平成18年5月11日判決言渡
損害賠償請求事件

判    決

主    文

 被告は,原告に対し,12万円及びこれに対する平成14年9月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 原告のその余の請求を棄却する。

 訴訟費用は,これを10分し,その1を被告の負担とし,その余は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

 請求の趣旨

(1)  被告は,原告に対し,600万円及びこれに対する平成14年9月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

(3)  第1項につき仮執行宣言

 請求の趣旨に対する答弁

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

(3)  仮執行の宣言は相当ではないが,仮にこれを付す場合には,担保を条件とする仮執行免脱宣言

第2  事案の概要

 事案の要旨
 本件は,原告が,防衛庁の職員は防衛庁に対して行政文書開示請求をした者のリストを組織的に作成・保有・配布していたが,同リストには原告の個人情報の記載があり,これにより原告のプライバシー,知る権利等が侵害されたと主張して,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めた事案である。

 争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実

(1)  当事者等

 原告

(ア)  弁護士・オンブズマン
 原告は,新潟県弁護士会所属の弁護士であり,本件文書開示請求(後記)当時,行政監視活動を目的として設置された新潟市民オンブズマンの代表であった。

(イ)  本件文書開示請求
 原告は,陸上自衛隊員を被告とする別件の訴訟(以下「別件訴訟」という。)について原告訴訟代理人として事件を受任し,その立証のため,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成11年5月14日法律第42号。以下「情報公開法」という。)に基づき,平成13年12月5日付け行政文書開示請求書をもって,防衛庁長官に対して2件の行政文書開示請求をした(以下「本件文書開示請求」という。)ところ,同請求は同月10日に受け付けられ,平成14年1月9日,一部を除いて文書の開示が決定された。(甲2(各枝番),3(各枝番),50,原告本人)

(ウ)  文書開示請求書の記載
 原告は,本件文書開示請求の請求書の氏名,住所及び電話番号の各欄に自己の氏名等の各記載をし,さらに,請求する行政文書の名称等として,「平成13年前渡資金のリアルタイム(新発田駐屯地)一切の件」,「平成13年会議費関係書類(新発田駐屯地)一切の件」,求める開示の実施の方法等として,「イ写しの送付を希望する」欄に○を各記載した。(甲2(各枝番))

 A三等海佐
 本件リスト(後記)を作成したA三等海佐(以下「A三等海佐」という。)は,昭和52年に防衛大学校を卒業し,その後海上自衛隊に入隊し,平成12年8月1日から海幕情報公開室開設のための準備室員として勤務し,開示請求を求められた場合に行政文書の開示・不開示を審査するための基準を作成することを主に担当していた。その後,情報公開法が施行された平成13年4月1日から,海幕情報公開室の室員となり,開示請求に基づく情報公開に関する業務に従事し,平成14年3月,同室から転出した。(甲5の①,乙25,証人A)

(2)  本件リスト

 本件リストの作成経緯(甲5の①,乙25,証人A)
 平成13年4月1日に情報公開法が施行され,海幕情報公開室では,後述のとおり,業務進行管理のため,行政文書開示請求書に基づき,開示請求状況等を記載した海幕リストを作成していたが,当時同室に勤務していたA三等海佐は,この海幕リストとは別に,海幕リストに開示請求者の個人情報を追加したリストを作成することとした(以下,A三等海佐が作成したリストを「本件リスト」という。)。
 その後,A三等海佐は,海幕情報公開室が関与する情報公開請求のみならず,防衛庁全体に対する開示請求を対象として本件リストを作成することとし,関連情報を本件リストに記載した。

 本件リストの内容(甲1の①(2丁目),②)

(ア)  A三等海佐が作成した本件リストには,番号,開示請求者の氏名,職業,郵便番号,住所,電話,記事等の項目が含まれており,これらのうち,職業の項目には,「受験者(アトピーで失格)の母」,「反戦自衛官」等の記載があり,記事の項目には,「元戦史教官」,「不服申立」等の記載がある。また,本件リストには,氏名や情報公開窓口,請求件数等の特定の項目に着目して並べ替えや分類を行ったものなど,複数の種類がある。

(イ)  本件リストのうち原告に関する記載があるものには,原告の情報として,番号,氏名,職業(法人等)欄に「弁護士(OB)」,郵便番号,住所,電話番号の記載があるもの,番号,弁護士(OB),氏名,受付年月日,請求件名について等の記載があるものなど複数の種類がある。

 本件リストの配布
 A三等海佐は,本件リストを情報公開業務に当たる他の防衛庁職員らに配布した。

 本件リストと旧行政機関保有個人情報保護法との関係
 本件リストのうち磁気テープ等に記録されたものは,「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律」(平成15年5月30日法律第58号)により全面改正される前の「行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律」(以下「旧行政機関保有個人情報保護法」という。)2条4号の定める個人情報ファイルに該当し,A三等海佐がこれを作成したことは同法4条2項に,A三等海佐が本件リストを情報公開室以外へ配布したことは同法12条にそれぞれ違反する。

(3)  内局リスト

 内局リストの作成経緯(甲5の①)
 長官官房文書課情報公開準備室(平成13年4月1日以降は防衛庁情報公開室。以下同様。)は,開示請求について,請求番号,開示・不開示決定期限,請求件名,庁内の照会先等及び細部手続の日付等を記載した内局リストのフォーマットを作成した。さらに,防衛庁情報公開室は内局リストを防衛庁中央OAネットワーク・システムの全庁ホームページ(以下「庁OAシステム全庁ホームページ」という。)に掲載し,同年4月2日から始まった情報公開業務の進行管理に用いるようになった。

  内局リストの内容(甲1の①(1丁目),5の①,乙1)

(ア)  防衛庁情報公開室が庁OAシステム全庁ホームページに掲載した内局リストは,当初,開示請求者個人に関する情報は記載されていなかったが,平成13年4月中旬に,内局リストの請求件名の欄中に請求者のイニシャルを入れるとともに,団体(マスコミ,オンブズマン等)については,略号を付することになった。しかし,これについてはイニシャル等の意味が分からないとの意見があったため,数日後に内局リストに8種の略号の意味を示した脚注が付記されるようになった(8種以外の団体については,担当者が自分の判断で適当な略号を記入していた。)。その後,請求件数が落ち着いてきた同年夏ころから,略号の記載は必ずしも厳密に行われなくなり,平成14年4月からは,イニシャル等の記入も行われなくなった。

(イ)  原告の開示請求については,請求番号,決定期限,請求件名,庁内の照会先等が記載されていたが,原告のイニシャル及びオンブズマンを示す団体名の略称は記載されていなかった。

 内局リストの閲覧状況
 内局リストは庁OAシステム全庁ホームページ(閲覧可能な末端は約6500台)に掲載された。

(4)  陸幕リスト(業務処理状況一覧表)

 陸幕リストの作成経緯(甲5の①)
 平成13年3月,情報公開業務の開始に備え,同業務の進行管理のために,陸幕情報公開グループ(平成14年3月27日以降は陸幕情報公開室。以下同様。)において,陸幕リストが作成された。

 陸幕リストの内容(甲1の①(6丁目),乙2)

(ア)  陸幕リストには,整理番号,請求番号,決定期限,開示請求概要,行政文書件名,内局担当課,陸幕担当課・関係課,部隊等,補正,文書特定,意見検討,上申,摘要,処理状況等の項目が含まれ,摘要の項目に,「オンブズマン」,「元空自」などの記載があるが,個人名は記載されていない。

(イ)  原告の開示請求については,整理番号,請求番号,決定期限,開示請求概要,行政文書件名,内局担当課,陸幕担当課,部隊等,文書特定,意見検討,上申,摘要,処理状況等が記載されており,摘要欄に「法律事務所」との記載があるものの,原告の個人名やオンブズマンである旨の記載はない。

 陸幕リストの閲覧状況について(甲5の①)
 陸幕リストは,平成13年4月2日から陸幕LANのホームページ(閲覧可能端末約1000台)上に掲載され,方面隊,長官直轄部隊等の情報公開担当者約140名に対しても,電子メールにより送付された。

