平成18年2月21日判決言渡 
公文書不開示処分取消請求事件

 判    決

 主    文

 原告の請求を棄却する。

 訴訟費用は,原告の負担とする。

 事実及び理由

第1  請求

 請求の趣旨

(1)  被告が,平成16年3月31日付けで原告に対してなした「セクシュアルハラスメント調査委員会最終報告書」についての行政文書不開示決定を取り消す。

(2)  訴訟費用は,被告の負担とする。

 答弁
 主文同旨

第2  議案の概要
 本件は,A高等専門学校(以下「A高専」という。)内に設けられたセクシュアル・ハラスメント調査委員会(以下「調査委員会」という。)が,学内で発生したとされるセクシュアル・ハラスメント事件に関して作成し,平成16年2月26日に,学内のセクシュアル・ハラスメント防止委員会(以下「防止委員会」という。)に報告した「セクシュアル・ハラスメント調査委員会調査結果報告書」(なお,請求の趣旨では「セクシュアルハラスメント調査委員会最終報告書」とされているが,「セクシュアル・ハラスメント調査委員会調査結果報告書」が正式の文書名であると認められる(甲6)。以下「本件文書」という。)の開示請求に対し,A高専学校長がした不開示決定(以下「本件決定」という。)について,原告がその処分の取消しを求めた事案である。

 基礎となる事実
 以下の事実は,当事者間に争いがないか,以下の証拠及び弁論の全趣旨によって認定することができる。

(1)  当事者

 原告は,平成16年6月21日に成立した特定非営利活動法人である。

 被告は,平成16年4月1日に成立した独立行政法人である。

(2)  本件決定
 B(成立後の原告の代表者理事の一人である。)は,平成16年3月19日,A高専学校長に対し,「NPO法人X代表B」名で,「セクシュアルハラスメント調査委員会最終報告書(平成16年3月12日新聞報道の件)」の開示を請求したが(甲1),A高専学校長C(当時)は,同年3月31日付けで,これを不開示とする本件決定をした(甲2)。
 なお,上記開示請求において開示が請求された文書は,本件文書のことであり,本件決定の目的たる文書も,本件文書であると認められる(甲1,2,6,弁論の全趣旨)。また,上記のとおり,被告は,同年4月1日に成立したところ,独立行政法人国立高等専門学校機構法施行令附則13条によれば,機構(被告である独立行政法人国立高等専門学校機構を指す。以下同じ。)の成立前に行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成11年法律第42号。同法2条第2項に規定する行政文書の開示に係る分に限る。)の規定に基づき,機構の業務に係る行政文書に関して文部科学大臣(同法第17条の規定により委任を受けた職員を含む。以下この条において同じ。)がした行為及び文部科学大臣に対してされた行為は,機構の成立後は,独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律(平成13年法律第140号。同法第2条第2項に規定する法人文書の開示に係る部分に限る。)の規定に基づき機構がした行為及び機構に対してされた行為とみなすとされており,本件決定は,被告がしたものとみなされる。

(3)  異議申立て及び諮問・答申
 Bは,「NPO法人X代表B」名で,平成16年5月25日,被告に対し,本件決定につき,行政不服審査法6条1号による異議申立てをした(甲3)。
 被告は,独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律(以下「法」又は「独立行政法人等情報公開法」という。)18条2項により,情報公開審査会に対し諮問し(甲4添付の理由説明書の写しは,諮問理由),同審査会は,同年11月26日,被告に対し,本件決定は妥当である旨の答申をした(以下,この答申に係る答申書を「審査会答申書」という。甲6)。

(4)  訴訟提起
 原告は,平成17年5月23日,本件訴えを提起した。

 関係法令(独立行政法人等情報公開法)

(1)  法は,国民主権の理念にのっとり,法人文書の開示を請求する権利及び独立行政法人等の諸活動に関する情報の提供につき定めること等により,独立行政法人等の保有する情報の一層の公開を図り,もって独立行政法人等の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにすることを目的とし(1条),その5条において,独立行政法人は,法人文書すなわち独立行政法人等の役員又は職員が職務上作成し,又は取得した文書,図面及び電磁的記録であって,当該独立行政法人等の役員又は職員が組織的に用いるものとして,当該独立行政法人等が保有しているもの(2条。なお,2条但書各号の例外がある。)の開示請求があったときは,5条各号に掲げる不開示情報のいずれかが記録されている場合を除き,開示請求者に対し,当該法人文書を開示しなければならないとして,法人文書は原則として開示すべきことを定め,例外的に不開示にすべき情報を5条各号に限定列挙している。

(2)ア  法5条1号には,不開示にすべき情報のひとつとして,個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって,当該情報に含まれる氏名,生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することにより,特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)(以下「個人識別情報」とも称する。)又は特定の個人を識別することはできないが,公にすることにより,なお個人の権利利益を害するおそれがあるもの(以下「個人利益侵害情報」とも称する。)が挙げられている。
 ただし,同号イないしハにおいて,例外的開示事由として,法令の規定により又は慣行として公にされ,又は公にすることが予定されている情報(以下「公領域情報」ともいう。),人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,公にすることが必要であると認められる情報(以下「公益上の義務的開示情報」ともいう。),当該個人が公務員等(独立行政法人等の役員・職員も含まれる。)である場合において,当該情報がその職務の遂行に係る情報であるときは,当該情報のうち,当該公務員等の職及び当該職務遂行の内容に係る部分(以下「公務員等情報」ともいう。)が挙げられている。

