の権利保護等の観点から,訴訟に関する書類を公判の開廷前に公開することを原則禁止する一方,事件の終結後においては,一定の場合を除いて何人にも訴訟記録の閲覧を認めている。そして,この閲覧を拒否された場合の不服申立てについては,準抗告の手続による。開示・不開示の要件,手続について,完結的な制度が確立しているために,情報公開法の適用を除外したもの」と説明されている。ここでは,不起訴記録が「訴訟に関する書類」であるとは明言されていない。
 このような適用除外が妥当性を有しているかどうかのポイントは,上記答弁に示されたように,刑事訴訟法の規定によって,法の形式上も,運用の実際においても,あらゆる「訴訟に関する書類」,「訴訟記録」の開示・不開示の要件及び手続について,完結的な制度が確立しているかどうかである。

(2)  本件対象文書が情報公開法の適用対象であることについて
 本件対象文書のような不起訴記録については,以下に指摘するとおり,開示・不開示の要件及び手続がいささかも自己完結的に定められてはいない。
 まず,不服申立人の同僚が,札幌地方検察庁に刑事訴訟法53条の規定に基づき本件対象文書の閲覧を求めたが,同検察庁は,閲覧請求の受付けすら拒否して,門前払いをしている。同検察庁は,本件対象文書については不起訴事件の記録であるから,同条には該当しないとしている。つまり,本件対象文書は,同条に該当する文書の閲覧について定めた刑事確定訴訟記録法4条の対象から外れることになるが,不起訴記録の閲覧請求拒否ないし請求の不受理に対しては不服申立ての手段がないので,請求受理の手続に関して完結的な制度が確立しているとは言えない。
 諮問庁が開示手続等が自己完結的に定められているとしてその支えとしている刑事訴訟法の他の条文について検討すると,同法40条は,弁護人の閲覧請求権を定めたものであって,しかも,その対象は公判提出記録に限られており,何人にも認められる開示請求権とは根本的に異なるものである。また,同法47条ただし書は,「公益上の必要その他の事由」があるときは訴訟に関する書類を公にできる裁量権を認めているが,そもそも,同条は不起訴記録の開示請求手続を定めたものではない。同条の訴訟に関する書類も,訴訟関係人の名誉を保護し,裁判開始前に裁判に対して外部からの不当な圧力の加えられることを防止するという趣旨(最高裁判所昭和28年7月18日判決・刑集7巻7号1547頁)からして,起訴を前提とする記録に限定されるものであり,不起訴記録で公訴時効完成後のものを含む趣旨はない。
 ことに,本件対象文書に関しては,不起訴処分がされてから約32年も経過し,既に時効となって今後も起訴はあり得ないのであって,もはや刑事訴訟法53条の2の「訴訟に関する書類」とは言えない。
 上記政府委員の答弁における適用除外の趣旨のうち,裁判の公正の確保については,不起訴処分が確定し,公訴時効が完成した時点では,全く考慮に値しないし,訴訟関係人の権利保護の観点については,情報公開法の不開示事由及び存否応答拒否等により適応できるから,この点も,不起訴記録を適用除外とする理由とはならない。
 結局は,同法53条だけが,唯一何人も訴訟記録を閲覧することができるとして閲覧請求権を定めているのであるが,その対象は,被告事件の終結後に限定している。
 このように,不起訴記録については刑事訴訟法は何ら規定していないのであって,完結的な開示請求制度が確立しているとは決して言い得ない。

 適用除外を定めた情報公開法15条は,その要件として,「何人にも開示請求に係る行政文書が前条1項本文に規定する方法と同一の方法で開示することとされている場合」に限っている。したがって,完結的な制度が確立していない不起訴記録については,上記の政府委員等が説明する立法趣旨によっても,この要件に該当しないとして情報公開法の対象とし,開示請求が認められるべきである。
 諮問庁は,本件対象文書について情報公開法15条の適用を論ずる余地はないとしているが,そもそも,情報公開法の要綱案を具申した行政改革委員会による要綱案の考え方の「7補説(5)関係法律との調整」の項で,刑事訴訟手続もその対象に含めており,「調整措置を講ずるに当たっては,情報公開法の適用について何らかの特例を認める場合にも,本法の趣旨に反しないことを基本とした上で,本法を並行的に適用すると個別法に基づく事務の適正な遂行に支障が生ずる特別な事情があるかどうか,特例を認める文書(情報)の範囲等が法律上明確にされているかどうかなどの点について個別に検討することが必要である。」という厳格な前提条件を明確にしていることに,立ち返るべきである。

