平成22年1月18日判決言渡
保有個人情報不開示決定取消等請求事件
 
           判               決
 
           主               文
1 法務大臣が平成20年6月27日付けで原告に対してした原告の平成13年度の旧司法験第二次試験論文式試験の科目別得点を開示しない旨の決定を取り消す。
2 法務大臣は原告に対し原告の平成13年度の旧司法試験第二次試験論文式試験の科目別得点を開示せよ。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
          事実及び理由


第1  請求の趣旨
 主文同旨

第2  事案の概要
 本件は,平成13年度の司法試験第二次試験論文式試験の受験者である原告が,法務大臣に対し,行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(以下「法」という。) に基づいて,法務省が保有している原告を本人とする保有個人情報である平成13年度の司法試験第二次試験論文式試験の科目別得点(以下「本件個人情報」という。) の開示を請求したところ,本件個人情報を開示すれば司法試験事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるとして,本件個人情報を開示しない旨の決定(以下「本件不開示決定」という。) を受けたため,本件不開示決定の取消し及び本件個人情報の開示の義務付け(行政事件訴訟法3条6項2号,37条の3)を求めた事案である。
 なお,平成17年12月1日,司法試験法及び裁判所法の一部を改正する法律(平成14年法律第138号。以下「改正法」という。)2条が施行され,司法試験制度が大幅に変更されたが,本件個人情報は,同条の規定による改正前の制度である平成13年度司法試験に係るものである(以下,上記改正前の司法試験を「旧司法試験」,改正後の司法試験を「新司法試験」という。)。

 1 法令の定め

(1)法の定義(法2条)
 個人情報(2項)
 生存する個人に関する情報であって,当該情報に含まれる氏名,生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるものをいう。

 保有個人情報(3項)
 行政機関の職員が職務上作成し,又は取得した個人情報であって,当該行政機関の職員が組織的に利用するものとして,当該行政機関が保有しているものをいう。ただし,行政文書(行政機関の保有する情報の公開に関する法律第2条第2項に規定する行政文書をいう。以下同じ。)に記録されているものに限る。

 個人情報ファイル(4項)
 保有個人情報を含む情報の集合物であって,次に掲げるものをいう。

(ア) 1号
 一定の事務の目的を達成するために特定の保有個人情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもの
(イ)  2号
 前号に掲げるもののほか,一定の事務の目的を達成するために氏名,生年月日,その他の記述等により特定の保有個人情報を容易に検索することができるように体系的に構成したもの
 本人(5項)
 個人情報によって識別される特定の個人をいう。
(2)個人情報ファイル
 個人情報ファイルの保有等に関する事前通知(10条)
(ア)  1項
 行政機関が個人情報フアイルを保有しようとするときは,当該行政機関の長は,あらかじめ,総務大臣に対し,次に掲げる事項を通知しなければならない。通知した事項を変更しようとするときも,同様とする。
 各号省略
(イ)  2項
 前項の規定は,次に掲げる個人情報ファイルについては,適用しない。
a 1号ないし5号
 省略
b 6号
 一年以内に消去することとなる記録情報のみを記録する個人情報ファイル
C 7号ないし11号
 省略
(ウ)  3項
 行政機関の長は,第1項に規定する事項を通知した個人情報ファイルについて,当該行政機関がその保有をやめたときは,遅滞なく,総務大臣に対しその旨を通知しなければならない。
 個人情報ファイル薄の作成及び公表(11条)
(ア)  1項
 行政機関の長は,政令で定めるところにより,当該行政機関が保有している個人情報ファイルについて,それぞれ前条第1項第1号から第6号まで,第8号及び第9号に掲げる事項その他政令で定める事項を記載した帳簿を作成し,公表しなければならない。
(イ)  2項
 前項の規定は,次に掲げる個人情報ファイルについては,適用しない。
a 1号
 前条第2項第1号から第10号までに掲げる個人情報ファイル
b 2号以下
 省略
(3)開示
 開示請求権(12条1項)
 何人も,この法律の定めるところにより,行政機関の長に対し,当該行政機関の保有する自己を本人とする保有個人情報の開示を請求することができる。
 保有個人情報の開示義務(14条)
 行政機関の長は,開示請求があったときは,開示請求に係る保有個人情報に次の各号に掲げる情報(以下「不開示情報」という。)のいずれかが含まれている場合を除き,開示請求者に対し,当該保有個人情報を開示しなければならない。
(ア)  1号ないし6号
 省略
(イ)  7号
 国の機関,独立行政法人等,地方公共団体又は地方独立行政法人が行う事務又は事業に関する情報であって,開示することにより,次に掲げるおそれその他当該事務又は事業の性質上,当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの
 イないしホ 省略
 開示請求に対する措置(18条2項)
 行政機関の長は,開示請求に係る保有個人情報の全部を開示しないとき(前条の規定により開示請求を拒否するとき,及び開示請求に係る保有個人情報を保有していないときを含む。)は,開示をしない旨の決定をし,開示請求者に対し,その旨を書面により通知しなければならない。
(4)行政文書の保管に関する定め(行政機関の保有する情報の公開に関する法律施行令16条)
 行政機関の保有する情報の公開に関する法律第22条第2項の行政文書の管理に関する定めは,次に掲げる要件を満たすものでなければならない。
 1号ないし5号
 省略
 6号
 次に掲げる行政文書については,前号の保存期間の満了する日後においても,その区分に応じてそれぞれ次に定める期間が経過する日までの間保存期間を延長することとするものであること。
(ア)イないしハ
 省略
(イ)
 開示請求があったもの 同法第9条各項の決定(当該行政文書を開示する旨の決定又は開示しない旨の決定)の日の翌日から起算して一年間
2 前提事実(証拠を掲記しない事実は争いのない事実である。)
(1)旧司法試験制度の概要
 旧司法試験の目的
 旧司法試験は,裁判官,検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定することを目的とする国家試験であり(改正法による改正前の司法試験法(以下「旧司法試験法」という。)1条1項),司法研修所における将来の法曹としての教育を受ける際に要求される一定の学識及びその応用能力を有するか否かを判定するための試験である。
 旧司法試験の実施機関
 平成16年1月1日,改正法1条が施行されるまでは,司法試験管理委員会が旧司法試験に関する事務を担当していた(旧司法試験法12条ないし12条の3)。
 試験問題の作成,試験の採点及び合格者の判定は,司法試験管理委員会の推薦に基づき法務大臣が任命する司法試験考査委員(以下「考査委員」という。)が行うこととされ(同法15条1項),旧司法試験の合格者は,考査委員の合議によって判定される(同法8条1項)。
 旧司法試験の概要