 法5条4号は,独立行政法人等が行う事務又は事業に関する情報であって,公にすることにより,当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるものを不開示情報としている。

(3)  また,法6条1項は,開示請求に係る法人文書の一部に不開示情報が記録されている場合において,不開示情報が記録されている部分を容易に区分して除くことができるときは,当該部分を除いた部分に有意の情報が記録されていないと認められるときを除き,当該部分を除いた部分につき開示しなければならないとし,同条2項は,開示請求に係る法人文書に5条1号の情報(特定の個人を識別することができるものに限る。)が記録されている場合において,当該情報のうち,氏名,生年月日その他の特定の個人を識別することができることとなる記述等の部分を除くことにより,公にしても,個人の権利利益が害されるおそれがないと認められるときは,当該部分を除いた部分は,同号の情報に含まれないものとみなして,1項の規定を適用するとしている。

(4)  さらに,法7条は,開示請求に係る法人文書に不開示情報が記録されている場合であっても,公益上特に必要があると認めるときは,開示請求者に対し,当該法人文書を開示することができるとし,公益上の理由による裁量的開示を定めている。

 争点及び当事者の主張

 (原告の主張)

(1)  法5条各号(不開示情報)該当性について
 本件文書に記載された情報は,法5条1号の個人識別情報ではなく,個人利益侵害情報でもない(また,それ以外の非開示情報でもない)から,本件文書は開示されなければならない。その主な理由は以下のとおりである。

 一定範囲の集団において,特定の個人の識別が可能である場合であっても,同条1号後段の個人の利益侵害情報には該当しないと解するべきである。
 すなわち,5条1号前段は,一般人を基準として個人識別情報を不開示情報として規定しているが,同号後段が一定範囲の集団において,特定の個人の識別が可能である情報を不開示情報として定めているとすれば,同項前段を規定する意味が失われる。法が一定範囲の人に個人の識別が可能である情報を不開示とする意図を持っているのであれば,同号前段でそのことが規定されているはずであり,実質的に考えても同号後段の情報に一定範囲の人に個人識別が可能な情報を含むと解すれば,不開示情報の範囲を法の趣旨に反して不当に拡大するすることにる。したがって,一定範囲の人に個人の識別が可能である情報は同号後段には含まれていないというべきである。

 セクシュアル・ハラスメントにかかわる情報というだけでは,個人利益侵害情報には当たらないというべきである。すなわち,学校でのセクシュアル・ハラスメントには,様々な態様・程度のものがあり,被害状況を公開しても,直ちに被害者の人格権等の重大な侵害とはならないものもあるところ,利益侵害の程度が軽微である場合にまで不開示にすることは,法の趣旨ではないと考えられる。法5条1号後段の解釈としては,開示により得られる利益と失われる利益とを比較衡量し,後者が前者を上回る場合に情報を非開示とすることができると解するべきである。
 そして,本件では,開示によって,被害学生(本件で問題とされるセクシュアル・ハラスメント事件の被害者とされる学生を指す。以下同じ。)の相当程度の人格的利益が失われることもありえようが,開示によって,セクシュアル・ハラスメント事件の事実関係を明らかにして,加害者である教官や学校・教員全体に反省と再発防止の自覚を促すこと,ひいては,男女同権と人権に配慮した教育環境を実現すること,情報公開を通した教育機関の適切な運営をとおして,学生・保護者・社会一般からの信頼を確保することといった利益を得ることができる。本件では,加害教官に対して,既に報道された内容に照らすと比較的軽いというべき懲戒処分(減給9か月(10分の1))がなされており,具体的にどのようなセクシュアル・ハラスメント行為があったのか,加害教官に対して適切な懲戒処分が下されたのかといった情報が開示されなければ,再発防止や適切な教育環境の実現が図られているかを判断できず,ひいては,同種事件の再発のおそれも否定できず,これでは,学生等の利益を害し,社会一般の信頼も損なうこととなる。
 このような開示により得られる利益は,独立行政法人等の諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするという法1条の目的にも合致するものであり,これを考慮すれば,本件文書に記載された情報は5条1号後段の個人利益侵害情報には該当しないというべきである。

 被告は,被害学生が情報の開示を望んでいないこと,調査委員会は被害学生に公表しないことを約束して調査を行ったこと,事件に触れることすら望んでいない者がいたことを主張し,それらを根拠として,本件文書は不開示とされるべきという。
 しかし,実際にそうであるかは,本件文書が開示されなければ確認することができない。また,新聞報道によって,既に,被害学生がいつ被害を受けたのかは公にされている。さらに,被害学生が,情報開示を望んでいないとしても,被害学生は,加害教官の厳正な処分を期待していると思われる(が,法的手段に訴えることによる精神的負担等のために表だった行動をすることができない状況にあることが推察される)ところ,原告は,このような被害学生に代わって情報開示を求め,加害教官への処分が軽微であったことの問題性を指摘しようとするものである(それが実現することが,被害学生の精神的救済ともなる。)。事件に触れることすら望んでいない者がいることは,むしろ,セクシュアル・ハラスメント被害の深刻さをうかがわせるものであって,本件文書を不開示とする根拠とはなりえないというべきである。

(2)  法6条(部分開示)について
 本件文書のうち,被害女性のプライバシー等にかかわる情報を除いた部分(特に調査の契機となった事情,調査委員会の調査経過のうち客観的な情報,調査委員会の委員の構成に関する情報に関する部分)は,開示されなければならない。その趣旨ないし主な理由は以下のとおりである。