(3)  本件対象文書のうち札幌高等検察庁検事長及び検事総長に対する開示請求に係る文書(以下「本件特定対象文書」という。)について
 本件特定対象文書は,札幌地方検察庁が本件刑事事件を不起訴処分にするに当たって上級庁である札幌高等検察庁及び最高検察庁の各長に対して判断,指揮を仰ぎ,あるいはその報告をするために作成,提出したものであり,文書の性格として,情報公開法5条5項で規定された「国の機関及び地方公共団体の内部又は相互間における審議,検討又は協議に関する情報」に該当し,情報公開法が対象とする行政文書であるのは明らかである。本件特定対象文書は,上級庁の長をあて先とする,いわゆる三長官報告書の一つであり,三長官報告書は処分庁自らが行政文書ファイル管理簿に収める対象としている。
 仮に諮問庁が,そこに収められた情報やそれに付随した文書には,起訴前の刑事記録に関する情報が相当に含まれ,実質的に訴訟記録に当たると主張する場合であっても,本件特定対象文書を情報公開法の対象とした上で,部分開示を義務付けた情報公開法6条の規定に従って,訴訟記録に当たるとする部分とそれ以外の部分とを分離して,それぞれ不開示情報あるいは情報公開法の適用外とする情報に該当するか否かを決定すべきである。
 しかしながら,そもそも,本件特定対象文書の全部あるいは部分のいずれであっても,これを情報公開法の適用外として不開示処分と決定することは,その立法趣旨及び情報公開法15条の条文を誤って解釈するものであって,情報公開法を適用して本件特定対象文書を開示の対象とすべきである。

第3諮問庁の説明の要旨
 1 刑事訴訟法53条の2の「訴訟に関する書類」の一般的な意義
 刑事訴訟法53条の2の「訴訟に関する書類」とは,被疑事件・被告事件に関して作成又は取得された書類であると解される。
 同条が「訴訟に関する書類」を情報公開法の適用除外とした趣旨は,①訴訟に関する書類は,刑事司法手続の一環である捜査・公判の過程において作成・取得されたものであるが,捜査・公判に関する国の活動の適正確保は,司法機関である裁判所により図られるべきであること,②刑事訴訟法47条により,公判開廷前における訴訟に関する書類の公開を原則として禁止する一方,被告事件終結後においては,同法53条及び刑事確定訴訟記録法により,一定の場合を除いて何人にも訴訟記録の閲覧を認め,その閲覧を拒否された場合の不服申立てにつき準抗告の手続によることとされるなど,これらの書類は,刑事訴訟法(40条,47条,53条,299条等)及び刑事確定訴訟記録法により,その取扱い,開示・不開示の要件,開示手続等が自己完結的に定められていること,③これらの書類は,類型的に秘密性が高く,その大部分が個人に関する情報であるとともに,開示により犯罪捜査,公訴の維持その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれが大きいものであることによるものである。
 不服申立人が指摘する平成10年5月15日開催の衆議院内閣委員会における政府委員の答弁も,これと同趣旨と理解される。
 なお,不服申立人は,本件開示請求に係る文書について,情報公開法15条の適用を論じているが,同条は,開示請求に係る文書が,情報公開法が適用される行政文書であることを前提として,情報公開法と個別の開示制度との調整を図った規定であり,本件開示請求に係る文書が,情報公開法の適用のない刑事訴訟法53条の2の「訴訟に関する書類」に該当する場合には,情報公開法15条の適用を論ずる余地はない。