 当事者の主張の要旨

(1)  原告の主張の要旨

 原告の主張の要旨
 A三等海佐あるいは他の防衛庁職員は,正当な行政目的達成のための必要性がないのに,組織的に,平成13年12月ころ,本件文書開示請求をした原告の所属団体等の思想傾向を調査し,原告が新潟市民オンブズマンのメンバーであることを探知した上,これを基に,本件リスト,内局リスト,陸幕リストを作成・保有・配布し,原告のプライバシー,思想・信条の自由,知る権利・情報公開請求権,結社の自由,通信の秘密などの人権を侵害した。
 原告は,これにより多大な精神的苦痛を被った。その慰謝料としては500万円が,また本件訴訟遂行のための弁護士費用としては100万円が相当である。
 よって,原告は,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,600万円(慰謝料500万円,弁護士費用100万円)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成14年9月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

 原告が主張する具体的な不法行為

(ア)  A三等海佐らによる思想・信条調査
 A三等海佐あるいは他の防衛庁職員は,正当な行政目的達成のための必要性がないのに,組織的に,平成13年12月ころ,原告の所属団体等の思想傾向を調査し,原告が新潟市民オンブズマンのメンバーであることを探知した。

(イ)  本件リストの作成・保有・配布
 A三等海佐,C二等陸佐及び海上自衛隊中央調査隊I三等海尉(以下「I三等海尉」という。)は,本件リストに関し,組織的に,以下の行為をした。

 A三等海佐による本件リストの作成
 A三等海佐は,正当な行政目的達成のための必要性がないのに,平成13年12月ころ,本件リストに本件文書開示請求に関する記載として,原告の氏名,弁護士であること,オンブズマンのメンバーであること及び防衛庁に対して平成13年12月10日付けで「平成13年前渡資金のリアルタイム(新発田駐屯地)一切の件」,「平成13年会議費関係書類(新発田駐屯地)一切の件」の文書開示請求を行ったことを記載した。

 A三等海佐による本件リストの配布
 A三等海佐は,正当な行政目的達成のための必要性がないのに,原告に関する前記aの記載のある本件リストを,以下のとおり配布した。

(a)  平成14年3月,本件リストを記録したフロッピーディスク(以下「FD」という。)1枚を陸幕情報公開室C二等陸佐に交付した。

(b)  平成14年3月,本件リストをプリントアウトしたものを陸幕情報公開E二等陸佐に交付した。

(c)  平成14年3月,本件リストを記録したFDを空幕情報公開室G二等空佐を通じてF二等空佐に配布した。

(d)  平成14年3月,本件リストを記録した光磁気ディスク(以下,「MO」という。)を海幕調査課情報保全室H二等海佐に交付した。

(e)  平成13年12月及び平成14年1月,本件リストを記録した各FD(平成13年12月に交付したものを「FD①」,平成14年1月に交付したものを「FD②」という。)をI三等海尉に交付した。

(f)  平成14年3月,本件リストを記録したFDを海幕情報公開室長に交付した。

 C二等陸佐による本件リストの送付等
 陸幕情報公開室C二等陸佐は,正当な行政目的達成のための必要性がないのに,平成14年3月,原告に関する前記aの記載のある本件リストを,以下のとおり送付等した。

(a)  本件リストを電子メールに添付して陸幕総務課D二等陸佐に送付した。

(b)  本件リストを陸幕情報公開室共用MOに記録した。

 I三等海尉による本件リストの配布等
 I三等海尉は,正当な行政目的達成のための必要性がないのに,原告に関する前記aの記載のある本件リストを,以下のとおり配布・保有した。

(a)  平成13年12月,FD①から本件リストをプリントアウトした上,これを,海上自衛隊中央調査隊隊長を含む3名に閲覧させた後,同隊資料科長に交付した。

(b)  FD②を自ら保管した。

(ウ)  内局リストの作成等
 防衛庁情報公開室職員は,正当な行政目的達成のための必要性がないのに,平成13年12月ころ,「防衛庁に対して行政文書開示請求が行われたとの情報」を内局リストに記載し,平成13年12月ころから現在まで,同リストを,庁OAシステム全庁ホームページに掲載して約6500台の端末から閲覧可能な状態に置いた。
 内局リストの記載には原告の識別可能性がある。

(エ)  陸幕リストの作成等
 陸幕情報公開室情報公開グループ職員(グループ長,情報公開担当者)は,正当な行政目的達成のための必要性がないのに,平成13年12月ころ,「防衛庁に対して行政文書開示請求が行われたとの情報」及び「その請求者が法律事務所所属であるとの情報」を陸幕リストに記載し,平成14年6月ころまで,同リストを,陸幕LANのホームページ上に掲載させて約1000台の端末から閲覧可能な状態に置き,さらに,方面隊,長官直属部隊等の情報公開担当者140名に電子メールで送信した。
 陸幕リストの記載には原告の識別可能性がある。

(2)  被告の主張の要旨
 被告が組織的に原告の思想・信条傾向等についての調査をした事実はない。
 本件リストは,A三等海佐が個人的に作成したものであり,組織的に作成されたものではない。また,本件リストのうち,平成13年12月にA三等海佐からI三等海尉に交付されたFD①には,原告に関する記載がなかった。
 内局リスト及び陸幕リストは,行政文書開示請求事務を迅速かつ円滑に行うために作成されたものである。また,これらのリストに原告を識別し得る記載はない。
 原告が侵害されたと主張する種々の人権等は,いずれも国家賠償法上保護される法的利益に当たらない。

 各不法行為の成否に係る争点

(1)  本件リスト等の作成目的

(2)  本件リストについて

 FD①における原告に関する記載の有無

 A三等海佐の行為による原告の権利侵害の有無

(ア)  プライバシー

(イ)  思想・信条の自由

(ウ)  知る権利・情報公開請求権

(エ)  結社の自由

(オ)  通信の秘密

 C二等陸佐の行為による原告の権利侵害の有無

 I三等海尉の行為による原告の権利侵害の有無

(3)  内局リスト及び陸幕リストについて

 内局リストにおける個人識別性の有無

 陸幕リストにおける個人識別性の有無

 争点についての当事者の主張

(1)  本件リスト等の作成目的
 【原告の主張】
 A三等海佐あるいは他の防衛庁職員は,正当な行政目的達成のための必要性もないのに,組織的に,平成13年12月ころ,開示請求者である原告の所属団体等の思想傾向を調査し,その結果,原告が新潟市民オンブズマンのメンバーであることを探知し,これを基に本件リスト等を作成した。A三等海佐らが原告の思想・信条調査を行ったこと及び本件リスト等の作成目的が開示請求者の思想・信条を調査することにあったことは,以下の点から明らかである。

  A三等海佐は,長く保全畑を歩み,平成14年3月には海上自衛隊岩国調査分遣隊長に就任した人物であり,いわばスパイ取締のプロとしての経歴を持つ人物であった。

 本件リストの請求者欄には,「反戦自衛官」等の明らかに思想・信条に関わる情報が記載されている。

 A三等海佐は,担当者に活用してもえるのではないかと考えて本件リストを保全担当や海上自衛隊調査隊の職員に交付しており,受領した者のうち同調査隊は,職務としてそれを管理していた。

 A三等海佐は,海幕以外の担当者とのやりとりからも情報を取得しており,その情報収集方法自体が防衛庁全体としての組織的なものであった。

 思想・信条調査は,海幕や内局が別個に行うことは非効率的であるから,どこかの部署が統一的に行っていたと考えるのが合理的である。

 高官であるA三等海佐が関わった思想・信条調査が個人的に行われていたものであるとは考え難い。

 【被告の主張】
 A三等海佐らが本件リスト等を作成したのは,行政文書開示の円滑かつ迅速な事務処理のためであって,開示請求者やその所属団体の思想傾向等の調査のためではない。また,A三等海佐らが原告を含む開示請求者の思想・信条を調査した事実もない。
 本件リストに記載された個人情報の取得方法は,開示請求書,インターネット,開示請求者の名刺,海幕以外の情報公開室の担当者や開示請求された行政文書の主管課の担当者とのやりとり,書籍,雑誌及び新聞から取得したものであり,組織的かつ統一的に調査が行われていたものではない。
 この点に関する原告の主張は単なる憶測にすぎない。