 本件文書のうち,審査会答申書のいう「被害学生の極めて機微な相談内容や,被疑教官がどのような行為を行ったのか(被害学生がどのような行為を受けたのか)などの極めて機微な調査内容など,通常,他人に知られたくないと考えられる情報」のような,被害女性のプライバシーないし人格権にかかわる部分を除いた部分は開示されなければならない。

 本件文書には,4件の案件に関する調査結果の記載があり,それぞれに①調査の契機となった事情,②調査経過,③被疑教官の主張,④調査委員会の見解等が記載され,さらに,⑤調査委員の名前が,本件文書の最後に記載されているとされる。このうち,②調査経過のうち,被害学生からの事情聴取の内容及び③被疑教官の主張は,個人利益侵害情報であるかもしれない。
 しかし,まず,①調査の契機となった事情は,個人利益侵害情報であるとはいえない。被告は,調査の開始時期に関する被害者の意見が述べられているとするが,それが,A高専によって報道機関に提供され,既に新聞報道で公開されている情報と同じ程度の情報(甲7)であるならば,個人利益侵害情報とはいえない。そして,調査の契機となった事情は,被害学生のプライバシーにかかわる部分を除いても,調査委員会の調査の適正・公正さを示す情報として意味を有するから,開示されなければならない。
 また,②調査経過のうち客観的な情報(事情聴取の期日と概要)は,個人利益侵害情報ではなく,また,調査委員会の調査の適正・公正さを示す情報として意味を有するから,開示されなければならない。
 また,④調査委員会の見解等については,個人利益侵害情報であるとはいえない。被告は,調査委員会の見解について,その前提となる事実関係が不開示情報であるから。不開示とされるべき旨を主張するが,それが,A高専によって報道機関に提供され,既に新聞報道で公開されている情報と同じ程度の情報(甲7)であるなら開示が相当というべきであるし,見解で述べられているのは,被害学生等から聴取内容が直接記載されているものではないと考えられる上,見解が明らかにされなければ,国民への説明責務を全うするという法の目的が実現できないことになるから,開示されなければならない。
 さらに,⑤調査委員の名前は,個人利益侵害情報ではなく,しかも,この情報は,本件文書の最後に記載されているから,不開示とすべき情報との区分は容易であり,調査委員会の調査の適正・公正さを示す情報として意味を有するから,開示されるべきである。本件では,防止委員会の委員長は学校長であり,同人が,調査委員会の委員を指名するものとされているところ,学校長がセクシュアル・ハラスメント事件を隠蔽しようとする場合,同人の意に沿う調査委員が任命され,公正な調査が期待できない事態が予想される。一般に管理職は,問題を隠蔽しようとする傾向があり,本件でも調査委員会の調査が適正・公正なものであったかについては疑念がある。したがって,本件文書のうち,調査委員に関する情報が記載された部分は開示されなければならない。

 これに対し,被告は,本件文書が,個人利益侵害情報とそうでないものとが「渾然一体」となっている旨や,調査委員の氏名が調査報告書と「不可分一体」となっている旨を根拠に,本件文書の全面不開示を相当と主張している。
 しかし,開示すべき情報と不開示とすべき情報の区分を文書単位で考えるべき根拠は乏しく,たとえ,本件文書の中に不開示情報(個人利益侵害情報)が「渾然一体」,「不可分一体」となって存在しているとしても,該当部分を除いた上で,他の部分は開示されなければならない。そして,不開示とすべき情報を除いた部分が,意味を有するか否かは,開示請求者である原告が判断すべきものと解される。
 また,本件文書の中に不開示情報(個人利益侵害情報)が「渾然一体」,「不可分一体」となって存在しているとしても,これを除いた情報につき意味がないとして全面不開示とすることが許されるならば,独立行政法人側は,情報の保有のやり方次第(例えば,文書に個人利益侵害情報を混在させておくなど)で情報をすべて不開示とすることができ,国民に対する説明責務の実現を図る法1条の目的は実現できないことになる。したがって,本件文書の中に,不開示情報(個人利益侵害情報)が「渾然一体」,「不可分一体」となって存在し,容易に情報開示できる体裁ではないとしても,部分開示されなければならない。

 さらに,被告は,本件文書が公開されれば,調査委員会の秘密保護の体制に疑問を持たれ,今後,被害者が相談することを躊躇したり,関係者が事実関係の調査に際し,供述を避けることが予想されるから,本件文書に記載された情報は,4号の「事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある」情報に当たるという。しかし,被害学生のプライバシーにかかわる部分以外の情報を開示しても,調査の秘密保護の体制に疑問を持たれることはなく,事務・事業の遂行に支障は生ぜず,むしろ,A高専の防止委員会,相談窓口,調査委員会は,事件への適正・公正な処置を怠ったことで学生からの信頼を失っているのであって,全面不開示とする根拠はないというべきである。

 (被告の主張)

(1)  法5条各号(不開示情報)該当性について
 本件文書に記載された情報は,法5条1号の個人利益侵害情報に該当する(かつ,同号イないしハの事由には該当しない)から,本件文書は,不開示とすべきものである(また,法5条4号柱書にも該当し,その点からも不開示とすべきものである。)。その理由は以下のとおりである。