 2 本件対象文書が刑事訴訟法53条の2の「訴訟に関する書類」に該当することについて
 本件対象文書である札幌地方検察庁検事正に対する開示請求に係る鑑定書,意見書,聴取記録,提出書面,供述調書及び捜査報告書並びに札幌高等検察庁検事長及び検事総長に対する開示請求に係る捜査報告書,不起訴裁定書及びその原案は,いずれも,捜査の過程で作成又は取得されたものであり,それ自体が捜査記録を構成するものであるので,刑事訴訟法53条の2の「訴訟に関する書類」に該当することは明らかである。

 本件対象文書が不起訴記録であっても,同様である。
 不起訴記録とは,検察官が不起訴処分とした事件の捜査記録であり,捜査の過程で作成又は取得された捜査報告書,供述調書,供述書,鑑定書等がこれに当たる。
 捜査とは,捜査機関が,犯罪があると考えるとき,公訴の提起及び追行のために犯人及び証拠を発見,収集,保全する手続を言い,刑事訴訟法第2編第1章「捜査」の各規定によって規律されるものであり,刑事訴訟の一部である。このような捜査記録は,事件が起訴され,証拠として公判に提出されれば,訴訟記録の一部となる。
 そして,当該事件が結果として起訴に至らなかったとしても,つまり捜査記録が不起訴記録となったとしても,その文書の性質には何らの変化も来さないと考えられるので,不起訴記録が,刑事訴訟法53条の2の「訴訟に関する書類」に該当することは明らかである。
 不服申立人は,不起訴記録については,刑事訴訟法上,その取扱い,開示・不開示の要件,開示手続等に関する定めが存しないので,「訴訟に関する書類」に当たらないと主張する。
 しかし,東京高等裁判所昭和60年2月21日決定(判例時報1149号119頁)により,不起訴記録についても,捜査中の記録と同様に刑事訴訟法47条が適用されるとされており,かつ,不起訴記録は,いったん不起訴とされた事件が再捜査されて起訴され,証拠として公判に提出されれば,同法53条が適用される「訴訟記録」となり得るものであるので,同法等において,その取扱い,開示・不開示の要件,開示手続等が自己完結的に定められていることは明らかである。
 さらに,不服申立人は,公訴時効が完成して起訴される可能性がなくなった事件の記録については,「訴訟に関する書類」に当たらないと主張するが,同法53条の2の文言から,そのような解釈を導くことは困難であり,また,「訴訟に関する書類」が時間の経過によって行政文書となるとの考え方も不合理である。
 なお,最高裁判所昭和28年7月18日判決(刑集7巻7号1547頁)は,同法47条の趣旨について,「訴訟に関する書類が公判開廷前に公開されることによって訴訟関係人の名誉を毀損し,公序良俗を害し,又は裁判に対し不当な影響を惹き起こすことを防止するための規定である」旨を判示しており,同条が適用される不起訴記録についても,これをみだりに公開することは許されない。しかし,不起訴記録は,全く閲覧できないものではなく,同条に基づき,公益上の必要その他の事由があって,相当と認められる場合には,閲覧することができる。実際に,検察庁においては,事件関係者のプライバシーに配慮しつつも,具体的な必要性・相当性があれば,不起訴記録を開示しており,例えば,従来から交通事故に関する実況見分調書等の証拠につき,当該事件に関連する民事訴訟の係属している裁判所からの送付嘱託や弁護士会からの照会等の場合に応じてきているところであり,近年は,被害者等が民事訴訟等において被害回復のため損害賠償請求権その他の権利を行使するために必要と認められる場合,捜査・公判に支障を生じたり,関係者のプライバシーを侵害しない範囲で,交通事故に係るもの以外の事件についても,客観的証拠で,かつ,代替性がないと認められる書類については,被害者又はその親族からの請求又はその代理人たる弁護士からの請求についても開示しているところである。