(ア)  旧司法試験
 旧司法試験は,第一次試験と第二次試験とに分かれ,第一次試験は一般教養科目について,第二次試験は法律科目について行われ,第一次試験に合格した者及び同試験の免除者(大学において一般教養課程を修了した者等)が第二次試験を受けることができる(同法2条ないし5条)。
(イ)  第二次試験
 旧司法試験の第二次試験は,短答式試験,論文式試験(以下「旧論文式試験」という。),口述試験とに分かれ,短答式試験に合格した者が旧論文式試験を,旧論文式試験に合格した者が口述試験を,それぞれ受験することができ,口述試験に合格した者が最終合格者となる(同法5条1項,6条1項ないし3項)。
(ウ)  旧論文式試験
 a 旧論文式試験は,平成12年度から現在に至るまで,憲法,民法,商法,刑法,民事訴訟法及び刑事訴訟法の6科目について行われ,試験時間は各科目2時間ずつで,1科目当たり2問が出題される。
 b 採点方法
 旧論文式試験の1科目の得点は1,2問の平均点とすることとされ,1問の採点は40点を満点とし,白紙答案は0点となる。各答案の採点方針は,優秀と認められる答案については,その内容に応じ30点から40点(ただし,その上限はおおむね35点程度とし,抜群に優れた答案については更に若干の加点を加える。),良好な水準に達していると認められる答案については,その内容に応じ25点から29点,一応の水準に達していると認められる答案については,その内容に応じ20点から24点,上記以外の答案についてはその内容に応じ19点以下(ただし,特に不良であると認められる答案については,9点以下。)とし,採点に当たっては,知識の有無だけにこだわることなく,理解力・推理力・判断力・論理的思考力・説得力・文章作成能力などを総合的に評価することにも努めるものとされている。
 採点に当たってのおおまかな得点分布の目安については,30点ないし40点が5パーセント程度,25点ないし29点が30パーセント程度,20点ないし24点が40パーセント程度,19点以下が25パーセント程度が一応の目安とされているが,考査委員の採点を拘束するものではない。
 同じ問題に対する多数の答案について複数の考査委員が分担して採点するため,旧論文式試験の答案については,標準偏差を算出し,点数の調整を行う(以下,考査委員が採点した得点を「素点」,上記調整後の得点を「調整後得点」という。)。
 合否は,原則として6科目の得点の合計点(以下「総合得点」という。)で決定するが,得点が10点に満たない科目がある場合は,それだけで不合格とされる。(甲7,乙1,2)
 成績通知等
 旧論文式試験については,平成14年1月23日,不合格者のうち成績の通知を希望する者に対して,①総合得点,②成績(以下「総合順位」という。),③成績区分(以下「総合順位ランク」という。)及び④科目別成績区分(以下「科目別順位ランク」という。)を通知することになり,その後,平成16年2月23日,合格者のうち成績の通知を希望する者に対しても,同様の通知をすることになった(乙5)。
 平成13年度の旧論文式試験の受験者は6596名であり(乙5),そのうち1024名が旧論文式試験に合格した(乙8)。
 平成13年度の旧論文式試験における科目別順位ランク及び総合順位ランクは,1位から2000位までをA,2001位から2500位までをB,2501位から3000位までをC,3001位から3500位までをD,3501位から4000位までをE,4001位から4500位までをF,4501位以下をGとしたものである(乙5,弁論の全趣旨)。
(2)本件訴えの経緯
 原告は,平成13年度の旧論文式試験を受験したが,不合格となった。原告の同試験における科目別順位ランクは,憲法がB,民法がG,商法がG,刑法がC,民事訴訟法がC,刑事訴訟法がFであり,総合順位ランクは,Fであった(甲5)。
 その後,原告は,平成17年度の旧司法試験に最終合格し,弁護士となった。
 その間及びその後,原告は,原告に係る平成13年度の旧論文式試験の科目別得点(本件個人情報)の開示請求等を繰り返した。
 原告は,平成20年6月4日,法務大臣に対し,法13条1項に基づき,本件個人情報の開示を請求した(甲1)。

 法務大臣は,平成20年6月27日,本件個人情報について,法14条7号柱書に該当するとして,全部を不開示とする旨の本件不開示決定をし,原告に対し,同日付け不開示決定書を送付した(甲2)。

 原告は,平成20年10月15日,本件不開示決定の取消し及び本件個人情報の開示の義務付けを求めて,本件訴えを提起した(顕著な事実)。
(3) 法務省の旧論文式試験の科目別得点の保有状況
 平成13年当時,司法試験管理委員会は,毎年度,全受験者について旧論文式試験の科目別得点を取得し,保有していた。

 平成16年1月1日,司法試験管理委員会が司法試験委員会に改組された以降は,旧論文式試験の科目別得点は,法務省行政文書管理規程により,その保存期間が事務処理上必要な1年未満の期間となる文書に該当するとして,毎年度,旧論文式試験の採点後,及落判定会議を行う前に取得し,翌年の試験の準備の際に廃棄することとなった。
 また,改組の際,司法試験委員会は,司法試験管理委員会がそれまで保有していた旧論文式試験の科目別得点のうち,本件個人情報以外のものについては,個人情報ファイルの記録項目から削除するとともに,保存期間が満了したとして廃棄した(弁論の全趣旨)。
 本件個人情報については,保存期間が満了する前に原告が開示請求をしたため,行政機関の保有する情報の公開に関する法律施行令16条1項6号に基づき,保存期間を延長して保存を継続した。
 その後も,延長後の保存期間が満了する前に,原告から繰り返し本件個人情報の開示請求等があり,その都度,本件個人情報の保存期間が延長されたため,法務省は現在も本件個人情報を保有している。
 よって,法務省が現在保有している旧論文式試験の科目別得点は,①平成13年度の本件個人情報1件のみか,②本件個人情報及び最新の年度の全受験者のもののみである(弁論の全趣旨)。