 本件文書は,A高専内に設置された調査委員会が,学生からの申立てを受けたことなどを契機として,当事者及び第三者からの事情聴取等を行い,これらをとりまとめて,平成16年2月26日,同じく同校内に設置されたセクシュアル・ハラスメント防止委員会に報告した報告書であり,4件の案件が記載されており,それぞれ内容は異なるものの,おおむね①調査の契機となった事情,②調査経過,③被疑教官の主張,④調査委員会の見解等が記載されている。そして,本件対象文書には,例えば,①特定年月日の新聞報道を契機として事件を調査することになったこと,あるいは,②特定の年度に,特定の在学年であった学生からの申立てであること,さらには,③当時,被疑教官が被害者のみならず広くその他の学生にも同様の行為を行っていたことなどの具体的な内容が記載されている。
 したがって,開示により,被害学生の同級生等の一定範囲の者には当該被害学生を特定することが可能となる情報である。また,仮に特定ができなくても,セクシュアル・ハラスメント被害という,相談者個人に関する極めて機微にわたる情報である。
 そうすると,本件文書は,被害学生のプライバシーに関する情報が記載されており,開示により,被害学生の権利・利益を侵害するものといえる。また,被害学生自身も開示を望んでおらず,本件文書を開示すれば,セクシュアル・ハラスメント被害を受けた者への配慮・保護に欠けることになる。したがって,本件情報は,法5条1号後段の個人利益侵害情報に該当するというべきである。

 原告は,一定範囲の集団において,特定の個人の識別が可能である場合であっても,不開示情報には該当しないとする趣旨を主張する。しかし,セクシュアル・ハラスメント事件に関しては,被害学生のプライバシー保護が,何よりも尊重されねばならず,上記の場合であるのに,不開示情報に該当しないとすることはできないというべきである。
 また,原告は,開示によって,セクシュアル・ハラスメント事件の事実関係を明らかにして,加害教官や学校・教員全体に反省と再発防止の自覚を促すこと,ひいては,男女同権と人権に配慮した教育環境を実現すること,情報公開を通した教育機関の適切な運営をとおして,学生・保護者・社会一般からの信頼を確保することといった利益を得ることができる旨を主張する。しかし,これが,被害学生のプライバシー保護に優先するいわれはないというべきである上,被害学生自身が,開示を望んでおらず(被告は,被害学生から,セクシュアル・ハラスメント被害に関する情報が公開されることは望んでいないこと,セクシュアル・ハラスメント事件に関する報道は,望ましいことではなく不快であること,原告の行為は,被害学生の意を無視した行為であることなどを聴取した。),本件文書の開示は,被害学生の救済や支援には結びつかず,むしろそれに反する結果となる。

 また,調査委員会は,調査により得た秘密の保持を事件の当事者に告げた上で,事情聴取をしており,本件文書が開示されるとなれば,調査委員会の秘密保持体制に疑問を持たれ,被害学生等が相談を躊躇したり,関係者が供述を避けることが予想され,調査委員会の事務の適正な執行に支障を生じる。したがって,法5条4号柱書にも該当するというべきである。

(2)  法6条(部分開示)について
 本件文書には,開示により被害学生のプライバシーを侵害する情報が記載されており,その部分(個人利益侵害情報)とそれ以外の部分とを容易に区別して除くことができず,あるいは,その部分(個人利益侵害情報)を除いた部分に有意の情報が記録されていないから,法6条によって部分開示すべき場合には当たらない。

 すなわち,上記のとおり,本件文書には,4件の案件が記載されており,それぞれ内容は異なるものの,おおむね①調査の契機となった事情,②調査経過,③被疑教官の主張,④調査委員会の見解等が記載されている。また,⑤調査の構成員については,本件文書の末尾に,文書作成者としてその氏名が記載されているが,職名は記載されていない。
 そして,①調査の契機となった事情と②調査経過の記載は,本件文書中,項目を分けた記載とはなっておらず,渾然一体とした記載となっており,①調査の契機となった事情に関しては,調査開始時に関する当該被害学生の意見が述べられている部分があるなど,被害学生の機微に関する個人利益侵害情報が含まれている。
 また,②調査経緯については,調査委員会の実施回数は記載されておらず,また,調査の主体・時期・場所・態様等調査経過に関する客観的な情報がすべて記載されているわけでもない。記載があるのは,事情聴取の期日及びその概要(例えば,面談で被害学生に面接といったようなもの)のみであり,どの調査員がどの事情聴取に関与したかという事実は記載されていないから,原告が開示を求めている情報とは,質的に異なっている。
 また,④調査委員会の見解は,別項目での記載がされているが,これは,②のうち被害者からの事情聴取及び③被疑教官の主張をふまえて,セクシュアル・ハラスメントに該当するか否かを判断したもので,その前提となる事実関係と不可分一体のもの(結論部分を分断して開示する意味はないもの)である(あるいは,この結論部分自体が,個人利益侵害情報に当たる。)。
 最後に,⑤調査委員の氏名(や調査の実施日時)は,全体の調査報告書と不可分一体となっている。また,調査委員の氏名は,一般に不公表のものである。

 以上によれば,本件文書は,部分開示すべき場合には当たらないというべきである。

第3  当裁判所の判断

 本件文書の内容等

(1)  防止委員会及び調査委員会等
 本件文書は,後記(2)のとおり,A高専における,特定の教官による,特定の学生に対する,セクシュアル・ハラスメント疑惑について,A高専内に設置された調査委員会が,学生からの申立てを受けたことなどを契機として,当事者(被害学生及び被疑教官)及び第三者からの事情聴取等を行い,これらをとりまとめて,平成16年2月26日,防止委員会に報告した報告書であるところ,A高専の防止委員会及び調査委員会とは,概要以下のような機関とされている。