(2)  FD①における原告に関する記載の有無
 【原告の主張】
 FD①を含め,前記3,(1),イ,(イ),bのA三等海佐による配布行為に係る本件リストには,原告に関する記載があった。
 被告は,本件訴訟において,当初,原告が主張した本件リストに関する事実を認めていたのであるから,平成13年12月にA三等海佐がI三等海尉に交付したFD①に原告の個人情報についての記載があったとの事実については自白が成立している。
 そもそも,防衛庁で保管されていたというFDがI三等海尉が平成13年12月にA三等海佐から受領したFDと同一かどうかには疑義がある。I三等海尉が平成13年12月に受領したとするFDには,その見出しに「13.12.25現在」との記載がある一方,平成14年1月に受領したとするFDには,「13.12.10」との記載があり,日付の先後が不自然である。この日付の先後については,I三等海尉の証言や報告書でも明らかになっていない。このような不自然な点や本件リスト等の存在が発覚した後の防衛庁の対応等に照らすと,FD①が改ざんされた可能性も高いと考えざるを得ない。

 【被告の主張】
 平成13年12月にA三等海佐がI三等海尉に交付したFD①(前記3,(1),イ,(イ),b,(e)のFD①)には,原告に関する記載がなく,I三等海尉が同FDからプリントアウトし,調査隊隊長らに閲覧させ,さらに調査隊資料科長に交付して同人が保管したものにも,原告の個人情報の記載はない。
 原告は,平成13年12月にA三等海佐がI三等海尉に交付したFDに原告の個人情報についての記載があったとの事実については自白が成立していると主張するが,被告が認めたのは平成13年12月にA三等海佐がI三等海尉にFDを手渡したとの事実のみであって,当時,原告は,同FDの内容について何ら具体的な主張をしていなかった。したがって,原告主張の自白は成立していない。
 原告は,FD①とFD②の見出しの日付の先後が不自然であるとして,FD①がI三等海尉が平成13年12月にA三等海佐から受領したものと同一かどうかには疑義があると主張する。しかし,A三等海佐は本件リストを毎日更新していたわけではなく,原告の本件文書開示請求が平成13年12月10日受付であることに鑑みれば,平成13年12月に交付されたFDに原告の個人情報についての記載が未だ記載されていないことはあり得ることであり,また,FD②の情報量がFD①の情報量よりも多く,FD②はFD①を更新したものと考えられることからすると,FD①が平成13年12月に交付されたものであり,この時点では未だ原告の個人情報が記載されていないことに不合理はない。

(3)  A三等海佐の行為による原告の権利侵害の有無

 プライバシーの侵害について
 【原告の主張】
 原告が本件文書開示請求をしたこと及び原告がオンブズマンのメンバーであることは,原告の個人情報であり,以下のとおり,プライバシーの権利として保護すべき情報に該当する。したがって,同情報が記載された本件リストの作成・保有・配布は,原告のプライバシーを侵害する。

(ア)  プライバシーの権利の概念について
 プライバシーの権利とは,単に私生活を公開されたくない権利に止まらず,自己情報について正当な理由なく取得収集,保有,利用伝播されないという権利であり,憲法13条の幸福追求権の一環として認められる権利である。
 また,国家による私人のプライバシー侵害の場面では,私人間におけるプライバシー侵害の場面より,積極的に権利侵害が肯定されるべきであり,私人間においてプライバシーの侵害が問題となった判例の基準は本件においては該当しないというべきである。

(イ)  プライバシーの権利該当性について

 原告が防衛庁に対して文書開示請求をしたこと及びその請求内容についての情報は,原告の思想,信条,関心を推認させる情報であり,原告にとって知られたくない情報そのもの,あるいは,知られたくない情報を推認させ得る情報であり,プライバシーの権利として要保護性が高い情報というべきである。

 原告がオンブズマンのメンバーであるとの情報は,それ自体も思想・信条に関わる情報であって,他人に知られたくない度合いが強い情報であるといえる。

 さらに,オンブズマン組織は,公金の無駄遣いを監視するために設立され,その目的に沿った活動を行ってきたため,原告が市民オンブズマンのメンバーであるとの情報と原告が防衛庁に対して本件文書開示請求をしたとの情報が合わさると,原告が防衛庁の公金支出に疑念を持ち,防衛庁に対して批判的であるという政治的思想信条を推認させる情報となり,極めて要保護性が高い情報となる。
 これらの情報の一部が,ある者の間では既知の事実であったとしても,みだりに被告に個人情報を取得収集,保有,利用伝搬されたくないという感情はプライバシーの権利の対象として保護されるべきである。

(ウ)  旧行政機関保有個人情報保護法違反について

 同法の保護法益について
 同法は,個人の有する憲法上のプライバシーの権利を保護法益として,公権力が個人の情報を不当な目的で取得・保有・利用することを禁止するものであり,個人の自己情報コントロール権を実定化したものである。したがって,同法違反行為があった場合には,同行為により個人の自己情報コントロール権が侵害されるのであるから,当該個人に対する不法行為が成立する。

 同法4条1項違反,9条1項違反について
 A三等海佐が本件リストを作成,配布した行為が同法4条2項,12条に違反することは被告も認めているが,同行為は,同法4条1項,9条1項にも違反するというべきである。
 すなわち,同法4条1項は,行政機関は法律の定める所掌事務を遂行するのに必要な場合に限り個人情報ファイルを保有することができると定めているにもかかわらず,A三等海佐は,行政文書開示請求者を監視する等不当な目的で本件リストを作成し,本件リストに入力する原告に係る個人情報が情報公開業務を行う上で必要とされる範囲を超えるものであり,同法4条2項に違反することを認識しながら,被告の組織の業務として,本件リストに同情報を入力し,その更新,保有を続けていたのであるから,A三等海佐の同保有行為は,同法4条1項に違反するというべきである。
 また,同法9条1項は,行政機関が保有している個人情報ファイルに係る個人情報につき,ファイル保有目的以外の目的のために利用し,または提供してはならないことを定めているにもかかわらず,A三等海佐は,行政文書開示請求者を監視する等の不当な目的で,被告の組織の業務として,本件リストを作成,保有していたのであるから,本件リストのあらゆる利用及び提供が同法9条1項に違反するというべきである。

 【被告の主張】
 本件リストに記載された原告の個人情報は,以下のとおり,いずれもプライバシーに係る情報として法的保護の対象とならないものであり,A三等海佐による本件リストの作成・保有・配布は,原告のプライバシーの権利を侵害していない。

(ア)  プライバシーの権利の概念について
 プライバシーの権利の概念については,民事法上の保護の見地からすると,「みだりに私生活(私的生活領域)へ侵入されたり,他人に知られたくない私生活上の事実,情報を公開されたりしない権利」と解するのが相当であり,この「他人に知られたくない」ものかどうかは,一般人の感覚を基準として判断されるべきである。
 原告は,プライバシーの権利とは自己情報コントロール権であると主張するが,自己情報コントロール権なる概念は極めて不明確な概念であり,具体的権利としては認められていないというべきである。

(イ)  プライバシーの権利該当性について

 行政文書開示請求をしたこと及びその請求内容についての情報
 情報開示請求権は,専ら行政運営の監視及び透明性の確保という公益のために付与され,この見地から行使されるべき公益的権利であるから,原告が行政文書開示請求をしたこと及びその請求内容それ自体についての情報は,原告の「私生活上の事実,情報」であるということはできず,一般人の感覚を基準としても「他人に知られたくない」ものということはできない。
 したがって,原告が本件文書開示請求をしたこと及びその請求内容についての情報が直ちにプライバシーに係る情報として法的保護の対象になるということはできない。

 本件文書開示請求から推認される事実
 原告は,本件文書開示請求をしたこと及びその請求内容についての情報は,請求者である原告の思想,信条,関心を推認させると主張する。
 しかし,情報公開法に基づく開示請求をするに当たっては,①開示請求をするものの氏名または名称及び住所または居所並びに法人その他の団体にあっては代表者の氏名,②行政文書の名称その他の開示請求に係る行政文書を特定するに足りる事項を記載した書面を行政機関の長に提出することになるところ(同法4条1項),このような事項を明示しても請求の趣旨や目的が明らかになるわけではなく,また,当該開示請求者の思想,信条等が明らかになるものでもない。
 また,原告が本件文書開示請求をしたという情報と原告がオンブズマンのメンバーであるという情報が相まったとしても,これらの情報をもって,原告の本件文書開示請求の趣旨や目的はもちろん,原告が日本の防衛に関していかなる思想,信条を有しているかといったことを推認することはできない。