 旧論文式試験の科目別得点が受験者に開示されたことはない(弁論の全趣旨)。
3 争点及びこれに関する当事者の主張
 本件の争点は,本件個人情報が法14条7号柱書(開示することにより,当該事務の性質上,当該事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの)に該当するか否かである。


 (被告)
 (1) 答案のパターン化による旧司法試験の選抜機能の低下
 旧論文式試験には正解がないこと
 旧論文式試験は,問題の中から受験者が自ら論点を抽出し,判例及び学説の対立にも留意しながら,論理を展開し,ひとつの結論に導いていく思考及び論理展開能力並びにその過程が問われる論述形式による解答であるため,正解が一義的に決まっているものではない。受験者は,その有する学識のみならず,推理力・判断力・論理的思考力・文章作成能力等を駆使して答案を作成し,考査委員は,その答案を通して,その受験者が法曹になろうとする者として必要な能力を備えているかどうかを総合的に判断し,採点する。そのため,考査委員には,知識の有無だけではなく,理解力・推理力・判断力・論理的思考力・説得力・文章作成能力等を総合的に評価するように努めることが要請され(乙1),採点は,各考査委員の裁量に委ねられている。
 このように,旧論文式試験は,判断力や論理的思考力を問う試験であるから,模範解答や模範答案といういわゆる正解はあり得ない。
 答案のパターン化
 しかしながら,受験者らに,いわゆる司法試験予備校等が用意した答案例をあらかじめ丸暗記する等の記憶中心の受験勉強をする傾向が強まり,実際にも,自分の頭で考えずに,丸暗記した答案表現例を再現しただけではないかと思われる画一的答案が多く見られ,受験者が自らの理解力や思考力等に基づいて答案を作成しているのか考査委員が判定に苦しむ事態が生じている(乙3)。
 このような状況下で,旧論文式試験の科目別得点が開示されれば,司法試験予備校等を介して,高得点とされた再現答案が模範答案との扱いを受けて広く流布し,受験者らは,ますます高得点を得たとされる答案の書きぶり,論述の運び等の外形を模範することに力を注ぐようになり,その結果として,答案のパターン化,画一化に一層の拍車がかかることは明らかであって,受験者の理解力・推理力・判断力・論理的思考力・説得力・文章作成能力等を総合的に評価するという旧論文式試験の選抜機能が一層低下することは明らかである。
 現に,司法試験予備校は,試験終了後,出題された問題の模範答案を自ら作成し,あるいは受験者の再現答案を募集して,これに,A答案等のランクを付けて,当該予備校が発刊する受験雑誌に掲載するなどしている(乙4の1ないし4)。
 旧論文式試験の科目別得点が開示されることとなれば,「高得点の答案の分析」等として,これまで以上にもっともらしい答案の分析をすることが可能となり,受験者がそれらの情報に依存する傾向が更に強まり,旧論文式試験の選抜機能が一層危殆化することは明らかである。そして,そのような事態に立ち至れば,法曹としての資質の有無を判定するという旧司法試験の機能が果たされず,また,国民一般の旧司法試験に対する信頼感も失われることになりかねない。
 このように,旧論文式試験の科目別得点を開示すれば,試験としての選抜機能が危殆化し,また,旧司法試験に対する国民の信頼を損ねるおそれがあり,旧司法試験に関する事務の適正な遂行に支障を及ぼすことは明らかであるから,本件個人情報は,法14条7号柱書に該当する。
(2)  平成13年度の旧論文式試験の科目別得点の保有件数が本件個人情報1件だけであっても上記の点は変わらないこと
 原告は,原告に対しては既に平成13年度の旧論文式試験の科目別順位ランクが通知されているところ,本件個人情報を他の受験者の科目別得点と比較できない以上,本件個人情報は科目別順位ランクと同質の情報に過ぎないと主張するが,各ランクに500人ないし2200人程度が属している科目別順位ランクと,旧論文式試験の成績を個別具体的に点数で表した科目別得点とは,その具体性,正確性,信頼性において質的に異なることは明らかである。
 このように,旧論文式試験の科目別得点は,科目別順位ランクよりも格段に精度の高い信頼性のある情報であるから,1件でも開示されれば,司法試験予備校等は、それが高得点であれば,その者の再現答案に基づき,模範答案を作成することが可能であるし,低得点であれば,低得点となった原因を分析し,他の受験者らによる再現答案と比較するなどして優劣をつけて模範答案を作成し,あるいは,「書いてはいけない論述」の類を公表することも十分にあり得る。
 他の受験者の答案との比較
 上記アのとおり,旧論文式試験の科目別得点は,科目別順位ランクよりも格段に精度の高い信頼性のある情報であるから,1件でも開示されれば,その情報の価値の高さに着目した司法試験予備校等が同一の科目別順位ランク内の再現答案を集め,具体的に点数が明らかになっている受験者の再現答案を基準にして優劣を付けることによって,科目別のおおまかな順位を推定し,より質の高い模範答案を作成し,あるいは,書いてはいけない論述の例を具体的に示すことが可能になる。

 同一受験者の異なる科目の答案との比較
 また,一人の受験者の科目別得点であっても,各科目の点数にバラつきがある場合には,高得点の答案と低得点の答案を比較するなどにより,どのような理由付けや論理の運びをすれば,高得点との評価を受けるかを分析・検討することが可能になる。

 そうすると,旧論文式試験の科目別得点が開示されることになれば,その保有する情報の件数の多寡にかかわらず,受験者らは,ますます高得点を得たとされる答案,あるいは,このように改善を図れば高得点を得られるであろうとされる答案の書きぶり等を模範することに力を注ぎ,その結果として,答案のパターン化,画一化に拍車がかかることは明らかであって,旧司法試験の事務の適正な遂行に支障が及ぶおそれはあるというべきである。