 本件特定対象文書について
 札幌高等検察庁検事長及び検事総長に対する開示請求書の記載によれば,開示請求の対象とされた文書は,「不起訴裁定書原案」,「捜査報告書」及び「不起訴裁定書」と特定されている。
 これらの文書は,いずれも被疑事件・被告事件に関して作成される書類であるので,刑事訴訟法53条の2の「訴訟に関する書類」に該当し,情報公開法の対象外となることは明らかである。
 これに対し,不服申立人は,本件特定対象文書は,札幌地方検察庁から札幌高等検察庁及び最高検察庁に提出された「三長官報告書」の一部であって,情報公開法の対象となると主張する。しかしながら,「三長官報告書」とは,地方検察庁が,事件の受理・処理等について,高等検察庁,最高検察庁及び法務省に対して同時に報告するための報告書であって,本件特定対象文書とは別の文書であり,本件開示請求書の記載から,本件開示請求が「三長官報告書」を対象としたものと解することはできない。
 なお,不服申立人は,「三長官報告書」に本件特定対象文書の情報が含まれ,又はこれが付随していることを前提とした議論をしているが,札幌高等検察庁及び最高検察庁は,本件特定対象文書を保有しておらず,また,本件刑事事件に関する「三長官報告書」も保有していない。

第4調査審議の経過
 当審査会は,本件諮問事件について,以下のとおり,調査審議を行った。
平成13年12月27日 諮問の受理
同日 諮問庁から理由説明書(3通)を収受
平成14年1月25日 不服申立人から意見書(3通)を収受
同年2月14日 審議
同年3月4日 諮問庁から理由説明書(補充)を収受
同月13日 不服申立人及び補佐人の口頭意見陳述の聴取並びに審議
同年4月24日 審議
同年5月8日 審議
同月22日 審議

第5審査会の判断の理由
 1 本件対象文書について
(1)  本件対象文書のうち,札幌地方検察庁検事正に対する開示請求に係るものは,鑑定人の医学鑑定書及び添付意見書,鑑定人からの補足説明聴取記録,供述書その他の提出書面,供述調書並びに捜査報告書であり,これらは,いずれも,同検察庁が本件刑事事件の捜査の過程で取得し,又は作成した書類であって,特定の被疑事件に係る捜査記録を構成するものと認められる。
 そして,本件刑事事件は不起訴処分に付され,当該捜査記録は,不起訴記録になったものと認められる。

(2)  本件特定対象文書は,検察首脳会議に向けて札幌地方検察庁から札幌高等検察庁及び最高検察庁に提出されたとする不起訴裁定書原案及び捜査報告書並びにその会議の結果決定され,報告されたとする不起訴裁定書であるが,これらの文書は,それ自体として見れば,本件刑事事件の捜査に関して作成され,又は取得されたものであり,不起訴記録の一部を成すものであることは明らかである。そして,これらの不起訴裁定書等が上級庁の判断・指揮を仰ぐために提出され,あるいは,いわゆる三長官報告書(地方検察庁において一定の刑事事件について受理ないしは処理等をした際に,高等検察庁検事長,検事総長及び法務大臣に対して同時に報告するための報告書をいう。)に添付されるなどして提出された場合であっても,これらの不起訴裁定書等が,本件刑事事件の捜査に関して作成,取得されたものであり,不起訴記録の一部であるという文書本来の性質に何ら変わりはないものと考えられる。
 なお,札幌高等検察庁検事長又は検事総長に対する本件開示請求は,それぞれが保有するとされる不起訴裁定書等を対象とするものであり,これらが三長官報告書に添付される可能性は否定できないとしても,三長官報告書自体を対象としたものとは解されない。