 防止委員会
 A高専には,A高等専門学校セクシュアル・ハラスメントの防止等に関する規則(乙1。以下「防止規則」という。)があり,これによれば,同校に,セクシュアル・ハラスメントに関する防止等を行うため,校長(委員長),教務主事(副委員長),学生主事,寮務主事,専攻科主任,各学科主任,一般科目主任及び事務部長により組織される防止委員会が置かれ,セクシュアル・ハラスメントの防止に関する研修並びに啓蒙活動の企画及び実施に関する事項,セクシュアル・ハラスメントに関する相談及び被害の救済に関する事項,その他セクシュアル・ハラスメントの防止に関する事項を審議するものとされている(防止規則3条ないし6条)。

 調査委員会
 そして,防止規則(乙1)によれば,防止委員会には,防止委員会委員長(校長)が指名する委員数名をもって組織される調査委員会を置き,調査委員会は,セクシュアル・ハラスメントの具体的事項について調査し,改善が必要な場合には,必要な措置を講ずるとともにその結果を防止委員会に報告するものとされている(防止規則10条)。
 調査委員会には,その運用について,以下のように対応する旨の申し合わせ(乙3)があり,それには,概要,①調査委員会委員が当事者(被害者及び被疑者。以下同じ。)となった場合は委員会構成員から除外する旨,②調査委員会は,当事者の名誉,人権及びプライバシーに十分配慮し,知り得た秘密は厳守するとともに,当事者にとって適切かつ効果的な対応は何かという視点を常に持って,事態を悪化させないために,迅速な対応を心がける旨,③調査の実施にあたっては,当事者の主張に真摯に耳を傾け丁寧に話を聞くことなどに留意する旨,④調査の方法は,相談員からの報告に基づき,当事者から個別に事情聴取を行い,被疑者から事実関係を聴取する場合は被疑者に対し十分な弁明の機会を与え,必要がある場合は,第三者からの事情聴取も行う旨,⑤調査の結果に基づく措置としては,事実関係を調査の結果,セクシュアル・ハラスメントに該当すると委員会が判断した場合は,委員会の意見を付して,文書で遅滞なく防止委員会に報告する(ただし,調査委員会が緊急に改善措置が必要と認めた場合及び指導等で解決される場合は,調査委員会から,加害者に対して直接改善措置が できるものとする。),事実関係を調査した結果,セクシュアル・ハラスメントに該当しないと委員会が判断した場合は,委員会の意見を付して,防止委員会及び当事者に報告する旨が,調査委員会の運用の指針ないし具体的方法として示されている。

 セクシュアル・ハラスメント相談窓口
 なお,防止規則(乙1)によれば,同校に,セクシュアル・ハラスメントに関する相談及び苦情処理のため,セクシュアル・ハラスメント相談窓口(以下「相談窓口」という。)を置き,相談窓口に,同校職員から防止委員会委員長(校長)が指名した者若干名で充てられる相談員(校長が委嘱する)を置いて,相談及び苦情の受付に当たるとともに,相談及び苦情の具体的事項を防止委員会に報告するものされている(防止規則9条)。
 相談窓口についても,その運用申し合わせ(乙2)があり,相談窓口対応について,概要,①被害を受けた本人,その者から相談を受けた者等から,②相談窓口で又は文書により,相談・苦情を受け付ける旨,③相談は,教務主事室等の複数の場所のうち,相談者が適当と思われる相談窓口を選んで,これをすることができるものとし,④相談には,原則として複数の相談員で対応し,相談者と同性の相談員を同席させ,相談を受ける際には,その内容を相談員以外の者に見聞きされないよう周りから遮断した場所で行う旨,⑤相談員は,当事者(被害者及び被疑者。以下同じ。)の名誉,人権及びプライバシーに十分配慮するとともに,知り得た秘密は厳守する,相談者にとって適切かつ効果的な対応は何かという視点を常に持つ,事態を悪化させないために,迅速な対応を心がけるという心構えをもって対応する旨,⑥相談員が,相談を受けるに当たり留意すべき事項,⑦相談員は,相談を受け,事情聴取した内容((ア)当事者の氏名,(イ)被害の状況,日時,場所,内容(詳細に),(ウ)被害の状況を証明できる第三者がいれば,その者の氏名,(エ)被害者が望む被疑者への対応, (オ)相談者の氏名)を文書で調査委員会に報告する旨が,相談窓口の運用の指針ないし具体的方法として示されている。

 その他
 なお,防止規則(乙1)によれば,セクシュアル・ハラスメント行為の事実関係があり,処分又は就学,就労,教育若しくは研究環境の改善を行うことが必要であると認められる場合は,校長は必要な措置を講ずるものとされており(防止規則12条)。また,セクシュアル・ハラスメントに関する対応にあたっては,当事者及びその他の関係者等から公正な事情聴取を行うものとし,事情聴取者の名誉,人権及びプライバシーに十分配慮しなければならないとされている(防止規則13条)。