 なお,本件個人情報は平成13年度のものであり,現時点からみると古くなっているが,旧司法試験の問題の多くは,一つの事項若しくは比較的単純な事例を挙げて論述を求めるものであることからすると,重要な論点については繰り返し出題される可能性がある。そうすると,平成13年度の情報であるからといって,予備校等が模範答案を作成し,あるいは書いてはいけない論述の例を具体的に示すといったおそれが消滅するわけではない。

(3)本件個人情報のみを開示すると受験対策上他の受験者に対し不公平であること
 仮に,保有される情報の件数が少ないことを理由として本件個人情報が開示されることになれば,開示の可否は,当該年度は偶然司法試験委員会に保有されていた旧論文式試験の科目別得点の件数が少なかったか否かという偶然の事情に基づくことになるから,受験者の間で偶然情報の開示を受けた者のみが,これが不合格者であれば,具体的な科目別得点を知ることができる結果,他の受験者よりも有利に受験対策を行うことができることになるが,開示を受けられた受験者が有利になる合理的な理由は全くないのであるから,開示の結果,旧司法試験の適正な実施に高度に要求される平等,公平が害されるおそれがある。
 試験の実施に当たっては,試験制度の本質的要請として,受験者に対して公平な取扱いをすることは絶対的な要請であり,取り分け試験に関する情報は,受験者が公平に入手可能であるべきであるところ,ある受験者に対してだけ試験の得点が開示されることになれば,その他の受験者との関係で不公平な取扱いをすることになり,そのこと自体が,適正な試験の遂行に対する支障となるのである。
 それにもかかわらず,偶然の事情により自己の旧論文式試験の科目別得点の開示を受けて他よりも有利に受験対策をできることになれば,受験者間に不平等や不公平が生じることになり,旧司法試験制度に対する信頼も損ねる結果になるのであって,そうした結果を生むこと自体,旧司法試験の事務の適正な遂行に対する支障に当たるというべきである。

(4)他の受験者に対する説明の困難

 苦情対応
 仮に本件個人情報のみを開示した場合,不満,不信に思った多数の受験者が,司法試験委員会に対し,なぜ自分の得点は不開示とされるのか,不公平な取扱いをするのはなぜか,どのような手段を講じれば,通常の保存期間を超えて自己の旧論文式試験の科目別得点を保有してもらえるのかなど,旧論文式試験の科目別得点の取得,保存,廃棄という旧司法試験に関する事務への質問,要求,不満を申し出ることが予想される。
 しかし,情報の保有件数の多寡という偶然の事情により,開示の可否が異なることは,不合理な取扱いというべきであるから,こうした不合理な取扱いに対する質問や苦情等に対し,すべてを一義的かつ合理的に説明し,受験者の納得を得ることは困難である。
 そうすると,司法試験委員会は,本来の業務以外にこうした質問や要求に対する対応に今まで以上に時間を割かれることになる。
 そのうえ,事柄の性質上,十分な時間を割いたからといって,受験者が納得する回答ができるものでもなく,受験者の間に,旧司法試験に関する事務の公平性,公正性について疑念を抱かれるおそれがあり,そうなれば,旧司法試験に対する信頼を確保できなくなることは明らかである。
 原告は,仮に受験者が不公平感を抱いたとしても,旧司法試験に関する情報開示のあり方という試験制度の外部的事情に対する不公平感に過ぎないと主張するが,旧論文式試験の科目別得点が開示される受験者とそうでない受験者が生じる結果として,偶然の事情により旧司法試験の受験対策に不合理な差がもたらされ,受験者間に不平等や不公平が生じるのであり,こうした不平等や不公平は,旧司法試験の制度に対する信頼維持に関わるものであるし,旧論文式試験の科目別得点の取得,保有,廃棄といった事務は,採点や合格者の選抜の不可欠の前提となっている点で,旧司法試験を運営する司法試験管理委員会(司法試験委員会)の行う重要な事務のひとつであり,その位置づけは外部的事情ではなく,受験者は旧司法試験の制度自体,特に採点の公平さに対して疑問を抱くことになるのである。

 ホームページ上の案内
 試験の成績は,多くの受験者が関心を持ち知りたいと思うことであるが,個人情報のうちどのような情報が開示されるかは法律からは一義的には明らかでなく,たまたま開示請求を行った特定の者のみが自らの成績を知り得るというのでは妥当でないから,どのような成績が開示されるか公平に知らせる必要がある。そこで,旧司法試験の成績に関する個人情報の開示手続については,その書式も添付してホームページで案内している(乙9)。
 しかるに,本件個人情報のみが開示された場合,どのような条件なら旧論文式試験の科目別得点が開示されるのか,その条件を全受験者が知り得る状況におく必要があるが,そのような条件を示すことはできず,結果として,一律の運用ができなくなり,受験者に対し不公平感を抱かせることとなる。

(5)成績管理の複雑化
 開示請求を繰り返して保存期間を延長することにより,成績の開示を受けられる可能性があるとすれば,それを知った多くの受験者が成績の開示請求を繰り直し行うおそれがあり,個別に保存期間の異なる個々の成績情報を管理しなければならなくなるが,成績の管理が複雑化することにより,旧司法試験の実施事務に支障が生じるおそれがある。

(6)なお,原告は,平成16年度以降の旧論文式試験の科目別得点はテンポラリファイルであって,法の開示対象となる「保有個人情報」に当たらず,開示請求の対象とならないから,被告の主張する上記のおそれはない旨主張するが,平成15年度以前と同様,平成16度以降の旧論文式試験の科目別得点も,テンポラリファイルではない。

