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【裁判所】 福岡地方裁判所
【裁判年月日】 平成22年1月18日
【見出し】 保有個人情報不開示決定取消等請求事件

【要旨】
  1. 法1条は,行政機関における個人情報の取扱いに関する基本的事項を定めることにより,行政の適正かつ円滑な運営を図りつつ,個人の権利利益を保護することを目的と定め,法14条は,開示しないことに合理的な理由がある情報を不開示情報として具体的に列挙し,不開示情報が含まれない限り,開示請求に係る保有個人情報を開示しなければならない旨定めている。  このような法の趣旨に照らせば,法14条7号柱書に定める「支障」の程度は,名目的なものでは足りず,実質的なものが要求され,「おそれ」の程度も,単なる抽象的な可能性ではなく,法的保護に値する蓋然性が必要とされるものと解すべきである。


  2. 平成17年度ないし平成20年度の旧論文式試験の再現答案は,当該年度の旧論文式試験の2か月後ないし4か月後に雑誌掲載されている。前記前提事実によれば,本件個人情報は平成13年度の旧論文式試験に係るものであるから,既に司法試験予備校等による再現答案の分析は尽くされているものと推認され,模範答案のパターンが作成されるとすれば,既に作成されているものと考えられる。また,平成13年度の旧論文式試験に係る科目別得点は本件個人情報1件しか残っていないから,他の受験者の科目別得点と比較することはできない。さらに,原告は,平成13年度の旧論文式試験は不合格で,総合順位ランクがFであったうえに,科目別順位ランクもBないしGと,特に芳しい成績ではなかった。以上の各点に照らせば,平成21年に至った現在において,本件個人情報が開示されたとしても,今後,司法試験予備校等が,受験指導を目的として,本件個人情報を結びつけて原告の平成13年度の旧論文式試験の再現答案を分析し,その結果を出版等する蓋然性は認め難い。そうすると,本件個人情報が開示されると,旧論文式試験の答案のパターン化が促進され,旧司法試験の選抜機能が低下するおそれがあるとの被告の主張は採用できない。


  3. 被告は,一人の受験者の科目別得点が判明するだけでも,司法試験予備校等は,それが高得点であれば,その者の再現答案に基づき,模範答案を作成することが可能であるし,仮に低得点であれば,低得点となった原因を分析し,他の受験者らによる再現答案と比較するなどして優劣をつけて模範答案を作成し,あるいは,書いてはいけない論述の類を公表するおそれが高まると主張する。が,本件個人情報が開示されたとしても,平成13年度の旧論文式試験の他の受験者の得点はもはや存在しないため,得点を比較することができないから、開示された原告の科目別得点が,既に原告に通知されている科目別順位ランクの中で上の方になるのか下の方になるのかまでは判明しないことに照らせば,本件個人情報が開示されることによって,原告の答案をより分析しやすくなるとは認め難いし,そもそも,科目別順位ランクを利用して再現答案に優劣をつけることが可能である現在においても,司法試験予備校等が模範答案を作成したり,書いてはいけない論述の類をパターンとして公表したりしている事実を証拠上認めることはできず,被告の主張は抽象的な可能性に過ぎない。


  4. 司法試験予備校等が,平成13年度の旧論文式試験の原告と同一の科目別順位ランクに属する再現答案を多数集め,原告の再現答案を基準にして他の答案に優劣を付けることによって,同一ランク内の答案の順位を推定するなどということは,およそ合格答案作成に向けた指導としては労多くして功少ないことであり,司法試験予備校等がそのようなことをするとは到底考え難いし,そのような行為が抽象的には可能であるとしても,そのような答案の優劣の決定に原告の答案の具体的な得点の存在は何ら関係しない。


  5. 平成13年度の旧論文式試験の科目別得点が本件個人情報以外存在しないに至った経緯は,司法試験委員会が,法令に従い,開示請求等のあった本件個人情報の保存期間を延長して保存を継続し,他方で,法令に従い,開示請求等のなかった他の受験者に係る平成13年度の旧論文式試験の科目別得点を保存期間が満了したことにより廃棄したというものである。受験者等が今後司法試験委員会等に対し本件個人情報を開示するに至った理由について質問や照会をする可能性はあるものの,平成13年度の旧論文式試験の科目別得点が本件個人情報以外存在しないに至った理由は上記のとおり合理的なものであるから,これをそのまま説明すれば足りるのであって,格別司法試験委員会に困難を強いるものではなく,旧司法試験の事務の適正な遂行に支障を生じさせるおそれは認められない。



【概要】
【上下級審判決】 【同一事案の答申】 【参考となる判決】 【添付文書】