 オンブズマンのメンバーであるとの情報
 プライバシーの権利は,「他人に知られたくない」私生活上の事実,情報をみだりに公開されない権利であるところ,原告は,本件リストの作成・保有・配布がされた当時,既にオンブズマンのメンバーとして公に活動し,その事実が報道されるなどしていたのであるから,原告がオンブズマンのメンバーであるとの情報は,「他人に知られたくない」ものであるということはできない。

(ウ)  旧行政機関保有個人情報保護法違反について

 同法の立法趣旨等について
 同法の立法の目的については,その1条において,「個人の権利利益を保護すること」としているが,立法経過等に照らせば,本法は,いわゆるプライバシーといわれるもの全般を法律上の具体的権利として設定しようとするものではない。本法が保護することを目的とする「個人の利益」とは,電子計算機処理に係る個人情報の取り扱いに伴って生ずるおそれのある侵害から守られるべき個人の権利利益全般であって,同法が,いわゆる自己情報コントロール権を保護法益とし,これを実定化しようとするものではないことは明らかである。
 また,国家賠償法上,被告が賠償責任を負うのは,被告の公務員が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背し,国民の権利を侵害した場合であるから,国民の権利が侵害されていないにもかかわらず,単に被告の公務員が職務上の法的義務に違背したとの一事をもって,当然に不法行為の成立が推定されることはあり得ない。
 原告は,原告が本件文書開示請求をしたとの情報及び原告がオンブズマンのメンバーであるとの情報が,原告のプライバシーに係る情報として法的保護に値することを前提に,その侵害があったと主張するが,前記のとおり,これらの情報は,原告の私生活上の事実や社会一般の人々にいまだ知られていない事実に関する情報に該当せず,いずれもプライバシーに係る情報として法的保護に値するものではない。

 同法4条1項違反について
 A三等海佐による本件リストの作成は,同法4条2項違反となる手段の相当性を欠いたものであったとしても,その目的は自らが担当する情報公開業務の効率的な遂行に資することにあったのであり,「法律の定める所掌業務を遂行するため必要な場合」(同法4条1項)として,また,本件ファイルの使用の「目的を特定し」(同法4条1項)て,本件ファイルを作成したものであるから,A三等海佐による本件リストの保有は,同法4条1項に反するものではない。
 また,A三等海佐は,上司等の命令,指示等を受けて本件リストの作成等を行ったものではなく,本件リストの作成等は防衛庁が組織的に行ったものではない。

 同法9条1項違反について
 同法9条1項は,当該行政機関の職員が組織的に使用するものとして当該行政機関が保有している個人情報ファイルの処理情報の保有目的外の利用,提供を原則として禁止するものであり,「組織としての行為」を規制の対象としているものであって,個々の職員の個人的行為自体を規制の対象とするものではない。
 A三等海佐は,自らの発意により個人的に本件リストを作成,保有,配布していたのであるから,A三等海佐による本件リストの配布行為は,同法9条1項に反するものではない。
 そもそも「職務」とは,公務員がその地位に応じて担当する事務又はその事務を処理すべき任務の意味に用いられるものであり,公務員がその所掌する事務について自らの発意で行った行為が「職務」としての行為に該当する場合もあり,そのような場合でも当該行為が当然に上司の命により「組織的に」行ったものとなるものではない。
 本件リストは,A三等海佐が自らの発意で作成したものであり,海幕情報公開室長はその作成に何ら関与もしていない。また,A三等海佐により本件リストを配布された職員が情報公開事務に従事していたとしても,A三等海佐は,同種事務を担当する他部局の職員の依頼,あるいは上位機関の命を受けて配布したものではないから,同配布は「組織としての行為」に該当するものではない。

 思想・信条の自由について
 【原告の主張】
 原告がオンブズマンのメンバーであるとの情報は,オンブズマンが行政の無駄遣いを監視し,批判する活動を行っていることに照らせば,原告の思想,信条に関わる情報というべきである。また,原告が本件文書開示請求をしたこと及びその請求内容についての情報も,原告が防衛庁の経費支出について批判的であることを推測させるものであり,思想,信条に関わる情報である。このような情報を本件リストに記載し,これを保有,伝播させる行為は,それ自体が原告に不快感を与えるものであるとともに,それにより原告の思想,信条を知った者が原告を監視する端緒ともなり得るものである。
 したがって,A三等海佐の本件リストに関する各行為は原告の思想・信条の自由を侵害した。

 【被告の主張】
 いわゆる市民オンブズマンが,国又は地方公共団体等の活動が法令に適合しているかを監視し,多くの場合,公金の使途などを明らかにし,その不正等を追求し,是正を求める等の方法により行政の活動に対する監視活動を行っていることは,もはや公知の事実と呼べるものであり,ある者がオンブズマンであるとの情報は,その者がそのようなオンブズマン活動を行っていることを示す情報にすぎず,その者の思想や信条を了知させる情報ではない。
 また,原告は,本件リストの作成等が原告に不快感を与える,原告に対する思想・信条の自由の侵害の端緒となり得ると主張するものであって,具体的な侵害の事実を主張するものではないが,このような嫌悪感ないし危惧感のみをもって,憲法上保障されている思想・信条の自由の侵害があったと評価することはできない。
 さらに,原告がオンブズマンのメンバーであることは,前記のとおり,いわば公知の事実であるから,本件リストに同事実が記載されたとしても,それによって改めて原告の思想,信条が第三者に了知されるというものではない。

 知る権利・情報公開請求権について
 【原告の主張】
 憲法が保障する表現の自由は,単に自らの思想を表明する権利だけではなく,表現の受け手としての自由,すなわち「知る権利」を含むものであり,「知る権利」が権利性を有するものであることは,既に判例上認められている(平成元年3月8日最高裁大法廷判決参照。)したがって,情報公開法及び情報公開条例は,国民の知る権利を具体化した制度として位置付けるべきである。
 知る権利・情報公開請求権が人権として保護される以上,国民が情報公開請求を行うことによって何らかの不利益を被ることがあってはならず,また,何らかの不利益を受けるおそれを生ぜしめることによって,国民の情報公開請求について萎縮ないし抑止的効果を及ぼすことがあってはならないのは当然であり,そのような場合には知る権利ないし情報公開請求権が侵害されたと評価すべきである。
 本件においては,A三等海佐らは,何ら正当な理由がないにもかかわらず,原告のプライバシーに関する情報を調査し,これを記載したリストを作成した上,多数の者に伝播するなどして,原告に対し,理由のない不利益を課したのであって,原告が,開示請求をしたことによって防衛庁によりどのような取扱いを受けるか分からない不安感を抱き,今後情報開示請求をするに際し躊躇を感じるようになったことは当然である。
 したがって,A三等海佐の本件リストに関する各行為は,原告の知る権利,情報公開請求権を侵害したというべきである。

 【被告の主張】
 憲法上保障されている表現の自由に,国民が直接に行政機関の保有する情報の開示を請求し得る権利としての「知る権利」の保障を含むものではないことは,学説上も通説的な見解であり,最高裁判所の判例においても同様である。すなわち,憲法上,具体的請求権としての「知る権利」は保障されておらず,これを被侵害利益と主張する原告の主張は失当である。
 情報公開請求権は,「知る権利」を具体化したものではなく,国民等が公益の代表者として公開請求をすることができるものとすることによって,適正な行政の運用を監視,確保するという国民全体の一般的利益を実現しようとする公益的権利である。したがって,情報公開請求権は,これに対応する国民の私的な権利利益を保護したり,付与したりすることを目的として創設されたものではなく,国家賠償法上保護されるべき権利利益ではない。
 また,原告は,防衛庁によりどのような取扱いを受けるか分からない不安感を抱くなどの不利益を受け,今後情報開示請求をするのに躊躇を感じるようになったと主張するものであって,原告が現実に自らの開示請求を妨げられたと主張するものではないから,仮に,知る権利等が具体的権利性を有していたとしても,同権利の侵害があったとはいえない。

 結社の自由について
 【原告の主張】
 A三等海佐は,原告がオンブズマンのメンバーであるということを本件リストに記載し,これを保管,伝播するなどして,原告に不利益を与え,原告の結社の自由を侵害した。