(7)予備試験の事務の適正な遂行に支障が生じるおそれ
 旧論文式試験は平成22年度で終了するものの,平成23年度からは,新司法試験の受験資格である法科大学院課程の修了者と同等の学識及びその応用能力並びに法律に関する実務の基礎的素養を有するかどうかを判定する司法試験予備試験(以下「予備試験」という。)が実施されることとなっている。
 予備試験は,司法試験委員会が行う点,短答式・論文式・口述式の三段階の試験が行われる点及び旧論文式試験の科目がいずれも予備試験の論文式試験の科目となっている点で,旧司法試験と類似性がある(司法試験法4条,5条)。
 このことに照らせば,本件個人情報が開示されれば,旧司法試験が終了した後であっても,予備試験の論文式試験の能力判定に支障を来すおそれがあるのであり,予備試験の事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれもあるというべきである。

(8)よって,本件個人情報の開示は,旧司法試験及び予備試験に関する事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるというべきである。

 
(原告)

(1)答案のパターン化による旧司法試験の選抜機能の低下ついて

 確かに,旧論文式試験の科目別得点を多数開示すれば,司法試験予備校が,受験者が作成する再現答案と当該受験者の科目別得点を結びつけて,採点基準を分析したうえで,答案作成マニュアルを作成するなどして,答案のパターン化に拍車がかおることも予想される。
 しかし,法務省が保有する旧論文式試験の科目別得点は,平成13年度については本件個人情報だけであるから,不合格者1名について開示したからといって,司法試験予備校が答案作成マニュアルを作成することは不可能である。

 他の受験者の旧論文式試験の科目別得点と比較できないこと
 法務省は,旧論文式試験の受験者に対し,科目別順位ランクを通知しているところ,司法試験予備校は,この科目別順位ランクの通知を利用し,受験者が作成する再現答案と当該受験者の科目別順位ランクを結びつけて,採点基準を分析しようとしている。
 本件個人情報が開示されたとしても,平成13年度の旧論文式試験の他の受験者の得点はもはや存在しないため,得点を比較することができないから,開示された原告の科目別得点が,既に原告に通知されている科目別順位ランクの中で上の方になるのか下の方になるのかまでは判明しない。
 よって,司法試験予備校が,現状以上に平成13年度論文式試験の採点基準を分析しやすくなることはなく,現状以上に高得点の答案が模範されたり,書いてはいけない論述の類が分析されることもないから,本件個人情報が開示されても,旧司法試験の事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれはない。

 同一受験者の異なる科目の各科目別得点を比較することもできないこと
 被告は,一人の科目別得点であっても,各科目の点数にバラつきがあれば,高得点の答案と低得点の答案を比較して分析が可能になる旨主張するが,司法試験予備校は,同一科目の答案を複数集め,ランクに応じて序列化し,模範答案や採点基準を把握しようとしているのであって(乙4の1ないし4),異なる科目の答案のランク(順位)を比較しようとはしていないのであるから,被告の主張には前提に誤りがある。
 また,既に科目別順位ランクは通知されており,高得点の答案と低得点の答案の比較は現在でも可能である。
 同じランクに複数の科目が属することがあるとしても,科目別順位ランクは人数を基準としたランクであるから,例えば,憲法では22.5点ないし23.5点の答案,民法では23.0点ないし24.0点の答案,刑法では23.5点ないし24.5点の答案が,同じBランクに属することも考えられる。この場合は,同じ23.5点が,Bランクの中で,憲法であれば上位,民法であれば中位,刑法であれば下位に位置するのであるから,異なる科目間で点数を単純に比較しても,答案の優劣が明らかになるわけではない。
 原告の場合は,刑法及び民事訴訟法がいずれもCランクと通知されているところ,仮に刑法が22点,民事訴訟法が22.5点と開示されれば,一見すると,民事訴訟法の方が合格に近いという情報が得られそうであるが,各科目について1点の中に何名いるかが不明であるから,順位を見ると,刑法の方が合格に近いということもあり得るのである。
 そうすると,1名の受験者のものである限り,科目別得点が,試験対策上科目別順位ランクよりも有益な情報であるとはいえない(旧司法試験は,一定の点数に達すれば合格するという試験ではなく,合格者の人数を予め概数で決定している試験であるから,合格に近いという意味では,点数よりも順位ランクの方がより重要である。)。
(2)本件個人情報のみ開示しても他の受験者に対し不公平とはならないこと
 被告は,保有する情報の件数が少ないことを理由として本件個人情報を開示すると,開示を受けた者が,開示を受けられなかった他の受験者よりも有利に受験対策を立てられ不公平であると主張するが,上記(1)に照らせば本件個人情報が開示されたとしても原告がこれまで以上に有利な受験対策を立てることはできないし,そもそも原告は既に旧司法試験に最終合格しているから受験対策を立てる必要はない。

(3)他の受験者に対する説明が容易であること
 被告は,受験者から苦情が予想される旨主張するが,仮に受験者が被告の主張するとおりの不公平感を抱いたとしても,それは,客観的には不公平でないものを誤解して主観的に不公平と感じているに過ぎないし,旧司法試験に関する情報開示のあり方という試験制度の外部的事情に対する不公平感に過ぎず,旧司法試験の問題の作成方法,採点方法,合格者の選抜方法といった試験制度の本質的部分に対する不公平感が生じることはない。
 仮に,およそ受験者が抱く主観的不公平感を理由に不開示とすべきとすれば,たとえば,問題作成及び採点を行う考査委員が大学教授である場合は,当該大学の在籍者が受験に有利との不公平感を抱きかねないので,考査委員の氏名は不開示にすべきであるとか,およそあらゆる情報が不開示になってしまうのであって,開示を原則とした法14条柱書の趣旨を没却することになるから,主観的不公平感は,その誤解を解くことが極めて困難な例外的場合にしか不開示理由にはならないと考えるべきである。本件では,法務省は,本件判決の判示を受験者に示して説明することにより,受験者の抱く誤解を容易に解くことができるのであり,負担は小さい。

(4)成績管理の複雑化
 開示請求等がなされないままに保存期間を経過した成績のデータを削除すればいいだけであり,成績の管理が複雑化することはない。保有個人情報の開示請求を制度として認めた以上,この程度の負担は甘受すべきである。
 また,成績管理が複雑化するとしても,考査委員以外の法務省職員の負担が増大するに過ぎず,考査委員の負担が増大するわけではないから,出題・採点・合否決定といった旧司法試験の本質的部分に影響は生じない。