 2 本件対象文書に対する情報公開法の規定の適用の可否について
(1)  刑事訴訟法53条の2の趣旨等
 刑事訴訟法53条の2は,「訴訟に関する書類」については情報公開法の規定は適用しない旨を規定している。
 同条の「訴訟に関する書類」とは,被疑事件・被告事件に関して作成され,又は取得された書類であると解されるが,同条がこれを情報公開法の規定の適用から除外した趣旨は,①「訴訟に関する書類」については,刑事司法手続の一環である捜査・公判の過程において作成・取得されたものであり,捜査・公判に関する活動の適正確保は,司法機関である裁判所により図られるべきであること,②刑事訴訟法47条により,公判開廷前における訴訟に関する書類の公開を原則として禁止する一方,被告事件終結後においては,同法53条及び刑事確定訴訟記録法により,一定の場合を除いて何人にも訴訟記録の閲覧を認め,その閲覧を拒否された場合の不服申立てにつき準抗告の手続によることとされるなど,これらの書類は,刑事訴訟法(40条,47条,53条,299条等)及び刑事確定訴訟記録法により,その取扱い,開示・不開示の要件,開示手続等が自己完結的に定められていること,③これらの書類は,類型的に秘密性が高く,その大部分が個人に関する情報であるとともに,開示により犯罪捜査,公訴の維持その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれが大きいものであることによるものである(総務省行政管理局編・詳解情報公開法)。
 不服申立人が指摘する平成10年5月15日の衆議院内閣委員会における政府委員の答弁も,「整備法7条で刑事訴訟に関する書類・押収物について情報公開法の規定の適用を除外した立法趣旨であるが,刑事訴訟に関する書類については,個人情報等の情報公開法の不開示情報に該当するものが大部分である。そして,刑事司法手続の一環として,被疑事件・被告事件に関して作成された書類であり,その適正確保は,司法機関である裁判所により判断されるべきものである。そして,刑事訴訟法は,裁判の公正の確保,訴訟関係人の権利保護等の観点から,訴訟に関する書類を公判の開廷前に公開することを原則として禁止する一方,被告事件終結後においては,一定の場合を除いて何人にも訴訟記録の閲覧を認めている。そして,この閲覧を拒否された場合の不服申立てについては,準抗告の手続による。そういったことを理由とするととともに,今申し上げたように,その開示・不開示の要件,手続については完結的な制度が確立しているために,情報公開法の適用除外としたもの」としており,上述したところと同様であると認められる。
 すなわち,「訴訟に関する書類」については,これらの書類が類型的に秘密性が高く,その大部分が個人に関する情報であるとともに,開示により犯罪捜査や公訴の維持等に支障を及ぼすおそれが大きいものであることや,刑事訴訟手続の特殊性等を総合考慮した結果,これらの書類の取扱いは刑事訴訟手続にゆだねることとされ,情報公開法の規定の適用が除外されたものと考えられる。

(2)  不起訴記録が刑事訴訟法53条の2の「訴訟に関する書類」に該当することについて
 刑事訴訟法53条及びこれを受けてその閲覧請求権を定めた刑事確定訴訟記録法4条1項は,裁判所が被告事件に関して作成し,又は提出を受けて事件記録として編てつした記録である「訴訟記録」を対象とするものであり,不起訴記録については,この規定による閲覧請求が認められていないことは,不服申立人の指摘するとおりであり,不起訴記録の公開に関しては,刑事手続上は,刑事訴訟法47条の規定が存するのみである。
 不起訴記録については,類型的に秘密性が高く,その大部分が個人情報に該当するとともに,犯罪捜査や公訴の維持等に支障を及ぼすおそれが大きいものであるという点においては,「訴訟記録」と異なるところはない。のみならず,不起訴記録については,裁判の証拠資料として公判廷に提出され,公開の法廷において審査の対象とされたものではなく,捜査密行の原則の下に取得され,かつ,起訴に至らない段階における犯罪の嫌疑の有無に関するものであって,関係者のプライバシーの保護の要請は「訴訟記録」より一層強く働くものと考えられる。また,当該事件自体が起訴されないものであるとしても,その記録が開示された場合には,関連事件の捜査や公訴の維持等に支障を及ぼす可能性があるほか,他の事件においても,開示されることを危惧し,その関係者が今後の捜査等への協力をちゅうちょすることなどによる将来の刑事訴訟手続への支障のおそれも否定できないところである。
 このような観点から,刑事訴訟法53条の2は,同法47条と同様に,「訴訟記録」より広く,不起訴記録をも含む概念である「訴訟に関する書類」という用語を用い,刑事確定訴訟記録法4条1項の閲覧対象とならない不起訴記録についても,これを情報公開法の適用対象外とすることを定めたものと解される。
 すなわち,刑事訴訟法53条の2は,不起訴記録については,上記のとおり,訴訟記録と同様に類型的に秘密性が高く,不開示情報に該当するものであるという性質を有することに加え,刑事訴訟手続の特殊性等を踏まえ,その開示等の取扱いが同法47条の限度に制約されることもやむを得ないものとして,情報公開法の適用除外を定めたものと解されるのである。
 ちなみに,上記の衆議院内閣委員会の答弁に引き続き,現状では不起訴記録中の交通事故の実況見分調書について弁護士法32条の2の照会制度で開示されているが,刑事訴訟法53条の2の規定の新設を含む関連法律が成立することにより,そのような記録すら開示されなくなるのではないかという質問がなされ,これに対し,政府の説明員において関連法律が成立しても従来の取扱いが変更されることはない旨答弁していることからしても,同条の「訴訟に関する書類」の中には不起訴記録が含まれることは当然の前提とされていたものと考えられる。