 【被告の主張】
 A三等海佐が原告がオンブズマンとして所属する団体を監視したり,原告が同団体に所属したことによって不利益を受けたという事実は存在せず,原告の結社の自由は侵害されていない。

 通信の秘密について
 【原告の主張】
 A三等海佐は,防衛庁情報公開室において原告発出にかかる封筒を閲覧したことから原告が弁護士であることを知り得たのであって,A三等海佐が同封筒を閲覧したことや防衛庁情報公開室が原告発出の封筒をA三等海佐に閲覧させたことにより,原告の通信の秘密が侵害されたというべきである。

 【被告の主張】
 防衛庁情報公開室は,開示請求の受付を一括して行っており,開示請求に関係する機関に対して行政文書開示請求書の写しを交付している関係などから,各機関の情報公開担当者が同室に赴いて防衛庁に対する行政文書開示請求書を閲覧すること等を認めていた。A三等海佐は,情報公開担当者として,防衛庁に対する行政文書開示請求書の封筒に記載されていた「法律事務所」の記載を閲覧したというだけである。「法律事務所」との情報は,他人に知られたくない情報とは考えられず,プライバシーに係る情報として法的保護の対象となるとは認められない。したがって,A三等海佐が原告発出の封筒を閲覧したことにより,原告の通信の秘密が侵害されたとはいえない。

(4)  C二等陸佐の行為による原告の権利侵害の有無
 【原告の主張】
 C二等陸佐が本件リストをD二等陸佐に電子メールで送付した行為及びMOに記録した行為は,職務として組織的に行ったものであるから,旧行政機関保有個人情報保護法4条1項,2項,9条1項,12条に違反するものであり,原告のプライバシー,思想・信条の自由,知る権利,結社の自由等を侵害する。
 被告は,C二等陸佐の行為は個人的に行ったものである旨主張するが,C二等陸佐は,当時陸幕情報公開室に所属し情報公開に関する事務に従事しており,その業務上必要があるものと考え,本件リストを受領し,これを配布等したのであって,執務時間中に防衛庁の備品であるパーソナルコンピューター等を利用して行われていることに鑑みても,職務として行ったものというべきである。
 C二等陸佐は,A三等海佐が陸幕情報公開室長から本件リストを持ってこないよう注意を受けた場に居合わせながら,その後A三等海佐から本件リストを受領し,陸幕総務課のD二等陸佐に対し2回も送付している。このことは,C二等陸佐及びD二等陸佐の担当業務のために本件リストの必要性が高いことを意味し,本件リストの配布が防衛庁の組織横断的に行われていたこと,陸幕情報公開室長を超える上位機関の意向を受けていたことなどを窺わせるのであって,C二等陸佐の行為は行政機関すなわち,組織としての行為に該当するというべきである。

 【被告の主張】
 C二等陸佐は,A三等海佐から個人的に本件リストを受領してそのまま保管していたものであり,自らの所掌事務の遂行のために本件リストを保管したものではなく,本件リストについて情報の追加・変更・削除等を行ったことも,本件リストを自らの業務等に用いたこともないのであるから,C二等陸佐の同保管行為は,同法4条1項,2項には違反しない。また,C二等陸佐は,A三等海佐の個人的な依頼に応じてD二等陸佐に電子メールで本件リストを送信したにすぎないのであるから,C二等陸佐の同送信行為は,原告がいうところの「行政機関としての行為」には該当せず,同法9条1項に違反しない。さらに,C二等海佐は,A三等海佐から個人的に本件リストを受領したのであるから,本件リストに係る情報を業務に関して知り得たものとはいえず,C二等陸佐の同送信行為は,同法12条にも違反しない。
 C二等陸佐は,A三等海佐から本件リストを受けとった後,本件リストを外部に漏らしたり誰でも閲覧できるような状態にしたものではないのであるから,C二等陸佐の各行為は,原告のプライバシー,思想・信条の自由,知る権利,結社の自由等を侵害していない。

(5)  I三等海尉の行為による原告の権利侵害の有無
 【原告の主張】

 I三等海尉が平成13年12月及び平成14年1月にA三等海佐から受領した各FDのいずれにも原告の個人情報が記載されていた。

 I三等海尉が同FDからプリントアウトした本紙を隊長を含む3名に閲覧させた後,資料科長に交付した行為(前記3,(1),イ,(イ),d,(a))は,組織的に業務として行われたものである。したがって,I三等海尉の同行為は旧行政機関保有個人情報保護法4条,9条1項,12条に違反するものであり,同行為により原告のプライバシー等が侵害された。

 I三等海尉が各FDを保管した行為は,組織的に業務として行われたものである。したがって,I三等海尉の同行為は旧行政機関保有個人情報保護法4条に違反するものであり,同行為により原告のプライバシー等が侵害された。

 【被告の主張】

 I三等海尉が平成13年12月にA三等海佐から受領したFD①には原告の個人情報は記載されていなかった。

 I三等海尉が平成14年1月にA三等海佐から受領したFD②を保管した行為は,原告のプライバシー等を侵害していない。

(6)  内局リスト及び陸幕リストにおける個人識別性について

 内局リストについて
 【原告の主張】
 個人情報を保護するという見地からすれば,内局リストについての原告の識別性については,内局リストに直接・間接に接する機会のある者全員のうち誰か1人にとってでも原告の識別が可能であれば,これを肯定すべきである。
 まず,内局リストの原告欄には,開示請求日が2001年12月10日であること,郵送による請求であること,開示請求対象文書名,請求受付番号,部分開示されたこと等の記載がある。
 そして,内局リストは庁OAシステム全庁ホームページに掲載されていたものであるから,内局のほか,陸幕,海幕,空幕の各情報公開室員も内局リストを閲覧し得たものであって,これらの者にとって原告であるとの識別が可能であれば内局リストについて原告についての識別可能性があるといえる。すなわち,各機関の情報公開担当者は,防衛庁情報公開室において行政文書開示請求書を閲覧・謄写することが認められており,実際に閲覧などをしていたのであるから,内局リストと容易に照合し,その記載から原告であることを識別できたというべきである。
 また,本件リストを受領した者らも,ホームページ上の内局リストを閲覧することができたのであるから,これらの者にとっても同リストにおける原告の識別可能性があったといえる。
 さらに,別件訴訟の被告である職員らも,内局リストを閲覧し得たのであるから,同職員らが知る別件訴訟の経緯等に照らせば,内局リストにおける個人情報が原告のものであるとの識別可能性があったというべきである。また,同人らは,陸幕リスト,開示請求受状況一覧表も閲覧し得たのであるから,それらの情報からも内局リストと陸幕リストの原告欄が同一人であることが識別でき,同人らが知る情報と照らせば,それらが原告の情報であることの識別ができたというべきである。
 以上によれば,内局リストについて原告の個人識別性が肯定される。

 【被告の主張】
 旧行政機関保有個人情報保護法2条2号は,個人情報について,「当該情報のみでは識別できないが,他の情報と容易に照合することができ,それにより当該個人を識別できるものを含む」と定義しており,内局リストの個人識別性の有無については,第三者が内局リストの情報と他の情報とを容易に照合でき,それにより原告を識別できるか否かを検討しなければならない。
 まず,内局リストの記載によれば,同記載情報のみで原告を識別することは不可能である。
 次に,原告は,情報公開担当者,本件リスト受領渡者,別件訴訟関係者が知り得た情報と内局リスト記載情報を照合すると原告を識別できると主張するが,これらの者が知り得た情報は第三者が容易に照合できる情報ではないから,これらの者が知り得た情報と内局リスト記載情報を照合することにより原告を識別できるとしても,内局リストに原告の個人識別性が認められるものではない。
 したがって,内局リストについて原告の個人識別性は否定されるべきである。

 陸幕リストについて
 【原告の主張】
 陸幕リストに記載されている情報は,それのみで原告を特定するに足りるものではないが,陸幕リストについても,内局リストと同様に,原告の個人識別性が肯定されるべきである。

 【被告の主張】
 陸幕リストに記載されている情報は,それのみで原告を特定するに足りるものではなく,陸幕リストについても,内局リストと同様に,原告の個人識別性が否定されるべきである。