(5)よって,本件個人情報は法14条7号柱書に該当しない。

(6)本件個人情報以外の旧論文式試験の科目別得点の開示について

 なお,被告は,本件個人情報を開示すると,当然に法務省が保有する旧論文式試験の科目別得点を全受験者に対し開示せざるを得なくなると認識しているようであるが,誤りである。
 最新の年度の旧論文式試験の科目別得点は,今のところ全受験者について保存されているのであるから,全体として不開示とならざるを得ないのであり,本件個人情報とは対応を異にするのが相当である。

 テンポラリファイル
 法による開示請求の対象となる「保有個人情報」は,行政機関の保有する情報の公開に関する法律2条2項で定義する「行政文書」に該当するものであることが前提である(法2条3項但書)。そして,電磁的記録も「行政文書」には該当し得るが,ハードディスク上に一時的に生成されるテンポラリファイル等は行政文書に該当しないと解すべきである(甲6)。
 これを本件についてみると,法務省が保有する旧論文式試験の科目別得点は素点ではなく調整後得点であるところ,調整後得点は紙媒体ではなく電磁的記録として存在するに過ぎない。
 そして,平成15年度以前は,旧論文式試験の科目別得点は,旧司法試験第二次試験ファイルに登録する取扱いであったのが,平成16年度以降は,登録しない取扱いに変更された(甲3の1,2)。そうすると,平成15年度以前の旧論文式試験の科目別得点は,旧司法試験第二次試験ファイルに登録されていたから,テンポラリファイルではないのに対し,平成16年度以降の旧論文式試験の科目別得点は,総合得点を算出するために,便宜上ハードディスク上に一時的に生成されたファイル,すなわちテンポラリファイルとして存在しているに過ぎないことになる。
 このように,平成16年度以降の旧論文式試験の科目別得点はテンポラリファイルであるから,法の開示対象となる「保有個人情報」に該当せず,開示の必要はない。

第3  当裁判所の判断

1 証拠(乙3,4の1ないし4)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)平成11年11月から平成12年1月にかけて,司法試験管理委員会の担当者が考査委員13名から意見聴取したところ,旧論文式試験の答案について,以下のとおりの意見が寄せられた。
 表面的,画一的,金太郎飴的答案が多い。

 同じような表現のマニュアル化した答案が非常に多い。

 答案がパターン化しており,それも同じ間違いをしている答案が多い。

 フレーズや文章の運びが同じで,総じて「落ちない答案」が多い。

 判で押したような予備校で習ったブロックの組合せを書いている答案ばかりである。

 論理矛盾を起こしていることを気づいていない答案や,論点が違っても平気で違うことを書いている答案が多い。

 基礎から積み上げて勉強していく方式ではなく,論点についての解答を覚えているという感じである。

 自分の頭で考えず,逃げる答案が多い。

 掘り下げが浅く,理由づけのない答案が多い。

 4,5年前の答案も金太郎飴的であったが,その中にもよくできる答案や自分の頭で考える答案があった。しかし,最近では,極端にそのような答案が少なくなった。

 文章は毎年下手になってきている。国語力が低下している。

(2)司法試験予備校等による旧論文式試験の受験者の再現答案の分析

 平成17年度ないし平成20年度の旧司法試験は,各年7月に旧論文式試験が,各年10月に口述試験が,各年11月に最終合格者の発表が,それぞれ行われた(公知の事実)。

 株式会社法学書院は,平成17年9月1日,月刊誌「受験新報」を発行し,「平成17年度司試論文式試験 実力受験生はこう書いた!」と題し,平成17年度旧論文式試験の①問題文,②合格の可能性が高いと考えられる受験者2名の再現答案,③上記受験者のコメント④受験指導に携わっている弁護士による上記答案の評価を掲載した(乙4の3)。

 株式会社法学書院は,平成18年9月1日,月刊誌「受験新報」を発行し,「平成18年度旧司法試験論文式試験 再現答案の分析」と題し,平成18年度旧論文式試験の①問題文,②各科目につき優秀と思われる再現答案1通ずつ,③上記答案の骨子をまとめたもの,④受験指導に携わっている中央大学真法会のスタッフによる上記答案の評価を掲載した(乙4の4)。

 辰巳法律研究所は,平成19年11月20日,月刊誌「HiLawyer」を発行し,「平成19年度旧司法試験論文本試験合格者答案ファイル」と題し,平成19年度旧論文式試験の①問題文,②合格者3名の再現答案,③上記再現答案の論点毎の論述を比較分析した表,④上記3名の総合得点,総合順位及び科目別順位ランクを掲載した(乙4の1)。

 辰巳法律研究所は,平成20年9月20日,月刊誌「HiLawyer」を発行し,「平成20年度旧司法試験論文式試験特集」と題し,平成20年度旧論文式試験の①問題文,②想定される論点,③推測される出題意図,④参考となると思われる学者等の文献,⑤受験者1名の再現答案,⑥上記受験者のコメントを掲載し,⑦上記受験者の成績が通知され次第,誌上で報告する旨記載した(乙4の2)。

2 本件不開示決定の取消しについて

(1)法14条7号柱書の事務支障のおそれの程度
 法1条は,行政機関における個人情報の取扱いに関する基本的事項を定めることにより,行政の適正かつ円滑な運営を図りつつ,個人の権利利益を保護することを目的と定め,法14条は,開示しないことに合理的な理由がある情報を不開示情報として具体的に列挙し,不開示情報が含まれない限り,開示請求に係る保有個人情報を開示しなければならない旨定めている。
 このような法の趣旨に照らせば,法14条7号柱書に定める「支障」の程度は,名目的なものでは足りず,実質的なものが要求され,「おそれ」の程度も,単なる抽象的な可能性ではなく,法的保護に値する蓋然性が必要とされるものと解すべきである。