(2)  本件文書の内容
 当裁判所は,本件文書を実際に見分してはいないが,これを見分した情報公開審査会による審査会答申書(甲6)及びその他の証拠(上記の乙1ないし3)並びに弁論の全趣旨を総合すると,本件文書は,少なくとも,以下のようなものであると推認することができる。
 なお,以下のうち,アないしエは,主として審査会答申書の記載から,これらを推認することができる。他方,オ及びカは,審査会答申書にはその旨の明示的な記載がなく,直接的には,被告準備書面(平成17年11月30日付)等で,本件書面の内容ないし体裁として主張されている事柄の一部であるが,少なくとも下記オ及びカに関しては,各事柄の性質,調査委員会の職責ないし同委員会が取り扱う情報の性質(乙1ないし3),審査会答申書の記載との矛盾は存しないことなどを勘案し,上記証拠及び弁論の全趣旨によって,これらを推認することができる。

 本件文書は,A高専内に設置された調査委員会が,学生からの申立てを受けたことなどを契機として,当事者(被害学生及び被疑教官)及び第三者からの事情聴取等を行い,これらをとりまとめて,平成16年2月26日,防止委員会に報告した報告書である。

 (特定の教官による)特定の学生に対するセクシュアル・ハラスメント疑惑について,調査委員会が,調査を行った内容が記載されているもので,4件の案件が記載されており,それぞれ内容は異なるものの,おおむね①調査の契機となった事情,②調査経過,③被疑教官の主張,④調査委員会の見解等が記載されているもので,被害学生の相談内容や,被疑教官がどのような行為を行ったのか(被害学生がどのような行為を受けたのか)などの調査内容が記載されている。

 上記特定の学生(被害学生)の氏名は,アルファベットで記載されている。他方,被疑教官の氏名は記載されていない。

 例えば,特定年月日の新聞報道を契機として事件を調査することになったこと,あるいは,特定の年度に,特定の在学年であった学生からの申立てであること,さらには,当時,被疑教官が被害者(被害学生)のみならず広くそのほかの学生にも同様の行為を行っていたことなどの具体的な内容が記載されている。

 上記イ②の調査経過に関して,事情聴取の期日や態様(例えば被害学生に面談による面接をした旨)が記載されている部分もある。

 調査委員の氏名は,本件文書の最後に記載されているが,職名の記載はない。

 不開示情報(5条1号)該当性

(1)  以上によれば,本件文書は,独立行政法人である被告が保有する法人文書であると認められる。
 そして,上記1(2)ア及びイによれば,本件文書に記載された情報は,少なくとも,上記の特定の学生という個人に関する情報である。
 もっとも,上記1(2)ウのとおり,上記特定の学生(被害学生)の氏名は,アルファベットで記載されているから,一応,個人識別情報ではないと考えることができる。

(2)  しかし,上記1(2)イ及びエのとおり,本件文書には,被害学生の相談内容や,被疑教官がどのような行為を行ったのか(被害学生がどのような行為を受けたのか)などの調査内容が記載されており,これは,他人にみだりに知られたくない個人のプライバシーに属する情報であって,当然に,法的保護の対象となるべきものである。加えて,上記1(1)のような各規定の存在に照らすと,調査委員会は,被害学生等に対し,調査ないし同人からの事情聴取により得た情報は配慮して取り扱い,同人が望まない限り,秘密は公開しない旨を前提として,被害学生等から事情聴取を行ったものと考えられる(なお,本件文書に,被害学生が,上記情報を公開してもかまわない旨述べたといった記載があることは窺えない。)。 しかも,本件文書には,例えば,特定年月日の新聞報道を契機として事件を調査することになったこと,あるいは,特定の年度に,特定の在学年であった学生からの申立てであること,さらには,当時,被疑教官が被害学生のみならず広くそのほかの学生にも同様の行為を行っていたことなどの具体的な内容が記載されているから,本件文書を開示すれば,たとえ,当該被害学生を識別することができないとしても,その同級生等の一定範囲の者には当該被害学生を識別することが可能であると見られ,これらの者に上記の他人にみだりに知られたくない個人のプライバシーに属する情報が明らかになると考えられる。
 したがって,本件文書に記載された情報は,個人利益侵害情報に当たると認められる。

(3)ア  これに対し,原告は,法5条1号後段の不開示情報(個人利益侵害情報)には,一定範囲の人に個人識別が可能な情報は含まれていないと主張するところ,一定の特定集団についてのみ個人識別が可能な情報が個人識別情報に当たらず,かつ,直ちに個人利益侵害情報にも該当しないことはそのとおりである。
 しかし,情報の性質や内容から一定の特定集団にのみ個人識別が可能であることによって,なお当該情報に含まれている個人の権利利益を侵害するおそれのある情報を個人利益侵害情報に該当しないと解すべき根拠はない。そして,前記のとおり,本件文書には被害学生の相談内容や,被疑教官がどのような行為を行ったのか等通常他人にみだりに知られたくない個人のプライバシーに属する情報が記載されているものであるから,当該情報に含まれているプライバシーの帰属主体(個人)を,一定の特定集団のみが識別できるとしても,このような情報が開示されることによって当該個人の権利利益を侵害するおそれがあることは否定できない。また,仮にその帰属主体(個人)が識別される可能性が存在しなくとも,このような人格的利益に直結する情報が当該個人の意思と無関係に開示されることに当該個人が不快の念を抱くことは自然なことであり,このような個人の感情は法的にも十分な配慮を要するものというべきであって,このような配慮を要する利益が侵害される可能性がある場合には,これを個人利益侵害情報に該当するものと解するのが相当である。