第3  当裁判所の判断

 認定事実
 前記第2,2の事実に加え,証拠(甲1~3(各枝番),5(各枝番),6,50,乙1,2,9,16,17(各枝番),18(各枝番),27~29,証人A,証人I,原告)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  本件リストについて

 本件リスト作成の経緯

(ア)  平成13年4月の情報公開法施行後,海幕情報公開室では業務進行管理のため,行政文書開示請求書に基づき開示請求状況等を記載した「進行管理表」を作成していた。当時同室に勤務していたA三等海佐は,行政文書開示請求書に法律上は記載する必要のない請求者の所属や職業が記載されている場合があることに気付き,今後開示請求状況の分析を行う上で活用できるかもしれないと考え,海幕リストにこれらの情報を追加したリストを,自分限りの資料として海幕リストとは別に作成することとした。

(イ)  その後,A三等海佐は,他の幕僚監部等の情報公開室の担当者との調整等において,海上自衛隊に対し開示請求を行っている者と同一の者が陸上及び航空自衛隊に対しても開示請求を行う場合があることが分かったため,防衛庁全体に対する開示請求のデータを把握することにより,海上自衛隊に対する開示請求を予想できるのではないかと考え,防衛庁全体に対する開示請求を対象として開示請求者リスト(本件リスト)を作成することとした。

(ウ)  当時,防衛庁における開示請求の受付は,防衛庁情報公開室で一括して管理し,開示請求者が求める行政文書に該当する可能性のある文書を保有していると考えられる関係機関等に対し,開示請求書の写しを交付し,開示請求者が求める行政文書に該当する可能性のある文書を保有しているか否かについて照会を行うという方法がとられていた。なお,この照会は,機関等にあっては情報公開担当部署(陸幕情報公開室,海幕情報公開室,空幕情報公開室等)を通じて行われ,各情報公開担当者は,防衛庁情報公開室に赴き,防衛庁に対する行政文書開示請求書を閲覧あるいは複写することが認められていた。

(エ)  さらに,A三等海佐は,情報公開業務において開示請求者がどのような行政文書を要求しているのか明確でない事例が多いことを踏まえ,開示請求に対して迅速かつ的確に行政文書の特定を行うためには,開示請求者の背景を知ることが有効ではないかと考え,関連情報の入手に努め,これを本件リストに記載することとした。

(オ)  A三等海佐は,平成13年4月から平成14年3月まで,海幕情報公開室において,本件リストの作成及びその更新作業を行った。
 A三等海佐は,本件リストに入力する個人情報が情報公開業務を行う上で必要とされる範囲を超えるものであることは自覚しており,旧行政機関保有個人情報保護法に違反することも認識していた。
 なお,同室の同僚らはA三等海佐が本件リストを作成しているとは知らなかった。

 情報の入手方法
 A三等海佐が本件リストに入力した情報は,行政文書開示請求書のほかに,インターネット,開示請求者の名刺,海幕以外の情報公開室の担当者や開示請求された行政文書の主管課の担当者とのやりとり,書籍・雑誌及び新聞から得たものであった。
 A三等海佐が他課室の担当者から入手したとされる情報は,担当者との意見交換や雑談の中で同人が得たものであり,海幕調査課及び海上自衛隊中央調査隊に問い合わせたり,その協力を得ることはなかった。

 本件リストの配布状況等
 A三等海佐は,作成した本件リストを,平成13年4月から平成14年3月までの間に,防衛庁情報公開室の1名,陸幕情報公開室の2名,陸幕総務課の1名,空幕情報公開室の2名(うち1名は他の室員経由),海幕調査課情報公開室の1名,海上自衛隊中央調査隊の1名及びA三等海佐の上司であった海幕情報公開室長の計9名に配布した。
 この配布行為のうち,本件において不法行為と主張されている各行為に関する具体的な事実は,次のとおりである。

(ア)  陸幕及び空幕情報公開室への配布
 A三等海佐は,業務上の調整等を行うために他の情報公開室によく出入りしていた各情報公開室の担当者と顔見知りであり,自分と同様の業務を行っている他の情報公開室の担当者も本件リストを保有していた方が便利なのではないかと考えたこと,他の情報公開室の担当者とのやりとりの中で得た情報も同リスト作成上の参考としたため,これらの担当者への感謝の気持ちもあったことなどから,次のとおり本件リストを配布した。

 陸幕情報公開室への配布(前記第2,3,(1),イ,(イ),b,(a),(b))
 平成13年11月,A三等海佐は,陸幕情報公開室において,本件リストをプリントアウトしたもの及び同リストを記録したFD1枚を同室C二等陸佐に手渡し,この際,同リストを作成する上でやりとりがあった陸幕総務課D二等陸佐にも同リストを渡すように依頼した。さらに,平成14年3月,前回からデータを更新した本件リストを記録したFD1枚を情報公開室C二等陸佐に手渡したほか,同リストをプリントアウトしたものをC二等陸佐の後任となる同室E二等陸佐に手渡した。
 なお,A三等海佐は,平成13年11月にC二等陸佐にFDを手渡そうとした際に,陸幕情報公開室長からそのようなものを持ってこないように注意をされており,また,平成14年3月にC二等陸佐にFDを手渡した後にも,同様の注意を受けた。

 空幕情報公開室への配布(同(c))
 平成13年11月,A三等海佐は,空幕情報公開室において,本件リストを記録したFD1枚を同室F二等空佐に手渡したが,平成14年3月,前回からデータを更新したものを記録したFD1枚を,不在であったF二等空佐に渡すように依頼をして同室G二等陸佐に手渡した。

(イ)  海幕調査課情報保全室及び海上自衛隊中央調査隊への配布
 A三等海佐は,自分が以前海幕調査課で勤務した経験があることから,本件リストを同課及び海上自衛隊中央調査隊の担当者に活用してもらえるのではないかと考え,次のとおり,本件リストを手渡した。

 海幕調査課情報保全室への配布(同(d))
 平成14年3月,A三等海佐は,海幕調査課情報保全室において,同室H二等海佐に本件リストを記録したMO1枚を手渡した。

 海上自衛隊中央調査隊への配布(同(e))

(a)  平成13年12月,A三等海佐は,海上自衛隊中央調査隊において,以前から知り合いであった同隊I三等海尉に本件リストを記録したFD1枚(乙27)を手渡した。
 このFD(FD①)には109人についての記載があったが,原告に関する個人情報の記載はなかった。
(b)  平成14年1月,A三等海佐は,I三等海尉に本件リストを記録したFD1枚(乙28)(前回からデータを更新したもの)を手渡した。
 このFD(FD②)には122人についての記載があり,その中には原告に関する個人情報の記載が含まれていた。

(ウ)  海幕情報公開室長への配布(同(f))
 平成14年2月,海幕情報公開室からの転出の内示を受けたA三等海佐は,自分が作成した本件リストの処置について同室長に相談し,同室長が同リストを受けとることになった。このため,平成14年3月,A三等海佐は,本件リストを記録したFD1枚を海幕情報公開室長に手渡し,自分の手元には同リストのデータを残さなかった。

 受領者側における本件リストの取扱い
 A三等海佐から本件リストを受領した者の行為のうち,本件において不法行為として主張されている行為に関する具体的な事実は,次のとおりである。

(ア)  陸幕情報公開室C二等陸佐の取扱い(前記第2,3,(1),イ,(イ),c)
 C二等陸佐は,A三等海佐からの依頼通り,最初のFDについてはD二等陸佐に電子メールに添付して送信し,二度目のものについてはA三等海佐から依頼はなかったものの,同様にD二等陸佐に送信した(同(a))。なお,最初にA三等海佐がFDについて陸幕情報公開室長から注意を受けた際,C二等陸佐もその場に居合わせていた。
 さらに,陸幕情報公開室においては資料の類は共用のMOに保存しておくことが通例であったことから,C二等陸佐は,二度ともそれを共用MOに記録し(同(b)),2枚のFDは自分の机の鍵のかかる引き出しの中に保管した。
 C二等陸佐は,平成14年3月に陸幕情報公開室から転出する際,共用MOの本件リストについては,特段消去の必要性を感じなかったため消去しなかったが,同室の他の室員は,共用MOに同リストが記録されていることを知らなかった。
 C二等陸佐は,本件リストをD二等陸佐以外の者に配布したり閲覧させたりすることはなく,また,同リストを自分の業務で使用することもなかった。