(2)答案のパターン化による旧司法試験の選抜機能の低下について

 上記認定事実によれば,平成17年度ないし平成20年度の旧論文式試験の再現答案は,当該年度の旧論文式試験の2か月後ないし4か月後に雑誌掲載されている。前記前提事実によれば,本件個人情報は平成13年度の旧論文式試験に係るものであるから,既に司法試験予備校等による再現答案の分析は尽くされているものと推認され,模範答案のパターンが作成されるとすれば,既に作成されているものと考えられる。また,平成13年度の旧論文式試験に係る科目別得点は本件個人情報1件しか残っていないから,他の受験者の科目別得点と比較することはできない。さらに,原告は,平成13年度の旧論文式試験は不合格で,総合順位ランクがFであったうえに,科目別順位ランクもBないしGと,特に芳しい成績ではなかった。
 以上の各点に照らせば,平成21年に至った現在において,本件個人情報が開示されたとしても,今後,司法試験予備校等が,受験指導を目的として,本件個人情報を結びつけて原告の平成13年度の旧論文式試験の再現答案を分析し,その結果を出版等する蓋然性は認め難い。
 そうすると,本件個人情報が開示されると,旧論文式試験の答案のパターン化が促進され,旧司法試験の選抜機能が低下するおそれがあるとの被告の主張は採用できない。

 なお,旧論文式試験の科目別得点は従前開示されたことがなかったため,仮に本件個人情報が開示されれば,初めて開示が認められたという物珍しさがあることは否定できないから,本件個人情報を付して原告の再現答案等が公表される可能性は全く無いとはいえないものの,それのみによって,被告の主張する旧論文式試験の答案のパターン化が,旧司法試験の事務の適正な遂行に支障を及ぼす程度に進行する蓋然性も認め難い。

 被告は,一人の受験者の科目別得点が判明するだけでも,司法試験予備校等は,それが高得点であれば,その者の再現答案に基づき,模範答案を作成することが可能であるし,仮に低得点であれば,低得点となった原因を分析し,他の受験者らによる再現答案と比較するなどして優劣をつけて模範答案を作成し,あるいは,書いてはいけない論述の類を公表するおそれが高まると主張する。
 しかしながら,本件個人情報が開示されたとしても,平成13年度の旧論文式試験の他の受験者の得点はもはや存在しないため,得点を比較することができないから、開示された原告の科目別得点が,既に原告に通知されている科目別順位ランクの中で上の方になるのか下の方になるのかまでは判明しないことに照らせば,本件個人情報が開示されることによって,原告の答案をより分析しやすくなるとは認め難いし,そもそも,科目別順位ランクを利用して再現答案に優劣をつけることが可能である現在においても,司法試験予備校等が模範答案を作成したり,書いてはいけない論述の類をパターンとして公表したりしている事実を証拠上認めることはできず,被告の主張は抽象的な可能性に過ぎない。
 よって,被告の上記主張は採用できない。

 他の受験者の答案との比較
 被告は,旧論文式試験の科目別得点は,科目別順位ランクよりも格段に精度の高い信頼性のある情報であるから,1件でも開示されれば,その情報の価値の高さに着目した司法試験予備校等が同一の科目別順位ランク内の再現答案を集め,具体的に点数が明らかになっている受験者の再現答案を基準に優劣を付けることによって,科目別のおおまかな順位を推定し,より質の高い模範答案を作成し,あるいは,書いてはいけない論述の例を具体的に示すことが可能になるなどと主張する。
 しかしながら,司法試験予備校等が,平成13年度の旧論文式試験の原告と同一の科目別順位ランクに属する再現答案を多数集め,原告の再現答案を基準にして他の答案に優劣を付けることによって,同一ランク内の答案の順位を推定するなどということは,およそ合格答案作成に向けた指導としては労多くして功少ないことであり,司法試験予備校等がそのようなことをするとは到底考え難いし,そのような行為が抽象的には可能であるとしても,そのような答案の優劣の決定に原告の答案の具体的な得点の存在は何ら関係しないことからすれば,被告の上記主張は失当であり,採用できない。

 同一受験者の異なる科目の答案との比較
 被告は,各科目の点数にバラつきがある場合には,高得点の答案と低得点の答案を比較するなどにより,どのような理由付けや論理の運びをすれば,高得点との評価を受けるかを分析・検討することが可能になるなどと主張する。
 しかしながら,科目別順位ランクを利用して再現答案に優劣をつけることが可能である現在においても,司法試験予備校等が異なる科目の答案を比較して,どのような理由付けや論理の運びをすれば,高得点との評価を受けるかを分析・検討し,検討結果を公表等している事実を証拠上認めることはできないから,被告の主張は抽象的な可能性に過ぎない。
 なお,原告の平成13年度の旧論文式試験の科目別順位ランクは既に明らかであるし,同一ランクの異なる科目である民法と商法,刑法と民事訴訟法の答案の優劣を比較し,被告が主張する分析を行うなどということは,科目が異なる以上問題や論点が異なるから,高度に抽象的な比較にならざるを得ないうえに,同一の受験者の答案であることからすれば,科目を共通して比較可能な文章作成能力等はおおむね近似せざるを得ないから,さして有益な分析結果が得られるとは考え難い。
 以上の点に照らせば,被告の上記主張は採用できない。

(3)他の受験者に対し不公平となることについて
 被告は,本件個人情報のみを開示すると,開示を受けた者のみが有利に受験対策を立てられて不公平であると主張する。
 この点,試験の実施に当たって,受験者に対して公平な取扱いをすることが絶対的に要請される趣旨は,不公平な取扱いをすると大なり小なり合否に影響する可能性があり,試験の目的である選抜機能に疑義を生じさせかねない為,これを防ぐことにあると考えられる。
 そうすると,被告の主張は,開示を受けた者が現在も旧司法試験の受験者である場合の問題であり,原告が既に旧司法試験に最終合格した者である本件には当てはまらないから,採用できない。
 なお,上記(2)に述べたところに照らせば,本件個人情報の開示によって,開示を受けた者が特段有利に受験対策を立てることが可能になるとも認め難い。