 また,原告は,開示による利益侵害の程度が軽微である場合にまで不開示にすることは,法の趣旨ではなく,法5条1号本文後段につき,開示により得られる利益と失われる利益とを比較衡量し,後者が前者を上回る場合に情報を非開示とすることができると解するべきである旨を主張している。
 しかし,法5条1号は,その本文において,個人識別可能情報及び個人利益侵害情報を原則不開示とした上で,同号但書(同号イないしハ)において,個人の利益を侵害せず不開示にする必要のないもの及び個人の利益を侵害しても開示することの公益が優越するため開示するものを例外的開示事項として列挙し,不開示情報から除外している。
 また,法7条が,法人文書に不開示情報が記録されている場合であっても,独立行政法人等は,公益上特に必要があると認めるときには,開示請求者に対し,当該法人文書を開示することができると定めていることに照らすと,不開示情報は,開示されないことの利益を保護するため,本来,開示されるべきではなく,例外的に,高度の行政的判断として,開示することの公益が不開示にすることの利益に優越する場合に,独立行政法人等の判断による裁量的開示が認められるものと考えられる。
 したがって,上記の例外的開示事項の場合又は裁量的開示の場合(なお,これらについては,開示により得られる公益と不開示により得られる利益とを衡量して判断されるものがある。)に当たるのでない限り,原告が主張するような利益衡量によって,本来,不開示とすべき個人識別情報又は個人利益侵害情報を開示すべきものと解することはできない。

(4)ア  そして,本件文書に記載された情報が法5条1号イないしハの除外事由(個人情報における例外的開示事由)に当たるかについて検討すると,まず,上記のような性格の同情報は,公領域情報(法5条1号イ)には当たらない。

 また,本件文書に記載された情報は,「人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,公にすることが必要」であるとは認めることができず,公益上の義務的開示情報(同号ロ)にも当たらない。
 この点,5条1号ロの公益上の義務的開示情報は,不開示により保護される利益と開示により保護される利益(「人の生命,健康,生活又は財産」の保護)とを比較衡量し,後者が前者に優越すると認められる場合に,これに当たると認められるものと解することができる。
 しかし,仮に,原告主張の利益(学校・教員全体に反省と再発防止の自覚を促すこと,ひいては,男女同権と人権に配慮した教育環境を実現すること,情報公開を通した教育機関の適切な運営をとおして,学生・保護者・社会一般からの信頼を確保することといった利益)を「人の生命,健康,生活又は財産」に含みうるものとして検討したとしても,本件文書に記載された情報は,上記のとおりの個人利益侵害情報として,当然に,法的保護の対象となるべきものであり,その事柄の性質に照らし,不開示とすべき要請は特に強いものということができる。他方で本件文書の開示ないし不開示と原告が主張するような利益(公益)の実現あるいは毀損との関連性は,少なくとも不明といわざるを得ないものである。
 したがって,本件文書に記載された情報が,人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,公にすることが必要であるとは認めることができない。

 さらに,本件文書に記載された情報は,公務員等情報(同号ハ)にも当たらない。
 この点,同情報は,独立行政法人である被告の職員である被疑教官又は調査委員会の委員(ただし,上記1(1)によれば,調査委員は必ずしも被告の教員に限られないようである。)の職務遂行の内容に係る情報が含まれている可能性がある。しかし,同号ハは,「当該個人が」公務員等である場合としており,本件のように,被害学生の個人に関する情報である場合にまで,開示すべき趣旨とするものとは解されないから,同情報は,公務員等情報には当たらないことになる。

(5)  以上によれば,本件文書に記載された情報は,法5条1号本文の個人利益侵害情報に該当し,かつ,同号イないしハの例外的開示事由には該当しないと認めることができる(なお,本件文書に記載された情報には,被害学生以外の者の個人利益侵害情報に該当する部分もあるが,この点は後述する。)。

 部分開示(6条)の要否

(1)  法6条1項の部分開示の要否

 この点,審査会答申書(甲6)には,本件文書に記載記載された情報は「全体として」権利利益侵害情報であって,不開示とすることが相当であり,部分開示を行うことができない旨の記載があるものの,それが,本件文書には,不開示情報以外に情報が存在しないとする趣旨か,不開示情報以外に情報が存在するが,両者を容易に区分することができないとする趣旨か,不開示情報を除いた部分に有意の情報が記録されていないとする趣旨かは必ずしも判然としない。

 しかし,上記1(2)のとおり,本件文書は,調査委員会が行った当事者及び第三者からの事情聴取等をとりまとめたものであること,4件の案件につき,おおむね①調査の契機となった事情,②調査経過,③被疑教官の主張,④調査委員会の見解等が記載されているものであることからすると,本件文書に記載された情報は,ほぼすべてが被害学生のプライバシーにかかわる事項であり,それ以外の情報とは容易に区分し難いものあるいはそれを除いた部分に有意の情報が記録されているとはいえないものであると考えられる。
 これらの点について,原告は,①調査の契機となった事情,②調査経過のうち客観的な情報(事情聴取の期日と概要),④調査委員会の見解等は,部分開示されなければならないと主張する。しかし,①調査の契機となった事情として考えられるのは,主として被害学生等の相談であり,また,それ以外の契機となった事情として,何らかの情報が記載されているとしても,それはやはり4件のセクシュアルハラスメント被害にまつわる事項であるから,いずれも被害学生等のプライバシーにかかわる不開示情報であると考えられる。また,②調査経過のうち,調査内容自体は,不開示情報そのものであり,また,調査の期日・態様に関する記載も,被害学生等のプライバシーにかかわる事項である可能性が否定できず,あるいは,調査内容に当たる記載と混然となっており,容易に区分することができないか,仮に区分し得たとしても,有意の情報が記録されているものではないと考えられる。さらに,④調査委員会の見解等は,不開示情報である調査内容を前提としているものであり(上記1(1)イ),それ自体,不開示とすべき情報(ないし不開示情報である調査内容と一体というべき情報) であると考えられる。