(イ)  海上自衛隊中央調査隊における本件リストの取扱い(前記第2,3,(1),イ,(イ),d))
 平成13年12月にFD① (乙27)を受領した海上自衛隊中央調査隊I三等海尉は,同室のプリンターで本件リストをプリントアウトし(以下,これを「本紙」という。),コピー1部を取った上,本紙を同隊隊長を含む3名に閲覧させた後,同隊資料科長に手渡し(同(a)),FD①及びコピーについては自分の執務机の施錠できる引き出しの中に保管した。
 平成14年1月にFD②(乙28)を受領したI三等海尉は,前回同隊隊長らがFD①のプリントアウトしたものに関心を示さなかったため,改めて閲覧に供する必要がないと判断し,内容を確認の上,プリントアウトすることもなくFD①と同様に執務机の引き出しの中に保管した(同(b))。

(2)  内局リストについて

 内局リストの作成経緯
 長官官房文書課情報公開準備室は,平成13年2月から3月にかけて,情報公開制度の施行に向けて,対応要領等のシュミレーションを実施した。その過程で,多数の開示請求が予想され,処理業務の進行管理のための一覧表の必要性が感じられたことから,請求番号,開示・不開示決定期限,請求件名,庁内の照会先及び手続の日付等を記載した内局リストのフォーマットを作成した。防衛庁情報公開室は,処理業務効率化のため,内局リストを庁OAシステム全庁ホームページに掲載し,同年4月2日から始まった情報公開業務の進行管理に用いるようになった。

 内局リストの内容
 防衛庁情報公開室が庁OAシステム全庁ホームページに掲載した内局リストは,当初,開示請求者個人に関する情報は記載されていなかったが,①大量の開示請求に対する対応を期限内に行うため,個別の請求案件につき情報公開室員の間で効率的に文書を特定する必要性が認識されたこと,②他課室より「進行管理表」では同一種類の文書請求の区別がつきにくい旨の意見が担当レベルで伝えられたこと,③マスコミやオンブズマンについては,請求が大量になることも予想されたため,特にきちんと日程管理する必要があると考えたことから,平成13年4月中旬に内局リストの請求件名の欄中に,請求者のイニシャルを入れるとともに,団体(マスコミ,オンブズマン等)については,略号を付することになった。そして,イニシャル等の意味が分からないとの意見があったため,数日後に内局リストに8種の略号の意味を示した脚注が付記されるようになった(8種以外の団体については担当者が自分の判断で適当な略号を記入していた。)。その後,請求件数が落ち着いてきた同年夏ころから,略号の記載は必ずしも厳密に行われなくなり,平成14年4月からは,イニシャル等の記 入も行われなくなった。このイニシャル等の記載は,行政文書開示請求書をはじめ,窓口における開示請求者とのやりとり,開示請求者の名刺,補正等の際に室員が開示請求者から聞いた内容又は既知の情報などを元に実施したものである。
 原告の開示請求についても,請求番号,決定期限,請求件名,庁内の照会先等が記載されていたが,原告のイニシャル及びオンブズマンを示す団体名の略称は記載されていなかった。

 内局リストの閲覧状況
 内局リストは庁OAシステム全庁ホームページ(閲覧可能な末端は約6500台)に掲載された。

(3)  陸幕リストについて

 陸幕リストの作成経緯
 平成13年3月,情報公開業務の開始に備え,同業務の進行管理のために陸幕情報公開グループにおいて,陸幕リストが作成された。

 陸幕リストの内容
 陸幕リストには,整理番号,請求番号,決定期限,開示請求概要,行政文書件名,内局担当課,陸幕担当課・関係課,部隊等,補正,文書特定,意見検討,上申,摘要,処理状況等の項目が含まれ,摘要の項目に,「オンブズマン」,「元空自」などの記載があるが,個人名は記載されていない。なお,これらの記載は,行政文書開示請求書,開示請求者の名刺,書籍又は既知の情報などを基に行ったものである。
 原告の開示請求については,摘要欄に「法律事務所」との記載があるが,原告の個人名やオンブズマンである旨の記載はなかった。

 陸幕リストの閲覧状況について
 陸幕リストは,平成13年4月2日から陸幕LANのホームページ(閲覧可能端末約1000台)上に掲載され,方面隊,長官直轄部隊等の情報公開担当者約140名に対しても,電子メールにより送付された。

(4)  各リストの関係について
 前記のとおり,防衛庁の情報公開業務においては,防衛庁情報公開室,開示請求の内容によってはさらに陸幕情報公開室,海幕情報公開室又は空幕情報公開室が関与することとなるが,内局リスト,陸幕リスト,海幕リスト及び空幕リストは,各業務の進行管理のために,各情報公開室において,それぞれ,各項目の内容が確定した後適時に入力され作成されていた。
 このうち,内局リストは,防衛庁が保有する行政文書に対する開示請求の全てを対象としてその進行管理のために作成されたものであるのに対し,陸幕リスト,海幕リスト及び空幕リストは,各幕僚監部及び各部隊等に係る行政文書の開示請求の進行管理のためにそれぞれ作成されていた。
 また,本件リストは,その他の各リストとは別個独立に,A三等海佐により作成されたものである。

 原告主張の不法行為の成否

(1)  本件リスト等の作成目的について
 前記認定事実に照らすと,本件リスト及びその他の各種リストについては,平成13年4月からの情報公開法施行に際し,開示請求業務の迅速な処理を目的として作成されたものであり,各リストに記載された情報は,開示請求者がその請求の過程で明らかにしたものや,開示請求に関する情報としてA三等海佐らが個人的に収集したものであることが認められる。
 また,開示請求の過程で知り得た情報以外の個人に関する情報は,一般書籍,インターネット,報道等により収集したものであり,一般人においても比較的容易に収集しうるものであり,組織的な思想・信条調査があったことを窺わせるものではない。
 これに対し,原告は,防衛庁の組織の性質やA三等海佐らが関与してきた業務の内容に照らすと,組織全体による思想・信条調査があったことは明らかであると主張するが,原告の同主張は憶測や推認に基づくものといわざるを得ず,証拠上,被告職員らが原告の思想・信条調査を組織的に行ったと窺われる事実が認められないことは上記のとおりである。

(2)  本件リストについて

 FD①における原告に関する記載の有無
 前記認定事実のとおり,FD①には原告の個人情報は記載されていないことが認められる。
 これに対し,原告は,FD①が改ざんされている可能性があり,被告職員(M)作成の報告書(乙29)等には信用性がない,また,そもそも,被告は,FD①に原告の個人情報が記載があったことを認めていたのであり,この点については被告の自白が成立していると主張する。
 しかし,A三等海佐は毎日本件リストの更新を行っていたわけではなく,I三等海尉がFD①を受領したのが平成13年12月上旬であることからすると,FD①に同月10日に受け付けられた原告の開示請求に関する情報が記載されていなかったとしても何ら不自然ではなく,また,記載されている人数を比較すると,FD①よりFD②の方が多く,FD②の方がFD①より後に作成されたと考えるのが合理的であり,各FDに改ざんを窺わせる事情は存在しない。また,被告は,原告が主張した,A三等海佐がI三等海尉にFD①を交付したとの事実を認めたにすぎず,FD①に原告の個人情報が記載されていることについてまでこれを認めたものではないから,原告主張の自白の成立を認めることはできない。

 A三等海佐の行為による原告の権利侵害の有無

(ア)  プライバシーの侵害について

 本件個人情報の開示について
 前記認定事実のとおり,本件リストにおける原告に関する情報(以下「本件個人情報」という。)は,番号,氏名,職業,郵便番号,住所,電話などの個人識別を可能にする情報と,原告が弁護士であり,オンブズマンであり,本件文書開示請求をしたという情報が一体となったものであるが,このような個人情報について,原告が,自己が欲しない他者にみだりにこれを開示されたくないと考えることは自然なことであり,そのことへの期待は保護されるべきものであるから,これらの個人情報は,原告のプライバシーに係る情報としての法定保護の対象となるというべきである。