 不服申立人は,情報公開法の規定の適用除外が妥当性を有するのは,開示・不開示の要件,手続等について自己完結的な制度が確立しているものに限られる旨主張し,その前提として,自己完結的な制度が確立しているかどうかについては,個々の事件記録ごとに,刑事確定訴訟記録法等による閲覧請求権ないし不服申立権が認められるかどうかによって判断されるべきであるとの見解に立つものと思われる。このような見解が妥当でないことは,上述したところから明らかであるが,この点について敷えんすると以下のとおりである。
 刑事訴訟手続は,刑事事件につき,公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ,事案の真相を明らかにし,刑罰法令を適正かつ迅速に適用実現することを目的とするものであり,捜査に始まり,公訴の提起,一審の公判手続,上訴等へと進行していく一連の手続であるが,捜査は,犯罪の疑いがある場合に,捜査機関が,犯罪事実の存否や公訴の提起の可否等を解明するため,強制権限をも行使しつつ,密行の下に行われるものであるのに対し,公判手続は,裁判の公正と司法への信頼の確保等の観点から,公開の法廷において審理され,刑罰法令の適正な適用が図られている。また,検察官がした不起訴処分に関しては,検察審査会に対し,当該処分の当否について審査を申し立てることができる制度等が設けられている。このように,刑事訴訟手続は,一般の行政手続とは異なる特殊な性質を有するものであり,捜査・公判に関する活動の適正確保等のシステムについては,刑事訴訟手続の制度内において体系的な整備が図られているものと考えられる。
 また,刑事訴訟手続においては,「訴訟に関する書類」について,その性質や手続の進行段階に応じて,種々の権利利益を比較衡量しつつ,必要かつ合理的な範囲でその開示・不開示の取扱い等が定められている。すなわち,公判開廷前においては,訴訟関係人の名誉が毀損され,公序良俗が害され,又は裁判に対する不当な影響が惹起されることを防止するため,公益上の必要その他の事由があって相当と認められる場合を除き,公にしてはならない(刑事訴訟法47条)ものとし,公訴の提起後は,同法40条において弁護人の閲覧謄写権を,同法299条において当事者に取調請求に係る書類の事前閲覧を,それぞれ認め,さらに,被告事件の終結後は,裁判の公開の原則を拡張し,これによって裁判の公正を担保するとともに裁判に対する国民の理解を深めるため,原則として,何人も,「訴訟記録」を閲覧することができる(同法53条)ものとしている。そして,この規定を受けて,刑事確定訴訟記録法は,「訴訟記録」の閲覧請求権とその処分に対する不服申立権を定めているが,上記の裁判の公正担保等の要請と関係者の名誉等の保護の要請との調整を目的とした規定と考えられる同法4条2項は,訴訟記録であっても,訴訟関係人又は閲覧につき正当な理由があると認められる者からの請求があった場合でない限り,被告事件の終結後3年を経過した場合には,裁判書を除いてはその閲覧をさせないものとしている。
 そして,不起訴記録については,諮問庁の指摘する東京高等裁判所昭和60年2月21日決定からも明らかなように,刑事訴訟法47条の「訴訟に関する書類」に含まれるものとして,同条の規定に基づき,公にするか否かの判断がされるものであるが,関係者のプライバシーの保護の要請が一層強く働くものと考えられることなど上述したところからすると,このような取扱いが不合理であるとは言えない。
 このように,刑事訴訟法等は,「訴訟に関する書類」の性質や手続の進行段階に応じて,種々の権利利益を比較衡量し,その取扱いに差異を設けているものの,それらの書類のすべてについて,必要かつ合理的と考えられる範囲で,開示・不開示の取扱い等を定めているものと認められ,全体的に評価すると,刑事訴訟手続の制度内において,体系的な整備がされているものと考えることができる。
 こうしてみると,上記の立法趣旨の一つとして掲げられている自己完結性は,不服申立人の指摘するような個々の書類ごとの閲覧請求権等の有無を問題とするものではなく,上記のように「訴訟に関する書類」全体としての体系的な整備を指称するものであり,刑事訴訟法53条の2は,このようなことを踏まえ,「訴訟記録」に限定することなく,「訴訟に関する書類」の全体について,情報公開法の規定の適用を除外したものと解するのが相当である。