(4)他の受験者に対する説明の困難について

 苦情対応
 原告に本件個人情報を開示することによって,他の受験者が旧司法試験制度の運営の公平らしさについて疑問を抱くとも考え難い。
 すなわち,本件個人情報を開示する理由には,上記(2)において述べたとおり,平成13年度の旧論文式試験の科目別得点が本件個人情報以外存在しないことも含まれるのであるが,平成13年度の旧論文式試験の科目別得点が本件個人情報以外存在しないに至った経緯は,前記前提事実(3)によれば,司法試験委員会が,法令に従い,開示請求等のあった本件個人情報の保存期間を延長して保存を継続し,他方で,法令に従い,開示請求等のなかった他の受験者に係る平成13年度の旧論文式試験の科目別得点を保存期間が満了したことにより廃棄したというものである。
 このように,法令に従って事務を行った結果であって,職員の恣意や手違いが介在したものではないのであり,そのうえ当該法令は全ての受験者が知り得るもので,平等に全ての受験者を対象とするものであることに照らせば,平成13年度の旧論文式試験の科目別得点が本件個人情報以外存在しないに至った理由は,合理的であり,何ら受験者に疑問を抱かせるものではなく,むしろ旧司法試験制度が公平に運営されていることをうかがわせるものである。
 そうすると,受験者等が今後司法試験委員会等に対し本件個人情報を開示するに至った理由について質問や照会をする可能性はあるものの,平成13年度の旧論文式試験の科目別得点が本件個人情報以外存在しないに至った理由は上記のとおり合理的なものであるから,これをそのまま説明すれば足りるのであって,格別司法試験委員会に困難を強いるものではなく,旧司法試験の事務の適正な遂行に支障を生じさせるおそれは認められない。
 また,旧論文式試験が平成22年度をもって終了し,旧司法試験及び新司法試験の最終合格者枠の大部分は既に新司法試験に移行していることは公知の事実であるところ,そのような現状において,旧司法試験に係る本件個人情報を開示したところで,旧司法試験の受験者からの問い合わせが殺到し,旧司法試験の事務の適正な遂行に支障を及ぼす程度に至るおそれも認め難い。

 ホームページ上の案内
 上記(3)及び(4)アに述べたところに照らせば,法務省のホームページにおいて,本件と同様に旧論文式試験の科目別得点の開示が認められる条件を説明しなければ,旧司法試験の事務の適正な遂行に支障を及ぼす蓋然性があるとは認められないから,これを一義的に説明することが困難であることをもって旧司法試験の事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるとの被告の主張は採用できない。

 また,被告は,旧論文式試験の科目別得点の取得,保有,廃棄といった事務は,採点や合格者の選抜の不可欠の前提となっているとして,本件個人情報のみが開示されれば,受験者は採点の公平さに対して疑問を抱くことになる旨主張するが,飛躍した主張であり,理由がない。

(5)情報管理の複雑化について
 本件について上記(4)ア又はイのように説明又は公表した結果,今後,自己の旧論文式試験の科目別得点の開示請求を繰り返す者が生じる可能性は否定できない。
 しかしながら,保有個人情報の開示請求自体は法が認めた権利の行使であるから,単にその対応及び保有個人情報の管理が煩雑であることをもって,旧司法試験の事務の適正な遂行の支障とはいい難いし,自らが最後の一人になることを目的として数年にわたって開示請求を続けるような者は社会通念上ごく少数にとどまると考えられるうえに,旧論文試験が間もなく終了することからすれば,今後そのような者が多数にのぼる蓋然性は認め難い。
 よって,開示請求が増える可能性はあるものの,旧司法試験の事務の適正な遂行に支障が生じる蓋然性までは認め難い。

(6)予備試験についで
 被告は,予備試験の論文式試験は,旧論文式試験と類似性があるとして,本件個人情報が開示されれば予備試験の論文式試験の判定能力に支障が生じるおそれがあるなどと主張するが,上記(2)に述べたところに照らせば,本件個人情報の開示によって,予備試験の論文式試験の判定能力に支障が生じるおそれは認め難い。
 なお,予備試験は,新司法試験の受験資格である法科大学院課程の修了者と同等の学識及びその応用能力並びに法律に関する実務の基礎的素養を有するかどうかを判定する試験に過ぎず,予備試験の合格者は,別途,新司法試験を受験して,裁判官,検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定されるのであるから,予備試験の選抜機能に生じる支障を旧司法試験の選抜機能に生じる支障と同一に論じることは妥当ではないと考えられる。

(7)以上のとおりであって,本件個人情報を開示しても,旧司法試験又は予備試験の事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれは認められないから,本件個人情報は法14条7号柱書に該当しない。
 よって,本件個人情報が法14条7号柱書に該当するとした本件不開示決定は違法であり,取り消されるべきであるから,本件不開示決定の取消しを求める原告の請求は理由がある。

3 本件個人情報の開示の義務付け請求について

(1)行政事件訴訟法37条の3第5項該当性

 法14条は,開示請求に係る保有個人情報に不開示情報のいずれかが含まれている場合を除き,開示請求者に対し,当該保有個人情報を開示しなければならないとしており,当該保有個人情報に不開示情報が記録されていない場合に,あえてこれを公開しない処分ができるような行政裁量を認めていない。

 また,開示請求された情報が法14条各号に該当するとは認められないにもかかわらず,処分行政庁が当該情報を開示しないときは,処分行政庁が当該情報を開示すべきであることがその処分若しくは裁決の根拠となる法令の規定から明らかであると認めるべきである。
 この点,上記2において述べたとおり,本件個人情報は法14条7号柱書に該当しないし,被告は,その他本件個人情報が法14条各号所定の不開示情報に該当するとの主張立証をしない。
 そうすると,本件については,処分行政庁が本件個人情報を開示すべきであることが,その処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認めるべきである。

(2)よって,行政事件訴訟法37条の3第5項に基づき,法務大臣に対し,本件個人情報を原告に開示すべき旨を命ずる判決をするのが相当である。

4 以上のとおりであって,原告の請求はいずれも理由があるから認容することとして,主文のとおり判決する。
 
福岡地方裁判所第6民事部