  A三等海佐による本件リストの作成
 原告は,旧行政機関保有個人情報保護法は個人の自己情報コントロール権を実定化したものであると主張する。
 しかし,同法は,電子計算機処理に係る個人情報の取扱いに伴って生ずるおそれのある侵害から守られるべき個人の権利利益を保護する目的で制定されたものであって,結果として個人のプライバシー権が保護される可能性が広がることになってはいるが,いわゆる自己情報コントロール権も含むプライバシーといわれるもの全般を保護する目的でそれを実定化したものではないことは,その立法の過程等からしても明白である。
 したがって,個人情報の収集・保持が行政機関によって組織的に行われるのでなければ,個人情報を他者にみだりに収集・保持されたくないとの本人の期待は,未だ法的保護の対象となるには至っていないというべきである。
 そして,A三等海佐は,個人的に,自己の開示請求業務の迅速な処理を目的として,本件リストを作成したものであり,本件リストの作成が被告において組織的に行われたものでないことは前記認定事実のとおりであるから,A三等海佐による本件リストの作成自体は,原告のプライバシーを侵害するものではないとするのが相当である。

 A三等海佐による本件リストの配布
 A三等海佐は,原告の本件個人情報を,自らの情報公開業務を行うために収集・保持していたものの,みだりに他者に開示したのであるから,A三等海佐によるこの開示行為は,原告のプライバシーを侵害したというべきである。
 したがって,認定事実(1),ウ,(ア),(イ),(ウ)(前記第2,3,(1),イ,(イ),bと同じ)のA三等海佐による本件リストの配布行為のうち,原告に関する記載のないFD①の交付を除く行為は,いずれも原告のプライバシーを侵害するものとして不法行為を構成するというべきである。

(イ)  思想・信条の自由について
 原告は,オンブズマンのメンバーであること,本件文書開示請求をしたこと及びその内容についての情報は,原告の思想,信条を推認させるものであり,その情報を知った者が原告を監視することも考えられると主張するが,このような漠然とした不安感や危惧感は,法的保護の対象とはならないというべきである。
 したがって,思想・信条の自由が侵害されたとする原告の主張は採用できない。

(ウ)  知る権利・情報公開請求権
 いわゆる知る権利については,未だその権利性の概念は確立しておらず,憲法上明らかに保障されているとまではいえないが,情報公開法等で規定されている情報開示請求権については,その具体的権利性が認められるのであるから,同請求権の行使を妨げること及びそれを行使したことによって不利益な取扱いを行うことは許されないというべきである。
 しかしながら,本件リストへの本件個人情報の記載が情報公開請求権の行使の妨害や不利益取扱いに該当するとはいえず,また,本件において,現実に,原告が情報開示請求を妨げられたとの事実はなく,さらに,今後,原告が情報開示請求が妨げられたり,情報開示請求をすることによって不利益を受ける可能性があることを窺わせる事実は認められない。
 これに対し,原告は,本件リスト等が作成されるなどしていた事実により,今後防衛庁からどのような取扱いを受けるか分からないとの不安を抱き,今後の情報開示請求をするについてためらいが生じたと主張するが,この不安感等は漠然としたものにすぎず,これをもって権利侵害があったと評価することはできない。
 したがって,知る権利・情報公開請求権が侵害されたとする原告の主張は採用できない。

(エ)  結社の自由
 結社の自由とは,団体を結成しそれに加入する自由やその団体が団体として活動する自由などをいうところ,本件リストの作成をもって,A三等海佐らが原告及び原告が所属する団体を監視してこの自由を侵害したと評価することはできない。
 したがって,結社の自由が侵害されたとする原告の主張は採用できない。

(オ)  通信の秘密
 通信の秘密を侵してはならないとは,信書,電信,電話その他すべての形態の通信について,関係公権力は,その内容及び通信に関わる事実を知得したり,それを他に漏えいしたりしてはならないことをいうところ,そもそも原告の通信の相手方は防衛庁であり,防衛庁情報公開室はその職務のためにA三等海佐も含む情報公開担当者に開示請求書の閲覧等を認めていたものであって,それらの者がその封筒を閲覧したとしても,原告の通信の秘密を侵害したことにはならない。
 したがって,通信の秘密が侵害されたとする原告の主張は採用できない。

 C二等陸佐の行為による原告の権利侵害の有無
 認定事実(1),エ,(ア)(前記第2,3,(1),イ,(イ),cと同じ)のC二等陸佐の行為は,本件個人情報を電子メールで他者に送信し,また,本件個人情報を共用のMOに記録して他者の閲覧可能な状態に置いたというのであり,他方,C二等陸佐の同行為を正当化する事由は特に認められないのであるから,C二等陸佐の同行為は,本件個人情報を自己が欲しない他者にみだりにこれを開示されたくないとの法的保護に値する原告の期待を侵害するものであり,原告のプライバシーを侵害するものとして不法行為を構成するというべきである。
 なお,C二等陸佐の同行為が被告において組織的に行われたものでないことは,前記認定事実のとおりである。

 I三等海尉の行為による原告の権利侵害の有無
 前記認定事実のとおり,平成13年12月にI三等海尉がA三等海佐から受領したFD①には原告に関する個人情報が記載されていないのであるから,FD①に係るI三等海尉の行為は,原告に対する何ら不法行為も構成しない。
 また,I三等海尉によるFD②の保管は,個人的に行われたものであって,被告において組織的に行われたものでないことは前記認定事実のとおりであるから,A三等海佐による本件リストの作成自体と同様に,原告のプライバシーを侵害するものではないとするのが相当である。

(3)  内局リスト及び陸幕リストについて

 個人識別性の判断基準
 内局リスト及び陸幕リスト(合わせて「内局リスト等」という。)の作成等により原告のプライバシー等が侵害されたというためには,そのリストに記載された原告に関する個人情報が個人識別性を有することが必要である。
 そして,当該個人情報の開示によりプライバシーが侵害されたか否かが問題となる場面における個人識別性については,当該情報のみで識別できる場合に限らず,一般人が特別な調査を要せずに容易に入手し得る他の情報と照合することにより当該個人を識別できる場合も,これを肯定するのが相当である。なお,この点,原告は,内局リスト等に直接・間接に接する機会のある者全員のうち誰か1人にとってでも原告の識別が可能であれば,個人識別性が肯定されると主張するが,原告の同主張は採用できない。

 内局リストの個人識別性について
 前記認定事実のとおり,内局リストに記載されていた原告の関する情報は,請求番号,決定期限,請求件名,庁内の照会先であり,前記アの判断基準によれば,同情報について原告の個人識別性を肯定することはできない。

 陸幕リストの個人識別性について
 前記認定事実のとおり,陸幕リストに記載されていた原告に関する情報は,整理番号,請求番号,決定期限,開示請求概要,行政文書件名,内局担当課,陸幕担当課,部隊等,補正,文書特定,意見検討,上申,摘要,処理状況であり,摘要欄には「法律事務所」の記載はあるが,個人名やオンブズマンである旨の記載はなかったのであるから,前記アの判断基準によれば,同情報について原告の個人識別性を肯定することはできない。

 小括
 したがって,内局リスト及び陸幕リストの作成等に係る被告職員の行為は,原告のプライバシー等を侵害していないというべきである。

 損害
 以上のとおり,認定事実(1),ウ,(ア),(イ),(ウ),(前記第2,3,(1),イ,(イ),bと同じ)のA三等海佐による本件リストの配布行為のうち原告に関する記載のないFD①の交付を除く行為及び認定事実(1),エ,(ア)(前記第2,3,(1),イ,(イ),cと同じ)のC二等陸佐の行為は,原告のプライバシーを侵害し,原告に対する不法行為を構成するものと認められる(以下,同不法行為を「本件不法行為」という。)。
 そして,本件個人情報が内心の核心に触れる重大な秘匿情報とまではいえないものであり,また,本件不法行為により原告に具体的な不利益が生じておらず,今後も生じるおそれが認められないことに鑑みると,本件不法行為によって原告が被った精神的苦痛の慰謝料は10万円とするのが相当であり,また,本件請求の認容額等諸般の事情を考慮すると,本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は2万円とするのが相当である。

 結語
 以上によれば,原告の本件請求は,12万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成14年9月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却し,仮執行宣言については,相当でないからこれを付さないこととして,主文のとおり判決する。

 新潟地方裁判所第2民事部