 なお,不服申立人は,本件対象文書が既に公訴時効の完成した刑事事件に係る不起訴記録(以下「時効不起訴記録」という。)であるとして,このような記録については情報公開法によって開示すべきであると主張する。刑事訴訟法53条の2の文理上,時効不起訴記録が「訴訟に関する書類」から除外され,これが情報公開法の開示請求の対象となるという解釈は採り難い上,実質的に見ても,このような記録であっても,時効完成前と同様に同法47条の規定に基づいて公にされる可能性があるものであり,また,類型的に秘密性が高く,一般に開示するのを相当としないという点において,時効不起訴記録と時効完成前の不起訴記録とで異なるところはないと認められる。したがって,この点に関する不服申立人の主張は,採用し難い。

 以上のことから,本件対象文書は,本件刑事事件の捜査の過程で取得され,又は作成された書類であり,不起訴記録として,刑事訴訟法53条の2の「訴訟に関する書類」に該当するものと認めるのが相当である。

(3)  本件特定対象文書について
 本件特定対象文書は,本件刑事事件に係る不起訴裁定書及びその原案並びに捜査報告書が札幌地方検察庁から札幌高等検察庁又は最高検察庁に提出されたものとして,開示請求の対象とされているものであるが,その存否はさておき,上記1(2)のとおり,捜査記録を構成するという当該文書本来の性質が,上級庁に提出されたことによって変化するものとは言えない。
 したがって,本件刑事事件を直接捜査した札幌地方検察庁が保有する不起訴記録中の不起訴裁定書等に限らず,被疑事件の捜査について検察内部における協議等のために同検察庁から提出され,札幌高等検察庁又は最高検察庁が保有するとされる本件特定対象文書についても,同様に「訴訟に関する書類」として,刑事訴訟法53条の2の規定が適用されるものと解される。

 3 情報公開法15条に関する不服申立人の主張について
 不服申立人は,情報公開法15条の規定及び行政改革委員会による要綱案の考え方の「7補説(5)関係法律との調整」の項に照らし,開示手続等の完結的な制度が確立していない不起訴記録については,情報公開法の対象とすべきである旨主張する。
 しかしながら,情報公開法15条は,情報公開法の規定の対象となる行政文書であることを前提に,他の法令において国民一般に対する開示規定が存在する一定の文書について,その開示の方法が情報公開法14条1項本文に規定する開示の方法と同一である場合には,情報公開法に基づく開示を重ねて認める必要性がないことから,当該同一の方法による開示の限度において情報公開法による開示を行わない旨の調整措置を定めたものであって,情報公開法の適用除外を定める刑事訴訟法53条の2のような規定との調整を定めるものではなく,また,そのような規定の解釈を拘束する効果を有する規定とも解されない。また,刑事訴訟法53条の2において,不起訴記録をも含めて「訴訟に関する書類」を情報公開法の規定の適用から除外したことが,上記行政改革委員会の要綱案の考え方に反するものと言うことはできないので,この点に関する不服申立人の主張は採用し難い。

 4 本件不開示決定の妥当性
 以上のことから,本件対象文書のすべてにつき,情報公開法の規定の適用を受ける行政文書に該当しないことを理由に不開示とした本件各決定は,いずれも妥当であると認められるので,上記第1記載の審査会の結論のとおり判断した。

第6答申に関与した委員
 清水湛,饗庭孝典,小早川光郎