 また,本件文書には,その最後に,⑤調査委員の氏名が記載されているところ(上記1(2)カ),原告は,これは個人利益侵害情報ではなく,不開示とすべき情報との区分は容易であり,調査委員会の調査の適正・公正さを示す情報として意味を有するから,開示されなければならないと主張する。
 しかし,個人の氏名は,その個人が公務員等の場合であっても,個人に関する情報(個人識別情報)であり(5条1号),そして,公務員等であるからといって当然には例外的開示事由(同号ハ)には当たらない。すなわち,個人に関する情報のうち,公務員等の職務遂行に係る情報についての法の定めは上記のとおりであり(同号ハ),これは,法が,公務員等の職・氏名について,個人に関する情報に当たるという考え方を前提として,公務員等の職務遂行に係る情報のうち,(ア)当該公務員等の職と,(イ)当該公務員等の氏名とを区別して,(ア)については,例外的開示事項として規定をし(同号ハ),(イ)については,それが当該公務員等の私生活における個人識別のための基本情報たる性格を有しており,開示した場合に公務員等の私生活に影響を及ぼす可能性が低くないことから,当然には,開示すべき事項(例外的開示事項)とはしなかったものと考えられる。したがって,公務員等の氏名は,公領域情報(同号イ)の規定により,開示の有無を判断すべきものである。
 そして,被告の調査委員会の委員の氏名は,一般に公開されておらず,「法令の規定により又は慣行として公にされ,又は公にすることが予定されている情報」ではないから(弁論の全趣旨),公領域情報(同号イ)にも当たらない。
 したがって,調査委員の氏名は,被害学生の個人情報ではないものの,調査委員の個人識別情報であり,それ自体が不開示情報である。

 以上によれば,本件文書は,法6条1項により部分開示すべき場合には当たらない。

(2)  法6条2項の部分開示の要否
 法6条2項の部分開示の規定は,個人識別情報についてのものであるから,本件文書に記載された情報のうち,まず,(ア)被害学生の個人利益侵害情報には適用されず,また,(イ)調査委員の氏名は,個人識別情報であるものの,その記載を除くと,開示すべき部分は残らないから,結局,法6条2項の部分開示の規定を適用する余地はないことになる。

 裁量的開示(7条)の要否

(1)  上記のとおり,不開示情報は,開示されないことの利益を保護するため,本来,開示されるべきではなく,法7条は,例外的に,「独立行政法人等」が「公益上特に必要があると認めるとき」に,すなわち,高度の行政的判断として,開示することの公益が不開示にすることの利益に優越する場合に,独立行政法人等の判断による裁量的開示を認めたものと解することができる。

(2)  そして,上記のとおり,本件文書には,被害学生の相談内容や,被疑教官がどのような行為を行ったのか(被害学生がどのような行為を受けたのか)などの調査内容が記載されており,これは,他人にみだりに知られたくない個人のプライバシーに属する情報であって,当然に,法的保護の対象となるべきものであり,その事柄の性質に照らし,不開示とすべき要請は特に強いものということができる。また,調査委員会は,被害学生等に対し,調査ないし同人からの事情聴取により得た情報は配慮して取り扱い,同人が望まない限り,秘密は公開しない旨を前提として,被害学生等から事情聴取を行ったものと考えられる(なお,本件文書に,被害学生が,上記情報を公開してもかまわない旨述べたといった記載があることは窺えない。)。さらに,本件文書を開示すれば,たとえ,当該被害学生を識別することができないとしても,その同級生等の一定範囲の者には当該被害学生を識別することが可能であると見られ,これらの者に上記の他人にみだりに知られたくない個人のプライバシーに属する情報が明らかになると考えられる。
 他方,原告は,本件文書を開示することの公益として,学校・教員全体に反省と再発防止の自覚を促すこと,ひいては,男女同権と人権に配慮した教育環境を実現すること,情報公開を通した教育機関の適切な運営をとおして,学生・保護者・社会一般からの信頼を確保することといった利益を主張しており,その主張は,同条による裁量的開示を求めている趣旨をも含んでいると解される。
 この点,人権が尊重されねばならないこと,いわゆるセクシュアル・ハラスメント事件の発生が防止されるべきこと,男女共同参画社会の実現に向けて,国,地方公共団体及び国民がその形成に向けた責務を果たすこと(男女共同参画社会基本法参照)は,社会の要請であるといえる。また,独立行政法人等の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにすることは,上記のとおり,法の目的でもある。
 しかし,本件文書の開示によって,このような利益・要請に資する部分がないとは思われないものの,上記利益の実現に,本件文書を開示し,被疑教官がどのような行為を行ったのか(被害学生がどのような行為を受けたのか)などの調査内容をつまびらかにすることが特に必要であると評価しうるとは思われず,他方で,上記のとおり,本件文書を開示すれば,被害学生のプライバシーを侵害するおそれがあるのであるから,少なくとも,本件文書を不開示とする利益に優越する,開示による利益の存在が明白であるとは,認めることができない。

(3)  したがって,独立行政法人である被告が,本件文書を開示しなかったことに,裁量の逸脱・濫用があると認めることはできない。

第4  結論
 よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
 

 長崎地方裁判所民事部